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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
17/20

わっしょいわんこまつり

 ―――いろいろ六波羅にききたいこともあるんですけれど、今は勘弁してあげますわ。

 ―――あと一つだけ…。

 ―――ひゃっくんが、以吉さんから大事な預かりものをしています。いざというとき、受け取ってくださいな…。


 最後に十子から聞かされた意味不明な言葉を反芻しながら、以世は自転車を押してとぼとぼと歩いていました。

 ちらりと荷台に片膝を立てて座っている六波羅を振り返りますが、彼は頬杖をついて厳しい顔をしたまま考え事をしています。とても話しかけられる雰囲気ではありませんでした。

 穴のこと、地下のこと、中にいる何かのこと、六波羅は多少なりとも知っているようなのに、以世には何も教えてくれません。聞きたいことは、山ほどあるのに…。

 深いため息をついた以世に気が付いてか、六波羅は気遣うような声色で言いました。

「疲れたか」

 まあ、ほどほど。そんな以世の答えを聞いて、六波羅は苦笑しました。

「奴も疲れた」

 六波羅はそんなことをいうなんて珍しいですね。六波羅は「そうさな」とため息交じりに微笑みますが、すぐにまた厳しい顔に戻ってしまいました。

「…以世」

 うん?

 体をねじって後ろを振り返ると、六波羅は厳しい顔のまま以世の方を見ています。厳しいだけではなくやたらと真面目な顔をしていたものですから、以世はどっきりしてしまいました。

「…もしだ」

 しかし、六波羅はそこでいうのをやめてしまいました。なんだよと以世が先を促しても、続きが出てくる気配がありません。

「…もし」

 にゃー。

 唐突に聞こえてきたその猫の鳴き声に、以世も六波羅もどっと肩の力が抜けてしまいました。

近所に猫がやってきたわけではなく、それは以世のケータイから流れてきた着信音です。着猫です。

 この音は、あまり連絡を取り合わない人からの電話ですね…。しかし以世はなんとなくで設定したときの自分が恨めしく思えてなりません。

「…以世、面白いからその着信は変えぬ方がよいぞ」

 うるさい!

 以世があわてて電話に出ると、「やっほー」という聞きなれない声が聞こえてきました。

 誰でしたっけ、このノリが軽い割に不穏さがぬぐいきれない声…。御室ではなさそうですし…。

 こ、こんばんは…。

とりあえずあいさつした以世は、精一杯声の主を思い出そうとしますがいまいちヒットしません。

「あー、その間は僕のことを忘れてるね? 仕方ないねぇ、一回しかあったことないもんねぇ」

 あ! と以世は思い出しました。

 この妙に気だるげでやる気のない声は主馬ですね!

 いえ、もちろん気だるげとかやる気のないとかは口に出していません。

 荷台で六波羅が顔をしかめたようでした。

「おー、思い出したね。えらいえらい」

 さして愉快でもなさそうにそういうあたり、なんだか気まずい以世です。

 主馬が以世の番号を知っているのは前に当主会議での番号を交換し合いましたから不思議ではないのですが、この「主馬が以世へ電話をかけてきた」という事実が大問題この上ない気がします。

 一体どうしたのですか?

 主馬は以世の質問に「そーでした」と大したことなさそうに答えます。

「今ね、お祭り中なんだ」

 はあ、お祭り。

 確かに夏休みは目の前ですけど、まだ終業式も終わってませんよ?

 以世は頭を疑問でいっぱいにさせながら答えますが、主馬は電話の向こうで今度こそ楽しそうに笑いました。

「今ね、主計が盛り上げてるんだよ。病院行けば、会えると思うよ」

 主計が? お祭りを? 盛り上げる?

 一体何の話でしょう。以世にはちんぷんかんぷんです。

「会いたいのなら、行っといで。あいつ最近忙しかったからさ、しばらく会ってないんでしょ?」

 それは、そうですけど、どうしてわざわざ?

