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天下七刀  作者: 微睡 虚
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第一章 はじまり

 浪人、今川宗助は、ここ二年の間、国を彷徨っていた。彼は藩主に重宝されていた藩士の一族だった。彼は幼少期から藩主に仕える父の背中を見ていた。そして自分もそうなるのだと漠然と思っていた。

 彼の人生に転機が訪れたのは、とある満月の晩だった。一人の盗賊が夜襲を仕掛けてきたのだ。父のおかげで藩主は無事だったが、自分以外の一族を皆殺しにされてしまったのだ。さらに、家宝であり父の愛刀である刀剣も奪われてしまった。それを奪う事が盗賊の目的だったのだろう。

 身寄りを失くした宗助は元服を迎えてから、ある程度の金を渡され、藩を出された。藩主が夜襲によって手傷を追った責任を、一族最後の生き残りである宗助が負わされたのだ。事実上の追放である。宗助は己の不幸を呪った。


 宗助が藩に帰還し、家を再興するにはそれなりの武功を立てなければならない。そこで宗助が考え付いたのは『天下七刀』を集めることである。七刀の事は藩主と父の会話を盗み聞きしたことで知っていた。その刀さえ集められれば、今川の一族は復興できるかもしれない。藩に戻れるかもしれない。否、それどころか幕府に直接仕えられるかもしれない。そう考えた宗助は七刀を集める決意をしたのだった。


「それにしても、中々それらしい刀が無いなぁ~」

宗助は途方に暮れていた。刀集めを始めてから早三年、何の成果も得られなかった。というのも文献でその存在は確認できるものの、どんな形なのか、現在誰が所持しているのかが記載されていなかったのだ。

「考えてみれば、幕府でさえ見つけられなかった刀を俺が見つけられる訳もなしか……」

宗助は、日暮れと共に宿屋に入っていった。

「明日は、刀鍛冶か郷土史に詳しい者を訪ねて情報収集でもしようか……」

食事を終えた宗助は転寝をしていたが、急に眼が覚めてしまった。窓を見ると、月明かりが零れていた。

「ふむ、今夜は満月か、あの夜を思い出すな……」


宗助の一族が皆殺しにされたのも今宵と同じ満月の夜だった。故に満月の晩は目が覚めてしまうのだ。当時子供だった彼にはどうする事もできなかった。ただ一族が殺されるのを黙って見ている事しかできなかった。その無力感を味わったことで彼は変わった。剣士としては凡才と言われていた彼は必死に修行し、血の滲む努力の末、藩一の剣士になったのだ。もっとも、その称号は彼が藩を追い出されて直ぐに返上することになったのだが。

「……どうも眠れないな。夜風にあたるか……」

宗助は愛刀を腰に差して宿を出た。夜道は驚くほど静かだった。虫の鳴き声さえもしない。不審に思っていると、建物の屋根を飛び越える人影が見えた。

「……なんだ?」

よく見ると、一人の人間の後ろを二人の人間が追いかけているように見えた。人影は段々こちらに近づいてきた。

宗助と彼らの距離が縮み、三人の姿を眼で捉える事が出来た。月明かりに照らされた3人の姿は、一言で表すと忍だった。漆黒の忍装束に身を包んだ一人を残りの二人が追いかけている。仲間割れか他流派の争いか、宗助には判断がつかなかった。宗助が関わると面倒だと踵を返そうとした瞬間、自分の目の前に追われていた一人が落ちてきた。

「とうとう追い詰めたぞ!」

「時雨! 覚悟!」

二人の忍が、時雨と呼ばれた忍を切りつける。間一髪でかわし、手傷は追わなかったが、忍び装束のマスクが切り裂かれ素顔が顕になった。

「女!?」

やけに小柄だと思ったが、追われていた忍は白髪の少女だった。歳は宗助と同じくらいだろうか。やや幼さが残る顔立ちだが、眼光だけは歴戦の猛者と言えるくらい鋭かった。彼女は追手の攻撃を避けると、身を捻って一人を蹴飛ばした。

「ガハッ!」

壁に激突して気絶する忍。形勢不利と見たのか、残りの一人が距離をとって印を結んだ。

「忍法・闇隠れの術」

彼が唱えた瞬間、夜闇に黒い霧が出てきて、彼の姿を包んだ。

刹那―

「キャッ!」

くノ一の背中が切り裂かれた。彼女は痛みに片膝をついてしまう。

宗助は驚きに眼を見開く。夜闇に紛れた忍が見えない攻撃をしてくる。今までこのような者達と戦ったことはなかった。

「これが……忍!?」

だが、宗助は指をくわえてみている訳にはいかなかった。事情を知らないとはいえ、自分と年の近い少女が切り刻まれるのを見ている訳にはいかなかったからだ。

「助太刀する!」

「……!」

宗助は時雨と呼ばれた忍の背中を守るようにして立った。

「邪魔立てするなら、貴様もあの世に送ってくれる!」

闇の中から男の声がした。

「悪いな。俺は天寿を全うするぜ……」

宗助は腰の刀に手をやると五歩ほど前に出て抜刀した。そのまま横に薙ぐ。すると、闇が切り裂かれて紅い血飛沫が舞った。

「な……ぜ?」

忍は何が起こったか理解できぬままに事切れた。

「あんた、姿は消せても気配が消せてなかったんだよ……」

宗助は刀をしまうと、忍びの少女の元に向き直った。

「はぁ~、取り敢えず手当はしておこうか……」

宗助の言葉に少女は頷いた。改めて見ると、長い白銀の髪がとても美しい少女だった。

気絶していたもう一人の忍はいつの間にか消えていた。


 宿に戻ると、急いで手当てをした。宗助自身あまり手当の経験が無かったので、彼女は実質一人で自分の手当てをした。幸い傷は見た目ほどひどくはなかった。手当を終えると、彼女は自己紹介を始めた。

「私の名は無影(むえい)時雨(しぐれ)、……先程は助かった」

少女は時雨という名で、忍だった。それは先程までのことで察しがついていた宗助はつきつめて質問をした。

「何故追われていたんだ?」

「それは……」

彼女は口を閉ざしてしまった。余程言いにくい事情でもあるのだろうか。だが、聞かぬ訳にはいかない。宗助自身も巻き込まれたのだから、聞く権利があった。しばらくすると、時雨は一言だけ呟いた。

「私は……抜け忍なんだ」

「抜け忍か……。それで追手がついたのか……」

抜け忍とは、忍びの組織から離脱した者を言う。忍には門外不出の忍術がある。その上、仕事柄多くの情報を知ることになる。故に抜け忍には必ず追手がつくのだ。抜け忍を追う忍を追い忍と言う。抜け忍が逃げ切れるケースは稀である。その事を宗助も知っていたため、これ以上立ち行ったことは聞かなかった。

「主は、何者だ?」

今度は時雨が質問してきた。

「俺か? 俺は今川宗助。ただの浪人さ。……三年ほど前に藩から追い出されちまってなぁ。あんたと似たような状況だな……」

「……そうか」

時雨は立ちあがった。

「その傷でどこに行くんだ?」

「追手が来ている。長居するのは危険だ」

彼女はヨロヨロと歩き出した。

「手傷を負ったまま出歩く方が危険だぜ。確かに、〝敵と遭遇した付近に留まるのは普通じゃない。だから直ぐに遠くへ移動するべき〟追手も同じことを考えているだろうさ。同じ場所に留まるはずが無いってな……」

「しかし、私が一緒にいると主まで危険に……」

「もう巻き込まれてるさ。今別れても、連中はあんたと一緒にいた俺にも接触してくるだろう。乗りかかった船だ。丁度旅のお供がいなくて寂しかった所でな。同じ当てのない者同士仲良くしようぜ」

とぼけた雰囲気で語る宗助の態度に毒気を抜かれた時雨は、しばらく行動を共にすることにする事にした。時雨は宗助の指摘した通り当てがなかった。ただ追手から逃げているだけだったから、この今川宗助という男に付き合ってみようと思ったのだった。


 一晩、宿で休んでいた二人だったが、宗助の推測通り追手は来なかった。しかし安心もしていられない。二人は準備をしてすぐに町を出ることにした。

「町を出るのに納得はしたが、なぜこの服装なのだ!」

「怒るなよ。似合ってるぜ」

「うー」

時雨は昨日の忍び装束ではなく、町娘が着るような着物を着ていた。彼女の綺麗な銀髪が美しい着物に映えて、すれ違う人が見惚れるほど似合っていた。なぜそうなったのかというと、日の高い内から忍び装束は、返って目立つからという宗助の意見を取り入れた結果だった。

