プロローグ
第二章開始です。
プロローグなので短めになります。
二章から出来るだけ早い展開を心がけようと思っております。
宜しくお願い致します。
絢爛豪華な玉座の間は、その夜、たった一つの報告により騒然となっていた。
玉座に座る白髪の老人は、ここトラキアの王。
老いても衰えを見せない強靭な肉体を持つ王だったが、その表情には陰りが見える。
隣に立つ中年の男は宰相である。
彼の表情にも余裕はなく、知的な顔に大粒の汗を浮かべていた。
更に、周囲に並ぶ臣下達も、同様に困惑の表情を貼り付けている。
「何故クレハ様が我が国に……もしやローランドの詰問を退けたのが原因か?」
老王が独白のように問う。
「兵の準備を行っているのは既に漏れているでしょう。詰問を退けられた事に業を煮やし、クレハ様を差し向けたという可能性も考えられます」
宰相が老王の独白に対し返答する。
「何故なのだ?! 竜神族は他に対し不干渉のはず。何故ローランドに力を貸すのだ!」
「それは私にも分かりかねますが……。何か深いお考えがあっての事だと思います。こうなれば全てお話するしかないのでは?」
「ああ……。どういう理由で我が国に来られるのか分からぬが、この際そうするしか無かろう」
「はい。確かに詰問を追い返したという点では、我が国に落ち度がございますが、それ以外はご理解頂けると思います」
「逆に……」
思考を巡らすように、低く老王が呟く。
「クレハ様にお願いするのはどうであろう? 全く無関係という事でもないのだから。そうなれば我が国も無理に兵を集めたり、情報規制を敷いたりせずとも良いのではないか?」
「おお、それは素晴らしいお考えかと」
「むしろ最初からそうすれば良かったのかもしれぬな」
肩の荷が下りたように、老王は玉座に背中を預け大きく息を吐く。
その表情はどこか吹っ切れたようだった。
「確かに……。竜の事は竜に、最初から任せるべきだったのかもしれませんな……」
「そうだな」
二人の視線は、クレハ達がやって来る方向とは真逆、北を指していた。
◇◇◇
「ほう、紅竜姫がな」
「供は?」
「人間の男女と報告を受けております」
「人間の男女か」
「二人のみか?」
「はい」
闇が支配する一室。
光源はない。
その暗闇の中、場に不釣合いな美しい女の声が、二人の男に知らせを伝える。
「好機だな」
「ああ」
殺意が膨れ上がった。
それにあてられ、女は汗を滲ませる。
「アンジェリカとぶつかるやもしれませんが、いかが致しましょう?」
殺意に押されながらも、女は自分の役割を全うする。
「好きにさせればいい」
「どうせもう間に合わん」
「承知致しました」
女は深く頭を下げ、背後の扉から外へ出て行く。
外は月明かりに照らされており、室内よりも明るかった。
「さて、行くか」
「そうだな」
二人も女に続いて月明かりを浴びる。
周囲はお世辞にも綺麗とは言えない場所。
歓楽街に隣接した居住区だった。
男は居住区を出て歓楽街に入り、大通りを目指す。
ローランドやトラキア王都とは比べ物にならないが、この街の歓楽街もそれなりの賑わいを見せている。
「お兄さん一人? 良かったら寄っていってよ」
派手な化粧をして胸元を大きく開けた女が、猫なで声で近寄って来た。
「今から街を出るところでな。すまんな」
「こんな夜中から? 変な人だね。んじゃまた来る事があったら絶対寄ってよね」
キスを投げて寄こし、返事も待たずに去って行く。
男は何事もなかったかのように足を進め、大通りを経由し西門から街の外に出た。
目の前の街道は幾つかの街を経由し、霊峰フィールズの横を掠めてトラキアへと続いている。
「さて、行くか」
「ああ」
二人の男の声が夜に溶けていった。