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第二話 銀髪の騎士



 三十歩くらい進んだ時だろうか、逆方向からガチャガチャと金属の擦れるような音が耳に触れた。


 僕は驚き硬直してしまい、非常口マークに似た格好で停止して、音のする方向に何とか顔だけを向ける。

 金属の音は間違いなく、こっちに近づいて来ている。

 心臓の鼓動が早くなるのを自覚しながら、どう対処するべきなのか、頭の中は絶賛パニックなう。

 もし魔物だったら全力で逃げよう、いや姿を確認する前に逃げ出した方がいいんじゃないのか、お嬢さんお逃げなさいスタコラサッササノサ、色々考えながらも結局音のする方を凝視するだけ。

 BGMは森のくまさん。


 何かがチラッと、視界の中央で動く。

 目を凝らしてよく見てみると、木々の間から僅かに、森の中では異質な銀色が見え隠れしている。

 森のくまさん……ではなさそうだ。

 銀色が徐々に近づいて来るにつれ、正体が何となく分かってきた。

 どうやらその銀色は魔物なんかではなく、銀色の鎧に身を包んだ人間のようだった。


「おーい」


 こんな森で人間に会えるなんてありがたい。

 もしかしたら白い空間で聞いた声が、僕を出迎えるために準備してくれたのかもしれない。

 僕の声が届いたのか、鎧姿の人物はこちらに真っ直ぐ向かって来ている。

 

 顔がぎりぎり確認出来る距離になって、鎧姿の人物が女性だと分かった。

 銀髪の女性だ。


 銀髪の女性は、徐々に速度を上げて近づいて来る。

 早歩き程度の速度で。


 銀髪の整った顔をした女性は、急に速度を上げて距離を詰めて来る。

 生い茂る草を強引に掻き分け、こちらに向かって走り出した。


 銀髪の整った顔をした女性は、腰に差している剣を、美しい銀細工が施されている鞘から引き抜いた。


「えええええええええぇ!!」


 僕を見据えて、剣を手に駆けて来る。

 一体どういう事だよ?!

 剣を抜いて僕に向かって来てるって……そういう事?


 迫る銀髪。

 僕との距離は十メートルを切った。

 その時突如、彼女は右手に持つ剣を、背中に隠れるほど大きく振りかぶり、左手を前に突き出し、左足の大地を削る音が聞こえて来るほど、強く踏み出した。


「投げるのかよ!」


 槍投げのような体勢。

 僕は咄嗟に頭を抱えてうずくまる。

 勢いよくうずくまったせいで顎を膝にぶつけてしまい、涙目になりながらもまぶたを強く閉じた。


 頭上でドスっと鈍い音が鳴る。


『ギャッ!』


 同時に、聞いた事のない甲高い叫び声が耳に届き、一拍置いて真横に何かがどさりと落ちてきた。

 体を強張らせながら恐る恐る目を開けてみると、音のした場所には薄緑色の肌をした醜悪な怪物が、頭に剣を生やし根元からどす黒い血を流しながら息絶えていた。


「大丈夫ですか?」


 うずくまったまま見上げると、目の前には銀髪の女性が、右手を差し出し立っていた。

 僕の目に眩しく飛び込む銀色の中鎧(ミドルアーマー)

 鎧と同じ銀色の髪を、後ろで一つ結びに──いわゆるポニーテールにしており、心配そうに見つめる瞳も銀。

 彫刻のように整った顔と白い肌、剣と鎧という装備にふさわしくない細い体のラインをしているけれど、女性の象徴である双丘は胸当ての形状からして結構な巨……かなり豊かに見える。

 僕の目に映ったGカップ前後の……じゃなくて二十歳前後の彼女は、木漏れ日を背に受けて輪郭を輝かせ、まるで女神のように神々しい姿で佇んでいた。


 気恥ずかしさと情けなさから、彼女の手を取らず自力で立ち上がる。

 差し出された手を少し寂しそうに戻す彼女を見て、何だか罪悪感が込み上げてきた。


「えっと……これは?」


 僕が指差した先にあるのは、醜悪な怪物の成れの果て。

 薄汚れてぼろぼろになった、鎧と言うにはおこがましい物を着ていて、側には錆びて刃こぼれしている短剣が落ちていた。

 醜悪な容姿に小柄な体型、見た目から推測するに、これってもしかしてゴブリンなんじゃないか?


