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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
13/20

ゆっくり歩く帰り道

 翌日の昼休み、主計は宣言通り屋上には来ませんでした。主計は来ないものの屋上でご飯にすることにした以世は六波羅を横目にお弁当をかき込んで言います。

 今日は家帰ったら父の部屋を調べてみましょう。父は六大呪家の研究をしていたのですから、きっと何か残っているに違いありません。

「まあ大したものは残っていない気もするが…それもよかろう。地下牢についても何か見つかるやもしれぬな」

 六大呪家のことや、七の家のことなどについて何かわかるといいのですが。というかなんで残っていないと思うのですか?

「弥生はなるべく家の中では研究をしないよう以千代に言われていたからな…何故なら没頭して眠らなくなるからだな。家の外に研究室を持っていたのだ」

 それはどこなのですか?

「裏山の建物があっただろう、あれだ。鍵が無いので開かぬだろうがな」

 では父の部屋に鍵があるかもしれませんね。探してみましょう。

「しかし六大呪家や七の家のことならばわざわざ調べずとも奴に聞けばぱぱっと済むではないか」

 六波羅は効率が悪いとでも言いたげです。

 以世はじっとりと六波羅を睨んで言いました。お前は説明テキトーに済ませそうですから信用なりません。

「何を言うか」

 最初に説明されたときとか七楽が引っ越してきたとか目が覚めるとやばいとか説明が大雑把すぎたじゃありませんか。おまけにそれから追加説明がありません!

「ふむ…別に説明を求められたわけでもなかったからな…。ではするか? 説明」

 その鼻をほじりだしそうなくらいだるい反応に以世は思わず六波羅に拳をぶつけたい気持ちでいっぱいになりましたが、六波羅は以世には触れませんから行き場のない怒りをどうしたらよいかわからずにぷるぷる拳を震わせました。

「奴は話しても構わぬぞ」

 まあ、話してもらえるのならそれに越したことはないのですが…物事は多方面から見た方がいいものですし。ですが以世はこの前モモから言われた言葉を思い出しました。そいつがいると邪魔されるかもしれないって、どういうことなんでしょう。

「この前の拝み屋の言葉を気にしているのか?」

 ばれています。以世はばつが悪いので口をへの字にして目をそらしました。その様子を見て六波羅は大仰に肩を落として息をついて見せました。

「我が当主ともあろうものが、奴のことよりも出会ったばかりの胡散臭い拝み屋の言うことを信じるのか?」

 そういわれて以世は、長いこと一緒にいる気がしているけれど六波羅と会って数か月しかたってないんだよなと思いました。ここ数か月濃厚すぎて何年か経ってる気持ちになっていました。出会ったばかりというならば六波羅も同じなんですがね。

 以世は改めて六波羅を見て、頭の中でモモの姿を思い出します。

 によによ笑う坊主もどきのドラゴン六波羅とヨーロピアンな雰囲気のスタイリッシュな拝み屋モモ。どっちもどっちですけど、生きてない分六波羅の方がより得体が知れなくて胡散臭い気がしますね!

「あんまりだ! あんまりだ!」

 六波羅はしばらく口惜しそうに嘆いていました。

 昼休みや授業中にはあまり長い話はできませんから、以世は学校の帰り道で歩きながら六波羅の話を聞くことにしました。放課後なるべく人の少ない道を選びながら帰り道を歩きます。

「それで、何が聞きたいのだ?」

 何を知らないのかわかりませんので、なるべくいろんなことを知りたいです。以世がそういうと六波羅はふむと頷きました。

「以世も奴に似て大雑把なおーだーを出すものだな」

 六波羅に似てるとか勘弁してください。

「以世、最近奴への反応がさらに冷たくなってきていないか…?」

 いいから六大呪家のこととか、なんで七楽が呪われているかとか、七楽が何をしてこの世を呪ってしまったのかとか、教えてください。

「流しただと…」

 いいから!

