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第十二話 男の八割

「のう婿殿、ここは妾達、手を繋ぐべきではないか? むしろ繋がねばならぬのではないか?」

「なにがむしろだよ。手なんか繋いで『婿殿』なんて呼ばれた日には針の(むしろ)だよ!」

「何訳の分からぬ事を言っておる」


 ぷにっとした温かい手が、僕の手を握る。

 

「あ~もう。……絶対『婿殿』と呼ぶなよ」

「了解じゃ! 婿殿」


 ……言うと思った。

 こんな状態で人通りの多い東通を歩いていたら、王都の人達に『僕ロリコンだぞー! ひゃほーい!』って言い触らしているようなものじゃないか!


 一体どうしてこうなったんだ……。


 ◇◇◇


「今日セシリアは都合が悪いので、妾と二人じゃ。折角なので婿殿に王都案内をしてやろう」


 王城に行った翌日、朝食の席でクレハがそんな殊勝な事を言い出した。


「ごめんなさいジン君。私、騎士団の引継ぎで城に行かなければならなくて……」

「いやいや、セシリアが悪いんじゃないから。じゃあ僕は今日一日家でゆっくりしておくよ」

「妾の話聞いておったか?」

「うわっ!」


 テーブルの下、丁度僕の股の位置からぬっと顔が出てきた。


「クレハ様、お行儀が悪いですよ」


 セシリアに注意されてクレハは「う~」と唸っている。


「ジン君も、クレハ様が案内して下さるって仰っているのですから、そんな意地悪を言っては駄目ですよ」


 う~。


「分かったよ。じゃあ今日一日はクレハの面倒を見ながら王都見物してくるよ」

「妾が面倒見られる事になってる?!」

「まぁまぁ、結局お二人で王都を回るなら同じじゃないですか」


 セシリアさんも案外言うな。


「それもそうじゃな」


 チョロかった。


 ◇◇◇


 ぶんぶん。

 ぶんぶんぶん。


「あの、クレハ。そんなに繋いだ手を振り回さないで欲しいんだけど」


 腕が痛くなってきた。


「おお、すまぬすまぬ。……べ、別に嬉しくなんてないんだから……ね?」


 突然ツンデレ属性になった。


「何だそれ?」

「はしゃいで注意されたらこう言えと、ポニーナのやつが……」


 何変な事教えているんだ、あのクールメイドさんは……。


「注意されたら大人しく言う事聞けばいいだろ」

「お! ほれ見るのじゃ婿殿。美味そうな肉じゃ」

「聞けよ!」

 

