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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
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六家六色

 自称六波羅様(あれを様付して呼ぶ気は毛頭ないのですが)に出会った翌朝、以世がいつも通り支度をして六波羅様の部屋へいくと、そこでは六波羅が祭壇に大仏よろしく寝そべっていました。

「早いではないか以世」

 俺こいつを拝まないといけないのかあ。以世は大きな大きなため息をつきました。

「なんだその顔は」

 いや別に。六波羅からの気の散る茶々を受け流しながらのお勤めです。まずは丁寧に礼ををして、手を二回叩いてから黙って祈ります。本当は何か呪文とか祝詞とかそういったものがあるはずらしいのですが、以世はそれを知りませんでした。

「もっと適当でもよいぞ以世。以吉なんていつも奴と酒を酌み交わすだけだったからな」

 以世は祖父と六波羅のあまりの適当さに衝撃を受けました。お祈りしてる相手がそういうのですから、以世は多少ためらいましたが拝むのを中断して六波羅に話しかけました。仮にも神様なのですから形式は大事だと思うのですがどうなのでしょう。

「なに、これは奴が眠っているときも奴の存在を忘れないようにするためだけの儀式。奴が起きているときには本当は必要ないのだ」

 そういわれて以世は眉間に皺を寄せました。ということは六波羅が現れてからのお祈りは…。

「実に気分がよかった!」

 くたばれ!

 腹の立った以世は思わず六波羅に座布団を投げましたが、座布団は平然とした六波羅の顔面を通り抜けて祭壇の壁にぶつかりました。

「いやいや、形式的には毎日ここに通ってもらわねば困るぞ。さすがに家の者に忘れられては…いや」

 平然と言う六波羅ですが、いきなり黙り込んでしまいます。一体どうしたのでしょうか。

「ところで時間はよいのか?以世よ」

 以世がはっとした瞬間八時の鐘が鳴りました。急いで学校に行かないと!

 急いだ結果、ギリギリ遅刻を免れることができました。いつもと同じく普通に授業を受けます。普通に昼休みお昼を食べに屋上へ上がって、いつもみたいに主計と待ち合わせです。

 そういえば主計は何組なのでしょう。彼の襟に学年バッヂはついていません。名札にはちゃんと一寸木と書いてありますが、飴城高校の名札にはもとより学年は書いてありませんでした。

 以世が屋上につくと、主計はもう座っていました。じっと空を眺めていたようです。

「以世、ちょっと話があるんだけど」

 主計は隣に座った以世の頭から何かをひっぺがしながらいいます。最近何か憑いてる率が高い気がします。

「今日の放課後あけておいてほしいんだ」

 何もないから平気ですが、主計の口ぶりはだべろうという雰囲気ではありませんでした。嫌々というか、渋々というか、そんなかんじです。

「ちょっとくらいは聞いてるだろ、六波羅様から」

 ちらりと主計が以世の後ろを見ます。

「うむ、それとなく話した」

 いつの間にかいます、後ろに。

「…はじめまして、六波羅様」

「堅苦しい挨拶はよせ。そのような茶番に時を使わずともよい」

「それはどうも」

 主計は六波羅に頭を下げると疲れたように息をつきました。コイツの相手は本当に疲れますから。

「…五時に飴城駅前で待ってる。帰りは遅くなるかもしれないが…」

 正直あまりいきたくありません。主計にご招待されたということは、恐らく一の家にご招待されたということでしょう。呪いの話をするに違いありません。

「…嫌なら今は行かなくともよいが、先延ばしにするだけだぞ以世」

 …いえ、行きましょう。以世は神妙な顔で頷きました。そのうち行かなければならないのなら、早くに終わらせた方がいいです。

「以世」

 主計はすまなそうな顔をして言葉を探しているようでしたが、うまいものが見当たらなかったようでした。

 いいよ、いいからその弁当の肉詰まったレンコンくれ。以世は箸の先をかちかち鳴らしながら主計の開いた弁当箱の中身へ視線をロックオンしました。

「…好きなだけもってけ」

 主計は一瞬言葉に詰まったようでしたが、やがて少し困ったように苦笑しました。



 夕方五時五分前、以世が付いたときには主計は既に駅前にいました。彼の後ろには高そうな車が止めてあります。ロータリーで長時間駐車は迷惑ですし、早く行った方がいいかもしれません。主計に促されるまま以世が車に乗りますが、主計は一言もしゃべりませんでした。運転席に座っていたのは初老の男性でした。

