表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
3/20

妖怪狩りと主計の事情

 以世は当主会議の部屋を出て渡り廊下を渡りました。どちらから来たのだったかと辺りをキョロキョロしていると、すぐに女中さんに奪われた以世の荷物を持った主計が後ろに現れてひどく驚きます。

「悪い、そんなに驚くなんて」

 いや、別にいいのですが。よく見ると主計は黒くて動きやすそうな和装…忍者みたいな格好をしています。動きといい、妖怪狩りしてるとか言ってましたし、本当に忍者なのでは…。

「聞いたのか…そうだったら格好いいんだけどな」

 主計から荷物を受け取ると、案内されるまま屋敷を歩きます。

 玄関に向かって歩いていると思っていましたが、どうやら裏口にたどり着いたようでした。主計、俺そろそろ帰らないと…。以世がおずおずと言い出すと、それを遮るように声が聞こえました。

「遅えぞお前ら」

 見ると裏口で二つの人影が待ち受けていました。そこにいたのは先ほど帰ったかと思っていた錦と二反田です。錦は袋に入った長い棒のようなものを持っています。イライラした様子でたしたし足を鳴らしていました。滲み出る鬼オーラに以世は怯みました。もしこんな人に取り調べ受けたら以世泣きそうです。

「さっさと行くぞ」

「はい、錦さん」

 当たり前のように歩き出して裏庭を突っ切る錦を、これまた当たり前のように追いかける主計。わけがわかっていないのは以世だけのようでした。

 どこへ? どこへ行くのですか??

「決まってるだろうが。狩りだ」

 鬱陶しそうに答える錦はさっさか歩いて行ってしまいます。狩りって、その、今から?! 以世はめっちゃ慌てまわした。いやだってなんというか心の準備というか装備の準備というかなんていうかその、ねぇ六波羅!?

「なに気にするな、初日なのだからおんぶにだっこで十分だ!」

 輝く笑顔でお荷物OK宣言しましたけどこいつ!

「嫌なら来るな。邪魔だ」

 錦はこめかみに青筋を浮かべながらぎろりと以世を睨んできっぱり言いました。すごむ錦に逃げ腰な以世の様子を見かねたのか、錦の後ろにいた二反田は軽くため息をつきました。

「お館様、お館様もはじめて狩りに出られた日は先代や他の家の者に守られていたというのに結果が散々で挙句の果ては死にかけたではありませぬか。あまりきつくは…」

「うっせーよ二反田! 余計なこと言うな馬鹿!!」

「申し訳ございません」

 錦がきゃんきゃん吠えますと、二反田は大して表情も変えずにぺこりと頭を下げました。全く誠意を感じませんけれど、錦は「まったく」とひとまず怒りを収めたようです。…仲良しなんですね、二の家のコンビは。

 本当に以世は何かできる気がしませんがついてって大丈夫なんでしょうかね…。

 ところでなんか後ろで六波羅が大爆笑してます。何を笑っているのでしょうか。よくわかりませんが笑ったら悪いです。

「変な気使うな! 六波羅も笑うな!!」

「いやなに、あの泣き虫ちび助がこのようになるとは思わなんだ。立派になったものぶっくく」

「言うなー!!」

 袖で口元を隠して笑っている様を隠そうとしてはいますけれど、隠そうとしているのは形だけのようです。その様子に錦の怒りは最高潮になっているようですが…止めなくていいんですか、あれ。

「放っておいていいんじゃないのか。久々に会ったようだし」

 主計がそう言います。先ほど六波羅もそんなようなこと言ってましたね。六波羅と錦は知り合いなのでしょうか。以世が首を傾げますと、六波羅が笑いをこらえつつ答えました。

「二十年前まだ以千代が現役だったころにな。当時の二の当主にくっついておったのよ。びくびくしている割りにぷらいどが高くて愉快なぼんだったが」

「それ以上喋ったら斬る…マジで斬る…」

「こらこら、警察官が銃刀法違反で逮捕なんてすきゃんだるはいやであろう?」

 銃刀法違反ってことは、錦が持っているその棒はもしかして…。以世がじっと錦の持つ紺色の長袋に入った棒をじっと眺めていると、錦は「おう」とそれを軽く持ち上げてみました。

