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天下七刀  作者: 微睡 虚
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第八章 出した答え

 忍との戦争後、天下七刀の所持者達は、失意の宗助を連れて出雲に身を寄せていた。


「宗助、蝉の抜け殻みたいになってるぞ」

 左近が友人を心配する。そんな左近の為になろうと、淡雪が言った。

「私に任せて」

 淡雪がボ―っとしている宗助の頭に霜を降らせる。彼女は、宗助の混乱する頭を冷やさせようとしているようだ。

「駄目。ただの屍みたい」

 彼女なりに何とかしようとした淡雪が戻ってきた。

 その頭を左近が撫でて労った。宗助はずっと動かないままだった。

「無理もないでござる。今まで苦楽を共にした旅の友が一族の仇だったのだから」

 腕を組んだ白蓮が大岩にもたれながら言った。

 笠を深く被った幻界は、横目で赤虎を見ながら言った。

「赤虎、其方はかつて自信を失くした宗助を励ましたのだろう? またなんとか言ってやれないか?」

「いや~、今回ばっかりは俺も何も言えねぇわ。源信、お前こそ坊主になったなら説法でもしてやれよ」

「今のあやつにかける言葉は何もない。形ばかりの言葉では気休めにもならんだろう」

 年長者で、多彩な人生経験を持つ赤虎や幻界も今の宗助にかける言葉が思いつかないようだった。

「宗助さん、大丈夫でしょうか?」

「こればっかりは本人の問題よ。私達に出来ることはないわ」

心配するカンナカムイの肩を抱きながらアヤメが言った。

 彼らに出来ることはただ側にいて宗助を安心させてやることだけだった。最も信頼していた相棒が一族の仇だったという残酷な現実を彼がどのように受け入れるかわからない。このまま心が壊れてしまうかもしれない。だから、七刀の所持者達は、宗助を信じることしかできなかった。


 それから何回か太陽が昇っては沈み、数日が経過した。出雲国内で七刀の所持者達は、宗助の精神的回復を待った。彼がどんな結論を出したとしても敵として戦友として闘った六人の剣士達は宗助を信じて待った。

「はぁ~、一体何日コレが続くでござる?」

「いいじゃない、白蓮。こんなに余所から来た人がこんなに滞在するのも珍しいわ」

「姫がそう言うなら、まぁよいでござるが……」

 相変わらず姫に言われれば白蓮は何も言えないようだ。

「完全に天下七刀の所持者とその関係者の親睦会みたいになってるな」

 淡雪が注いだ酒を飲みながら左近が言った。

「僕は親睦会好きですが、なんとなく空気が暗いです」

 カンナカムイが箸から食べ物を落としてしまう。

「仕方がないわ。私達を繋いでくれたあの二人が敵対してしまってるのだから」

 カンナカムイの頭を自分の胸に抱いて優しく言った。

「こんな状況じゃ、上物の酒も不味いな」

 酒を瓶ごと飲んでいた赤虎が言った。

「違いない」

 幻界も酒を御猪口で飲みながら言った。流石は破戒僧である。


 そんな日々がしばらく続いたが、転機が訪れた。

 逃亡した時雨から手紙が届いたのだ。

 小鳥の足に付けられていた手紙をカンナカムイが発見した。それを知った七刀の所持者達が彼から奪って手紙を開封した。

「皆さん、マズいですよ。これは宗助さん宛のものです。勝手に読まれては!」

 カンナカムイが宗助と時雨の事を考えて真面目に抗議する。

「当の本人が府抜けているのだ。拙者達が見る他ないでござろう」

「そう、これは興味本位ではなく、時雨の手紙の内容をイの一番で知れせてやる為だ」

 左近がもっともらしいことを言いながら、手紙の内容を見ようと身を乗り出している。

「もし、変な事が書かれていたら宗助が余計ショック受けちまうだろう?」

「そうだ。決して恋文を期待しておるわけではない」

 年長者達も手紙の内容に興味津々だ。

「無粋な人達ね」

「って言う割に貴女が一番はやく手紙読もうとしてるじゃない?」

 出雲の姫が土蜘蛛の姫に突っ込んだ。

「何やってるんだか……」

「まぁまぁ、変化があったのですから皆が喜ぶのも当然ですよ」

「源信様までも……」

 淡雪、マリア、小春が各々の反応をした。


 アヤメによって手紙は読まれた。その内容は以下のとおりである。


『宗助、本当にすまないことをした。謝ってすまないことは分かっておるが、謝らせてほしい。だが、騙していた訳ではない。それは信じて欲しい。私は本当に賊と思って主の一族を襲ったのだ。すまん。これは言い訳だな。


 だが、私は主と旅をしている間の時間がとても楽しかった。主と旅をする一時一時が里を出た私にとって新鮮だった。とても嬉しかった。苦楽を共にしているうちに、どんどん主に惹かれていった。いや初めて会った時から主に惹かれておったのかもしれん。抜け忍狩りから助けてもらった時。さらに言えば、五年前に主と闘った時に。


 私は主を好いておった。愛していた。この感情も初めてのものだった。だからこそ、主を傷つけ、一族を皆殺しにした下手人を私は許せなかった。

 皮肉だな。その下手人こそが私だったのだ。私が主のために何をしてもそれは主への侮辱になるだろう。

 本来なら、私は主のために命を絶つべきなのかもしれない。しかし、私は土忍様の命の犠牲をもとにして今を生きている。先生に救われたこの命、簡単には死ねない。そして主の立場としても、〝一族皆殺しの仇が切腹〟という形で幕を下ろしたくなかろう。


 そこで私は主と闘う覚悟を決めた。

 今川宗助としては、私は死んで欲しい人間だろうが、土忍様に助けられた身としては生きる努力をしなければならない。だから、主と私の一騎打ちを所望したい。主が勝てば主の手で私をそのまま裁いてくれ。