「お願いします」

 主計が一言言いますと、運転手は黙ったまま車を転がします。

 二十分ほど走ったでしょうか。着いた先はとんでも大きな日本家屋です。車を降りた先にある、瓦屋根のついた大きな門についた表札に一寸木とありました。

 六波羅家も住んでる人数の割にと結構大き目の家だと以世は思っていましたがこれはそれの倍以上上を行きます。入り口の門の立派さに、以世はぽかんと口を開けたまま見入ってしまいました。

「以世、こっちだ」

 主計は慣れた動きで大きな門の横についている普通の大きさの扉を開いて中に以世を招きます。慌てて主計を追う以世ですが、門から玄関まで五十メートルほど距離があります。その間によく手入れされた落ち着いた日本庭園が広がっていました。ぽかんと口を開けたままの以世の様子に、きっと六波羅なら「なんだこの程度」と呆れるでしょう。ですがしばらく六波羅は表に出てきていませんでした。興味がないのかもしれません。この家の広さはテレビとかでよくやっている有名人のお宅を拝見、みたいなのでも見たことがありませんから見学した方が得なようなきがするのですがね。

 玄関から中に入ると、すぐに女性の声がしました。

「おかえりなさい主計さん。お客様は六波羅様ですね?」

「ああ」

「主馬さんがお待ちです」

 女中さんでしょうか。着物を着たその人はさっと以世の荷物と上着をはぎ取ると、しずしずと屋敷の中を案内してくれます。そんな待遇を受けたことのない以世はひどく内心おろおろしていました。もうなんていうか高級感溢れまくっていて女中さんの言ったカズマが誰かということすら気にすることができませんでした。

 以世は中の作りも立派なお屋敷をきょろきょろ見回しながら女中さんと主計の後をついていきます。

 主計ってもしかしてお坊ちゃん? 以世はこそこそ聞きました。

「まさか」

 以世の言葉に主計は本当に驚いたような顔をします。

 だって女中さんがと以世は前を歩く女性へ視線を送り、向こうから来てすれ違いざま一礼をしていく同じような着物を着た女性を見送りました。主計は小さく肩を竦めると短くそれに答えます。

「全員親戚だ」

 主計はそう言って苦笑するだけでした。

 しばらく歩いて、随分屋敷の奥へやってきました。離れに続く渡り廊下の手前で、女中さんは以世の荷物を持ったまま下がってしまいました。

 俺の財布! 以世ははらはらしながら主計に訴えます。荷物くらい自分で持ってますから!

「大丈夫、ロッカーだと思ってくれていい」

 人力ロッカーなんてすごく落ち着きません! そんな高級感あふれるサービス庶民には受け入れられませんよ!

「わかったわかった、でも大丈夫だから」

 どうどう。まるで馬をなだめるように主計は言います。以世は少しの間落ち着きませんでしたが、主計がそういうのならばとおとなしくなりました。

 主計はその以世の様子に苦笑すると、ふと神妙な顔で渡り廊下の先の離れへ視線を送りました。離れの周りには池が広がっていて、この橋以外に離れに行く手段はなさそうです。偉い人がいたり密室殺人事件が起こりそうなところですね。

