第十八話 専任担当官マユ
確かに専任担当官って何だか凄そうな響きだけど、具体的にはどういう事をしてくれる人なのか、僕は全くの無知だった。
「えーと……アドバイスはしてもらえるんですよね?」
「ええ、それが仕事だから」
「じゃあそれで問題ありません。僕色々無知なんで助かります」
異世界から来たからね。
「そう……ならいいわ。じゃあ早速だけれど、冒険者証を見せて貰えるかしら? それと幾つか質問をさせて貰うわね」
僕は冒険者証を取り出してテーブルの上に置いた。
手渡そうとしたけど、よく考えたら目の前のは映像だし渡せる訳ない。
一瞬魔法の力かなんかで触れたり出来るかと思ったけど、マユさんは冒険者証を手に持たず顔を近づいて見ているので、やっぱり触れないみたいだ。
「十八歳なのね、私より年上ね」
「え?!」
「何か?」
無表情だけど睨まれた気がした。
マユさんの見た目は、その容姿と色気から絶対僕より年上だと思ったんだけど。
「私は十七だけど?」
女性の年齢って分からないもんだな……。
「スキルを見たいから、冒険者証を裏返しにしてくれるかしら?」
「あ、はい。でも僕スキルありませんよ」
言われた通り、冒険者証を裏返す。
「あるじゃない」
「え、だって昨日見た時──」
あった。
【一般スキル】のところは相変わらずなしと書いてあったが、【固有スキル】には三つ名前が書いてある。
【固有スキル】
・ドラゴンアイ
・ドラゴンフォース
・ドラゴンシールド
滅茶苦茶ドラゴン系なスキル名だった。
これはきっと竜力が目覚めた事と関係あるんじゃないのかな?
「……」
チラリとマユさんを見ると、冒険者証を凝視したまま無言で微動だにしない。
そう言えば固有スキルは、殆ど誰も持っていないとアンドレさんが言ってたな。
それが三つもあるんだ、驚かれても仕方がない。
というか、やっぱりチートあったんだ!
「ジンさん、貴方確か今ローランドよね? もしかして……紅竜の関係者?」
「あ、はい。一応一緒に旅する仲間です」
子作りを迫られている件は話さなくていいよな。
「そう。貴方が……」
「あの……どうかしましたか?」
「……とりあえずスキルの説明をするわ。私が説明出来るのは二つ」
二つという事は残り一つは分からないのか?
全部何となく想像付きそうだけど。
「まずドラゴンフォース。これは身体能力を全て上昇させるスキルね。竜神族の中でも一握りの者しか使えないと言われているスキル」
身体能力上昇はやっぱり基本だよな。
「次にドラゴンシールド。これはカウンタースキルの一種ね。相手の攻撃に対して攻撃すると、それを無効化する事が出来るわ。どんな攻撃でも無効化出来るという、ちょっと反則級のスキルね」
マジでチートスキルみたいだ……。
「じゃあ質問に移らせてもらうわね」
ドラゴンアイが説明出来ないスキルか。
ドラゴンアイ、竜の眼、特殊な魔眼みたいなものかな?
竜の眼から連想出来る効果なんて僕には分からないけど、帰ったらクレハに聞いてみるか。
「今から聞く質問に『はい』『いいえ』『どちらでもない』で答えて」
「三択ですか」
「『はい』『いいえ』『どちらでもない』」
「はい」
もう始まっているらしい……。
「戦闘経験はある?」
「はい」
「戦いは得意?」
「いいえ」
「戦う事は怖い?」
「はい」
「戦う術を持っている?」
「どちらでもない」
スキルの効果次第では戦えるかもしれない。
「貴方は竜神族?」
「いいえ」
「……」
マユさんは何か考えるように視線を上げ、そして再度僕を見つめた。
「男性より女性が好き?」
「はい」
何か変な質問された。
「年上より年下が好き?」
「どちらでもない」
「胸が小さいより大きいほうが好き?」
「はい!」
「そ、そう」
ちょっと引かれた気がする、なぜだ。
「美人は好き?」
「はい」
「好きな人はいる?」
「いいえ」
「マユは結構好み?」
「はい」
「結婚して?」
「は……え?」
いつの間にか、無表情だったマユさんが艶のある笑みを浮かべていた。心なし頬が紅く染まっている。
ただでさえ美人なのに、そんな表情されると……。
いやいや、おかしいだろ。突然求婚されるとか訳分からない、初めての……似たよう経験はつい最近したけど……。
「一目ぼれだったわ。結婚して?」
「最初思いっきり冷たい目で見られてましたが?」
「照れ隠しよ」
「嘘だ!」
一体何がどうなって僕は迫られているんだ。
「まぁいいわ。今日はとりあえず、私が貴方を愛していて死後同じ墓に入りたい、と思っている事を知って貰えればそれでいいわ」
「重い! とりあえず重いよ!」
「あ、それと私ヤンデレだから」
「重過ぎます……」
「まぁヤンデレというのは嘘だけれど、貴方の事を愛しているのは本当よ」
僕に向ける優しい笑顔にドキッとしてしまう。
「そんな事いきなり言われても……」
「時間をかけて愛を育んでいきましょう」
話が噛み合ってない気がする。
そしてマユさんが結構好みなため、強く拒絶出来ない優柔不断な僕。
「とりあえず私の愛する夫が無事に旅に出られるよう、アドバイスをするわ」
「時間をかけるって話はどこにいったのさ! もうそれ結婚してるじゃん!」
「えーと、とりあえずトラキアに向かうのね。仲間は紅竜と元騎士ね」
マユさんは映像外から紙を取り出し読んでいた。
そういうの予めやっておく事なんじゃ……。
「そうです、僕が足を引っ張ると思うので、マユさんに何かアドバイスを貰えたらと……」
ちょっと得体の知れないマユさんに、僕は少し萎縮気味。
「マユ」
「え?」
「私の事はマユと呼んで。そして敬語はいらないわ。ジンさんのほうが年上なんだから」
「ああ、うん」
僕の返事に満足したのか、マユは目を細めた。
「紅竜と旅をする事について、アドバイスは一つだけ」
話の切り替わりが早くて、僕はマユのペースに巻き込まれっぱなし。
「結構簡単な事よ。ジンさんは紅竜に甘えればいいの」
「甘える?」
「そう。ジンさんは弱い。私よりも弱いわ」
弱くて悪かったな!
