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天下七刀  作者: 微睡 虚
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第四章 広い世界

 カンナカムイと別れて蝦夷から出た宗助達は、再び本州に入り南下していた。一月程南下した二人は、陸奥国と常陸国の国境に差しかかっていた。

「あんまり休まずに歩いたかいがあったな。つーか、陸奥国でかすぎだろ」

「まぁ確かにな。いずれ分割されるやもしれん」

長旅をしてきた二人は、温泉宿に入ることになった。この温泉宿は宿代も安く、見栄えもよく快適だった。

 ところが、思わぬハプニングがあった。

 温泉が混浴なのだ。

「宗助、分かっていると思うが余計な気をおこすなよ」

「へーへー、つーかお前でも恥ずかしがる時があるんだなぁ……っ痛!」

失言をしてしまった宗助の顔面に桶が飛んできた。鼻頭を押さえていると、掛け湯をした時雨が既に風呂に入っていた。温泉は白濁色なので、湯の中は見えなかった。こんなことになるくらいならもう少し、時雨を見ておけばよかったと後悔する宗助だった。

 幸いなことに温泉には宗助達しかいなかった。時間が遅かったからだろうか。混浴というのは予想外だったが、温泉そのものは気持ちがいいので二人は肩まで浸かって満喫した。

「なぁ、時雨……」

 急に真面目な顔をした宗助が時雨に呼び掛けた。その様子から今後の旅に関する事か、七刀に関することか、何か重大な事を言おうとしている感があった。

「なんだ? 宗助……?」

「お前って、隠れ巨乳なんだな」

「…………」

「…………」

 痛い沈黙が流れた。そして時雨が黙って印を結ぶと、術を発動した。

「水遁・噴水」

 宗助の周りの湯が宗助を持ち上げ夜空に跳ね飛ばした。夜空を舞う全裸の男は、絵には……ならなかった。

「ブ―!」

 空高く舞った宗助は、再び温泉にドボンと着水した。

「反省したか?」

「誠に申し訳ありません」

 それ以来また普通に温泉を満喫していたが、宗助が今度は本当に真面目な話題を振った。

「なぁ、七刀は後五本だろ? ……このまま集められるのかな?」

「主にしては、弱気だな」

 星空を見上げながら宗助は言った。

「今まで戦った左近とカンナは強かった」

「うむ。観戦していた私から見ても強かったな」

 時雨は二人との戦いを思い出しながら頷いた。

「そう、しかもアイツらは俺と戦った時は万全ではなかった……」

「……たしかにカンナカムイは、主との決闘の前に大熊との戦闘で負傷していたな」

「カンナちゃんだけじゃねぇ。左近も妖刀の邪気に飲まれていた上に、自分に自信を持っていなかった。アイツが自信を持って万全で俺に挑んできたら勝てないかもな」

 宗助は目を細めて星を見ながら呟いた。

「だが、運も実力の内ということもある」

 時雨はなんとか励まそうとする。相棒が元気が無いなら支えてやるものだ。しかし、宗助は首を横に振った。

「今までは何とかなったかもしれんが、これからはわからん。残りの五刀の所持者達も強い奴ばかりだろう」

 昨今、幕府が本腰を入れて七刀集めをしている。侍や忍も七刀を狙っているから、それを退け続ける七刀の所持者はとんでもなく強いのは確かだろう。時雨も分かっているからこそ沈黙する他なかった。

 二人は温泉を出て部屋に戻った。


 翌朝、支度をした宗助達は早速旅路に戻った。

「宗助、昨晩は柄にもなく弱気だったが、大丈夫か?」

「ああ。ちょっと深く考えこんじまっただけさ。それより、これから俺達はどこに向かっているんだ?」

「無論、七刀の所持者の所だ。この七刀は他のものと違って所持者が公然と判明している。鍛冶屋を営んでいる一家の戸主が所持者だ」

 頷いて聞いていた宗助がふと疑問に思う。

「まてよ。所持者がわれてるなら、なんで皆放っておくんだ? 忍も侍も幕府も七刀を欲しがってるんだろ?」

 宗助の疑問は当然だった。今まで所持者が不明だったから、その所在を突き止めるのにも苦労していたのだ。所在が分かれば、大挙して押し寄せようとするものだ。

「主も分かっていよう? 主が昨晩抱いていた懸念通りだ」

「つまり……恐ろしく強いと……?」

 時雨が頷く。

「七刀の所持者の名前は、蒲生赤虎という。恐ろしく強い巨躯の男だそうだ。しかし、他の連中がこの赤虎に手出ししないのは、ただ奴が強いからだけではない」

「?」

「こやつが所持する天下七刀の一本、〝変刀・大太法師〟は剣の大きさを自在に変えれるはずなのだが、誰もその扱い方を知らんのだ」

「どういう事だ?」

 宗助が疑問を尋ねると、時雨は大太法師の経歴を語りだした。


 かつての戦国時代、蒲生赤虎の先祖である蒲生銀虎が幾多の戦場を駆け抜けた。彼は大太法師を使って一振りで何十という敵兵の首を取った。馬ごと斬られた者も大勢いたそうだ。その時、大太法師は自在に大きさが変化したという。しかし、その強さを恐れた銀虎の雇い主が彼を暗殺しようとした。銀虎は追手を皆殺しにしながら逃亡した。

 月日は流れて、銀虎の子孫の赤虎は所帯を持った。しかし、そんな彼にも七刀を狙う輩が襲ってきた。妻子を危険にさらしたくなかった彼は、公共の面前で寺に大太法師を奉納したのだ。

 当然、寺は襲われて大太法師は奪われたが、誰もその大きさを変えることが出来なかった。大太法師の特性を活かせなかったのだ。周囲の人間は大太法師を赤虎に返還したところ、彼はその大きさを自在に変えて見せたという。


「まぁ、刀の能力が使えなきゃ。天下七刀も凡百とある刀と変わらんからなぁ」

「そう、誰にも扱えぬから取り合えず赤虎に所持させておこうと、幕府、忍、侍の間で考えが一致しておる。中には先走って彼を襲う輩もいるそうだが……」


 話しを終えると、そのまま二人は進み続けた。下野まで入ると、最低限の休息の後、更に進んだ。

そして二人は山を越えようと上り始めた。いつもなら山登りに時間がかかるのだが、今回は簡単に下山できた。

「なんかおかしくないか。違和感を覚える。いつもは下山にもっと時間がかかってたはずだが……」

「主よ。それはおそらく忍がおらんからだろう」

「違和感の正体はそれか」

 旅を始めた当初、宗助達は道中よく忍達に襲われていた。山等は忍が隠れるにはもってこいなので待ち伏せに遭う事もあった。しかし、蝦夷から本州に着いてから忍に襲われることはほとんどなかった。

「あれだけけしかけてきたのにおかしくないか? こっちには七刀が二本と抜け忍の時雨がいるだろ。捨て置くには惜しくないか?」

「ふむ、確かにな。私達を追えない理由でもできたのかもしれんな。まぁ襲ってこぬならそれに越したことはない。まだ先は長いぞ?目指すは武蔵だからな」

 笑顔で答える時雨。旅は順調に見えた。


 しかし―

「武蔵まで行く必要はないでござるよ」

 突如として二人の会話に割って入るものが現れた。

 白髪に金色の瞳をした美男子がそこに立っていたのだ。

「誰だ? あんた?」

「拙者、出雲白蓮というもの。今川宗助と見受ける」

 その名を聞いて宗助達は戦慄する。

「出雲の白蓮だと……!? 最強の剣士が何用だ!」

「お主達こそ拙者に用がござろう? 天下七刀を集める者達よ」

「!」

「お主達は天下七刀を集めている。そして我が出雲の姫君を脅迫し、その命を狙っているのでござろう!」

 敵意むき出しの白蓮。話しが見えてこなかった。

「何を言ってるのかよくわからんが……」

「とぼけるな! 実際にお主の名で我が姫君に脅迫文書が送られている! 『七刀を渡せ。さもなくば姫の命を狙う』と! 姫君は脅迫に怯えて拙者に手紙をよこしてきた!」

 彼が差し出した二枚の手紙には、確かに脅迫に怯えて助けを求めている文面と、宗助の名で脅迫している文書が確認できた。

「何かの間違いだ。俺は出雲の姫さんを脅迫してねぇし、第一住所知らん」

 宗助は身ぶり手ぶりで身の潔白を証明しようとする。

「まだとぼけるか! お前が七刀を集めているのはその背中の二本を見ても明らかでござる! 加えて第三者からの助言があれば信憑性は確かでござる!」

白蓮が指差す方には妖刀と帰刀があった。


 時雨はやられたと舌打った。真実に嘘を織り交ぜるのは詐術師の基本だ。おそらく、忍が彼に接触し、『七刀を集める者が姫を狙っている』とでも告げたのだろう。そして宗助の名で脅迫文書を送りつければ、冤罪の完成だ。

