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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
8/20

思わぬ事件と助け舟

 六波羅から話を聞いてからというもの、以世の毎日は瞬く間に過ぎていきました。気持ちの整理はついていません。どちらかというと、どうしたらいいかわからないので無理に箱に押し込めた感がありました。

 それでも主計と二人で狩りに行くのも慣れましたし、六波羅の九九鱗を使ってもあまり疲れなくなりました。妖怪を前に気持ち悪くなくることもなくなりました。五十君捜索も七楽の探りも難航しているようでしたが、狩りの回数が地味に増える以外は何も起こりませんでした。

 ある日の狩りに向かう途中でした。

「どーーーーもおかしい」

 駅前で主計と待ち合わせです。以世の漕ぐ自転車の荷台に乗るような格好で六波羅はしきりに首を傾げていました。何がおかしいというのでしょう。

「なんというかなあ、こうー…なんか悪いものを食べたような胃のむかつきというかー…」

 お前もの食べないのになにいってんだ。以世がいうと六波羅はだるそうにいいました。

「奴とて食べようと思えば…」

 その時、人通りの少ない十字路で突然以世の自転車の前に誰かが飛び出してきました。思わずうわっと叫んで急ブレーキをかけた以世です。衝撃は特にありませんでしたが…。

「いきなりなんだ以…世……」

 大丈夫ですか!? と以世が訪ねた相手は走っていたのか息も絶え絶えで転んだ格好のままでいましたが、ふと顔を上げてひどく驚いた顔をしました。驚いたのは以世も一緒でしたが、相手の方が以世の数倍は驚いているようです。ひどくきつい目つきをした彼は知り合いでした。

 彼の名前は雨夜椿、小中と以世とずーーーーっとクラスが同じだった男の子でした。高校は別でして、椿は飴城高校とさほど距離もない私立の花々里高校に通っています。

 久しぶり…どうしたんだよ椿、大丈夫か? と以世が自転車を止めて近寄ろうとすると、やたら身構えられてしまいました。学校では割と仲良しだったはずなんですが…。何かあったのでしょうか、椿は汗がびっしょりで息も整いません。

 …大丈夫か? 以世がもう一度聞きますと、椿は大きなため息をついてしばらく俯いていましたが、ふとこくりと頷きました。

「…ごめん、僕今どうかしてるんだ。でも心配はいらないよ。そのうち落ち着くから」

 そう言って立ち上がると、椿はお尻を払いました。相変わらずその眼光の鋭さと口調がミスマッチな人ですね。

 ようやく息が整ったらしく、椿は夜空を見上げてもう一度大きなため息をつきました。何かあったの? 以世は首を傾げました。待ち合わせの時間が迫っていますが、椿を放って置くわけには行きません。

「…別に、なんでもないよ」

 もうすっかり椿はいつもの無表情クールガイに戻っていました。

「以世はどうしたの、こんな時間にうろうろするような性格じゃないでしょ。…反抗期?」

 ある意味では正しいかもしれませんね…。

「へえ、反抗期」

 椿は意外そうに言ってから、画面の大きなスマホを取り出しました。

「…こんな時間なんだ。じゃ、反抗期がんばってね」

 椿はそう言って立ち去り…。

「…ああ、そうだ」

 かけて止まりました。

「ねえ以世、今日何日だっけ」

 え? 今日は六月十日ですよ?

「…そうだっけ。ありがとう」

 無表情のまま椿は「じゃあね」と去っていきました。背中が脱力しています。どこかぶつけたんでしょうか…。

 …六波羅静かですね?

「あー…? そうでもない」

 なんですか、不機嫌そうですね?

「…そう見えるか?」

 なんだか大人買いしたチョコエッグの中身が全部同じだったみたいな顔してます。

「…それはくれーむものだが…」

 六波羅は大きなため息をつくと、ひどく残念そうな口調でいいました。

「まあ、そんな気分ではあるな」

 どうしたんですかもう。

「よい、気にするな以世。狩りに遅れるぞ」

 はっ、そうでした! ケータイで時間を確認しますとちょうど待ち合わせの時間ぴったりです。やばいです。以世は急いで自転車を転がして駅前に向かいました。十分ほど遅れて待ち合わせ場所にやってきますと、そこに主計はいませんでした。代わりに…。

「やあ!」

 赤いスポーツカーが止まっていました。反射的に身構える以世です。それはもう前はこのスポーツカーと運転手のおかげでひどい目に遭いましたからね!!

