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第十話 狸な王様

11月23日現時点ここまで改訂済み

 ジンとセシリアが帰った後、クレハは更なる要求を王に飲ませるため、広間に残っていた。


 クレハの前にいるのは玉座に座るローランド王と、隣に佇む老宰相のみ。

 他の者は皆、警護の兵ですら退出している。

 王が何故人払いをしたのか、クレハは疑問を感じていた。

 ジンとセシリアを先に帰したのは、ジンが居心地悪そうにしていたからであり、別段人払いの意味はない。

 逆にそれを勘違いし王が人払いをしたのかと、クレハは勝手に納得するのだった。


「それでクレハ様。お話というのは?」


 先に口を開いたのは、玉座に座るローランド王。

 先代が早世し若くして王になった目の前の人物は、クレハと十年近い付き合いがある。

 決して愚者ではない彼の瞳から、何か企みの色を感じはしたのだが、元来より細かい事を気にしない性格のクレハは、そこを探る事なく用件を伝える事にした。


「うむ。妾達はこれより霊峰フィールズに向かい、その後翠竜の森に行く事になるじゃろう。そうなれば幾つかの国を通る事になる。一々入国や出国の手続きするのは面倒じゃからの、ローランド王家発行の身分証を婿殿に出して欲しいのじゃ」


 セシリアを連れてローランドまでやって来た時の、苦い記憶がクレハの脳裏に蘇る。


「婿殿と言われましたが……それはジン殿の事ですか?」

「他に誰がおるのじゃ」


 呆れた口調で返すクレハに対し、王は拳を口に当て思案顔をする。

 それは時間にして一分程度。


「事情は分かりましたが、ローランド王家発行の身分証だと色々不便が生じると思います。翠竜の森に行かれるのであれば、東のカサンドラ大陸へと渡る事になりますので……」

 考え込む姿に痺れを切らし口を開きかけたクレハを、王の言葉が遮る。

「カサンドラ大陸の国々とは国交がありませんので、我が王家の身分証も役には立ちませんぞよ」


 しわがれた声で宰相がそう付け加えた。


 言われてみれば確かにその通りだと、クレハは内心納得する。

 国交のない国の身分証などただの紙切れに過ぎず、信用に値する物ではない。

 王家発行の身分証は王家と縁のある証明であり、国が発行する一般的な身分証より遥かに融通が利くし、待遇も格段に良くなる。

 それもあってクレハは王家発行の身分証をジンに用意しようとしたのだが、しかし水泡に帰す結果となった。


 ならばもう王には用がない、クレハは「では冒険者ギルドで作るかの」と呟き踵を返す。

 冒険者ギルドの身分証は、冒険者になれば誰でも作れる。

 特別な待遇などは高レベルの冒険者以外期待出来ないが、基本どの国にも冒険者ギルドは存在するので、言うなればどこにでも通用する身分証明書と成り得るのだ。


「クレハ様お待ち下さい。実は少々【お願い】したい件がございまして……」


 立ち去ろうとするクレハの背中に王の声がかかり、クレハは顔を顰める。


──【お願い】じゃと?


 王と知り合って只の一度も言われた事のない台詞に、内心首を傾げる。

 竜神族という種族は、アトラスの民で最も力のある種族である。

 その力は神にも等しいとされ、カサンドラ大陸には竜神族を神と崇める国もある。

 更に竜神族は邪神族との戦いで先頭に立ち、多くの邪神族を打ち倒す頼もしい存在。

 だからこそローランド国王も破格の対応をするという裏があるのだが、竜神族は邪神族との戦い以外アトラスの民と関わる事は非常に少ない。

 アトラスの民に干渉するのを嫌い、逆に干渉されるのも嫌うのだ。

 クレハも例外に漏れず滅多な事では干渉しない。

 ローランド王国中央広場を棲家にしていたのも、白竜ユグの言いつけでジンを十年待っていただけであり、人間と交流しようという考えではなかった。

 そんな事を知らないはずのないローランド王が、クレハに対し【お願い】をするなど思いもしない事である。


 しかし今までされた事のない、人間からの【お願い】に対しクレハは興味が沸いていた。

 体を王に向け腕を組み、さぁ言えといった態度で王を睨み付ける。

 クレハの態度に王は臆する事なく、温和な表情のまま続けた。


「実は北の隣国トラキアが軍備を整えているとの情報が入りました。クレハ様が我が国におられる今、間違っても攻めて来る事はないと思いますが、使者を派遣しても門前払いでして……。クレハ様が旅立たれた後どうなるか分かりません」