「くそう、覚えていろ」

彼の発案が下心に満ちたものだったなら、文字通りバッサリ切ったが、説得力があったため彼の意見を受け入れたのだ。

「着物を着るのは納得しているようだが、二刀は差すんだな」

「ああ。これは特別なものだからな……」

そう言うと、大事そうに腰に差した二刀を撫でた。彼女にとってそれは大事なものなのだろう。

「そう言えば初めて見たが、忍者って言うのは本当に忍術を使うんだな」

宗助が昨日の出来事を思い出しながら呟いた。昨夜の戦いの中で、追手の一人が闇に紛れる術を使用していたのだ。

「忍術って言うのは、それらしく見せるための技術だと思っていたが……」

「主の言う事は間違いではない。下位の忍である下忍は高等忍術を使えぬゆえに、小細工を弄することもある。だが鍛え抜かれた忍である上忍や中忍は忍術を使う。主も武道をたしなんでいるなら〝気〟の存在は知っていよう。忍術とは簡単に言えば〝気〟を形にして外に出す術なのだ」


〝気〟というのは東洋武術において古来から伝わる生命波動のようなものだ。気を上手く使えば相手の気配を察知できるし、通常よりも優れた運動神経を発揮できる。また打撃や剣撃に気をのせれば、遠くにいる敵に攻撃を当てることもできる。現代では廃れてしまった技術だが、この時代の武術の達人は皆この〝気〟を使っていた。本来全身に漲らせて武術として使用するのが気の使い方だが、忍者はそれを手で印を結ぶことによって、忍術と言う形にして外に放出するのだと時雨は言った。


「ほう。なかなか興味深い話だ。だが俺に言ってもいいのか?」

「かまわない。どうせ抜け忍だし、私も主も追われているからな。情報は共有しておいた方がいいだろう」

二人は峠を歩きながら会話を続けた。

「ところで、主は何か目的はないのか?」

「目的か……一応はあるな。手柄を立てて藩に帰還し、一族を復興することだ」

宗助は力強く行った。それはずっと自分自身に言い聞かせてきたことだった。

「主の一族は廃れておるのか?」

「ああ。三年前に藩が襲撃されてな。俺の一族は皆殺しにされた。藩主は無事だったが、藩主に傷を負わせてしまった責任を唯一の生き残りの俺がとらされて、元服後は追放さ」

「色々と酷い話だな。下手人に見当はついておるのか?」

「いや、暗がりだったし、気がついたら皆殺しにされていたから顔をはっきり見ていないんだ……」

「そうか……」

「……だが、俺は覚えている。奴の真っ赤な髪と空虚な瞳を……」

宗助は当時強すぎる下手人に歯が立たなかったが、気絶する寸前に、敵の大まかな風貌を記憶していた。過去を思い出し、拳を強く握っていたが、自分の世界に入っていたことに気付き、力なく笑った。

「すまない。暗い話だったな……」

「いや、主の話を聞けて良かったよ。仇、討てればよいな……」

「……ああ」

それっきり二人に言葉はなかった。そのまま峠を越えて小さい村に着くと、宿を営んでいる家に泊めてもらう事にした。

「今日もよく歩いたな。時雨は疲れていないか?」

「私は大丈夫だが、目的地が無いとやる気が出ないな」

「目的地ねぇ。先程は俺のつまらない過去話で話が脱線したが、一応目的はあるんだ。問題はどこに行けばいいのかが分からないだけさ……」

「? どういう意味だ? 探し人でもおるのか?」

首を傾げながら問いかける時雨に宗助が答えた。

「近いな。探しものだ。だがその情報も得られていないからお手上げでな。時雨と出会う前に情報法収集をしようと考えていたところだ」

「情報収集? 何の情報が欲しいのだ?」

「〝天下七刀〟と呼ばれる刀のことなんだが……」

「〝天下七刀〟? 主はそんなものを探しているのか?」

時雨は驚いていたが、その驚きは七刀の存在を知っていると言う事を指し示した。『天下七刀』は世間では秘匿とされている存在だ。それを知っていると言う事は、他の情報も知っている可能性が高い。宗助はここぞとばかりに深く追求した。

「流石は忍だ。今まで人に尋ねてもその存在すら知らないらしかったが、時雨は知っているんだな」

「まぁな。裏の情報には精通しておる。主は七刀についてどれほど知っておる?」

「スッゲー刀ってことくらいしか……」

 宗助の言葉を聞くと、時雨は頭を押さえて溜息をついた。

「はぁ……、よくそれで七刀を集めようと考えたものだな。まぁこの際だ。私の知る情報を主に伝えよう。天下七刀の事は私に任せておけ」

呆れながらも、時雨は情報を教えてくれるようだ。

「おお、頼む」


正座して向き直る宗助を相手に時雨は咳払いをして解説を始めた。

「〝天下七刀〟とは、天下を取れる七振りの刀。天下に仇為す七本の刀のことだ。戦国時代等、戦場でこの刀を見た者は多い。今の将軍はこの刀こそが戦国時代のきっかけとなったと結論づけたのだ。故に幕府も七刀を危険視し、欲しているのだ」

「成程な。漠然としか認識していなかったから助かったわ」

「馬鹿者! 話はこれからだ!」

時雨の怒鳴り声に驚いて腰を抜かす宗助。確かに今までの話は概略にすぎない。本題はここからだった。

「七刀は名のある剣豪が持っていると噂されているが、私は大体の消息を知っているのだ」

何と時雨は七刀の所在について知っているらしい。宗助は彼女に飛びかからん勢いで聞いた。

「本当か!? 教えてくれ!」

「まぁそう急ぐな。ちゃんと教える。だが、今教えてもすぐに物が手に入る訳ではない。今後旅路で近くまで来た時に教えることにする」

「勿体つけてそれかよ……」

「案ずるな。私の記憶が正しければ、近い内に七刀の持ち主に出会えるはずだ」

「?」

宗助は時雨が言わんとしている意味が分からなかったが、もう遅いので床に着くことにした。何にしても旅の相方になった仲間が情報を知っていると言うのは心強いことだ。焦らずに目的を成し遂げようと思い夢の中に堕ちていった。


―チュンチュン、という小鳥の鳴き声で目が覚める。

「ん?」

宗助は目の前にある白い双丘に驚く。

「なんだ?」

指で突くとプ二プ二している。寝ぼけ眼を擦りながら全体像を確認すると、それは時雨の胸だった。

「あ!」

「ん? 何だぁ? 朝か?」

大声を出したせいで彼女も起きてしまったようだ。

「宗助?私をじろじろ見てどうしたんだ?」

「いやぁ~、寝顔が可愛いなと思ってな」

「! 馬鹿者!」

赤面した時雨に枕を投げつけられ、その場に倒れる宗助。彼が『体が小さい割に胸は大きいな』と考えたのは秘密である。


 落ち着いた二人は、朝食を済ませると、直ぐに出発した。

「追手がかかっているとは思えない和やかな朝だな」

「そうだな。だが油断は禁物だぞ。ほれ、丁度あのような忍装束の輩には注意……」

時雨が指差しながら固まっていた。なぜなら彼女が指差した相手こそが今にも襲いかかろうと刀を抜いた忍だったからだ。

「こりゃ、前言撤回だな。和やかな朝をブチ壊してくれちゃって……」

宗助が腰の刀に手を乗せる。

敵の忍者が手裏剣を投げてくると、一気に抜刀して手裏剣をはじいた。宗助の一太刀は忍者の肩口を切り裂く。さらに時雨が投げたクナイが敵の腹部に突き刺さった。負傷した忍者は煙玉を使った。

「逃がしたが、あの傷では長くは持つまい」

「もうここまで追いかけてきやがるとはな……」

「忍者の諜報能力を侮るな。奴は下忍だったが、直に中忍上忍がやってくるぞ」

「そうか。だが怯えていても仕方ない。来たら倒せばいいんだ」

簡単にものを言う宗助に内心呆れて時雨が忠告する。

「主の剣技は見事だが、ただの剣では倒せぬ敵もおるぞ」

「?」

 キョトンとする宗助を見た時雨が話し始めた。

「この際だ。重要な事を言っておこう。今まで我らを襲ってきた忍は下忍か中忍だったが、上忍ともなると次元が違う。特に私がいた隠れ里を治めていた〝五忍〟は最強の忍達だ。私が里を出る時も奴らと戦っておる。その時に呪印を掛けられて私は力が半減しておるのだ。戦闘は避けた方がよい。と言っても、五忍は基本的に里から出ぬがな」