 どれだけ嘘だと言っても、『七刀を集める者が出雲に近付いてきている』という部分が詐術師の言の前半部分を肯定してしまっている。いくら身の潔白を訴えても前半部分が正しいなら後半部分も真実ではないかと疑心を抱くのが人の心である。

「っち! 何者かは知らんが、最強の剣士も利用するとはやってくれる……!」


「七刀の一本は拙者が所持している。出雲の宝剣、〝(せい)(とう)(むら)(くも)〟。七刀を狙うなら姫を脅迫する必要はない。拙者と戦えば良い。故に参上仕った」

 丁寧で古風な物腰だったが、その眼力は宗助を敵として睨んでいた。宗助は全身から滝のような汗を流す。

「七刀は強い奴の下にあるもんだとわかっていたが、最強剣士白蓮様のもとにあるとは恐れ入ったよ。感動で全身から涙が出てきちまった」

「それは冷や汗であろう」

 ガタガタ震える体を押さえながらも宗助は言った。

「武者震いが止まらねぇや……」

「本当に武者震いでござるか……?」

 宗助は驚いた。二人の強者と戦い、辛くも勝利して七刀を手に入れたのだから、自分自身強くなっていたはずだ。それなのに、目の前の男からは同じ人間と相対している気がしなかった。次元の違う何かと相対しているように感じたのだ。


 そうこうしている内に、白蓮は自身の愛刀の柄を握った。

「最早言葉で語る必要などござらん。ここからは剣で語るでござるよ」

そう言い終えた白蓮が一瞬で宗助に肉薄していた。白蓮はそのまま刀を抜刀する。

「……ほう、拙者の薄命光閃で両断されぬとは、七刀の所持者を二人下した実力は侮れないでござるな」

 気付かぬうちに刀を鞘に納めていた白蓮が言った。

「馬鹿野郎。……急所に当らなかっただけじゃねえか……」

 そう言う宗助の体は、右肩口から左脇腹にかけて切り裂かれていた。白蓮の攻撃に感付き、後ろに飛んだのに回避が間に合わなかったのだ。

 宗助が俺以上遅れは取れないと、愛刀を抜いて白蓮に斬りかかる。普通の斬撃に見せかけて攻撃の途中に一歩踏み込み、刺突に変化する技だ。

「我流・一角!」

 しかし、その技は白蓮にあたらなかった。

 白蓮が切っ先に飛び乗っていたのだ。

「面白い技でござるが、拙者を殺るには速度が足りん」

 宗助は剣を振るって白蓮を落とそうとするが、既にその姿は消えていた。

「やれやれ、お主本気で拙者の首を取ろうとしていたでござるか? 他の賊と違うことは認めるが……」

 白蓮が何か言い終わる前に、宗助は全力で斬りかかった。しかし、彼が斬ったのは残像だった。

「天照流・影楼(かげろう)

 残像に気を取られている間に白蓮が無数に斬りつけていた。宙を舞う宗助。その全身から勢いよく血飛沫が飛び出していた。

「拙者と相対するには。まだ早かったようでござるな……」

「宗助ぇ―!」

 時雨が叫ぶ。


 ドサリと地面に落ちた宗助。彼の愛刀も砕けていた。

 勝敗は誰が見ても明白だった。


 白蓮がそこから立ち去ろうとしたが、宗助が起き上がる気配がして振り向いた。

「確かに急所を裂いたはずだが……」

 宗助の方を見ると、地面に輪切りになった鞘が落ちていた。宗助は白蓮の連撃を食らう瞬間、彼は鞘と刀を盾にして、致命傷を避け続けていたのだ。

「関心でござるな。あの刹那にそこまで考えて受け身を取っていた事に。そしてここまでやられても、いまだ衰えぬその闘志に。しかし、武器を失った満身創痍の体で続けても結果は見えているでござるよ」

 白蓮の指摘通り、宗助の愛刀は砕けてしまっていた。そして全身から血を流して立っているのもやっとだった。

「ハァハァハァ……」

「宗助もうよい! 下がれ!」

 時雨の言葉が聞こえないのか、宗助は、ただ真直ぐ白蓮だけを見ていた。

 そして、驚くべき行動に出た。背中に担いでいた一本の刀を取り出したのだ。時雨がその行動の意味を理解して叫ぶ。

「宗助、いかん!」

 止めに入るが間に合わず、宗助はその刀を抜いた。

 途端に周囲に邪気が溢れだす。

「〝妖刀・才〟でござるか。妖刀に相応しい邪気でござる」

 禍々しい邪気が宗助を包み込む。幽鬼の時と同じである。

「今の俺に……お前を倒す力が……無いなら、コイツに補ってもらう……」

 血みどろの宗助の体を妖刀が無理やり動かしていた。

「〝妖刀・才〟は、拙者の〝清刀・叢雲〟と対をなす刀。面白い……」

「? どういう事だ?」

 時雨が口にした疑問に白蓮は愛刀を構えながら答えた。

「この叢雲は、所持者に合わせる刀でござる。いかなる者でもこの刀を握れば体が馴染み、実力を十二分に発揮できる」

 彼の話では、妖刀・才が所持者を蝕み、実力を上げる刀であるのに対し、叢雲は所持者を労り、その歩幅に合わせる刀らしい。確かに二刀は対となっていた。

 剣の邪気を纏った宗助が斬りかかる。白蓮はその全ての攻撃を見切ってその剣撃を捌いた。

「速度も力も跳ね上がっているが、動きが雑になっているでござる」

 剣をはね返された宗助が再び構えなおした。

「ウオァァァアアアア!」

 宗助が力一杯剣を振るう。斬りかかろうとする白蓮の攻撃を半自動的に刀が捌いた。

「今の動き、拙者の攻撃を見切って捌いたのではないな。妖刀が勝手に動いて止めたように見えた」

「ヴヴアァア!!」

 それには答えず、意味不明な事を叫んだ。

「刀の邪気に飲まれたか。憐れな……」

 白蓮は刀に気を込めて横腹に突き刺そうとする。しかし、その剣気は邪気に掻き消されて、彼の剣は妖刀に防がれてしまった。

「拙者の剣気を掻き消すとはな。だが! それで押される拙者ではないでござる!」

 白蓮が刀を構える。彼の持つ宝剣叢雲が瞬きだした。そして光り輝く程目視できる白蓮の気が妖刀の邪気を押し返し払っていく。

 彼の剣気が辺りを包んでいく。妖刀も白蓮の剣気に震えだした。正気を失くしていた宗助が一歩退いた。

 次の瞬間―

 宗助は体を斬られていた。

「天照流・(かい)()日蝕(にっしょく)!」

 それは自身の剣気で相手の気の流れを乱し、一瞬で斬りつける技だった。妖刀の邪気は白蓮の剣気に飲まれてみるみる衰えていった。そして、妖刀から手を離した宗助は一時的に正気に戻ったが、すぐに落ちた。血まみれの宗助が仰向けになって倒れる。


 白蓮は倒れた宗助に向かって歩いてきた。止めを刺しにきたと思った時雨が、彼の前に立ちふさがる。

「白蓮! もう勝負はついた! これ以上宗助をいたぶれば最強の名が泣くぞ!」

「拙者、自ら最強を名乗った覚えはないのだが……」

 白蓮の前に立つ時雨は涙をいっぱいに溜めた瞳で白蓮を睨みつけた。

「碌に裏も取らずに、いきなり仕掛けてきおってからに! たしかに宗助は七刀を集めているが、女を脅迫する奴ではない!」

「わかっているでござるよ」

「へ?」

 時雨は、白蓮の言葉に呆気にとられた。今まで本気で殺しにきていた白蓮がいきなり手を引いたからだ。白蓮は自身の剣を鞘に納めた。

「剣士なら刀を交えれば、その心も見通せる者でござる。拙者、そやつの命を取ろうとは思わん。考えてみれば、一番怪しいのは拙者に情報をもたらしたあの男でござるからな」

 そして、妖刀を封印が施された鞘に戻して時雨の下に投げて渡した。

「拙者の名を聞いても、臆せず立ち向かい、状況に対処しようとした。見事でござる。クノ一よ。今川宗助に伝えよ。〝出雲大社にてお主を待つ〟と……」

 そう言ったきり白蓮は踵を返して去っていった。


 白蓮との激戦を終えた宗助は酷く負傷していた。時雨は負傷した宗助担いで現場を離れた。そして近くの廃屋で彼を応急処置することにしたのだ。

「あの白蓮相手に生き残るとは……」

 宗助の傷は酷かった。白蓮にやられた所も酷かったが、妖刀の邪気に当てられたことによる身体のダメージが酷かった。

「ゆっくり休むがいいぞ……」

 時雨は膝枕をし、宗助の頭を撫でる。彼女は宗助が回復するまで介抱を続けた。だが、そんな彼女達を狙う者がすぐそこに迫っていた。



「今川宗助といったか。奴は強くなるでござろうな……」

 出雲への帰路の中、白蓮は脇腹を押えながら呟いた。彼の脇腹には痣が出来ていた。

「拙者の薄命光閃を食らう直前、後ろに跳ぶと同時に刀の柄頭で拙者を攻撃するとはな」

 白蓮は痛む痣を愛おしそうに撫でた。

「こんな高揚感は久しぶりでござる。アヤメと闘った時以来か。世界は広いでござる……」

 白蓮は一呼吸すると、縮地で出雲まで駈けて行った。


 白蓮との激闘から一週間。宗助はまだ回復しなかった。三日程、廃屋で応急処置した後、一番近い村の医師に診せた。幸い、外国人から医学を学んだ者が処置してくれたおかげで、宗助は顔に生気が戻った。

