第十一話 聖剣壊しのセシリア
11月23日現在ここまで改訂済み
「セシリア、言いたくなければ言わなくていいけど……。シェリルさんが言っていた事ってどういう意味?」
王城から帰って来た僕達は、ポニーナさんの淹れてくれた紅茶を例の殺風景な部屋で、クレハを待ちながら飲んでいた。
鍛練場でシェリルさんが言った言葉が頭から離れず、僕は一人悶々と百面相をしていたみたいで、セシリアにくすっと笑われ「どうしたのですか?」と問われるはめになった。
幾ら頭を捻ったところで、知らない物は知らない訳で。
正直女性に対して詮索するのは気が引けるけど、僕は投げられた問いに便乗したのだった。
「魔力剣とか諦めたのかとか、セシリアの魔力に耐えられる剣があるはずとか……」
僕はそう恐る恐る切り出したのだけど、セシリアは特に気にする様子もなくて、ちょっとお待ち下さいと言わんばかりに優雅に紅茶を口に含んだ。
「シェリル様が仰っていたのは、魔力剣という……簡単に言うと武器を強化する手段ですね」
「強化?」
「はい。普通の剣では傷を付けられない相手に対して使う手段、と言えば分かりやすいですかね。勿論剣だけではなく槍や斧、熟練者になれば矢にも使用出来ます」
「それは要するに、武器の切れ味を上げる技って事?」
「基本はそうですね。魔力を込める事によって堅い魔物にも剣が通るようになりますし、鍛練を積めば武器の強度も上がるようになります。魔法の素質がある人なら、それに属性も付与出来ますし──」
思い出したように両手をぽんっと合わせたセシリアは「あ、それは魔法剣って言うのですけどね」と続ける。
魔法剣というのはゲームなんかでよくある、相手の弱点に合わせて武器に属性を付与し与えるダメージを上げるというものみたい。
「魔法の素質がない人の魔力量を一とすると、生活魔法を使える人は五、魔力剣を使える人が十、初級魔法が使える人が二十、魔法剣と中級魔法が使える人が四十、上級魔法が使える人が六十となっています」
「なるほどね、クレハより分かりやすい説明の仕方で助かる」
セシリアは返答に困ったのか「あはは」と空笑い。
「それで恥ずかしい話なのですが……私の場合魔力の調整が下手で、魔力剣を使うと剣を破壊してしまうのです」
「魔力の調整ってそんなに難しいのか」
シェリルさんとの戦いで見せた、恐ろしいまでの技量。
あれを持つセシリアが調整出来ないという事は、魔力調整というものは相当難易度が高いに違いない。
もちろん剣の技術と魔力調整は全く別物という可能性も、ありえない話ではないだろうけど。
「そこからは妾が説明しよう」
いつの間にか帰ってきていたクレハが、人差し指をピンと立て嬉しそうにこちらへ近づいて来る。
何で満面の笑顔なんだろう、そんなに説明したいのかな?
でもクレハの説明って少し回りくどいからな……。
「セシリアはの、普通の人間では考えられんくらいの魔力を持っておるのじゃ。例えるならば、一般人が魔力剣を使うには酒瓶からグラスに酒を注ぐ程度の難易度だとしよう」
あ、これ回りくどいやつだ……。
「セシリアの場合は滝からじゃ。流れ落ちる滝の水をコップに注ぐ様なもんじゃ。そしてコップに入らなかった水はコップを破壊するのじゃ」
要するに出力が大きすぎるって事だよな?
なんか格好良く例えたけどやっぱり分かり辛いし、全然上手く説明出来ていない。
説明下手な癖に説明したがるんだからなぁ。
「何か失礼な事を考えておらぬか?」
全力で首を横に振った。
一瞬心が読めるのかと、驚いてしまったじゃないか。
「今心が読めるのかと思わんかったか?」
え? マジで読めるの?