 私が勝てば、その時は今川一族根絶やしの咎を、今度こそこの背に背負おう。


 主と初めて会った、主の一族が仕えた落雷藩の跡地にて主を待っている。この一騎打ちを受けて欲しい。私は忍であるが、剣術を学んだ剣士でもある。最後は剣で決めよう』


 それが手紙に書かれていた全文だった。

「どういうことだ? 時雨は宗助と闘うつもりなのか?」

「こんな結末しかないんですか? 闘いを回避する方法はないんですか!?」

「時雨嬢ちゃんなりの結論を出したんだろう」

「あの二人、お似合いだと思ったのだが……」

「運命って残酷よね」

「……して、この内容を宗助に伝えるでござるか?」

 剣客達が騒ぎ出した。この内容を今の宗助に伝えることは憚られるが、それでも伝えなければならない。今の宗助には何らかの起爆剤が必要だろう。

 皆黙っていたが、一人が挙手をした。

「俺が宗助に伝える」

 そう言ったのは六角左近だった。彼は七刀所持者の中で最初に宗助と時雨と仲良くなった身として、今の時雨の気持ちを宗助に伝えるという大役に立候補したのだ。

「大丈夫なの?」

 心配そうにする淡雪の頭を撫でて彼は笑った。

「心配するな。アイツとは盃を組み交わした仲だ」

 皆が見守る中、左近が宗助の元へ行った。


 相変わらず微動だにしない宗助の元へ左近が歩いて行き、彼に声をかけた。

「宗助、時雨から手紙が届いたぞ」

 そう言うと、僅かに宗助が反応したようだった。

「悪いが皆で先に読ませてもらった。その内容は……ここに書かれてある」

 左近が手紙を渡すと、意外にも宗助はすぐに受け取った。

「時雨は結論を出したぞ。今度はお前の番だ」

「お、れの……?」

「ああそうだ。考える時間は山ほどあったはずだ。手紙を読んだ後、もう一晩だけゆっくり考えろ。そしてお前なりの結論を出せ。心配するな。お前がどんな結論を出そうが俺はお前を応援する。俺はお前の味方になってやる」

 左近は宗助の左肩に手をのせて言った。彼の言葉は、頭の横に被った鬼の面には似合わない優しいものだった。左近は、それからすぐに席を外した。

 残された宗助は手紙を強く握りしめた。

 その様子を影から剣士達が見つめていた。


「あれでよかったのでござるか?」

「ああ。明日には結論を出すだろう」

「出さなかったら?」

「その時は、結論を出さないというのが宗助の答えだろな」

「まぁそうなったら、言いだしっぺの左近が時雨ん所に行って『宗助は決闘を放棄する』と伝える他ねぇな」

「そんな答えは許さないわ。結論を出さなきゃいけないと私に言ったのは彼よ。待ちぼうけになる女の事も考えなさい」

「落ち着いてください。アヤメさん」

 当事者の宗助と時雨より外野の方が五月蠅かった。



 翌朝、七刀の所持者達が二日酔いで苦しんでいるところに宗助がやってきた。

 宗助の姿を捉えた剣客達は安堵の表情を浮かべた。

「宗助、よかった」

「宗助さん、僕は信じていましたよ!」

「ようやくお目覚めか。遅刻だぜボウズ」

「拙僧の座禅より長く沈黙しおって」

「あの子が待ってるわよ?」

「結論は出たでござるか?」

 六人の剣客達が宗助の言葉を待ったが、彼は驚くべき行動に出た。

なんと六人に土下座したのだ。

「宗助さん、何をしてるんですか? 皆はそんなに怒ってないですよ?」

「違う。謝ってるんじゃない。頼んでいるんだ」

「頼む? 其方が拙僧達に何を頼む?」

 皆が宗助の目的を確かめようと耳を澄ませる。

 彼は自分の頼みを明確に告げた。

「俺に剣を教えてくれ!」

「ハァ!?」

 六人は声をそろえて驚いた。


「どうしてその結論になったんだ?」

 左近が皆を代表して尋ねる。

「俺はまだ完全に結論を出せてはいない。だが、時雨を許すにしろ殺すにしろ、今闘えば死ぬのは俺の方だ。俺は……弱い」

「俺達に勝った奴が何かほざいてるぜ」

「赤虎、アンタが褒めたんだ。俺は〝眼〟だけは良い。俺が何も見えてないとでも?」

 そう言うと、赤虎だけでなく他の五人も沈黙した。

「俺は左近、カンナ、赤虎、幻界に勝ち、アヤメと引き分け、白蓮に負けた。明確に負けたのは白蓮だけだが、他の皆が何らかの要因で実力を発揮できなかったことを知ってる。今やり合えば俺は全員に負けるだろう」

「成程ね。そこまで分かったから私達に剣を教えて欲しいと?」

「ああ。俺の剣は〝守りの剣〟。俺の流儀は〝勝つよりも負けないこと〟だが、今回ばかりは絶対に何があっても勝たなきゃならない。そのためには守りの剣だけでは足りない」

「俺達から〝攻めの剣〟を学びたいってことか?」

「ああ」

 赤虎の言葉に宗助は頷く。

「だが、時雨はどうする? 宗助を待っているぞ?」

 左近の質問に宗助は答える。

「それは大丈夫だ。昨日の内に手紙の返事を書いた。〝二年待ってくれ〟と」

「二年? そんなに待ってくれるでござるか?」

「大丈夫だ。あいつも決着をつけたがってる。二年でも十年でも待ってくれるさ」

「けれど宗助さん、二年で此処にいる全員の流派を全て学ぶことは、どう考えても時間的に足りませんよ?」

「わかってる。だから全員から全てを学ぼうとは思っちゃいない。左近からは〝突き技〟を、カンナちゃんからは〝剣術を補助する体術〟を、赤虎からは〝剣の威力を高める遠心力〟を、幻界からは〝居合〟を、アヤメからは〝急所を狙う斬術〟を、白蓮からは〝全てに対応できる柔軟な剣〟を、教えてもらいたい」

「成程な。全員の『良いとこ取り』をしようってわけか」

 赤虎は宗助の真意を聞き納得した。


「親友の頼みだ。一肌脱ぐか!」

 左近は即答した。

「ありがとう左近!」

「まぁ、宗助さんの頼みを断る理由はありませんよ」

「流石カンナちゃん! 話が分かる」

「ったく! 世話の焼けるボウズだぜ」

「赤虎、本当にすまない! だがこれが最後だ!」

「拙僧の剣に憧れた童に剣の手解きをするのは悪い気分ではないな」

「幻界、恩に着る! 憧れの剣を学べるのは俺も嬉しい!」

「女を二年も待たせるのは罪なことよ。私から一刻も早く学びなさい」

「アヤメ、協力してくれるか! ありがとう!」

 五人の剣客達は、宗助への手解きを約束してくれた。後は天照流の白蓮だけだ。皆が白蓮の方をじ~と見ると、彼はふっと笑って言った。

「断る」

「おいっ!」

「え~、断っちゃうんですか!」

「ここはどう見ても協力する流れだっただろう」

 皆が批判するが、その批判も涼しい顔で受け流した。

「出雲天照流は出雲族の剣。たとえその片鱗でも簡単に教えられるものではない」

 白蓮は拘りがあるようだ。傍から見れば白蓮が頑固に見えるが、実際は宗助の方が無理を言っている。 それを重々承知しているから宗助は重ねてお願いはしなかった。そこで助け船を出したのが、他の五人だった。

