拝み屋のビルヂング
以世達の乗ったワゴン車はしばらく走ったあと、あるビルの前で止まりました。
そのビルは壁がレンガで、暗くてよく見えませんがひどく古めかしいけれどレトロでおしゃれな雰囲気のビルでした。
青年は以世に振り返ると「少し待っていてくれ」と言って運転手の女性と共にワゴン車を下りてビルに入って行ってしまいました。若干放心状態でその様子を見送った以世ですが、やがて六波羅へ視線を落としました。
道路を抉った鱗は固く傷はついていませんが、ぐったりと目を閉じたままの龍の口元には小さいながらも血だまりができていました。
…六波羅? 呼びかけに答えはありません。以世は腹の底で凝固していた不安ができた余裕と一緒にじわりと溶けて広がってきたように思いました。
そんなことを考えているときにこんこんとすぐ横のドアをノックされて、以世は酷く驚いてしまいました。すぐにがらりとドアが開けられると、青年がスウェットを手渡してくれました。
「とりあえずこれに着替えるといい。その恰好は目立つから」
以世ははたと自分の服を見下ろしました。六波羅に噛みつかれた際についたのか主に腹のあたりが真っ赤です。引き抜かれたからか下半身も大分赤いですね…。以世は青年からスウェットを受け取ると、お礼を言いました。
「着替え終わったら出てきてくれ」
そういって青年は扉を閉めます。狭いですがなんとか汚れないように着替えることに成功した以世は、扉を開けて外にいる青年に恐る恐る声をかけました。あのー…。
「ああ、サイズは…少し大きいか。それしかないから、少し我慢してもらうよ。脱いだ服を持って俺についてきてくれ」
青年はそのまま六波羅をワゴンの中に置いたまま以世をビルへいざないます。六波羅はどうするんですか?
「流石に三階には持って上がれないからな…ついたら喚び出してほしい」
喚ぶ…? 以世はあまりぴんときません。六波羅はいつも喚ばなくても側にいましたから。
「家紋持ってるだろ? こちらに来る意志がなくても無理矢理呼び出すことはできる」
以世は初めてあった頃六波羅の言っていた言葉を思い出しました。ビギナーサモナー…。
…召喚とかできるんでしたら、もしかして運ばずにあそこに置いたままの方がよかったのでしょうか。車汚れましたし…。
「家神は長距離当主と離れられないものなんだ。今の状態で君が一定距離離れて六波羅が消えたら、次は遠隔で召喚できるかわからない。三階くらいまでの距離ならおそらく六波羅は消えずにここに居られるはずだ。何もないときは家の社へ、外に出るときは当主と共に。それが家神ってやつだからな。…詳しくはまたあとで。行こう」
以世は青年の後に続いて階段をのぼります。一階には読めない横文字筆記体でお店の名前が書いてありましたが、中の様子は立派な木の扉に遮られてわかりませんでした。他には地下への階段がちらりと見えました。看板が電灯で照らされていましたが、やはり筆記体の横文字なのでちらりと見ただけでは読めませんでした。お店でしょうかね。
二階にはチャイナな赤いデザインの扉がありました。雷雷軒と書いてあります。飲食店でしょうか…。
三階にはモダンな雰囲気の扉がありました。○探偵事務所と書いてあります。マル…? 伏せ字…?
「こっちだよ」
伏せ字探偵事務所に気を取られている以世に苦笑しつつ、青年は目立たないデザインの扉を開けました。表札がついています。MOMOTOSEと書いてありました。
青年は以世が扉の中に入ると、パチリと電気をつけました。中はお店ではなく誰かの家のようです。玄関から覗いた部屋はすっきりしたヨーロピアンな家具が品よく並べられていました。
「あがるといい」
青年の家なのでしょうか。お言葉に甘えてお邪魔しましょう。素敵なお宅ですね…。青年は以世においでおいでをしながら部屋の奥へ消えました。追いかけた先はがらりと雰囲気が違います。青年は畳の部屋でブルーシートをひいていました。
「よし、ここに六波羅を呼べるかな?」
やってみます。
以世は家紋の根付けのついたケータイを取り出してはたと気がつきました。家の人や主計達に連絡するの忘れていました…。以世のケータイには一件の着信履歴が残っていました。御室です。かけ直したほうがいいでしょうね。
「電話はあとで。六波羅が先だ」
青年に言われて以世は頷きました。そうですね、死にそうでしたものね…。
以世は六波羅をよぼうとしますが、少し考えてからちらりと青年を見やりました。青年は始めてくれと頷きます。
いえ、そうではないのです。…どうすればいいのかわからないのです。
「あー、すまない、呼び方か…家神から反応がない場合無理矢理引っ張り出すしかない」
…どこから?