時雨の口から語られる忍の強さに総毛立つ。今まで襲ってきた忍達も決して弱かった訳ではない。宗助が修業してきたから問題なく倒せている訳で、彼らも普通の侍は簡単に暗殺できるだろう。それより次元の違う強さと言うと想像できない。改めて忍の脅威を知ったのだった。

「しかし、そんな凄い忍者から逃げ出せたって言うのは時雨も凄いってことじゃないか」

話題を変えるように宗助が切り出した。

「私も隠れ里では名が知れていたからな。だからこそ追手もしつこいのだ。どうでも良い相手なら抜け忍と言っても捨て置く事もある」

「そうなのか。俺も武人だから名の知れた猛者は知っているつもりだが、五忍も時雨も全然知らなかったぞ」

「忍の世界は隠密の世界。名が知れない事こそ名誉なのだ。故に隠れ里で有名でも外界では無名なのだ」


影に生きる忍達だ。無名こそが誉れというのは考えてみれば当たり前のことだった。しかし、外界でも仕事をする忍の名が知れないと言う事は、忍の姿や技を見た者達は永遠に口を閉ざされるということだ。誠に恐ろしいことである。

「世の中広いな……。自分の小ささを知ったよ」

「そう自分を卑下するな。主も中々に強い方だぞ。日本最強の剣士は出雲の白蓮(びゃくれん)だが」

「白蓮か。名前はよく聞くが、強いってことしか知らないな」

出雲の白蓮は、武道に携わる者、特に剣士の間では有名な男だった。彼の父である先代の羽白も有名だったが、羽白は病持ちだった。病没した父に代わり、日本最強の称号を手に入れた彼を知らない者はいなかった。

「奴の名は諜報活動をせずとも隠れ里でさえ有名だった。私が手に入れた情報は、奴の一族が古代出雲族の生き残りであるということ、出雲大社付近に居を構えている事、剣技において奴の右に出る者はいないということだけだな」

忍の世界でも彼の名は知れているらしかったが、あまり多くの情報を得られなかった。何でも、忍達も彼との戦闘は避けているそうだ。稀に命知らずの忍が、腕試しに彼に挑むことはあったそうだが、五体満足で帰ってきた者はいなかったという。

しかし、宗助はどこか他人事だった。自分が日本最強の男と戦うことはないだろうと考えていたからである。彼は『天下七刀』を集め、一族の仇を討ちたいとは考えていたが、最強になりたいとは思っていなかった。


二人はたまに遭遇する追手の忍を退けつつ、北を目指して何日も歩いた。しばらく歩いていると、正午くらいに茶屋を見つけた。ちょうどお腹も減り、歩き疲れたのもあってそこで休憩を取ることにした。

「……まぁ、俺は七刀を探しつつ、仇を討てればそれでいいや。誰が強いとか俺にはどうでもいいことさ。それよりもそろそろ七刀の情報を知りたいね」

不意に宗助が呟いた。

「猛者の情報は頭に入れておいた方が良いぞ。強い武器は強い奴のもとにあることが多いからな。今から会いに行く奴もな……」

時雨の思わせぶりな科白に、宗助は興味を持った。

「どういうことだ?」

「ふむ、説明しよう」

団子を頬張りながら、説明を始める時雨。宗助は全部食べてから話せばいいのに、と思ったが、機嫌を損ねても駄目なのであえて言わなかった。

「もぐもぐ、……ゴクン。そうだな、何から話そうか。まずは、今から取りに行く七刀の一振りについてだな」

「待ってました」

わざとらしくリアクションを取り、宗助は彼女に茶を差し出した。時雨は茶を飲むと、したり話し出した。

「私達が取りに行くのは、七刀の一つ、〝妖刀・才〟だ」

「妖刀・才?」

「左様。その刀を持つとどんな凡人だろうと、剣の達人になれるというものなのだが……」

「凄いじゃないか!」


宗助は感動した。自分は死んだ一族に恥じぬよう、仇を討てるように、血の滲む努力で今の剣技を手に入れたが、その刀さえあれば、努力せずとも最高クラスの実力を得られるのだ。妖刀に興味を持つのは必然だった。その様子を見て時雨が彼を咎めた。

「問題はこれからだ。刀の持ち主は剣の達人になれる代わりに、破壊衝動、殺人衝動に駆られることになる。それこそが妖刀と言われる所以だ」

「殺人衝動!?」

「うむ。妖刀・才を手に入れた者は例外なく人斬りになっている。今の持ち主もそうだ。所有者に剣才を与えるから名を才と言い、どんな人格者でも人斬りにするから妖刀と言われている」

時雨の話では、才を作ったのは、朝廷に起用されなかった才無き者で、自分を認めなかった世間を壊すために〝気〟を使った呪術を用いて妖刀・才を作ったと言う。人斬りに長らく使われていたのに、刃毀れ一つしていないのがその証拠で、刀自体に邪悪な気がこもっていると言う。

「物騒な刀だな」

「ああ。この刀のせいで人生が破滅した奴は沢山いる。廃村になった村もな。現在の持ち主は、この出羽国の片田舎に出没するらしい。邪悪な気を纏い、般若の面をしている事から、地元の人間は幽鬼と呼び恐れているようだ」


ようやく七刀の一振りまでたどり着いたことに喜ぶ宗助だったが、時雨の話しを聞く限り、相当強いらしい。おまけに神出鬼没で見つけにくいときた。茶屋の勘定を払い、旅路に戻った。二人は何日か幽鬼を探していたが、なかなか見つけられなかった。


「いないな……。村人の話では、最近はこの辺りに現れるはずなんだが……」

「現れる時間は日没以降が多いようだから、まだ早いのかもしれんな」

二人の上空にはいまだ日の輪が輝いていた。二人は先に宿を取ることにした。旅の者で幽鬼を討つために来たと言うと快く泊めてくれた。宗助達は部屋で英気を養った。

「中々優しい人達だが、宿代が全額前払いなのはなぜなのだろう」

「それは、私達が幽鬼に返り討ちにあって戻ってこない可能性を考えてだろう」

「縁起でもない……」

だが、時雨の言葉には説得力があった。現に数カ月前に幽鬼が出羽に現れて以来、腕試しに、或いは妖刀を狙って、もしくは正義感のために多くの武芸家達が彼に挑んだが、皆殺しにされてしまった。そんな先駆者たちを見ていれば、また無謀者が来たと思われても仕方が無いだろう。

「しかし、なぜ所有者は妖刀に手を出してしまったのだろうな。妖刀・才のことを知らなかったのだろうか」

時雨がふと疑問を口にした。彼女は、人きりになってしまう妖刀をあえて使う人間はいないと判断し、所有者が妖刀だと気付かずに手にしてしまったと考えた。だが宗助は反対の考えだった。

「俺はそうは思わないな。きっと危ない刀だと分かっていても、その力に頼りたかったんだと思う」

「なぜだ? 妖刀で得た強さは己の強さではないと思うが……」

 時雨は大層不思議な様子で首を傾げていた。

「時雨、お前は名の知れた忍だったそうじゃないか。恐らく幼少の砌より神童と言われていた口じゃないか?」

「まぁそうだが……」

「俺は逆だ。俺は藩士の中で一番弱かった。父には「お前に一族の剣は継げない」と言われたよ」

遠い過去を懐かしむように言う宗助。

「そうなのか? にしては、剣技は優れているようだが……」

「無論努力したのさ。特に一族が殺されたあの日から。絶対に仇を殺してやると心に決めてから。その執念が俺を強くした。だが目の前にその妖刀を差し出されたら、俺は躊躇なくそいつを手にしていただろうな……」

「……」

時雨と宗助は対極的だった。時雨は忍術の才に溢れ、神童と呼ばれていたが、宗助は凡人だった。しかし、今は似たような境遇にある。人の出会いとは不思議なものだった。

「今晩はもう出てこぬかもしれん。時雨も少し休んだ方がいい……」

そう言うと、宗助は横になってしまった。時雨は黙って部屋を出た。

「才能が無かっただと? そんなことがあるのか? 現に主は強くなったではないか。隠れた才能が開花しただけではないのか。妖刀に手を出していただろうなど……」

眠れなくなった時雨は情報収集に出掛けた。


―その夜、時雨が出掛けた方向とは逆方向から追手が迫っていた。忍装束を纏った一人の忍が草原を走っている。彼もまた時雨を追う忍であろう。彼は致命傷を負った部下から抜け忍の居場所を聞いて、暗殺のために走ってきたのだった。 

