本日耳だけ休日です
その日の昼休み、がっくりと肩を落として以世は屋上への扉を開きました。ぶわりと外の風が屋内になだれこんでくるのを全身で感じ、目を細めます。いつもの場所で主計は以世を待っていてくれました。
いつもなら座ったままぼんやりと空を眺めている主計ですが、今日は様子が違います。ぼんやりしているのはいつもの通りなのですが、今日の主計は立ったまま網フェンスに片手をかけて、じっと景色を眺めていました。グラウンドが見える方向は反対側なのですが、一体何を見ているのでしょう。その視線は、街並みそのものに向けられているように見えました。
以世は黙ったまま主計の隣に立って同じ景色を見下ろしてみましたが、とりたてて珍しいものは見えませんでした。
主計には何か以世の気づかない面白いものでも見えるのでしょうか。
「…以世」
何か見えますか? 以世が聞きますと、主計は「いや」と少し考えてから言いました。
「確か以世の家はこっちだったなと思って」
ああ、確かにそうです。以世は家が学校から割と近いので自転車通学なのです。そう思ってみると、昨日鈴城と出会った裏山もそこからきちんと見えました。
そうだ、以世は主計に聞こうと思ったことがあったのでした。
「ああ、答えられることならなんでも答えるよ。でもそれは弁当を食べながらでも…」
主計の提案の途中で以世がえらく肩を落としたのを見て、主計は何事かと少々慌て気味で言いました。
「一体どうしたんだ?」
「なに、大したことではない」
そういって空中に現れた六波羅は愉快そうに以世の手元を見やりながら、隠すつもりもないくせに袖で笑っている口元を隠しながら言いました。
「以世は今日弁当を忘れたのだ。ただそれだけのことよ」
ちなみに財布も忘れたので昼ごはんが調達できません。男子高校生ピンチです。
「いやー、奴の生きていた頃などは朝と夕の一日二食も食べれば十分なものであったがなぁ」
くっ…と以世は六波羅からの茶々へ反論をします。二食しか食べてない頃だって偉い奴らは大して動いていなかったから成人病で平均寿命が短かったって聞いたことあるぞ!
「それはまあ今と比べれば階級など関係なく奴の時代の寿命は短かろうよ。医学の差があるからな」
むむむ…正論で返されるとそこはかとなく腹が立つものですね。
丸め込まれてしまった以世の様子を憐れんでか見かねてか、主計は以世を座らせて自分も腰を下ろすと持っていた弁当の包みを以世に差し出しました。
こ、これは…。以世がふるふる震えながら主計を見ると、主計は微笑ましさ満点な顔で「おあがり」と言いました。
「今日は暇だから昼が終われば家に帰るしかないし、帰ったら弁当に詰め切れなかったおかずが残っているから、俺の昼ごはんについては問題ない。それに前に作って来るって言っただろう?」
以世は信じられないような衝撃的な顔をしてしばらく主計を眺めていましたが、やがてふるふると首を振って言いました。
いけません主計、気持ちは大変嬉しいのですが、お弁当にもそれなりの食費がかかっているのですよ…。
「以世、そこまで変なこと気にしなくていいから」
変なこと…変なことと言われてしまいました…大事なことですよ…。
「本人がいいと言っているのだから貰ってしまえ」
ほれほれと促す六波羅の誘惑に負けじとぶんぶん首を横に振る以世を見て、主計は心なしかしょんぼりして弁当の包みを見下ろしました。と言ってもあからさまに表情が変わるのではなく空気が萎んだような感じなのですが、なにぶん主計がそういう空気を作るというのが珍しかったものですから、以世はああいやそのと大いに慌てました。
最近決断することと言ったら主計のことばかりな気がしますねぇ。以世はじゃあええっとと少しもごもごし、間をあけた後言いました。…いただきます。
「どうぞ」
「最近以世の扱い方がうまくなったな主計」
「やめてください」
知っての通り以世は主計のお弁当が美味しくて大好きですから、反射的に遠慮が発生してしまうものの実のところものすごく喜んでいるのです。ですからいざ食べられるとなると蓋を開けるまでの動きは素早いものでした。
以世はお弁当箱の蓋を開けて、おかずのあるはずの場所に何もないことに驚きました。ですがすぐに蓋にシュウマイがくっついていることに気が付いて戻しました。気を取り直してありがたくいただくことにします。
「で、以世。主計に聞くことがあったのではなかったか?」
そうでした。以世が六波羅に言われてそれを思い出したのは、いただきますと口の中にシュウマイと白米を詰め込んで、このシュウマイも主計が作ったのかなぁと疑問を浮かべながら口の中の幸せをかみしめていたところでした。
以世は主計の注いだお茶を受け取って飲み干すと、主計に言いました。主馬には内緒にしてほしいのですが…。
「以世がそういうのなら、できる限りは…」
うーん、不安な答えですねぇ。ですが以世はこくりと頷きます。
主計は一之江不動産という会社を知っていますね?