そう聞くと青年はうーんと唸ってから言いました。
「俺が手伝うから、とりあえず六波羅をここに喚ぶイメージをしていてくれ」
イメージですか…。
イマイチどうしたらいいかよくわかりませんが、以世は根付けを握りしめてとりあえず目をつむりました。六波羅をここに喚ぶ。いつも呼んでもいないのにそこらへんに浮いて無駄口を叩いていたというのに、いざきてほしいときに意識不明でこないとかなんてやつでしょう。
でも、そういえば最近六波羅なんだか調子悪そうでしたね。胃もたれとかなんとかもうちょっと気にかけてやれたら六波羅がこんな死にそうになる前に何とかできたかもしれません。そう考えると悔しいやら情けないやらそんな気分でいっぱいです。そういえば六波羅はもう既に死んでいるんでしたっけ。そうしたら、もう一度死ぬとしたら一体どうなるのでしょう。
…六波羅。
「…見えた」
青年が呟いた次の瞬間、大きな何かが浮上するような妙な感覚を覚えました。はっと以世が目を開けると、目の前に血まみれの龍がとぐろを巻くような格好で現れていました。目は閉じたままです。
青年は一つ息をつくと以世に向き直りました。
「うまくいったよ」
六波羅? 六波羅…。やっぱり呼びかけには答えませんでした。
大丈夫なんでしょうか? 以世が聞くと、青年はゆっくり首を横に振ります。
「まだわからない。これから調べるが少し時間がかかるかもしれない。よかったら風呂にでも入ってくるといいよ」
でもと以世は渋ります。会ったばかりの人のお風呂にお邪魔するのもなんですし…。
「君は気にするところがずれてるなあ」
えっ。
「気にしなくていいさ。猫、案内してくれ」
青年の言葉に、いつの間にか青年の肩から降りていた化け猫は文句を言うように長い鳴き声をあげました。
「さっさといけ」
青年にしっしっとジェスチャーされると、化け猫は渋々歩き出しました。
で、でもですね。以世がいうと青年は一言言いました。
「ここにいられると邪魔なんだ」
…そう言われたら出ないわけにはいきませんね。
青年に部屋から追い出された以世と猫は、取りあえず顔を見合わせました。
にゃっ。化け猫は短く鳴きますと歩き始めます。以世がそのまま化け猫を眺めていますと化け猫は少し進んだ所から以世を振り返ってもう一度にゃっと鳴きました。ついてこいと言っているのでしょうか…。喋れるのだから喋れば早いのに。以世は黙って化け猫についていきました。戸のある場所にやってきますと、化け猫は以世を見上げて黙ったままじっとしています。開けろと言われているのでしょうか…。
以世が戸を開けると、化け猫はいかにも「大儀であった」と言わんばかりににゃーーーと偉そうに鳴きました。なんとも微妙な気持ちになる以世でした。二三枚扉を開けて洗面所にやってきた以世は、お風呂場に続いていそうな扉をそっと開けました。部屋は正解でした。正解だったのですが、以世はお風呂場を覗いた格好のまま固まってしまいます。
何故かというと湯船ではネズミと狐と兎と烏が仲良くほっこりしていたからです。数秒目があってしまいました。
お兄さあああああん!! お風呂場が動物園にーーー!!!
以世は風のように和室の前に戻ると、以世は襖を開けようとしますがいくら開けようとしてもあきません。どすどす叩いて叫びます。
少し間が空いてから、顔が見える程度にふすまが開きました。青年は怪訝な顔をしていました。
「どうかしたの?」
お、お風呂、お風呂場がっ。以世がそういうと青年は納得したように頷きました。
「あいつら意外と頭がいいから話が通じるし、そんなに気にしないでくれていいよ。…ああ、油性ペンで腕に書いたアレは消さないようにね。消すのは帰ってから。それと、俺がいいって言うまでこの部屋には来ないように」
釘を差して青年はぴしゃりと襖を閉じました。
いいの? 動物お風呂に入ってたのはそんなもんで流していいくらい日常的なことなの?