「どうしても宗助の剣術修行に付き合わないのか?」

「ああ」

「最強なのに?」

「知らん」

「あ~あ、最強の男っていうのはもっと出来る奴だと思ってたのにな~」

「……」

 皆でそれらしく白蓮を挑発するが、彼は乗ってこない。

 その時、アヤメが一言呟いた。

「……頭の固い男。そんなんだから惚れた女一人落とせないのよ」

「な! それは今は関係ないでござろう!」

 指を差し、顔を真っ赤にして抗議する白蓮。愛い奴。

「わかってないのね。女は男の強さよりも懐の広さに惚れるものよ」

 アヤメに諭されると、地面に膝をつき、ついには両手もついた。

「そ、そうでござったか!」

 その場にいた全員が「バカだ」と思った。

 宗助は、結果的に六人から剣術を指南してもらえることとなった。


 その日から宗助の修業が始まった。それぞれ時間を取って一対一での修業となった。皆昨日まで飲んだくれていたとは思えない程、過酷なものだった。

「宗助! 腰が入っていない! それでは凡百とある只の突きだ! 〝鬼角一砕流〟の突きは岩も鋼も砕くもの! そんな突きでは障子紙しか破れんぞ!」

「ハァハァハァ……。流石努力家、厳しいもんだ」

 宗助は固い岩を対象に突きの練習をする。今は練習用の刀を使っているが、その練習用の刀が、何本も折れてしまっていた。

「敵を砕けても、己の剣まで砕けていては意味がない! もう一度だ!」

「はいよ! 左近先生!」


「宗助さん、僕は剣術においては宗助さんを含めた七人の中で最弱です。完全な我流ですから。それでも宗助さんと互角に闘えたのは、この〝憑気聖獣拳〟のおかげです。武器を扱う動作の瞬間、武器が手元から離れた時、とても有効です。頑張ってください」

「了解だ! カンナカムイ先生!」

 宗助が直接カンナと闘いながら手ほどきを受ける。

「宗助さん! 体術を扱う事に集中しすぎて剣術がおざなりになっています! それでは本末転倒です! 貴方が今学んでいるのは、あくまで剣術を扱いやすいように、剣術を補助するための体術です! 剣を振るいながら体術も扱えるようにしてください!」

「そうはいっても、同時にってのは!」

「泣き言は聞きません! 体に直接教えてあげます!」

「そんなぁ! いてっ! いたた! 痛い! アッ――!!」

 その夜、宗助の絶叫が木霊した。彼は顔も体もボコボコにされたのだった。


「宗助、いいか! 回転は力だ! 昔の偉い人も言ってる『万物は流転する』と。あれ? 意味が違ったかな? まぁどうでもいいや! 〝螺旋虎王流〟が証明しているとおり、とにかく遠心力を付ければ武術は強くなるってこった」

 赤虎と宗助が木刀を回しながら回転の練習をしている。

「お前は我流でも回転を利用した技を何個か持っていたようだから、それを思い出しながらやってみろ。今のお前のレベルに合わせてやる。それが出来れば実戦だ」

「応共よ!」

 意外にも赤虎が一番優しく教えてくれた。


「宗助、其方も居合の基本は知っていよう。〝獄門流〟は他の居合と基礎は変わらん」

「どうやったらアンタの様に速くなるんだ?」

「まずは雑念を断ち切れ。次に迷いを断ち切れ。そうすれば眼前の物体は断ち切れている」

 幻界の助言は坊主らしい説法だった。

「ふむ」

「後は数をこなし、あらゆる状況から居合が出来るようにしろ。そうすれば、少しずつ、だが確実に剣速は上がっていく」

 宗助は、竹から丸太から色々な物を斬った。

「最初から最速の抜刀術が出来ると思うな。一に経験、二に慣れだ」

「ああ! やってみる!」

 宗助が構えると、ひたすら居合の練習をした。


「今川宗助、貴方の見切りの目と忍耐力は完成されている。後は集中力を養いなさい。そうすれば〝紅花流〟の急所を狙う斬術への近道となる」

 木刀で相対しながらアヤメが言った。

「最初に私が急所を攻撃するから一時間受け切りなさい。手加減はしてあげる」

「そりゃどうも」

それから一時間の打ち合いが始まった。

「一撃取り漏らした。追加でもう二時間ね」

「おいっ! それくらい見逃してくれよ!」

「駄目。実戦じゃ一撃が致命傷になるの。それとギリギリで受け切るのではなく、ちゃんと見なさい。何のための眼よ。私がどうやって急所を狙ってるかを体で覚えなさい」

「似た者夫婦―!」

 宗助はボコボコにされた。


「拙者が教えるのは、〝天照流〟の柔軟性の一部だ。お主が今学んでいる五人分の技術をまとめ、敵に対処できる柔軟性を付加させるように協力してやるでござる。今まで学んできた全てをさらけ出すでござる」

「わかった」

 木刀で何度も斬り結ぶ。宗助は今までの我流の防御の部分に、同時進行で五人から学んでいる技術を付けて白蓮と闘う。

「駄目でござるな。今お主がやっているのは、五人から学んだ技術とお主本来の力をただ振るっているだけ。それを全て、雲を繋げるように合わせるでござる」

「やってんだけどよぉ!」

(まぁ、奴が技術をまとめ易いように攻撃してやるか。その間に柔軟性は自ずと身につくだろう)

