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第九話 剣技

 クレハは王にまだ話があるらしく、僕とセシリアだけで謁見の間を後にした。

 その際クレハにあまり無茶な事を言わないように伝えたのだけど、本人は全く意味が伝わってないようで、不思議そうな瞳で僕を見つめていた。

 

 セシリアは国を出るにあたって色々準備があり、先に家へ帰るらしい。

 一人でクレハを待つのは心細いので、僕も一緒に戻る事にした。


 長い廊下をセシリアに付いて歩き出口に向かっていると、柱の影から三十台前半くらいの女性が、待ち構えていたかのように僕達を遮った。

 僕より背の高い大柄な女性で、薄く青みがかかった立派な鎧を身に付けている。

 ゆるくウェーブがかかった金髪が肩まであり、意思の強そうな目と眉が印象的だ。

 美人なんだけど、鎧姿と相まって近寄り難い雰囲気を醸し出している。


「シェリル様」


 鎧姿の女性の名を、セシリアはそう呼んだ。


「騎士団を抜けるそうね、今その話で持ちきりよ」

「はい、クレハ様に仕えるようお言葉を頂きました」

「そう、残念だけど仕方がないわね……」


 呟きため息を付く彼女と、僕の視線が交わる。


「貴方がクレハ様のお知り合い? 私はローランド王国騎士団長を務めているシェリルと言います」

「あ……僕はジンです」


 騎士団長という事に驚き、一瞬言葉に詰まり慌てて名乗る。

 騎士団長というからには、きっと騎士団の一番偉い人で間違いない。

 セシリアが隊長というのにも驚いたけど、騎士団長まで女性とは……。


「失礼じゃなければジンさんと呼んでいいかしら?」


 シェリルさんの凛とした雰囲気に圧され、僕は「はい」とだけ答える。


「今から少しセシリアを借りたいのだけれどいいかしら? ジンさんも時間があるのなら一緒に来ませんか?」


 何があるのか僕には検討も付かなかったけど、セシリアを見ると小さく頷いたのでまた「はい」とだけ答えた。


「セシリア、これが最後……というのは寂しいから言わないけど、次会えるのがいつになるか分からないから、最後に一勝負しましょう」


 その言葉にほんの一瞬セシリアは驚いた表情を見せたけど、直ぐに真剣な顔になった。


「分かりました」


 何かを決意したような、諦めたような、不思議な表情をセシリアはしていた。

 

 ◇◇◇


 僕達はシェリルさんに導かれるまま付いて行き、城内の騎士団鍛練場まで来ていた。

 体育館程度の広さかな? 壁に囲まれ四方に一枚ずつ扉があって、空を見上げられるという不思議な空間。 

 足元には土が敷き詰められているけど、踏みしめる感触は石畳のように堅い。

 一応屋外というカテゴリに入るはずだけど、他とは違い汗ばむような熱気が僕達を迎える。

 ついでに少し汗臭い……。


 ここはその名の通り、主に騎士団が鍛練する場所として使用されているそうで、現に今も四十人程の騎士達が声を張り上げ、木剣を交えたり隊列を組んだりと汗臭さの原因を作り出している。

 シェリルさんを見た騎士達は鍛練を中断し、鍛練場の隅へと足早に移動する。

 どうやらこれから何が行われるか、前もって騎士達には知らされていたみたいだった。

 娯楽を期待する目を向けられていて、アウェー感はない。

 シェリルさんは隅に立てかけてある木剣を二本取って、一本を無言でセシリアに投げ渡す。

 セシリアは円を描いて飛んでくる木剣の柄を、片手で難なくキャッチした。


「では始めましょうか」


 シェリルさんは中央から五歩程進んだ所で止まり身を翻す。

 セシリアは逆に中央から同じだけ手前で止まった。

 僕は邪魔にならないよう端に移動して、視界の右にセシリア、左にシェリルさんを収めた位置で腰を下ろし二人を見つめる。

 他の騎士達も言葉を発する事なく、二人に視線を注いでいた。



 勝負の合図はなかった。

 どちらが先に動いたのか分からない。

 僕が気付いたのは二人の距離が詰まった後。

 その時には既に激しく木剣を打ち合っていた。

 正直に言えば、僕に二人の動きは分からない。

 見えていないと言ったほうが正しいかもしれない。

 一人は騎士団長、もう一人は隊長、相応の実力があるのは事前に分かっていたけど……。

 二人の動きは、僕の想像を遥かに凌駕していたのだ。

 早送りを見ているかのように、驚異的なスピードで四肢を動かしながら、まるで竜巻のように剣戟を応酬している。

 もっとも木剣の軌跡なんて、全くと言っていい程見えないけど……。

 それはありえない速度。

 ありえない動き。

 元の世界でこんな動きが出来る人間は絶対にいないと、僕は断言出来てしまう。

 