以世が洗面所に戻ってそーっと中を覗きますと、体を拭いているのかバスタオルミイラになった動物達が見えました。
見るからにうまく拭けていません。目があってしまいました。
…手伝う?
以世が思わず尋ねると、動物達は顔を見合わせてぱちくりしてしまいます。そして以世の顔を見上げてから、以世の手に視線を下げました。
…以世の手、血塗れですね。ごめんと一言以世が謝ると動物達は一斉にお風呂場を見ます。
お風呂あけてくれたんですかね。ある程度拭けたのか、動物達はそれぞれのタオルを咥えたままご丁寧に一礼すると洗面所から出て行きました。最後に残った猫が早く入れよと言わんばかりに鳴いて出て行きます。
…ここ、なんなんでしょうね…。青年は一体何者なんですかね…。
謎が謎を呼びますが、以世はとりあえずシャワーだけ借りることにしました。…腕に書いてもらったこれ、なんなんでしょうねぇ。
さっぱりして出てくると、新しいタオルと先ほど借りたものとは違うスウェットが用意されています。洗面所の入り口をみるとさっと狐の尻尾が逃げていきました。
まさか…いやそんなばかな…いやでももしそうなら頭がいいってレベルじゃないんじゃ…。
悶々としながら以世は用意してもらったスウェットに着替えて和室の前にやってきます。まだ青年は中で何かをしているようです。六波羅は大丈夫なんでしょうか。以世がじっと襖を見ていると、てくてく足音がしました。見てみると狐がクッションを咥えて持ってきてくれています。
狐は以世の足元にクッションを置くと以世を見上げてきました。こん。座れとでも言っているんですかねえ…。せっかくなので使わせてもらうことにします。以世が座ると、狐は以世に尻尾を添わせて座りました。まだ少ししっとりしてますね。今度は猫は堂々とやってきて少し離れた所に寝そべります。
ときどき動く猫のしっぽを眺めながら、以世はつらつらと考え始めました。
六波羅はいつから調子が悪そうだっただろうか。思えば狩りが終わる度に微妙な顔をしていましたっけ。もしかしたらずっと無理をさせてきたのかもしれません。…でも死んだ人でしかも神様が具合が悪くなるなんて、一体…。
妖怪の呪いとかでしょうか。そう思った以世は今日の妖怪を思い出しました。何かいっていたような…。そういえば今までの妖怪は手や足や目や肉や色んなものが主体になっていましたが、以世は口の妖怪はみたことがありませんでした。妖怪は喋らないものだと思っていましたが…。
植物も妖怪になったりするのなら、これからもっと狩りが大変になりそうです。六波羅が治らなかったら…。主計は大丈夫だったでしょうか…。主計ケータイ買ってもらえればいいのに…。以世は考えている間にうつらうつらしてしまいます。和室の襖が開いたとき、青年は狐から静かにと注意されました。
青年は少し驚いて足を止めました。そして襖の前に広がる光景を見て、呆れたため息をつきました。
「…布団と言うには重いと思う」
青年の一言に、寝てしまった以世の上にお腹をつけて乗っていた狐はえっとばかりに鳴きました。
何かもふもふしたものが以世の顔に当たっています。気持ちいいには気持ちいいのですがちょっと邪魔です。ぺいっとよけてももふもふは戻ってきます。二三度よけても戻ってきます。…なんだこれ。以世はようやく目を開けました。目の前が真っ白でした。もふもふしたそれに顔をひっぱたかれて、以世が驚いて起きあがると、猫が長い声で鳴きます。ああ、このふわふわ、尻尾だ…。以世は近くで自分を見上げている猫を見てぼんやりと思いました。
一瞬現状を理解できなかった以世ですが、すぐに昨日のことを思い出しました。以世は眠ってしまったようです。移動した覚えはないのですが、どうやらソファに移運んで貰ったみたいです。にゃー。また横で猫が鳴きました。
おはよう…。猫に挨拶をしますと、以世は和室の襖が少し開いているのに気がつきました。覗いてみると昨日のまま六波羅がブルーシートの上に横たわっています。いえ、また少し小さくなったかもしれません。心配ですが、入ってもいいものでしょうか。和室に青年の姿はありませんでした。とりあえず先に青年の姿を探そうと以世は部屋を見渡します。
外は明るいです。七時くらいでしょうか…。
青年の姿は見得ませんが、キッチンから何かを焼くいい音がします。行ってみましょう。
「…放っておけ、ろくなことにならない」
焼き音に邪魔されてよく聞こえませんが、話し声が聞こえました。
「でもな…あれだけ好いているとな…」
「あれを治してことが好転すると思うのか?」
「思わない」
「ならば放っておけ」
いい匂いがします。ベーコンでしょうか?