「全く仕方ない」

 六波羅は目を細くして話しました。

「六大呪家とはこの地に呪いの陣を引く六つの家の総称である。以前話した説明では足りぬか?」

 足りないから聞いているのです。

「わかったわかった。お前の聞きたいことは連動しているからな、まとめて話した方がわかりやすいかもしれぬな」

 六波羅は真面目な顔で改めて話しはじめましたが、その瞳の奥に何やら懐かしんでいるような色が見えたような気がしました。

「七つのはあるお方の命を狙い、あるお方に呪いをかけたのだ。その呪いは強く、強く、とても解除などできない。ましてや呪詛返しなど到底無理だった」

 呪詛返し? 以世は首をかしげました。

「呪いとはやりようによっては呪いをかけた本人に跳ね返すことができるのだ。跳ね返されたら倍返しになる。人を呪わば穴二つというだろう。あれは相手の墓を用意するついでに自分の分の墓も用意しておけという意味でな。そのぐらいの覚悟なくして相手を呪ってはならぬという意味だ。人を呪うなよ以世、あれは怖い」

 以世はそんな器用なことできませんから。

「まあそうだな」

 六波羅はそういって笑いますが、笑い声がだんだん小さくなっていき、やがて小さく息をつきます。

「そうそれで…そうだな、七つのはご近所の妖怪のぼすのような存在でな…まさに、生きていた頃から手の届かぬ、ある種神のようなやつだった」

 それって、七楽は元々妖怪だったということですか?

「…ああ…」

 六波羅は遥か遠く、虚空の彼方を眺めるような顔つきでゆっくりと頷きました。

「そう、そうだな…だからあれが神になることは当然と言えば当然だったのだ」

 そのまま六波羅は瞳を閉じて少しの間じっとしていましたが、すぐに薄く目を開きます。

「あのとき、あの方のご息女である一つのは奴に命じた。どんな手を使ってでも呪いを弾け、七楽を滅せよとな。しかし、神の呪いなどただの人間にはどうにもできまいよ。…神同士ならばわからぬが」

 そういって六波羅は以世と目を合わせて肩を竦めました。

「だから七つのに対抗するためにこちらもそれ用の神を作ることにした。しかし、七つのの呪いの神通力は強力だった。とてもそこらへんにいる一柱二柱の神れべるでは相手にならぬ。滅するどころか返り討ちだ。なるべく強い神を作る必要がある。そこで奴は腕利き陰陽師として有名だった五つのに協力させて作戦を練ったのだ。だがどう考えてもあれをすぐに滅することはできないと踏んだ我らは、選んだ神を配置した陣を引いてあれを封じることにした。数と属性に合致する者を探し出して神とし、その者を要に陣を引く。かくして七つのの封印はなんとか成功したよ。あの方への呪いもどうにかなった。七つのを滅することができるかもしれない呪いを辛うじてかけたが、それが今我らの首を締めているといったところだな。予想より期間がのびすぎた。よくここまで滅亡する家がなかったものだな」

 そして今に至る。そういうと六波羅は以世に質問はあるかとでもいうように片眉を上げて見せました。

 以世は首をかしげながら疑問に思うことを一つ一つ聞いていくことにします。

 なんだか簡単に神様を作ることにしたといいましたが、神様ってそんなに簡単に作れるものなのですか? というか、作るものなのですか?

 以世がまずそう聞くと六波羅はうむと頷きました。

「簡単にはなれぬし、作るのもそう簡単ではない」

 でもやったんですよね、六人の神様作り。神様なんて、どうやって作るのですか?

