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第十四話 黒豹

 実技講習会場はギルド一階を抜けて、裏手に出たところにあった。

 そこは講習会場と言うより……思いっきりコロシアムだった。直径六十メートル程の円形広場、足元はむき出しの地面。

 円形の広場を古めかしい壁が取り囲んでいるけど、そこそこ手入れはされているみたいで、ひび割れていたりはしないし、地面には雑草も見えない。

 観客席もちゃんとあるんだけど、誰も座っていないので若干寂しい雰囲気がある。

 乾いた風を頬に感じながら、僕は場の雰囲気に少し気後れしてしまっていた。


 多分今頃クレハ達は、冒険者ギルドの真向かいにあるカフェで、優雅にお茶を楽しんでいるはずだ。

 何でもギルドのソファーに座っていると、新米冒険者からベテランの冒険者まで、幅広い層から声を掛けられ面倒らしい。

 場所も気にせずナンパする男はどこの世界にもいるもんだと、僕はある意味関心してしまう。

 ちなみにナンパされる数はセシリアよりクレハのほうが多いらしく、本当に男の八割はロリコンなのかと思ってしまう。

 大丈夫かこの世界の男は。

 いや、心配するべきなのはこの世界の幼女なのかな……。

 

そんな馬鹿な事を考えていると、気分も少し楽になってくる。

 ただの見学だからそもそも気負う必要ないんだけどね……。

 

 

僕が練習場に到着した時には、既に受講生は全員揃っていて、アンドレさんが早くこっちに来いと視線を投げかけてきた。

 五分前に来た僕が最後だなんて、皆やる気に満ち溢れているんだな。


「全員揃ったので、まずは冒険者証を配る。各自スキル欄を確認しておくように」


 スキル?

 え、今アンドレさんスキルって言った?


「あの、スキルって?」


 僕が遠慮がちに聞くと。


「お前……初心者講習を受ける程度しか知識を持っていないからと言っても、スキルも知らないのか? どこの田舎出身だよ」


 呆れられた。

 いや、違うんだ。スキルがどんなものかは想像が付く。

 ただこの世界にスキルという、ゲームみたいなシステムがあるのに驚いただけなんだ。


「スキルというのは特殊能力だな。固有スキルと一般スキルの二種類ある。固有スキルは殆ど誰も持っていないが、非常に強力なスキルだ」


 固有スキル! これきっとあれだ!

 異世界物お約束のチートスキル!


「じゃあ配るぞ~」


 アンドレさんが一人一人に冒険者証を手渡していく。


「ほれ、お前のだ」


 手渡されたのはテレフォンカードくらいの、鋼色した薄く硬いいカード。

 と言うか運転免許証に似てる。

 右側にはどうやって撮ったか知らないけど、僕の顔写真。

 他にも名前やら年齢やらが書いてある。


「スキルはどこだ?」


 カードを裏返すと、そこにスキル欄があった。


【固有スキル】

 なし

【一般スキル】

 なし


「ないじゃん!」


 どういう事だよ。異世界転移してスキルなしとか、酷すぎるだろ。


「スキルがなかった奴も気を落とすなよ。殆どのスキルが後天的に発現するんだからな」


 うーん……。僕の場合、異世界に来た時点で発現しそうな気もするけど……。

 落ち込んでもしょうがないから、後天的に発現する事に期待しよう……。



「それでは実技講習を始める。まぁ講習と言っても、既に何かしら習得している者だけだ。そうでない者は少し離れて見ているように。見るだけでも勉強になるからな」


 そう告げられたので僕は中央から離れた場所、アンドレさんの斜め後方から立ったまま見学する事にした。


「それでは一人目、お前からだ」


 一人目は十五歳くらいの金髪の美少年で、片手剣に盾といったスタイル。

 攻守のバランスが取れたスタイルみたいだけど、彼の振るう剣はアンドレさんの扱う剣に軽々と弾かれてしまい、盾での防御はアンドレさんが敢えて盾に当てているように感じた。 

