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第四話 アトラスの大地

「この世界はアトラスの大地と呼ばれておって、二つの大陸からなる。東のカサンドラ大陸、今いる西のエルサンドラ大陸。握りこぶしを作って、親指の第二関節同士を繋げれば大体同じ形じゃ」


 アトラスの大地ね……。

 本当に異世界に来ていたんだな……。


「アトラスの大地には様々な種族が暮らしておるが、大きく二つに分ける事が出来る。アトラスの民と邪神族じゃ」

「アトラスの民はいいとして、邪神族って……。名前からして絶対悪者だろそれ」

「まぁそうじゃな。アトラスの民は普通に生活しておる種族の総称。そして邪神族じゃが、アトラスの民を滅ぼそうとしておる種族の総称じゃ」


 ほらね。


「太古よりアトラスの民と邪神族の戦いは二百年という一定の周期で続いておる」

「何でそんな周期なんだ?」

「邪神族はカサンドラ大陸北半分に隔離されておった。竜神族の結界によっての。二百年と言うのは結界の効果年数じゃな。そして再度結界を張りなおすまで戦いは続く」

「なんかまどろっこしい感じだなぁ。物騒な話になるけど、滅ぼしたりは出来なかったの?」

「アトラスの民全体より数は少なく、個々の強さは竜神族には劣っているとはいえ、それでもかなりの強さじゃ。戦力的にはこちらが上なのじゃが、滅ぼそうとすれば甚大な被害が出る。逆もしかりじゃ。よってある程度戦えば、邪神族は大人しく結界に閉じ込められておった」


 無理しなくても勝てるアトラスの民は被害を出したくない、無理したら滅ぶかもしれない邪神族も同じ。

 敵対しているのに思う事は同じなんて、皮肉なもんだ。


「今まではな……」


 クレハのトーンが一段落ちる。


「じゃが三十年前の戦いは違った。滅ぶ事など気にせぬかのように、捨て身でぶつかってきおった。それも竜神族だけを狙って」

「でも結界を張るのは竜神族なんだよね? それなら竜神族が狙われても不思議じゃないというか、当たり前なんじゃ?」

「確かにそうじゃ。今までもそんな事は幾度となくあったそうじゃ。しかし前回の戦いでは策まで弄してきおった」

「策?」

「最初に狙われたのは、竜神族の里にいた者達。老人や子供、そして女に力で大きく劣る男達、それらが真っ先に狙われ命を奪われた。おかしいと思ったのじゃ、結界が切れても邪神族が何の行動も起こさぬ事が。邪神族は包囲を掻い潜り、妾達の背後を標的としたのじゃ」

「それって意味あるの? 戦力じゃない竜神族の命を奪っても無駄な気がするんだけど」


 受け取り方によっては、少し酷い言い方だったかもしれない。だけどクレハは全く気にする様子はなく。


「無駄ではなかった。里を滅ぼされ怒りに狂った女達は、冷静な判断が出来ぬようになり、分断され誘い込まれ、次々と命を落としていった」


 それが策か……。


「戦いが終わってみれば、紅竜は妾を含め四人の女が生き残ったのみ。蒼竜は竜姫が生き残っておったはずじゃが今は消息不明。白竜は……もう生きてはいまい。唯一の救いは翠竜に里を形成出来るだけの生き残りがおるという事じゃ。しかし翠竜の男は病弱で、療養のため里を離れておった力の弱い者しか生き残っておらん。これではいくら子を成せても代を重ねる毎に弱体していき、終いにはドラゴンとなんら変らぬ生物に成り果てるじゃろうな」


 クレハは疲れたように深く息を吐き、背もたれに寄りかかって目を伏せて、口を閉じた。


「今邪神族はどうなっているんだ? 結界がないって事は野放しなのか? それとも滅ぼしたのか?」


 訪れた沈黙が僕を急かしている気がして、それを無理矢理破るように、矢継ぎ早に質問を投げかけた。


「他のアトラスの民もおるのに、竜神族に全力を注ぎ込んだのじゃ。邪神族の被害もそれは甚大なものであったよ。殆ど壊滅状態じゃった、殆どな……」

「生き残りはいるんだな?」

「うむ。この三十年の間に何度か邪神族の生き残りが戦を起こしておる。以前の脅威はなく、十分対処出来ておるのじゃが……」


 意味ありげに視線を横に向けるクレハ。

 僕が視線を追ってセシリアさんに目を向けると、眉を寄せて唇をきつく結ぶ姿が映る。


「セシリアの父親は、十年前に邪神族と戦い命を落としておる」


 僕の視線に気付いたセシリアさんは、静かに頷いた。


「カサンドラ大陸北部は既に制圧しておるのじゃが、そのせいで逆に拠点が特定出来ず後手に回っておる。まぁ十年前の戦い以来、鳴りを潜めておるのでもう殆ど力は残っていないというのが、アトラスの民の認識じゃが……過分に希望が含まれているように思えるがの」