「俺の家は術とかまじないとか呪いとか苦手だからな。邪魔なやつは問答無用で叩き斬るのが流儀」

 袋が剥かれると、中から出てきたのは鞘に収まった刀に見えました。本物…? 以世が恐る恐る錦の顔を見上げますと、錦はにまーっと笑いながら低い声で言いました。

「…斬られてみるか?」

 遠慮します。以世は即座に防御壁のように錦へ掌を向けました。

 錦がこんな立派な獲物を持っているということは、主計も何か武器のようなものを持っていたりするのでしょうか。やばいです、以世何も持っていません。以世があわあわし始めますと、錦は刀を袋にしまいつつ言いました。

「そいつはなんももってねえよ。いらねえよな?」

「はい、そうですね」

 主計はあっさり頷きます。

 どういうことでしょう。武器がいらないとしたら、主計は空手の達人とか、もしや本当に忍者だったりするのでしょうか。

「忍者だったら武器は山ほど持っているはずではないか、以世」

 それもそうでした。では一体どういうことなのでしょうか…。

 以世が悩んでいますと、黙っていた二反田が以世を安心させるためか言います。

「以世殿には六波羅殿がいますので心配は無用でしょう。六波羅殿は偉大な術者ですゆえ」

「なに二つの、もっと言っても構わぬぞ」

 六波羅は驚くほどうざいですね。

「んじゃ、さっさと行ってさっさと帰るぞてめえら。明日も平日だからな」

 そうでした、連絡したとはいえ早く帰らねば祖母と壱世が心配します。なるべく早く終わらせて帰りたいものです。

 でもふらふら歩き回るだけで妖怪が見つかるものでしょうか。

「三の家が人除けと妖怪を誘い込んで逃げられなくなる結界を張ってる。そこにいくんだよ」

 錦の説明を聞いて以世はあまりのファンタジー加減にびっくりしました。

 けっかい! なんかかっこいい気がする!

「御室んちはそう言うの得意だからな」

 そう錦と話している間、主計は一歩下がって従うようについてきていました。それを見て以世は主計に話しかけます。主計、遠くない?

「いや、これくらいでいいんだ」

 遠いって。もうちょっと近くに…。いいかけたとき、一閃。なにか光がひらめきました。な、なに?

「なんだよ二反田…」

 錦が訝しげに二反田へ視線を向けますと、二反田はかちりと刀を鞘に納めてきりりとした顔で言いました。

「申し訳ございません、ただの虫でした」

 確かに錦の足元には蜂が一匹真っ二つで落ちています。

 が、その他にも街路樹の枝や標識の端なども切れて地面に落ちています。なにこれと思ったとき以世の背後のブロック塀の半分がずるずると滑って落ちて砕けました。ついでに時間差ではらりと以世の髪が一房風に舞って行きました。

 …。

「このくらいでちょうどいいんだ」

 主計は先ほどと同じ距離だけ離れた場所からそういって、大きく頷きます。

 この辺で起きる鎌鼬は大体この人が原因だから、と冷静に説明する主計をぎろっと錦は睨みつけますと、彼は吠えるように言いました。

「うるせえ逃げるぞ。おい二反田! あんま物壊すなっていってんだろ!」

「申し訳ございません、お館様」

 吠える錦を見て、以世は犬みたいな人だなぁと思いかけ、そういえば錦は警察官でしたっけと思い出しました。

 …犬のおまわりさん…。

 錦についていってたどり着いたのは大きな空き地でした。何か作る予定だったようですが工事は止まっているようです。ここなら二反田が暴れても誰も困らないでしょう。

「いるわいるわ」

 よく見ると、空き地には複数の影がありました。目を凝らすと、こう、なんというか、表現に困るものがいました。

 ある者は魚人のようにみえました。あるものは体中に目がある肉の塊でした。あるものは足がなく無数の長い手で地面を這い回っていました。あるものは手がなく無数の長い足で駆け回っていました。グロテスクで見るも無残な、これが妖怪?