 数秒の間に様々な剣が振るわれる。それは他の五人から学んだ部分が生かせるような攻撃だった。


「宗助、大分突きをモノにしてきたな。これで実戦でも生かせる」

「そうか。ありがとう、左近。お前にもう一つ頼みがあるんだが……?」

「お前には協力すると言ったからな。何でも言ってみろ。力になるぞ」

 左近が笑いながら了承した。

「お前に〝忍殺し〟の技法〝忍術払い〟も教えて欲しいのだが」

「忍術を払う技か。確かに時雨と闘う上で欠かせない技術だが、此処には達人が他にいるではないか。何故俺なんだ?」

「俺は〝眼〟は良い方なんだ。他の皆も忍術払いは出来るが、その技術は一番お前が優れていると思う。だから頼んでるんだ」

「まぁ、そこまで言うなら俺が教えてやる。感謝しろよ、この野郎!」

 そう言う左近はとても嬉しそうだった。

「お前は忍術払いの基礎は出来てる。後はそれを極めるだけだ。まぁその修業は俺だけでは行えない。適任者がいるんだ」

「?」

 すると、木の影から淡雪が現れた。

「話は聞かせてもらったわ。私の出番ね」

「ああ。すまんな。俺の親友に協力してやってくれ」

「貴方の頼みは断らないわ」

 淡雪が忍術を放って、左近が教える技術でそれを払う修業のようだ。

「で? 私はどんな忍術を使えばいいの?」

 淡雪が左近に尋ねると、彼はしばし熟考した後答えた。

「基本は、色々な忍術を放ってくれ。特に実践向けの使いやすいヤツを重点的に。初めは弱い術を撃って、宗助が払え次第強い術に移行していってくれ」

「了解したわ」

「……もう一つ付け加えるなら、時雨は雷刀〝麟〟を使うから、雷系を多めに頼む」

「雷遁はあまり得意じゃないんだけど。まぁそれは頑張るからいいわ。けれど、忍術で出来る雷と雷刀で出来る雷は全然違う。完全に払う事は出来ないと思うけど……」

 淡雪が指摘する。言われてみれば、人間が忍術で作る雷と麒麟の角から作られたといわれる雷刀から放たれる雷が同等と言うのはおかしい。

「そうか。それなら……宗助! お前は雷を全身で受けろ!」

「はぁ!?」

「時雨の刀を捌いても雷で気絶したら意味はない。だから体を雷に慣らせる必要がある。大丈夫だ。お前の忍耐力では死なんはずだ!」

「鬼ィ―――!」

 そこから壮大な忍術払いと対雷撃の修業が始まった。




 ――二年後。

「よっし! よく頑張った! 宗助!」

「宗助さん、修業の事を忘れないでください!」

「まぁこんだけ出来れば十分だろう」

「うむ。二年で教えられることは全て教えた」

「私達が此処まで教えたのだから……」

「負けたら承知しないでござる」

 宗助は六人の師匠に太鼓判を押されて、時雨との決闘に赴くこととなった。既に時雨には淡雪の忍術によって決闘の正確な日取りを伝えている。


「宗助、お前に剣を教えた者として、俺達は最後まで見届けさせてもらうぜ」

「ああ。異論ない」

 宗助を含めた七人の侍達が時雨の待つ落雷藩に向かって歩いて行った。


「頑張ってねぇ~、貴方達の家族は出雲で預かっておくから」

 出雲の姫君が旅立つ剣豪達に手を振った。七刀の所持者の関係者は例によって出雲国で休むことになった。

「はぁ~、つっかれた~。忍術払いに付き合うのも体力使うわね」

脱力しながら淡雪が言った。

「良いではないですか。貴女は帰ってきた左近さんと祝言を上げるのでしょう?」

 子供をあやしながらマリアが言う。

「ま、まぁね」

「ハァ~、私は源信様といつになったら結ばれるのでしょうか」

 小春が羨ましそうにぼやいた。

「相手は破戒僧でしょう? 押し倒しなさいよ」

「それは破廉恥です。貴女こそ、そろそろ白蓮さんを受け入れてあげたらどうですか?」

「あら私は白蓮が好きよ? 好きだからからかってるんじゃない」

「大したお姫様ですね」

 留守番組では、現代で言う所の女子会が行われていた。




 満月の夜、藩の跡地では時雨が宗助を待っていた。

「私が死ぬか、宗助が死ぬか、いずれにしろ今日がアイツと会って話す最後の日となる。奴の生き様をこの眼に焼き付けておこう」

 誰もいない廃屋敷の中心で、時雨が呟いていた。

 お取り潰しになった屋敷は荒れ果てていた。内部は幽霊屋敷と言ってもいいくらいだ。外敵を見張る為にあった屋敷を取り囲む塔は、そのほとんど壊され、辛うじて広い中庭の方の壁付近に六本だけ残っていた。

 時雨は、中庭をぶらついた。

「ここから始まった。ここで決着を付けるのが一番よい」

 時雨は、あの夜と同じ満月を見ながら呟いた。


 その時、一陣の風が吹いた。夜風は時雨の白髪をたなびかせた。

「来たか……」

「待たせたな、時雨」

 一本の刀を差した宗助が颯爽と現れた。その腰に差した刀は天下七刀のどれでもなかった。それはかつて赤虎が譲った刀だった。

「天下七刀は使わぬのか?」

「ああ。やはりアレは相応しい使い手がいる」

 宗助が親指でジェスチャーをする。

 廃屋敷の壊れかけた六本の屋敷塔に、六人の剣客が座っていた。

「アレは天下七刀の所持者達!?」

「俺とお前の旅で出会った者達、そして俺を鍛え直してくれた人達だ。だから俺達の決闘を見届けてもらう」

「そうか……」

「時雨、俺は……」

 何事か言おうとした宗助に時雨が待ったをかけた。

「最早、主と語る言葉はない」

「そうだったな。だからこそ俺はお前と語れる〝言葉〟を鍛えてきたんだ」

 宗助が剣の柄を握った。それを見た時雨が自虐的に笑う。

「そうだ。主とは〝剣と言う言葉〟でしかもう語り合えない!」

 時雨が抜刀した。

「いきなり二刀を抜くか。そう言えば、二刀で攻撃するのが〝天秤二刀流〟だったな」

 時雨が剣に雷を帯びさせながら宗助の剣を討ってくる。宗助は忍術払いでその威力を弱めて、残電力を己の鍛えた体で受けた。雷遁系忍術を受ける修業がここで役立った。


 宗助は父の剣を思い出しながら、時雨の剣を正確に見切る。流石に時雨は天秤二刀流をモノにしていた。一撃目で斬り込み、宗助が剣で受けたのを見てから二刀目で死角を攻撃する天秤二刀流・遅延双斬をやってきた。宗助は防御の死角に斬り込む刀の鍔を足で蹴って跳ね返した。

 次いで、体勢を崩した時雨の首を宗助の剣が襲う。時雨が蹴られなかった方の剣で防御する。他がそれを見越した宗助が無理な体勢で受け止めた時雨の足を自分の足で払った。倒れる時雨の頭に宗助は垂直に剣を下ろす。

「っち!」

 時雨は剣を握ったまま、二刀の柄頭で白刃取りを行う。それも宗助の父がかつて見せた天秤二刀流・秤止めと言う技だった。

 剣を返す時雨はでんぐり返りの要領で宗助から逃れた。

 時雨は二刀を宗助の方へ空高く投げ捨てた。今までの宗助ならそれで気を取られるが、時雨が開いた手で忍術を行うと見た宗助がしっかり時雨を見た。

(目暗ましは効かんか、ならば!)