「そうさな…」

 六波羅は少し考えてから答えました。

「我らは神を数える時一座二座とは数えず一柱二柱と数える。柱と数える由来は仏教からきているそうだ」

 そういう話を聞いたわけではないのですけれど。以世が口をとがらせますと、六波羅は「まあきけ」と以世をいさめます。

「死者を埋葬する際には柱を立てるものだったらしい。それを墓標と呼ぶ。今でも名残があるだろう、あれのことだろうな。神道ではみはしら、なんて呼び方もあるという」

 以世は一向にわからないので不満げに聞いていました。それを見た六波羅は苦笑します。

「まあ、奴は単に柱を立てただけなのだ。その柱は立てるのは容易いが、立たせたままでいるのは非常に難しい。そのための家、そのための一族、そのための当主というわけだ」

 ぐいーんと首を傾げまくる以世の様子を見て、六波羅は愉快そうに笑いました。解説に解説が必要とか全く持って意味がありませんね。

「六大呪家の陣の要所に建てられた家は神社の役割を担っている。各家に神体を祀る社となる部屋があり、当主と呼ばれる禰宜がそれを祀ることによってただの墓標に力を与えているのだ」

 …要するに?

「神が神であるためには信仰が必要だということだ」

 わかりづらい! いつもと違って回りくどいですね!

 じゃあ次ですと以世は質問を変えることにしました。七楽は何故偉い人を呪ったのですか?

「何故、か」

 今日の六波羅は質問のたびにいつもより長めにロード時間がかかっています。

「…さて、何故だったのであろうな」

 その答えに以世はええッと声を上げました。何故呪ったのかもわからないのに封印したんですか?

「そういう命令だったからな」

 六波羅はしれっと答えますが、以世は納得できません。それって偉い人の方が悪いことをしたから七楽が仕返しをしたかもしれないっていうのは考えられないのですか?

「いやいや、あの方は何もしておらぬよ」

 その即答具合に以世はなんでそんなことが言えるのだろうとむっとしてしまいました。

「あの方を呪うということは大罪だ。それだけで万死に値するということだ」

 なんだか納得いきませんね。以世は腕を組んで考えこんでしまいました。

 …本当に七楽が悪いんですか?

「人を呪う祟り神は善神ではあるまい」

 それは、そうですよね。以世はなんだかよくわからなくなって首をかしげます。若干うまく丸め込まれた気がしますね。

 では次の質問です。七の家は、どうしてあんな妖怪を街に放っているのでしょう。

「わからぬ」

 何か企んでいるんでしょうか。

「全くわからぬ。それを他の家の者が調べているのだろう」

 そりゃそうなのですが…。堂々と自信満々に言ってのける六波羅に、以世は呆れてしまいました。胸張って言うことではないと思うのですけれど。

「七の家にとって現在七つのは畏怖の存在だ。祀らねば祟る祟り神だな。祀っていれば当主一人眠るぐらいで済むが祀らずにいれば何が起こるかわからない、と考えている。実際のところ呪いをかけているのは六大呪家のわけだが…。妖しの者と交わったとはいえ、今では血も薄れて彼らはほとんど普通の人間だ。六大呪家と違い家神の加護も期待できぬ。弱者である彼ら、七の家の分家のほとんどはどうにか七楽の存在を忘れ去ろうと考えている節がある。忘れ、祀らずにいれば神は廃れ消え、呪いも無くなるのではないかとな。七の家の分家は怪奇的な出来事にうんざりしているのだ。…分家が妖怪を街に放っているとは少々考えづらい」

 それが本当ならば、七楽本体が祀らない家の人間への祟りとして街に妖怪を放っているということになるんでしょうか。

「いや、祟りなのであれば街に妖怪を放つなどせずに分家の人間に直接危害が及ぶだろう。あれはそんな回りくどいことをするやつではない」

 …では、何のために七楽は街に妖怪を?