 面白くない。それがクレハの正直な気持ちだった。

 一体どんな【お願い】が飛び出すのやらと期待していたのだが、これではまるで……。


「まさか妾に両国の友好に力を貸せなどと、寝ぼけた事を言わんじゃろうな?」


 威圧と共に言葉を吐き出す。

 邪神族以外の戦争に、クレハが力を貸す事はありえない。

 ならば考えられる事は、友好に何かしら力を貸せという事なのだろう。

 しかしそんな事をする気は更々ない。勝手にやってろとクレハは思う。

 だからこそ先手を打ち釘を刺した訳である。

 だが王はクレハの威圧と言葉を、まるでどこ吹く風と表情一つ変えずにいる。


「流石に話が早い。正にその通りでございます。トラキアは霊峰フィールズへの通り道。トラキアに立ち寄った際には、あちらの王に一言お力添えを頂ければと思います」

「話にならん」


 全く持って話にならない、何故自分がわざわざそんな事をしなければいけないのか、もしや十年来の付き合いがこの人間を増徴させたのか。

 そう思いながら肩を怒らせ、際ほどの再現のように踵を返すクレハに、これまた先ほどの再現で言葉が投げかけられる。


「報酬は冒険者ギルドの、特別窓口利用権でいかがでしょう?」


 提示された報酬に、出しかけていた右足が宙を彷徨い、最後には左足の隣に着地する。


「クレハ様は心配するまでもありませんし、セシリアもそれなりの実力は持っています。しかし私が見たところジン殿は一般人と変わらないのではありませんか? 旅慣れた商人などならいざ知らず、そうでない者が強さの違う者と旅をするのは、普通に旅をするより意外と骨らしいですよ。一人の冒険者担当官が長期に渡って面倒を見てくれる特別窓口は、ジン殿にとって大変心強いものになるのではないでしょうか?」

「それに特別窓口利用権を持っておられると、色々冒険者ギルドから便宜を図って貰えますのじゃ」


 王の言葉を宰相が補足説明する。


 弱者と強者が一緒に旅をすると、どうしても不都合が起きる。

 強者の行動に弱者が付いていけなくなるのだ。

 勿論強者は弱者に気を使って旅をするのだが、意外と失念してしまい自分達に合わせた行動を取ってしまう。

 そして弱者の方も、ある程度の知識や対処法を知らなければ、知らず知らずのうちに強者と同じ行動を取り、付いて行けなくなってしまうのだ。


「普通であれば特別窓口は、冒険者ギルドに大きく貢献した者でないと利用出来ないのですが……。ギルド支部を作る見返りの一つとして、王家には指名権があるのです。それは国に貢献した冒険者に与えるものなのですが、これを今回報酬としてジン殿に差し上げましょう。無論前払いで」

「ジン殿の安全を考えるのであれば、特別窓口を利用された方が良いと愚考しますじゃ」


──こやつら何もかも計算の内か……嫌なコンビじゃ……。


 クレハは苦虫を噛み潰した表情で二人を見やる。

 二人は自然な笑顔で此方を見ているが、何か薄ら寒いものを感じた。

 きっと『婿殿』とクレハが言った言葉を『ジン殿』と確認した事も計算の内なのだろう。

 そうやってジンというクレハの弱点であるカードを手札に持たせた後、旅の危険性と安全確保という手札を切り、終わって見ればクレハの手札にはババ(ジン)が残っていたという訳である。


──狸めが……。


 悔しがるクレハだったが、ジンの安全を考慮すると悪い話ではない。

 アトラスの民に干渉しないという竜神族の姿勢を崩す事にはなるが、それを気にしてジンを危険に晒せば必ず後悔する。


「分かった、仕方ないから引き受けてやろう。ただし、今回だけじゃぞ?」


 負け犬の遠吠えならぬ負け竜の咆哮を王に吐き、精一杯上から目線で承知する事が、クレハにとって最後の意地だった。




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