「木の上から貴方を狙っているゴブリンを発見しまして……。驚かれたでしょう? あの、申し訳ありませんでした」


 やっぱりゴブリン。

 でもそんな事はどうでもいい。

 これがゴブリンだった事より、初めてモンスターを目にした事より、僕より少しだけ身長が低い彼女が、上目遣いで見つめてくる事の方が大変だ。

 破壊力がありすぎる。

 美女の上目遣いは破壊力がありすぎる。

 もう一回言いたいくらい。

 

 それにしても助けて貰ったのはこっちなのに、驚かせたからと謝罪するなんて、この美女は性格も良いみたい。


「いや、とんでもないです。危ない所を助けて貰って……ありがとうございます。ありがとうございます!」


 よく考えたら、僕は下手すると殺されていたかもしれないのだ。

 命を助けて貰ったのに、お礼の一つも言えないのは人としてどうかと思う。

 だから僕は必死に何度も頭を下げて、お礼の言葉を連呼した。

 そして、いえいえこちらこそ、いやいやこちらこそ。


「「ぷっ……」」


 そんな不毛なやり取りを何度か繰り返した後、お互い噴出す事となった。


「それにしても人がいるとは思いませんでした。何をなさっていたのですか?」

「実は道に迷ってしまって……」

「そうなのですか。でもそんな軽装で靴も履かず森で迷っていたなんて……。申し訳ありません、非常に怪しいのですが……」


 冷静に言われてしまい。


「確かに普通の人には怪しく映ってしまうかもしれません。しかしこれは心眼を鍛えるための修行着なのです。これを着て自然と一体になる事により、己の気配を絶ち、更に視界外の気配を感じ取る事が出来るのです」


 出鱈目な嘘を付いたりしてみたものの。


「ゴブリンに襲われかけてましたよね? 気配絶てていませんし、感じ取れていませんよね?」


 すぐにバレた。


「すみません……本当は、ベッドで横になっていたら突然辺りが真っ白になって、気付いたらこの森にいたんです。正直僕にも何が何だかさっぱりで……」


 とりあえず異世界から来たという事は伏せて、その他は素直に話す。

 何で最初からそう言わないのですか、という感じの眼差しで見られたけどね。


「なるほど、あの光の正体は貴方だったという事ですか」


 彼女は勝手に納得して、自分がこの森に来た経緯について勝手に説明してくれた。


 今僕がいる森は、ローランドと呼ばれる国の王都付近、小高い丘にある小規模な森らしい。

 その森の上空が突然、昼間でも分かるほどの強烈な光を発したそうだ。

 王都からでも光は確認出来たらしく、王国騎士団一隊が調査に派遣されたらしい。

 因みに彼女、セシリアさんは、森にやって来た王国騎士団第七部隊の隊長。

 美女で騎士とか物語の中だけだと思っていたのだけれど、流石異世界。


「とりあえず一緒に王都まで来て頂けますか? 王に報告しなければなりませんし、こんな所にそんな軽装でいる訳にもいかないでしょう? 私が責任持って保護させて頂きます」