とツッコミを入れたくなったけど、マユの真剣な表情を見てそれを引っ込める。ツッコミのTPOはしっかり弁えている僕だった。
それにしても僕、マユより弱いのか……。
こんな事務仕事をしている女性より弱いなんて、軽くへこむなぁ……。
「弱い人がいくら頑張っても、強い人の足手まといになる。無理されると迷惑なの」
「いや、だけど……」
「ペット」
ぽつりと、全く話の流れに噛み合わない単語が転がり込んできた。
「例えば、ペットが具合悪そうにしていたら、言葉が理解出来ればって思わない?」
「それは思うけど……」
「それと同じね。ジンさんが一人で我慢しても仲間は困るわ。甘えて、頼って……利用すればいい。自分は弱いと認めなければ絶対どこかで無理するわ。頑張るのは強くなってからでいいの」
僕は雷に撃たれたような衝撃を覚えた。
クレハに助けられ、殺意に怯え震えて、もっと強くなろう、迷惑をかけず一人でやれるようになろう、そう決意したばかりだったのに。
そんなのお前の独り相撲だ、と言われたような気がした。
「分かったよ。無理はしない」
マユの言葉に諭された僕は、少し居心地の悪い気分で、だけどどこか爽やかな気分になっていた。
自分の弱さを見つめて、クレハ達に頼って、そして強くなれるように頑張ろうと、意外なほど素直に切り替えられた。
「分かってくれたみたいね。まぁトラキアまで危険はないと思うけれど」
マユは満足そうに頷く。
アドバイスは終わりという事なんだろう。
それならばと、僕は最初から疑問に思っていた事を聞くために、座りを直した。
「今更なんだけど、その魔法陣ってどうなってるの?」
「この魔法陣は離れた場所に自分の姿を映し、逆にその場の映像を此方に映し出す魔法陣よ。私は今、商業都市ヴァロンにいるわ。ここに冒険者ギルド本部があるの」
「こんな大掛かりな物じゃなくて、離れた所から会話だけ出来る方法とかないの?」
「あるにはあるけど……三分くらいしか出来ないわね。そして結構いい値段するし、更に使い捨て。魔法陣は魔力を流せば何回でも使えるのよ。ただし魔法陣はもう誰も作れないから、冒険者ギルドが管理している物で全てね」
魔法陣は過去の遺物で、作成方法は謎らしい。
よく見たら目の前の魔法陣は、床に描かれているのではなく、描かれた床をそこにはめ込んだようで、うっすらと継ぎ目の四角い線が見える。
冒険者ギルドが魔法陣を独占出来ている理由は、大昔に冒険者ギルドが作られた時、その創立メンバーに魔法陣作成者がいたからなのと、ギルドが中立でどこの国にも肩入れしないからだそうだ。
「それ、持って行って」
マユが指差した先にあるのは、小さな巾着袋。
僕は巾着袋を手に取り、紐を解いて中から青い玉を取り出す。
それはペンキのように青々とした色の、手にすっぽり包み込める大きさで、手の平にひんやりとした温度が伝わってきた。
「これは?」
「通信の宝珠。私の声が聞きたくて、夜も眠れなくなったら使って」
それは……緊急時に使ってという解釈でいいんだろうか?
「各地の冒険者ギルドには大抵魔法陣が設置してあるわ。何か聞きたい事が出来たら遠慮なく聞きにきて。もちろん何もなくても来なさい」
何故か命令系だった。
「ありがとう、何かあったら頼りにさせてもらう」
「……ん」
小さく頷いてマユは目を細めた。
どうやら嬉しいと目を細めるみたいだ。
この短時間で相手の考えている事が分かるくらい打ち解けたみたいで、僕はなんだか嬉しくなった。
「それじゃあ結婚式の内容について話し合いましょうか」
……前言撤回。