魔王が勇者との決戦で魔法陣を使用したらサラリーマンが出てきた
「ほう………勇者よ。とうとうこの地まで来たか」
「お前は………魔王だな!
お前を倒して、俺達は元の世界に帰るんだ!」
方や魔界を統べし生物の頂点に位置する魔王――
方や異界より召喚されし神よりの使者である勇者達――
双方が交わる時、それ即ち最終決戦の時であった。
「キサマ等のような雑魚が、この地にやってくるとはな………我を倒そう等とは100万年早いわ!」
そう言い放ちながら、魔王は呪文を唱える。
魔王から膨大な魔力が放たれ、その力の奔流が牙を向き勇者を吹き飛ばした。
「我が出るまでもない。出でよ!我が最強の下僕よ!」
「っく!何をする気だ!」
魔力の奔流に吹き飛ばされた勇者は立ち上がるも、魔王の呪文を阻止することは叶わなかった。
禍々しい魔力が場を支配し、辺りは光の奔流に飲まれた。やがて光が魔法陣を形成し、爆音を轟かせながら“ナニカ”が現れた。その何かは人型であった。
ウエストを若干絞り込んだハッキングシルエットに胸元のきれいなイングリッシュドレープ。肩幅は小さくタイトめにカチッと仕上がったパッドが入ってる。靴はセミスクエアトゥ、レザーソール仕様の定番中の定番の紳士靴。俗にいうブリティッシュスタイルのスーツを着こなしたその姿は、どこからどう見てもサラリーマンにしか見えなかった。
「ま、魔王が………」
「サラリーマンを召喚した………」
どこから突っ込んでいいのか分からない勇者一行。魔王も何が起こったのか分からないのか動きを止めている。そんな様子など知ったことではないというように、目の前のサラリーマンは魔王に向かって一礼した。
「本日は“プロジェクト・エンタープライズ”の召喚サービスをご利用頂き、誠にありがとうございます。私はプロジェクト・エンタープライズ異世界支店 営業2課 一条 葵と申します」
そう言いつつ懐から名刺掴み、魔王に差し出した。
魔王は、訳もわからず差し出された名刺を掴む。
「お客様は前回、当社の召喚サービスにおいて“爆炎の魔将軍”をご召喚頂きました。その時、大量の魔力取引をさせて頂きましたので、当社のゴールド会員のご案内にやって参りました」
更に一条と名乗るサラリーマンらしき人物は、アタッシュケースから様々な書類を出す。
「会員になりますと“貯めて嬉しい、使ってハッピー”な当社のポイントカードが発行され、ゴールド会員になりますと、いつでも加算ポイントが3倍と大変お得になります。更に1ポイント1MPとして使用出来るので、1万ポイント貯めればMP1万分の魔力と交換出来ますので是非、ご利用下さい。他にもゴールド会員の特典と致しましては、召喚時に5%の魔力割引をさせて頂いております。こちらの割引率は外商様と同じ割引率で設定させて頂いておりますので、こちらの特典も大変お得となっております。更に更に、こちらもご覧下さい」
まだまだ止まらないサラリーマンは次の資料を魔王に見せる。
「貯めていただいたポイントに応じて魔力と交換も出来ますが、こちらに記載されている品物にも交換することが出来ます。そちらの目玉は何と言ってもこの“惑星破壊ボタン”ですね。ポイントは5000億ポイントと、国家予算クラスのポイントが必要となりますが、このボタンを押して頂くだけで我が社の総力を集結して作り上げた決戦兵器”終末の光”にてレーザー照射を行い、星を粉微塵に破壊するという特典でございます。あ、ちなみに威力は国一つ消失させる程度まで抑えることも可能なので、局地的な使い方も出来ますよ」
「なんて物を勧めるんだ!」
勇者サイドからクレームが入るが、なおもサラリーマンは止まらない。
「まだまだ行きますよ!
お客様がゴールド会員となられました暁には、当社で使えるクーポン5000MP分を毎月プレゼント致します。ただし!こちらのゴールド会員は1年更新となりますので、1年間で1000万MPを使用されない場合はシルバー会員やブロンズ会員に降格することになりますのでお気をつけ下さい。駆け足ではありますが、何かご質問はございますか?」
再び一例するサラリーマン。
ようやく硬直が解けた魔王は開口一番こういった。
「訳の分からぬことをホザくではない!なぜ我の召喚に彼の魔将軍は応えぬのだ!
やはりキサマが何かしたのであろう!我を騙ろうとは笑止千万である!去ね!下郎が!」
「あ、危ない!」
勇者一行が叫ぶも、魔王の至近距離に居るサラリーマンまで助けは届かない。魔王の拳がサラリーマンを襲い、泡や万事休すかと思われたその時、驚くべき光景が姿を現した。
それは魔王の拳を受け止めるサラリーマンの姿だった。
「………あのー、お客様?
