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意見の尊重

作者: 北本和久

ある拘置所。いつもと変わらない朝食が終わった午前九時、四人の刑務官が独房にやって来て告げた。

「部屋から出なさい」

立ち上がっていた恩田は、その言葉を聞いた瞬間にクラっと倒れ込み、刑務官に脇を抱えられて何とか再び立ち上がった。そのまま広さ八畳ほどの部屋に連れてゆかれると、其処には他の刑務官達と拘置所長がいた。

「これから貴方の刑を執行します」

所長は終始淡々とした様子で告げた。その後で刑務官によって目隠しされ、手錠をかけられた。暫く歩かされ、止まると直ぐに首に縄がかけられ、足首も縛られた。暫し静寂の後、ガタッと音がして恩田の足元の床が開いた。

気が付くと恩田はベッドに寝かされていた。傍らに立っていたのは拘置所長だった。

「目が、覚めましたか?」

「俺は生きているのか・・・?」

「そう、貴方の代わりに死んでも良いという人のおかげでね。貴方はもう自由です」

そう言われて恩田は釈放された。

*   *    *

 PCやスマホ等の情報ツールの発達により個人の意見がすぐに世の中に出回る時代になった。今や政府は国民一人一人の顔色を窺い、個人の意見を尊重する事に躍起になっていた。

 こんな世の中でも犯罪は起こる。中には、偶然道で見かけた人間を誘拐し、いたぶった挙句に八人も殺し続けた連続殺人犯・恩田のような怪物も存在する。しかし、いかに狡猾な殺人鬼であっても監視カメラ、ごく小さな痕跡からでも犯人を割り出す最新の科学捜査を駆使した警察の包囲網から逃げ切る事は出来ず、とうとう捕まってしまった。人の命を何とも思わずゲーム感覚で次々と犯行を繰り返した恩田に同情の余地はなく、判決は当然死刑だった。

 しかし、恩田のような極悪人でも国民の一人には違いない。

死刑確定の数日後、刑務官から

「恩田は“毎日が退屈だ”と訴えています」

と報告があると、早速、図書室の利用や映画やドラマのDVDを月に一度みる事が許されるようになった。

「毎晩悪夢を見て、よく眠れません」

と恩田が訴えれば、枕や布団が寝心地の良い物に取り換えられ、精神科医によるカウンセリングも行われた。

「外の人達と意見交換をしてみたいです」

と訴えれば、検閲はあるものの、死刑反対を訴える団体や犯罪心理学者、ファンだという人達との文通が許可された。何十回も手紙をやり取りするうち、恩田は支援団体や犯罪心理学者達の勧めで自分の半生や犯行時の心情を綴った本の執筆を始めた。勿論、批判はあったものの、自分なりの反省を世間に公開し、印税は全て寄付すると宣言した事もあり、本は約十万部が売れる結果となった。政府による「個人の意見の尊重」の一例である。

 また、恩田は全く知らなかったが、全ては仕組まれていた事だった。恩田の拘置所での行動や読んだ本、視聴した映画、手紙、著作の内容は全て詳細な分析が行われ、釈放の条件を満たしていると判断された。そして自殺志願者の願いを叶えながらも、せめてその命を無駄にしない為に交換が行われたのだ。

これも「個人の意見の尊重」の一例である。

*   *    *

最初は半信半疑の夢心地でトボトボと歩いていたが段々と足取りが軽くなっていった。死の隣り合わせにある毎日を送る中で恩田はその恐怖に怯え、自分が殺めた人達の苦しみを想像し、自分の行いを後悔した。分析でその事が分かってもらえたと思うと嬉しかった。

*   *    *

「そろそろ終わっている頃だろうか」

恩田の釈放から数時間後、所長がボソリとつぶやいた。

今頃、恩田は車で後ろから追突されている筈だった。そして、動けなくなったところをトランクに放り込まれて連れ去られる予定になっていた。連れ去るのは被害者の遺族達が協力して行う。恩田が釈放される日時は所長から遺族に伝えられていた。

恩田の分析は、新しく入れた寝具の中の隠しカメラやマイク、脳内スキャンまで使って、嘘や誤魔化しが入る余地がないまでに徹底的に行われ「反省は死刑の恐怖から逃れたい為の一時的なもの。心底の改心は不可能」との結果が出た。また、遺族は死刑にすら満足できず、激しい憎しみを持ち続けている事も分かっていた。どうせ改心しないなら、一旦恩田を自由にした上で遺族に捕まえさせ「もう一思いに殺して下さい・・・」と言いたくなるような目にあわせて、少しでも遺族に無念を晴らしてもらおうと決まったのだ。

これも「個人の意見の尊重」の一例である。


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