 もう冷めているだろう紅茶に、クレハは静かに口をつけた。

 カップとソーサーの触れる音が静かな室内に響いて、重苦しい空気が少し軽くなった気がした。


「少し話が逸れたが、これで大体この世界の事は話したつもりじゃ。特に質問がないのであれば次の話に移らせて貰うが?」


 気持ちを切り替えたように振舞うクレハ。

 正直僕はクレハの話に現実味を感じてなくて、どこか物語を聞いているような気分だった。

 確かにドラゴンを目の前で見たけど、まだ言葉だけじゃこの異世界を、現実味を持って感じ取る事は出来ないみたい。

 だから僕は二人との温度差に、どこか罪悪感に似た気持ちを感じていた。


「話を続けて欲しい」


 いたたまれない気持ちで、そう搾り出すのが精一杯だった。



「まずは婿殿をこちらの世界に呼び出した者じゃが、それは白竜の生き残り、竜神族の大賢者と呼ばれたユグ婆じゃ。ユグ婆は最古の竜神族でもあり、様々な竜術に精通しておった」


 白の世界で聞いた声、あれがクレハの言うユグ婆だったんだろう。

 まだ数時間前の出来事なはずだけど、なんだか遠い昔のような気がする。


「竜術って?」

「竜術というのは竜神族だけが使う魔法だと思って貰ってかまわん。竜神族は魔法が使えん代わりに竜術を使う。竜術は竜力を、魔法は魔力を使用するのじゃよ」

「やっぱり魔法があるのか! それは是非一度見てみたい! 異世界と言えばやっぱり魔法だし」


 ちょっとわざとらしかったかな……。

 未だ残る重い空気を振り払うために、僕は少し大げさに驚いてみせた。

 もちろん魔法という単語に、驚きと興奮を覚えたのは嘘じゃない。

 異世界と言えばやっぱり魔法だし、自分も使えるのかと期待してしまう。

 興奮と驚嘆、過度な演技と少しの罪悪感を覚えながら身を乗り出した僕に、クレハは不思議そうな眼差しを向けてきた。


「もしかして婿殿の世界には、魔法はないのか?」

「魔法なんて……ん?」


 おかしい。

 魔法なんて物語やゲームの中だけのはず。

 いや、それは分かっているんだけど、改めて自分に問うと何故か否定したくなってしまう。

 どう考えても、どう記憶を辿っても魔法なんてなかったのに……。


「悪い、少し記憶が混乱しているみたいだ。魔法なんてなかったはずなのに、なぜかあった気がして……」

「ふむ、こちらの世界に来た影響かの。しばらくすれば治るであろう、今はそれでよい。セシリア、婿殿に何か魔法を見せてやってくれんか」

「分かりました。では簡単なので『(ライト)』」


 すっと腕を前に伸ばして、手のひらを上に向け、簡単に呆気なく、溜めも動作も詠唱も何もなく、そこから二十センチくらいの高さに、セシリアさんはこぶし大の光球を生み出した。

 夕方間近、少し日も落ち始めているけど室内はまだ明るい。

 でも室内である以上、若干の暗さはあったのだけど、セシリアさんが生み出した光球のお陰で、室内は野外と見間違えるほど明るくなっていた。

 いや、ちょっと眩しいくらいだった。


「魔法キター!!」


 信じられないという思いが半分、魔法に出会えた喜びが半分で、僕は興奮して叫んでいた。

 鼻息の荒い僕を見て、セシリアさんは苦笑いを浮かべているけど、そんなの関係ない。


「セシリアさんすごいですね!」

「いえ、これはただの明かりの魔法でして……。魔法の素質があれば誰でも使えますよ? それに私は明るさを抑えたつもりなのですが、制御が下手で明るくなりすぎてしまいました……」


  恥ずかしそうに俯いたセシリアさんは、意を決したように僕の目を見て「それと……」と続けた。


「私の事は呼び捨てで構いませんので、もっと気軽に接して下さい。ジンさんはクレハ様のお知り合いみたいですし、クレハ様に対して気軽なのに私にそう畏まられると、私が恐縮してしまいます」

「分かりま……分かったよ。じゃあ僕の事もジンって呼び捨てにして欲しいな」

「えっと、ジン……君、ジン君じゃ駄目……ですか?」


 セシリアはおずおずと、そして頬を淡く染めながらちょこんと首を傾げた。


「じゃ、じゃあそれで」


 (キュン)死にしそうだった。

 

「話を戻すぞ婿殿。ユグ婆が婿殿を呼び出した理由を説明せねばならん」


 なぜか機嫌が悪そうなクレハ。


 しかし、大幅に話が逸れてしまったけどこれは重要な事だ。

 と言っても、ある程度の予想は付いているんだよな。

 普通予想が付かない方がおかしいくらいだ。


「竜神族の女と、具体的に言えば妾と翠竜姫に子を授けて貰うためじゃ」


 やっぱり。

 それが僕の感想。

 邪神族との戦いで紅竜は女四人、翠竜は力の弱い男しか生き残らなかった、これって要するに種の存続の危機って事だよな。

 そして僕は最初に「妾と子を成そう」とクレハに言われていた訳で、答えは簡単に予想出来た。


 ただなぁ……。

 理由は予想通りなんだけど、大きな問題点があるんだよなぁ……。


 どう見てもクレハ……幼女じゃん……。

 話を聞く限り、前回の大戦にクレハも参加していたみたいだから、僕より年上なんだろうけど……でも幼女。

 幼女に子供を授けるって……おまわりさん! 僕じゃありません!