何か私至らぬ点がございましたでしょうか?」
ニヘラと笑いながら魔王の拳をそっといなす。
魔王は驚愕の表情を浮かべながら距離をとった。
「ぬう、小癪な!キサマ、やはり我を騙るつもりであったな!」
「とんでもございません!先ほど申しました私の説明に嘘偽りなどございません!お客様は上得意様であらせられますので、信用を失う行為だけは一営業マンとして避けさせて頂いております」
「ホザくな下郎が!“ぽいんと”だの“ごーるどかいいん”だの先ほどから訳の分からぬ事をホザくでないわ!それは呪術か何かで我を害そうとしているのだろう?キサマのような下等生物の考えなどお見通しである!」
そう言って今度は100を越える火の玉を作り出し、サラリーマンに向かって射出する。
その光景を見ながらサラリーマンはぽつりと呟いた。
「あちゃー………こいつは失敗したなぁ。異世界だ急に馴染みのないポイントだの何だのと言っても通用しないよな………いきなりこんな話して分からせようとするなんて、90歳のおじいちゃんにマイナンバー制度を詳しく説明して全て理解して貰うくらいインポッシブルな難易度だったかもしれない。反省反省っと」
ブツブツと戯れ言を吐きながら全ての火の玉を無造作に手で払って打ち消した。その光景を見た魔王は青筋を立てながら再び殴りかかってきた。
「我を本気で怒らせたようだな!我の真骨頂は拳である!
我の本気を見よ!ホォォォォウアタタタタタタタタタタタァァァ!」
目で負えない位の ラッシュを繰り出す魔王。風圧で大地が抉れるほどの苛烈な攻撃であったが――
「ラッシュ比べですか………実は私、 営業は得意なんですよね」
言うや否や、魔王と互角のスピードで拳撃を繰り出すサラリーマン。
「アタタタタタタタタタタタァー!!」
「オラオラオラオラオラオラァー!!」
「…………………………………………」
上から魔王、サラリーマン、勇者一行である。勇者一行に至っては目の前で繰り広げられている光景に言葉も出ないらしい。そうこうしている内に、サラリーマンが押し始め、魔王は防戦一方になる。そこからは展開が早く、捌ききれなかった一撃を喰らい体勢を崩した魔王に向かって百裂ではきかないほどの乱打を繰り出し魔王を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた魔王は地面にクレーターを作りながらめり込み、暫くピクピクと蠢いた後、光の粒子となって消えてしまった。
後に残されたのはサラリーマンと勇者一行のみである。
「…………………」
驚愕で言葉が出てこない勇者一行。目の前のサラリーマンは一体何なのだろうかという疑問が頭の中を駆け巡るが、もちろん答えなんて出やしない。
「あちゃー………契約失敗しちまった。これじゃ今月のトップセールスは 同僚の鈴木に決まりだなぁ。はぁ~、大口のお客様って聞いてたし、これはチャンスだと思ったんだけどなぁ」
どんよりとした空気を辺りに撒き散らしながら体育座りをするサラリーマン。
目の前で行われている光景に付いていけない勇者一行であったが、とりあえずサラリーマンを慰めることにしたらしい。
「あの~………事情はよく分かりませんが、元気出して下さい」
「そうですよ。生きていれば必ずいい事ありますから」
勇者一行は、よもや異世界にまで来てサラリーマンを慰めるハメになるとは思いもよらなかっただろう。若干顔が引きつっていたのがソレを物語っていた。
「あぁ、ごめんよ。君達。そうだよな、きっといい事あるよな!うん!」
そう言ってすぐに復活したサラリーマン。復活したついでに何か思い出したのか、勇者一行を見ながらサラリーマンはこう言った。
「そういえば、君達、異世界から召喚された勇者ってヤツだよね。もし差し支えなければ、これから元の世界に帰るんだけど一緒に来るかい?」
「ええぇぇぇぇぇぇ!!」
勇者一行は最早展開に付いていけないようだ。さっきから驚いてばかりいる。
「んん?あ、ごめんね。嫌なら良いんだ、嫌なら。この世界が気に入ってる可能性もあるものね。ごめんよ、気にしないでね。それじゃ私、これから会社に帰らなくちゃいけないから、これで――」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!僕達、無理やり連れて来られて、魔王を倒せないと元の世界に返さないって脅されたんです!こんな大嫌いな世界よりも元の世界に帰りたいです!」
今まさに帰ろうとしていたサラリーマンの足に縋り付く勇者一行。威厳もヘッタクレもない必死な姿であったが、とりあえず事情を察したサラリーマンは一言、一緒に帰ろうと呟くと魔法陣を起動させ地球に帰還した。
その後、勇者一行が魔王を倒すために持っていた魔石が相当の魔力を秘めており、それを地球に帰還させたお礼として譲り受けた一条サラリーマンが今月の営業セールスのトップに立っちゃったり何かしたり、勇者を召喚した国がその後、謎の光を浴びて消滅したりしたのだがそれはまた別のお話である。
プロジェクト・エンタープライズ………一体どういう会社なんだろうね?w