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お誘いは緊張します

 ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。「いつか誘おう」と、手を拱いている間に先を越されてしまった。アルフレッドがこの誘いに乗ったらどうしよう──


「聖夜祭に、俺と、か」


 しばらく無言だったアルフレッドがコットンにそう確認する。


「はい」


 コットンの返事はいつもより上ずっていた。握られた手が震えているのがわかる。アルフレッドはそんなコットンに、


「……悪いけど」


 と、断った。


「……誰かともうお約束が?」

「いや、そうじゃねえ」


 アルフレッドは自分の頭を掻く。


「コットンの望みに俺は応えられない。それだけだ」


 決定的な言葉だった。コットンは、


「わかりました」


 と、唇を噛み締めて、逃げるように店を出ていった。




「はぁ」


 コットンが聖夜祭の誘いを断られてから、私は自分が断られたかのように落ち込んでいた。らしくない、とは思う。だけど、あの時の様子が頭から離れないのだ。


 だから、


「こんにちは」


 と、カミーユが店に入って来た時も反応が遅れてしまった。


「シエラ?」

「あ! カミーユ、ごめんなさい。いらっしゃいませ」


 私は慌てて頭を下げる。


「アルフレッドはいないわ。この時間はだいたいお昼に出ているのよ」

「知ってるよ、だから来たんだ」


 カミーユはふわりと笑う。


「私に何か用?」

「うん。この前それとなく聞いたけど、まだアルフレッドを聖夜祭に誘ってないみたいじゃないか」

「!」


 どういう流れでそれを聞いたのか問いただしたいところではあるけれど、胸のもやもやを言い当てられたようで言葉に詰まる。


「どうしたの? あんな情熱的な演奏をしておいて、まさかアルフレッドのことを好きじゃなくなったわけじゃないんだろう?」

「情熱的な演奏ってソロのことを言っている?」

「そうだよ。僕にはあれは二人がただイチャイチャしているだけに聴こえて、指揮棒を振りながらいつもむせ返りそうなんだよ」


 カミーユは胸に手を当ててうんざりとした表情をした。


「わ、わかる……?」


 あのソロはアルフレッドに向けて演奏している。カミーユにはバレているかな、と思っていたけれど、改めて言われると恥ずかしい。


「もちろん。僕は指揮者だよ?」


 アルフレッドみたいなことを言って胸を張るカミーユが子供っぽくてつい吹き出してしまう。カミーユは、


「それで? 何で誘わないの?」


 と、もう一度尋ねてきた。


「……あのね、コットンがアルフレッドを聖夜祭に誘ったの」

「そうか、でもアルフレッドは断ったんだろう?」


 カミーユは特に驚きもしない。


「うん、断った。だけどね、その場面を見てから、怖くなっちゃったの」


 コットンの気持ちを察して断ったアルフレッドを思い出す。それは、告白をして振られたということに違いない。


「断られたらどうしようって……一緒にお店で働いているのに、アルフレッドと例え恋人になれなくてもこれからも一緒にいたいのに、関係が変わったらどうしよう、って……」


 あの時のコットンが自分に重なる。あんな風にはっきりと断られて、私は今まで通り振る舞えるのだろうか。


「はぁ、情けないね、シエラ」


 カミーユはきっぱりとそう言ってわざとらしいため息をつく。


「振られたから何だい? 僕なんてメアリーに何度聖夜祭に誘っても断られ続けてるんだよ? それでも毎年誘ってる。今年も誘って見事撃沈したけど、それが何だって言うんだい?」


 カミーユの勇気はすごい。だけど、私は──


「言わなきゃ何も始まらないよ。後悔してもいいの?」


 後悔。その言葉に私は反応する。


「シエラも僕と同じ人種だと思っていたけどね。何度振られてもへこたれない。違う?」


 前世で死んだ時、私はもう一度吹奏楽をやらなかったことを酷く後悔した。いつ人生が終わるかわからない。次の人生は後悔しないように生きよう、そう思ったことを思い出す。


「このまま誘わないんだったら、今年も僕がアルフレッドを誘うからね」


 カミーユは私にそう言った。私もがたっと音を立てて立ち上がって、


「ちゃんと、誘う!」


 と、宣言した。


「そっか、頑張って」


 カミーユは笑顔でエールをくれると、


「本当は男から誘うものなんだけどね。アルフレッドは厄介な性格してるから」


 と、つぶやきながら去っていった。


 アルフレッドが戻ってきたら誘う。ドキドキする。だけど、もう後悔はしたくない!


「よし! 言うぞー!」


 黙っていると不安に押しつぶされそうなので、自分を奮い立たせるためにも大声を上げた。


「おい」

「うわっ!?」


 後ろから声をかけられて私は飛び上がる。そこには眉間に皺を寄せたアルフレッドが立っていた。


「お前、一人でもうるせえやつだな」

「うっ、これは理由がありまして……」


 急にアルフレッドが現れて緊張が加速する。でも、もう逃げたくないと、アルフレッドの前に仁王立ちをする。


「アルフレッド!」

「んだよ」


 呆れ顔のアルフレッドに向けて、私は勇気を振り絞る。


「あ、あの、ね」


 振り絞るけれど、言葉が上手く出てこない。まごまごしながら、アルフレッドを見る。


「せ、聖夜祭!」

「あ?」


 アルフレッドに怪訝な顔をされる。


「まだ予定ないって言ってたけど、本当!?」

「この前のコットンの話をしてんのか?」


 やれやれとため息をつかれる。


「確かに予定はねえよ。だけど、俺だって聖夜祭の意味くらいわかってる。だから、断っただけだ」


 アルフレッドは私が絞り出した勇気がしぼむようなことを言う。私がここで誘ったら、告白だってちゃんと理解してくれるってことだ。


 すーはーと深呼吸をする。断られるのは怖い。でも、アルフレッドに気持ちを伝えたい。もし、今日私が死ぬとしたら、伝えずに死んだことを、死ぬほど後悔する。


「わ、私……」

「んだよ?」

「私も空いてる! 聖夜祭の日!」


 逃げずにアルフレッドを見てそう言う。アルフレッドは僅かに目を見開いた。


「私と一緒に聖夜祭、ま、回らない!?」


 言った! 言ってしまった!


 アルフレッドは完全に固まった。私からそんなことを言われると思ってなかったのかもしれない。


 恥ずかしくて逃げ出したくてたまらない。だけど、私は逃げずにアルフレッドを見つめ続けた。アルフレッドは後頭部を掻きながら頭を下げたので、その表情が見えなくなってしまった。


 しばらくの沈黙の後、


「俺は人混みが好きじゃねえ」


 と、アルフレッドが声を出す。こ、これは断られる──


 怖くて怖くて、私はぎゅっと目を閉じた。


「だから、長時間はいねえぞ」


 え? 思っていたことと別の言葉が聞こえてきて、私は恐る恐る目を開けると、目線だけ上げたアルフレッドと目が合った。


「メイン通りはすごい人だ。だから、ちょっと見て、すぐ戻る。それでいいなら……」


 コクコクコクと何度も頷く。アルフレッドはそんな私を確認すると、


「じゃあ、演奏会終わった後でな」


 と、言って、私に背を向けて店の奥へ引っ込む。その耳が僅かに赤くなっているのを確認して、私は誘いが成功したことを悟った。

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