その名前を聞いて、主計は顔を曇らせました。
「…ああ、一寸木の傘下にある会社だ」
その会社は以世の家の裏山を買い取った会社なのです。そういいますと、主計はふっと息をつきました。
「…今日は耳が休日だったことにしないとな」
困った顔で言う主計の言っている意味が一瞬わからなかった以世でしたが、すぐにありがとうと返しました。そして以世は話し出します。
…よくよく考えればおかしいのです。一之江不動産は裏山にマンションを建てるためだといって六波羅家から土地を買い上げました。ですが本当にマンションをたてるつもりならば着工が遅すぎます。それどころか売ったばかりの頃何度か調査に来ただけで以来音沙汰がありません。
いえ、もっと言えば六波羅の家が残っていることの方がおかしいのです。辺りの土地を買い占めてしまった方が建設はやりやすいはず。むしろもともと家の建っていた場所の方が他の建物を建てるにも好条件なのではないでしょうか。あんなに断っても何度も足を運んでやっと口説き落として手に入れた土地だというのに、調べて何かしらがだめだったから肥やしにするだなんて…。
そのことからある仮説が浮かびます。六波羅家の家屋の土地を買い上げなかったのはその場所の意味を知っていたからではないか、というものです。
…まあ、そこに以世がたどり着いたのは六波羅の指摘があったからこそなのですが。
そこで、一之江不動産…いえ、一の家が裏山で何が必要として六の家の裏山を買い上げたのかが問題になっています。主計は何か知りませんか?
「…いいや」
「お前ならば知っているのではないかと思ったのだが、これはあてが外れたな」
主計はからから笑う六波羅のことを心底嫌そうに睨みつけます。でも六波羅は主計のそんな反応がよほど愉快なのか、より笑顔になりました。
「…以世の家の裏山には、何か特別なものがあったのか?」
「おそらく一の家…まあ、奴の土地へ無断で侵入するあたりもはや賊と言っても過言ではないが…」
「買い上げられた時点で六波羅様の土地ではなくなってしまったのでは?」
「…まあ、その賊が侵入したのは何年も前なのであろうな」
六波羅は主計の反撃を華麗にスルーして続けました。
「奴が見たところ裏山の建物には荒らされた様子はなかったぞ」
いつの間に見たんですか。以世が驚いていますと、六波羅は胸を張ります。
「なに、奴もやるときはやるのだ」
いやあ、威張る六波羅はうざいですね。
「それはよい。問題は裏山で荒らされた形跡があるのが奴のぱしりのいた塚だけというところだ」
「…パシリ」
主計の呟きに、六波羅は小首を傾げて不敵な笑みを浮かべます。以世はおかずのきんぴらを飲み込むと主計に尋ねました。
主計は裏山の塚にいたなんとか様っていう幽霊のような、神様のような、よくわからない変な人のことを知りませんか。主計は以世の言葉に変な顔をします。
「…なんとか様?」
どうしても名前が思い出せないのですが、昔裏山にいたその人がいなくなっているのです。なんとなく九がつく名前だった気がするのですが…。
「…九」
以世の言葉を六波羅が引き継ぎます。
「以世が九がなんとか言っているのは塚の主のことだ。奴もどうしても名を思い出せなくてな、暫定的になんとかと呼んでいる。あれの塚が掘り返されていた。おそらく一の家は塚を崩し、なんとかがあそこに留まるための杭を抜いたのだ。そしてなんとかをどうにかした。…何があった」
六波羅には有無を言わせぬ迫力がありました。それを真っ向から受ける主計はしばらく六波羅の目をじっと見ていましたが、やがて目を伏せてゆっくりと首を振ります。
「一寸木主計からその質問に対して返せる答えは何もありません」
「奴がこれほど問うてもか」
「お答えできません」
空気がぎしりときしみを上げるような緊張した空気でした。とても以世がお弁当を食べ続けられる雰囲気ではありません。
「…強いて言うならば」
数分に渡る沈黙の後、主計は疲れたように呟きました。
「今こうしているこの時そのものが、六波羅様の求めることの、その答えとなりましょう」
その答えを聞いた六波羅は渋い顔で主計を見下ろしていました。