「私達のやるべきことはもう一つしかないのだ。あれにやらせねばならない必要は…」
カア。烏に朝の挨拶をされて、以世は驚いてしまいました。
「…おはよう、六波羅くん」
キッチンの入り口ののれんから顔をのぞかせて青年はいいました。
「かけていていいよ、すぐ焼ける」
以世は落ち着いて明るい所で青年の顔を見てあっと大きな声をあげました。昨日グラサンだと思っていたものは、意外と色の薄い色付き眼鏡だったようです。カタギにみえないのは相変わらずですが、驚いて理由はそんなことではありません。以世は色付き眼鏡で透けて見えたその顔に見覚えがあったのです。
駅前でいつかみた幽霊と同じ顔です!
「…あー、見てたのか」
以世に指摘をされた青年はうーんと首を傾げました。。幽霊と顔が一緒なんて一体どういうことでしょう。以世が青年に尋ねると、彼は別に困った顔もせずに言いました。
「俺、幽体離脱ができるんだ。多分それ見たんだとおもうよ」
幽体離脱!? 普通の人に幽体離脱なんて!
「俺霊能者だからそんなに普通ではないかもな」
…そう言われるとそうですね…。あり得ない話ではないのかもしれませんね…。でもどうなのでしょうか…。
そういえば、さっき誰かと話していませんでしたか?
「誰もいないけど…何かあらぬ物でも見えたかい?」
…そうなんでしょうかね。あまり明瞭な音ではありませんでしたしね。
以世が若干首を傾げていると、チンとポップアップトースターが音をあげました。
「どうぞ、ラピュタパン」
青年はトーストに目玉焼きを乗せた皿を以世に持たせてくれました。仕上げとばかりにベーコンを乗せてくれます。
「簡単で悪いね。…早く食べないととられるよ」
足元でネズミが狙ってます。
「食卓はあっち。行こう」
自分の分も持った青年は(一人分より多い気もしますが)以世と食卓で朝ご飯です。
あの、六波羅はどうなんですか…?以世がおずおずと尋ねると、青年は苦笑します。
「まずはゆっくり朝ご飯を食べさせてくれよ。君もどうぞ」
…確かに言われるとお腹すいてますね。
いただきましょうか。以世は青年に挨拶をしてから目玉トーストにかじりつきました。あ、チーズはさんであります。おいしいですね!足元でネズミが恨みがましい目で見ていますが…。パン千切ってあげますと凄い勢いで食べ始めました。
この動物達はなんなんでしょうね。
青年はひどくゆったり優雅に新聞を広げていますが、以世としては早く六波羅の話をしたくてたまりません。六波羅大丈夫なんでしょうか。このまましんでしまうなんてことは…。
「六波羅くん」
六波羅の話ですか!?
以世が身を乗り出しますと、青年は驚いたように目をぱちくりさせました。
「いや、君のこと」
そういえば自分も六波羅でしたね…。六波羅が現れてからと言うものややこしくていけません。以世です、と以世は青年に名前を教えました。
「ありがとう。申し遅れまして、俺はモモとかイトとかオーナーとか呼ばれてるよ。よろしく。好きに呼んでくれていいよ」
随分と幅のある呼び名ですね…。以世は彼のことをモモさんと呼ぶことにしました。ですがオーナー…? なんのオーナーなのでしょう…。以世は口には出さずに内心首を傾げました。
モモは朝刊を畳むと部屋で好きにくつろいでいる動物達を見やります。
「大分気になっていたようだからさらっと紹介するよ。あれらは俺のオトモダチ。言えばなんでもいうことを…まあ、聞いたり聞かなかったりする」
六波羅がこの場にいたら確実にメダルはどこだと探し始めるでしょうが、以世はそんなネタ欠片も浮かびませんでした。モモは唐突にテレビをつけます。天気予報や遠くの土地の交通事故などのニュースばかりで、特にこれといった情報はありませんね。
…あの火事のニュースがないな。以世はぼんやり思いました。
「…さて以世くん、そろそろ話そうか」
目玉トーストも食べ終わりましたが、食器を片づけるのを手伝わせてもらえなかった以世のそわそわはその一言で吹っ飛びました。
「すぱっというと、六波羅は毒を盛られてるな」
毒? 毒って、毒? 相手は幽霊もどきの神様ですよ…?