「あれから宗助の意識が戻らんな……」

 宿で宗助を介抱していた時雨は彼の身を案じた。怪我を負った体のこともそうだが、あれだけの惨敗をしたのだから精神の方も心配になった。

「もし、刀集めを止めると言われたら、私はどうすればよいのだろうか……。或いはその方がよいのかも知れんが……」

 気を落として時雨が自身の愛刀を撫でていると、外から気配がした。

 感覚を研ぎ澄ませる。五感をフルに使ってその気配を探ると、簡単にその正体が分かった。

「っく! こんな時に!」

 外にいたのは忍だった。時雨達を追ってきたのは明らかだった。今まで忍達が襲ってこなかったのは、この時のために戦力を温存していたのだ。白蓮とぶつけて殺されればよし。殺されなかった場合、消耗した所を追い打ちする。実にいやらしい戦術だった。

「幻術で乗り切るが……」

 時雨が素早く印を結ぶ。その瞬間、宗助と時雨の姿が煙のように消えた。部屋全体に幻術を掛けたのだ。

 侵入してきた忍達は宗助達を探しているようだ。時雨は宗助を担ぎ、気配を殺して窓から飛び出した。だが―

「破ぁ!」

 忍の一人が印を結ぶと、鏡が割れるように幻術が解けてしまった。そのまま窓から逃げる時雨を追いかけてきた。

「幻術破りか! やはり粒をそろえてきたな!」

 時雨は、宗助を背に彼らと相対する。不幸中の幸いだったのは彼らの人数が少なかったことだ。

(ざっと見て八人。淡雪を飛ばした迷世棄邨の術は使えない……)

 かつて淡雪と戦った時に見せた迷世棄邨の術は格上でも強制的にどこかに飛ばせるが、一人にしか効かなかった。おまけに大量の気を消費する。ここで使うのはナンセンスだった。

「火遁・火炎流!」

 時雨が炎系の術を使う。火炎が忍び達に襲いかかった。しかし、プロらしく彼らは臆することなく印を結んだ。

「水遁・流水壁(るすいへき)!」

 一人の忍が水の壁を作りだし、時雨の炎を防いでしまった。

 時雨は再び印を結び次の術を発動する。

「っく! 水遁・水禍弾(すいかだん)!」

 渦を巻く水流が忍び達に襲いかかった。

「土遁・土壁陣!」

 またしても一人の忍が対抗してきた。土の地面が盛り上がり、大きな壁を作った。八人を襲った水の攻撃はその壁に阻まれてしまった。時雨は焦った。自分の発動する術がことごとく対抗されてしまう。だが忍達は熟考する時間を与えてはくれなかった。

「火遁・灰塵(かいじん)(しょう)!」

「風遁・(かま)(いたち)!」

「雷遁・(ほう)(らい)電波(でんぱ)!」

 三人の忍が一斉に攻撃する。高熱灰炎と風の刃、広範囲の電撃が時雨に襲いかかる。

 時雨は、一瞬のうちに思考した。背後には戦えない宗助がいる。上級レベルの術を三つも撃たれ、こちらには対抗できる術が無い。そして自分には呪印が科せられ、連続して忍術を発動できない。完全に詰んでしまっている。忍としての時雨にできることは何もなかった。


 ドヴァァァァ―――ン!!


 時雨のいた所に殺気にまみれた攻撃が襲った。ものすごい量の土煙が上がった。

「奴は五忍様方より呪印を受けている。今の攻撃を防げまい。だが、念のため首を跳ねて七刀を回収するのだ」

 隊長格の忍が他の七人に命じる。

 一人の忍が土煙の立つ方へ走っていった。

 すると、煙の中からコロコロと何かが転がってきた。

「こ、これは!」

 それは先程煙の中に走っていた忍の生首だった。

「馬鹿な! 生きているのか!?」

「奴は奥の手を隠しているというのか!?」

「だから俺はこんな任務嫌だったんだ! 〝雨降らし〟の首を取るなんて!」

 騒ぎ出した部下達に隊長格が活を入れた。

「うろたえるな! 手筈通りやれば殺せる! 俺が手本を見せてやる!」

 素早く印を結ぶと、隊長格が煙の中に立つ人影に向かって、上級忍術を繰り出した。

「雷遁・雷災電波!」

 高電圧の雷が人影を襲う。ズバァ―ンっという轟音が辺りに響いた。


 土煙が開けて行く。そこには無傷の時雨が立っていた。

「その程度の〝雷〟では私を殺せんよ」

 彼女の手には二刀が握られていた。今まで彼女が大切にし、しかし一度も抜かなかった刀である。

「主ら強いが、圧倒的強さで弱い者をいたぶってるだけだ。実力の差を前にして尚も臆さなかったあの童に比べれば、恥ずかしい戦い方だな。これ以上、相棒を傷つけさせるわけにはいかない。全員消えてもらうぞ!」

 時雨は七人の姿をもう一度確認すると、二刀を構えた。


 ザァ――――

 その晩、宿屋の近くに住む住人は雨が降る音を聞いた。そして白光と同時に、ゴロゴロ……ズバァ―――ン!という雷の音が響いた。

「やれやれ、今日は快晴だったのに、夜は雨が降ってるのか?」

 近所の寝ようとしていた老人が忌々しげに布団を被った。

 翌朝、眼を覚ました老人が外に出て掃除をしようとすると、おかしなことに地面が濡れていなかった。 昨日確かに雨の降る音がしたのに。

「いかんいかん。夢を現実と勘違いしてしまったらしい」

 老人は、一通り落ち葉を掃くと、家に戻っていった。


 時雨は七刀を抱えた宗助を担ぎながら、移動していた。彼女は忍として鍛錬していたので、大の男でも抱えて走る事が出来たが、流石に体力は使うようだ。

「はぁはぁはぁ……」

 しかし彼女は長く留まることはなかった。宗助がせっかく集めた七刀を奪いに来る輩がいるかもしれない。そうなると、彼の努力が無駄になってしまう。それだけは避けたかった。加えて、忍達がまだ追ってくるかもしれない。この世界に絶対安全な場所が無いことくらい時雨は理解していたが、それでも走り続けるしかなかった。


 追手を撒くために碌な休憩を取っていなかった時雨は、森の中で倒れてしまった。今までの無理が祟ったのだろう。

「いかん……、せめてどこか休める場所に着いて……から……」

 薄れゆく意識の中で彼女は何者かの足音を聞いた。その足音は自分達の方へ近づいてきた。彼女はその足音の主が善人であることを祈った。


 宗助は居心地の良さを感じて起きた。

「ここは……?」

 そこは一軒家だった。間取りは結構広い。自分の横に時雨が寝かされていた。

「起きましたか」

 宗助がおきた事に気付いた女性が声をかけてきた。長い金髪を三つ編みにした美しい女性だった。その空色の瞳は慈愛に満ちている。彼女から敵意を感じなかった宗助は、気になった事を質問した。

「ここはどこだ? そして貴女は?」

「ここは武蔵の国の片田舎ですよ。私はマリアというものです」

 宗助達は武蔵野国に来ていたらしい。そこで自分が武蔵野国に向かっていた事、白蓮に敗北した事を思い出した。

「ありがとう。俺達を介抱してくれて」

「いいえ。お礼ならお連れ様に言ってください。お連れ様が貴方を担いでこの近くまで来たのです。そこで力尽きたようで、私の子供が見つけました。女性の身で貴方を担いでここまで来るのは大変だったと思いますよ?」