 以世は吐き気がしてきます。

「そうか、初見はくるよな…」

 前もって説明しときゃよかったなと錦はすまなそうに頭をかきます。

「でも、悪いけど慣れてもらわなきゃ困るぜ」

 そういって錦は表情を引き締めると、袋から出した刀の鞘を払いました。

「みんなには見えないけどな、あいつらは人を食う。そんなやつらを放っちゃおけねぇ」

「お館様、ご用心を」

「わかってる。おい主計、早くしろよ」

 主計の表情は今までと大して変わりませんでしたが、深く息をついてから錦に頷きました。主計が右腕を振りかざして一振りすると、それは一瞬で一周り大きく、硬質で鉄色に光を反射する腕のようなものに姿を変えました。

「ほう」

 後ろで六波羅が感心しています。

 感心? 感心なんて、何故できるのでしょう。

 主計、それ…。以世が震える声で尋ねようとしますと、主計は申し訳無さそうに苦笑して言いました。

「今日は見るだけでいいから」

 2人は十数体はいる妖怪相手に喧嘩を売りに行きました。閃く白刃。黒い腕が空気を鳴らしました。数の減る妖怪達の血は赤くてまるで人間のようです。

「一晩でこれか。増えたな。…しかし」

 六波羅はそう呟いて考え込んでしまいました。以世はそれどころじゃありません。吐き気をこらえて前屈みにしゃがみこみ、口を押さえます。

「以世、目をそらすな。危険だ」

 六波羅の言葉にはっと顔を上げた瞬間近くにいた妖怪が目に映ります。六波羅が手を下す前にそれは三枚卸になっていました。

 主計でした。元々黒っぽい腕が更にぎらぎらと黒光りしていました。顔も服も返り血で汚れています。私服じゃないわけです。

 そんな主計の姿が実にゆっくりとした動きで見えました。音が飛んでしまったかのような錯覚を覚えます。その中で、主計がこちらを振り返り、はっきりとした音をとばしてきます。

「以世」

 大丈夫。聞かれる前に急いで答えました。気を緩めると色々逆流してきそうでしたし、それに…。

「ならいい」

 主計の目が酷く鋭くて、主計じゃないみたいにみえましたから。

「ラスト!」

 錦が最後の一体を斬り伏せると、以世は途端に音が押し寄せてきたように思えました。

「本当最近数が多い!どうなってんだよ」

 錦はほんの少しだけ裾に返り血がついていましたが、それ以外はまるで来たときと変わりません。手練れというやつでしょうか。以世は残骸から目を背けながらききます。

「以千代さんには劣る…おい真っ青だぞ、大丈夫かよ」

 平気です。以世は少し強がりました。それより今母のこといいました?

「ああ、以千代さんすげー強かったから。皆から女にしとくのもったいないって…おい本当に大丈夫かよ。吐くなら今のうちに吐いちまえよ、今車呼ぶから」

 錦は殲滅完了の報告をどこかに電話しますと、そのまま車を頼んで電話を切ります。これ、この山のような残骸は、このままでいいのでしょうか。自然に消えるわけでもないようですが…。

「御室んちが清めるーとか言って燃やしたり埋めたりすることになってるからいいんだよ。それよりどうする、うちで休んでくか?」

 やめておきます…。

 主計は疲れたのか少しぼんやりしていたようですが、小さく息をついて言いました。

「…じゃあ、俺はこのまま帰ります」

「そうか?」

 おそらく、主計は今以世にいくら大丈夫かと聞いても無駄だと思ったのでしょう。以世には何も聞きませんでした。何を聞いてもきっと平気だと言い張るでしょうから。

「以世、気を付けて帰れよ」

 そういう主計は薄く笑って以世に背を向けました。

 主計…そんな、そんな血まみれの格好で歩き回って職質とかされないのでしょうか。そんなことを以世がいいましたら、主計はがっくりと脱力しました。そういえば気が付いたときには、主計の腕は元の人間の腕に戻っていますね。

「いや…」

 振り向いた主計と傍から見ていた錦から非常に微妙な顔をされてしまいました。以世、何か間違った心配をしたでしょうか。少々間を開けたあと主計はぶふっと吹き出しました。

「結構元気そうだな。…じゃあまた」

 今度こそ主計は以世達に背を向けて歩いていきます。

 なんか笑われましたが本当に大丈夫なのでしょうか。以世が顔をしかめながら言いますと、錦はからから笑いながら答えます。

「あいつも巡回に見つかるようなたまじゃねえよ」

 そうでしょうか…。血まみれの主計の背中を見送った直後、その赤いスポーツカーはドリフト駐車でその場に現れました。砂埃と風を直で受けた以世は、あまりに驚いて身動きが取れません。気が付いたら目と鼻の先に運転席の窓があります。風を…感じました…。

「やあ! お疲れお二人さん!」

 窓を開けて明るく挨拶をしてきたのは御室です。

「お前ホント運転荒いよなー」

 錦は慣れているらしくかなり投げやりにそう言いましたが、荒いどころの話ではありません! ひかれるところでした!