 中央広場から東に伸びている大通り、それが今いる東通りだ。

 ここは、言わば商店街のようなところ。

 昼食時も近いからなのか、所々立っている屋台からは、食欲をそそる香りが運ばれてくる。

 その屋台の一つ、串に肉を刺して焼いている焼き鳥のような物が、クレハのロックオン対象。

 ちなみに大きさは普通の焼き鳥の三倍くらいあるという豪快さ。

 僕を強引に引っ張りながら屋台に近づいて、キラキラと目を輝かせている。


「美味そうじゃの!」

「お! お嬢ちゃん分かってるな! 買っていくか?」


 バンダナ巻いたおっちゃんが言う。


「……」


 振り向いたクレハの目は、もうキラキラじゃなくてギラギラだった。

 クレハはお金を持っていない。

 そして僕は……持っているのだ。

 と言っても、セシリアから貰ったんだけど。

 何だかヒモになった気分で複雑だけど、異世界でもやっぱりお金は必要なので、ここは理想じゃなくてもヒモ生活をするしかない。


「ク~ン……」


 なんかクレハが犬みたいになってるし。ドラゴンだろ……。

 セシリアからお金を受け取る時に『ジン君がきちんと管理して下さいね』と言った意味が分かった。

 クレハにお金を渡していたら、二十メートルも進まないうちに財布が空になるだろう。


「今は駄目、行きは見るだけ。何か買うなら帰り道な」


 東通を進めば東門に突き当たるので、自然と来た道を引き返す事になる。

 一本横道に入ったりすれば新しい発見もあるんだろうけど、頼りないクレハ(案内的に)と一緒なので冒険はしないほうが無難だ。


「おいおい兄ちゃん。こんな可愛いお嬢ちゃんが欲しがってるんだ。買ってやるのが甲斐性ってもんじゃねぇか?」


 クレハがおっちゃんの言葉に合わせてヘッドバンギングしている……。

 いや、別にいんだけどさ。

 行きに売っている物を見て、帰りにそこから選んだのを買えば効率がいいって思っただけだから。


「分かったからそんなに首振るなよ。但しもう帰りにしか買わないからな」

「さすが婿殿!」


 結局二本購入。

 巨大焼き鳥(何の肉かは不明)を両手に持ってクレハはご機嫌だ。


「見よ婿殿! 二刀流じゃぞ!」

「はいはい、すごいすごい」

「駆け出し冒険者が、二刀流をやりたがるのも分かるのぉ。これ最強じゃもん」


 じゃもんって。


「しかし何故かすぐに二刀流を止めよる。不思議じゃの」

「見た目は格好良いけど、難易度高いからじゃないか?」


 元の世界でも一時、二刀流が流行った事があったな。MMOの話だけど。

 大人気ラノベが原因だったんだが、おかげで二刀流だけじゃなくて、ラノベの主人公と同じ名前まで流行って凄いことになっていた記憶がある。

 街エリアで見渡せば、必ず黒服の二刀流○○ト君が目に入ったもんな。


「よし、妾も二刀流は止めておこう」

「一本食べただけだろ! 僕の分よこせよ!」



 焼き鳥(結局なんの肉だったのか)を食べ損なった僕と、ご機嫌なクレハは東門に到達していた。

 商いがメインの大通りだからだろう、東門は南門と違い圧倒的に荷馬車の出入りが多い。

 高くそびえる城壁、巨大な口を開けた門、その奥見える緑の平原と行き交う荷馬車。

 これでもかというほどのファンタジー風景を、僕は足を止めて眺めていた。


「婿殿、外には出らんのじゃからここが終点じゃ。引き返すぞ」

「ああ、そうだな」


 僕はクレハに言われるがまま、体の向きを変える。


 そこで視界の隅に変なものが映った。

 来る時には気付かなかったが、十メートルくらい戻ったところの建物と建物の間、細い路地を塞ぐように設置された机の上には、バレーボールくらいの大きな水晶。

 その向こう側に佇み、こっちを向いて手招きする黒ずくめの老婆。


「占い師だな」

「占い師じゃな」


 クレハも気付いたみたいで、僕達の出した答えは一致。

 元の世界で、占い師像を極限まで大げさに表現した感じの人がそこにはいた。

 簡単に言うとベタな占い師が手招きしていた。


「帰ろうか」

「うむ」


 無視した。


「まてまてまて」


 目の前を通り過ぎようとした僕達を、老婆が慌てて制止する。


「折角親切で忠告してやろうとしとるのに、無視するとは……」

「え、いや、すいません……。何かめっちゃ怪しかったんでつい」


 一応謝るあたり、僕って日本人だなぁと思う。


「まぁええわい。もうやんわり教えてやるのはやめた。人の親切心を踏みにじった罰と思え」

「何故妾達責められておるのじゃ?」

「さぁ?」

「まずそこの小娘!」


 クレハがビクッとなる。


「そこの坊主はロリコンではない! よってお主に魅力を感じておらん!」


 占い師の言葉にクレハがムンク化した。叫びだ。心なしか背景が禍々しくなった気がした。


「嘘じゃろ婿殿……。男の八割はロリコンなんじゃろ? 婿殿もロリコンじゃよな?」

「あとの二割を考慮しろよ。そしてその考えはどこからきたんだよ!」

「ポニーナが……」


 またあのクールメイドかっ!


「もう一つある」

「ひぃ……」


 クレハ涙目。

 占い師が僕を指差す。

 何故か背筋が震えた。


「坊主、お前は遠くないうちに大事な者を四人失う。小娘、お前はそのうちの一人だ」


 僕達は絶句した。


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