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第六話 セシリアとクレハの ひ・み・つ

 セシリア・ロートライトは固まっていた。

 表情に出さず、所作にも出さずに混乱していた。

 

 王都近くの森に謎の光について調べに行き、不思議な格好をした青年を見つけた時ですら慌てる事はなかった。

 紅竜姫がその青年を突然掴んだ時も、声を上げたがさほど取り乱す事はなかった。

 紅竜姫が青年を『婿殿』と呼んだ時も、衝撃を受ける事はなかった。

 青年が異世界から来たと知った時、唖然としたがすぐに気持ちを切り替えた。

 紅竜姫に同行を打診なく決められた時は流石に驚いたが、紅竜姫の言う事なので仕方がないと思い、声をあげる事もなかったというのに。


「きゃああああああああああああ!」


 しかし流石に今回は慌て、取り乱し、衝撃を受け、気持ちを切り替える事も出来ずに大声を上げてしまったのだった。


 ◇◇◇


 窓から見える景色は橙色を帯び始めていた。

 自室で思慮に(ふけ)るセシリアの横顔は、夕日を帯びてなお輝き、(うれ)いを帯びた表情は不思議な色気を醸し出している。

クレハから旅の同行を半ば強引に決定されたセシリアだったが、決まった事は仕方がないと、気持ちを切り替え旅の準備を始める事にした。 


──王の許可は頂いていませんが、多分大丈夫ですよね?


 クレハに対して首を縦にしか振らない王について、セシリアはそう判断する。

 自分一人がクレハの旅に同行する事くらい、王が拒否するはずがないのは確信していた。

 むしろそのまま、クレハに仕えるよう言い渡される可能性の方が高いと思っている。

 王国騎士であるセシリアが、国とは関係ない事柄で国を離れるのだ、除隊という扱いも予想出来る範疇だった。

 しかし十年近く所属した騎士団を抜けるという事に、言い知れぬ寂しさを覚えているのも本心である。

 友人と呼べる同僚や、姉と慕う人もいるので寂しさは更に募る。

 

 それでも……セシリアは、クレハに多大な恩があった。

 今のセシリアがあるのは全部クレハのお陰と言って過言ではなく、恩を返すためであれば全てを捨てる覚悟をとうの昔に決めていたのだった。


──家の返却手続きと家具の処分、それに荷造りをしないとけませんが……結構大変そうです。ポニーナに任せておけば大丈夫でしょうか……。


 優秀なメイドを思い浮かべ、彼女を呼ぼうと思ったその時、部屋の扉が慎ましやかに鳴った。


「どうぞ」


 予知したかのようなタイミングで扉をノックした人物に対し、セシリアは自然と頬がゆるむ。

 扉から静かに入って来たのは、白のエプロンドレスに身を包んだメイドのポニーナだった。


「失礼致します。必要になると思われる書類と、家具のリスト、旅にお持ちになる物を聞きに参りました」

「相変わらず仕事が早いですね。早過ぎるくらい」


 少し呆れながら、ポニーナから受け取ったのは二枚の紙、一枚は家の返却手続き書類、もう一枚はこの家にある全家具のリストだった。


──いつの間に家具のリストなんて……。


 手際の良さに舌を巻きながら、口頭で旅に持って行く物を伝える。ポニーナは素早く手元の紙にそれを記入していく。

 そしてセシリアにとって一番重要な【ある物】を伝えたところ、ポニーナのペンを走らせる音がピタリと止まった。

 手元の紙をセシリアに向け、ポニーナはペンで【ある物】の名が書かれた部分を指し示す。


「こちらは全部持って行かれるという事で宜しいですか?」


 セシリアが伝えた物の内、一つにだけ確認の問いが飛んできた。


「ええ、全部持って行く事にしました」

「それですとマジックバッグに収納する事になります。セシリア様の魔力が三割を切ると、マジックバッグへの魔力供給が自動的に停止し、中身が外に投げ出されますのでご注意下さい。当家にあるマジックバッグは古い型ですので、魔石電池が使用可能な新型の購入をお勧め致しますが」