「ほう、驚かないのじゃな」

「子供を作るのが目的って事には驚かない。話を聞いて予想はついていたし」


 ただ。


「何で僕なんだ?」


 疑問だった。

 幼女の事はこの際置いておく。


 確か翠竜は力の弱い男しか生き残っておらず、衰退が見えていると言っていた。

 でもどう考えても、僕の方が弱いだろう?

 元の世界で良くも悪くも普通の人間だった僕と、ドラゴンだの邪神族だの魔物だのがいる世界の、しかも竜神族の男とじゃ間違いなく後者のほうが強いはずだ。

 個々の力は邪神族を凌ぐ竜神族の女性。

 そのつがいなのだから、まさか僕より弱いという事はないはず。

 考えれば考えるほど、僕である必要はないと思うのだけど……。


「竜神族は同一種同士でしか子は成せん。竜神族は紅竜ならば赤、翠竜ならば緑というように、それぞれが冠している名と同じ色の竜力を持っておってな、同色同士でしか子が出来んのじゃ。よって翠竜はまだしも妾は子を成すためのつがいがおらぬという事になる。婿殿を除けばじゃが」

「それならば尚更何で僕なんだ? 僕は至って普通の人間だし、竜力なんて持ってないし竜神族じゃないぞ。え? 僕まさか竜神族?」

 

 自分が人間ではなく竜神族。

 少しカッコイイと思ってしまう僕は高校三年生である。

 決して中学二年生ではない。


「んー、そうじゃとも言えぬし、違うとも言えぬの」


 あれ?

 僕はてっきり否定されると思って『竜神族じゃなかったのか残念、でもそうだと思った』という返しを用意していたのだけど……。


「まず婿殿の体じゃが、これは完全に人間じゃ。しかも強さはそこいらの庶民と変わらん。まぁ厳密に言うと、一定以下の強さは妾にはよく分からぬ」


 さらっとディスられた気がした。

 でもまぁそうか……。

 この世界に来て身体能力が向上していたりしないかな、なんて思ってたんだけど、そんなに甘くないみたい……。


「しかしじゃ、竜力は持っておる。人間が絶対に持っておらぬ、竜族のみが持つ竜力をな。しかも金色の竜力じゃぞ? なんじゃ金色って。初めて見た時仰天したわい。オールマイティー臭プンプンじゃぞ」


 クレハは大げさに声を荒げ、僕を見てドヤ顔。

 なんだよオールマイティー臭って……。どんな臭いなんだよ……。

 そして僕は知っているぞ。

 そのドヤ顔はツッコミを入れろという顔だ。


「「……」」


 僕がツッコミを入れない事に、むすっと頬を膨らますクレハ。

 あら可愛い。


「……大体な、人間の体で竜力を持ちこの世界にやって来るなど、例えるなら水を注文したら手ですくって持って来られたようなもんじゃ」

「いやいや、そこは酒瓶に入れて持って来られたようなもんだぞ、って言う所だろ。完全に例え間違ってるし」

「これが本当の手酌酒じゃ」

「水だし! そして手酌酒はそういう意味じゃないし!」


 しまった、思いっきりツッコミを入れてしまった。

 クレハは案の定いい顔している。どうやら満足したみたいだ。

 でも分かっているんだろうか、僕の竜神族に対するイメージが大暴落中だって事……。


「あのー……。話が変な方向にずれているようなー……」


 おずおずと右手を挙げるセシリア(常識人)

 それに対しちょっとバツの悪い僕達は、こほんと咳払いを同時したのだった。


「……とにかくじゃ、婿殿が何者かは分からぬが、竜力を持っておるのは間違いない。しかも金色の。金色の竜力は全ての竜力を兼ね備えていると古くから伝わっておる。眉唾だと思っておったが、本当に存在したとはの」

「金色の竜力ねぇ……」


 そんなのを持っていると言われても、全く実感がないんだけどなぁ。

 これがもしかして異世界転移物のお約束、チート能力なのかな?

 でも転移チート能力だと元の世界の段階では持ってなかった事になるので、僕が呼び出された事に疑問が生まれる。

 転移チート能力じゃなく元々持っていた、そう考えれば辻褄は合うのだけど……。


 そんな事ってあるのか?


 疑問に思ったけど、そもそも異世界に転移している時点で『そんな事ってあるのか?』なんだから今更だった。

 僕は少し自嘲気味に口角を吊り上げた。


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