 例えばボクシング。

 あれは目にも止まらぬ速さで拳を繰り出すけど、体はしっかり視認出来る。

 例えダッキングやスウェーで相手のパンチをかわしても、フットワークで回り込んでも、その肉体を見失う事はない。

 だけど目の前で行われている戦いは、肉体すら霞む。

 更に信じられない事に、戦いの場は中央付近から全く動いていなかった。


 カカカカッと、まるで太鼓の縁を叩いているような高く乾いた音だけが、その戦いの状況を知らせるように響き渡る。

 どちらが優勢なのかなんて分かるはずもない。

 僕はただ高速でぶつかり合う二人の舞いを、無知者のように眺めている事しか出来ないでいる。

 高速で奏でられる木剣の音色。

 現れては消える二人の姿。

 そんな埒外な戦いを永遠に見続ける事になると、僕はその時まで思っていたけど、終わりはあっけなく突然訪れた。

 一際高い音と共に、セシリアが木剣を空へ振り抜いた姿で出現する。

 その切っ先の彼方、空にはもう一本の木剣が舞っていた。

 直ぐに二人に視線を戻すと、セシリアの右手はシェリルさんへと突き出され、木剣の先が喉の手前で止まっていた。

 三分にも満たない戦いが決着する。

 終了の合図は空から降って来て、カランと音を立てた。



 僕は二人に近づいて声をかけようとしたけど、二人の間に流れる空気を感じ取りそれを飲み込む。


「やっぱり勝てないわね。貴方は強いわ、セシリア」


 シェリルさんが自嘲するようにため息を吐く。だけどその顔はどこか清々しい。


「私は強くなんてありませんよ……」


 逆に勝者であるセシリアの顔には影が落ちていた。


「……魔力剣。まだ使えないのね?」

「はい……。今の勝負が剣での、本気の戦いだったのなら……シェリル様が魔力剣を使ったのなら……最初に切り結んだ時私は剣ごと斬り倒されていたでしょう……」


 セシリアに先ほどの勝負で見せた気迫は既になく、声も徐々に小さくなっていって、今にも泣きそうな音色になる。

 僕には魔力剣という意味が分からず、声を掛けてやる事も出来ない傍観者になっていた。


「諦めたの?」

「え?」


 投げかけられた問いに、セシリアは弾かれたように顔を向ける。

 シェリルさんがセシリアに向ける眼差しは、険しいものになっていた。


「魔力剣を諦めたのかと聞いているの」

「い、いえ……諦めていません!」


 沈黙。

 鍛練場は水を打ったように静まり返り、僕は時が止まったかと錯覚した。

 見つめ合う二人。

 真剣な眼差しを向けるセシリアに、シェリルさんの表情が次第に柔らかく変化していった。


「そう……。貴方はやっぱり強いわね……。ねぇセシリア、貴方が騎士団に入団した時、私が言った言葉を覚えている?」

「勿論覚えています。『騎士団に入るなら一つだけ諦めなければいけない事がある。それは諦める事。もう二度と諦める事は出来ないと思え』」


 シェリルさんは大きく頷く。


「私達騎士団は国を護るため、諦める事は許されない。例え剣が折れ、盾が破れ、鎧が砕かれようとも。騎士団を去る貴方に言う言葉じゃないかもしれない。でも私が伝えた言葉を忘れないで。貴方が諦めなければきっと想いは叶うわ」

「シェリル様……」

「それに世界は広いのよ。もしかしたらどこかに、貴方の魔力に耐えられる剣があるかもしれない。貴方が魔力を制御出来るようになるのが先か、魔力に耐えられる剣を手に入れるのが先か。そう考えると楽しみだわ」


 そして「元気でね」とシェリルさんは右手を差し出した。


「はい……ありがとうございます」


 その手を両手で握り返したセシリアは、深く頭を下げる。

 そしてどれくらい経っただろうか、セシリアが顔を上げた時、彼女の顔は晴々としていて、僕は少し見惚れてしまった。


 いつの間にか鍛練場からは熱気が失せていて、空から涼しい風が吹き込んでいた。


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