「ありがとうございます。僕もどうしていいか途方に暮れていた所で……」

「気分を害されたら申し訳ないのですが、一応念のために言っておきますね。怪しい素振りをされた場合、手荒な対応をする事になりますのでご注意下さい」


 一段声のトーンを落とし、真剣な表情を僕に向けてくる。

 なるほど、騎士というのは伊達ではないみたい。

 声からは、容赦しないという凄みを感じられる。

 僕は真剣な顔で頷いて、心の中で「凛々しい女騎士最高!」と本気で喜んだ。



「今更ですが、ゴブリンの魔石は取らなくてよかったのですか?」

「魔石ですか?」


 歩き出したセシリアさんは、後ろを付いて行く僕を振り返り、質問を投げかけて来た。

 魔石ってやっぱりあれかな? 魔物を倒すと手に入るやつ。

 小説なんかでは魔物の弱点でもあり、色々な魔道具に使用出来る燃料みたいな物で、冒険者とかの収入源になっているはずだけど……。

 小説と同じはずないだろうし……困った。

 セシリアさんの軽い口調からすると、魔石は多分凄くポピュラーな物なんだろう。

 ゴブリンの死体は残っていたので、倒したら死体が消えて代わりにアイテムが残るという、ゲーム的な感じではなさそうだし……。

 魔石を取ると言ったとしても、そもそも取り方が分からない。

 解体して取り出すとかだったら、色々な意味で絶対に無理。

 素直に「魔石ってなんですか?」なんて聞いたら絶対怪しまれるよね……。


「どうかしました?」

「……僕はいいです。セシリアさんが倒したんですし、セシリアさんが貰って下さい」

 セシリアさんが取りに戻った時に、さり気なく魔石の取り出し方を見ればいいんだ。

 我ながらナイスアイデア。


「私は結構です。それならば先を急ぎましょう」


 あ、うん、そう……。


 ◇◇◇


 しばらく歩くと、大人が二人両手を広げたくらいの、幅のある道に出た。

 森を縦断している道らしい。

 道の中央には立派な鎧に身を包んだ男の騎士が五人いて、六頭の馬と共にセシリアさんの帰りを待っていた。

 騎士達は戻って来たセシリアさんに視線を向けた後、僕に対し怪しい者を見るような、粘ついた視線を向けてくる。

 うん、僕裸足でパジャマだしね。

 セシリアさんは騎士達と何かを話した後、一際美しい白馬に飛び乗った。


「それでは行きましょう。私の後ろに乗って下さい。えーと……そう言えばお名前は?」

「仁です」

「ではジンさん。馬には乗れますか?」


 乗馬なんてやった事もなければ、誰かが騎乗する後ろに乗った事もない。

 そう伝えると一人の騎士が僕を手伝ってくれて、最後には尻を持ち上げて馬に乗せてくれた。

 少し撫でられた気がしたけれど、きっと気のせいだよな……。


「危ないのでしっかり掴まっていて下さいね」


 振り向いたセシリアさんに頷いて、遠慮がちにそっと彼女の腰、鎧部分に手を置く。

 それを確認したセシリアさんは、馬の腹を軽く蹴ってゆっくりと馬を進め始めた。

 馬が歩を進める度に、目の前のポニーテールが左右に揺れて、馬に乗っているのに馬の後ろにいるような……変な感じだった。

 セシリアさんは僕に配慮してか、大したスピードも出さず道を進んでいたのだけど、ものの十分程度で森が開けてきた。


「すごい……」


 森を抜けた先に広がる風景を見て、身震いしてしまう。

 小高い丘になっているこの場所から見下ろす風景は、まるで絵画のような美しさ。

 ただただ見蕩れてしまう。

 眼下には、まだ距離があるにも関わらず巨大な街が、広大な平原の中心に鎮座していた。

 街は四方を城壁が囲んでいて、城壁の中の一番奥に大きな城がある。

 城壁内は大きな道が十字に走っており、その道を起点として綺麗に整理された街並みが伺える。

 これが王都ローランドなのだろう。

 街の規模からすると、相当な人口を擁してそうだ。