「上忍認定試験が迫っている中、なぜ俺が抜け忍狩りなどせねばならんのだ。面倒な仕事はさっさと終わらせるに限る……」

急いでいた彼だが、その足をとめた。目の前に帯刀した若い男が立っていたからだ。般若の面を被った怪しい男は、不気味な気配を漂わせていた。

「ほう。抜け忍狩りに赴いてみれば、良い出会いもあるものだな。それは天下七刀だろう?」

「……」

「黙すか。まぁ良い。幕府からその刀も集めて欲しいとうちの里に依頼が来ている。流石に無視はできんだろう。黙って渡すならそれも良し。渡さぬなら首ごと頂こう」

抜け忍狩りの忍が口を閉ざした瞬間、彼のいた場所が切り裂かれていた。何の会話もなく、般若の男が抜刀したのだった。

 しかし、忍は殺されてはいなかった。切り裂かれていたのは丸太だった。

「忍法・空蝉の術、俗に言う変わり身だな」

「……」

忍者はさらに印を結ぶ。

「忍法・影分身の術」

彼が言うと、文字通り彼の分身体が辺りを囲んだ。その数、十余人はいる。

「人海戦術は最も古く、最も有効的な戦術だ。これで終わりさ。死んじまいな!」

分身体と共に忍が剣士に向かって走り出した。


―日の光が宗助の顔を照らした。

「もう朝か……」

部屋を確認していると、時雨の姿が見えなかった。

「もう起きてるのか……?」

宗助が目を覚ますために近くの河原に行き、顔を洗っていると、息を切らした時雨が白髪を振り乱しながら走ってきた。

「大変だ! 宗助!」

「ん? どうした? ご懐妊か?」

「たわけ! 事件だ! 人斬りに一人殺されたらしい!」

「何だと!?」

時雨の話を聞いて現場近くまで出向いてみると、既に人だかりが出来ていた。人の間を割いて現場を見てみると、そこには惨殺死体があった。

「これは酷い。文字通りの八つ裂きだ」

「こやつは……」

「時雨、知っているのか?」

「ああ。隠れ里の中忍で影分身を得意としていた男だ。名を佐助と言う。中忍の中では最も上忍に近いと言われ、昇格が期待されていた忍だったのだが……」

時雨の話では隠れ里内では名の通った忍だったらしい。彼の死体の傷から見て刃物で切り裂かれたのは明らかだった。そして、この辺りには幽鬼が出る。村人が幽鬼の仕業だと決めつけたのは至極当然だった。

「こいつは時雨を追ってきたのかな?」

「おそらくそうだろう。その途中で幽鬼に襲われたのか、仕掛けたのか、二人は戦闘になったのだろう」

 しばらくして死体を弔うお坊さんや死体を運ぶ男達が現れて人だかりは解散した。しかし、血の痕がそこで起こった戦闘の激しさを物語っていた。

人がいなくなった現場に留まり時雨と宗助は話し合っていた。

「幽鬼は既に姿を消しているぞ。どうやって見つける?」

「焦るな。私が今情報収集をしている。まぁ見ておれ」

「?」

首を傾げる宗助だったが、時雨は何らかの印を結んだ。

「忍法・過去視の術」

彼女が唱えるや否や、現場に黒い霧が立ち込め、事件現場を覆い尽くした。その後、二人の男の姿が現場に出現した。


「ほう。抜け忍狩りに赴いてみれば、良い出会いもあるものだな。それは天下七刀だろう?」

忍装束の男が口を開いた。

男は先程殺されていた佐助と言う忍だった。そして彼と相対している面の男こそ二人が探している幽鬼だった。目撃証言と風貌が一致している。

「これは、どういうことだ?」

「私の術だ。過去にここで起こった出来事を映像として我々に見せる術だ」

「便利な術だな……」

「し! 静かに! 戦いが始まるぞ!」

佐助が印を結び、分身体を出現させていた。

「ほう、忍者って感じだな……」

「影分身は上等忍術だ。使える忍を見ることは稀だぞ?」

宗助と時雨が二人の戦闘を見ながら感嘆していると、幽鬼が素早い剣速で分身体を三体切り捨てた。分身体は白い煙をあげて消えていった。

「なんだと! 俺の分身を一度に三体も消すとは……! 流石に七刀の持ち主だけはあるな! だが! これはどうだ!」

佐助の分身体が一斉に手裏剣等を投げつけ、佐助の本隊が印を結ぶ。

「忍法・忍具影分身の術!」

幽鬼に向けて投げつけられた手裏剣等の忍具が一斉に分身した。その数、十や二十ではない。何百と言う忍具が幽鬼の頭上に降り注いだ。

「武器が分身しやがった!」

「いや、あやつはまだやる気だぞ!」

中忍の戦いぶりに宗助達は釘づけになった。

「忍法・忍具飛操の術」

佐助が素早く印を結ぶと、一方方向から幽鬼に投げつけられた忍具が不規則な動きを見せ、全方位から幽鬼に襲いかかった。

蜂の群れが襲うように忍具が幽鬼を襲う。忍具が幽鬼に切り傷を二、三付けた瞬間、幽鬼が咆哮した。

「ガァ!!」

すると突風が吹き荒れ、操られていた忍具は力なく地面に落ちていった。

「何と!〝気〟だけで武器をはじいたのか!」

佐助は目の前で起こったことを正確に理解していた。自分が投げた忍具を、死角なく、攻撃した忍具を、幽鬼の所持する刀の邪気が弾いたのだ。

「形勢不利……一旦引くか……」

佐助は己の分身体を殿にし、退却を選んだようだった。しかし、勝負の世界は残酷である。攻から退に転じた隙を幽鬼は見逃さなかった。

「ヴァァァ!」

幽鬼は一太刀目で分身体を一体消し、左から幽鬼の首を狙っていた分身体を刀の柄で殴り、身を捻って眼前の分身二体を斬り捨てた。

幽鬼はそのまま走り続ける。刺突で一体の分身を消すと、刀を横に薙ぎ、もう一体を斬った。その早技に驚いていた分身の腹を蹴飛ばし、残った二体の分身体を睨みつけた。


「さて、ここまで逃げれば大丈夫だろう。影分身は諜報活動にも攻撃にも足止めにもつかえて便利な術だ。分身体は何体残っているかな……」

佐助が一安心し、背後を振りかえった瞬間、背中と腹部に強烈な痛みを感じた。見ると、自分の腹から日本刀の刃が伸びていた。

「カハッ! どういう……」

佐助は地に膝まづいた。痛みに耐えられなかったからではない。彼は忍として痛みに慣れる訓練を積んでいる。その彼が膝まづいた理由は刀の邪気に侵されていたからだ。忍者は気を原料に忍術を使う。故に気には敏感だった。

「何だ……この邪悪な気は……」

ある種の毒のような気が彼自身の気を押し潰していたのだ。こうなっては忍術もまともに使えない。

「最も上忍に近いと言われていた忍が情けないねぇ……。手柄に目が眩んだのが運のつきか……」

佐助は静かに迫る死神の、否幽鬼の気配を感じていた。

 振り向くと、笑っているような般若の面そこにあった。

「……一つ聞こう。貴様はどうしてそんな刀を持っていられる? 邪気の塊だぞ……」

「……」

「黙すか、酷い奴だな……」

幽鬼は佐助の背中に刺さっていた妖刀を抜くと、そのまま刀を天に掲げた。

―刹那、夜闇が赤く染まった。


「強いな……佐助の実力も中々だったが……」

「ああ。妖刀は剣才を与えるというのは間違いないな」

過去の情景を見て二人は改めて妖刀・才の恐ろしさを知った。手練れの忍でも歯が立たないその強さは異常だった。天下七刀に数えられるだけはある。

「だが、敵の強さを知った所で幽鬼を見つけられなかったら意味はないぞ」

「大丈夫だ。主が寝ている間に私は忍術で諜報活動しておったのだ。幽鬼の情報もだいぶ集まった」

「そいつはありがたい」

「ふむ。それで新たに分かったことだが、幽鬼は普通の藩士の息子だったらしい。名を六角(ろっかく)左近(さこん)と言った。だが左近は、他の藩士に比べ剣の腕が劣り、強い劣等感を感じていたようだ。それでも一族に伝わる剣術を鍛錬し続けたらしい」