 なんで御室がここに? 主計は? 以世が尋ねますと、御室は大袈裟に肩をすくめて言いました。

「ちょっとトラブルがあってさー。うちの家の人が今日使う予定じゃない狩場にも間違えて結界貼ったらしくてさあ、今日狩場二カ所になってるんだよー。だから急遽主計に一カ所先に向かってもらってるんだよね。ほらほら急ぐよー、のってのってー」

 御室はゆるーくかるーく言ってますがそれって大変なことなんじゃ…ないですかね…。

 腹をくくって以世は御室の車に乗り込みました。御室は運転席の隣にあるよくわからないレバーをよくわからないかんじにがちゃんと操作すると、いつもより幾分真面目な声で「舌かまないでね」と言いました。間一髪シートベルトをつけた直後に、車は唐突にバック、発進しました。安全運転でお願いします!

「そのお願いは聞けないなあ」

 まってー! 加速の圧力がハンパないですけど! 捕まる! 本当に捕まっちゃいますよ!

「今は緊急事態だからね、警察のえらい人も見逃してくれるよ」

 そんなわけが…。

「警察のえらい人、苗字に二の字ついてる人多いから」

 このあたりの公務員は汚職三昧なんですか?!

「なかなか便利だよねー」

 御室がそういったあと、車はスピードを落とさずに右に曲がりました。ぎゃ!? 思い切り舌をかんだ以世口を押さえながら悶えます。

「人の忠告はちゃんときく!」

 大人しく言われたとおりにすることにしましょう。

「錦はまず主計に加勢しにいったから、よろしく」

 ええっ!

 反論したいのはやまやまですが、また噛んでも困りますからしゃべれません。

「あらかた片づけたらこっちにくるはずだよ」

 そんな以世ひとりとか無理です! 思わず声を上げてしまいました。

「君が何かするわけじゃなし、やるのは六波羅でしょ? 六波羅どう、できる?」

 ばっさり本当のことを言われてしまいました…。

「数にもよる」

 六波羅はむすりとしたままです。

「何? 機嫌悪いね。具合でも悪いのかな?」

「そうでもない」

 六波羅はそれだけ言うと黙ってしまいました。

「うーん、これは重症だねえ」

 御室は愉快そうにいいました。こっちはあんまり愉快じゃないんですけど…。

「ま、いつも通りやれば平気だよ」

 ぎゃー! 今他の車とぶつかるかと思いました!!

「はい、なんか質問ある人ー」

 舌かむっていったり喋らせようとしたりこの人本当に意地の悪い人ですねまったく!

 結界って、中の妖怪は出てこれないんじゃなかったんですか!錦が言っていましたが…以世が舌をかまないように気を付けながら早口で聞きますと、御室はおかしそうに答えました。

「はい、ちゃんと張れてればそうです!」

 ええーっ!

「ごめんね、うちの若いのがうっかりしたらしいんだけどさ。一緒に行くから勘弁してよ」

 でも、三神は見当たらないですけど…以世がそう言うと御室は「えぇ?」と素っ頓狂な声を上げてから呻きました。

「家紋忘れちゃった」

 なんですって!

 てへって舌出しても以世はごまかせませんからね!

「いつも持ち歩いてないからうっかりしちゃった」

 結界貼りすぎる家の人とか、家紋忘れる当主とか、うっかりは血筋なんでしょうか…。

 突然御室はハンドルを切りながら急ブレーキをかけたものですから、以世はむちうちになるかと思うくらい揺さぶられました。

「到着だよ」

 車の着いた場所は以世が初めて狩りについてきた大きな空き地でした。作りかけで放置されたビルが不気味にそびえていますが、見たところ静かで何も見えません。

 以世が車から降りて様子をうかがっていると、御室はエンジンを切らずに言いました。

「ちょっと家戻って家紋とってくるよ。地面に描いてもろくに移動できないし」

 えっ、ちょっとまっ…。

 「よろしくー」と止める前に車は着たときと同じように猛スピードで走り去りました。

 ちょっとまってー! おいてかないでー!