 以世が必死にそう訴えても、御室は明るく笑うだけです。

「そんなヘマしないよー」

 帰り道はは色んな意味で散々でした。家に帰ったら祖母と壱世に帰りが遅いと散々説教をされてしまいました。これからこういうのが続くのであれば、対策を考えなければなりませんね…。時間は遅れましたが六波羅様の部屋に籠もっておつとめを…おつとめを…。

 以世は張り切ってお祈りをしようと思いましたが、前日の寝不足や本日の疲れのもたらす眠気には勝てませんでした。ぼてっと座布団に倒れ込んだ以世を見て、六波羅はため息をつきました。

「以世? 以世…これ、布団で寝ないか。疲れておるのはわかるが…ふむ」

 六波羅は少し考えて以世を担いでみようかとしてみましたが、すり抜けて触れません。

 「まあこうなるであろうな」

 六波羅はつまらなそうに呟いて大きなため息をつきました。

「超能力でも使えれば便利なのだがなあ」

 祭壇に並ぶ遺影を眺めて、六波羅は以世に目線を戻します。

「風邪をひかねばよいが」


 翌日、六波羅様の部屋で起きた以外は以世の一日は普通に始まり、普通に学校に行き、普通に過ぎています。視界に昨日のことが災いして少し調子が悪いかもしれませんが変なのはこれくらいです。普通すぎて昨日のことが悪い夢のように思えましたが…。

「夢ならよいのだがな」

 許してもらえませんでした。

 お昼休みです。

 なんとなく屋上にいくのに抵抗を感じましたが、昼休みもあと半分というくらいでやっと足を進めました。

 屋上の扉を目の前にして以世は一瞬ノブを捻るのをためらいましたが、一つ深呼吸をしてから思い切りそれを捻りました。

「以世」

 主計はいつもの場所にいました。お弁当の包みも開かずにぼんやりしていたようです。

「今日は学校休みかと思った」

 そういって主計は苦笑します。

 病気でもないのに休んだりしません。お金払って学校に来ているのですから。以世は思いの外自分の口調がきつかったことに気が付いて、少し後悔しました。

「ああ、いや…どちらかというと、もうこないかと思ったの方が、正しい」

 主計は口元に手をやってそっぽを向きながら言いました。

 どこに来ないと思ったのでしょうか。お昼にでしょうか。以世がそう聞くと主計はこくりと頷きました。

 そりゃあ、昨日の妖怪のこととはショッキングでしたし、主計と会ったら無理にでもそれと向き合わなくちゃことに尻込みしてましたから時間かかりましたけど、お昼は来ます。主計は友達ですから。