「そうだったのか……」

 自分が寝ている間に時雨が頑張ってくれていたらしい。宗助は寝ている時雨の頭を撫でた。そうしていると、時雨が目を覚ました。

「宗助? 良かった! 目覚めたのだな!」

 時雨は喜びのあまり宗助に抱きついた。宗助は胸板に伝わる胸の感触にニヤついていたが、咳払いして時雨を真直ぐ見つめた。

「時雨、お前は俺が目覚めない間、守ってくれてたらしいな。ありがとう」

「いや、構わない。……相棒だしな。それより、よく回復したな。私が付きっきりで看病して目覚めなかったのに……」

「ああ、マリアさんの看病が良かったのかもな」

宗助が見つめる先にいた外国人の女性が頭を下げた。

「ほう、私よりああいうの、の方が良いのか?」

「ああ?」

 時雨はプイっと拗ねてしまった。訳が分からない。

「何で不機嫌なんだ?」

「知らん!」

「あらあら、まぁまぁ……」

 マリアが痴話喧嘩をする二人を微笑ましく見つめていた。


 とそこに、可愛らしい子供を連れた男が現れた。

能の赤頭のような赤髪の大男である。

「赤髪!」

 宗助はしばらくその男を睨みつけていると、時雨が声をかけてきた。

「宗助、確か主の仇は赤髪だといったが……」

「……いや、こいつではない。もっと小柄な奴だったからな……」

 宗助は穏やかな表情に戻っていた。

 子供達は「ママ―」とマリアの下に駆け寄っていった。男の方は宗助達に気付いて挨拶に来た。

「お前ら、起きてたのか―。俺の妻に感謝しろよ。素性の知れないお前らを看病してたんだからな」

「ああ、感謝している」

「うむ……」

「ならいい。俺は蒲生(がもう)(せき)(とら)というもんだ」

 男が名乗ると、宗助は首を傾げた。

「蒲生赤虎? どこかできいたような……」

「宗助! こやつは七刀の所持者だ!」

 時雨に指摘されて思い出した。白蓮と闘う直前に彼の話をしていた。彼に会うために武蔵の国まで向かっている最中だった。

「ハッハ―! いかにも。七刀が一本、〝(へん)(とう)大太(だいだら)法師(ぼっち)〟はこの赤虎が所持している」

 赤虎を名乗る男は、隠す気もなく言ってのけた。

 宗助と時雨は顔を見合わせる。

「どうする?」

「ここは単刀直入に切り出した方が良いのではないか……?」

「そうだな……」

 小声で話をしていると、赤虎が大袈裟に耳を澄ませるポーズを取って言った。

「内緒話は好きじゃあねぇ。言いたい事があんならハッキリ言いな!」

 宗助は隠さずに自分の目的を告げることにした。

「俺は今川宗助。こっちは無影時雨。俺は武者修行をしながら天下七刀を集めてる者だ。今まで七刀を二本まで集めている」

 宗助は壁の横に立てかけてあった妖刀才と帰刀イワエトゥンナイを指差しながらそう言った。そこで赤虎は彼が何を言おうとしているか悟ったようだ。

「つまり、お前は俺の持つ七刀、大太法師を譲ってくれと、そう言う事だな?」

「……ああ」

 宗助は頷いた。

 それから赤虎は何かを考え込むように黙り込んだ。それは当然だった。天下七刀は剣客なら喉から手が出るほど欲しい物だ。幕府に売れば高額で買い取ってもらえるだろう。そんな代物を今知りあった者が寄こせというのは鉄拳制裁ものである。痛い沈黙の中で時雨がゴクリと唾を飲む。


 顔を上げた赤虎が端的に言った。

「いいぞ。譲ってやる」

「は!?」

「え?」

 宗助と時雨が予想外の返答に驚く。

「何驚いてんだよ。テメェらが欲しいっつったんだろ?」

「確かにそうだが。まさか了承してもらえるとは思っていなかった」

「ああ。私達にとっては挨拶代わりだからな。現に七刀の所持者二人とは戦闘になった」

 時雨が過去を回想する。左近は自分の力を上げてくれる妖刀に固執していた。カンナカムイは七刀という存在よりも、それが親の形見であったから譲るのを躊躇った。そして二人と決闘したのだ。

「まぁ、普通はそうだろうな。だが俺は七刀に拘りはない」

「しかし、主の変刀・大太法師は、主の先祖から所持している家宝なのではないか?」

 確かに変刀・大太法師は彼の先祖の蒲生銀虎が所持していたはずだ。先祖から受けつだものを簡単に渡して良いのだろうか。

「先代から所持しているというか、大太法師はこの国に流れ着いた西洋人である一族の先祖が作ったもんだ。西洋魔術を込めてな」

「!? ならば、なおさら譲れないのでは?」

 赤虎は玄関に立てかけてあった剣を持ってきてた。それはこの国では珍しい西洋剣であった。普通の日本刀より太いくらいでほとんど同じ大きさだった。

「俺は一度この刀を手放している。コイツを狙う奴が家族を襲いやがるからな。だが誰も扱えず、俺の元へ戻してきやがったのさ」

 赤虎は面倒臭そうに言い捨てる。

 確か、彼は賊に絡まれるのが嫌で公衆の面前で寺に奉納したはずだ。直後に刀は奪われてしまったが、何百という人間の手に渡ったその刀を誰も使いこなせなかった。そして唯一刀を使いこなせる赤虎の所持を万民が認めて彼に返還された経緯があった。


「そうだったな」

 時雨は思い出したように納得した。

「そう言う訳だ。ほらよ!」

 彼は大雑把に大太法師を投げて渡した。

 宗助はそれを受け取めて言った。

「変刀・大太法師。確かに貰い受けた」

 宗助は少し拍子抜けだった。戦闘になるものだと思っていたからだ。だが少し安心したのも事実だった。

「世話になったな」

「俺達の介抱と七刀の譲渡。どちらも感謝している」

 時雨と宗助がお礼を述べて出て行こうとした時、赤虎が二人を呼びとめた。

「待て」

 その声に二人は思わず立ち止まる。

「天下の七刀を譲るんだ。勿論、タダという訳はないだろう?」

 宗助達を睨みながら赤虎が言った。

「っく! やはり何かあったか!」

「俺達に何を求める? 言っとくが金はねぇぞ?」

 宗助は僅かな路銀の入った財布を見せて言った。

「金? ふふ、そんなものはいらねぇよ。欲しいのは―」


「お兄ちゃん、高い高いして―」

「お姉ちゃん、お手玉教えて―」

 そこには赤虎の子供と戯れる宗助と時雨の姿があった。宗助は赤虎の息子に肩車をし、時雨は娘の方にお手玉を教えていた。

「いやぁー悪いな。遊び相手になってもらって……。俺達、こんな山奥に住んでるだろ?ほとんど自給自足でなぁ。俺は鍛冶屋として町にも行くんだが、妻と子供達は人気のないこの場所でずっと過ごしていてなぁ。客は珍しいんだ」

 ドシリと座った赤虎が笑いながら言った。

「いや、欲しいのはチビ共の遊び相手って……」

「文句を言うな、宗助。遊び相手になるだけで七刀が手に入るのだ。安い物ではないか。それにこの夫妻には恩もある」

「まぁ確かに……」

 子供達と遊んでる様子を台所から見ていたマリアが微笑んでいた。一通り遊んでいると、日が暮れていた。

 マリアの呼びかけで夕食になった。机の上には豪勢な魚料理が並んでいた。

「ガハハハハ! いやぁーすまんかったな。家の子供は遊び盛りで疲れちまっただろ?」

「そう思うなら自嘲してもらいたいが……」

「左に同じだ……」

 子供達は夕食の席でも騒いでいた。やれお手玉ができるようになった、宝物を見つけた等と言いながら食べていた。子供の相手に疲れた宗助達もご飯にありつくことにした。マリアの手料理は美味しく、お代わりもあったが、皆すぐに平らげてしまった。


「すぅ~、すぅ~……」

「むにゃむにゃ……」

 ご飯を食べた後、子供達はすぐに寝てしまった。昼間遊び疲れたのだろう。

「あんだけ騒いでいたのに急に静かになりやがって」

「本当に子供は勝手だ……」

「そういうなって! あの天使の様な寝顔を見てみろよ。全てを許せちまうだろ?」

 笑顔でそう言う赤虎は馬鹿親というに相応しかった。

「でも、なんでこんな山奥に住んでるんだ? 不便だろ?」

 宗助が話題作りのために疑問を投げかけた。

「確かに。七刀の所持者であることは、公認されておるのだから、隠れてる必要はないのではないか? 賊も公衆の面前で主の家族は襲うまい」

 時雨も宗助と同じことを疑問に思ったようだ。

 赤虎は珍しく真面目な顔で口を開いた。

「俺達が山奥に住んでるのは、七刀を奪いに来る賊共を恐れての事だけじゃねぇ。お前らは気にしてないようだったが、俺達の見た目の問題なのさ」

 そう言われて改めて彼らを見てみると、普通の日本人とは明らかに違う事を認識した。

「金髪碧眼の日本人なんてまずいない。それで迫害を受けるのさ。おれは赤髪で日本人離れした体格を先祖から受け継いだが、その見た目のおかげで面と向かって喧嘩売る奴はいねぇ。七刀狙いの奴以外はな」

