恋のお話です
オズ楽器店で店番の合間にソロの練習をしていると、カミーユがお店に顔を出した。
「こんにちは」
「こんにちは、カミーユ。でも、ごめんなさい、今アルフレッドは出かけているの」
アルフレッドはちょうど休憩でお昼を食べに行ってしまったところだった。
「近所の食堂にいると思うけど」
「ああ、いいよ。頼んでいた譜面を取りに来ただけだから」
「譜面ね。ちょっと待ってて」
私は店の奥からカミーユが頼んでいた譜面を取って戻ってくる。
「お待たせ。これだよね?」
「……うん、ありがとう」
カミーユは長い指で譜面をめくって確認してから笑顔を見せた。
「さっきの、ソロの練習?」
「ああ……もしかして聴こえた?」
「まあね」
別に恥ずかしいことではないのだけれど、カミーユに聴かれていたかと思うと少し照れる。
「挑戦するんだ?」
「そのつもり」
「そうか」
カミーユは椅子に座って微笑む。
「僕は贔屓はしない。音は公平に判断する」
「わかってる」
「でも、頑張って」
「……ありがとう」
楽団を率いる指揮者からの言葉はとても嬉しい。私はそれを素直に受け取る。
「クラリネットのソロはトランペットソロの直後だもんね」
「? ええ、そうだけど……」
「アルフレッドから引き継ぐソロなんて、最高だよね」
カミーユは目を細めて眩しそうに笑う。
「……上手いものね」
「もちろんまだトランペットのソロがアルフレッドに決まったわけじゃないけど」
そうは言うけれど、トランペットの中でアルフレッドの技術は群を抜いている。きっとアルフレッドがソロを吹くことになるだろうと思う。
「そうそう、シエラにこっそり聞いてみたかったんだけど、演奏会が終わった後はアルフレッドと過ごすの?」
「え? 何で?」
演奏会までまだ一月以上もある。そんな先の予定を決めているはずがなかった。
「もしかして気がついてない? 演奏会の日は聖夜祭なんだよ」
「せいやさい?」
何のことかさっぱりわからなくて私は尋ね返す。
「もしかしてシエラ、聖夜祭も忘れてる?」
「う、うん。ごめん」
記憶喪失設定、そろそろバレないか心配ではある。だけど、カミーユは特に疑う様子もなく、
「聖夜祭はね、」
と、説明を始めてくれる。
「カイルベルトの守り神の生誕祭なんだ。それを音楽でお祝いするために、僕達の冬の演奏会は毎年この日を選んでる」
「へー、そうなんだ」
関係ないことかと思いきや、演奏会の日にちが関わっているなんて。
「だけど、それはもう形式的なものになりつつあって、国民にとっての聖夜祭は好きな人と過ごすお祭りなんだよ」
「好きな人と?」
「そう。なんでか知らないけど、いつの間にかそういう習慣になっていてさ」
「へー」
地球で言うクリスマスのようなものだろうか。そういえば、クリスマスもイエス・キリストの誕生日なんだっけ。
「で、シエラはアルフレッドと過ごさないの?」
「……!?」
ようやくカミーユの質問の意図がわかった私はあからさまに動揺してしまう。
「ふふっ、シエラは面白いね。アルフレッドのことを好きなことがバレバレだよ」
「だってそれはカミーユが急に変なことを言うから!」
「そうじゃなくてもわかりきったことではあったけどね」
「そ、そんなにわかりやすい?」
隠していたつもりだったのだけど、そんなに態度に出ていただろうか。アルフレッドにもバレていたりしたら──
「音が変わったよ」
「音?」
「そう、シエラのクラリネットの音。最近艶が出てきたから、アルフレッドのおかげかなって思ってたんだ」
流石は指揮者。そんなところで気がつくなんて!
「アルフレッドは気がついていないと思うよ。あいつも鈍いからね」
「そっか」
アルフレッドにバレていなくてよかった、とひとまず胸を撫で下ろす。
「聖夜祭に誘ったら喜ぶと思うよ、アルフレッド」
「だ、だけど誘ったら私の気持ちがアルフレッドに……」
「それはそうだね」
カミーユは楽しそうに笑う。
「だけど、アルフレッドが別の女性と一緒に過ごしたら嫌じゃない?」
「それは……」
それはそうだ。
「だけど、アルフレッドだって誰か過ごしたい人が決まっているかも」
「そうかもね」
「もう! カミーユ、本当は知っているんでしょう!?」
「さあ、どうだろうね」
カミーユは笑いながらはぐらかす。
「僕に聞いたら面白くないだろう? 直接本人に聞かなくちゃ」
「……うん」
でも、聞いてみてアルフレッドに好きな人がいるってわかったら、ショックだ。その覚悟ができてから、聞いてみようと思う。
「そういうカミーユは誰と過ごすか決めたの?」
私は自分ばかり聞かれて面白くないので、カミーユに反撃してみる。
「誘う人は決めてるよ」
「え!? そうなの!? 誰?」
「メアリー」
「……!」
あっさりと教えられて、私は驚いてしまう。
「メアリー!? お付き合いしてるの?」
「いいや。僕の片想いだよ」
「カ、カミーユが片想い!?」
こんなにイケメンなのに!? 次々と驚きの事実が明らかになって、空いた口が塞がらない。
「そうさ。毎年誘ってるけど、毎年断られてる」
「それは辛いわね……」
「だけど、僕はメアリーに相手ができるまで諦めない。しつこい性格だからね」
カミーユは笑顔ですごい宣言をした。
「それじゃあそろそろ僕は行くよ。アルフレッドに見つかったら睨まれてしまいそうだから」
「そう? 挨拶していけばいいのに」
「やめておくよ」
私が止めるのを拒んで、カミーユは立ち上がった。
「それじゃあシエラ。幸運を祈ってるよ」
「カミーユもね」
完璧指揮者カミーユの意外な面を知ることができた。二人のことはよくわからないけれど、そんなに想っているのだから、今年は一緒に過ごせたらいいな、と思う。
それよりも、私だ。私はどうするんだろう。とりあえず、アルフレッドにさりげなく聞いてみるか。