「以世、何かおるぞ」

 六波羅の普段は聞かない低いトーンの声を聞いて、以世は酷く緊張してきました。なにがいるというんですか?

「わからぬ」

 まだこの前結界が張ってあったところからは距離があります。それなのに六波羅が警戒しているということは、その、うまく張れてなかったんですね、結界。

 がさりと後ろで葉が揺れる音がした気がしました。驚いてそちらを見ますが、何もありません。

「以世!」

 六波羅の声に振り返ると、いつの間にか目と鼻の先に太い植物の蔓がありました。それだけならよかったのですが、それは意志があるように一人で勝手に動いています。

 何これと考える前に以世は急いでそれから距離をとるために走りました。

「以世、空き地へ!」

 以世は六波羅の助言に従い急いであまり草木の生えていない元工事現場へ逃げ込みました。相手が植物ですと周りの木々が鬱蒼とした場所では不利ですから。

「今回は毛色が違うな」

 六波羅は顔をしかめます。

「さっさと片づけるとしよう」

 以世は頷いて叫びました。六六転じて九九となれ!

 いつものように光を放って六波羅は龍へと姿を変えますが、その姿はすこしゆらゆらして元気がなさそうです。お前大丈夫なのか? 以世が声をかけるとほぼ同時に工事を放棄された鉄骨の建物からひたひたと何かが這い出てきました。

 いつもの妖怪です。いつもより少ないかもしれません。六波羅はいつものようにうねり風を纏いながら妖怪達に突っ込んでいきました。皆が来るまで時間稼ぎをするよりやっつけた方がはやいと思ったのでしょう。以世も今度こそはどう妖怪を倒しているのか見てみたかったので、暴風の中必死に目を開けます。

 風に乗って何か液体が以世の顔をぬらしました。腕で顔を庇いながら以世は服にもついたそれをちらりと見ました。赤黒く、生臭いそれは…。

 激しい龍の咆哮が聞こえて、ざっと風がやみました。腕をよけて以世が目にしたのは、じたばたと苦しげにかくねりながら垂直に空を昇る龍の姿でした。

 ふっと龍の動きが止まったとき、それは天を支える柱のようにも見えました。次の瞬間、それは力なく地上へ落下します。以世は地面にロープのように衝突した六波羅にあわてて駆け寄りました。龍の形を保ったままの六波羅の口からは、鮮やかな赤と、どす黒い赤い液体が所々混じり合って流れ出ていました。

 以世は六波羅が死んでしまうと以世は直感的に思いました。元から六波羅は死んでいるわけですが、そんなことではないのです。死というより消滅の方が正しいかもしれないという言葉の違いを気にできるほど以世は冷静ではありませんでした。一時は六波羅に一掃された妖怪ですが、更にひたひたとビルの奥から這い出てきました。

 六波羅は呼びかけてもぴくりとも動きませんでした。以世一人では何もできませんが、六波羅一人ここに置いていくわけにもいきません。とっさに六波羅の首根っこを抱いて引きずって逃げられないかと思いましたが、慌てているときの考えというのはあてにならないものです。

 以世はすっかり妖怪に囲まれてしまいました。万事休すです。妖怪の一匹が首を傾げるように体を傾けて以世を正面から見ていました。死ぬかもしれない。以世がそう思ったとき、その妖怪は傾げていた体をもとに戻しました。

「……aラ………マたk……kれタノ………?」

 ………え?

 体のどこかを振動させたような音でした。

 以世がその音を言葉かもしれないと思い至る前に、突然地面が光りました。光は何かを描いているようです。自分と六波羅を覆う丸の中に描かれていたのは、一筆書きの五芒星でした。

 その光を嫌ってか、妖怪達は慌てて我先にと円の外に逃げていきます。これは一体なんでしょう。丸に五芒星ということは…?

「六波羅!」

 知らない声が聞こえたと思うと、すぐに以世の目の前にべしべしと何枚かの紙が降ってきて地面に張り付きました。妖怪達はその紙から逃げるように動いて以世の前に一筋の道がでしました。地面に張り付いたそれが御札だと以世が気付いたとき、六波羅が低く唸りました。

 ばくん!