「わからぬ。どんなに考えても、そんなことをして七の家や七つのにめりっとがあるとは思えぬのだ」

 うーん、一体どういうことなのでしょう…。以世がうんうん唸っていましたら、ガラケーがメールの着信音を鳴らしました。一体なんでしょう。

 見てみると送信者は錦でした。狩りの予定でしょうか。どれどれと中身を見て以世はぱちくりしました。

 メールの内容はこうです。主馬から連絡。しばらく狩りは中止で。また追って連絡する。以上。です。

 以世と、ケータイの画面をのぞいていた六波羅は顔を見合わせました。以世としては六波羅に無理をさせるわけにはいきませんし、ありがたいのですが…。

「奴としては狩りがあっても構わぬのだがな」

 一応病み上がりなんだからおとなしくしておいてほしいものです。

「わかったわかった」

 でも一体どうしたんですかね。先ほどから首をかしげてばかりの以世です。

「弾が切れたのだろう」

 え? と以世が声を上げると、六波羅は太陽の方角を見て言いました。

「以世、遠回りはこれくらいにして家に帰ろう」

 そうですねと以世は頷きました。ですが、今の一言は何だったのでしょう…。

 日が傾いてきました。六波羅はじっと沈んでいく日を眺めながら笑います。

「…四つのを思い出すな」

 四郎丸を? 何故ですか? 以世が尋ねますと、六波羅は夕日から目を離さずに言います。

「あれの名は夕日を冠しているのだ」

 四郎丸の名前は四郎丸ではないのですか?

「これは神としての名だ。皆他に生きていた頃の名がある」

 以世はへぇと感心します。じゃあ、六波羅はなんて名前だったのでしょう。

「…当主の名につく文字が付く、とだけ言っておこうか」

 代々六波羅家の当主には名前に以の字が付きます。六波羅の名前からついていたのですね。でもそれだけではわかりません。名前教えたくないのでしょうか。

「名とはその人物そのものを表す記号だ。真の名を誰かに握られれば、呪われることもあれば使役されることもある。昔なんかは人に呼ばれる名の他に真名をつけていたものだが…。現代では廃れていると聞くが、我が六の家の人間であれば以世にもあるのではないか?」

 ああ…誰にも教えるなって言われてる名前ありましたね。祖父から教わりました。

「そう、りゅしーたとかろむすかとか」

 そういうのはいいですから。

「ともかくその名は誰にも教えてはならぬぞ。特に今は何があるかわからぬからな」

 名前で何ができるとも思えませんけどね…。

 二人は改めて帰路につきました。

 家についたとき、以世は玄関の前で小さな何かを蹴飛ばしました。なんだろうと拾い上げてみますと、どうやらそれはどこかの鍵のように見えました。両刃のその鍵は特に何の変哲もない鍵に見えます。家の鍵ではないようですが、一体どこの鍵でしょう。手の平で裏返してみると、その鍵のつまみの部分には針でひっかいたような傷がありました。いえ、これは傷ではなく、絵でしょうか…。下手な六芒星の絵が描いてあるように見えました。ひっかいて溝になっているところと使用して摩耗してしまった場所に若干の錆が浮いているようです。新しいものではなさそうですが、元々錆びにくい素材なのか綺麗なものでした。

「…うん?」

 その鍵を見た六波羅が身を乗り出してきました。どうしたのでしょうか。

「その鍵何処かで見たことがあるぞ…。そう、確か…」

 がらり。

 唐突に玄関の横開きの戸が開いて、以世は思わず鍵を乗せていた手を握ってしまいました。玄関の戸を内側から開けたのは部屋着の壱世です。壱世は玄関先に以世がいたので少し驚いたようでした。

「…おかえり」

 た、ただいま。どこか行くのですか?

「郵便とりにきただけ」

 そういうと壱世はさっさと以世の横を通って郵便受けからチラシやダイレクトメールなどを取ると、じっと以世の方を見て眉をひそめました。

 な、なんだよ。

「なんでもない」

 壱世は行きと同じように戻りもさっさと早足でした。玄関に入るとちらと以世を見て気にくわなそうに言います。

「さっさと入ったら? それともそこで一晩過ごす?」

 過ごすわけないだろ。以世は鍵をポケットにしまって家に入ります。

 着替えるからと部屋に戻った以世は、後ろで六波羅がぽむと手を打ったことに気が付きました。

「それの鍵はあれだ」

 どれです?