「…主計、か」
「はい」
「…わかった、充分だ」
そういうと六波羅は大袈裟にため息をついてがっくりと肩を落としました。
六波羅は充分だというものの、以世には途中から何やら全くわかりませんでした。以世は六波羅と主計の顔をきょろきょろと見比べます。途中から何の話になりました? 以世が尋ねますと、主計は間を開けてから微笑みました。
「弁当」
その一言だけ聞いて、以世の頭には疑問符が浮かびます。
「…どうだった?」
きょとんとしていた以世ですが、はたとお弁当の味を聞かれているのだと合点が付きました。すごくおいしいです! と答えると、主計は満足そうに笑いました。
「以世、早く食べてしまえ。昼休みが終わるぞ」
…結局、以世は裏山について何もわかりませんでしたね。こういうのは、やっぱりボスである主馬に…いや、主馬は怖いですから一の姫からでも話を聞いてみた方がいいのでしょうかね。
以世がそうこぼしますと、主計の口調が強いものに変わりました。
「いけない」
一体何事かと以世は驚いてしまいました。何か問題発言をしたつもりは少しもなかったのです。
「以世、主馬の目の前で一の姫に会いたいだなんて絶対に言ってはいけない。…わかったな」
以世は主計の剣幕に押されてこくこくと無言で何度も頷きました。そんなに変なことを言ったつもりでもなかったのですが…。いや、でもまあ一の家は六大呪家をまとめる家のようですし、そんな家の当主や家神にほいほい会おうというのがよくないのですかね…?
以世は首を傾げました。
ご馳走様でした。以世が完食したお弁当箱と主計を前にして手を合わせますと、それを見た主計はぺこりとお辞儀を返しました。
「お粗末さまでした」
すごい助かりました! それにめっちゃくちゃおいしかったですと手放しでお弁当を褒める以世を見る主計の目はまるで小さい生き物を愛でるようなものに見えました。
お弁当箱を包んで仕舞う主計は、唐突に「あ」と以世に向き直りました。一体なんでしょう。
「以世、俺明日多分昼には来られない。だからここには来なくていいから」
用事でもあるのですか? 以世は聞きますが、主計は肩をすくめるだけでした。
その日の放課後、以世は噂の確認をしようと後手後手になってしまっていた病院へ向かいました。
病院に到着し、ちらほらと送迎バスの乗客が正面入り口に消えていくのを見ながら、以世は大きな病院の全体を見上げました。蔦の這った壁、薄灰色のシルエット。あの噂を知ったからか、それとも前はあまり気にしていなかったからか、病院が前より不気味に見えました。
今日は庭や入り口付近の手入れをしている人は一人も見えません。もちろんあのときのおばあさんもです。以世はざわざわと不安で気持ちが乱れる心地がしましたが、いやいやと首を振りました。そりゃみんな年がら年中掃除やら何やらしてるわけではありませんからね。でも、どうしておばあさんがいないだけでこんなに不安になるのでしょう…。やっぱり病院の怖い話がきいているんですかねぇ…。
院内に入りますと、以世は病院独特の少し粘度の強い空気に包まれました。広い待合室の半ばまで進んでから以世は改めて人探しを開始します。あのおばあさんどこにいるんでしょう。キョロキョロと辺りを見回していると、いきなり後ろから「よう」と声をかけられて以世は非常にびっくりしてしまいました。
慌てて振り返りますと、そこには驚いた以世の様子に逆に驚いたらしい錦の姿がありました。いつものカジュアルスタイルではなく、いかにもこれから検査に行ってきますといわんばかりの病衣姿です。
「わり、そんな驚くとは」
全然大丈夫です。以世が慌てて答えると、錦は「ならいいけど」と笑いました。
ところで錦はなぜここに? その格好はどうしたのですか? 以世が聞いてみますと、錦はけろっと答えました。
「ただの健康診断だよ。なんもねえから心配すんな」
そうでしたか。以世はてっきり何かあったのかと思いましたので安心しました。健康でしたか? 錦に聞くと苦笑されます。
「まだ途中だよ。お前はどうしたんだ? 風邪か?」