 印を結び、正面から仕掛けることにした。

「火遁・大炎舞!」

 時雨が放った炎を宗助は刀で払った。

「やはり〝忍術払い〟か。はじめに雷刀の威力を弱めたのを見たが、ここまで簡単に忍術を消すとはな」

 印を結んだ時雨の姿が消えた。

 彼女は瞬間移動の術で宗助の背後に回る。そのタイミングで先程投げていた雷刀を空中で受け取り、宗助に斬り込んだ。

 しかし、殺気を感じて二刀をクロスさせて防御態勢を取った。

 その判断は正しかった。宗助は背後の時雨に向かって居合をしたのだ。雷刀で受け止めたが、あまりの鋭さ、速さで跳ね飛ばされてしまう。

「俺は眼はいいんだ。実戦で使い易い術は淡雪に見せてもらってる。印を見れば、相手がどんな術を繰り出すかわかる。今のは、瞬転の術の印。瞬間移動するのはすぐにわかった」

「ふん、わかったとしても、防ぐどころかこちらに攻撃してくるなど……、主、まさか!」

 時雨が言い終わる前に宗助が斬りこんでくる。時雨が二刀で薙ぐが、宗助は身を捻ってかわし、時雨の横腹を斬りつけた。

「っく!」

 時雨が反撃してくる。次に彼女が使ったのは逆手で刀を持ち、回転しながら斬りつける天秤二刀流・天秤攻めである。宗助はその攻撃を正確に見切り、柔軟な動きで回避する。


 時雨はすぐに次の技に出た。なんと雷刀の片方を宗助に投げつけたのだ。宗助は剣で受ければ電気で攻撃されるかもしれないと考えてかわした。しかしそれは間違いだった。

 なんと、自分の後ろに通過したはずの雷刀が自分の前に戻ってそのまま宗助を斬り裂いたのだ。弧を描くように時計回りに移動し、投擲された雷刀は時雨の手元に戻ってきた。

「これぞ、天秤二刀流・付輪雷道!」

「へへ、電気の糸で雷刀同士を繋いで鎖鎌の様に攻撃したのか。そういえば、あの夜に親父が使っていた気がするな。迂闊だった」

 再び時雨が付輪雷道で攻撃してくる。宗助はその攻撃を巧みにかわし、姿を消した。

 次の瞬間には抜刀術の構えで時雨の眼前に迫っていた。

「これは!? 縮地!?」

 それは、白蓮達やアヤメ、左近が使っていた高速歩法術だった。闘いが始まった時、動きが速くなっていたと思ったが、一流でも修得困難と言われたその歩法までも完全にモノにしているとは思わなかった。

 虚をつかれた時雨が無理な体勢で上空に飛ぶ。

 飛び上がった時雨が空から落下してくる。

 宗助は時雨の着地点を先読みし、迎撃態勢を取る。そして、彼女が落ちてくる瞬間に攻撃した。しかし、宗助の攻撃は当らなかった。時雨が落下してこなかったのだ。時雨の体が空中で止まっていた。

「これは!?」

 それは天秤二刀流・(うき)(ばかり)という雷刀の電磁力を利用した浮遊技だった。

 時雨は中で回転し、距離を取った。

「まさかとは思ったが、宗助それは今まで闘った者の……」

「そうだ。今観戦してる天下七刀の所持者達に習ったものを俺に合うようにまとめた技だ。〝今川七(いまがわしち)剣流(けんりゅう)〟とでも名付けておこうか」

「やはり! 主の守りの剣にこのような技はない。そのための二年だったか」

「ああ。俺はお前に会うために(おとこ)磨いてきたんだぜ」

「宗助の〝防御の剣〟に七刀所持者六人の〝攻めの剣〟が組み合わされている……」

 宗助と時雨が再び激しく剣を交差させる。何度も何度も討ち合う。二人はお互いの全てを剣に乗せてぶつかり合った。時雨が上手く忍術を陽動に使い、雷刀で急所を狙ってくる。

(流石は時雨。忍術は払われると分かった上で捨て駒の陽動に使ってきやがる。本当に土忍のために生きる努力をしているようだな。一瞬も油断できない)

 時雨の二刀を受けながら宗助は時雨の覚悟を再認識した。

(宗助、主は本気で私を殺す技術を学んできたのだな。嬉しいぞ。例えそれが憎悪や殺意でも、主が私を見て私にだけの感情をぶつけてくれるのが! 主が私の剣に抗えば抗う程この時間を長く堪能できる。主と過ごせる時間を!)


(時雨、俺は決意を固めきれていない。俺は揺れている。お前を愛する気持ちと憎む気持ちが両方ある。だからこそ、俺はこの剣にお前への気持ちの全てを乗せる!)

 激しい剣戟の後、両者は息を整えるために距離を取った。


 お互い睨み合いながら剣を構えていると、今度は宗助が時雨に問いかけた。

「……時雨、なぜお前は〝天秤二刀流〟を使う?」

 宗助の問いに時雨は迷いなく答えた。

「主の父の剣は敵として見ていた。それにあの夜に、この〝麟〟と共に極意書も奪ってあった。だから後は、主の父の剣を思い出しながら極意書の通りに鍛錬した」

「そう言う事を聞いてるんじゃねぇ。お前ほどの天才なら、他に使えそうな強い二刀流剣術はあっただろう? それなのに、なぜ〝天秤二刀流〟なんだ?」

 改めて宗助の質問を聞いた時雨が、合点がいったような顔をして言った。

「そうか、忍ではない主には読めなかったか。極意書の最後に白紙の部分があっただろう?」

「ああ」

「あそこは特別な術が掛けられていてな。隠された文章がある。小さな結界とでも言おうか。そこに〝天秤二刀流が生み出された理由〟が書かれてあった」

「それで、そこにはなんと?」

「天秤二刀流は、そもそもこの〝雷刀・麟〟を最大限に扱うために考案された剣術だった」

「何だって!?」

「私は気紛れでこの剣術を選んだのではない。〝雷刀・麟〟を正しく扱うには、この剣術しかなかったのだ」

 雷刀・麟は、形も長さも重さも全て等しい二刀一対の刀だ。さらに材料は麒麟の角で、素材も他の刀と一線を越す。そんな神刀を使いこなせる剣術は中々ないのだろう。天秤二刀流の開祖が、刀の制作者なのか、たまたま雷刀を手に入れたからその剣術を編み出したのかはわからないが、この雷刀は天秤二刀流でしか使いこなせない刀だったらしい。


「そうだったのか」

 宗助は納得した。自分がこの剣術をモノにできなかったのは、その時剣才がなかったというのもあるが、全てが同じ二本一対の雷刀を所持していなかったからなのかもしれなかった。考えて見れば、自分の父以外の者がこの剣術を使っている所を見たことが無かった。