 次の瞬間六波羅が開いた大きな口が以世の胴に噛みついていました。以世は何が起こったのかわかりません。六波羅は以世を咥えたまま狂ったような速さで先ほどできた道を突進します。以世は直接風を受けているからか御室の車なんて比ではない圧力を受けているように感じました。

 妖怪の群れを突破し、林に突っ込んだ六波羅と以世は沢山の枝葉を折り、突っ切って幾つもの傷を作りました。ようやく林を抜けて広い舗装された道路に出ると六波羅は力尽きたよう道路上に崩れ落ち、殺せなかったスピードの分だけ十メートルほど道路を抉りました。

 以世はほんの少しの間意識がとんでいたようです。気がつくと以世は六波羅に咥えられたまま車の走る気配の全くない道路にいました。

 俺、六波羅に食われた? 一瞬以世はそう思いましたが、体のどこにも痛い所はありません。六波羅? 呼んでも返事はありません。べちべちと手の届く範囲で叩いてもだめです。

 どうやら以世はただ六波羅に咥えられているだけらしいです。ふとまだ少しぼんやりする頭で視線を下ろしますと、道路がジャンプ漫画の戦闘シーンのようなえらいことになっていることに驚き、そして抉れた道路に赤黒い液体が滲んでいることにに気がつきました。よく見ると以世の手も服もべったりとおなじものがついています。それが六波羅の口や傷口から流れているのに気がついた以世は一気に目が覚めました。

 六波羅! 大丈夫か? 起きろ! ちょっと離せ! 声をかけてもやはり反応はありません。身をよじって口の中から出ようと格闘しますが、すぐには出られるものでもありません。

 ふと気がつくと、林から不自然な蔦が数本道路を這っているのに気がつきました。やばいです。

 こういうとき母だったら自分でなんとかできたのでしょう。自分もそんなことができたら…。蔦がゆっくりこちらに近づくにつれ、以世の焦りは募ります。焦れば焦るほどうまく脱出はうまくいきませんでした。目の前まで蔦が迫り、以世の様子を伺うような動きをします。

 もうだめかもしれない。そう思った途端、目の前の蔦を誰かが勢いよく踏みつけました。

 主計!? 以世が足の主を見上げます。ですが以世の角度からだと顔が見えません。でも身長的に主計ではなさそうです

「全体的に動きが鈍いな」

 聞こえた声は聞き覚えのない若い男の声です。一瞬錦や御室がきたのかと思いましたが、違います。六大呪家の当主ではなさそうでした。

「…それにしても思ったより悪そうだな、六波羅は」

 六波羅の名前が出てきて以世は驚いてしまいました。どうにも通りすがりの人ではなさそうです。どこかの分家の人でしょうか。

「六波羅など放っておけ。面倒しか起こさない」

 若い男とはまた違う冷たく厳しい声が言います。二人いるのでしょうか。

 でも足は一人分しか見えません。一体どこに…と思っていると、顔をふさりと何か肌触りのいいもふもふが掠めました。驚いて首を振ると、にゃあと猫の声が聞こえます。見ると以世の目と鼻の先に白くて毛の長いふさふさの猫が以世の顔をのぞき込んでいました。

 猫の首に何かついてますね。首輪よりも大きい、黒くて無骨な王冠のようにも見える金属の輪のようです。大きすぎて若干襷になりかかっていますね。片方ずつ金目と銀目で色が違いました。その猫はもう一度にゃーんと鳴くと六波羅の匂いを猛烈な勢いで嗅ぎ始めました。それ魚じゃないからかじらないでほしいな!?

 以世があわてて猫を止めようと思わずふっさふさの尻尾を捕まえると猫は以世を振り返り、なんだよといわんばかりの顔をしました。

「…やめないか」

 冷たい声がきこえました。一本尻尾をしっかり掴んでいるのに、目の前で自由な尻尾がもう一本揺れています。合計尻尾二本です。嫌そうな顔で以世を見るその猫はいわゆる…。

 化け猫喋った!! 以世が叫んで尻尾を放すと、化け猫は何か不服なことでもあったみたいに毛を逆立てました。

「遊んでないで仕事をしないか」

 若い男の声が聞こえると、化け猫は以世を睨みつけながら移動をはじめます。やがて化け猫は若い男の足に首を擦り付けました。

「ここは私有地だ。遠慮はいらない、燃やせ」

 若い男のその言葉に、化け猫は嬉しそうに鳴きました。みるみるうちに以世の視界に写る猫の足が大きくライオンのように大きくなると、それにごろにゃー! と低めの雄叫びが続きます。

 化け猫大きくなった!!