「裏山に建物があったろう、あそこのものだな」

 お昼に話していた所のですか?

「あそこは弥生が研究室にしていた場所だ。弥生が調べた伝承などが未だに詰まっていると思うぞ。良かったではないか」

 それよりも、一体そんな鍵がどうして家の玄関先に落ちていたのでしょう。

「落ちていたのか、置かれていたのか、なんなのかはよくわからぬがな。もしかすると最近誰かがあそこに入ったのかもしれぬな。開いていたら鍵は必要ないが」

 六波羅はけろっとしすぎな気がしますね。不穏な感じとかしないんでしょうか。

 …今から行ってみましょうか。以世の提案に六波羅は渋い顔をしました。

「あそこにはもう電気が通っていまい。日が暮れては懐中電灯を持っていかねば調べ物はできぬ」

 じゃあ懐中電灯を持っていきましょうか。そういいますが、やはり六波羅の表情は良くなりませんでした。

「弥生と懐中電灯の組み合わせは…いや。現在鍵がかかっているかどうかだけでも確認せねばならぬか…」

 父と懐中電灯。そのワードに以世ははっとしましたが、すぐにふるふると首を振りました。しっかりとしっかりと、蓋を閉じなければ。

「以世、裏山へ行くぞ」

 鍵だけ確認、ですね。以世がそういうと六波羅はにやと笑います。

「わかっているではないか」

 するのがそれだけならばこのままぱぱっと行ってぱっと帰ってきてしまいましょう。以世は居間でテレビを見ていた壱世にコンビニに行ってくるといって出かけました。予想したような追及がなかったのは意外でしたね。

 外は半分ぐらい太陽が沈んで薄暗くなってきていました。

 裏山の建物へやって来た以世は、ささっと鍵の確認をします。扉につけられた南京錠は固く閉ざされていました。それを見て以世と六波羅は顔を見合わせます。

「少し中を見てくる」

 そういって六波羅は難しい顔をしながら壁をすり抜けて建物の中へ入って行きました。六波羅を待っている間、以世は裏山を登っている間に更に暗くなったあたりを見回します。何かないかと思ったのですが、特に何か特別なものがあるようには思えませんね…。

 ふと以世は六六鱗の塚を見ました。近くに寄ってみますが、やはり塚に掘られた文字は風化していて頑張ってみても読めませんでした。ですが、以世はおやと塚石の足元を見てみます。

 この塚は丸くて平たい形の石に丸っこい石が乗っているという形なのですが、台石に塚石の乗った部分にみっしりと生えていた苔がもげていたのです。よく見ると、どうやら塚石が動かされた後もとに戻された後のように見えました。

 塚を動かすとか罰当たりだと思いましたが、以世はそういえばこの塚の主がもういないのだということを思い出しました。少しためらいましたが、塚石をずらしてみることにします。

 塚石をずらしてみると、台石に丸い形に溝が掘られているのが見えました。ちょうど以世の親指と人差し指で丸を作ったぐらいの大きさの溝です。

「ほほう」

 背後から六波羅の感心する声がして、以世はぎゃあと叫んでしまいました。驚くのでそういうのやめてください! 以世が胸をおさえて訴えますと、六波羅は全然悪く思っていないように軽く謝りました。

「面白いものを見つけたようだな」

 これ、なんでしょう。溝には何も入っていませんでした。しかし中には泥と水が少したまっていまして、その泥には誰かが指で抉ったような跡が付いていました。

「この跡は新しいな」

 ここに何か入っていて、誰かが持って行ったのでしょうか。

「以世…この大きさ、何か思い出さないか?」

 何か? そういわれましてもね…。以世はそういってじっと穴を見つめます。このくらいの大きさのもの…?