「…そう、だな…? いや、偉い人がいるのは当たってるか…。…行こうか」

 誰がいるのでしょうか。主計は知っているんですよね? 尋ねると主計は「行けばわかるよ」と、それ以上は言いませんでした。

 渡り廊下を渡りきって、主計は離れの戸の前でかしこまって言いました。

「六の当主をお連れしました」

「はいはい、入っていいよ」

 主計の声の堅い調子とはかけ離れたなんとも気の抜けた男の返事が中から聞こえてきました。主計は「失礼します」と膝をついて丁寧に襖を開けます。以世は立ったままでいいのでしょうか…。

 開いた襖の中を見て、以世は驚いて身を固くしました。

 部屋の中から五組の目が以世を見ていたのです。ある者は貫くように、ある者は探るように、ある者は哀れむように、ある者は愉快そうに、ある者は興味深そうに、以世を見ています。

「ようこそ、六波羅の末裔さん」

 そう愉快そうに言ったのは、主計とどこか顔の似た男でした。

「さあ、座って座って! 六の家の席はずっと空席だったから埋まって嬉しいねえ」

 愉快そうなその人は、軽い足取りで部屋の一番奥の席から入り口へやってくると、輪を描くように配置されている六つの小さな文机の一つ、部屋の入口側にあるただ一つの空席に以世の肩を掴んで座らせました。

 あ、あのあの。以世が声をかけますが、その声はその人にうまく聞こえなかったようで返事はありませんでした。

「ああ、主計。下がっていいよ」

 ひどくどうでもよさそうにその人は言いました。以世への楽しそうな声色とはまるで違う対応です。

 このアウェーの中一人はちょっと…と以世はたらりと一筋背中に冷や汗が垂れるのを感じました。

「…ですが主馬…」

 主計がカズマと呼んだその愉快そうな男は、主計の渋る様子を見て目の色を変えました。人を見ているとは到底思えない見下したような視線でした。

「下がれと言った」

 身の凍るような主馬の声色を聞いて、主計は目を伏せます。しばらく何かを考えていたようでしたが、やがて鉛を無理に飲み込んだような顔をして絞り出すように言いました。

「…はい」

 かずえー、ひとりにしないでー。

 そんな以世の視線も虚しく、主計はすまなそうな顔で部屋を出ます。外から膝をついて襖を閉める主計の姿が障子の向こうに消えたとき、それを見送った主馬は主計に向けた視線とは百八十度違う愉快そうな表情を以世に向けました。

 なんでしょう、この人なんか怖いですね…。

「さて」

 がらりと変わった主馬の陽気な声に以世は若干びびります。

「ごめんね、主計最近言うこときかなくて」

 からから笑う主馬は大したことでもないようにそう言いました。

 多分この人は一寸木さんちの当主なんでしょう。主計はこの家の使用人か何かなのでしょうか…。働いてるの一族みたいですし。

「ああ、申し遅れまして。僕は主馬。あの主計のお兄ちゃんなんだよ」

 その一言で考えていた以世の思考がストップしました。この怖い人が、主計の、お兄ちゃん?

 そういわれれば顔が少し似ていますが、それ以外は全く似ていません。

「初対面なんだから全員でもっときちんと自己紹介しないとね」

 それならばと以世が自己紹介しようとすると、主馬はそれを止めました。

「君のことはこの場の全員が知っているよ。色々調べさせてもらったからね」

 金にモノをいわせたのでしょうか。以世は純粋に羨ましい気持ちでいっぱいになりました。

「じゃあ順番に自己紹介していこうか。一番はやっぱり僕だね」

 楽しげに進める主馬に対して数名からため息が漏れました。なんだか全体的に仲良しな様子ではありません。

 …以世はてっきり今日は一寸木さんとお話するだけとばかり思っていたのに、この場にいるのは以世を除いて誤認。これはおそらく六大呪家当主全員集合です。いつかは顔を合わせなければならなくなるだろうとは思っていましたが、こんなに急になんて。以世は心の準備がまだできていませんでした。