 マジックバッグとは魔道具の一種で、外見は大き目のショルダーバッグである。

 設定されている一時間事の消費魔力によって、収納容量が変わってくるタイプだ。

 セシリアが所持しているマジックバッグは旧式で、容量は見た目の三倍程度であり契約者から自動的に魔力を補充するタイプである。

 新型は容量五倍、契約者から魔力を補充するか魔石電池で補填するか選べるタイプになっている。

 魔石電池とは魔物から取れる魔石を加工し、様々な魔道具を動かす燃料にした物で、安価な物から高価な物まで様々あり、比較的簡単に入手可能だ。


「確かにそこは問題ですけれど……。ローランドでは商業都市ヴァロンの五倍くらいしますよね? 流石に贅沢ですし、あちらに行った時に購入を考える方が無難だと思います」


 ローランドはエルサンドラ大陸の南西端にあり、物流の関係上大陸中央の都市よりも値段が高くなる。

 食料等はそうでもないのだが、嗜好品や新商品は数倍の値段が付くのが当たり前であった。

 旧式のマジックバッグでさえ庶民が半年生活出来るほどの値段が付くのだから、セシリアがいくら王国騎士団の一隊を率いる身分であろうとも、そう容易く新型を買えるはずもなかった。


「承知致しました、では全て準備致しておきます。何かありましたらお呼び下さい」

「あ、ポニーナ」


 深く頭を下げて退出しようとするポニーナを、セシリアは慌てて制止する。


「貴女が私のところに来て二年ですか? 貴女には随分助けられました……。今までありがとうございます。また戻って来る事があれば、今度は友人として会いましょう」


 ポニーナは一瞬目を見開き、セシリアの言葉の余韻を味合うかのように若干間を置いて。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 そう頭を下げた。

 顔を上げたポニーナの表情は、普段のクールな表情ではなく、花が咲いたかのような美しい笑顔を湛えていた。



 ポニーナが退出した後、セシリアは椅子にもたれかかり足を投げ出して考え込んでいた。

 それは余計なお節介に分類される事であり、竜姫にとっては口外して欲しくない事だろう。

 きっとそれを知っているのは、人間では自分だけだろうとセシリアは思う。

 

 竜神族。

 アトラスの民の最上位。

 強力な力を持ち、とある国では神として崇められている存在。

 その竜神族、紅竜姫の弱い部分をセシリアは知っていた。

 それを果たしてジンに話していいものかと、先ほどから思案しているのであった。


──クレハ様には申し訳ないのですが、やはりジン君には話しておきましょう。


 決意したセシリアは、白のワンピースの裾をふわりと翻し、そっと自室を出てジンのいる部屋に向かう。

 途中クレハの部屋の前を通ったのだが、後ろめたさからか自然と足音を殺して進んだ。

 ジンの部屋の近くまで来た時、扉が突然開きセシリアの歩みを止めるかのように立ちふさがった。


「あ、セシリア」


 扉から顔を出したのはジンであり、偶然彼が出て来た所に出くわしたようだった。


「丁度よかったです。ジン君に話しておきたい事がありまして……クレハ様の事で」


 クレハの部屋から一部屋空けてジンの部屋があるのだが、やはり後ろめたい気持ちからか、セシリアは無駄に小声になっている自分に気付く。


「クレハの事で?」

「はい。ジン君はクレハ様の事をどう思っています?」


 何事かと怪訝そうな顔になったジンを気にせずに、セシリアは切り出した。

 我ながら要領を得ない問いだなと、セシリアは自分の語彙のなさを恨めしく思う。


「…………悪い感情は持ってないかな。いきなり異世界に呼ばれた原因でもあるのだけど、原因も原因だし憎むというか悪く思う気にはなれなくて。それと、これは深読みかもしれないけど、対等に物を言い合える相手を求めている気がした」


 しばらく考え込んだ後に発せられた言葉は、セシリアの問いを理解した答えだった。

 更に最後にジンが口にした言葉に、セシリアは内心唸った。

 短い時間しか過ごしていないのに、クレハの求めているもの一つを的確に言い当てていたからだ。

 セシリアの場合、クレハのそれに気付いたのは出会いから数年経ってからであり、その頃には既にクレハとの関係は固まっていて、急に砕けた態度を取る訳にもいかず、自分がそういう関係になるのを諦めた過去があったのだ。


