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第五話 眠る竜力

「始めて婿殿を見た時、妾は大層驚いたわ。危うく握りつぶしそうじゃった」


 わざとらしく悪い笑顔を浮かべて、クレハはクククッと喉を鳴らした。

 全く笑えない冗談に対しツッコミを放棄すると、クレハは一瞬口を尖らせた。


「ユグ婆は竜神族を存続させられるほどの、十分な竜力を持つ男がこの世界におらんと分かり別の世界を探す事にしたのじゃ。それは大海に投じた小石を探すようなもの。例え見つけたとしても、こちらの世界に呼び寄せるなど普通出来るものではない。しかしユグ婆はやってのけた、自らの命と引き換えにの」


 クレハに悲しみの表情はなく、どこか誇らしげだった。


『白竜は……もう生きてはいまい』

 あれはユグ婆の事を指していたんだな。

 僕を呼び寄せるため、しいては竜神族の存続のために一命を賭した最後の白竜。

 なんだか僕の肩に、ユグ婆の命が重く圧し掛かった気がした。


「婿殿の竜力は未だ眠っておる。今此処で目覚められると厄介での、準備を整えたらある場所に向かう事に―――」

「ちょっと待って。そっちの状況は粗方把握したけど、僕は子供を作る事を承諾した訳じゃないぞ」


 僕は身を乗り出し、左手でクレハを制止しながら言葉を遮った。

 どうしたのかという表情で、僕の顔をぽかんと見つめるクレハの紅い瞳。


 正直なところ、いつかはクレハの願いを叶えないといけないとは思う。

 もちろんなんの承諾もなしに、勝手に呼び出された事に文句がない訳じゃないけど、そこはもうどうしょうもない。

 僕をこの世界に呼ぶために、命を賭したユグ婆と絶滅寸前の竜神族。

 その事を考えると、流石に拒否するのは罪悪感が沸く。

 これが無茶な願いだったら断固拒否する事も出来るんだろうけど……。


 でも、やっぱり簡単に頷く事は出来ない。


 それは僕が童貞だからとか、愛の無い行為が嫌だとか、そしてクレハが幼女だからとか……まあそういう部分があるってのは否定しない。

 むしろ最後のは積極的に肯定したい。

 でもそんな事よりもっと大事な、つい最近気付いてしまった僕にとって欠けているあるモノが原因……なんだと思う。


「今すぐ返事は出来ないよ……」


 だからこんなあやふやな答えしか出来なかった。


「いきなり異世界に連れて来られ、子を成せと言われても承服出来ぬかもしれんな。妾も誇り高き紅竜の姫じゃ、嫌がる男を無理やり手篭めにしようなどと下劣な事はせん。妾に出来るのは、婿殿に子を成しても良いと思わせる事と、婿殿の身を守る事だけじゃ」


 自分に言い聞かせるように呟いたクレハは、少しの間視線を下に向け、再び僕を見据えた時、何かを吹っ切ったような顔をしていた。


「婿殿の言い分は分かった。だがある場所、霊峰フィールズに向かうのは決定事項じゃ。これは婿殿の身を守るためでもあるのじゃ」

「僕の身を守るため?」

「婿殿の体には金色の竜力が眠っておるのは先ほど言ったと思うが、その竜力はいつ目覚めるかも知れん。そう遠くない内に目覚めるであろう。目覚めた場合十中八九暴走するじゃろうな」

「暴走って。すごく物騒なんだけど」

「まぁ話は最後まで聞くのじゃ。暴走してもすぐどうにかなる訳ではない。発作のように時々体の中で竜力が暴れ、苦しむだけじゃ。もちろん発作の間隔が短くなっていけば命の危険もある。その解決方法が霊峰フィールズにあるのじゃ。暴走が始まる前から向かった方が安全なのは言う迄もないじゃろ?」

「じゃあ僕が今何ともないのは、竜力が眠っているから?」

「その通りじゃ。婿殿の世界でもずっと力が眠っておったのじゃろう。しかしこの世界では必ず目覚める。既に妾と出合った事により、妾の竜力の影響受け目覚めかけているやもしれん」


 どうやら僕は、転移前から特殊な力を持っていたらしい。

 眠っていたみたいだから全くの無意味だけどね。

 いや、風邪ですら殆ど引いた事ないから、少しは関係あるのかも?


「……分かった、信じるよ。その霊峰フィールズってところに行こう」


 どのみち疑っても仕方がない。

 クレハの言う事を否定するだけの理由を、僕は持ってないのだから。


「任せておくのじゃ」


 真っ平らな胸を自信ありげに逸らす。


「そこがどこかは知らないけど、クレハが竜化して飛んでいけば早そうだね」


 竜に乗って空を駆けるなんて、いかにも異世界といった感じで胸が躍る。

 でも当の本人は、僕の言葉にその可愛らしい顔をばつの悪そうな表情へと変貌させた。


「目を輝かせているところ悪いのじゃが、妾は……紅竜は空が飛べんのじゃ」

「は?」


 一瞬意味が分からずに間抜けな声を出してしまう。クレハの言葉を頭の中で反芻して、それを理解するのに数秒かかった。

 じゃああの雄々しい翼は一体なんだ? ただの見掛け倒し? 