「違うな以世」

 六波羅は苦笑しつつ言いました。どこが違うのでしょう。

「この主計は何のために以世に近づき何のために以世と親しくなったと思う? 偶然ではあるまい」

 偶然じゃなかったらなんなのでしょう。なんだか馬鹿にしたような六波羅の口調に、以世はむっとします。

「主計は以世の監視役だったということだ。一の当主の命だな?」

 主計は眉間にしわを寄せたままの表情で六波羅から目を逸らさずに言いました。

「いかにも……です、六波羅様」

「以世が授業を受けているとき他の教室を見て回ったが、主計、お前はどこにもおらなんだ。この学び舎の生徒ではないな?」

「ええ、俺は学校に行ったことがありません。この制服は主馬のお下がりです。主馬はここの卒業生ですから」

「ほう、今年いくつだ」

「主計は生まれてより十七年たっております」

 矢継ぎ早なやりとりです。会話の回数が重ねられるごとに、六波羅の笑みと主計の眉間の皺が深くなっていきました。

「その身はなんだ」

「一の家の歴代当主が編み出した秘術と聞いております。詳しくは何も…ただ」

「申せ」

「これは鬼なのだそうでございます」

「では今やお前は地獄先生なわけだな」

「ネタが古くはありませんか」

 地獄先生…? いきなり雰囲気の変わった会話に以世は戸惑いました。なんでしょう地獄の先生って。

「なんとわからぬか以世。ほら、あの、白衣で回復をする眼鏡の医者…」

「六波羅様、その地獄先生は私にもわかりません」

 何の話なのでしょう。六波羅は非常にショックそうに額に手を当てて首を振りました。

「これがじぇねれーしょんぎゃっぷか…」

 六波羅自体化石みたいなもんなのに何を言っているのでしょうか。

 それにしても、と以世は六波羅と主計の顔を交互に見ながら首を傾げました。二人は知り合いみたいにみえますが…。

「うむ、縁がある」

 六波羅はあっさりと首を縦に振りました。

 でもどうやって知り合ったのでしょうか。以世だって六波羅にであったばかりなのに。

「神秘であろう」

 ドヤッとされました。イラッとします。

「それにしても主計は全く学び舎…学校か。学校に通ったことがないのか?」

「ええ、全く」

 それってまずいことなんじゃないでしょうか。義務教育というのは義務だからみんな教育を受けているのでしょう? 一体どこに訴えればいいのかよくわかりませんが、とりあえず警察に通報した方がいいんじゃないでしょうか。

「したとしても揉み消されると思う。六大呪家は権力のある一族が多いから」

 そういえばエリート揃いでした…。

 その、学校に行けない理由はやっぱり主計が、その…。以世は主計の腕をちらりと見ますが、それ以上はいえません。ですが主計はその視線で以世の言いたいことが分かったようでした。

「それもあるけど、一番は…」

 そのとき、予鈴が鳴って主計の言葉が切れました。

「ほら、授業始まるぞ以世」

 ぐぬぬ…以世の中で授業料と主計が天秤に掛けられましたが、しばらく均衡を保っていたそれはがたんと音を立てて傾きました。

 …まだ、弁当食べてないからサボる。以世はそっぽを向いて言いました。

「よいのか以世」

 いいんだよ! そう以世がわめくようにいいますと、主計は聞き分けのない子供を諭すように言いました。

「俺は化け物だぞ。そんなやつを構うより早く授業に行った方がいい」

 主計は気軽にネタ的な意味でいったらしいのですが、以世はそんな主計の物言いになにかむっと来るものを感じました。

 主計は主計です。

 主計は以世の少し乱暴な口調に少し面食らったような顔をしましたが「じゃあ」と続けます。

「主馬に命令されたから友達になって、主馬に命令されたから仲良くして、主馬に命令されたから当主の集まりに連れて行って、主馬の言うことは絶対な俺を授業より優先にしていいのか?」

 主計は困ったような表情でした。主計は以世と以世の家族についての話を知っています。前に聞かれましたから(きっと探りを入れられていたのでしょう)。主計のために祖母が何とかしてくれているお金をふいにしていいのかと、以世はそう聞かれていました。

 よくはない。ないけど今日は祖母に勘弁してもらいましょう。

 だって六波羅は眠りから目が覚めたし、六大呪家との顔合わせも終わって、当主として底辺な以世から得るものはもうなさそうです。なのに今日主計が屋上に来たということは、その、なんだ、暇なのでしょう!?

 以世はくわっと主計にくってかかるようにいいました。いや、もうちょっとこう、言い方ってもんがあるような気が以世もしているのですが、いかんせんそれを直で言うのは以世も恥ずかしかったものですから、ええ、勘弁してくださいと以世は心の中で言いました。主計は以世の様子を見てちょっとびっくりしています。

「…ああ、まあ…暇だけど」

 理由はそれで十分です!

 以世がびしっと決めますと、六波羅がによによしながら茶々を入れてきました。

「これは奴に会いに来たのかもしれぬぞ」

 はっ!? ありえます…。以世がしょんぼりして主計を見ると主計は可笑しそうに口元をおさえました。

「六波羅様は割とついでだから気にしなくていい」

「いい度胸ではないか」

 本鈴が鳴りました。区切りをつけてお弁当を食べることにします。もぐもぐ。

 …それで、主計が学校にいけない一番の理由とはなんでしょう。以世はお弁当をつっつきながら尋ねます。今聞いておかないと聞けない気がしました。何でか緊張します。

「ああ、一寸木主計には死亡届が出てるんだ」

 さらっと言われて、以世が箸で挟んでいた白米はぼたりとおかずの上に落ちてしまいました。

「以世、ごはん落ちた」

 それどころでは…。以世はショックでしたのに六波羅は割とけろりとしていました。

「では書類上お前は幽霊か」

「まあ、書類上は」

 脱税です!