「だって君たち、友達なんでしょ?」

 そうです、けど。

 なんだか主馬がそんなこというなんて変ですね。いくら鈍い以世だってわかります。

「行ってもいかなくても、多分最後だからさ。…行っといでよ」

 え?

 聞き返す前に電話が切られてしまって、以世は目を点にしたまま通話終了の画面をじっと見つめていました。

…一体どういうことでしょうか。

「一の当主か。…なんと?」

 いつまでもぼんやりケータイの眺めている以世に、六波羅が声をかけますが、以世はうーんと首をかしげながらなかなか答えません。

 主計がおまつりわっしょいだから見物しにおいで、会いに行くなら今! ですって。

「以世、翻訳が混じっておらぬか」

 ばれました。

 かくかくしかじか。告げられたことを今度はなるべく正確に伝えると、六波羅は表情を曇らせます。

「いかんいかん、無視をしろ。行こうと思うなよ」

 そりゃあなんだか不穏な気配がにおいまくってはいますが、主馬は主計に会えるのは今日が最後だって言ってたんですよ。以世は不安げに子猫の待ち受け画面に戻ってしまったケータイの画面を見つめました。

 主馬、主計に何かするとか、何かさせたりするつもりなのでは…?

「だとしてもわざわざ教えてきたのだ、何かあるぞ」

 何かあっても、行きたいです。

 以世が六波羅を振り返りますが、六波羅は荷台から降りもせずにちらりと以世を見て首を振りました。

「だめだ」

 行きたいです。

「だめだというに」

 でも。

「くどい」

 六波羅は以世がどんなに言っても聞いてくれそうにありません。

 主計が家のことで困っていそうなのに、以世には解決を手伝うこともできないのでしょうか。

「そもそもその電話が嘘だという可能性もある」

 そんなつまらない嘘をつく人は見えませんよ、主馬は。連絡するなら徹底的なような気がしませんか。

 以世がそういうと、六波羅は否定も肯定もせずに黙り込んでしまいました。

 主計は学校内で幽霊相手に困っていた以世を助けてくれたんです。それが家の仕事で仕方なくやったことだとしても、以世はそのとき助けてもらってとてもうれしかったですし、主計みたいな友達ができたことがものすごくうれしかったのです。

 だから、主計が今まさに困っているのなら、以世は解決の手伝いがしたい。だから…。

「あれは駒だぞ」

 六波羅は目を細めて以世を見ました。にらまれるような形になって、以世はぎくりと肩を震わせます。

「主計は、駒だ。あれも自ら語ったろう。家のために動くただの駒だ」

 何が言いたいのですか。

「お前がそこまでする必要はない」

 六波羅が最後まで発音する前に、以世は自転車のストッパーを止めて六波羅を一発力の限りぶん殴りました。が、六波羅は実際実体がありませんから思い切りすり抜けてしまいます。

 驚いて目を見開いている六波羅から目をそらして、以世はストッパーを外して無言でサドルを跨ぎました。ケータイは制服のポケット突っこみます。

 ペダルに力を入れる以世の後ろで呆れたため息が聞こえました。

「…今回とて一の当主の芝居に決まっているぞ。あれは、望もうが望むまいが与えられた役割を演じるしかないのだ」

 だから、そういうので絶対主計が困ってるって言ってるんでしょう。

「それをお前がどうにかできると思うなと言っているのだ」

 どうしてもどうにかしたいから行きたいのです。というか、行きます。

 以世は足に力を込めてスピードを上げます。

「あれはそういうものなのだ、放っておけ」

 以世はそれから始終無言のままペダルをこぎ続け、道路交通法に引っかかりそうな猛烈なスピードで自転車を走らせました。

 家に着いた途端、以世は先ほど乱暴にポケットに突っこんだガラケーを勢いよく取り出します。

「おい以世」

 ガッコン!