「僕の名前は一寸木主馬、一寸木家当主の三十一歳男。職業は一寸木が持ってる会社の取締役。最近慈善事業に力を入れてるよ。そうそう、一寸木の紋は丸に一つ朝顔。そして…」

 主馬は空中に手を延べると、その手をとって降り立つようにそれは現れました。

「彼女がうちの神様だよ」

 着ている物は十二単というには軽そうですが、現れたその人は着物を着たお姫様のようでした。その人は柔らかい眼差しで以世へ視線をやりました。

「新しい六の当主か。若いな」

 鈴の転がるような美しい声、美しい面差し、以世はこんな美人がいるなんてと思いましたがそういえばこの人は神様なのですからそのくらいは当然なのかもしれないと思い直しました。

「一寸木という、よろしく」

「みんなイチのことは一の姫と呼んでいるよ。以世くんもそう呼んで構わないからね」

 以世はなんと返していいかとっさに思いつかず、思い切り何度も首を縦に振りました。所でいつの間に以世は主馬から名前で呼ばれるようになったのでしょう…。

「まあ、相当察しの悪い人じゃなければわかると思うけど、この場にいるのは大体各家の当主なんだよ。はい次錦ね」

「しゃーねーな…」

 どうやら六大呪家の当主は神様の名前が苗字になっていますから互いを下の名で呼び合うことになっているようです。

 先ほど以世を鋭い視線で見ていた男が微妙そうな顔で頭をかいてから口を開きます。座っている場所は以世から見て主馬の右隣でした。

「二反田錦。二十六。職業警察。家紋は普通に二つ引き。うちは神様というよりは…」

 いつの間にか錦の背後にまるでアミダマルのような武士が控えていました。両肩の鎧浮いてますけど、一体どうなっているのでしょうあの鎧…。

「どちらかというと使役扱いかな?」

 武士は無表情のままちらりと錦を見ます。

「お館様、それはあんまりではございませぬか」

「冗談だって」

 錦は悪戯っ子のように笑ってから以世の視線に気がついて表情を引き締めました。なんか子供っぽいイメージの人です。

「俺から特にコメントはなし。ほら御室さっさとやれよ」

「はいはい、承りましたよ」

 以世を興味深そうに見ていた男が口を開きます。にっこにっこしている眼鏡をかけたその人は、主馬の左側に座っていました。ミムロって不思議な響きの名前ですね。

「三神御室です。今年二十九歳で、職業は神主。三神家は代々神社やってるからね。でも最近主馬のところの慈善病院でお医者さんやってる方が多いかなあ。あ、医師免許はちゃんともってるよ。好きなものは車。よろしくね」

 ふわと唐突にカーテンか何かが膨らんだ気がしました。御室の横には神主の格好をした人が現れています。どうやら狩衣の袖が膨らんだようでした。

「三神だ、よろしく」

 以世にはその人が男性か女性か判断に困りました。それはもう驚くほど知的な美人だったからです。ハスキィな声の女性と言っても頷けますし、美形な男性と言っても納得できそうです。実際にどうなのか聞いてみた方がいいのかもしれませんが、それを聞く勇気は以世にはありませんでした。

「…六の当主、何があっても御室の車には乗らない方がいいぞ」

「いきなり何を言いだすのさ三神」

「これは公道で二百キロ出すスピード狂だ。そのうち事故で死ぬか捕まるかする」

「やだなあ、そんなへましないよ」

 三神のからかうような言葉に、御室は失敬なというように答えました。

「それに捕まったら錦がもみ消してくれるよね?」

「やんねえからな」

「けち」

 御室は口をとがらせて言いましたが、やがて吹き出して笑います。表情がよく変わる人ですねぇ。

「じゃあ次は紫藤だよ」

「…はい」

 憐れむような瞳が以世に向けられました。以世の席の右隣に座っている青年です。背筋は伸びているのに俯きがちな人でした。シトーというと、どんな字を書くのでしょう。

「四郎丸紫藤で…」

「こんにちはー」

 うわっ! 上からにょきりと小さな子供が逆さまに現れて、以世は舌が痺れるくらい驚きました。

「僕は四郎丸で、紫藤は紫藤っていうの。紫色の藤なんだよ」

「四郎丸、それじゃわからないよ」

 子供はふよふよ浮遊しながら紫藤の言葉に「えー」と不満げな声を上げます。その子は八歳くらいの大きさで、時代劇の村の子供ような格好をしていました。こんな小さな子が家神なのでしょうか。