 これはわざわざ自分が告げ口のような真似をせずとも、いずれジン自身が気付くのではと、セシリアの心に迷いが生じた。

 人の弱みをわざわざ伝えるのは、決して褒められる事ではないとセシリアは十分承知していた。

 それをせずに済むならば何よりなのだが──。


「でもやっぱ一番は【強い】かな。ドラゴンの時の迫力もすごかったし、体重の話をした時の威圧なんて……流石は竜神族だって思った。まぁ見た目幼女なんだけどね」


 その言葉を聞いて、セシリアの迷いは吹き飛んだ。


──やはり伝えておくべきですね。


 余計なお世話かもしれない、いやきっと余計なお世話だろう。

 自分が伝えずともいずれジンはクレハの弱みに気付くだろう。

 確信にも似た予感はあったのだが、昔偶然見たクレハの涙を思い浮かべ、対等な関係では無いが大事な友人のために、セシリアは一歩踏み込む決意をした。


「そうですね、間違ってはいません。だけれど……」


 一瞬目を伏せた後、再度ジンの黒い瞳を見つめる。

 唇をきゅっと結び、そして解いた。


「中身まで……心まで強いとは限りませんよ?」

「心まで?」

「はい。クレハ様は──」


 言い掛けたその時、セシリアの背後から首を抱くように誰かが飛びついてきた。

 ポニーナがこのような事をするはずはないので、自ずと犯人は一人に絞られる。


「セーシーリーアー。お主何を言おうとしておるのじゃ?」


 セシリアをもってしても察知出来ないほど、見事に気配を消して背後から飛びついてきたのは話題の人クレハであった。


「ひゃう!」


 身が竦むような威圧する声に、喉の奥から情けない声が口を突いて出てしまう。


「妾の部屋の前で急に足音を消しおって。何かよからぬ、妾の秘密なんぞを告げ口しようとしてなかったか? うん?」


 背後から尋常でないプレッシャーを感じ、セシリアは体を強張らせる。

 振りほどこうと思う事すら許さない威圧に、ただ成すがまま翻弄される。


「い、いえ、そんな事は……」

「のぉ婿殿。セシリアの秘密を教えてやろうか?」


 ニッと不敵に笑うような音色をクレハが発した途端、それまでセシリアに圧し掛かってきた重圧が一転した。


「……秘密?」


 クレハの不穏な気配を感じ取っているかのように、訝しげに眉をしかめるジン。


「うむ。取って置きのじゃ。よーく目を見開いて見るのじゃぞ。ほれ!」


 その瞬間、背中に感じるクレハの重みが消え、セシリアは下半身に違和感を覚えた。

 時間にして二、三秒。

 静寂を破ったのはジンの声だった。


「……黒のガーター……総レース……」


 あろう事かクレハはセシリアのワンピースの裾を、ヘソが見えるところまで捲り上げていたのだ。


「セシリアはの、服装や装飾品、家具などには興味がないのじゃが、下着には凝っておっての。どうじゃすごいじゃろ? いつもこんな気合の入った下着を着けておるのじゃ。見せる相手もおらんのにのぉ」


 ジンの顔がセシリアの瞳に映る。

 間違いなく、完全に自分の下半身へ視線を注いでいた。


「きゃああああああああああああ!」


 慌ててワンピースの裾を両手で押さえ、セシリアはへたり込んでしまう。


──なんて事を! なんて事を!


 自分の顔が熱くなるのを感じつつ、頭の中は羞恥と驚愕が渦巻いていた。


──見られた見られた見られたぁ!


「ほれ婿殿、折角セシリアが下着を見せてくれたのじゃ、男として何か感想を述べよ」


 うつむき廊下に座り込んでいるセシリアの頭上から、そんなとんでもない台詞をクレハは降らせてきた。

 セシリアは上目使いにジンを見ると、彼はしばし考える素振りをみせた後、恐る恐るといった感じで口を開いた。


「け、結構なお手前で……」

「いやああああああああああああ!!」


 夕暮れ時の洋館に、セシリアの絶叫が響き渡った。



「本当……。お節介な奴じゃ……」


 そんなクレハの呟きを、セシリアは絶叫をあげている最中に聞いた気がした。


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