六波羅が以世に声をかけおわる前に、以世は勢いよくそのガラケーを自宅のポストに叩き込みました。もちろん、祖父の形見である家紋の根付も一緒です。

 じゃ、いってくる。

 あまりにいきなりのことでしたので六波羅がぽかんとしている間に以世はそう告げ、また強く自転車をこぎ始めました。

「ま、待て、待たぬか…何をしておる以世、戻れ!」

 六波羅の声を背で受けながら、以世は何も言わずに駅前へ向かいます。

あんなやつの手を借りないでも様子を見に行くくらいなら以世にだってできますからね。妖怪とかそういうのが出てくると大変ですがね、六波羅いなくたって全然平気ですからね!

 以世、かなり怒っているようです。

 ぷりぷりしたまま送迎バスのバス停に向かいますが、もうあたりは薄暗く送迎バスの最終便も行ってしまった後でした。

 うーん、どうしましょう。

 はたと思い出した以世は、カバンの中をごそごそとまさぐります。いつか、印刷しておいた病院の地図が入れっぱなしだったような気がしたのです。

 見てみると、ありました、ありましたよ地図!

 入れっぱなしだったものですからちょっとよれていますが読む分には問題ありません。

 その地図とバスから見た昼間の風景を思い出しながら、以世は自転車で病院へ向かいました。

 しかしその結果は残念なことになります。

 以世は一時間後には林というよりも森といった方がいいだろう鬱蒼とした木々に囲まれて真っ暗な中微妙な顔で立ち尽くしていました。

 ええ、以世は思い切り迷っています。

 もはやどっちからきてどっちへ向かっていけばいいのか、どっちの方向が目的地なのか、まったくわかりません。

 夏もすぐそこですっかり日も長くなりましたが、それでももう暗くなってしまってあたりの様子もよく見えません。頼りは自転車にくっついている自家発電ライトだけでした。

 近くで大きな鳥の声と羽ばたきや犬の遠吠えを聞いて心臓が止まるくらい驚かされること数回。ただの動物だろうとは思うものの、こう真っ暗だと本当にただの動物かどうかも分からなくてどきどきです。

 がっくり肩を落として、以世はため息をつきましたが、すぐによしと気合を入れました。じっとしても仕方がありませんから、とりあえず歩くことにしたのです。道の具合が悪くて、乗ってきた自転車は降りて押した方がよさそうでした。

 一体どうしてこんな自転車で走りにくいところに迷い込んでしまったのでしょう…。今までせっせとコンクリートの道を進んでいたはずなのです。ですがその道はいつの間にか踏み固められた土の道に。おかしいな、こんな道あったかなと引き返してみてみるとさらに道は険しくなり、迷いに迷っていつの間にやら現在地は獣道。

 もう以世は迷子の天才ですと一人笑うしかありませんでした。

 そういえば、小さいころはこういう風に知らない場所に頻繁に迷子になっていたものですが、高校に入ってからあまりこういうことはなくなっていたはずでした。今更思い出したように迷子スキルを発揮してしまって、本当に困ったものです。

 はぁ。とため息をつくと、自転車が弱く照らす道の先から何かが茂みを揺らす音が聞こえました。

 ぎくりと身を固くしますが、その音は以世の心の準備などお構いなしにこちらへ近づいてきているようでした。この音は鳥や犬のようなものより大きいサイズのようです。何かが地面を歩いているようでした。

 以世のこれまでの経験上、こうして知らない場所へ迷い込んだ時というのは決まって何か変なものに出会うのがお約束。大きめのそれが自らの意思で近づいてくるのならば十中八九変なものです。

 最近は六波羅に頼り切りでしたからすっかり警戒心が薄くなっていましたが、今は一人なのです。地面に家紋を描いて手助けを頼もうという気にもなりませんでした。

一歩、二歩、警戒しながら後ろに下がりますが、その途端に何か大きめの石だか枝だかを踏んづけてしまい、以世はバランスを崩して自転車ともどもきれいに仰向けにすっ転んでしまいました。