「神様か。うんまあ、その幽霊もどきも食あたりにやられたわけだな」
食あたりって…。ナンセンスだと感じた以世の頭に昨日の六波羅の言い掛けていた言葉が蘇りました。
―――奴とて食べようと思えば…。
まさか、六波羅何か悪いもの拾って食べたんですか!?
以世が言うとモモは笑いました。
「まあそういうこと」
でも一体何を食べたのでしょう…。以世が頭を悩ませていると、モモの膝に猫が飛び乗っているのが見えました。
「いつも見ていたんじゃないのか?」
何をですか?
「六波羅のごはん」
見ていませんよそんなもの。以世がむうと考え込むとモモはさらりと言いました。
「見ていたじゃないか、昨日も」
え? 以世は顔を上げてモモの目を見ます。何を考えているかわからない不思議な目をしていました。
「ほう、聞かせてもらおう」
聞き慣れた声が会話の流れを切りました。以世は驚いてえっと声を上げます。以世の近くに現れたのは先ほどまでぐったりしていた六波羅でした。
坊主もどきに戻った六波羅は酷く顔色が悪く見えました。六波羅、見た感じなんかだめそうですけど…。
「なに、弱りはするが死にはせぬよ。元から死んでおるからな」
笑えない冗談ですね。
「普通あの状態で起きてくるか? 六波羅。百年ばかりの冬眠レベルだろう」
「なに、愛の力さ」
六波羅のその一言を聞いて、以世やモモどころか周りの動物達まで微妙な顔をしました。六波羅が言うと胡散臭いことこの上ありませんね。
「あえて誰へのとは聞かないでおくよ」
「つまらぬなあ。まあよい、先ほどの続き、話してくれるな?」
「ああ、そうだ。少し前俺の説明よりももっとわかりやすい昔話を見つけたんだ。…聞くかい以世くん」
「無視だと!?」
…なんか思ったより元気そうなので六波羅のことは放っておきましょうか。
なんでしょう、それ。以世が首を傾げると、モモは肩を竦めました。
「さあね。なんでも、相当昔からこの辺に伝わっていたお化けの話らしい。でも、いつからか語り手が途絶えてしまったらしくてね。古い文献でやっと見つけたよ」
モモはそういうとさらりとした口調で語り始めました
「ある山の麓には六波羅様が住んでいる。普段は立派な屋敷に一族を従えて暮らしているが、お家の主の六波羅様には秘密があるらしい。なんでも六波羅様は時折龍に姿を変えて食事をするそうだ」
以世はじっとその話に耳を傾けました。なんだか、嫌な感じに胸がどきどきします。
「あるときは逆らった妖怪を、あるときは捧げられた人間を、あるときは勝負で負かせた神を、むしゃむしゃと食らうらしい。不思議なことに六波羅様は、食らった妖怪の特技を、食らった人間の顔を、食らった神の神通力を、まるで自分のもののように扱うことができたという」
聞き終わって以世はゆっくり六波羅の顔を見上げました。お山の、麓の、大きな家の、六波羅様って…。
「我が六の家しかあるまい」
…お家の主って…。
「この場合当主ではなく奴であろうな」
むしゃむしゃ…?
「うむ」
以世は自分の顔が青くなるのを感じていました。
じゃあ、お前、妖怪食べて…?
「あまりうまいものではない」
人間、食べたり…??
「流石に今のご時世では無理だがな」
…。以世のあいた口がぷるぷる震えています。え?あの…え??
「うむ」
は…。以世は何を言っていいかわからなくなりながら六波羅を怒鳴りました。
腹こわすはずですよ!!