「先ほど拾っただろう?」

 もしかしてあの鍵ですか? そういえば大きさがぴったりですね。

「前に以吉が面白半分に掘っていたのだがなぁ、鍵置き場にしていたか」

 祖父は罰当たりな人ですね!? 以世が驚いていると、六波羅は愉快そうにかかかと笑いました。

「あれは神仏を恐れぬ剛毅な男だったからな」

 剛毅で済ませられることなんでしょうかねぇ。以世が塚石をもとに戻しますと、父が研究室にしていた社の中のことを話し始めました。

「特に荒らされたり無くなったものはないように思えるな。しかし、少しずつ物がずらされている。何者かが物色したのは確かのようだな」

 一体誰が何のためにここへ来たのでしょうか。

「わからぬが、一の家関係ではなさそうだな」

 何故わかるのでしょう。以世の問いかけに、六波羅はこともなげに答えます。

「勘だ」

 六波羅の勘、ですか…。なんで六波羅っていちいち自信満々なんでしょうね。信用できるのかなんなのかよくわらないですねぇ。

「今日はこの辺にしておこう。できるならばなるべく近いうちに扉の鍵を変えたいところだがな。今度買いに行くぞ」

 何故ですか?

「合鍵を作られている可能性がある」

 なるほど…。以世が感心していると、六波羅は心底呆れたようにため息をつきました。なんだよ。

「少しは自分で頭を動かしてみたらどうなのだ?」

 以世はむっとしてしまいました。くそう、どうせ俺は頭の回転が悪いよ!

 ぷりぷり怒る以世を見て、六波羅は愉快そうに笑いました。

「そろそろ帰るぞ以世」

 そうですね、コンビニに行くには少し時間がかかりすぎたみたいですから早く帰らねば。明日また明るいときに調べに行きましょう。

「うむ…。ではついでに鈴城様に会いに行ってみるか!」

 六波羅は嬉々としてさらに裏山を登ろうとしますが、以世の呆れた冷たい視線を受けてぎこちなく止まりました。

「…よいではないか」

 よくありません。以世はコンビニに行ってることになっているのですからね。

「で、では明日! 明日はどうだ!?」

 あまりに六波羅が必死なので、以世はなんだか面白くなって笑いだしてしまいました。仕方がありませんね、明日は鈴城のところに行ってみましょう。

「そうこなくてはな!」

 晴れやかに笑う六波羅は、明日が随分と楽しみな様子でした。

 さて、家に帰ってきた以世です。買った肉まんをその場で食べたと壱世に適当にごまかします。夜ご飯の前に当初の目的通り父の部屋を調べてみましょうか。

「基本的に研究資料などは裏山に持って行っているはずだからな、部屋にはめぼしいものは残っていないと思うが」

 何もないなら何もないということを確認するのも大切です。

 以世は昔父が使っていたという部屋へ向かいました。

 部屋の扉を開いて電気をつけますと、その部屋はこの十年以上主が帰ってきていないとは思えないほど掃除が行き届いていて、遺品もそのまま残してありました。

「…日見子か?」

 以世はこくりと頷きます。母の部屋もそうです。祖父の部屋は特に、いつでも帰ってきていいようにしてあるのです。

「…そうか」

 しばらく父の部屋を漁ってみましたが、特にこれといったものは出てきませんでした。それは母や祖父の部屋に行っても同じです。

 以世は祖父の部屋を出ると、扉を閉めてから言いました。

 もう死んでいるのだから遺品くらい処分してしまおうと言っているのですけど、祖母はどうしても片付けをしてくれないのです。以世がやろうとすると止めるのでどうしようもありません。もう、どうにかした方がいいと思うのですけれど。

 六波羅は何も言いませんでした。もしかしたら、祖母に対して後ろめたく思っているのかもしれませんでした。

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