以世はふるふると首を振りました。今日はその、そう、奥の子供達のところに遊びに来たのです。そういうと錦は嬉しそうに微笑みました。
「そっかそっか。奥には勝手に入ってかまわねえからな」
自分の家のようですね。随分と勝手知ったるかんじですが、ここには長く通ってるんですか? 以世は聞いてみます。
「あー、うん、まあな」
歯切れの悪い答えですね。錦はばつが悪そうに頭をかくと「あっ」と何かに気が付き申し訳なさそうに両手を合わせました。
「わり、せっかく来てくれたけど、今小さい奴らほとんどいねーんだよ」
どうかしたのでしょうか。
「急に何人も引き取り先が決まってさ、もう行っちまった」
以世は首を傾げました。もしかして入院患者が消えるってこういうことなんでしょうか。いやいや、もしかしていなくなってしまった人の行方を誤魔化すためにこういった工作をしていていたりして…。テレビの見すぎでしょうか。
「喜ぶべきなんだろうけど、やっぱりちょっと寂しいよな。会おうにもみーんな県外だしな…休みがなあ…ん? 以世、何変な顔してんだ?」
なんでもありません! 以世は必要以上に大きな声を出してしまって口を抑えました。待合室の視線を集めていますね…。
「…大丈夫か?」
逆に心配されてしまいました。
ですがそれよりも以世はおばあさんの行方が気になって仕方ありません。杞憂ならば杞憂で万々歳なのですから、さくっと聞いてしまいましょう。あのときのおばあさんはどこにいますか…?
錦は妙なことを聞かれたからか目をぱちくりさせていました。
「あの…? もしかして前におまえが来たとき案内してくれたばあちゃんか? あの人も少し前に出てったよ。娘さんと暮らすんだと」
ではもうここにはいないのですね? 以世が念を押すと錦は不思議そうに頷きました。
「ああ…なんだよさっきから」
…住所はわかりませんか?
「え?」
住所です。おばあさんの…できれば引き取られていった子の引き取り先も。
「なんだよ突然…」
いえ、ちょっと…無理そうならいいのです。
「そう…だなぁ…」
以世が困り切った錦の服を掴んでいたのに気が付くと、すみませんと離しました。
「…あー、もしかしてお前、ここの噂聞いたのか? その、人がいなくなるとかなんとか」
錦は両手を腰に当てると、「怒らないから言ってみろ」と言わんばかりに以世の顔を覗き込みました。
錦の問いかけに以世はためらいがちに頷きます。
錦のついた大きなため息にはどちらかというと呆れよりも仕方ないなあという成分が多いようでした。
「もしかして人がいなくなってるのをこの病院が余所への紹介で誤魔化してるとか思ってるクチか?」
どきり。改めて錦にそういわれるとなんだかしょうもない調べ物をしているのではなかろうかと思えてくるのは何故なのでしょうか…。
なんだか徐々に恥ずかしくなってきた以世がううと唸りますと、錦は大笑いし始めました。なんだか徐々にどころかものすごく恥ずかしいですね! そんなとき姿を消したままの六波羅が囁きます。
「以世」
はっと振り返ると向こうから一人の男がこちらへまっすぐに歩いてくるのが見えました。
「やあ!」
三神御室はいつものような胡散臭い笑顔でいつもの挨拶をしてきます。人を死んだことにしてたとは思えない様子ですね。
「しばらく振りだな六の当主。六波羅殿も、いらっしゃるのでしょう? ご無沙汰しております」
珍しく御室の後ろには三神がいました。いつもは家紋を持ち歩かないと言っていたのに、どうかしたのでしょうか。
「うむ、久しいな」
六波羅は三神に言われたからかやっと出てきました。消えてると省エネだってりするんですかね。
三神はどこかそわそわした様子であたりを窺っていました。
「錦が来るの遅いと思ったら…お客さんだね。というか錦、どうしたの?」
こ、こんにちは…。以世がおずおず二人に挨拶しますと爆笑中の錦が「おー」と声を上げました。
「御室、今こいつが…」
わーーーーー!!! 以世は慌てて背伸びして錦の口を塞ぎました。今絶対御室に今の話ばらそうとしましたよねこの人! 恥ずかしい! 御室に知れたら後生顔をあわせるたびにねちねちとからかわれるイメージがあるのでやめてください!