 以世が箸をぐっと握りしめますと、主計の首がすごく傾げられました。

「いや、うん、それもある、かな?」

「以世、もっと他に考えることがあろう」

 お前にいわれたくないです。以世は六波羅に言ってから気を取り直すようにこほんと喉の調子を整えました。

 なんでお前殺されてるんだ? 以世は恐る恐る聞いてみます。

「書類上だけどな」

 書類上でもなんでもです。なんで殺されてるのか、意味が分からないし酷いじゃないですか! 以世はそう怒鳴りますが、主計はうーんと首どころか体を傾けて、すぐに戻しました。

「…さあ、死産だったみたいだし、必要だったからなんじゃないのか?」

 死んでないのに死亡届が必要な理由ってそうそう思い当たりません。

「以世の歳は十六だったか?」

 唐突な六波羅の発言に以世は脱力します。六波羅はいちいち話を脱線させないでほしいです。

「人のことは言えぬだろう」

 ええ、以世は反論できませんでした。ぎりぃ。

「そうやって考えると主計は以世の一つ上か。先輩だぞ、以世」

 そうでした。驚きました。敬意を払った方が…? 以世が主計を見上げますと、主計は不思議そうに瞬きをしてから穏やかに笑います。

「学校の先輩でもないんだから気にしなくていい」

 以世はほっとしました。だって今更ですからねぇ。改めて主計に敬語なんて変な感じがしますものね。

「…そうだな。…その、以世? 話は変わるんだが…」

 主計は困ったような表情で切り出します。なんでしょう、主計言い辛そうですね。

「狩りのことで」

 …以世は聞きたくありませんでしたが聞いておかねばならないでしょう。話してもらいます。

「どうしてもやれなそうなら来なくていい、から」

 その主計の言葉に、以世はえっというかフェッというかとにかく変な声が出ました。

「他の家と違って六の家は人が圧倒的に少ない。以世に何かあったらまたしばらく六の当主が不在になる」

 主計の話を聞いて六波羅はうむと続きを引き受けました。

「壱世は奴と相性が悪い。当主として役目を果たすのは無理だろう。その場合壱世が子を残せなんだらそのまま我が六の家は潰れるな。六大呪家の陣が崩れる」

 六波羅の言葉に主計は頷きます。

「そうやって脅せば多分主馬は渋々でも納得すると思う。真実だし」

 いま主計さらっと脅すって言いました。扱いが扱いですし、主計はあんまり主馬が好きじゃないんですかね。

「以世は狩りをすべきじゃない」

 主計がそう言いますと、そのことについて思うことがあるらしい六波羅は反論します。

「まあ脅し文句には一理ある。だが奴が負けるべくもない。それは主計とてわかっているだろう」

「六波羅様が負けないからお勧めしないのです」

 勝つと悪いことが起きるのでしょうか。以世が聞きますと、主計は言葉に詰まったみたいに黙ってしまいました。

「………その、倒すと輪をかけて気持ち悪いから昨日みたいに貧血気味になるかと」

 その割りには目をそらされています。なんか嘘っぽいですね。でも主計、ありがたい申し出ですが…。

「やるのか」

 以世はこくりと頷きました。

 妖怪がはびこるとひどいことになるのでしょう? 祖母や壱世がどうにかなるかもしれません。錦があいつらは人を食べるのだと言っていました。二反田も退治が追いつかないと言っていました。

「他に分家での実働部隊はおらぬのか。昔はもっといただろう? 主計一人ではあるまい?」

「いえ、今現在一の家で前線に立てるのは私くらいです。妖怪が強くなっていますから、当主レベルではないと歯が立ちません」

「ほう、まあ確かにお前の火力は認めるがな」

 当主レベルでないといけないなら、やはり以世もやらねば。以世が言うと、主計は心苦しそうに俯いてしまいました。

「五つのがおればなあ」

 そう六波羅は深いため息をつきます。いろいろ問題のありそうな五十君ですけれども、その人って強いのでしょうか? 以世が聞きますと、六波羅はうむと力強く頷きました。

「五の家はその筋では有名な陰陽師の一族でな。紋は丸に桔梗紋、安倍某と縁があると言うが…まあそれはどうでもいい。残念ながら一歳にはうまく能力が遺伝されなかったようだな」