 赤虎は子供達を一瞥すると、話しを続けた。

「だが女子供は狙われやすい。そういう非難の対象にされやすいのさ。俺の先祖も当時迫害された経験を陰鬱に書き残してる。『人、我を鬼や天狗と形容す』とな。俺は平気だが、妻子をそんな好奇の対象にされて悪意を向けられるのは我慢ならねぇ。だからここを住処に選んだ」

 彼は多くを語らなかったが、服の隙間から見える古傷や特異な外見から、彼自身も幼き日に苦労したであろうことは分かった。彼の妻マリアも悲しい表情をしている。何か覚えがあるのだろう。


 時雨はこの空気を払拭するため、明るい話題に持っていこうとした。

「いやぁ、しかし、そのような苦境の中で二人が知り合ったのは運命ではないか?」

「まぁな! 聞きたいか? 聞きたいだろう? よし話してやろう!」

 さっきまでの陰鬱な空気はどこへやら、赤虎は二人の馴れ初めを語りだした。時雨は藪蛇だったかと直感したが、手遅れだった。

「俺はなぁ、鍛冶屋として生計を立ててたんだがなぁ。その時に、マリアと出会ったんだ」

 赤虎が言うと、マリアが自分の立場から当時を話し始めた。

「私は隠れキリシタンのシスターだったのです。寺に見立てた教会で主の教えを広めて人々を救済しようとしていたのです」

 マリアはキリスト教のシスターだったようだ。どおりで慈愛に溢れた菩薩の様な雰囲気をしている。

「隠れキリシタン? なんで隠れてたんだ?」

「阿呆か宗助! バテレン禁令も知らんようだな!」

 バテレン禁令とは徳川家康がキリスト教を禁じたものだ。世代交代しても幕府はこのスタンスを貫いていく。キリシタン達は隠れてひっそり活動するようになる。それが隠れキリシタンである。

「なんでキリスト教を禁止したんだ? 宗教なんて好きにさせればいいんじゃね?」

「主は何も事情を知らんようだな。西洋では宗教が原因で戦争が起きておる。何度もな。それにキリスト教信徒の中には歪んだ思想を持つ者もいたのだ」

「歪んだ思想?」

 宗助は話しが見えてこず困惑する。溜息をつく時雨に変わってマリアが話し始めた。

「キリスト教をもたらした西洋人の中にはこの宗教を使って日本の植民地化を狙う者もいたのです」

「植民地?」

「分かり易く言えば奴隷国家ということでしょうか……」

 キリスト教は世界文化に与えた影響は大きい。その教えによって救われた人間も世界中で沢山いるだろう。しかし、その教えが悪用されていた事実を知る者は少ない。世界では、キリスト教を伝来させることによって土着の宗教と対立させ、国家を内部崩壊をおこさせた後、圧倒的な軍事力で攻め落とし、植民地とすることが実際に起こっていたのだ。


「だが、マリアさん達はそんな思想を持っていなかったんだろ? 隠れる必要はないんじゃないか?」

「分かってねぇなぁボウズ。得体のしれない団体の一部が危険だと判断されれば、全てが危険視されるもんだ。一人一人確かめていくのは骨が折れるからな。全部禁止にしちまった方が手っ取り早い」

 今度は赤虎が宗助の質問に答えた。

「私達にとって辛かったのは、キリスト教が悪用された実例が既に存在したことです。メキシコやフィリピン等はキリスト教の教えを悪用されて分裂し、植民地とされました」

「この事実に気付いたからこそ、豊臣秀吉はバテレン追放令を、徳川家康はバテレン禁令を出したんだろうな」

 赤虎が注釈した。マリアは自分の置かれた当時の状況を簡単に説明した。

 自分がバテレン禁令によって逃げ遅れた西洋人の子孫である事。親の意思を継いでシスターとして布教活動をしていたことを語った。しかし、バテレン禁令が出された世の中では幕府に目を付けられて殺される同胞も多かった。隠れての活動だったため物資は不足していた。赤虎は、そんなキリシタン寺に対し、いらなくなった物や出来損ないになった家具品等をキリシタン寺に寄付していた。そこで二人は知り合ったのだ。


「あの時は驚きました。赤髪の大きな人が寺に入ってくるんですもの」

「ハッハ―! 俺は金髪碧眼のマリアを一目見て天使だと思ったがな!」

 二人は、教会のシスターとそれを援助する者として知り合った。赤虎が西洋人の血が混じっていると知ってからは、マリアは一層親しみを覚えるようになった。順調に親睦を深めていたふたりだったが、事件が起きた。

「キリシタン寺が幕府に見つかってな。寺が襲われちまったんだ」

「「!」」


 赤虎が駆け付けた時には寺が燃やされていた。多くの信徒達が処刑されている。その状況を見て、怒った赤虎が変刀を抜き、彼らに襲いかかった。

 赤虎は、力の限り暴れ回った。それは彼の先祖の銀虎が戦場で暴れ回ったときと同じだった。羅刹の如く暴れ回る赤虎を抑えきれず、幕府が差し向けたキリシタン討伐隊は敗走を余儀なくされた。

「生き残ったのは私を含めて十数人でした。……人を救うべく布教してたのに殺されては本末転倒だと考えた私達は解散することにしました」

 当時を思い出し涙するマリア。そんな彼女の肩を抱いて赤虎が話しを続けた。

「生き残った者達のほとんど日本人だった。だからキリスト教の教えを胸に秘めて、元の生活に溶け込む事が出来た。しかし、一人だけ西洋人の生き残りがいた」

 その生き残りこそマリアだった。西洋人の宣教師は皆一番に殺されてしまったが、彼女の両親が守ったためか、彼女は生き残ることが出来た。しかし、若い西洋人の娘を周囲の者が受け入れるのは難しい。故に赤虎が十五だった彼女の身柄を預かることになった。

「そっから、俺達は二人で愛を育んだてわけさ」

 西洋人の血が流れる二人が、二人っきりで過ごしていたのだ。二人が互いを異性として認識するのは早かった。

「その後も色々な事があってな……」

 赤虎は尚も話を止めない。宗助達は夫妻の悲しい過去から始まったので彼らの話を真面目に聞いていたが、話がただの惚気話になった辺りから睡魔には勝てず夢の世界へ旅立っていた。

「……そう言う訳で俺とマリアは愛し合ってるわけよ」

 完全に二人の世界に入っていた赤虎とマリアが話し終えた頃に、宗助と時雨が座ったまま寝ていることに気付いたのだった。


 翌朝、目覚めた宗助達はマリアのご飯を食べた後、雑用の手伝いに駆り出された。時雨は子供を連れてマリアと共に山菜取りに、宗助は赤虎と共に海へ釣りに出かけた。

「マリア殿、この山菜は食べれるぞ?」

「時雨ちゃん、物知りなのね」

「山暮らしが長いので。アリス、レオ、この草と同じものを探すのだ」

 時雨に見本の草を見せられたアリスとレオが「わかった!」と力強く頷いて周囲の草原を探しだした。時雨は案外世話焼きの様だ。

 一方、釣りに出かけた宗助達も上々なようだった。

「魚十匹とは、やるなボウズ!」

「今まで路銀が尽きたら、釣りして魚売ってたんで」

「そうかそうか! 俺も負けてられん!」

 赤虎のバケツには数は少ないが大きな魚が入っていた。


 昼に戻った時雨達も宗助達も昼に一度家に戻った。

「何だ宗助? その魚の量は? 大量旗でもあげたかったのか?」

「時雨こそ、そんな山菜取って祭りでも始めるのか?」

 やる気を出し過ぎた彼らは食べる分量以上のものを取ってきてしまった。

「私は赤虎様が魚を取れなかった時のために、できるだけとってきたのですが……」

「頑張ったよねー」

「ねー」

 マリアの言葉に続けるように子供達が言った。

「いやぁ俺達も山菜が取れなかった時のためにヤル気出したんだが……」

 二チーム共考えることは同じだったらしい。いくら六人いるからと言って、食べ切れる分量ではなかった。

「ガハハハハ! こいつは傑作だ! 下の町にいる連中にも分けてやるか!」

 赤虎と宗助は食べ切れず、保存もできない量の魚と山菜を集めて、町へ下って行った。無論、彼らから感謝されたのは言うまでもない。魚と野菜の代わりに米を貰った。


 仕事を終えたら昨日同様、子供の遊び相手に付き合わされた。時雨も宗助も武人として体力はあったが、子供達の体力が無限に思えるくらいに体力が削られていった。バテテ動かなくなった宗助と時雨に興味が失せたのか、赤虎の息子のレオが、赤虎の元へトテトテと走っていった。