 まぁ講習を受ける程度なので、動きに期待する方が酷かな、なんて自分の事を棚に上げ、解説者ぶってみたり。


 それにしてもやっぱり眼前での攻防というのは迫力があるな。

戦う姿に胸が熱くなるのは、僕が男だという証拠なのかもしれない。

 セシリアとシェリルさんの戦いは……世界が違いすぎて全く現実味がなかったからな。


 一人五分ほどの模擬戦を行って、アンドレさんは全員にアドバイスをしている。

 一流と呼ばれるランク8の冒険者に模擬戦をしてもらい、終わった後にアドバイスを貰えるのだから、きっと良い経験になるだろうな。

 

 最後の一人は僕と同い年くらいの、白い犬の耳があるスラリとした男の獣人で、ズボンの後ろに穴があってそこから白く長い尻尾が出ていた。

 獣人と言っても、見た目は獣耳と尻尾しか人間との違いはなくて、殆どコスプレに近い感じがする。

 見た事ないだけで、獣が二足歩行しているようなタイプの獣人もいるのかな?

 獣人を観察していると一瞬視線がぶつかって、琥珀色したその瞳に僕はどこか虚ろで不気味な印象を受けた。


 獣人は無表情で、静かにアンドレさんの前に進み出る。

 攻撃手段は武器を持っていないので多分素手。

 それを見たアンドレさんは、手に持っていた剣を無造作に投げ捨てた。


「いつでもいいぞ」


 アンドレさんが放った開始の合図と同時に、獣人はステップを刻むように、トントンとその場で軽く何度も飛ぶ。

 何度目かの着地の後、獣人はまるで本物の獣が襲い掛かるように、低い角度で飛び出し一気に間合いを詰めアンドレさんに肉薄した。


 これが獣人の身体能力? 

 初心者でこんな早い動きが出来るなんて、獣人ってすごいな……。

 もちろんセシリアに比べたらまだ目で追える速度なんだけど、これで初心者というのは正直自信をなくしてしまう。

 僕の目的は冒険者じゃないんだから、気にしなくていいのかもしれないけど……。

 他の受講者も一様に目を見開いて呆然としてるから、もしかしたらこの獣人がすごいだけなのかもしれないけど。

 

 アンドレさんの懐に一瞬で潜り込んだ獣人は、そこから更にぐっと体勢を低くし、アッパー気味の強烈なボディーブローを繰り出す。

 アンドレさんは両腕を前で合わせガードするけど、ボディーブローの威力を抑える事が出来なくて体が僅かに宙に浮いてしまう。

 すかさず獣人は体を捻って宙に浮いたアンドレさんに対し、これまた強烈な後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 それをもガードしたアンドレさんは流石だと思ったけど、空中でガードしたためそのまま吹き飛ばされる結果になった。


 僕は人が蹴られて空を飛ぶのを始めて見た。

 軽く十メートルは飛ばされたのだと思う、アンドレさんは背中から地面に激突した。

 そこから一転、二転、最後は空を見上げる形でアンドレさんは止まった。

 死んだんじゃないかと思えるほど衝撃的な光景だったけど、アンドレさんは地面に手を着きよろよろと上半身だけを起こした。

 そして何度か咳き込んだ後。


「……お前只の……初心者じゃねぇな。何モンだ!」


 獣人を見据えて(うめ)いた。


 獣人はアンドレさんを無視して突然向きを変える。


 僕へと。

 

 十五メートルほど間を空けて、僕達は正面から視線を交わす。

 その時になってやっと僕の頭は、その獣人が昨日僕達の後を着いて来ていた獣人だと思い(いた)る。

──狙いは僕!