「紫藤は学士さんなんだよ。毎日お勉強してるんだ」

「司馬大に通っています」

「えらいでしょー」

「普通だよ…。家紋は電光付き四つ雷です」

 紫藤がそういうと「あ」と御室が声を上げました。

「うちの紋は丸に三鱗だよ。普通だよねー」

 御室はマイペースな人ですね。

 次は、と紫藤が渋い顔をした男に視線を向けると最後の一人はふうと息をつきました。以世の左隣に座っている人です。見たところ一番年上のようでした。

 探るような目をしていたその男は、普通の現代的な恰好をしている他の当主とは違い、紫がかったグレーの着流しを着ているのが酷く印象に残りました。着流しには丸に五芒星の白抜きマークがさりげなくついていました。

「五十君一歳だ。五十君の当主をつとめている」

 そう言い切った彼の言葉に続く声はありません。彼の周りには何も現れませんでした。五十君は今日はヒトトセさんのそばにいないんでしょうか。

 ぱちくりと瞬きをしながら一歳のことを見ていた以世に声をかけたのは主馬でした。

「ああ、そんなに不思議な顔をしなくてもいい。五の当主は別にいるんだよ、以世くん。だから一歳の所に五十君がいなくてもなんの不思議もない。一歳は当主じゃないからね」

 にこやかに主馬は言います。

 えーと、これはどういう…以世が首を傾げていると、一歳は堂々とした態度で言ってのけます。

「これは先代の意志でもある。五十君家当主は他でもないこの私だ」

「家神に選ばれた人間がその家の当主になる。何百年も続いてきた決まりだろうが。長男なのに家神が見えねぇくせにごねてんじゃねえよ」

 錦はあからさまな敵意をとばしながら続けます。

「五十君と百歳はどこへいった。五の家は何企んでやがる」

「何も。あの愚弟…弟とも思いたくはないが、あれは既に五十君家から勘当されて久しい。どこへ消えようが知ったことではない」

「ふざけてんじゃねえぞ」

 重苦しい! 以世はその場の空気にあわあわしてしまいます。各家には以世の知らない事情がいろいろあるのですね…。

 そんなとき御室が気軽に口を開きます。

「家神のいる血筋が本家でしょ? 勘当で家が分かたれたんなら…さてー、どうなるかなー?」

「煽るな御室」

 叱るような三神の声にかぶるように「僕五の人嫌い!」と四郎丸がみーみー鳴くように小動物を思わせる声で言いました。またそれに被って錦が吠えるように言います。

「あいつがいなくて困るのはうちなんだ! 何が何でも探し出す!」

 やいのやいの。部屋が騒がしくなってきました。なんだか、みんなどこか動物のようなイメージの人が多いような…。

 そんなどうでもいいようなことを考えている以世ですが、一体自分がこの場でどうしていいかわかりませんでした。一の主馬は愉快そうに更にその場を煽りますし、五の一歳と二の錦…主に錦が噛みつく喧嘩は止まりませんし、三の御室も楽しそうですし、四の紫藤は興味がなさそうです。