妖刀・才の特性を知ったときから所有者の気持ちを何となく理解していた宗助は、自分の想像通りの奴だと納得した。

「やはりそういう奴だったか。それで妖刀はどういう経緯で手に入れたんだ?」

「それなのだが……。奴がどんなに努力しても勝てない剣士が藩内にいたのだ。その剣士は腕は立つが性格の悪い奴だったらしく、左近は相当傷付けられたらしい。そして武者修行の旅に出て、その最中に妖刀・才の前所有者を討ち、才の所有者となったようだ」

「そうか……」

宗助は、左近という男に自分を重ねていた。幼少期から剣才が乏しかった事、血の滲む努力を重ねた事、似ている部分は沢山あった。客観的に自分の話を聞いているような錯覚にさえ陥った。だからこそ、その男と戦ってみたいと思ったのだった。決意を固めていると、時雨が地図を差し出しながら言った。

「私は、奴が今まで現れた場所に目印を付けた。これから推測すると、奴は次にここから少し離れた山林付近に現れるだろう。どうする?」

「そうだな。現れるのは日没後だろうからそれまでは宿で英気を養おう。夕暮れ時に奴が現れるだろう山林で待つことにしようか」


二人は夜まで勝負を待つことにした。幽鬼、否、六角左近はそれまで森林の奥か洞穴にでも隠れているのだろう。出てくる場所も時間帯も見当がついた今は、闇雲に探すよりも座して待った方が良いと判断したのだ。


 宿で二人は時間が来るのを待った。宗助は刀の手入れをしたかと思うと、座禅を組んだり、仮眠をとったりと、これから挑む戦いに備えているようだった。時雨はそんな宗助の様子をしばらく見ていたが、彼の言動に思う所があったらしく物想いに耽っていた。

「……才能か。誰しも持っているものではないのかな……」

時雨は努力をすれば確実に結果が伴った。剣士に師事すれば剣技をモノにし、上忍に師事すれば上級忍術を扱えるようになった。努力をすれば結果が伴って当然だと思っていた。だから修業しても実力がつかないものや、忍者の道を諦める者は努力が足りないと思っていた。しかし、宗助や左近の過去を聞き、自分の考え方がおかしいのかもしれないと思った。

「……いけないな。土忍様には、〝忍は感情を殺すことが必要だが、お前のように人の感情を全く理解できないと言うのも問題だ〟とお叱りを受けていたのに……」

土忍は五忍の中で最も人格者だった。故に若い忍の教育係をすることが多かった。中でも時雨と話すことが多かった。優秀だが人の感情に疎い彼女を忍以前に人間として気にかけていたのだろう。時雨の感性が一般人に近くなっているのは彼の教育の影響もあるだろう。

「せんせい……」


「おい、時雨、時間だぞ」

時雨が揺り動かされて目を開けると、目の前に宗助の顔があった。どうやら考え事をしている内に眠ってしまったらしい。

「珍しいな。居眠りなんて。俺が言えた義理じゃねぇが……」

「ああ。昨日は一睡もしていなかったからかな。他人より先に寝ることはなかったのだが」

言われてみると、時雨が寝ていたのは宗助の後だった。この前は時雨よりも先に起きていたが、基本的に起きる時も時雨が先だった気がする。

「疲れてたんだろう。追い忍のことで気の休まる暇もなかっただろうからな」

「そうかもしれんな。だが主は何だか不思議だ。近くにいると落ち着く」

「そうか? そんなこと言われたのは初めてだぜ。まぁいいや、そろそろ時間だ。行こうか」


外を見ると、日が山に沈みかけており空は紫色になっていた。二人は幽鬼左近が現れるであろう山林を目指した。流石に幽鬼を恐れてか、夜が近づくと人気が無くなってきた。目的地に着くころには日は完全に沈み、人の気配が無くなっていた。

「まさに鬼が出そうな雰囲気だな……」

「出るのは幽鬼と呼ばれる侍だがな……」

一時間ほど待ったが、幽鬼が現れる気配はなかった。

「ハズレだったか?」

「いや、諦めるのはまだ早い。そこでモノは相談なんだが……」

「?」

宗助は思いついた奇策を時雨に耳打ちした。聞くなり、時雨は声をあげた。

「そ! そんなこと! いや、だが効果的か……」

時雨は恥ずかしがりながらも宗助の案に乗った。それが効果的だと思ったからだ。


 暗闇の中、白い着物を着た少女が舞をまっていた。これこそが宗助の奇策だった。情報では幽鬼は、人が一人でいる夜道に出没するらしい。なので町娘に扮装した時雨に釣られるのではないかと思ったのだ。

舞を舞う時雨は実に絵になっていた。とても幻想的な光景で宗助もその姿に見とれていた。すると、茂みから鬼が姿を現した。禍々しい刀を携え、般若の面を被ったその姿は、彼らが捜していた幽鬼そのものだった。長髪の黒髪も般若の面から黒い邪気が出ているようで不気味だった。

「来たか……! やはり人が少ない時に現れようだな……」

斬りかかってきた幽鬼の一撃を隠し持っていたクナイで受け止める時雨。初撃は見切ったが、クナイを押す刀の力が強すぎて捌くことしかできなかった。

「こいつ! ……用心しろ宗助! 奴は剣の腕だけではない! 腕力も相当ある! 加えてあの禍々しい邪気では自分の気の扱いも難しい!」

時雨が構えていたクナイがひび割れて砕けてしまう。幽鬼の一太刀を受けただけで時雨のクナイはダメージを相当受けたらしい。

「ヴウゥァァァアア!」

不気味な般若の面の男が雄叫びをあげながら刀を掲げる。距離が離れているので本来なら攻撃は当たらないが一流の武術家同士でその理屈は意味を成さない。宗助と時雨は後ろに飛んだ。


―次の瞬間

地面が割れていた。幽鬼の一太刀はある程度の距離なら敵を割断出来るらしい。流石に邪悪な気がこもった刀である。

 距離を取った時雨が印を結ぶ。

「火遁・火炎流!」

時雨が吐いた息が炎に代わり、幽鬼を襲う。幽鬼は炎の激流に向かい刀を構え、切り裂いた。すると炎は急に勢いを失いかき消されてしまった。

「火が消えた!? どういうことだ!?」

「やはり! こやつの持つ妖刀には気の流れを乱す作用があるようだ!」

「……そういえば忍術は気の塊だったな。妖刀の邪気にあてられたのか……」

幽鬼の持つ妖刀・才は〝気〟の流れを著しく乱す効果があるようだった。いかなる武術家と言えども〝気〟を封じられれば戦力は低下する。それどころか今まで当たり前の戦法として使っていた〝気〟を封じられて動揺する者もいるだろう。

「この幽鬼は元から〝忍術払い〟を心得ているようだが、妖刀・才は忍術の発動自体が困難にするようだ!」

 忍術払いは武の達人が心得ている忍者の術を捌く技の事だった。これを使えるものは忍殺しと言われる。

「俺も気を付けて動かないとな!」

 宗助が幽鬼の刀をかわしながら言った。

「おかしいとは思っていた! 中忍佐助が簡単にやられ過ぎていると……! 気を乱されて忍術を使えないなら惨敗しても仕方はない。忍者にとって気を封じられるのは手足を封じられるに等しいからな……」

「アァァァア!」

また刀を掲げる。先程の飛ぶ斬撃を繰り出そうとしているのだろう。宗助は先程とは違い一気に距離を詰めて幽鬼の刀を受け止める。

「危ない刀なら振らせなければ良いだけのこと……!」

「……」

幽鬼は自分の刀を受け止められても微動だにしない。ただ不気味な雰囲気を醸し出しているだけだった。

「すまんな。私は今回の戦いでは役に立てそうもない」

「いいさ。時雨には情報収集で活躍してもらった。元々決闘はサシでやるものだからな……。下がっていてくれ。俺がやる」

「気を付けろ。気を乱すと言う事は忍術だけでなく高等武術にも影響が出るはずだ。主も普段通りには戦えぬぞ」

「常に万全の状態で戦える事なんて稀だ。覚悟はしているさ」

宗助が背後にいる時雨に語る。目で合図をすると、時雨は近くの木に掛けのぼっていった。幽鬼と宗助は組みあったままだったが、幽鬼が先にその豪力で宗助を弾き飛ばした。

「強いな」

「うむ。妖刀・才によって与えられた剣才は伊達ではないな……」

「そうじゃねぇよ」

「?」

 時雨が首を傾げた。


ゆっくり会話している暇もなく、幽鬼との戦闘は続行される。幽鬼が宗助に向けて一気に刺突してくる。宗助は刀で裁くと、がら空きになった背後に向けて斬りつけた。

 そこで信じられない事が起こった。幽鬼があり得ない体裁きで宗助の刀を受け止めたのだ。時雨は気の上から二人の戦闘を見ていたので辛うじて見えたが、幽鬼は一瞬のうちに刀を左手に持ち替えて逆手に握った刀で宗助の剣撃を受け止め、その反動を利用して崩れかけた体制を立て直したのだった。