 ぎゃ、という声を頑張っておさえ、以世は体勢を立て直そうとしますが、茂みを揺らす音が随分と早く大きくなって、すぐ目の前あたりでぴたりと音がやみました。

 思わず目を固く閉じます。以世の顔を、獣のような荒い息が撫でました。ごひゅう、ごひゅう、と獣にしては苦しげな呼吸音も大きく聞こえます。

 うわー、やばいものにあたってしまった感がばりばりです。

 以世に尻尾があったら足の間に入っていることでしょう。恐ろしいけれど、目をつむったままいくら待っても、その呼吸の主は以世の目の前で様子を伺うだけのようで、何も起きません。

 一体、今どうなっているのでしょう…。このまま死んだふりをしていた方がいいのでしょうか…。

 長い間そうしていたような気がしました。ゆっくりと、本当にゆっくりと目の前から荒い呼吸の主が距離を取っていく気配がします。

 何が起こっているのか。以世は思い切ってちょっぴり目を開けてみることにしました。

 ちらり。

 転んだ時と同じ…いえ、自転車の明かりがないので先ほどよりもっと暗い闇の中、全く周りが見えません。困りました…。

 少し距離ができましたが、まだ苦しそうな呼吸音は続いています。それに混じって、以世は聞きなれた声を聞いたような気がしました。

 も、もう一回! もう一回しゃべってください!

 以世はそういうと、またその何かはかすれた声で言いました。

「…以、世…?」

 以世はあわてて起き上がると、暗闇の中で目を凝らしました。

 あんまりに暗いので大まかなシルエットしか見えないですが、誰か背を丸めた姿勢の悪い人物がいるようでした。

 主計…? 主計ですか?

 以世は目を凝らしたままゆっくり立ち上がると、一歩主計らしき人影に近づきます。しかしその人影は以世が詰めた分と同じだけ距離をとるように後ずさりました。

 その人影は少し呼吸が落ち着いてから再び口を開きます。

「…どうし、て…。どうしてこんなところへ…。六波羅さま。六波羅様はどうした?」

 ぼんやりとしているのにどこか取り乱していう主計は、六波羅は腹が立ったのでおいてきましたという潔いほどきっぱりとした言葉を聞いてひどく驚いたようです。ひゅ、と息を詰まらせました。

「じゃあ、以世…お前、一人で…だからこんなところに!」

 興奮したように大きな声を出す主計ですが、声は苦しげな呼吸音に邪魔されてとても聞き取るのがむずかしいです。

 そんなに心配しなくても大丈夫ですよ主計。以世はあっけらかんと言いました。

 今まで変なものに出会っても、多少危ない目にあったとしても命の危険も大きな怪我もありませんでしたから。

 それをきいた主計の瞳が、暗闇なのにぎらりと光って以世をにらみつけました。

「ここは街じゃないんだぞ!」

 主計がそんなに怒鳴ったのは初めてでしたから、以世は少しの間呆然としていました。しかし、すぐに我に返ったのか主計は光って見える目を伏せて弱いトーンでつぶやきました。

「…すまない」

 い、いや、俺も、ごめん。

 以世もしょんぼりとしながら謝ります。

 少しの間気まずい沈黙が流れましたが、やがてその空気を破るために口を開いたのは以世の方でした。

 あの、お祭りは?