「お話は終わりだ。剣で語るといったはず」

 時雨が雷刀を鞘に納めて行った。

「剣を納めた? これは抜刀術!?」

 宗助はすぐに時雨の考えを読んだ。

「天秤二刀流・抜刀術……」

「来る!」

「天秤交叉!」

 時雨が腰の左右の鞘から二頭を抜刀した。×印の斬撃となって宗助を襲う。

 宗助は体を回して地面を手で殴って回避した。


「宗助の奴、修業の成果が出てるな」

 観戦する赤虎が呟いた。

「出ていなければ困るでござる」

 白蓮が腕を組みながら言った。

「しかし圧巻だな」

 笠を深く被り幻界が感心する。

「頑張れぇ宗助ぇ……」

 左近が親友を応援する。

「宗助さん」

 カンナカムイが祈りのポーズで宗助の勝利を願う。

「早く終わらせなさい。私達の仲人は決まってるのよ」

 闘う二人を見ながらアヤメが言った。


「かわしたか……」

 時雨が再び刀を構える。

「俺の〝眼〟と、親父との修業の記憶があればかわすのは容易だ」

「なるほど……ではこれはどうだ!」

 時雨が納刀すると、素早く印を結んだ。

 彼女の口から突風が吹いた。そのまま渦を巻き竜巻となって宗助に向かってくる。

(これは、風遁・竜巻。淡雪との修業で見せてもらった技だ。速いがかわせそうだな)

「まだまだぁ!」

 時雨が抜刀し、剣に雷を帯びさせる。そして身を捻り、雷刀で竜巻を斬った。

「忍剣術・風雷暴!」

 宗助は再び時雨と剣をかわす。竜巻に雷が混ざり嵐となって宗助をのみこんだ。

「ぐわぁ――!」

 宗助の絶叫が聞こえる。

「あれは風遁忍術と雷刀の技を合成させたのか!? 成程、淡雪の言うとおりの天才だな」

左近は恋人から聞かされていた時雨の情報が誇張表現ではないことを知った。

 雷の嵐に痛みつけられる宗助を見つめながら、時雨が言った。

「私は幼少期からあらゆる術を使いこなす天才と言われてきたが、唯一扱えなかったのが、雷遁系忍術だ。故に主の父上殿が振るった、この雷刀に興味を持った」

「なるほどな」

 その時、嵐が二つに割られて宗助が地面に着地した。

「主、今の技を耐えたのか!? 術を割ったのも主か!?」

「俺は何度も淡雪の雷遁に耐え、左近には忍術払いを習った。この戦いで生かさず、いつ生かすよ!」

 宗助が踏み込んだ。

「七剣流・剣怒跳来(けんどちょうらい)!」

 宗助が踏み込み斬り込んできた。

 時雨は二刀で宗助を迎撃するが……。

「これは剣気で作った幻か!」

 宗助が踏み込んできたのは剣気が見せた幻影だった。既に幻影を斬り裂き無防備になった時雨の胸に宗助が突き技を行う。辛うじて急所への攻撃を避けるが、肩を斬り裂かれてしまう。後転しながら時雨は下がる。

(強い。本気で急所を狙って攻撃してきている。今までの防御の剣にも攻撃技はあったが、ここまで鋭く正確ではなかった。やはり私を殺す覚悟を決めてきたということか)

 時雨は宗助の剣が迷いなく、また本気で自分を殺しにきている事に哀しみつつも安堵した。愛しい者に刃を向けられるのは悲しい。だが、彼を殺すにしろ、彼に殺されるにしろ、一族皆殺しの罪悪感から解放されるという事実に安堵していた。

 時雨も宗助の急所を狙い、二刀で攻撃する。二人の斬撃は取り漏らした攻撃すらも次の攻撃の布石にしていた。キンキンキンっと剣が交叉する音が夜闇に響き渡る。

(宗助、私は主を愛していた。いや今も愛している。主はどうだ? 言葉はいらぬと言ったが、主の気持ちを聞けなかったのが残念だ。もし。もしも私が主の仇ではなかったら、主は私を愛してくれただろうか?)

 数秒間の剣戟の中で心に浮かんできた切ない思いを時雨は心の底に押し込めた。

宗助は雷刀の雷撃は忍術払いと忍耐力で耐え、剣術は己が剣で受け止め続けた。


 彼らの斬撃が周囲の壁を斬り刻み破壊する。

 あまりに大きな影響が出ると感じられる大きな斬撃などは、観戦していた六人の剣客によって勢いを殺された。

「あぶねぇ。何て攻防だ」

「こんなに激しい戦いでは周囲に影響が出るんですけど」

「カンナ、そのために私達がいるんでしょう?」

「にしても、ちょっとやり過ぎなんじゃね? のんびり観戦できると思ったんだが」

「二人は己の全てを賭けて闘っておる。年長組の拙僧らが文句を言う訳にはいくまい」

「ふむ。好きなだけ暴れるでござる。拙者達が全て弾いてやるでござる」


 宗助に押し負けた時雨が宙返りして屋敷上の瓦に立った。

 時雨は両手に気を込める。それに反応して雷が〝麟〟に迸る。それだけなら今まで通りだが、今回は違った。刀身に渦巻いていた雷が刀身をのみ込んだのだ。

 傍から見れば時雨の持つ雷刀が白銀の刃から光の刃に変わったように見えた。

「天秤二刀流・秘剣! ()御雷(けみかずち)!」

 バチバチバチ! という轟音と共に、時雨の二刀は光り輝いていた。

 銀髪の剣士が光剣を持ち、満月を背に屋敷の瓦に立つ様は実に絵になっていた。

 時雨が宗助に向かって飛びおりる。その時、彼女の持つ光の双剣の刃渡りが伸びた。身を捻って剣戟を繰り出してくる。

 宗助は伸縮自在の雷刀を何とか見切ってかわすが、かわしきれなかったものが宗助の体を傷つける。それは刃物傷というよりは焼き斬られたといったようなものだった。

 痛みに耐えながら宗助は時雨の剣を捌く。だが先程より雷の威力が増していた。忍術払いと持ち前の忍耐力だけでは受け切れない程のものだった。

(長くは受け切れない。先程までの雷を纏っただけの剣とは訳が違う。だが!)

 宗助は、刀と鞘で時雨の双剣を受け流しながら接近した。

「七剣流・情捨(じょうしゃ)必衰(ひっすい)!」

 刀を囮にして鞘で時雨の左脇腹を突いた。

「っく!」

 時雨は後転しながら下がった。

(やるな宗助。長い闘いもそろそろ終わりだ。宗助、お前は私に色々な感情を教えてくれた。恐怖、喜怒哀楽。……そして人を愛する気持ち。ありがとう。せめて一撃で葬ってやる!)