 大パノラマに感動していると、セシリアさんが振り返り、微笑みながら馬足を緩めてくれた。


 ◇◇◇


「でかっ!」


 王都の城壁は高さ十五メートルくらいありそうで、近くから見上げ続けたせいで首が痛い。

 城壁はまるでコンクリートで作ったような滑らかな表面をしていて、想像していたレンガ造りではなかった。

 もしかすると、この世界の文化レベルは高いのかもしれない。


 僕達は城とは真逆に位置する、城壁をくり抜いた外見の南門から王都に入って行く。

 ちなみに一般人は入る時に手続きが必要らしく、門衛の前で長蛇の列を作っていたけど、僕達は待つ事なく列を横目に馬を進めた。



 中に入ってからも驚きの連続。

 漫画でしか見た事のない、中世ヨーロッパ風の建物が綺麗に並んでいて、不思議とノスタルジックな気分になってしまう。

 石畳で舗装された道を行きかう人々の顔には活気があり、喧騒すらも音楽のように聞こえてきて、何だかわくわくしてくる。

 人々の中に耳がほっそり尖っている美形を見つけたので、これがエルフかと凝視してしまい睨まれたりもした。

 食事処と思しき建物に目を向けると丁度昼時のようで、店のテラス席で食事をしている人を多数見かける。

 そう言えば腹減ったな……。


 僕達は南門近くの兵舎で馬を降りた。

 騎士の一人が、先に城へ報告に行くとの事で別れる。

 こっちは急ぐ必要はないらしく、大通りの通行を邪魔しないよう歩いて城に向かう事になり、慣れない馬で股が痛かった僕には朗報だった。


 兵舎で服と靴を借り着替えたので、パジャマ姿を晒さなくてよくなり一安心。やっぱりパジャマで街中を歩くのは恥ずかしい。

 借りた服は厚手の布地で作られた、黒の半袖シャツに茶色の長ズボンという見た目度外視の格好。

 でも着心地は案外悪くなくて、春程度の気温に適していて快適だ。

 僕が空腹な事を遠慮がちに伝えると、皆も昼食がまだだったようで、兵舎の食堂で一緒に食べる事になった。

 出された食事は少し硬いパンと、男の料理と言わんばかりに肉と野菜がふんだんに入った薄味のスープだったけど、見た目より遥かに美味しくぺろりと平らげた。

 とりあえずこの世界の食事でも十分満足出来る事に安心した。


「それでは城に向かいましょう。途中で驚くかもしれませんが」


 何やら楽しそうに笑うセシリアさん。

 彼女と横並びで進む僕の後ろには、他の騎士達が張り付いている。

 僕の動作一つ一つに目を光らせている気がしたけど、そんな事はどうでもよくなるほど街並みに目を奪われ、田舎者丸出しで首を忙しく動かしていた。


「あそこが王都ローランドの丁度中心地、中央広場です」


 セシリアさんが指差した先の広場には、何か大きな、いや巨大な物が見える。

 徐々に近づいて行くに従い、巨大な何かの全貌が見えてきた。

 それは真っ赤なドラゴンの巨像。

 大きさは……正直よくわからない。

 少なくとも三階建ての一軒家程度はあると思う。

 そのドラゴンの像は、猫が眠るような格好で、広場の中央に存在していた。

 何も眠っている格好じゃなくてもいいのに……。

 ただ、凄いのは凄い。

 本物を見た事はもちろんないけど、ドラゴンの像は非常に精巧に作られていて、間近で見てもまるで生きているかのようで、とても作り物とは思えない存在感がある。


「迫力あるな……」


 元の世界でも大きな建造物は目する機会はあった。

 でもそれらとは比べ物にならない迫力を感じる。


「え?!」


 生命の躍動を感じさせるドラゴンの像に、手を伸ばして触れようとした時。

 閉じていた双眸が開き、真紅の縦に裂けた鋭い瞳が僕を睨んだ。

 それからはあっという間。

 暴風を起こし巨体を持ち上げたと思ったら、僕の体はドラゴンの手の中。

 突然の出来事に驚き、僕は呆然とドラゴンの顔を見ていた。




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