そんな以世とおかしげな錦の様子に、三神と御室は同時に同じ角度で首をかしげました。
「な、なにすんだよ。まったくよー」
錦の笑いすぎのためかうっすら目じりに涙が浮かんだ訴えに、以世はもういいですから! と言いましたが錦は勘弁してはくれないようです。
な、なるべく内密にお願いします! 御室に知れたらものすごくからかわれそうですし! となるべく小声で抗議します。
「いやー、こいつ外見胡散臭いけど割と…」
錦は御室を見てしばらく考えていましたが、ふるふる首を振って言いました。
「あいつ胡散臭いし性格悪いけど馬鹿じゃないから」
全く全然フォローになってないですけど!
「いいからいいから。おい御室、この前行っちゃったばあちゃんいただろ? どこに引っ越したかわかるか?」
錦のストレートな物言いに以世は大慌てです。
「わかるよ? なんで…あー、もしかして以世くん怖い話調べてきたんだー?」
「そーそー、そうらしいぜ」
「なんだっけその噂…入院患者が消える?」
「行くたびに職員の顔が変わる!」
「あとはなんか声が聞こえるんだっけ?」
「そーそー」
この二人の楽しそうな様子は「すげーよ俺階段から落ちて入院してたら学校で組長の愛人に手を出して殺されかけたことになってるわ!」と友人内で大爆笑している様子に酷似しています。噂の信憑性が急激に薄れてきました。
もう…もうやめてください…。以世のHPは既にゼロです…。
「それでいなくなったやつらの居場所を確認するのに住所知りたいらしいから、いっちまったやつらの住所一覧出してくれるか?」
「おっけー」
そして軽い! 思った以上に軽いです! そして以世は馬鹿にされています! 全くもう、個人情報はそんなにほいほい漏洩していいんですか!?
「じゃあ後で住所一覧を君のケータイにメールするから、よろしくねー」
あ、は、はい…。質問見事に流されましたね。
「馬鹿にされようが気にするなよ以世、疑問に思ったことはなんでも追求してみることが大事だ」
六波羅はうむうむと満足げに頷いてから三神へ視線を向けました。
「それにしても、三つのが家の外におるなど珍しいな」
そうなのか? 以世が尋ねますと、三神はそうだなと頷きました。
「普段私は神社に祀られている。恥ずかしながら、祭りのときと当主会議の時以外はほとんど家から出ないのだ」
本当に恥ずかしそうに話す三神は楽しそうにあたりを見回します。
「今日、久々に家の外に出てきたからちょっと興奮してるんだよ。気にしないで」
「三の当主よ、何か三つのを家から出さねばならぬ理由でも?」
「え? 別に? ずっと家の中にいるのも精神衛生上よくないでしょ?」
けろりとしていう御室は三神に視線を送ると、三神は嬉しそうに言いました。
「御室は今までの当主とは少し心構えが違うというか…とてもいい子なんだ」
子、という歳でもないような気もしますけれど…。
そういえば二反田はいないのですかと以世がきくと、錦は検査中だから家紋を持ってないんだと言いました。納得です。
「そういえばお前達」
六波羅がはたと思い出したように言いました。
「四の家の者を久しく見ないのだが、どうしているか知っているか?」
「四郎丸と紫藤?」
御室と錦は顔を見合わせると、すぐに「いや」と首を振ります。
「しばらく見てねぇな」
「あそこって六大呪家と関係が希薄じゃない。関わり合いになりたくないんじゃないの? 放っておいてあげれば?」
「…そうか」
六波羅はそれ以上は聞こうとはしませんでした。そういえば紫藤は初めて会ったとき六大呪家が嫌そうにしていましたね。
「ほら、遊んでないでさっさといくよ錦。まだ検査残ってるんだから」
「へーいへい、わかりましたよ」
錦と御室は以世に「じゃあまた」と挨拶をするとゆっくり病院の奥へ歩いていきました。後ろから嬉しそうに三神がついていきます。歩きながらの会話が少し聞こえてきました。
「先月も問題なかったし、心配はないとおもうんだけどね」
「っつーか月一検査は多いだろ。もう少し減らせねーの?」
「念のためだよ、心配でしょ?」
「本当かねぇ…」
以世は二人の姿が消えてしまってから首を傾げました。
…月一検査?