レオは赤虎の耳打ちに小声で何か言っているようだった。

「内緒話は嫌いじゃなかったのか?」

「馬鹿野郎! 愛する息子は別に決めってんだろ?」

 笑いながら言う赤虎に対し、彼の娘が頬を膨らませながら怒った。

「パパ―、私は愛してないのぉ?」

「勿論、娘のお前も愛しているぞ。アリス?」

 娘を膝に乗せて頭を撫でる赤虎。完全にお父さんである。

「私は愛してはいないのですか? 悲しいです……」

 大袈裟に落ち込むように膝を落とすマリア。

「愛してるに決まってんだろ。でなきゃ、子供二人も産ませねぇよ」

「ふふふふ」

 マリアが赤虎に抱きつき、赤虎が彼女の肩を抱いた。一人の男に二人の子供と一人の女性が抱きついているという絵面になっていた。

「……」

「……」

 宗助と時雨は蒲生家族空間と化した家の中を死んだ魚の様な目で見ていた。


 夕食後、子供達が眠ってから宗助と赤虎が酒を飲んでいた。満月を愛でながら二人の男が酒を飲む様は絵になっていた。

「赤虎、アンタが町に物を届けてるのは、彼らに恩を売っておいて、自分に何かあったと時、妻子を養ってもらうためだろう?」

 酒に酔っていた宗助がそう切り出した。

「気付いてたのか? まぁこんな山奥で暮らしてるからな。俺に何かあったら、特異な外見のあいつらだけ残される。俺は妻子に苦労はさせたくねぇのさ」

「アンタらしいな……」

 宗助は酒を呷った。


 しばらく酒を飲んでいたが、今度は赤虎が口を開いた。

「俺の心根を指摘したんだ。今度はお前の心の内を見通してやろうか?」

「ハハハ……、俺が何か隠してるとでも?」

 乾いた笑いをする宗助の酒を飲む手は止まっていた。その原因を指摘するかのように赤虎は言った。

「宗助、お前は闘いから逃げようとしているな?」

「!」

 宗助は明らかに動揺していた。

「な、何を根拠に……」

「お前の眼だ。お前は七刀の持ち主を二人も倒してきたにしては覇気が感じられない。最初はあえてそう言う気配を殺してるだけだと思っていた。だから適当な理由をでっち上げてお前を此処に留めたんだ。だがお前は七刀を急いで集めてるのに、『早くここを出たい』とは一度も言わなかった」

「!」

 赤虎が雑用を命じたのは、人手が足りないからではなかった。宗助を観察していたのだ。

「二人もの七刀所持者を倒したお前が、なんでそんな府抜けたのかは知らん。だが、そのまま旅を続けても次の七刀所持者に殺されるぞ」

 赤虎は宗助を睨んでいた。彼の眼は威嚇する虎のようだったが、それは宗助の身を案じてのことだった。

「やはりそうだったか!」

 寝ていたと思っていた時雨が飛び起きた。

「時雨、狸寝入りとはいい趣味じゃないぜ?」

 宗助は時雨をみつめた。

「そんなことよりも宗助! 主はやはり白蓮との闘いで自信を喪失しておったか! おかしいとは思った。目を覚ましてから白蓮の話題をせんから……」

 時雨の言葉を聞いた赤虎が大きく反応した。

「なんだぁ! お前、出雲の白蓮とやりあったのか! よく生きてたな!」

 赤虎が宗助の背中をバシバシと叩いた。彼なりの激励のつもりなのだろうが、彼の筋力で背中を叩かれるのは正直痛かった。

「……だが俺は負けちまった」

「しかし宗助、最強相手に立ち回っただけ凄いぞ!」

「嬢ちゃんの言うとおりだ。普通は白蓮相手なら逃げるか、漏らすか、切腹だぜ?」

不穏な言葉が並んでいたが、確かに彼の言うとおり、正面から白蓮を相手にした者は少なく、生き残った者はさらに少ないだろう。だが、称賛の言葉は宗助には届かなかった。

「……俺は何もできなかった。最強相手に勝てると自惚れてはいなかったが、どこかでもっとやれる気がしてた。だが、体が動かなかった。俺は――」

 最後まで言いきる前に宗助の体は吹き飛んだ。庭の塀を突き破って森の木にぶち当る。

 赤虎が彼を殴り飛ばしたのだ。

「な、何を!」

 時雨は状況が理解できず赤虎を止めようとしたが、その野獣の眼光で制されてしまった。

「男の喧嘩だ。嬢ちゃんは黙って見てな」

 赤虎は倒れている宗助の方を睨んだ。

「痛てて、いきなり何しやがる……」

「立てぇ、宗助ぇ……」

 赤虎が宗助の元へ歩いていく。その手にはいつの間にか変刀・大太法師を担いでいた。

「今のお前にはコイツは似合わねえよ。そこらの賊共と変わらん。こいつは返してもらうぜ……。今のお前はただのチキンだ」

「チキン……?」

「腰抜けってことだよ!」

 赤虎は、大太法師を抜くと瞬時に巨大化させた。そして、宗助に向かって大剣となった大太法師を振るった。

 宗助が先程まで背中を預けていた大木はズドンと轟音と共に切断されてしまった。

「殺す気かよ!」

 辛うじて攻撃を避けた宗助は叫ぶ。

「お前が弱いままだったらそうなる」

「丸腰で戦えってのか!?」

「そうだなぁ。確かにこのままじゃあフェアじゃねぇ。そうだ、家の中に刀があるだろう? テメエが持ってた七刀じゃなくて、居間に飾ってあるヤツだ」

 宗助が今を見ると、確かに日本刀が飾られていた。

「そいつは俺が打った刀だ。七刀には及ばんが、他よりは丈夫だぜ」

 赤虎はその刀を使えと言いたいらしい。


 宗助はその刀を握り、腰に添えると、庭で待つ赤虎の元へ駆けて行った。

「宗助、大丈夫か? 戦えるか?」

「さぁな。どのみち、あのオッサンの殺気はホンモノだぜ」

 言い終わると、宗助は将軍の如くその場で待っている赤虎に向けて走っていく。一気に抜刀する。

 しかし―

「駄目だな。殺気も闘気も全然足りねぇ」

 赤虎は素手で宗助の剣を受け止めていた。そして変刀を小太刀サイズに縮めて、宗助の胸元を切り裂いた。

螺旋(らせん)()王流(おうりゅう)虎穴(こけつ)(げい)(そう)!」

 それは懐に入った敵を迎撃する技だった。普通の刀でも使用できるが、刃渡りや間合いが自在の大太法師で使うと、一層技の切れが増した。負傷した宗助は後退する。

「〝虎穴に入らずんば虎子を得ず〟というが、虎穴に入っても虎子を得られるとは限らねぇんだぜ?」

 宗助は剣を構えながら過去の記憶を思い出した。

「螺旋虎王流。確か回転に軸を置かれた剣術だったはずだ……」

 宗助は修業の中で剣術の文献を読み漁っていた。その中に螺旋虎王流があった。体の回転、剣の回転に重きを置いた剣術。その遠心力によって繰り出される斬撃は凄まじい威力を発揮するという。

「螺旋虎王流ゥ・旋回(せんかい)双牙(そうが)ァ!」

 赤虎は柄頭で宗助の胸板を打つ。さらに宗助が吹き飛ばされる前に、素早く剣を横に薙ぎ斬撃を入れた。打撃と剣撃を連続で食らった宗助は吐血しながら吹っ飛んだ。

「ガハッ! ケホケホ!」

 咳き込む宗助に赤虎は追撃してくる。

「大太法師ィ!」

 彼の持つ大太法師が大きさを変えて大剣のように巨大になった。そのまま巨大な剣を片手で回転させて宗助に攻撃した。宗助は身を捻ってその剣撃をかわし、カウンターで赤虎に斬りかかった。