 ど、どうすんだこれ…。以世がおろおろしていると、唐突に後ろから声が降ってきました。

「なんだ、揃いも揃って子世代か」

 以世が振り返ると、声の主は呆れたように息をついて言いました。

「どこの当主も隠居が早すぎるぞ、情けない」

 六波羅です。どこいってたんだこいつと以世は思いますが、それよりも六波羅の出現というただそれだけでその場が静まり返ったことに驚きました。

「ややこしいことになっているようではないか一つの。五つのは家出か」

「言葉が軽いが間違ってはいない」

 一の姫は渋い顔で答えました。彼女は六波羅の出現でこの場がとりあえず収まったことに多少ほっとしているようでした。

「六の人こんにちはー」

「おお、四つのか。相変わらず元気そうだな」

「うん、でも紫藤はよく死にそうにぐったりするよ。うつぎみなんだって」

「四郎丸やめて」

 紫藤は青ざめながら四郎丸を近くに呼んで人差し指でしーっとします。四郎丸は真面目な顔で頷くとお口チャックしました。それっきり四郎丸はいい子に静かにしていました。

「まあ、五つのも元気そうだったしよいのではないか? 認めた者の家出にちょっとつき合うくらい。どうせ生きてあと六十年くらいだろう」

 六波羅の気軽な一言に、錦と二反田が驚いて以世の方…正確には六波羅を見やりました。

「いたのか!?」

「うむ、さっき駅前で会ったぞ」

 意外とローカルです。ですが以世は全然気付きませんでした。いたの? と以世が六波羅に聞くと六波羅は「うむ」と一回だけ頷きます。

「じゃあ本当に家神が全員揃っちゃったわけか。まいったねー」

 主馬はあんまり参ってなさそうですが、家神が揃ってしまうとなにか悪いことでもあるのでしょうか。そもそも家神っていつもそろってないんでしょうか。

「我らは眠りと覚醒のさいくるがあるのだ以世よ。奇数の家と偶数の家とで交互に眠る。今までずっとそうだったからな、一気に全員目覚めるのは異常だということだ」

 駅前に行くときかない錦へ御室が歩み寄って足払いをかけて止めたりして二人はいごいご戯れていました。仲いいんだなあそこ。

「なんでもいい。最近何か異常を感じた者はいるか」

 一の姫は錦と御室を諌めて席につかせると言いました。その言葉に数名が声を上げます。

 「最近妖怪が増えてきたよね」と主馬。

 「五の家が怪しい」と錦。

 「妖怪退治が間に合わない」と二反田。

 「五の家が」と錦。

「錦うるさい」

 主馬と御室に制されて、錦はなんでえとでも言うようにそっぽをむいてしまいました。錦は本当に五の家が気に入らないのですね。

「うちの主計も最近狩りで急がしそうだし、七の家が何かやってるのかな。あそこ化け物一族なわけだし」

 妖怪とか、妖怪退治とか、なんだかやたらと話がファンタジーになってきました。化け物一族の七の家…。

「以世にも時々小さい害のないようなのがくっついておるだろう。あれらを妖怪と呼ぶ。最近はもっと強くもっと大きなものが闊歩しているようだがな」

 そんな大きいの見たことありません。

「それはそうだろう。奴の家の者に手をだす不届きものは滅多におらぬし、目に入る前に他の家の者が駆逐しているからな」

 割と毎日のように主計に引っ剥がしてもらっていますが…。

「あれぐらい可愛いものよ。大事な当主だからと言って風邪を引かぬようにと無菌室で育てることもないからな。それにあの程度自分でなんとかできるようにならねば当主はつとまらぬぞ」

 当主レベル高いです。

 では狩りというのは…。

「要するに妖怪退治だな。主計は一の家の駆逐部隊の一員なのだろう。家神は基本的に後衛たいぷが多いからな、前衛に立つ人間を育てることもある。二の家なんかは元より二つのが武士だから当主が家神と先陣を切ったりするがな」

 通りで主計が妖怪除けについて詳しいはずです。専門家だったとは…。

「なんか見てると初々しいなあ」

 主馬にほんわかされました。色々わからないんですもの、説明してもらったって悪いことはないはずです。でもなんとなく以世は恥ずかしくなりました。

「ま、集まったは集まったけど大した収穫はなかったねイチ。じゃあこれからのことだけど…」

 三四五で七楽の動向の調査、一二六で妖怪の退治を、二はそれに加え五十君の捜索をそれぞれの動ける分家と共にすることになりました。その役割分担を聞いて以世はあまりに驚いて噴き出してしまいました。

 ちょ、ま、え?

