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転移した私の初めてのお出かけ

「いってきまーす!」


 意気揚々と家を出た私は、写真でしか見たことのないヨーロッパのような街並みを歩く。赤茶色のレンガで作られた建物はどれも可愛くて、私はついキョロキョロしてしまう。完全にお上りさん状態だ。


 すれ違う人達は金髪や銀髪という明るい髪色で凹凸のはっきりとした顔を持った、これまた西洋風の人達ばかり。純日本人の私はさぞかし浮いているだろう、と思って、自分の胸の辺りを見ると、綺麗な亜麻色のウェーブがかった髪の毛が揺れている。


 そうだ、私自身もこの街に合った容姿になっているんだった、ということを思い出す。周りから浮いていないことを確認して安心する辺り、内面は日本人の性格そのものなのだけど。



 私はシエラ・ウィドウ。の、中に入ってまだ一ヶ月足らずの元日本人だ。



 今日は私がシエラになってから初めての外出。それは、何故か私が外へ出ることを渋るシエラの両親をなんとか説得して勝ち取ったものだった。


 ずっと家の中に閉じ込められていたものだから、外に出られることが嬉しくてたまらない。気の向くままにスキップなんかをしてみると、すれ違った男性にぎょっとした顔で見られた。


 ……そういえば。さっきから何か違和感を感じる。


 ふと、通りの家の前で井戸端会議をしている中年の女性三人組に目を向けると、あからさまに目を逸らされる。顔をぐりんと180度回転させると、向かいのお店の前で掃除をしていた男性と目が合うが、憎々しげに睨まれてから、やっぱり目を逸らされる。


 何だろう? この街はよそ者に厳しいのかな?


 いやいや、シエラ・ウィドウはこの街で17年間生きてきたはずだ。よそ者であるはずがない。私にシエラの記憶はないけれど、シエラの両親がそう言っているのだから間違いはないだろう。


 じゃあ、一体何故?


 少し考えてはみたけど、よくわからない。ま、いいや! それよりも私、今ある場所に向かっていて、確かめなきゃいけないことがあるのだから!


 疑問は一旦横に置いておいて、私は握っていた地図に目を落とす。そこにはある場所が赤い鉛筆で丸く囲われている。


 『オズ楽器店』


 その字面を見るだけで、私の胸は高鳴る。地図を持っているのとは逆側の手にはしっかりと黒いケースを握っている。


「むふふ」


 それを見ただけで思わずニヤけると、また別の人をぎょっとさせてしまった。




「ここ、かあ」


 『オズ楽器店』という古い看板がぶら下がっているそのお店は、窓があるけれど中は薄暗くてよく見えない。営業してるのかな? と、ドキドキしながら古い木のドアを押してみると、軋みながらもドアは開いた。


「こんにちはー」


 恐る恐る中に足を踏み入れると、あ、楽器独特の金属の錆びた匂い。思わず目を閉じて息を吸い込む。はぁ~懐かしい匂い。落ち着くなぁ。


「……いらっしゃい」


 まるで歓迎しているとは思えない低い声に驚いて目を開けると、眉間に皺の寄った若い男性が立っていた。金髪に赤みの強い茶色の瞳を持った男性は、目鼻立ちが整った、まさしく──


「イケメンだ……!」

「いけ……なんだ?」


 つい本音を口にしてしまった私に、金髪のイケメンは要領を得ない顔をする。あ、もしかしてイケメンっていう単語、この世界にはない? それもそうか。イケてるメンズ、だなんて、知らないよね。


 意味が通じていたらだいぶ恥ずかしい事態になっていただけに、ほっと胸を撫で下ろす。


「あの、ここは楽器屋さん、ですよね?」


 話を逸らすためにも、私はそう確認してみる。


「……ああ」


 合ってた! 嬉しくて私はまたにやけてしまう。だけど、私が本当に知りたかったのは、ここからだ。


 ごくり、と唾を飲み込んでから、一番聞きたかったことを尋ねる。


「あの、クラリネットのリードが欲しいんですが」

「クラリネットのリード?」


 店主は眉間に皺を寄せてしげしげと私を見てくる。だけど、さっきのイケメンという単語とは違って、クラリネットという単語をその店主はちゃんと口にしてくれた。


「お前が吹くのか?」

「はい」


 イケメンは私を見定めるような目つきでジロジロと見てくる。この世界では、楽器を吹くのに資格がいるとか?


「ありますか?」


 胸がドキドキする。祈るように尋ねると、


「ふん……」


 と、鼻を鳴らして私から背を向ける。


 棚をごそごそと漁り出し、古い木の机の上にリードを並べてくれた。手作り感はあるが、私が知るクラリネットのリードがそこにあった。


 リードとは竹でできた、木管楽器の口に当てる部分に着けるもので、これを振動させることによって音が出る仕組みだ。消耗品であるリードは、クラリネットを吹く上で重要なアイテムでもある。


 そして、これが存在するということはこの世界に地球の楽器、クラリネットが存在しているという証明でもある。私は興奮して息が荒くなりそうになるのをなんとか堪えるために、胸に手を置いて一度深呼吸をした。


「試し吹き、してみるか?」

「いいんですか?」

「大抵の客はそうする。……吹ければ、の話だが」


 どうやらこのイケメンさんは私がクラリネットを吹けるのか疑っているらしい。


 まぁ疑われても仕方ないか。この世界でシエラがクラリネットを吹けるなどと誰も知らないのだから。シエラ本人ですら知らないわけだし。


「じゃあお言葉に甘えて……」


 私は持ってきた黒いケースを開く。そこには私の前世からの相棒、クラリネットが収まっている。そのクラリネットを組み立て始めると、イケメンがジロジロ視線を送ってくるので、何ともやりにくいわけだが。


「その楽器……お前の?」

「はい」


 この楽器は正真正銘、私の楽器だ。前世から持ってこられたものの一つ。


 イケメンの視線が痛い。私だって100%吹ける自信がないので、こうして見られていると緊張してしまう。人前で吹くのも久しぶりだし。


 出してくれたリードを付けて、ふぅ、と一息ついてからマウスピースを口元へ持っていく。音、出るかなぁ。


 思い切って息を吹き込むと……


 ぽーっと聴きなれた自分の音がちゃんと出た。どうもシエラは腹筋がないらしく息は苦しいけれど、別の人間であってもちゃんと自分の音が出るのは不思議だった。


 適当に音階を吹いて、リードの感触を確かめる。うんうん、いいぞこのリード!


「とってもいい感じです。別のリードも試しても……」


 イケメンに声をかけると、呆気に取られた顔で私を見ていた。ちゃんと吹けたから驚いたのかもしれない。ふふふ、と内心でほくそ笑んだ。

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