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第十五話 覚醒と暴走

 熱い。

 胸が焼けるように熱くて……そして痛い。

 心臓を握っては離し、握っては離しと繰り返しているような、拷問に似た痛みに耐えられなくなって、僕は外の世界に逃げ出した。

 途端に飛び込んで来る光の奔流に、僕は耐えながら、顔を顰めながら、徐々に重い瞼を上げていく。

 不思議と痛みが弱まるを感じる。

 ぼやけた視界が少しずつ鮮明になっていって、気付けば眼前一杯に、真っ青に澄んだ雲ひとつない天井が広がっていた。


ああ、今日はいい天気だなぁ……。


「ぐっ……!」


 そんなとぼけた事を考えた罰なのか、再び僕の胸に襲来する激痛。

 呼吸がままならないほどの痛みに悲鳴を上げたけど、痛みは冗談みたいにすぐ霧散する。


「ジン君!」

「婿殿!」


 紅い瞳と銀の瞳が、心配そうに覗き込んできた。

 頭に感じるこの柔らかさ、真上から見下ろすセシリア、どうやら僕は彼女に膝枕されているみたいだ。

 気恥ずかしい気持ちはあったけど、慌てて起き上がれる元気はなくて、それをいい事にしばらく柔らかさを堪能してみる。


 何だか凄く落ち着く。

 痛みも完全に引いていた。

 少し首を動かそうと、軽く力を入れてみたけど動かない。

 もしかして首に大きな怪我をしたのではと心配になったけど、覗き込むセシリアの角度を見て、僕の心配は彼方へと吹き飛ぶ。


 これはっ! 夢にまで見た真の膝枕!


 膝枕と言えば、膝と頭が直角に交わるのを想像しがちだけど、僕はそれを断固違うと言いたい。

 真の膝枕とは、両太ももの谷間に頭を乗せ、後頭部を太ももに挟まれるという、正に至福、正に桃源郷。

 これが膝枕と言わず、何が膝枕なのだ?!


「婿殿……良からぬ事を考えておるのが顔に出てとるぞ」


 上から幼女の冷たい視線が、槍のように降り注いだ……。


「無事なようで何よりじゃ……」


 溜息つかれた。

 セシリアは潤んだ瞳で僕を見つめ、しきりに頷いていた。


 二つの視線を一身に受けて、僕は居た堪れない気持ちになり、体を起こそうとお腹に力を込める。

 その瞬間、また胸に痛みが走る。

 少し痛みに慣れたのか、それとも痛みが弱まったのか分からないけど、今度は声を上げる事はなかった。

 すぐに痛みは治まり、ゆっくりと上半身を起こす。

 

 少しだけ首を動かして、辺りを確認する。

 目に映り込むのは、剥き出しの地面と誰もいない観客席。

 どうやらまだ実技講習会場にいるみたいだ。

 そこでやっと、自分の身に何が起きたのかを思い出した。

 ああ……そうだった、僕はあの豹頭の獣人から蹴られて吹き飛ばされたんだ……。

 クレハが助けに来てくれて、一瞬で獣人を倒したのを覚えている。

 その後の記憶がないので、きっとそこで意識を失ったんだろう。

 なんだか情けない……。

 もちろん普通の人間にどうにか出来る相手じゃなかったって事くらい分かるけど、やっぱり情けないという気持ちが沸いてくる。

 

 それにしても……あの獣人は一体何者なんだろう?

 どうして僕を狙ってきたんだ?

 アンドレさんは黒豹って言っていたけど、何だか普通じゃない反応だった気がする……。

 黒い毛並みの豹頭獣人、邪槍という魔法のような攻撃、そして何故か僕を殺そうとする……。

 

 何か思い付きそうになった時、僕の背後から正面に回ったセシリアが、膝を曲げ同じ目線で見つめてきた。


「一応魔法で治療はしました。私の魔法で治療出来る程度で本当に良かったです」


 掛けられた言葉の意味が分からず、少しばかり呆けてしまう。

 僕の体の事を言っているのだとようやく理解して、試しに腕を動かしてみると、痛みもなく軽やかに反応した。

 折れた気がしていたんだけど、魔法の効果かな? 全く痛みもしない。

 攻撃魔法ばかり気にしていたけど、回復魔法があっても不思議じゃないよな、むしろないと変だ。


「ありがとうセシリア。でもさっきから時々……っ……胸が痛むんだ……」


 お礼の言葉を口にした途端、また胸に痛みが走る。

 どうもさっきから一定周期で痛んでいる気がする。

 ただ幸か不幸か、最初に比べると徐々に痛みが和らいでいる感じ。

 セシリアは心配そうに眉尻を下げて、不安の色を濃くした瞳を僕に向けてくる。

 そしてゆっくりと伸ばしてきた白い指先が、だけど褐色の指が追い抜いて僕に辿り着く。


「婿殿の竜力が目覚めてしまったようじゃ……」


 探るように小さい指を動かして、最後は僕の胸にそっと手の平を押し当てた。


「命の危機に晒された時、とっさに目覚めたのであろう。無意識の内に竜力を使い、それと同時にスキルを発動させた。それも自己治癒効果があるスキルだったようじゃ、セシリアが来るまでに少し回復しておった。お陰で軽症とは言わないまでも、セシリアの魔法で回復出来る程度の怪我ですんだみたいじゃしな」


 あの時の心臓の痛み、あれが竜力の目覚めた瞬間だったのかな?

