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もう一度

 凱旋パレード当日。私は充実感のある疲れを感じながら会場に向かった。広場に着いて準備をしていると、不思議と団員からの視線を感じる。


 視線があるのはもう慣れてきたのだけれど、今までとはちょっと違った種類の視線なような気がする。なんというか、悪意が少し減った?


「シエラ」


 後からやってきたコットンが私の名前を口にした。その憎々しさが滲む言葉は今までと変化はなく、私は少し安心する。


「おはよう、コットン。昨日は聴きに来てくれてありがとう!」


 演奏会前には挨拶をしたけれど、終わった後に話はできなかった。だから、改めてお礼を言う。


「軍事行事には出られないはずだったのに、ここにいるってことは……」

「軍関係者の方に認めてもらえたの」


 私は改めてそう報告する。


「コットンもいろいろ協力してくれてありがとう! そのおかげだよ!」

「ただ私は貴女の評判がこれ以上悪くなるとアルフレッドのお店に迷惑がかかると思っただけよ」


 そうだった。コットンはアルフレッドのことが好きなのだった。前は気にしていなかったけれど、今は少し気になる。私がアルフレッドのことを好きなのだとしたら、楽器だけでなく恋でもライバルということになる。


「コットン。私、負けないから」


 私は立ち上がってコットンと目線を合わせる。コットンには感謝しているし、もっと仲良くなりたいとも思う。だからこそ、言っておきたかった。


「楽器も、アルフレッドのことも」


 コットンはハッと顔色を変える。


「まさか、貴女……」

「お、ちゃんと来たか」


 タイミング悪く声をかけてくる男、アルフレッドが登場した。コットンは険しい顔のまま固まった。


「アルフレッド。昨日はありがとう」

「ふん。せいぜい今日も失敗しないようにするんだな」

「疲れもほとんど残ってないし大丈夫! アルフレッドこそ、失敗しないでね」

「は? 誰に向かって言ってる? 俺が失敗するわけねえだろ」


 アルフレッドはいつもの自信満々な笑顔で私の頭を軽く叩いた。


「あ……アルフレッド! おはようございます!」


 コットンが自分の存在を主張するように声を上げた。


「ああ」


 アルフレッドは素っ気なく挨拶らしきものを返すと「じゃあな」と、私に声をかけてから自分の席へと去っていった。


「くっ……」


 コットンは充血した目で私をキツく睨んでくる。私は会釈をしてから席に着いた。コットンはライバルだ。楽器も恋も負けたくない。そのためには今日を無事に乗り切ろう。




 本番は滞りなく終わった。凱旋パレードはお偉い方の話が長く堅苦しいものだったけれど、演奏で華やかさを出せたと思う。演奏も特に失敗せずに終わり、私を外へ出そうとするものもいなかった。


 青空の下での演奏は気持ちがいい。吹奏楽の一人として演奏することができて、とても楽しかった。昨日頑張って勝ち得たもの。私一人では辿り着くことのできなかった感動だった。


 本番を終えると、私達はウィンドホールへ移動する。そこで反省会とミーティングが行われた。カミーユとメアリー、アルフレッドが前に出て話す。アルフレッドは口数は少ないけれど、立っている存在感がすごい。何よりかっこいい。好きだと思った途端、イケメンさにスパイスが加えられたみたいで、目が離せない。


「さて、ではそろそろ定期演奏会の準備を始めなきゃならない」


 反省会が終わった後、カミーユはそう切り出した。


「夏と冬に行われる演奏会は王族の方も来る一大イベントだ。気合を入れて臨もう」


 定期演奏会。何曲も演奏することができる、自分達の演奏会。ホールで演奏するので、音も十分に響くし、とても楽しみだ。


「まずは一曲決めたので譜面を配る」


 左上に小さく名前が書いてある譜面が配られる。


「曲名は『グローバル・トリップ』。その名の通り、一曲で世界中を旅することができるような曲だ」


 アルフレッドとメアリーが譜面を配っている横でカミーユが曲の説明をする。


「四方が高い壁で囲われている要塞のような街、広い草原の中で暮らす民族の集落、雄大な海。それらをイメージしたメロディが次々と現れる多彩な曲だ。難易度は少々高めだが、君たちにならできる。次の練習で早速合わせるから、譜読みをしておくように」


 木管リーダーのメアリーから譜面をもらう。シエラと私の名前が書かれたその譜面は……ファーストクラリネットだ。ファーストをもらえたということは確実に認められてきているということだ。頑張らないと。


「他の曲目は僕達三人で決めるけれど、一曲だけはみんなの意見で決めることにしよう」


 譜面が行き渡ると、次の議題に移る。団員に希望の曲を聞いて、その曲を演奏するらしい。


「やりたい曲がある者は申し出るように」

「はいっ!」


 コットンがいち早く手を挙げた。


「はい、コットン」

「『カイルベルト建国紀』の曲をメドレーにするのはいかがでしょうか」

「なるほどね」


 カミーユが腕を組んで頷く。


「カイルベルト国の伝統的な歌劇だね。王族の方もいらっしゃるし、いいかもしれないね」


 オペラって感じかな? 私も地球でオペラの曲の吹奏楽アレンジは演奏したことがある。王族が来る演奏会で、知った曲があれば喜んでもらえるかもしれない。


 発言を終えて席に座るコットンは一瞬私を見て、ふんっと得意気な顔をする。ここでも張り合う気なのね……


 だけど、私はこの国の曲をまったく知らない。この場で発言できるはずもなかった。


「他には?」


 カミーユの求めに何人かが挙手をし、自分の意見を述べる。しかし、コットンの意見ほどカミーユの食いつきはよくないようだった。どうやら、定番の曲ばかりが意見として上がっているらしい。


 やりたい曲、か。ぼんやりと考えているとアルフレッドとバッチリ目が合う。アルフレッドは眉間に皺を寄せたまま私の目をしっかりと見た。


 何だろう? 何か言いたげなような……。まさか、私に発言しろって言ってる? そんなこと言われても、私は──


 そこでハッと思い当たる。私が吹奏楽で演奏したい曲。あるじゃないか! こんなにも演奏したい曲が!


「他になければ……」

「はい!」


 私は手を挙げると同時に立ち上がった。発言を許されてもいないのに立ち上がった私を見てアルフレッドは頭を抱えたが、カミーユは笑顔で「どうぞ」と、促してくれた。


「『森の精霊』を演奏したいです!」


 周囲がざわつく。だけど、アルフレッドだけは満足そうに微笑んだ。


「シエラが昨日演奏したあの曲だね?」

「はい。楽譜はありませんが、カミーユなら作れます。よね?」

「そうだね」


 カミーユは微笑む。


「大好きな曲なんです。どうしても吹奏楽で演奏したいです! お願いします!」


 私は頭を下げてから席に座った。コットンがものすごく睨んでいるのを目の端で捉えるけれど、気にしないことにする。


「わかった。それでは出た案を僕達三人で検討して絞り込んでくる。次回また話し合おう」


 カミーユがそう言って、その日のミーティングは終わった。

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