 五十君の方が六波羅なんかよりずっとずっと強そうなのですね。どうして雲隠れしてしまったのでしょうねぇ。

「以世、騙されておるぞ! 奴の方が五つのよりずっと性格がいいのだ!!」

 何の話をしているんでしょうこの生臭坊主は。

「まあそういうことだ主計」

「…わかりましたよ」

 六波羅の言葉と以世の顔を見て主計は深いため息をつくと立ち上がりました。ですが主計は持ってきたお弁当箱を開けていません。ごはんは食べないのですかと聞きますと、主計はお弁当箱の包みを人差し指でぶら下げて言います。

「今日のこれは空なんだ。作る気分じゃなかったから」

 その一言に以世は衝撃を受けました。なんですって…あんなに美味しいお弁当を作っていたのが主計だったなんて…。にわかには信じられません。

「今度以世にも作ろうか?」

 い、いいのですか…? いえ! ですがお弁当の食費だって馬鹿になりません! 結構です! 以世が涙をのんでそのお誘いを断りますと、主計はおかしそうに口元を抑えます。

「本当に変なところ気にするな。…じゃあまた。時間なんだ」

 用事でしょうか? 以世が聞きますと、主計は「そう」と答えました。

「大した用じゃないんだけどな」

 主計はそういうと手を軽く振って屋上から出て行きました。以世のせいで引き止めていたのではなければよいのですが。

「大丈夫だろうて」

 その日の夜、錦からメールがありました。明日の夜中に駅前に集合でした。

「以世」

 以世が家の居間でぼんやりしていますと、壱世が不審そうな顔をしてソファに座っていました。力が入っているのか抱きしめたクッションがすごい形になっています。

「あんたなんか隠してんじゃないでしょうね」

 唐突に何言うんですかこの娘は! いきなりどっきりした以世ですが、なるべく普通に答えました。なんもねーです。

「うそ」

 …女の勘というやつでしょうか。以世は冷たい汗が背を伝うのを感じました。

「あんたがどっかでなんかやってるんじゃない?」

 ばれています! ばれるのはやいです! まあ昨日帰るの遅かったですし仕方がないかもしれません。でも壱世は幽霊やそういったものは見えませんし、気が強くても女の子ですし、危ないですし巻き込むわけにはいきません。

「まさか変な女に騙されて…」

 それはないです。即答です。

「じゃあ変な男に?」

 それも…いや、六大呪家は男ばっかではありますが騙されているわけでは…。うん、それもないです。突然六波羅は心底といった感じに頷きました。

「奴壱世のことは結構好きだぞ」

 なんだよいきなり…。壱世からの視線は痛いですし…なんでもないですってば!

「なんでもないならなんで間があったのよ」

 いや、なんとなく…。

「何故奴を見る」

 とにかくなんでもないのです。

 壱世はしばらく怪しんで以世を見ていましたが、そのうち鼻を鳴らしてクッションを以世に投げつけました。顔面直撃です。

「おばあちゃんが心配してる。もう変なことしないで」

 ぎろっと以世を睨んでから壱世は居間を出て行きました。相っ変わらず凶暴なんですからあいつは!

「奴はなかなかのツンデレだと思うがなあ」

 何言ってんでしょうこいつ。以世はじっとりとした目で六波羅を見ますが、六波羅は全然ききません。

「で、お前達きょうだいはどちらが上なのだ?」

 また唐突な質問です。一応以世が兄になっていますと以世が答えますと、六波羅はふむふむと頷きながらふよふよと浮かびます。

「そうか、壱世は妹か」

 まあ二人ともあまり兄だとか妹だとか気にはしていませんがね。そういうえばみんなの話しぶりからすると六波羅達は元々人間だったようですが…?