「ほう、避けた反動の遠心力をカウンターに生かすとは、俺の剣術と似たようなことしやがるな。だが……」

 赤虎はその剣を縮めた大太法師で受け止めていた。

「同じ技を使うってこたぁなぁ! 見切れるってことだぜ!」

 自分の剣を受け止められた宗助は押され返された剣を捌き身をかがめて懐に入り込んだ。そのまま斬り込むも、赤虎にかわされてしまった。


 赤虎は冷静に宗助の動きを観察していた。

「なるほどな。あんまりそっちから仕掛けて来ねぇとおもったが、それがお前の剣術のようだな。防御に徹してカウンターしたり、疲弊を誘って隙あらば自ら攻撃するスタンスだ。……それほど高度な剣術を扱えて何故自信が無い?」

「何?」

「見た所、その剣術を扱うにはいくつか条件がいる。一つ、敵の攻撃を見切れる目。二つ、長期戦や敵の攻撃に耐えられる忍耐力。三つ、どんなに追い詰められても自分の力を信じ抜く心だ」

「こやつ、短期間で宗助の剣をそこまで見通したか!」

 観戦していた時雨が驚きに目を見開く。赤虎はその見た目から猪武者のように錯覚していたが、実際は分析派らしい。彼は絶妙なタイミングで攻撃し、その対応を見て相手の戦い方を看破してしまった。

「宗助よォ、てめぇは自分の剣術に必須の自信を失くしちまってるから、俺に攻撃が当てらんねえんだよ……。いくら実力や才能があろうが自信をなくせば、何も出来ねえ。今のテメェのようにな」

「自信……」

 宗助は困惑した。彼の言わんとしている事はわかっているが、白蓮に完敗して喪失した自信をどうやって取り戻せば良いのかわからなかった。

「やれやれ、もう少し絞めてやるか……」

 赤虎は大太法師を再び巨大にし、片手を軸に回転させ始める。その姿を敵として見ている宗助は勿論、第三者目線で見ている時雨も驚愕した。こうも簡単に大太法師の能力を使いこなすこともそうだが、大剣を軽々扱う怪力と戦況に応じて剣のサイズをコントロールしきる技量に対してだ。

大太法師を回転させながら赤虎は突撃してきた。正面から攻撃してくると思った宗助が構えるが、予想に反して赤虎は跳躍する。

「跳んだ!? アレを担いでか!?」

 空高く飛び上がった赤虎は、大太法師に回転の遠心力と落下の重力を込めて渾身の一撃を宗助に叩きこんだ。

「螺旋虎王流・翔虎顎砕(しょうこがくさい)!」

 宗助はその重い一撃をかわすのではなく受け止めた。その体からは闘気が滲み出ていた。

(これ程隙のある技だ。避けようとした所で別の技につなげられて殺されるだろう。ここはあえて受け止める!)

 右手を柄に、左手を刀の峰に当てて踏ん張った。宗助の全身に強烈な痛みが走る。攻撃を踏ん張る足は少しずつ地面に埋もれて行く。

「ほう、この翔虎顎砕を受け止めるか。良い判断だ。避けるか俺に攻撃していれば、お前は死んでいた!」

「我流・返刀捌き!」

 宗助は左手を握って拳を作ると、自分の刀の峰を殴った。赤虎の大太法師はその勢いで押し返されてしまう。両刃の剣であるから、その刃がそのまま赤虎を襲う。

「おぉっと! あぶねぇ!」

 しかし、赤虎には傷は与えられなかった。両者は一時距離を取る。

「翔虎顎砕を正面から受け切った奴は初めてだぜ。命の危機に瀕して体が動いたか? だがまだ足りん。常にその実力を発揮できなきゃ。また負けるぜ?」

 赤虎は宗助を挑発する。しかしそれは憎む相手というよりは出来の悪い倅へ説教しているように感じられた。

 しかし、赤虎に挑発された宗助はその意図に気付かず、すぐに気を落として先程目覚めかけた闘気が再び萎えてしまう。

「そうだ。俺は弱い……。俺は駄目な奴なんだぁ……」

 その様子を見た赤虎が大きな溜息をついた。

「ハァ~。お前、自分を卑下することは、お前に負けた奴を侮辱しているに等しいんだぞ?」

「!」

「経緯は知らんが、お前はそれだけの実力を付けるために多くの人間に勝ってきたはずだ。そしてその中には二本の七刀の所持者達も含まれているはず……。お前はそいつ等にこう言ってるんだぜ? 『お前は弱い俺に負ける程度の雑魚です』ってな! とんでもねぇ侮辱だぞ!」

 赤虎の怒号が飛ぶ。


 確かに彼の言うとおりだ。自分を卑下することはその自分に負けた者達を見下しているに等しかった。宗助は、あの自分を追い詰めた強い二人を図らずとも雑魚呼ばわりしていたのだ。

「そうか。俺は左近とカンナちゃんを侮辱してたのか。全力が出せずに敗れた二人を。運が良くて俺が勝ちを拾っただけなのに。あの二人を雑魚扱いしていたのか……。左近にあれだけ説教垂れておきながら、俺は自分の強さを見失ってたのか……」

 宗助は自分の頬を両手で叩いた。これまでの自分に活を入れるために。そんな宗助にエールを送るように赤虎は言った。

「さっきもいったが、俺の技を正面から受け止めたのはお前が初めてだ。そして七刀の持ち主二人に勝ったのは運だけじゃねぇ。運が味方したとしても、その上でソイツらに勝つだけの実力がなきゃ結果に繋がらなかったはずだ。よく思い出してみろ。そして頑張ってる自分を認めてやれ」

 赤虎に言われて宗助は思い出した。左近やカンナと闘った時の事を。白蓮と闘った時の事を。白蓮に結果的には負けてしまったが、彼の殺す気の攻撃を受けて宗助は生き残った。そして、彼が踏み込んできた瞬間、自分も彼に一撃入れていた。完全に何もできなかった訳ではなかった。


 闘いの記憶を思い出した宗助の眼には闘気が戻っていた。先程までと同一人物とは思えない程、今の彼には一流の剣士としての貫禄があった。

「青二才め。ようやく調子を取り戻しおったか……」

 時雨は厳しい口調だったが、その顔は笑っていた。

「良い眼だ。ようやく喧嘩ってヤツを全力でできるぜ!」

 赤虎は笑っていた。闘う相手が本調子に戻ったのに。否、彼は最初からコレが目的だったのだ。全力の相手と闘う事が。

 宗助は土の構えを取った。いつも通りの防御の型だ。

「なるほど。それは本来防御の構えだが、相手の攻撃を捌くお前の剣術にとっては最適な構えだな。どんな攻撃にも対応するつもりだな! だが敢えて罠に飛び込んでやるぜ!」

 赤虎は大剣となった大太法師を刺突に入るポーズで構えた。

「螺旋虎王流・(とつ)()横断(おうだん)!」

 大剣を水平に構えて赤虎は走る。超重武器を構えているとは思えないスピードだった。その刺突の刃が宗助の胴体目掛けて差し込んでいく。

 宗助は対刺突系の返し技を繰り出そうとした。だが、そこで刃が刺突から横薙ぎに変化した。対処しきれない宗助は辛うじて避けられたが、腹筋が斬られていた。

「刺突を斬撃に変えるとはな。左近みたいなことしやがる。そんなデカイ武器で攻撃の軌道を変えるとは恐れ入ったよ」

「ハハハ! かわされてちゃ意味ないぜ!」

 赤虎は、大剣を地面に差しながら言った。

「今度はこっちから攻めさせてもらう!」

 宗助は珍しく攻めの一手に出た。

「そうかい? ならばこちらも全力で答えよう!」

 赤虎が剣を普通の日本刀サイズに戻して構えた。

「螺旋虎王流・虎視眈眈」

 それは一匹の虎が牙を向き、獲物を狙っているような構えだった。無暗に攻め込めば首を取られる。だが彼は先程宗助に仕掛けてきた。ならばこちらも彼の懐に飛び込むのが流儀という者だろう。宗助は待ち構える赤虎の懐に飛び込んだ。

「臆せずよく来た!」

 宗助は剣を斜めに構えたまま赤虎に接近する。赤虎は宗助が間合いに入った瞬間、攻撃に転じた。

「くらえ! 螺旋虎王流・虎群(こぐん)奮闘(ふんとう)!」

 曲芸師のように西洋剣をクルクルと回転させる。柄と刃が交互に使い、懐に入った宗助に襲いかかった。宗助はその見切りに長けた眼をフル活用し、瞬きをせず彼の技を見た。そして柄による攻撃は左手の徒手空拳で、刃による攻撃は右手の刀で受け止め、全てを捌ききった。