「おいおい……。今のは取ったと思ったんだが……」

「シュ~……」

そのまま、また剣撃を打ち合う。宗助は仇を討つために剣術を鍛え、藩一番の強さとなっていたが、幽鬼はそんな彼の動きについてきていた。

「宗助、気を乱されていながらあそこまで戦えるとは……。助太刀出来る暇はないな。……それにしても先程のあの動きはなんだったのだ……?」

「キンッ! キキキンッ!」と何度も刃を交える二人だったが、互いに掠り傷一つ付いてはいなかった。

「ふぅ~、結構修業したんだがな……。強いな、左近」

「さ……こ……ん?」

宗助の呼びかけに初めて反応を見せる幽鬼。かつての自分の名を呼ばれて過去の記憶を思い出したのだろうか。

「コヤツ! 殺人衝動によって人格を喰われていると思っておったが、まだ左近としての人格が残っておるのか」

「そのようだぜ。おい! 左近! 俺は今川宗助! お前の刀を奪いに来た! 奪われたくないのなら全力で抵抗してみせろ!」

「ガァァァ!」

宗助の挑発に反応したのか、幽鬼となった左近が刀を構えて突っ込んできた。刀を振りまわし、眼前の敵を切り刻もうとしているようだ。

 宗助はその太刀筋を見切り、受け止めた。宗助は僅か数センチに迫った般若の面に語りかける。

「どうした左近! 俺が刀を奪ってやると言ってから急に太刀筋が雑になったぞ。動揺しているのか? そんなに刀を奪われたくないのか!」

左近はあえて交えていた刀の力を弱めて後ろに引いた。今まで全力で打ち合っていたので宗助の刀がそのまま左近の胸元に向かうが、左近は身を屈めてそのまま宗助の懐に飛び込んだ。そのまま妖刀を横に薙ごうとする。

「いかん! 刀を引いたのは宗助の懐に飛び込むためだったか!」

焦った宗助は懐に飛び込んだ左近を遠ざけるため膝で思いっきり蹴飛ばした。腰をかがめて宗助の懐に入り込む体勢だったので般若の面に宗助の足の皿がめり込み、左近は蹴り飛ばされた。


「はぁはぁはぁ……。なんて奴だ! 一秒でも油断できねぇ」

蹴りが一秒でも遅ければ宗助の胴体は真っ二つになっていただろう。流石に冷や汗を流す宗助。尋常ではない動きに得体のしれない恐怖を感じる。

 その時、木の上から二人の戦闘を見ていた時雨が宗助に向かって叫んだ。

「見えたぞ! 奴の強さの正体!」

「何!?」

時雨が今までの戦闘を観察して何かに気付いたようだ。流石に忍だけあって敵の能力の分析も早いようだった。

「奴は刀の邪気で敵の気を乱す。だが、それは奴の強さの一片にすぎない。あの刀は邪気を所有者の周りに纏わせて、無理やり戦闘力を底上げしているのだ。だから所持者は剣才を手にし、不可思議な動きもできる。奴はまさしく刀に操られた状態だ」

「なるほどな……。つまり、刀から遠ざければいいんだな」

「もしくは、持久戦に持ち込むのだ。思い出しことがある。妖刀・才の持ち主の多くは、疲労の蓄積で死んでいる。筋肉が断裂したり、骨が折れたりしてな。刀が所持者に無理な動きをさせているから当然そうなる」

「合点がいった。だが簡単に言ってくれる。奴を持久戦で封じ込めることはできん。その前にこっちが息切れする」

時雨は敵の疲労を誘えばいいと言ったが、実質的にそれは不可能だった。幽鬼左近はとてつもない実力者だ。打ち合うだけで体力が削られていく。おまけに刀の邪気で気を乱されている。そんな剣士を相手に体力勝負を持ち込めば、こちらが敗北する可能性が高い。故に必然的に取れる戦法は一つ。左近から妖刀・才を奪う事である。


 幽鬼・左近はゆっくりと立ち上がった。その般若の面に罅が入っている。罅は大きく面に浸透し、粉砕した。

「ようやく面を拝めたな、左近! 面で隠すにはもったいない良い顔じゃねぇか」

左近は、般若の面とはまったく異なる整った顔立ちの男だった。長髪の精悍な顔は、剣士と言うよりは学問を治めていそうであった。

宗助は刀を構える。体力勝負は分が悪い。左近の体力がつきても、妖刀が無理やり左近の体を動かすからだ。宗助は一瞬で左近の刀を奪う事を考えていた。左近は虚ろな目で宗助を捉えている。彼もまた次の攻撃の一手を考えているようだ。両者はしばらく硬直した。


「両者の実力は伯仲している。どちらが先に動くか……!」

先に動いたのは宗助だった。左近の元まで距離を詰める。だが彼はおかしな動きをした。あろうことか自分の刀を捨てたのだ。空高く宙を舞う宗助の愛刀。左近も空虚な瞳でその刀を見た。

 時雨はすぐに宗助の意図に気付いた。

「そうか! 囮か!」

最大の武器である刀を捨てるのは一見すると自殺行為だが、相手は何かあるのではないかと捨てた武器の方を注視する。相手の太刀筋を見極める剣士ともなればその度合いは一層強い。捨てた武器を一瞥する僅かな隙をついて徒手空拳による攻撃を行おうというのだ。

 しかし、左近の懐に入り込もうとした宗助に妖刀が真上から振り下ろされた。当然だった。敵は左近ではなく、彼の体を操っている妖刀だ。左近の注意を引いた所で妖刀・才は彼の意思に関係なく攻撃できるのだ。

「宗助!」

時雨は宗助の首が堕ちている事を覚悟した。しかし、現実は違った。左近の刀を宗助が白刃取りしていたからだ。

宗助は徒手空拳を仕掛けた訳ではなく、初めから無防備になった自分に攻撃してくる妖刀の刃を受け止めるつもりだったのだ。

「せいっ!」

宗助は刀の柄の部分を膝で蹴り上げて、左近の手から妖刀を離させた。そのままクルリと受け止めていた刃を回して妖刀・才を奪った。

「我流・簒奪剣」

「よし! 上手いぞ! 宗助!」

 しかし、宗助の手に持たれた妖刀が強烈な邪気を放った。その邪気は宗助の体を包もうとする。

「なんだ!? この刀は!?」

「いかん! 宗助! 手放せ!」

時雨が妖刀の刃に向かってクナイを投げる。妖刀はクナイが当たった衝撃でクルクルと回りながら宗助の後ろの地面に刺さった。

「なんて邪気だ!」

宗助は妖刀を手にしていた時酩酊にも似た感覚に襲われて、意識を失いそうになった。なるほど、妖刀を手にした者が正気を失うというのは本当のようだ。

 妖刀を失ったことで左近の体に纏っていた邪気が消えていた。眼は未だに虚ろなままであったが……。

「左近、俺の声が聞こえるか?」

呼びかけてみると、左近は口を開いた。

「……俺の刀はどこだ……? 才はどこに……?」

彼が述べた言葉は刀を渇望するものだった。その時、宗助の後ろの地面に刺さっていた妖刀が「カタカタカタ」と不気味に揺れ出した。

「戻ってこい! 妖刀・才!」

左近が叫ぶと、地面に刺さっていた妖刀が彼の元に向かって飛んできた。左近はすぐに妖刀を掴むと、宗助に刃を向けた。

「誰にも渡さぬぅ! 俺の刀ぁ!」

「宗助! 既に奴と妖刀は深く結びついている。どうすることもできんぞ!」

宗助は天空から還ってきた愛刀を掴み、左近と相対しながら言った。

「いや、こいつは先程と違って会話が出来てる。今までの戦いで妖刀の邪気が消耗したのか、一度手から離れたからなのかはわからないが……」

宗助の言うとおり、左近の人格が先程までより色濃く出ていた。

「左近、お前は強い。だが妖刀に頼った強さは真の強さではないぞ」

「……黙れ! 才に恵まれた人間に、俺の気持ちが分かるか!」

先程までのおぼろけな意思表示ではなく、怒りに満ちた左近の意思表示だった。両者の刀は火花を散らして何度も交差する。

「分かるさ」

「戯言を! 妖刀で力を得た、この俺と討ち合えるだけで! 才能に恵まれた者に決まっている!」

「左近……」

「恵まれた血筋、恵まれた家柄、恵まれた体格……。どんなに努力しても! 始まりに差があるだけ、その差は埋められない!」

「いや、そんなことはないさ。確かに始まりは平等じゃない。だが差は埋められる。俺だって初めは最弱だった。だが強くなった。普通の努力が実らないなら努力する方向は変えればいいんだ」

