初めての合奏練習です
思い思いに音を出していた楽団員達はカミーユが指揮台に上がったことで演奏をやめる。カミーユはゆっくりと全体を見渡した。
「今日から新団員が9名入っている。いつも通り実力で選んだ僕達お墨付きの団員なので、みんなよろしくね」
私のこともあるので釘を差しておこうと思ったのだろうか。初めにカミーユは穏やかな口調でそう言った。
「それでは始めよう」
オーボエ美女のメアリーさんの音に音程を合わせてから早速合奏が始まる。
「それじゃあまずビリク連隊から」
『偉大なるカイルベルトのビリク連隊』、通称ビリク連隊。昔、この国がまだ戦争の真っ只中にあった頃、ビリクという男が隊長を務める隊が連戦連勝。このビリク連隊が出さえすれば勝てる! と、言われるほどの快進撃だった。
それを称えるために作られたのがこの行進曲。カイルベルト国の定番の行進曲らしい。
私が譜読みに一番苦労したのもこの曲だった。出だしからクラリネットが目立つ曲で、高音の軽快な連符を吹かなくてはならない。
ゆったりと指揮棒を構えるカミーユに合わせて私達も楽器を構える。一時の静寂。いよいよ久しぶりに味わう、演奏前の緊張感だ。
指揮棒を振り出す直前、カミーユと目が合って挑戦的に微笑まれた気がした。それに反応する間もなく、カミーユが指揮棒を振る。
クラリネット7人がメロディを、下で低音楽器が支えるように同じメロディを一斉に吹き始める。
ああ、吹奏楽だ──
演奏しながら私は当たり前のことを思う。指揮者がいて、他の楽器がいる。全員で奏でる音楽の一部に私がいる。
自分の音と周りの音を聴きながら、私の胸は熱くなる。ああ、私はもう一度吹奏楽を演奏することができている!
それにしても、クラリネットの音程が合わない。一番初めに聴いた時も同じことを感じたけれど、やっぱりだ。
私はサードパートなので曲の途中から一オクターブ下げた音程のメロディに変わる。それでも、他のメンバーの高音が合っていない。それを誤魔化すことができるように、私は気持ち大きめな音を出してカバーする。
クラリネットが目立つ曲だけに音程が合っていないのがわかってしまう。カミーユも気がついているだろうに、どうすることもできないのだろうか。
少し落ち着いたところから曲は一気に盛り上がり、終わりを迎える。行進曲らしい派手な終わり方だ。
最後の一音を吹き終わると、息が切れている自分に気がつく。問題はあるけど、楽しかった。なんて幸せなのだろう。
「はい、それじゃあクラリネットだけ初めからお願いできる?」
キター! 早速カミーユからクラリネットにご指名がやってきた。あんなに音程合ってないんだから、当然だよね……。
改めて吹いても結果は同じ。指揮棒を下ろしたカミーユはふぅ、と息を吐く。
「悪いけれど、試しに新人二人をファーストに変えてもらえるかな?」
「カ、カミーユ!?」
何を言い出すのか、と即座にコットンが声を上げる。
「音程が合っていない。わかるだろう?」
「ですが……」
「じゃあ試しにシエラとゴールド、二人だけで吹いてみて」
「は、はい」
私の隣の席で同期に当たる痩せた男、ゴールドと私は楽器を構えてカミーユの求めに応じて二人で演奏する。二人だと音程はちゃんと合っていた。
「わかったね、コットン。ジョンとフィリップをサードに、二人は出だしからオクターブ下げて吹いてくれ。その分高音チームは音を大きめに頼むよ」
「はい」
コットンは容赦なく私を睨んでくる。そ、そんなに睨まれても……
その後、ちゃんと音程を合わせることができた私達は、順調に合奏練習を進めていったのだった。
合奏練習の翌日。私はいつものように朝からオズ楽器店に出勤して、朝の掃除をしている。
「ふんふふ~んふふ~ふ~♪」
「おい、そこの音痴。いつまでも浮かれてヘラヘラするのはやめろ」
いつの間にか鼻歌を歌っていたらしい。アルフレッドに注意される。
「ごめんなさい、アルフレッド。でも、昨日の合奏があまりにも楽しくて!」
「ただの練習で何言ってんだか」
「ただの練習でも私にとっては夢みたいな出来事なんです!」
私にとっては実に8年ぶりの合奏参加だったのだ。今でもたくさんの楽器の音が私の周りを回っているような気分だった。
「ああ、楽しかったなぁ」
「お前の出来はまだまだだったけどな」
「!? そうですか?」
「ああ。クラリネット全体のピッチはだいぶましになったが、一人だけ音が外れてる時がある。目立つんだから気をつけろよ」
「はい、すみません……」
昨日突然パートを変えられたからという言い訳はできない。次の合奏までにちゃんと練習しておかないと。
「それにしても、自分も演奏しているのに他の楽器の音まで聴くことができるアルフレッドはすごいですね」
「ん? まあ、当たり前だろ」
アルフレッドの眉間の皺が減った。どうやら褒められて喜んでいるようだ。
「私ももっと他の楽器の音を聴けるようにならないと」
「お前の場合は他の楽器の前に同じクラリネットの音をちゃんと聴け。聴かねえから外すんだ」
「返す言葉もございません……」
グサグサと刺さる言葉を言われてダメージを受けるが、それはごもっともだ。私はブランクのある新人。もっと練習して足を引っ張らないようにしないと。
「今日も練習頑張ります!」
「店が暇だったら聴いててやってもいい」
「本当に!? ありがとう! アルフレッド!」
私はアルフレッドの手をぎゅっと握る。アルフレッドの指導は優しくないけれど、本当にためになる。自分が上手くなるのがわかるのだ。だから、指導してくれるなら本当にありがたい。
感謝の念を込めて見つめると、アルフレッドは思い切り私から目を逸らしてしまった。
「シエラ……」
背後から憎しみの声と視線を感じて振り返ると、そこにはいつの間にかコットンが立っていて、私が握っているアルフレッドの手を凝視していた。