 それとも羽があるから飛べるという考えが乱暴なのかな。鶏って空飛べないもんね。

 いやまてまて、もしかしたら……。


「重くて?」

「乗るぞ」


 威圧。

 周囲の温度が一段下がったような寒気を感じて、呼吸が上手く出来ず体の自由が利かなくなる。

 僕は威圧というものを、今始めて肌で体感した。

 ドラゴンの姿で掴まれていた時は本当にただのお遊びだったのだと、僕は心底理解し紅竜という上位者の力を垣間見た。

 こんな下らない会話が原因で……。


「竜神族って元々飛べない……のですか?」


 敬語になった。

 勿論『乗るぞ』という返しは重いと肯定しているようなもので、返しとしては間違っているのではないか、というツッコミなんて出来るはずもないしやりたくもない。


「いや、紅竜だけじゃ。紅竜は一人残さず、例外無く、全て飛べぬのじゃ。よいか婿殿、これは大事な事じゃぞ?」

「は、はい」


 僕の返事に溜飲が下りたのだろうか、クレハは表情を緩めて威圧を解く。

 何か変な汗かいた……。

 いくら幼女だからといっても、どうやら体重の話はNGみたいだ。


「話ついでに竜化について少し教えておこう。竜化というのはおいそれと簡単に出来る事では無いのじゃ。いや、出来るのは出来るのじゃが、大きな隙が出来る場合がある」

「隙? あんなに強そうなのに?」

「うむ。分かりやすく説明しようかの。セシリア、紙を一枚くれぬか」


 小さく頷いて音も無く立ち上がり、優雅な所作で部屋を出て行くセシリア。

 戻って来た時も先ほどの焼き直しのように、上品に椅子に腰を降ろす。

 セシリアの手には、ノート一ページ程の白い紙が存在していた。


「例えばこの紙を竜化状態とするじゃろ」


 説明しよう! とばかりに右手の人差し指をピンと立てる。

 左手にはセシリアから受け取った紙を、ウェイトレスが丸盆を持つかのように乗せていた。


「そしてこれを左手だけで丸める」


 小さな左手の指が波打つように動いて、白い紙は乾いた音と共に四角から球状へと姿を変える。


「これが人化じゃ。丸めるのは容易いので労力は掛からん。これと同じく人化にも竜力は殆ど掛からん。じゃが」


 クレハは必死に左手だけで紙を広げようとする。

 短く丸い指がもぞもぞと、そして忙しなく動くけど、でも丸まった紙はそれに使った時間の十倍以上を消費してやっとの事で広がる。


「この様に一度丸まった紙を元に戻すのは大変労力が掛かる。同じく竜化にはそれだけ竜力が掛かるのじゃ。竜化には八割近くの竜力を消費し、それが回復するには丸一日はかかるし、残り二割の竜力で戦いなどをするとすぐに竜力が尽きてしまう。よってその間致命的な隙が出来るという訳じゃ。邪神族が完全に滅びたと言えない状況で、おいそれとそんな隙を作る訳にもいかんしの」


 小さくなるには竜力を余り使わないけど、大きくなるには多大な竜力を使う。

今の説明ってそれだけで済んだんじゃ……?


「竜化時の竜力消費を肩代わりする道具もあるのじゃが、希少で使い捨てじゃから緊急時以外は使用出来ん。妾も一個しか持っておらんしの」


 竜力、魔力共に性質は同じで、基本本人の体内に蓄積されているらしい。

 使用すれば減るし、使用せず休息を取れば自然に回復するそうだ。


「そうじゃ、言うのを忘れておった。一応念のためにセシリアにも着いて来て貰うからの。婿殿と二人だと何かあった時まずい状況になりかねん。セシリアには婿殿を護って貰い、妾が敵を倒すという布陣じゃ。余計なお荷物はいらんが、セシリアならば問題ないし妾も気心が知れておるからの」


「え?!」

「何を驚いておる。意味もなく話に同席させた訳ではないぞ」

「た、確かに私も変だなとは思っていましたが……。でも私は国に仕える身。勝手に同行する訳には……」

「問題ない。明日王に会いに行くのじゃろ? その時妾も同行するゆえ、妾から王に直接伝えよう。妾が十年近くこの国を棲家にしておったお陰で他国からのちょっかいもなく、大きな魔物の被害もなかったのじゃ、それくらいの見返りがあっても良かろう。それにセシリアをこの国に紹介したのは妾じゃしな」


 確かに竜神族(ドラゴン)が棲家にしている国にちょっかい出すなんて、普通に考えてしないだろう。

 魔物もきっとそうなんだと思う。

 でも最後の理由はどうなんだ?

 自分が紹介したから引き抜くのも勝手って……。

 それって単なる我侭なんじゃ。


「それもそうですね」


 僕が間違っていたみたい……。


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