宗助は真直ぐに左近を見つめた。

その目は剣士の最下層を、才能に恵まれなかった立場を知っている目だった。その眼差しから左近は宗助の境遇を察し、一度刀を引いた。


「……俺は親父から受け継いだ剣術、鬼角一砕流を鍛え続けた。そしてこの妖刀・才を手にし、ようやく今の頂に立った。だがお前はそんな俺と互角に打ち合っている。お前は、どうやって強くなった?」

左近にとってそれは単純な疑問だった。

左近は他の藩士に剣道の試合で負け続けた。努力し、何人かは倒すことが出来たが、自分を見下してきた藩最強の男には勝てなかった。だから武者修行の旅に出た。旅の剣客、忍の者、多くの武芸家達と戦い、何度か敗北し、その度に研算を重ね、鬼角一砕流を自分に合うように改造し、強くなった。最後には妖刀・才の持ち主を倒し、自らがその所有者となった。この刀を手にしてから意識が飛ぶことが多かったが、それでも負けた記憶はなかった。

「お前は、父君の剣術を受け継ぎ強くなったのか。立派なもんだ。俺は逆だ」

「……逆だと?」

「俺は一族に伝わる剣術流派を捨てた。だって一度も勝てねぇんだもん。それから、文献を読み漁って、時には実戦で戦って、自分に合う剣術を編み出したんだ。俺の剣術は全て我流だ」

「何? なぜそこまで努力できる? 自分で編み出す技が実践で通用するかも分からないのに!」

「俺には目的がある。一族の仇を討つという目的がな。そのために俺は流派も、固定観念も全て捨てた。そして今ここに立ってる」

左宗助の話を聞いて近も時雨も驚きを隠せなかった。今まで優れた剣術を扱うと思っていたが、それは彼が努力によって作りあげたものだったというのだ。

「どんな猛者でも師から強さを受け継いでいる。手本となる〝形〟がある。それを主は一人で作り上げたというのか!?」

時雨には理解できなかった。時雨はあらゆる技術を師からモノにしてきたが、それは師と言う存在がいたからだ。神童と言っても無から有を成してはいなかった。

「……大した奴だ。もはやお前を才能に恵まれただけのボンクラとは言うまい」

「お前も大した奴だぜ」

「?」

「気付いてないのか。俺は何度も言っているぜ? お前は強いってな。妖刀に頼らなくても、お前には確かな実力がある」

「……俺のどこが強いというのだ?」

「お前はあれだけ体を酷使する技を使っていながら、筋肉断裂や骨折はしていない。それだけ体を作っていたってことだ」

確かに歴代の妖刀の持ち主は皆体を酷使し、ボロボロになって死んでいるものが多かった。左近は妖刀の持ち主になってから、しばらく時間が経つが、そのような症状はなかった。宗助の指摘はまだ続く。

「それに、お前の剣術も大したものだ。俺も自分に合った強さを見つけるために、剣術の文献は読み漁ったからな。お前の剣術も知っている。『鬼角一砕流』。突きによる刺突を極意とした剣術流派。斬撃技も多用するが、全ては突きによる必殺につなげるための布石だと……」

「……よく学んだな。その通り。我が鬼角一砕流はその名の通り、鬼の角のように一突きで全てを砕く剣術で俺の先祖が開祖だ。だがそれでどうして俺の評価につながる?」

「その剣術は会得するのが難しい。一般人に教えてもただの突きしかできないだろう。お前はその剣術をモノにしている。しかも自分に合うように研究したんだろう? 妖刀で自我を押さえられて幽鬼となっていた時も、お前が使う剣術に鬼角一砕流の片鱗を見た。見事な剣術だ」

「……」

「お前に足りないのは剣の強さじゃない。心の強さだ」

「心の強さ……?」

「お前は自分の剣を信じていなかった。だから妖刀に魅了された。刀の強さに頼った。お前に足りないのは自分の強さを信じる力、即ち自信だよ!」

左近は自分の心の内を明らかにされた気がした。彼自身も気付いていなかった、自分に足りなかったモノを声に出して指摘されてようやく気がついた。

「俺に……それだけの力があるのか……?」

「ああ。お前は今も刀の邪気を押さえている。それ自体が凄いことさ……。それこそがお前本来の力。俺は妖刀の所持者幽鬼としてではなく、剣士左近と戦いたい」

宗助は左近の実力を認め、左近もまた宗助の実力とその境遇に感心した。二人の間に風が吹く。それはちょうど彼らの頭を冷やすには最適の冷風だった。

「剣士としてお前に礼を言わせてもらおう。お前、名を何という?」

「俺は剣士・今川宗助だ」

「鬼角一砕流免許皆伝、六角左近だ」

互いに名乗り上げが終わると、改めて刀を構えた。剣士としての全力を注ぐ。

「行くぞ! 宗助!」

「来い! 左近!」

左近は突きの構えで剣を宗助に向けた。後の時代平突きとも呼ばれる突き技を繰り出す前の構え方だ。少し違うのは刀を縦に構えるのではなく横に寝かして構えていた。

(鬼角一砕流は突きを極意とした流派だ。間違い無く突き技で来る……)

左近は一歩踏み出すと瞬時に加速した。一瞬の突進。一瞬の突き技。確実に心臓を狙った一突きだった。

「鬼角一砕流・鬼気一閃」

並の剣客なら心臓を確実に貫かれて絶命していただろう。しかし、宗助は相手の一挙所一投足を見て何とか交わした。

「見事だ。これをかわした奴はそういない」

「よく言う。完全に避けたつもりだったが、避け切れてねぇよ……」

宗助の横腹が斬られていた。左近の技がかすったのだろう。普通に切られた刀傷ではなく、断面がえぐれている。今度は宗助が技を発する。

「我流・偽刀連閃」

宗助の一太刀が左近を襲う。左近がその一撃を見切って妖刀・才で受け止めた。

(これは! 一撃目が鞘!?)

サシュッと肉を切り裂く音が聞こえた。左近は胸を薄く切り裂かれていた。先程宗助が鞘による一撃を叩きこみ、空いた片手で真剣による一撃を加えたのだ。今まで一刀流だと認識していた相手は油断して二撃目に切られてしまう。そう言う技だった。

「なるほど。大振りに刀を構えて後ろ手で鞘を抜き、鞘による一撃を囮にし相手に受け止めさせ、隠していた真剣で斬りこむとは……驚かされる」

「こっちの科白だぜ。お前、俺の剣撃が入る前に後ろに飛んで斬撃の威力を弱めただろう?俺の攻撃が分かってなきゃできない行動だぜ?」

宗助の指摘通り左近は斬られる前に後ろに飛んで衝撃を殺していた。でなければ、彼の胸はもっと深く切り裂かれていただろう。それで勝負がついていたかもしれない。

「あんたのおかげだ、宗助。さっきの技、偽刀連閃と言ったからな。一撃目が偽物の攻撃だったから次に本物の攻撃が来ると察することが出来た」

「たわけ! 敵に読まれる技名を付けるか! 百歩譲って名を付けても、技名を叫ぶな!」

左近の推理を聞いた時雨が、木の上から時雨が宗助に叱咤する。

「仕方ねぇじゃん。その方が格好良いんだから……」

「主と言う奴は……」

時雨は頭を抱えた。


「さぁ仕切り直しと行こうじゃないか」

「ああ。行くぞ!」

またしても左近が先制を仕掛けてくる。しかし、今度は突き技ではなく、斬撃だった。

(速い。だが避けられない速度ではない。紙一重で避けて奴の首を狙う)

宗助は左近の斬撃を紙一重でかわす。そのまま反撃に出ようかと思った時、左近の刀の斬撃に隠れて死角からリーチの長いもう一つの刃が現れた。その刃は宗助の脇腹を切り裂く。

「ぐっ!」

一瞬何が起こったかわからず、後ろに飛ぶ宗助。距離を取って改めて冷静に考え直す。

(さっき、妖刀の攻撃の後ろからもう一つの長い刃が遅れて現れた。紙一重でかわしたのが仇となったか……。あれは……そうか!)

