緊張の初練習へ向かいます
「よし、じゃあそろそろ行くぞ」
「ま、待ってくださーい!」
私は机に広げてあった譜面をまとめて鞄につめて、先に行ってしまいそうになるアルフレッドを追いかける。今日は私が参加する初めての合奏練習の日だ。
今日までにばっちり譜読みも終わらせてきたので不安はない。それもアルフレッドが「リズムが違うぞこの馬鹿!」と、優しく指導してくれたおかげです。どうもありがとうございます。
楽器の修理も間に合わせてくれて、今日はちゃんと自分の楽器で合奏に臨める。綺麗になった楽器と初めての楽団での練習。胸が弾まないわけがない。
練習は夕方からだったので、私達はお店を閉めてからウィンドホールへ向かっている。初めての練習参加なので、アルフレッドと一緒に行けるのは心強かった。それでもやっぱり……
「緊張する~っ!」
「ただの練習に緊張してどうすんだ」
心の声を口に出していたらしい。アルフレッドに睨まれる。
「だって、初めての参加なんですよ? 同じクラリネットの人達と上手くやっていけるか、とか不安じゃないですか!」
「お前が上手くやってけるわけないだろ」
「あ」
そうだった。私は街で一番の嫌われ者なのだった。はぁ、とため息を落とす。
「ま、この楽団は実力主義だ。嫌われてるからって楽器をちゃんと吹けさえすればクビになることはねえよ」
「そうですよね……頑張ります!」
せっかく一緒に音楽をやるのだからできたら仲良くしたいけれど、以前の私の行いが酷すぎてそうはいかないだろう。それでも、私は吹奏楽をやりたいと願い、それが今日叶う。不安はあるけれど、楽しみはそれ以上にある。
「よーっし! やるぞー!!!」
「うるせえよ」
アルフレッドに頭をこつりと小突かれたが、その眉間に皺は寄っていなかった。
ウィンドホールに近づいてくると、楽器の音が聞こえてきた。それを聞きながら、走りたくなる気持ちをなんとか抑えて早歩きで歩いて行く。
「こんにちは、アルフレッド!」
後ろから声をかけられて振り返ると、茶色の長い髪の毛をツインテールにした、気の強そうな女の子が立っていた。その人はアルフレッドの隣に立つ私を見るとキツイ瞳で睨んでくる。
「シエラ・ウィドウ……」
「初めまして。シエラ・ウィドウと申します」
「あんた、楽団の試験に受かったんですって? いったいどういう手を使ったの?」
あ、これは早速嫌われてるパターンだ。
「コットン・ページェント。こんにちは」
さらに後ろからやってきたカミーユが声をかけてきた。
「言っておくが、彼女は何かのコネで入ったわけではない。ちゃんと実力で入ってきたんだ」
「カミーユ! で、ですがみんな……」
「コットン。シエラが実力で入ったのではないと噂するのは、僕やアルフレッドを侮辱することになる」
「そ、そんなつもりは……」
「疑うのなら演奏を聴いてみるといい。君と同じクラリネットパートだ」
このコットンはクラリネットパートの一人。そういえば、初めて演奏を見た時にいたような……
「さあ、行って。合奏が始まるよ」
「は、はい。それじゃあアルフレッド、また」
コットンさんはアルフレッドに丁寧にお辞儀をし、私を一睨みしてからウィンドホールに向けて駆けて行った。
「やあ、シエラ。災難だったね」
「大丈夫です。覚悟していたことですから。それよりカミーユ、助けてくださってありがとうございます」
「シエラを助けたわけじゃない。僕達自身の名誉を守っただけさ」
カミーユは私にウインクをして、三人で並んでウィンドホールへ向かう。イケメンに囲まれる、というのは何だか落ち着かないものだ。
「あ、そうそうシエラ」
隣に並んだカミーユがアルフレッドには聞こえないように私の耳に口を寄せて、
「さっきのコットンだけど、アルフレッドのことが好きなんだ」
と、囁いた。
「あー、なるほど」
だから余計に私は睨まれたのか。アルフレッドと一緒に歩いていたから。
「ライバルだね」
「?」
ライバル? カミーユの言う意味がよくわからなくて首を傾げる。
「あ、同じクラリネットですもんね」
「ふふふ、なるほど。これはアルフレッドの片想いかな?」
「おい、カミーユ。なんだかよくわからねえが、お前今俺の悪口を言ったろ?」
「まさか、そんなはずないよ」
私も何だかよくわからなくてとりあえず微笑んでおく。とにかく今は初めての合奏に集中だ!
ウィンドホールにつくと全員の視線が一斉に私に集中する。楽器の音でよく聞こえないが、ひそひそと話す人の姿も見受けられる。
「それじゃあシエラ。よろしくね」
カミーユは私の肩を叩くとオーボエ美女のメアリーのところへ行った。アルフレッドは私の隣に立ったままで、見上げるとばっちりと目が合った。
「……じゃあ」
「あ、はい。アルフレッドの音、楽しみにしています」
私がそう言うとアルフレッドは得意気な表情になる。
「せいぜいお前も頑張れよ」
アルフレッドはそんな悪役が吐きそうな台詞を行ってトランペットの席へと去っていった。トランペットは吹奏楽の最後方の席。クラリネットは前から二番目だ。
「あ、あの!」
私は先程のコットンを始めとするクラリネット奏者の面々の前に行き、大きな声を張り上げる。すると、6人全員が顔を上げて私を見てくれた。コットンともう一人女性、あとの4人は男性だ。その中には同じ試験で入団したゴールドも入っている。
「初めまして! シエラ・ウィドウです! これから同じクラリネット奏者として、よろしくお願いします」
深々と頭を下げてから自分の席へと向かう。クラリネット奏者の人達や近くの楽器の人達は呆気に取られた顔で私を見ていた。
同じクラリネットと言ってもパートが3つに分かれている。主にメロディを担当するファースト、ファーストよりも音程が低くハモリを担当したりするセカンド、一番音程が低く伴奏なども担当するサードだ。
ファーストが一番音が高く目立つ花形となるので、上手い人が担当することが多い。新人の私が担当するのはサードだ。
ファーストの席の端にはコットンが座っていた。あの席はクラリネットで一番上手い人が座る席。きっと、この楽団のクラリネット首席奏者はコットンなのだろう。
じっと見ていると目が合って睨まれてしまう。コットンは私とそう変わらない年齢に見えるのにクラリネットが上手いのだろう。だけど、私も負けてはいられない。まずはサードとしての役割をしっかりと果たそう。
初めての合奏への意気込みと期待を抱きながら、私は準備を始めるのだった。