 直感的にそう思った。


「おいっ! 逃げろ!」


 一流冒険者の切羽詰った声が、僕の考えを肯定するように響き渡る。

 他の受講者はその叫び声で我に返り、自分達に言われたと思ったのか慌てて出口に走り出す。

 

 獣人に変化が起こったのはその時だった。

 目に見えるほどドス黒いオーラが獣人から湧き出て、その体を這い回るように包み込み、そして頭部が猫科の猛獣へと変化していく。

 変化は頭だけじゃない。

 シャツと靴は破れ、その体は白い毛で覆われていた。

 足は猫科のそれと酷似していて、人間ではありえない曲線を描いており、既に見た目は人間じゃなくて、服を着た獣が二本足で立っているといった感じだ。

 そして徐々に、白い毛がドス黒いオーラに犯されるように黒く変色していく。

 さっきまで虚ろだった目が、生気を取り戻したかのようにギラギラと光を放つ。


「黒豹!」


 アンドレさんが叫んだ刹那(せつな)、その獣人は何も持たない右手を振りかぶった。


──やばい!

 悪寒を感じた僕は直線状から体を逸らすように、上半身を左へ(かたむ)け始めていた。


「……『邪槍(じゃそう)』」


 力の(こも)った声で獣人が呟くと、右手にオーラと同じドス黒い短槍が現れる。

 そして弓のように体全体をしならせ、その黒い槍を僕に向かって放った。

 黒槍はその身に黒い(いかづち)(ほとばし)らせ、迷う事なく僕に向かい高速で飛来する。

 それを見た僕は恐怖に身が(すく)み、まるで金縛りにあったかのように体を硬直させた。

 そしてそのまま地面に倒れた。

 次の瞬間、先ほどまで僕の頭があった場所を黒槍が轟音と共に通過する。

 倒れた体に、遅れて突風がぶつかる。

 そして後方から、壁が破壊されたような爆音が耳に届いた。 


 僕は正直、避けた訳じゃない。

 振りかぶった動作に対して、何か投げられると勝手に体が反応して動いただけ。

 情けない言い方だと、びびっただけ。

 多分セシリアと最初に会った時の出来事がなければ、それすら出来なかったと思う。

 あまりの恐怖に体が固まったのも、逆に良かった。

 上半身だけ左に傾けていたなら、回避範囲が狭くて直撃でなくても巻き込まれていたと思う。

 体が硬直したお陰で、左に傾けていた上半身に釣られ倒れこんだのだから……。

 でも今のは一体何だ?

 あれが魔法?

 何で僕に向かって攻撃して来たんだ?

 直撃していたら……間違いなく僕は死んでいた。

 全身の血の気が、地面に吸い込まれていくような感覚に陥る。


 あいつは僕を殺そうとしている。

 それは生まれて初めて感じた明確な殺意。

 何故なのかは分からないけど、間違いなく僕の命を消そうとしている。


 体に付いた砂を払うこともなく、慌てて立ち上がる。

 それと同時に獣人が走り出す。

 地面を(えぐ)るような疾走。

 僕との距離を驚くほどの速さで詰め、四メートルほどの距離に到達したところで──跳んだ。

 跳躍は上ではなく、ほぼ真横に。

 まるで自分を一本の槍、獣槍に見立てたかのように、それを突き刺すかのように。

 黒い雷を帯びた右足を突き出し、僕に向かって跳び掛かってきたのだ。

 僕は咄嗟に、両腕を胸の前で交差させる。

 その時にはもう目の前まで、獣槍が迫っていた。

 四メートルの跳躍と、僕が腕を交差させる速度は同じだったのだ。


──死ぬ。

 交差した腕に獣槍が当たる直前、僕は確信した。

 圧倒的な速度。

 震えるほどの力強さと鋭さ。

 そして殺意を(みなぎ)らせた琥珀色の瞳。

 それらを見て、僕は死を想った。


──────そして僕の心臓が鳴った。


「あっ、ぐっ」


 心臓が爆発四散したかと思うほどの衝撃が、内部から先に(・・)やって来た。

 数瞬遅れて、交差した腕へ獣槍の穂先が到達する。

 凶悪な獣槍の穂先は僕の命を貫き──はしなかった。

 それどころか僕を吹き飛ばす事さえ出来ず、交差した腕と空中で拮抗している。

 