 以世があまりにも妖怪らしい妖怪にびくついていますと、「大丈夫か?」と声をかけられました。

 化け猫に気を取られていて気がつきませんでしたが、目の前に手をさしのべられています。その手を辿って視線を上に上げて、以世はぎょっとしました。手の主は二十代前半くらいでしょうか? 細身の青年でした。青年はちょっと堅気に見えない紫色のサングラスをしています。ですが以世が驚いたのはグラサンにではありません。

 青年の肩越しに化け猫が縦横無尽に火を噴いていたからです。

 化け猫火噴いた!!

 以世がそのファンタジーな光景に唖然としていますと、グラサンの青年は面白そうに笑いました。

「火を噴く猫より龍にかじられてじたばたしてる君の方が絵面的に面白いと思うけどな」

 抜けないのです。以世がまじめな顔でそういうと、グラサン青年はぶはっとふき出しました。面白いことは何一つありません。

「引っ張るから、千切れそうなら言ってくれよ」

 化け猫が林を火の海にするのをバックに、龍の口から血まみれで救出される以世。劇的ですが、なんか間抜けな気がする以世でした。

 植物の妖怪は、化け猫に林ごと焼かれてしまったようです。火の海の林の中で、不自然に動く蔦の成れの果てが断末魔をあげるようにくねっているのが見えた気がしました。意外とあっけないものですね…。

 以世は青年の手を借りやっとのことで六波羅の口から抜け出すと、青年へのお礼もそこそこに六波羅の閉じられた目に顔を寄せました。

 六波羅、おい六波羅、どうしたんだよ…。呼びかけても六波羅はのど一つならしませんでした。

「君は六の家の当主だね?」

 青年の言葉に、以世は躊躇いながら頷きました。あなたは一体…あのお札、もしかして五の家の? そう聞くと青年は肩をすくめて言いました。

「俺はしがない拝み屋だよ」

 拝み屋? 拝み屋とはなんでしょう。

「いわゆる祓い屋とか、坊主とか、巫女とか、陰陽師とか…俗にいう霊能力者といかいうやつだな」

 その拝み屋さんがどうして六大呪家のことをしっているのでしょう…。

「この辺じゃ六大呪家っていったら有名だから…っと、そろそろか」

 青年は腕時計で時間を確認すると、急いでスマホで電話をかけてこれだけいいました。

「アザミ、頼む」

 すぐに電話を切って青年は指笛を吹きます。すると火の海から巨大な化け猫が舞い戻ってきました。

 助かったけど林あんなに燃やして環境なんとかかんとかな罪で起訴されたりとか逮捕されたりとかしないんでしょうか…以世がそんなことでどきどきしていることなどつゆ知らず、青年は小さくなって肩に乗ってきた化け猫の尻尾を払います。でも猫は素知らぬ顔で首に尻尾マフラーを絡ませていました。

「六波羅のこと、心配かい?」

 青年は火の海をバックに以世に尋ねました。

 心配です。どうにかならないか、知り合いに見てもらうつもりです。そう伝えると青年は以世から視線を逸らして考え込んでしまいました。

「…今の六大呪家の当主達は六波羅を治すことができない」

 えっ。以世は青年の確信を持ったような言葉に驚いてしまいました。どうしてそんなことが言えるのでしょう。

「そもそも六大呪家は…」

 ギュインと凄い速さでワゴン車がやってきたと思ったら、青年の脇にぴったり止めてきました。

「悪いな」

「構わないわ」

 運転しているのは女性のようです。運転席の女性はそれだけ言うと黙ってしまいました。以世からでは女性の様子はよく見えませんでした。

「じゃ、悪いけど俺はこれで失礼するよ」

 そういってワゴン車に乗り込もうとする青年を以世はあわてて止めました。そもそもってなんですか? どうして他の家の人が六波羅を治せないとわかるのですか? 六波羅は今どうなっているんですか? あなたならわかるのですか?