宗助は左近の持つ妖刀から溢れ出る邪悪な気を見て何かに感づいたらしい。

「そうか! あの刃は気か! 気の塊が刃に変化し、妖刀の一閃の影に隠れて俺を攻撃した」

「よく見てるな。ちなみにこの技は鬼角一砕流・鬼爪天刈という。つまり俺本来の技さ。紙一重で避けて反撃しようとするとニ刃目に斬られる」

宗助は斬られた脇腹辺りを押さえながら立つ。その指の間から血が滴り落ちる。先程横腹を斬られたので宗助の方がダメージを負っていた。

「参ったね。どうも……」

 宗助は尚も左近と斬り結ぶ。最初の頃は見切れていた攻撃も、段々と捌ききれなくなっていた。着物の切傷が増えていく。

「妙だな。刃渡りが変わっている?」

 妖刀の邪気だけではない。左近自身の〝気〟を刀に纏わせて、刃渡りを自在に調節してくる。剣豪の中でも彼は別格の強さだった。


親善試合ならここで終了だが、実戦の決闘ではそうはいかない。宗助は止血法と呼ばれる気による止血で応急処置をする。対して左近は中段の構えを取った。これは攻撃にも防御にも入れる基本的な構え方である。彼の醸し出す気配が変わった。

「宗助、お前は俺の妖刀に互角に打ち合った。そして鬼角一砕流の大技をくらって尚、倒れない。そんなお前に敬意を表し、奥義で終わらせてやろう」

「そいつは光栄だね……」

宗助は力なく笑った。

(左近は正眼の構えを取っている。どの剣術流派の中でも存在する基本的な構え方だが、ここからどんな奥義を繰り出すのか……)

正眼の構えとは両手で剣を持ち、相手の眼の位置に向けて構えるものだった。宗助も土の構えを取る。これは攻撃に向かないが防御の構えである。左近の奥義に対応しようとしたのだ。

「奥義・覇鬼三角!」

左近は鬼気一閃の時と同じ様な目にも止まらぬ速さで宗助に突進する。相対していた宗助は文字通り鬼と相対しているようなプレッシャーを感じた。

そのまま宗助の脳天に素早い一撃が放たれる。

「速い!」

それは先程の鬼爪天刈よりも何倍も速い一撃だった。避けることはできない。そう考えた宗助は愛刀を上に薙ぎ、脳天を狙った剣先を弾いた。防御の構えを取っていたことが幸いした。

ところが――。

「ぐはっ!」

宗助の体を後方にはじけ飛んだ。双方の肩口から血が流れている。地面に落下すると、激痛に悶えた。

「なんだ!? 上からも一撃しか見えなかったぞ!? いつ攻撃された!?」

時雨は動揺した。確かに宗助の脳天を狙った攻撃は見えたが、他に攻撃は見えなかった。それなのに宗助の両肩は何かに貫かれたようになっている。

「奥義だけあって大した技だ。目にもとまらぬ速さで初撃を叩きこみ、刃に纏った気を二つに分身させ同時に二撃を左右に打つ。全てをかわすことは不可能、恐ろしい技だ」

腕の立つ剣士でも初撃を捌くのは難しいだろう。例え捌けても、気の刃の二撃をかわすことはできない。

「流石だな。一度くらっただけで、初見の奥義を看破するとは。だがこの覇鬼三角は開祖が開発した技だ。俺は修業し、妖刀・才を手に入れ、次の段階へ進んだ。次は俺の開発した奥義を見せてやろう」

左近は鬼気一閃を放った時と同じ構えを取る。

「あやつ、まだ大技を持っているのか!?まずいぞ……今の技ですら満身創痍だというのに、宗助に受け切れる訳はない!」

時雨が上空から加勢をしようとした時、宗助が手で制した。

「時雨、最後まで見ていてくれ。俺がやる……」

ヨロヨロと宗助が左近に向き直る。左近は僅かに剣を引くと、一気に加速した。

「鬼角一砕流、新奥義・百鬼幻角!」

迫る左近の刃は無数の鬼が迫ってくるかのような錯覚に陥るほどの圧倒的なプレッシャーを放っていた。覇鬼三角は巨大な鬼が迫ってくるような気配を感じたが、百鬼幻角は鬼の大軍と向き合っているようだった。それは無数の刃の壁だった。覇鬼三角の手数を増やしたような技だった。

 左近の刃は物体を貫き、蜂の巣にした。

「これは……! 着物!?」

左近が貫いたのは宗助が羽織っていた上着だった。

―瞬間、左近は背中に痛みを感じた。背中からドピャッと流血する。左近はその場にうつ伏せになって倒れた。

「ギリギリだったな……」

宗助は片膝をつき、剣を地面に突き立ててどうにか倒れなかった。宗助の傷口から血が溢れだした。


「なんと……」

時雨は上空から二人の決闘を見ていた。左近の奥義が決まるかどうかという瀬戸際、宗助は素早く上空に飛んだ。宗助がいた場所に残されたのは宗助の残像と破れて宗助から離れた上着だった。

 宗助はそのまま体を捻って回転させ、全身を使った遠心力で左近の背中に斬りこんだのだ。傍から見れば勝敗は引き分けに近かった。

 時雨が木から地上に降りて宗助の止血を行う。時雨は忍術と簡単な医療術で彼の傷を塞いだ。

「ハハハハハ!」

いつの間にか仰向けになっていた左近が大きく笑った。宗助は時雨に支えられながら彼の元まで歩いた。

「完敗だよ、宗助。見事だった。俺の奥義をよくぞ看破した」

「馬鹿野郎。どこが完敗だ。実質的に引き分けじゃねぇか……」

「いや、俺の負けさ。俺は妖刀に頼っていた。対してお前は己が実力で戦った。無名の刀と自分の腕で戦った。俺はお前に剣士として、漢として負けた……」

「左近……」

左近は自分の負けを認め、刀を差し出した。

「戦利品だ。持っていけ」

「いいのかい?」

「ああ。俺はこいつに頼り過ぎていた。そして自分の実力を疑い過ぎていた。俺は自分の体を、人生を、妖刀に差し出し、現実から逃げていただけだった……」

左近は妖刀を手放し、もう一度自分と向き合う事を選択した。宗助は左近から妖刀・才を受け取った。邪気に溢れた刀なので、時雨が陰陽術の封印術をその鞘に施し、丁重に刀名の邪気を封じた。

こうして宗助は念願の天下七刀が一振り〝妖刀・才〟を手に入れたのだった。


 その後、宗助達は一度宿に戻った。左近と宗助の応急処置を行わなければならなかったからだ。先程まで殺し合った二人なのに、どこか馬が合うのか宗助と左近は直ぐに打ち解けてしまった。三人で武者修行の思い出を語り合い、盃を飲み交わした。

「あまり騒ぐと傷に響くぞ」

と忠告する時雨だったが、二人は朝まで飲み明かすこともあった。


一週間と数日後、ある程度動けるようになったので、三人はそれぞれ旅路に戻ることになった。

「じゃあ左近、俺達はこのまま北に向かうが、お前はどうする?」

「俺は故郷に戻る。道中武者修行をしながらな。だからこのまま南に下ることになる」

左近は笑顔で答えた。

「そうか……俺達は蝦夷へ向かうから、ここで別れだな」

「達者でな……」

「ああ。ありがとう。俺はもう一度自分の強さを見つめ直す。そして藩一番の剣士になって、いつか宗助と再戦しようと思う」

「その時は相手になるぜ」

二人は互いの手をパンと叩いて別れた。

 幽鬼と呼ばれた剣士はただ自分に自信がなく、妖刀に魅了されただけだった。彼が自分に自信を持った時、新の実力が発揮されるだろう。そして、宗助も此度の決闘で手に入れたのは、妖刀だけではなかった。確かな実戦経験、そして友情。それは彼の人生の財産となるだろう。

 宗助達の旅は続く。追手の忍はまた現れるのか、次なる剣客は誰なのか、時雨と宗助の関係はどうなっていくのか、神のみぞ知る。


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