「そこかー」
六波羅は以世の発言にため息をつきます。
「以世くんはこんなんで大丈夫なのか六波羅」
こんなんっていわれました!
「奴も少々不安を感じておる」
六波羅に!いわれたくない!!
以世は憤慨します。激おこです。
そういえば、ごく自然に会話をしていますがモモと六波羅は知り合いでしょうか。
「いや、知らぬ」
「初対面初対面」
二人は同時に手をぱたぱた振りました。なんか嘘っぽいです!
「気にするな、知り合いに似ていて絡みやすいだけよ。あとこれから少し脅しはするがあまり気にするなよ以世」
脅…!? 以世が六波羅の言葉に驚きました。六波羅はにやりと笑うと改めてモモに向き直ります。
さっと五匹の動物達がモモの周りに集まってきました。
「式にしては随分と可愛らしいな」
「可愛いのは見た目だけだぞ?」
「なかなか剛毅だな。…では」
六波羅はモモの方へ視線を向けながらいいました。
「奴がお前の秘密を知っていることは承知だな?」
「悲しいくらいに」
モモは肩をすくめてみせました。
「では、嫌な手を打たれたくなくばやらねばならぬことを承知しているな?」
「ええ、ええ、わかってますとも」
にこり。二人とも笑ってますがバックに竜虎の背景が見えます。
「あまりそういうことをするとあいつの好感度がさがるぞ六波羅」
「なに、今更この程度のことで好感度が変わるような仲ではない。見限るならとっくの昔にしているだろう」
「つまりとっくに見限られて好感度振り切れてるというわけだな」
なんか悲しいこと言われてますね六波羅。
「まあよい。やるのか、やらぬのか」
「言われずともやるつもりだったさ。以世くんはお前がいないと身を守ることができなそうだからな。ここでお前を見捨てたら以世くんまで見殺しにする事になりそうだ。流石にそれは可哀想だからな」
みごろし…物騒ですね。これからそんなことになるのですか? 以世は六波羅を見上げました。
「なるかもしれぬし、ならぬかもしれぬ」
「俺達としては、以世くんは六波羅と縁を切った方がいいと考えてるけどな」
主計と同じことを言っています。六波羅はそんなに危険人物なのでしょうかと思いかけて、まあなんでもむしゃむしゃ食べるなら危険かもしれないと以世は思い直しました。
「そうと決まればさっさと和室に戻れ六波羅。やるぞ」
「やれやれ、荒治療になりそうだな」
「以世くんはここにいてくれ。覗いちゃだめだよ」
そう言って二人は和室を目指して部屋を出ていってしまいました。
こん。カア。にゃー。ちゅー。うさっ。五匹はそれぞれ片手をあげてお見送りしますが、今なんか変なの聞こえませんでした?
以世は自分は行かなくていいんだろうかと思いましたが少ししてから小さくため息をつきました。
うさぎはうさって鳴かない。以世がそういうと、うさぎは「そうなの!?」というかんじに驚いていました。本当に言ってること分かるみたいですね。だからといってみみ、とかうーさーとかも鳴かないからな。
すごいうさぎからどうしよう感溢れ出てます。うさぎじゃないんでしょうかこの生き物…うさぎじゃなかったら一体これはなんなんでしょうか。うさぎもどき? そんな生き物います? やっぱりこれも妖怪なんでしょうか。うさぎの妖怪っているんでしょうか?
そういえば式って言ってましたね。
式ってなんでしょうね。数学のことではなさそうですね。あれですかね、陰陽師ものとかでよくある式神というファンタジーなもの。…それにしては普通のみ動物に見えますがね。うさぎは「じゃあ私は一体なんて鳴けばいいの!?」という顔で以世を見上げました。そういわれましてもねえ。
そんなかんじで以世が動物達ともふもふしながら家に連絡をいれ、祖母には用事ができたので朝早く家を出たと言っておきました。どうにかごまかせたようでよかったです。学校休みの日でよかったですね。
六波羅とモモを待つ時間はとても長く、以世はじれます。
たまらず和室の前に行きますと、動物達はやめておきなさいというように静かに声を上げました。ずっと襖が開くことはないのではないかと思うぐらい、長い時間待っていたような気がします。
以世は待つことしかできない自分が、人に頼らないと何もできない自分が、酷く口惜しく感じていました。