 空気が振動する。

 拮抗する力が暴風を作り、周囲の砂が空へ舞う。

 黒い雷が僕の腕に弾かれるように、黒い雷が四散している。


 その時僕の体は、柔らかな暖かさに包まれていた。

 交差した両腕が金色に輝いている。

 もしかしたら体全体が、金色に輝いているのかもしれない。

 僕は何が起こっているのか全く分からず、ただ全身に力を込め獣槍に耐えていた。


────そしてまた心臓が鳴った。


 心臓を締め上げる苦しみに息を呑む。

 それが合図のように、急速に体を包む金色が霧散していって、防ぐ力が失われ始めている事に気付く。 

 獣槍の口角が不気味に上がる。

 次の瞬間、僕は何かが折れるような嫌な音をその場に置き去りにして、後方に吹き飛ばされていた。

 何メートル飛ばされたのかは分からない。

 激しい衝撃と共に、地面に激突。

 それでも勢いは止まらず、そのまま転がり続け──。


「がはっ……」


 練習場の壁に大の字で打ち付けられ、僕はやっと止まった。

 停止した事により遅れてやってきた激痛。

 全身に激痛が走ったが、特に背中と両腕が痛んだ。

 息が上手く吸えなくて、肺が空気を欲しがり口腔が宙を彷徨う。

 両腕は動かない……。

 きっと折れているんだと思う。

 でも僕は、両腕の激痛も呼吸も、全てを放り投げ正面に目を向けた。

 そして、その最悪な光景に目を見開いた。

 こちらに向かって、再度投擲の体勢に入る豹頭の獣人。


「……『邪槍』」


 獣人が言葉を紡ぐと、右手に禍々しい黒槍が出現する。

 さっきよりもゆっくりと、動けない僕に狙いを付けるかのように、獣人は体を反らせて力を溜める。

 そして解放。

 こちらに向かい投擲する姿を、僕はまるでスローモーションのように感じて、それを眺めていた。

 飛来する死の黒槍。

 それは確実に命中し、確実に僕の命を奪う槍だった。

 

 今度こそ、そうなるはずだった──。


「させるか(たわ)け!」


──けどまたそうならなかった。


 突如現れたのは紅く長い髪を振り乱し、僕と獣人の間に立ち塞がる幼女。

 左手には揚力を失った黒槍。


「貴様ぁ!」


 怒りの篭った声と共に、掴んだ黒槍を中央から握り潰すようにへし折る。

 ガラスの割れるような音と共に、黒槍は砕け消滅した。

 突然の乱入者に対し、豹頭の獣人は大きく後方へ跳び距離を取る。


「クレ……ハ……」


 僕は声を振り絞り、最後の力でその名を呼ぶ。


「すぐセシリアも来る、もう少しの辛抱じゃ!」


 前を向いたまま、小さな背中越しの叫び。肩が僅かに震えていた。


「やってくれたのぉ……獣風情がっ!」


 眼前の獣に竜が(ほえ)える。

 空気が震え、大地が揺れるような咆哮(ほうこう)

 それは巨大な竜の力を、小さな体が間違いなく内包している証。

 僕はクレハの背中に巨大な竜の()を、だけどはっきり見た。

 そしてクレハが駆ける。

 立っていた地面が、何かに削り取られたかのように、後から(えぐ)れた。

 紅い閃光が帯を引きずり、(はし)る。

 二十メートルはあろうかという距離を、一瞬で詰めたと思えば、そのままクレハは獣人を通り過ぎていた。

 振り抜いた形で止まった右手に持つのは────豹頭。

 立ち尽くす獣人の体。

 そして遅れて──。

 今気付いたかのように、豹頭を失った体はそこから紅い大輪の花を咲かせ、ゆっくりと地面を抱いた。

 あまりの出来事に僕は事態を把握出来ずにいたけど、クレハがこちらを振り返り心配そうな表情で走って来るのを見て、終わったのだと理解した。

 安心した僕の視界は、徐々に黒く塗潰されていった。


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