六波羅も口元に手をあてて考えるような恰好をして言います。
「二の当主は患っているようには見えぬがな」
前に病院で話したときも健康だと言っていたんですが…何かあるんでしょうか。実は難病持ちです、とかだったらと思うと心配になりますね。
「難病なぁ。…それにしても錦と御室は仲がいいな」
そうですね。以世は錦と御室の間の筒抜けセキュリティを思い出してため息をつきました。
この病院には変な噂もありますし、病院関係の人にはなるべく秘密にして調べものがしたかったんですが無駄な努力でしたね…。というかものすごい笑い飛ばされてましたしね。やっぱり噂は噂ってことでしょうか…。
…せっかく来ましたし、奥に行って残ってる子供達に会いますか。
てくりてくりと前にきた道を歩き始めて少しして、以世は何か変なものを踏んだような気がしました。足元を見てみても落ちているものは何もありませんが、そこは丁度入院患者の部屋へ続く通路の敷居の真上でした。
「…三つのの結界だ。強化されているな。ここから先は奴は入れぬ」
六波羅が顔をしかめました。この変なかんじが結界らしいです。
「前入れたところも入れなくなっている。一体どうしたというのだ」
以世は入れるんですね。以世は敷居を跨いだり戻ったりしながらいいました。なんだかSFで立体スキャンをされてるような気分です。
「基本結界は悪いものが入ってこれぬようにするものだからな。すきゃなーというよりはふぁいやうおーるだろうな」
六波羅は悪いもの。以世は覚えました。
「以ー世ー」
六波羅に反論できるんですかねえ。
「…まあよい。帰るぞ以世、奴なしで奥に進むのはあまりおすすめはできぬからな」
何故六波羅はおすすめしないのでしょう。
「火のないところに煙は立たぬ。この病院の噂とて、多少の火種があるはずだ。ということで、どこに火種が隠れておるかもわからぬ上、奴の加護の受けられぬ空間で一人きりになるのが良しととても言えぬ。だから早いところ帰るぞ」
…六波羅に脅されるとそれっぽく聞こえるから不思議ですね。
結局以世は特に何もしないで家に帰ることになりました。
でも、どうして病院内の結界が急に強くなったのでしょうか。
「そうしようと思ったのではないと、結界など強くはならぬ。何か理由があるのだろうが…」
一体病院で何があったのでしょう。聞いても三の家の二人…特に御室は答えてくれない気がしました。
踵を返して正面入口に戻ろうとした以世ですが、はたと動きを止めました。
「どうした」
六波羅の入れない結界の向こう側、子供たちのエリアの通路に見慣れた制服姿が見えたのです。あれって、主計ですね。おーいと声をかけて駆け寄ろうとした以世を六波羅は一言で止めてしまいました。
「あれがいたとてそちらへ行くなよ以世。そちらは危険だ」
わかりましたよ…。
「しかし、ほんとうにあれがいたのか以世」
すぐに通路の角を曲がって見えなくなってしまいましたが、あれは確かに主計でした。一瞬何でこんなところにと思った以世でしたが、この施設はもともと一の家の持ち物なのですからよく考えるとさほど不思議ではないのかもしれません。
主計、用事でしょうか。それともどこか悪いのでしょうか。
六波羅は主計を心配する以世の後ろでひどく険しい顔をして結界の先の廊下を睨みつけていました。