最後の攻撃の衝撃でお互いに後ろに吹き飛んだ。

「っく!」

「かはっ!」

 疲労困憊の宗助がヨロヨロト立ち上がる。対して息を切らしていない赤虎は笑いながら立ち上がった。

「ハハハハハ! 面白れぇ! 俺の技を全て捌ききるとは!」

「ハァハァ……。よく、言うぜ。もう戦えねぇよ……」

 肩で息をする宗助が愚痴を零した。

「それで終わるお前じゃないだろう? ここまでやった褒美だ。俺の奥義を見せてやる」

 赤虎は大太法師を大剣サイズにし、またしても右手を軸にゆっくりと回転させていく。そして回転を加速させていく。回転が加速すると、赤虎は踏み込んだ。

「螺旋虎王流ゥ・奥義ィ! 万砕(ばんさい)(びゃっ)()ォ!」

 迫りくる赤虎の闘気が白銀の白虎のように見えた。

 それは剣撃の鎧のようだった。この技にあたった木や岩は粉々に粉砕されていく。それは現代で言う削岩機のようで、カンナカムイの刀夜粉災砕に似た技だった。ただ違いはあった。カンナの技は変則的な動きと剣と体術を駆使した連撃で速さに重きを置いたものだった。対して、赤虎の技はその豪力と回転による遠心力を駆使した力に重きを置いたものだった。


 宗助は左手に鞘を持って疑似的な二刀流の様に構えた。そして正面から奥義に迎え撃った。

「宗助! 死ぬぞ!」

 時雨が止めるも時既に遅く、宗助は粉々になるはずだった。

ところが、宗助は原形をとどめていた。それどころか、赤虎の奥義が止まっていたのだ。

「宗助ぇ、やりゃあできるじゃねぇか……。七刀の所持者を倒したのはまぐれじゃなかったようだぜ……ガハッ!」

 赤虎が吐血して倒れた。

 その場には血みどろになった宗助がぼんやり立っていた。

「宗助……主、何をしたんだ?」

 宗助は時雨の方に眼だけ向けた。

「あぁ、赤虎の奥義は回転を極めた遠心力と怪力による連続斬りだった。遠心力は一方方向に向かう力だから、鞘と刀でその動きを乱したんだ。そうすれば回転が止まり、技は不発に終わる……。その時赤虎の剣は勢いを殺されていて防御にも使えないから、こっちの攻撃が当てやすい状態になる」

 自分が行ったことを端的に説明する宗助。そこで、仰向けに倒れていた赤虎が起き上がった。赤虎は思いのほかピンピンしていた。

「宗助の言うとおりだ。だが理屈じゃ簡単そうに聞こえるが実際には難しいぜぇ。高速回転する俺の技を正面から受けようとすれば、筋肉にダメージが蓄積される。その痛みに耐えながら俺の回転を乱さなきゃいけない。加えて回転が乱れれば俺もコントロールできないジャジャ馬になった剣の斬撃を、ある程度身に浴びなきゃいけない」

「だから宗助が血みどろなのか……」

 時雨は納得した。宗助は筋肉の痛みに耐えながら立っているのがやっとだった。そんな彼を見ながら赤虎は笑った。

「ハハハハ、源信や水仙以来のわくわくする勝負だったぜ。今川宗助、もう戦えるな?」

 赤虎は手を差し伸べる。

「ああ。ありがとう、赤虎」

 二人は固い握手を交わした。完全に吹っ切れた宗助を見て時雨が満足そうに彼の元へ駆け寄ってきた。

「宗助、今のお前になら告げていいだろう。白蓮から言伝を預かっている」

「白蓮から?」

「ああ、心して聞け。〝出雲大社にてお主を待つ〟だそうだ!」

「ああ! しっかり聞いたぜ!」

 宗助はその言葉を受け止めた。彼はかつての自信を取り戻していた。

「話はまとまったようだな。よし! 喧嘩の後はメシだ! メシにしよう!」

 いつの間にか朝日が昇っていた。それは新たに決意をした宗助を祝福するかのようであった。

そうこうしている内にマリアと子供達がおきてきた。

「おはようございます」

「おはよう」「おはよー」

 子供達は眠たそうに眼を擦っていた。

 マリアは荒れ果てた庭と傷だらけの赤虎達を見て何かを察したように笑った。

「ふふふ、派手にやりましたね」

「ああ。回復のためにも飯作ってくれ」

「はいはい。ちょっと待ってて下さい」

 ご飯が出来る間、宗助と赤虎は最低限の治療を終えると、いびきをかいて寝てしまった。なので、子供達の相手を時雨一人がしなければならなかった。

「できましたよー」

 ご飯の合図に、寝ていた男は飛び起き、子供達は食卓へ走っていった。闘ってもいないのに疲労困憊の時雨が一言呟いた。

「勘弁してほしい……」

 相変わらずマリアの作るご飯は美味しかったのが救いだった。


宗助の怪我が治るまで夫妻は再び療養してくれた。しかしその間中、子供達の遊び相手をさせられたのは言うまでもない。


「今度こそコイツを受け取れ。天下七刀の一本〝変刀・大太法師〟だ」

「ああ。受け取らせてもらうぜ」

 宗助は渡された刀を見て、一つ尋ねた。

「ところで、この大太法師を扱う秘訣はなんだったんだ?」

「私もそれが気になっておった」

 まだどうすれば大太法師の大きさを変えられるかが明らかになっていなかった。それを聞かなければ話にならない。しかし、赤虎は簡単に秘訣を教えてくれた。

「ああ、何のことはない。誰かを守ろうとすればいいんだ」

「「誰かを守る?」」

「ああ。自分の家族。惚れた女。誰でもいい。とにかく強く守ろうとすれば刀は答えてくれる。元々俺の先祖が西洋人の血をひく子孫を守るために作った刀だからな。今までボンクラ共が扱えなかったのは、我欲にまみれて使用しようとしてたからさ。試しに宗助、コイツを扱ってみな」

 赤虎に促された宗助が大太法師の柄を握って念じると、簡単に剣の大きさが変わった。

「な? 簡単だろ?」

「ああ。思ったよりは」

「だが、こんなに簡単ならば、扱い方も公表すれば良かったのではないか?」

「時雨嬢ちゃんよぉ、俺はちゃんと言ったんだぜ? だが我欲ばかり剥き出しになったボケ共には本当に誰かを守りたいって気持ちが足りなかったんだよ。それで大太法師を扱えなかったのだけなのに、俺が出鱈目言ってると判断しやがったんだ」

 その光景は容易に想像できた。

「そうか、それは災難だったな……」

 時雨と宗助は赤虎に同情した。


 怪我が完全に回復すると、宗助達は再び刀集めの旅に戻ることになった。早朝に旅立つ二人を赤虎達は一家総出で見送ることになった。

「赤虎、色々ありがとう。アンタのおかげで自分を見つめ直せた。子守をするっていう理由まででっち上げて鍛え直してくれるとは」

「あ? 子守は必要だったから押し付けたんだぜ? ハッハ―!」

「で、でも、主は適当な理由をでっち上げたと、確かにそう言っておったぞ……」

「そう言った方が格好つくからに決まってるだろ? 子守も頼めて宗助の真意も見通せる一石二鳥じゃねえか? 子供たちも喜んでたしな!」

 赤虎の言葉を聞いて宗助と時雨はがっくりと肩を落とした。そんな二人を見て赤虎は一層大きな声で笑った。


 宗助が思い出したように、赤虎に尋ねた。

「そういやぁ、七刀の他に、アンタが打った刀貰って良かったのか?」

「ああ。どうせ前の刀は白蓮に折られちまったんだろ? 持ってきな。俺は本来日常家具しか作らねぇが、気に入った奴には俺が直々に打った刀を渡してる」

「そうか……。じゃあこれもこのまま貰っておく」

 再び、真面目な空気を作りなおして宗助達は別れの挨拶を澄ませる。

「じゃあな。元気でやれよ。また府抜けたら、焼き入れてやるぞ」

「勘弁してくれ……」

 宗助は本当に嫌そうな顔で答えた。その様子を見て微笑みながらマリアが二人に告げた。

「またいつでもお越しください」

「ああ。またいつかきっと来る……」

「きっと来てねー」「来てね―」

 チビッ子たちも手を振った。二人と会える日を楽しみにして泣かなかった。体は小さいが、やはり赤虎の子供だった。

宗助達は手を振って一家のもとを去っていく。赤虎一家も宗助達が見えなくなるまで手を振ってくれた。


 二人は再び七刀を探して歩いていく。

 そんな時、時雨が何気なく宗助に尋ねた。

「宗助、主は大太法師を扱う時、誰を守ろうと思い浮かべたのじゃ?」

 宗助は時雨の方を見て赤面すると、明後日の方向を見ながら言った。

「さぁ、誰だろうな……」


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