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現実から目を逸らすのはもうやめます

「ほら」


 泣き疲れた私にアルフレッドが湯気の出ているカップを渡してくれる。口に含むと温かくて甘いミルクで、心も温かくなってくる。


「まぁ……何だ、俺達の仕事は軍の公式行事だけじゃねえ。冬には定期演奏会もあるし、王族関係の仕事もある。だから、まったく演奏ができねえってわけじゃないさ」


 丸椅子に片足を上げたアルフレッドがそう言った。もしかしなくても、励ましてくれてる? 泣いていた私をただ抱きしめてくれただけじゃなく、こうして言葉でも。


「今回はダメでも次があるってことだ」

「ありがとう、アルフレッド」


 私がお礼を言うと、アルフレッドはふんっと鼻を鳴らす。


「お前がそんな感じだと調子が出ねえってだけだ」

「そうだよね、私らしくないよね」


 ぬるくなってきたミルクを一気に飲み干す。


「うん! 考えてもしょうがないことは考えない!」


 前世のことを想うと苦しいけれど、もう戻れないことなのだから考えても仕方がない。たくさん泣いて、そう思えるようになった。それよりも今、私が考えなければならないことは別のことだ。


「だな。そろそろ定期演奏会の練習が始まるから、そっちに……」

「あ、違うのアルフレッド! 私、凱旋パレード、諦めてないから!」

「……は?」


 アルフレッドの眉間に皺が寄る。


「諦めてないってお前……」

「できることはしたいの」

「って言ってもあと10日だぞ?」

「うん、わかってる」


 私はカップを置いてアルフレッドの方へ身を乗り出す。


「やらなきゃいけないことがあるの。アルフレッド、協力してくれる?」




 翌日。私は徹夜で書いた手紙の束を持って街へ繰り出す。今日はお店には行かない。まずは、街の商店を巡るのだ。


「ごめんください」


 私が入ると、どの店の店主も嫌な顔をする。その反応で、私がしてきたことを痛感した。その店主に向かって、私は手紙を差し出しながら、腰を90度曲げて頭を下げた。


「今までごめんなさい!」


 まずは一日、お店関係でご迷惑をおかけした人達にひたすらに謝って回った。どのお店にご迷惑をおかけしたのかはアルフレッドに教えてもらった。服飾店や宝飾店が多かったが、飲食店や雑貨店もあった。そう、つまりこの街の大半のお店を謝って回ったことになる。


 お店の人達は困惑しながらも、もうあんな行動をしないなら、と大半は許してくださった。中には二度と来るな、と言われたお店もあったけれど、迷惑をかけたのだから仕方のないことだろう。


 アルフレッドからシエラの悪行を聞いていたはずなのに、私は何も行動してこなかった。まず謝って、それからやり直さなければならなかったのだ。


 シエラ・ウィドウが壊れた。その噂は瞬く間に街中を駆け巡った。


「おかえり、シエラ」


 私がお店への謝罪を終えてオズ楽器店へ顔を出すと、そこにはカミーユの姿があった。


「お前、酷い顔だな」


 昨夜徹夜をしたからだろうか、すぐに奥から顔を出したアルフレッドにはそんなことを言われる。だけど、流石17歳の身体。疲れはあるけれど、まだまだ大丈夫そうだ。


「カミーユを呼んでくれたんだね。ありがとう、アルフレッド」

「いや、別に」

「でもね、シエラ。僕じゃあ君の役に立てそうにないよ」


 カミーユは眉尻を下げる。


「シエラが虐めていた学校の生徒たちへの謝罪だろう? 僕はその手のつてはまったくなくてね」

「そっか……」


 私が謝らなくてはならないのはお店の方々だけではない。一番謝らなくてはならないのは、きっと学校の関係者なのだ。


「どうしよう……両親には聞けなかったし」

「あ、だからね! 僕が助っ人を呼んでおいたんだ」

「助っ人って?」

「そろそろ来るはず……」


 カミーユがそう言うと共に、タイミングよくお店のドアが開く。そこから顔を出したのは──


「コットン!」

「……シエラ」


 渋い顔で私を睨むコットンだった。


「助っ人に来てくれたの!?」

「……カミーユ、どういうことですか?」


 コットンは私を無視してカミーユに話しかける。


「私はアルフレッドが呼んでいるというからここにやってきたのですけど」


 カミーユはアルフレッドの名前を使ったんだね! なんと策士なのだろうか。


「その言葉に嘘はないよ。ちゃんとアルフレッドもいるだろう?」

「それは、ここはアルフレッドのお店なのですから。ですが、シエラがいるとは……」

「シエラはアルフレッドのお店で働いているんだよ? いるに決まっているじゃないか」


 コットンの不満をカミーユは笑顔であしらう。ここはカミーユが一枚上手の模様。


「……それで、私にどんな御用が?」

「あのね、コットン。コットンに教えてほしいことがあって」


 私がコットンに話しかけると、あからさまに嫌な顔をする。


「私が虐めていた同じ学校の子たちについて、教えて欲しいの」

「それは……今日の貴女の奇行が関係しているのかしら?」


 私の奇行、とはお店に謝罪回りをしたことだろうか。


「うん、たぶんそう。私、今までご迷惑をおかけした人に謝りたいんだ」

「そんな謝罪を受け入れるわけがないでしょう!?」


 コットンは私に向かって叫ぶ。


「貴女のせいで人生を狂わされた人達なのよ!? 貴女の顔なんて見たこともないに違いない!」

「あの……、具体的に私は何をしたんでしょう?」


 そんなことも覚えていないのか、という侮蔑の表情を向けられる。


「それはもう、奴隷のように扱っていたようよ? ほしいものがあれば買いに行かせる、宿題をやらせる、面倒なことはすべて人に押し付ける。逆らおうものなら、その人の一番隠しておきたいことを公にしたり、髪の毛を切ったことだってあったらしいわ!」

「髪の毛を……」


 アルフレッドが前に教えてくれたけれど、髪の毛は女性の命らしい。それを切るなんて、シエラは本当に酷いことをする。


「そんなことまでして、こうしてのうのうと生きている貴女を誰も許すはずがない!」


 コットンの言う通りだ。どうしたらみんなの気が済むのだろう。どうしたら謝りの気持ちが伝わるだろうか。


「髪の毛……」


 私はポツリと呟く。


「?」

「アルフレッド! ハサミある?」

「あるが……お前、まさか!」

「私、髪の毛を切るわ!」


 私がそう宣言すると、全員の目が丸くなった。

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