「知りたいかい?」

 以世は強く頷きました。

「…アザミ、内装汚れるけどいいかな?」

「よくはないわ。でも、やるんでしょう?」

「ありがとう」

 青年はワゴン車の後部ドアを開けました。中に座席はありませんでした。

「後ろからだな…六波羅を車に乗せる。ちょっと手伝ってくれるかい?」

 青年は以世を振り返りました。何故でしょう、以世にはよくも知らないその青年のことが妙に懐かしく、頼もしいように感じて仕方がありませんでした。以世は青年にもう一度頷き返します。

「大きすぎるな…小さくできる?」

 青年は六波羅を見ていましたが、以世を振り返って言いました。小さく、とはどういうことでしょう?

「これ、出してるの君だろう? 大きさ調節できない?」

 大きさ? 調節? 以世は何を言われているかわかりません。

 だって六波羅のこれは元がこのサイズだからこうなのでは…? そんなどこぞのライトみたいな便利なことができたら器物破損の心配をしなくていいのですけれど。

「…なるほど」

 青年は困ったように頷きました。

「まあ仕方ないか」

 そういうと青年は車の中から油性ペンを取り出しました。

「どっちきき? 左? じゃあ左手、借りるよ」

 そういって青年は以世の左袖を捲り上げると、さらさらと以世の腕に何かを書き始めました。ですが達筆すぎて読めません。くすぐったいですね。

「よし、詰めるか」

 そう言った青年の言葉につられて六波羅を見やりますと、なんだか幾分かサイズが減った気がしました。

 今なにをしたのですか? 以世が尋ねても青年はあとでといって答えてくれませんでした。

 青年と一緒に血塗れになりながら六波羅をワゴンに無理やり押し込めていると、不意に雷がなり始めました。さっきまで晴れていたのに…。

「来たな。…よし入った! 大分みっしりしてるけど、一緒に入れるね?」

 以世が車に詰まっている六波羅の隙間に身を収めますと、青年も助手席に身を落ち着けました。途端にぼたぼたと大粒の雨がフロントガラスを打ち付け始めます。大きな稲妻が天と空気を裂き、たちまち辺りばかりバケツをひっくり返したような大雨になります

「アザミ!」

 青年の声でワゴンは急発進しました

 アザミと呼ばれた運転席の女性は、地味な服装に地味な帽子をかぶっていて、妙に印象の薄い人のように思えました。

「やれやれだな」

 御室ほどではありませんがかなり早いスピードで狩り場のある郊外から離れます。都合良く降ってくれた土砂降りのお陰で火事は事なきを得たようです。ですが不思議なことに火の回っていたらしい林の終わりあたりまで来るとぶつりと切られたように雨雲がとぎれていました。

「六波羅くん、泊まり平気?」

 学校以外で久々に名字で呼ばれて以世は一瞬自分が呼ばれたということに気づきませんでした。少し考えてから以世は頷きます。本当はあんまりよろしくはないのですが(何しろ内緒で家を抜け出してきている身ですから)今は六波羅が緊急事態ですからそんなことはいっていられません。

「…なんか、俺がこういうのもなんだけど…こう…なんだか心配になってくるな」

 なにがでしょう。

「いや、君が少しちょろすぎるからさ。そんなだから悪い奴に騙されるんだと…」

 ちょろいっていわれました!! しかも既に騙されたことになっています。もしやお兄さんは悪い人…!?

「だったらどうする?」

 にやと悪人風に笑われました。

 以世は首を傾げました。違うと思うからどうもしません。

「ええ?」

 確かに青年はあからさまに怪しいです。六大呪家のことを知っていて、化け猫と一緒で、軽く妖怪退治(あれを退治と言っていいのか)ができる変な人です。もしかすると何かに以世を利用しようとしているのかもしれません。

 以世の話を聞きながら、青年のマフラー猫が前の座席のくびれの所に手を置いて以世をじっと見つめていました。

 でもと以世は続けようとして言葉に詰まりました。でも、この人は頼りになる人だ。確信がありましたが、理由が見あたりません。黙り込んでしまった以世に対して、青年は苦笑して言いました。

「悪い気はしないが、警戒心が足りなすぎるな」

 猫が同意するように呆れた鳴き声を出しました。

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