 そしてスキルのお陰で体が金色に輝き、獣人の攻撃に一時的だけど耐えた。

 獣人の蹴りは、陳腐(クレハ)な例え方をするなら、猛スピードで走るバイクと正面衝突したような感じだった。

 そんな目に遭って無事なはずがないし、普通なら即死だと思う。

 だけど僕は生きているし、尚且つ重症ではなかったというのだから、結構凄いスキルなんじゃないかな、治癒能力もあるみたいだし。

 もう一度両腕を動かして、今度は胸の位置に構え拳を力強く握る。

 肌が白くなる程力を込めても、痛みはやっぱりない。


「婿殿が時折胸に感じている痛みは、竜力が暴走している痛みじゃ。今は綱引きのように引いては引かれ、引いては引かれの繰り返しじゃろうが、自然と治まるので心配せんでよい」


 優しげな瞳を向けながら説明するクレハ。

 でも例え話の下手さで全部台無しだった。

 全部引いてるじゃん。なんで綱引きで例えたんだ……。


「よかった……」


 安心して背中を地面に投げ出した。

 既に汚れている服の事なんて、全く気にせずに。


「妾はちゃんと言ったぞ、発作のように時々苦しむとな。無論発作はまた起こるし、早く治療せねば間隔も狭くなり命に関わるからの。これで霊峰フィールズに急がねばならんくなったの」


 目を細め口角を上げ、口元を指先で隠しながらクレハはクククと笑う。

 急に憎たらしい態度に変わったクレハに、少しイラッとしたのだけど、それは僕を治療する事が出来る自信の表れなんだと、すぐに理解して逆に嬉しくなる。

 そしてそう思えるくらい、クレハを信頼している自分に少し驚いた。


「そうだね、【お前】の言う通りだよ」


 自然とそう呼んでいた。


「へ?」


 間抜けな声が返ってきた。


「む、むむむむむ婿殿! い、今何と申した!」


 クレハは機関銃のように【む】を連発しながら、凄い形相で詰め寄ってきた。


「え? 言う通りだよ?」

「ちーがーうー。もっと前じゃ!」


 両手を広げ、上下にぶんぶん。

 完全に駄々っ子だった。


「そうだね?」

「絶対わざとじゃ! わざとやっておる!」


 ばれていた……。

 いや、改まって聞き返されると恥ずかしいし。

 まぁでも……。


「【お前】?」

「はぅ!」


 クレハは突然ビクンと、心臓を打ち抜かれたかのように体を仰け反らせる。


「【お前】……大丈夫?」

「ひゃふ!」

「……【お前】」

「ひぅ……」


 ガクリと膝を折り、両手で地面を支える。息も荒い。


「もうやめるのじゃ……妾の乙女心は零よ」


 乙女心が零になったら駄目だろ……。



 

「痛みが治まっているうちに室内に移動しましょうか」


 グッタリとしていた幼女が復活したのを見計らって、セシリアが冒険者ギルドを指差した。

 因みにクレハは気味悪い笑みを浮かべながら「お前じゃて、お前じゃて。ククク」とぶつぶつ呟いていて少し怖い。


 いつまでもここで寝ている訳にもいかないと思い、僕はセシリアの提案に頷き、ゆっくりと体を起こし立ち上がった。

 立ち上がった時に軽い立ち眩みを覚えた僕を見て、セシリアが肩を貸すと申し出てくれた。

 本当はすぐに治ったのだけど、背を向けるセシリアのうなじに吸いよせられて、僕は恐る恐る肩に腕を回していた。


 肩を貸して貰いながら冒険者ギルドへと進む途中、少し離れた場所に獣人の()が見えた。騎士団の人達が集まって何やら調べているみたいだ。


「すぐに騎士団に知らせて貰いました。後のことは彼らにまかせましょう」


 首のない体を見ても、何の感情も湧かなかった。

 ああ死んでいるんだと、普通に受け止められている自分が不思議だった。

 一瞬の事で分からなかったけど、クレハが獣人の頭を刈り取ったのは理解している。

 獣人の首を刈り取ったクレハに対して、僕は恐ろしいと──感じなかった。

 自分の味方だというのもあるし、殺されそうになったところを助けて貰ったのも大きいと思う。

 でも一番は……獣人の屍を見ている僕の顔色を、さっきからチラチラと子犬のような瞳で伺っているからだ。 

 きっと僕がクレハ対して、恐怖を感じていないか心配なんだろう。

 そう考えると何だかおかしくなって、自然と笑顔がこぼれる。


「クレハ」


 僕が名を呼ぶとクレハの肩が、小動物のように小さく跳ねる。


「助けてくれてありがとう。クレハが来てくれなかったら僕死んでた」


 クレハは一瞬驚いた顔をしたけど、直ぐに表情を険しくして唇を噛み締める。

 目尻が潤んでいるように見えるのは気のせいかな。


「礼などいいのじゃ……。むしろ助けが遅くなってすまなかった。もっと早く来ていれば、婿殿を危険な目に合わせずに済んだものを……」


 自責の念を吐くクレハの頭に、僕はそっと手を伸ばし優しく撫でる。

 目を強く閉じて僕の手を受け入れたクレハは、おずおずと右目から開いていく。


「また危ない目に遭ったら助けてくれるよな? 頼りにしているぞ」


 言った後になんとも情けない台詞だと気付いたけど、これが僕の正直な気持ち。

 そしてクレハが笑顔で「勿論じゃ!」と返してくれたので、きっと間違った台詞ではないはずだ。

 

 セシリアの肩に回す二の腕に、ポニーテールの先がチクチクとちょっかいを掛けてきているのを感じながら、僕達は冒険者ギルドへと入っていった。



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