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曲を決めましょう

 カミーユの指摘は厳しかった。的確なので反論もできないのだけど、次回の合奏までに修正するのはだいぶ骨が折れそうだ。


「以上。じゃあ前回話したみんなで決める曲について話そう」


 だから、カミーユが指摘を終えて次の話題を切り出した時には、私達は全員げっそりとしていたのだった。それなのに明るい笑顔を浮かべるカミーユを見ると、いつもの天使の笑顔が悪魔に見えるのだから不思議なものだ。


「僕達三人で話し合った結果、三曲に絞らせてもらったよ。その三曲の中から多数決で演奏曲を決めようと思う」


 アルフレッドが打ち合わせだと言って店を空けた日があったけれど、このことを話し合っていたんだな。三人は演奏するだけじゃなくてこういう運営面でも忙しくしている。


「さて、まず一曲目は『カイルベルト建国紀』のメドレー。これはコットンが出してくれた案だったよね?」

「はい!」


 コットンが嬉しそうに頬を染めながら頷いた。


「王族の来る演奏会で知った曲をやるのは受けはいいだろうし、メドレーという新しいチャレンジなのもいい。難易度的にもちょうどいいと判断して選ばせてもらった」


 私は隣のコットンを見ると、得意気な顔を私に見せてきた。コットンの意見は素晴らしいものだと思うけれど、何だかムカムカする……。


「二曲目は『ファンタジア序曲』。これはフローラが出してくれた案だ」

「はい」


 ホルンの女性が返事をする。


「この曲の難易度は高い。それこそ『グローバル・トリップ』よりも」


 げ。『グローバル・トリップ』ですら難しくてひーひー言ってるのに大丈夫なのかな……


「だけど、その分聴き応えはあるということだ。僕達がステップアップするためにも必要な曲だと判断して選ばせてもらった」


 楽団の未来の為に。そう言われて納得した。


「最後の一曲、三曲目は……」


 カミーユと目が合った。


「『森の精霊』。これはシエラが出してくれた案だ」


 周りがざわめく。カミーユはそれが収まるのを待ってから続ける。


「ちなみに聞いてみたいんだけど、この曲を知っている人はいるかな?」


 カミーユが挙手を求めるも、知っている者は誰もいない。それもそうだ。この曲は地球の曲なのだから。


「そう、僕達は誰も知らない。僕達が知らないくらいだから、恐らくこの街の人間で知っている人はいないんじゃないかと思う。難易度は高くないように思うが、そういう新しい曲を取り入れることもチャレンジとしていいのではないかと判断して選ばせてもらった」


 話を聞いていると、三曲ともこの楽団にとって新しいチャレンジになる曲ばかりだ。そういう曲を選んだのかもしれない。


「みんなにはこの中から一曲選んで挙手をしてもらいたい。一番人数が多かった曲を次回の定期演奏会で演奏する」

「あ、あの。カミーユさん」

「どうぞ、ミルア」


 打楽器の女性が挙手をして発言を求める。


「知らない曲があるので選びようがないのですが」

「なるほど、そうだよね」


 腕を組んだカミーユが頷く。


「それじゃあ一曲ずつ演奏してもらうことにしよう。コットン」


 え、演奏!? 突然のカミーユの言葉に、流石のコットンも驚いた表情だ。


「『カイルベルト建国紀』の曲、いくつか吹けるかい?」


 しかし、カミーユのそんな無茶ぶりにもコットンは頷いて、


「はい、吹けます」


 と、言い切った。譜面も準備していたようで、ページをめくった。


「じゃあ頼む」

「はい、それではまずは『農村の歌』から」


 コットンはまず勢いのある曲を演奏する。期待に満ち溢れ可能性が感じられるようなメロディ。コットンの演奏も、曲の全体像を把握するには十分な上手さだ。これがクラリネットの首席奏者。私はこれを超えなくてはならない。


 その後でゆったりとしたメロディの曲を、最後に行進曲のような明るくて壮大な曲を演奏して紹介を終えた。


「ありがとう。では、次は『ファンタジア序曲』だね」


 こちらはコットンの完璧な演奏に衝撃を受けているというのに、カミーユは淡々と何事もなかったように進行していく。


「すみません、私は演奏できないです」


 『ファンタジア序曲』を提案したミルアが恥ずかしそうにそう申し出た。


「そうか、それなら……」

「私が吹くわ」


 そう発言したのはオーボエ美女のメアリーだった。


「それじゃあメアリー。頼む」


 メアリーは頷いてオーボエを構える。その音の美しさに私は絶句した。前々から上手だとは思っていたけれど、改めてソロで吹いているところを聴くと見惚れるほどの上手さだった。


 『ファンタジア序曲』は聞いていた通り難しそうな曲だけれど、それをメアリーが難なく演奏するものだから、その難しさが伝わってこない。そのくらい素晴らしい演奏だ。


 『カイルベルト建国紀』よりもクラシカルな曲だという印象を受けた。すごいとは思うけれど、吹奏楽を聴き慣れていない人が聴いたら眠気を誘うのではないだろうかという部分もあった。


「ありがとう」


 思わず拍手をしたくなるほどの演奏が終わり、カミーユの顔が私に向く。


「最後は『森の精霊』だ」

「は、はい」


 この素晴らしい演奏の後に吹くなんて流石に気後れしてしまう。


「アルフレッドも一緒に、頼めるかい?」

「ああ」


 私の遥か後方から肯定の言葉が聞こえてくる。そうだ、アルフレッドがいる。


 私は気を取り直して楽譜の準備をする。ここで『森の精霊』が選ばれれば、私はもう一度吹奏楽でこの曲を演奏することができる。諦めていた願いが、ついに叶うんだ。


 対する二曲も強敵だったけれど、私だって負けたくない。この曲をこの世界の人達に聴いてもらえるチャンスなのだから。


 ふーっと大きく息を吹き出して楽器を構える。とにかく楽しんで演奏する。みんなは私の楽器の上手い下手を聴こうとしているわけじゃない。『森の精霊』が聴きたいのだから。


「じゃあ行くぞ」

「うん」


 アルフレッドは顔が見えない位置にいるので私に声をかけてくれる。私が返事を返すと、アルフレッドが息を吸う音が聴こえた。


 綺麗なファンファーレ。私の意識が一気に曲に集中する。私は森の精霊。この森の綺麗さを、全員に知ってもらいたい。


 曲に入り込んで演奏することができた。アルフレッドの音は離れていても近くに感じる。こんなにたくさんの人が間にいるのに、すぐ側にいるように錯覚する。


 アルフレッドの音が私を押し上げてくれる。私はアルフレッドに負けないように、その音を着飾れるように音を一つ一つ奏でていった。


「はい、ありがとう」


 演奏が終わるとカミーユが変わらぬ調子でそう言った。伝わっただろうか。みんなはどう思ったのだろうか。


「それじゃあ投票を始めるよ」

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