シエラ・ウィドウのごめんなさい演奏会1
コンサート当日。私はウィンドホール前の広場にやってきた。私のわがままでホールを借りるわけにはいかなかったので、周りに建物が少なく音を思い切り出せるこの場所を借りることにした。
ホールから椅子を借りてセッティングをする。それも全部一人で。アルフレッドとカミーユが手伝いを申し出てくれたけれど、他で十分すぎるほど助けてもらったし、自分でやらなくては意味がないと断った。
椅子の準備が終わると、家から持ってきた大量の洋服や靴、鞄を並べる。これは、シエラが集めてきたもの。お店の人達にご迷惑をかけながら買ってきた品物だ。これも私には必要がないものなので、希望者に無料であげるつもりだ。
私は時間をかけて準備をした。あとは人が来ることを祈るだけだ。
「やあ、おはようシエラ」
まずやってきたのはアルフレッドとカミーユだった。
「一番乗りのお客様よ、カミーユ」
「それは光栄です」
カミーユはわざとらしくお辞儀をした。
「アルフレッドもありがとう」
「ふん、演奏するくらいわけでもない」
「今日はよろしくね」
「……任せろ」
アルフレッドは頼もしい笑顔を向けてくれる。それだけで私は安心することができた。
楽器の準備が終わると目を閉じて気持ちを落ち着ける。これは謝罪の演奏会。今までシエラが迷惑をかけてきた人達に私ができる償いはこれしか思い浮かばなかった。せめて楽しんでもらえますように。前世から持ってきたこの楽器とこの音楽で。
人の話し声が聞こえて目を開ける。すると、複雑な表情を浮かべながらも数人の人が集まり始めていた。中には軍服姿の軍人さんの姿も見える。
「ありがとう、アルフレッド」
お礼を言うと、照れた様子のアルフレッドは私から視線を外す。本当にアルフレッドには感謝してもしきれない。これからどうやって返していけばいいだろう?
「カミーユ」
私の側にいたカミーユに声がかかる。見ると、そこには今日も美しいオーボエ奏者のメアリーの姿があった。
「来たんだね、メアリー!」
「暇だったから」
メアリーはその視線を私に向けた。
「それに、シエラのあの入団試験の時の演奏は、決して上手いとは言えないけれど心に残るものがあった。また新しい曲が聴けると聞いて、来ないわけにはいかないでしょう」
「ありがとうございます」
私はメアリーさんに向けて頭を下げた。その後ろにはフルートの人達の顔も見ることができた。楽団の人にも見てもらえるなんて。
来てくれている人達の顔を一人ひとり見て確認していると、あれ? 見覚えのあるツインテールが。
「コットン!」
背中を向けて逃げようとしたコットンを呼び止める。
「来てくれたのね!」
私はコットンの手をぎゅっと握る。
「あ……貴女が下手な失敗をして恥をかくところを見に来てあげただけよ」
「ありがとう!」
「何でそこでお礼を言うのよ」
コットンは頭が痛いのだろうか。こめかみを押さえる。そのまま私の顔をじっと見て──
「髪の毛、見慣れてきたわ」
「本当? コットンのおかげで、私も結構気に入ってるんだ。この髪の毛!」
ウェーブがかっていた髪の毛は短くなってストレートになってしまったけれど、これはこれで好きだ。
「まあ、仕方ないから聴いていってあげる。貴女の演奏を聴くのも最後かもしれないからね」
「ありがとう!」
「……嫌味の通じない人」
コットンには呆れられてしまったけれど、コットンにも見てもらえるなんて、ますます頑張らなくては!
「シエラ、そろそろ時間だ」
アルフレッドに声をかけられる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。あとはただ演奏を楽しむだけ」
笑顔を見せると、アルフレッドも薄く笑った。
「聴いてる」
それだけ言うと肩を叩いて後ろに下がった。アルフレッドの出番は最後の二曲。まずは一人でこれだけの観客を引き込んで、アルフレッドの出番までここにいてもらうんだ。
私は観客を見渡す。お客様のために椅子を用意してあるが、ほとんどの人はそこに座らず、遠巻きに冷たい視線を私に送っている。そこには学校で私に「消えて!」と言った生徒の顔もなかった。それでも、と切り替えて声を出す。
「みなさん、今日は来てくださってありがとうございます」
私は深々と頭を下げる。
「今まで、私、シエラ・ウィドウはリンドブルムのみなさんに多大なるご迷惑をおかけしました。お詫びしてしきれるものではございませんが、何もしないでこの街で生きていくことは、私にはできません。しかし、私の出来ることは少ない。その中でも私の大好きな音楽を聴いて少しでも楽しんでいただけたらと、今日のコンサートを企画いたしました。精一杯演奏させていただきますので、最後まで楽しんでいただけますと幸いです」
挨拶をすると、全員が面食らったような顔をしている。髪の毛をばっさり切ったこともあるだろうし、シエラならばこんなことは言わないのだろう、と思う。だけど、シエラがもし生きていたなら、きっと同じ気持ちだっただろうと、なんとなくそう思う。
「それではまず一曲目。聴いて下さい」
一曲目に選んだのは有名なアニメーションのメドレーだ。有名な、と言ってもこの世界で知る人はいない。なので、なるべくメインのメロディを聴いてもらえるように、自分でアレンジした。
次々と変わっていく陽気なメロディ。音がわからなかったところは歌でカバーをする。野外で、一番後ろの人にも聴こえるように大きな音と大きな声で歌う。たくさんの人に見られるのは緊張するけれど、まずは自分が楽しまなければ! と、曲に入り込んで演奏を続ける。
この曲を聴いた日本人はきっと誰でも笑顔になってくれるだろう。知っている曲が次々と現れるメドレーは聴いていて楽しい。元の曲を知らないこの世界の人にも楽しんでもらえるように、感情を込めて演奏した。
演奏を終えると、まばらながら拍手が湧く。まだ難しい顔をしている人もいるけれど、椅子に座ってくれる人が増えてきた。
その様子に安堵し、次の曲へ。次の曲は地球の行進曲だ。
高校の時の演奏会のアンコールで必ず演奏していた定番の曲。盛り上がって楽しい曲。私が、最後に吹奏楽で演奏した曲でもある。
この曲のクラリネットはずっと吹きっぱなしなので歌う場面は来ない。曲は覚えているので一人一人観客の顔を見ながら演奏を続けた。
カミーユが笑顔で私を見ている。隣のメアリーも腕を組みながらも熱心に聴いてくれていた。他に笑顔の人はいなかったけれど、楽しんでくれているだろうか。楽しさが伝わるように精一杯演奏した。