「六波羅いるならあんま出番ないかもな、二反田」

「うちからは主計出すから頑張ってね」

 ちょ、ちょっとまってください、以世に妖怪退治なんて!

「大丈夫なんじゃないかな?」

 慌てる以世とは対照的に落ち着いた御室が声を上げました。…いや、この人どうでもいいだけかもしれません。

「六波羅って六大呪家の中で一二を争う強い家神なんでしょう?当主がなりたてだからってそれを補って余りある力があるはずさ」

 初耳です。それ本当なんでしょうか。ちらりと六波羅をみるといい笑顔で舌ぺろっ☆ ってされました。信用なりません。

「じゃあ今回はこんな感じかなあ。何かある人いる? …いないね。じゃあみんな現在のメルアドとケータイの番号よろしくー」

 以世が各家の番号をケータイに登録している途中で一の姫が口を開きました。

「皆、危険なこともあるかと思う。己を含む人身を第一に考え、十二分に気をつけて行動してほしい」

「イチが心配することじゃないよ、みんな丈夫だからさ」

「いや、私は無力だ。皆の無事を祈るぐらいしかできない。だからせめて…」

 一の姫は以世を見て心配そうに微笑みました。蕾が緩んでほんわか咲いたような笑顔で、以世はどぎまぎしてしまいます。美人は心臓によくないですね。

「特に六の当主、どうか無理をしないように」

 は、はい。そう以世がこくこく頷きますと、主馬がむーっと顔を曇らせていました。そんな主馬の様子を見て以世ははらはらです。なんか悪いことしたでしょうか。

 じゃあ解散ね、という主馬の後ろにいた一の姫は「では失礼する」と挨拶をするとすうっとその場から消えてしまい、主馬もさっさと部屋から出て行ってしまいました。続いて二三も一言二言別れの挨拶をすると家神を後ろに従えたまま部屋を後にします。

 どうすれば…と以世が途方に暮れていると、紫藤に話しかけられました。

「…残念だけど、仕方がないよ。がんばろうね、以世…くん」

 一体何が残念なのでしょう。

 質問をする前に紫藤も部屋を出てしまい、それを追いかけてばいばいまたねーと四郎丸も出て行きました。

 部屋に残ったのは以世と六波羅、そして一歳だけになりました。一歳は立ち上がるとゆっくりと以世の横へ歩いてきました。

「六波羅以世」

 じろり。一歳は座ったままの以世を見下ろします。な、なんでしょう。何か以世に用事でもあるのでしょうか…。

 一歳はじっと以世の目を見た後いいました。

「…己と己の周りに惜しいものがあるのならば、直ぐにでも家を捨てろ」

 あまりに唐突に、意外なことを言われたため以世はすぐに返事を返せません。

「下手な脅しよ。何をしようというのだ五十君一歳」

 不敵な笑みで返す六波羅は一歳を当主と呼びませんでした。

 一歳は六波羅を鼻で笑うと、部屋の出入り口へ足を進めます。

「私は何も」

 その言葉だけ残して、一歳は帰ってしまいました。錦じゃありませんが、あからさまに怪しいですねぇ。

「まったく、奴に噛みつくとは五の家の教育はなっておらぬな」

 …一体一歳は何を言いたかったのでしょうか。以世が神妙な顔で考えていますと、六波羅は能天気に言ってのけました。

「何、気にするな以世。何が起きても奴がなんとかしよう」

 いやー、嘘臭いですねぇ。以世が顔をしかめますと、六波羅は軽く肩を竦めます。

「酷い言い様よ」

 六波羅はそう言ってくつくつと笑いました。

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