「うむ、六大呪家の家神は皆元は人であった」

 六波羅は重要じゃなさそうに言うのですが、以世としては結構なビッグ情報な気がします。

 では六波羅にも兄弟がいたのでしょうか。

「いたにはいたがあまりに沢山いてな、全員には会ったことがなかったな」

 そんなに沢山の兄弟がいただなんて、なんて子沢山な家族でしょう。

「いやいや、妻がいたり妾がいたり通って胤を落としたりといろいろよ。我が家はなかなか位が高くてな。奴は権力争いに巻き込まれるのが嫌で出家したのだ」

 出家ってお寺に弟子入りすることじゃありませんでしたか。じゃあこいつ本当に坊主だったのでしょうか…? にわかには信じられません。

「うむ、本物も本物だぞ。奴の祈祷は姫君に大人気でな。よく様々な姫の元に通い二人きりの部屋で体の隅々までお清めしたものよ」

 逆に汚されてそうですけど。以世は嫌味のつもりで言いますが六波羅は「うむうむ」と全く平然としていました。暖簾に腕押しです。

「まあ奴の手に負えぬほど穢れに侵された姫の元には二度と通わなんだ。還俗して結婚しろとか言い出すからな」

 本当に汚してたんじゃないか! とんだ生臭坊主です!

「あの頃は楽しかった」

 こいつ地獄に落ちた方がいいです。でもなんでそんなやつが神様になんてなれたのでしょう。以世には全くわかりませんでした。

「氏神というものがあるだろう。奴はあれに似たやつでな」

 氏神というのは確か先祖を神様として祀るとかそんなんだった気がします。ということは六波羅は以世の…? 恐る恐る尋ねます。

「直系という訳ではないが奴は以世の先祖と言うことになる。他の家も同じだな」

 こんな最低野郎が先祖なんて…。

 以世ががっくりしていますと、六波羅はかかかと笑って言いました。

「何、よかったこともあろう?」

 どこらへんに? 以世はすごく嫌そうです。

「奴の血族に顔の悪い人間が生まれるわけがないからな」

 大した自信です。ですが確かに六波羅の顔は男の以世から見ても無駄に格好いいですが…。以世の方も誉められた気もしますが色々複雑です。

 少なくともぱっと見親戚だとはわからない程度に似ていなくてよかったですと以世は息をつきました。

「あんまりだぞ! 奴が嫌いか?!」

 普通。即答です。そろそろ部屋に帰りましょうか。

「奴は以世が可愛いぞ。目に入れても痛くない程度にはな」

 触れないんだから痛くないに決まって…以世はそこであることに気がつきました。

 六波羅は死んだのでしょうか。そう聞くと、六波羅は苦笑します。

「何を今更。元々人間で先祖の幽霊もどきが現代に生きてはいまいよ」

 以世はじっと六波羅を見てみます。そうか、この人はずっと昔に死んだのか…。随分と明るくひょうきんなやつですから、そういうこととは無縁かと思いました。

「何を辛気くさい顔をしておるのだ。もう何百年も前のことだ。未練もなにもありはせぬよ」

 それを聞いて以世は少し安心しましたが…。

 死ぬというのはどんなかんじでしょうか。以世はそう聞いてみたくてたまりませんでしたがどうしても聞くことができませんでした。やはり痛かったり苦しかったりしたら、父も母もそうだったらと考えます。

「以世」

 部屋に戻ってぼんやりそんなことを考えていると、六波羅がゆっくりと手を伸ばしてきました。感触はありませんが、優しく毛並みを整えるみたいに頭を撫でられます。

「奴は少し特殊な死に方をしたからな、こんな風になっておるが…」

 言い出したものの落とし所を見失っているようでした。

「…奴がおるのだ、六波羅家の者は、安らかに眠っておるに違いあるまい」

 交通事故で痛い思いをしてもでしょうか。

「…交通事故? 以千代と弥生のことを考えていたのではなかったのか?」

 両親は交通事故で亡くなったはずでは…?

「……そうだな、その通りだ」

 何か引っかかる言い方です。

「ところで以世、最近は元カノかふぇがあるとかないとか…」

 誤魔化されません。母と父は交通事故にあって亡くなったのではないのですか? 父が即死で、母が一月もったけどだめだったと祖母から聞いています。違うのですか? 六波羅は何か知っているのですか? 以世に隠さなければいけないことを?

「奴の思い違いだろう、気にするな」

 何をどう思い違えていたというのでしょうか。それ以上問い詰めても問い詰めても、六波羅は何も答えませんでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