「読める訳なかろう」
読めているよ!
「直ぐ顔に出る婿殿は置いといてじゃ。セシリアはその強大な魔力のせいで逆に魔力剣が使えんのじゃ。聖剣すら壊してしまったからの」
「聖剣? え、聖剣ってそんなに簡単に壊れる物なのか?」
聖剣と言えば、ドラゴン倒したり魔王を倒したり、時には岩に刺さったまま使い手を待っていたり……な、スペシャルウェポンの代表みたいなもんだろ?
そんな物を壊してしまうなんて……。
セシリアさんぱないっす。
僕が横目でセシリアを見ると、何故か恥ずかしそうに頬を染めていた。
そのリアクションは間違っているんじゃないかな……。
「あ、いえ、普通はですね? そう! 普通はそんなに簡単に壊れる物じゃないんですよ? だから私も気にせず全力でやったのですが、そしたらあっさり壊れてしまって!」
腕をパタパタ顔をぶんぶんと振り、最後にガシッと拳を前に突き出した。
そのリアクション、壊しにいってるじゃん。
……でも幾ら全力だったからと言って、聖剣と呼称される物がそんなに簡単に壊れるものなのかな?
「まぁ聖剣と大層な名前じゃが、しょせん人が作った剣の中で出来が良かっただけの話じゃからの。壊れる時は壊れるじゃろ」
クレハさーん、本当に心が読めていたりしませんよねー?
そして聖剣の格低いな!
「しかし一応聖剣と呼ばれ大事にされていた剣じゃ、幾らセシリアの家に代々伝わる聖剣だからといってもそれを破壊したセシリアは国より罪に問われる事になった」
「セシリアの家の剣なのに国から罪に問われるのか?」
「そうじゃ。聖剣が幾つ国にあるかというのも国の力を示すステータスなのじゃ。それを破壊したのじゃから仕方ないのかもしれんな」
人が作って出来が良かったから聖剣と呼ばれ、その聖剣の数が国の力を示すステータス。
聖剣の扱いが軽いのか重いのか良く分からない……。
「セシリア父親とは十年前に一緒に戦っての、妾が最後を看取った。そこでセシリアの事を頼まれての。アトラスの民に干渉するのは気が乗らなかったのじゃが、戦いの最中何度も他の紅竜が世話になったからの、それとなく見守っておったのじゃ。そこで、罪に問われようとしていたセシリアを妾が助けという訳じゃ。勿論ちゃんと国に許可は取ったぞ? その後、二人してローランドへやって来たのじゃ」
許可を取ったって……どうせお得意の上から目線な強引な手段じゃないのか? いや、絶対そうだ。
「セシリアは魔力剣を使いこなせぬが剣の腕は超一流。魔法も制御が簡単な初級しか使えぬが、その強大な魔力のせいで中級くらいの威力はある。旅の供としては十分な戦力にはなるぞ」
「それは心配してないよ。シェリルさんとの勝負を目の前で見たからね」
「ほう、あやつとまた勝負したのか。どうせセシリアの圧勝じゃったろう?」
「い、いえ、シェリル様は魔力剣を使用されませんでしたので。それを考えると……」
「なら使えるようになればいいじゃろう? 大丈夫じゃ、きっとセシリアなら使えるようになる。無理ならセシリアの魔力に耐えられる剣を探せば良い」
「それシェリルさんも言ってたなぁ。クレハでもまともな事言うんだね」
「……どういう意味じゃ婿殿?」
「そのまんまの意味だよ」
引きつった笑みを浮かべるクレハに、僕は今までの鬱憤を吐き出すように言ってやった。
多分昨夜の事で少し距離が縮まった結果なんだと思う。
そんな他愛もない事が、少し恥ずかしくもあり嬉しくもあった。
でもその後、眉を吊り上げたクレハに竜神族がいかに素晴らしいか、夕食の時間まで長々と説明される事になったんだけどね……。