「…祭り?」

 主計の声はとても呆けていました。

 以世は首をかしげて続けます。

 主馬が言っていましたよ、今日は病院でお祭りをやっていて、主計が盛り上げているから来てみるといい、と。もしかしたら、主計と会えるのは最後かもしれないよと。

 なんだかよくわからないけれど、友達のお兄さんからいきなりその友達がいなくなりますよなんて宣言をされたら誰だってびっくりします。ですから、乗り気でない六波羅を置いて急いできたのですが…。

 主計は呆然とそれを聞いていました。

「祭り、とか、最後、とか、それを主馬が?」

 感情の抜けたつぶやくような一言でしたが、以世はおずおずと頷きます。

「…主馬…!」

声にならない呻きの後聞こえたそれは、腹の底から燃え立つ炎を抑えるような低い声でした。声と同時に木々と空気をを揺らした風は、まるでその声が起こしたように思えました。

「…以世、よく聞け」

 いつの間にか、主計の声は呼吸音が随分減ってクリアなものに近づいていました。

 主計は早口に鋭い声で言うと、暗い中ある方向を指差したようでした。そちらは覚えている限り、以世がやってきたはずの方向です。

「以世一人ではここは絶対に出られないと思う。だから、よく聞け。今からそちらを通るやつがいるはずだ。そいつと一緒に、ここから逃げろ」

 逃げろ、と言われました。帰れではなく、逃げろと。

 出られないとか、逃げろとか、一体何のことなのでしょう。

「あいつらだけでも、きっとここから出られない。でも、合流すればあるいは…」

 説明が不十分です!

 以世が訴えても、主計の早口は止まりませんでした。

「いいからいけ、早く! そちらに進めばぶつかるはずだ! そして、あの式の主の元へ…」

 そのとき突然大きな遠吠えを聞いて、あまりに大きなその声と、そこからわかる声の主の近さに以世はひどく驚きました。でも、さっきから聞いてますからただの犬では? 日本にはオオカミはいませんし…。

 しかし、主計は遠吠えを聞いた途端に大きく舌打ちをしました。

「以世、これは野犬じゃない。やたらと凶悪な、飼い犬だ」

 可愛かったらいいんですが、そういう問題ではなさそうです。捕まったらパクリタイプのやばさを主計の態度から感じます。しかし、飼い犬って、誰の…。

「すぐに行け。走れ! 振り返るなよ。止まったら追いつかれるぞ。早く行け。…早く!」

 闇に慣れてきた目が、目の前のシルエットを先ほどよりも鮮明にとらえました。しかし主計のことが見えにくいのは、闇ばかりのせいではないようです。

 目の前の人影が、めきめきと膨らんでいるように以世には思えました。その体は僅かな月の光を何故だか鉄色に反射します。主計の腕は確かに鉄色に硬化しましたが、今回月光を反射しているのは、腕だけではないようでした。

「以世、早く!」

 主計の発するその吠えるような声は、また苦しげな呼吸音に紛れてかすれて聞こえました。それと同時に木々をなぎ倒すような勢いで以世たちの目の前に何かが現れます。

木々の隙間、月明かりに照らされたその何かの正体は、数メートルはあろうかという巨大な銀狼に見えました。

 まるで獲物を見つけたような目のその巨大な銀狼は、以世と主計を見るといつでも飛びかかれるような低い体勢をとり、低音で唸ります。

 これ、似たようなやつどっかで見たことありますね!?

 というか獲物自分らですね!?

 明らかに遠吠えの主ですよね!!

「早く行け!」

 六波羅を置いてくるのは失策だったかもしれません。

 敵地に突っこむ場合は自衛ができる万全の態勢を整えなければなりませんでした。

 しかし、今そんなことを反省しても仕方がありません。後悔しても今の以世が丸腰で役立たずなことに変わりはありません。

 ですから今以世にできることは、主計に背を向けて全力で自転車を押しながら走ることしかありません。

 薄情なようですが、邪魔になるよりかましです!

 また、学校で!

 それだけ叫んで走り去る以世の足音を聞きながら、主計はどこか寂しそうに微笑みました。

「…また、かぁ」

 小さくつぶやいた言葉は、彼自身の鼓膜を震わせると、他の誰にも届かずに霧散します。

 次の瞬間には、主計はこちらの様子を伺っている目の間のそれを睨み付けていました。

「すみませんが、殺す気で行きますよ」

 その声にこたえるように、相対する銀狼はひときわ低く唸り声をあげました。


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