 時雨は満月に向かって飛び上がった。

 彼女が雷光を纏った二本の剣を重ねて一本の巨大な剣にした。

「天秤二刀流・壱奥義! 雷神(らいしん)大刀(たいとう)!」

 雷の大剣が襲う。

 宗助が受け切るのは物理的に不可能と判断し、紙一重でかわした。ほんの僅かに掠っただけの彼の背中が焼け爛れる。宗助はその痛みに歯を食いしばって耐えた。

 対象を失った剣戟が雷の波動と共に一直線上に流れていった。

「今の奥義をかわすか。流石に〝見切り〟に長けた眼だ」

「これが奥の手か?」

「いや、主には見せていないだろうが、〝天秤二刀流〟の奥義は初めから二つある。出し惜しみはせん。そのうち見ることになるだろう」

「そうかぁ。そいつぁ楽しみだ」

 宗助が不敵に笑った。

 再び両雄がぶつかる。

 目視困難な激しい剣戟が繰り返される。

(妙だ。さっきまでより剣閃が重い!? いや、さっきの奥義の残雷気が残ってるのか?)

(そう。この残雷気こそが奥義の真髄。あの奥義を出せばどんな猛者でも殺せなくとも大なり小なり傷がつく。そして激痛に悶えている相手を奥義の残り香で仕留められる)

 先程の奥義は力で相手を仕留める技であるとともに、建御雷を強化するためのものでもあったらしい。

(奥義で仕留められなくても、強くなってるってわけか。雷神大刀、見た目より厄介な奥義だったな……)

 剣戟の末、宗助の愛刀が弾き飛ばされてしまう。

「もらった!!」

「まだだ!!」

 武器を失くした丸腰の宗助に時雨が斬り込む。

「七剣流・不具体転(ふぐたいてん)!」

 宗助は無刀の状態で、己の体を一本の剣に見立てて身を捻りながら時雨の剣戟を捌いて行く。刃に直接触れれば切り裂かれるので、その鍔や柄、剣を握る時雨の手を狙って攻撃し、確実に捌いていく。それは カンナカムイの体術に赤虎の回転力を合わせた武器を失くした時用の技だった。

(これを捌ききるのか!? 今までの防御の剣ではない!)

 時雨も驚いていた。宗助が時雨の腹を蹴り飛ばした。そして前転しながら剣を拾いに行った。

 時雨が腹部を押さえて立ち上がった頃には宗助が剣を取り戻していた。


「七剣流・否奮攻刈(ひふんこうがい)……」

 それは己の気配を極端に断ち、縮地で移動しながら急所を攻撃する技だった。言うなれば幻界戦で見せた消失剣の完成形だった。

 流石の時雨もこの攻撃はかわしきれず、何太刀か食らってしまう。しかし彼女も鍛えた猛者。致命傷は避けていた。

「その技、ハァハァ……エグイが、持久力はないようだな。息が上がっておるぞ」

「ハァハァハァ……そうだな。次が最後になる」

「ハァハァ、いずれにしろ……次が最後だ」

 息を整えた宗助の醸し出す気配が変わった。先程の否奮攻刈とは逆に、今度は逆に殺気や闘気が濃縮されたような気配だった。

 宗助は納めた剣の柄を握り、抜刀術から奥義の体勢に入る。

 時雨は先手必勝とばかりに、先に奥義を放った。

「天秤二刀流・()奥義(おうぎ)! 麒麟天(きりんてん)(らい)!」

 それは鞘に雷を溜めた抜刀術から始まる、光剣による回転を加えた連斬だった。雷神大刀が力に重きを置いた奥義なら、麒麟天雷は速さに重きを置いた奥義だった。

 時雨が奥義を繰り出すのととほぼ同時に宗助も奥義を放つ。

「七剣流・奥義! 獬廌(かいち)九斬刃喰(きゅうざんばしょく)!」

宗助も抜刀術から入り、正確な九連斬で相手の刃を全て見切り捌きつつ懐に飛び込み、至近距離から相手を斬る技だった。まさに、見切る眼をつかった宗助の〝守りの剣〟と六人の師から学んだ〝攻めの剣〟を織り交ぜた集大成とも言うべき攻防一体の奥義だった。


「ぐはっ!」

 時雨の体が宙を舞う。彼女の体から血が噴き出していた。

「ははっ! あの時と同じだな。勝敗は逆だが……」

 時雨は仰向けに倒れ、空に浮かぶ満月を見ていた。

「……」

「主の勝ちだ。私は全てを受け入れる。……殺せ」

 時雨は宗助の方を見て、全てを受け入れる眼でそう言った。

 しかし宗助は即答した。

「断る」

「ハァ!?」

「命の選択権は勝者にある。全てを受け入れるというのなら、生きて欲しい」

 宗助が倒れる時雨の手を引っ張りながら言った。

 上半身が起き上がった時雨の肩を宗助が抱いた。

「主、自分が何を言っているか、わかっておるのか!? 私は主の一族を皆殺しにした仇なんだぞ!」

「ああ。俺は修業を始める前、時雨を殺すか許すか迷っていた。ただ、どちらにしろお前とは闘わなければいけないと思って修業することにした。お前を殺すことが出来る剣を学ぼうとした」

「ならば殺すべきだろう!」

「話を最後まで聞け。……俺は修業に明け暮れたが、流石に最強の六人の師は厳しくてな。修行は過酷を極めた。ボロボロにされちまった。そんで休んでる時、思い浮かべたのはお前のことだった。お前と過ごした、楽しい旅の思い出の記憶だった」

「!」

「俺はお前が仇だと知って憎もうと思った。だが憎みきれなかった。この戦いの間も。時間が経つに連れてお前への想いは変わっていった。いや、旅をしている時から俺の気持ちは変わっていなかった。俺は時雨の事が好きだった」

 宗助の言葉を聞いた時雨の眼から涙が零れた。

「お前はどうだった? 自分が俺の仇だと知ったことで、俺との旅の思い出は罪悪感に塗りつぶされてしまったか?」

「そんな訳はなかろう! 私はお前との思い出が支えだった! あんなに幸せを感じたことはなかった! ……だが、知らなかったとはいえ、嵌められたとはいえ、主の一族を皆殺しにしてしまった事実は変わらん」

「……確かにお前が親父を含め一族を皆殺しにしたのは事実だ。だから、お前の命は奪わないが、償いはちゃんとしてもらう」

 宗助の言葉に時雨は納得する。命を救われるなら自分はどんな償いでもしようと本心から思ったのだ。


「償い……私は何をすればいい?」

 時雨は宗助の言葉を待った。

 宗助は真面目な顔でこう言った。

「俺の子を産んでくれ」

「はぁ!?」

 時雨は今までに見せたことが無いほど、顔を真っ赤にした。


 二人の様子を見ていた剣豪達も驚いている。

「宗助、それは表現が直接的すぎるのでは……」

 左近が赤面しながら言う。

「え? え? 宗助さん、何を言って……」

 カンナカムイは理解できる言葉の容量を超えて混乱しているようだ。

「ハッハ―! ストレートが一番だぜ!」

 赤虎は楽しそうだ。

「若いっていいな」

 幻界が一人頷いている。

「まぁ及第点かしらね」

 アヤメは宗助の行動に納得しているようだ。

「それが、女子を口説く常套句でござるか?」

 白蓮が間違った解釈をしてしまっているようだ。


 真面目な話の流れから急に風向きが変わったようた。

「ぬ、ぬしは何を言って、気は確かか!」

「嫌なのか?」

「ぬ、い、いやじゃ……ないが」

「なら、お前が俺の子供を産んで一族復興の手助けをしてくれ。それが償いだ」

 宗助が真直ぐ時雨を見つめた。

 その眼は冗談を言っている眼ではなかった。

 その眼はとても澄んだ眼だった。

 その眼に見つめられた時雨が観念したように言った。

「わかった! 五人でも十人でも産んでやる!」

「そうか! ありがとう! 大好きだ時雨! 愛してる!」

 宗助は時雨を抱きしめた。

 時雨は涙を流して自分に訪れた結末に喜んだ。


 宗助が傷ついた時雨をお姫様だっこしながら歩いていく。

 二人の剣士は元の鞘に収まった。

「ハッピーエンドか……。好きだぜ。こういうの」

 赤虎がニヤつきながら言う。

「盛大な痴話喧嘩は終わったようだな」

 幻界は片目だけ開けて二人を見ながら言った。

「よかったなぁ、宗助ぇ、時雨ぇ……」

 左近は臨んだ結末を見れて感無量といった感じだ。

「カンナ、私達も子供をつくりましょうか?」

「え、僕、そういうのまだ早いと思うんですが!」

 アヤメがカンナカムイに抱きついていた。

 宗助達二人で歩いているところに、白蓮がいつの間にかやってきていた。

「宗助、良い結末に終わったようでござるな」

「ああ。おかげさまでな」

「結構なことでござる。拙者はお主に協力した。今度は拙者に協力するでござるよ」

「ん? なんだ?」

 最強の剣士がわざわざ自分に頼みごとをするとは、いったいどんな用件だろうか。身構えていると、赤面しながら白蓮が言った。

「好きな子と両想いになる方法を教えてほしいでござる!」

「え?」


 宗助と時雨の激闘から一週間。

問題を片づけた剣客達はそれぞれの道に旅立とうとしていた。


 出雲城では、朝から白蓮と出雲の姫が揉めていた。

「ちょっと聞いてよ、皆! 白蓮ったら私に〝拙者の子供を産んで欲しい〟っていったのよ! あり得ないでしょう!」

「あれは言葉の綾でござる! 他意はないでござる!」

「貴方はもう少し女の気持ちを知るべきだわ。そうねぇ一年女装したら許してあげる」

「そんなの無理でござるよ~」

「実行したら結婚してあげるわよ?」

「あいわかった! 直ぐに拙者に合う着物を見繕ってもらうでござるよ~」

 白蓮は縮地でどこかに行ってしまった。相変わらず姫様の手玉に取られる阿呆のようだ。


「宗助とその他! 今度は武蔵の国に来いよ! この出雲の城の百分の一しか広さはねぇが、そこは俺の懐の広さで受け止めてやれる」

「もう! 意味分かりませんよ! あなた!」

 マリアが赤虎の背中を叩く。

「パパ―もっとかんこうしたいー」「したーい」

「よっし! 万国巡りすっか!」

「おー!」

 蒲生一家は話がまとまったようで、賑やかに出雲を旅立った。


 幻界と小春も、出雲を去り京都へ帰っていく。

「皆を待たせすぎましたね」

「そうだな。しかし手紙は寄こしていたし、あの子らも大丈夫だろう」

「左様ですか。ところで源信様は、飲酒と殺生を行った破戒僧ですよね?」

「どうした? いきなり? まぁ否定はせぬが……」

 いきなりきりだした小春の言葉に首を傾げながらも頷く幻界。

 数瞬後、小春が頬を染めて、自分の指を幻界の指に絡ませながら言った。

「それなら、……全許寺に帰る前に、私ともう一つ戒律を破ってみませんか?」

「ブ―――!!」

小春が言わんとしている事を理解した幻界は盛大に噴き出した。


 アヤメとカンナカムイは二人揃って出雲を去った。

二人は仲良く手を繋いで蝦夷地を目指していた。

「アヤメさんと出会えてよかったです」

「私もよ。ところでカンナは子供って何人くらい欲しいの?」

「え? わかんないですけど、賑やかになるなら何人でも」

「そう、わかったわ。……貴方疲れてない?」

「え? 別に……」

「遠慮しないで。休みましょう? そこに宿屋があるわ」

 アヤメがカンナを宿屋に引っ張って行った。


 出雲を絶った宗助と時雨は左近と淡雪の二人と途中まで一緒に歩いた。

「左近、仲人ありがとな」

「親友の頼みだし断らんさ。こっちの仲人もやってもらったしな」

「それにしても、私と左近、宗助と時雨、アヤメとカンナ、三組も祝言あげるなんてね」

「それは私も驚いた。てっきり私と宗助だけだと思っていたからな」

「いいじゃないか。めでたい事はいくら重なっても困るまい。それに俺達とアヤメ達は、宗助と時雨が繋いでくれた縁だ。感謝してる」

 話していると、別れ道につきあたった。

「俺は淡雪と一緒に故郷の藩に戻る。宗助はどうする?」

「俺は薩摩の方へ行く。強い剣格がいるって話だしな。闘ってみたい。まぁ落ち着いた場所を見つけたら、そこで時雨と子づくりを」

 言い終わる前に時雨が宗助を殴った。

「いらんことは言わんでいい」

 時雨が淡雪の方へ歩いていきその手を取った。

「淡雪、主とはもっと早くこうなれればよかった」

「そうね。でも今からでも遅くないわ」

 淡雪が時雨に耳打ちする。

「お互いに子供が出来れば、また交流もあるでしょうよ」

 その言葉にまた赤面してしまう。

「手紙寄こしなさいよ~」

 淡雪が時雨に手を振る。

「じゃあな、宗助。お前との勝負は五勝五敗一引き分けだ。またやろう」

「おう! また互いに腕を磨いておこう!」

「左近、淡雪、元気でな」

 宗助達と左近達は別れの挨拶をすませた。

 左近と淡雪が手を組んで去っていった。

「私達も行こうか」

「ああ。どこまでも一緒にな……」

 宗助と時雨は長い道のりを、手を繋いで歩いて行くのだった。


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