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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
10/20

お昼ご飯はお手軽うどん

 以世が和室の前でじっと待っていますと、唐突に和室の襖が開きました。

余りにいきなりで以世はとっさに声をかけられませんでした。

「お待たせ」

 顔を出したのはモモでした。

 以世はモモの手招きに誘われて和室の中を覗いてみます。中では敷かれたブルーシートの上であぐらをかいた坊主もどきの六波羅が不機嫌そうに腕を組んでいました。

 …顔色はよくなりましたが別のところが悪くなっています。気分的な物が。一体どうしたのですか、あれ。以世が聞くとモモは笑います。

「だだこねてるだけさ。気にしないでいいよ」

 座ったままの六波羅など気にせずにモモはブルーシートを片付けにかかりました。容赦ないですね。

 六波羅大丈夫か? ちゃんと治ったか?

 以世が六波羅に近づいて尋ねますと、六波羅は以世の顔を険しい顔でじっと見ました。何か言おうと口を開きますが、何か考え込んでしまいます。

 まだどっか悪いのか?

 六波羅は以世の言葉に苦笑しますと以世の頭をなでる素振りをしながら言いました。

「…なに、大事ない。心配をかけたな以世」

 そういえばごくごく自然に撫でられている以世ですが、もしかして子供扱いされてますか?

「何を今更、以世は奴の孫のようなものだぞ」

 その一言を聞いて以世はこんにゃろと思いましたが、一緒に聞いていたモモは笑います。

「ひどい祖父さんだな」

 そこまでひどいこともない気がしますが…。そういえば、六波羅が毒を盛られていたというのは、その、結局どういうことだったんですか? 食べていたのは妖怪だったのに…。あいつらは毒持ちの妖怪だったんでさすか? 以世が尋ねますと、モモはちらりと六波羅をみやります。

「言ってもかまわぬぞ」

 六波羅がそういうのをきくと、モモは軽く息をついて畳みきったブルーシートを小脇に抱えました。

「そういうのは自分で説明しろ…と言いたいが、その様子じゃ説明する気はさらさらないな」

「専門家がいるというのにわざわざ奴が説明する必要はあるまい?」

「困った爺さんだ」

 モモはリビングのほうから飛んできて肩にとまったカラスに「捨ててくれ」と頼んでブルーシートを託しました。開けた窓からブルーシートをくわえてえっちらおっちら飛んでいくカラスを見ながら、以世は今日は燃やせないゴミの日だったかしらと首をかしげました。

「まあ要するに」

 モモは窓の桟に腰掛けるように寄りかかります。

「誰かが六波羅が出てくる妖怪を食べることを見越して効くような毒を忍ばせたってことかな」

 モモさんが六波羅様の伝説を知っているなら七の家の関係者がそれを知っていてもおかしくありませんね。そういえば六波羅は最初妖怪を倒したときからなんだかおかしいっていってましたね。味が変だったんですか?

「…妙には妙だったが」

 六波羅には珍しく歯切れの悪い物言いです。

「…昨日の場所にいたあれ、あれは普通の妖怪じゃないのはわかってるな六波羅」

 モモの言葉に以世は驚いてしまいました。

「…うむ」

 妖怪ってあんなもんじゃないのですか? 以世は六波羅とモモに尋ねます。

「君は他の妖怪見たこと無いのかい?」

 ありますよ、と以世は言いました。足っぽいのとか、腕っぽいのとか、肉っぽいのとか、鼻っぽいのとか、半魚人みたいのとか、植物もいましたね。

「なるほどね、あんなのしか見たことないわけか・・・。仕方ないか、この辺は駅向こうの人が張り切っちゃってるから妖怪どころか幽霊からも土地評判悪いから…」

 駅向こうの人?

「いや、気にしなくていいよ。六大呪家には全く関係のない話だから。そうだな・・・以世くん、人体がモチーフの妖怪が多すぎるとは思わないかい?」

 そういうものなのかと思っていましたが…。以世が戸惑うのを見てモモは苦笑しました。

「本当にあんなのばかりだったら石燕が泣くぞ」

 せきえん? 聞いたことのない言葉ですね。

「お前達」

 モモがそういうとわらわらと四匹の動物が集まってきました。

「たとえばこれ」

 モモは首に黒い金属の輪をつけた猫を指しました。

「これは五徳猫という。火を噴く猫の妖怪だ」

 しゃべるやつだ、と以世は思いました。猫は短く鳴くと尻尾の一本を床にべしりと叩きつけます。何アピール?

 モモは次々と動物たちを紹介してくれます。

「これは鉄鼠、こっちは妖狐、えーと」

 しかしうさぎの番になったとたん困ったように言葉を詰まらせました。

「…これはうさぎ」

 えっ。以世とうさぎはモモの言葉に驚きを隠せません。これただのうさぎとは思えませんよ!?

「おかえり、ありがとう」

 モモはそんな以世の訴えなど歯牙にもかけず窓から帰ってきたカラスに手を向けると、カラスはモモの手を止まり木代わりにして羽を休めます。

「これはヤタガラス。偉くないけどな。ほら、足一本隠れてるだろ?」

 確かにカラスには三本足がありました。それにもぎょっとしましたが、以世は思います。うさぎは…?

「妖怪っていったら鬼太郎とかああいうのの方がどちらかというと正しいんだ。君たちが退治している奴らは少し・・・なんというんだろうな。ぬっぺっぽうだか手長足長だかとかこじつければ似てないことはないが、そればかりが集まっているとなると少し変に思える」

 モモは顔を曇らせます。

「確かに妖怪は同じ種族で群れを作るやつらもいるが、あんなやつらが集まっていたら他の妖怪たちのうわさになってもいいはずだ。でもそれもない。対峙してみて思ったが、動きも妖怪にしては鈍すぎる。個々に喋ってもいいのに口すらない。…少し不自然すぎるんだよ」

 以世はモモの言葉を聞いてはてと首をかしげました。妖怪について詳しいんですね。でも口にしたのは別のことです。しゃべりましたよ、妖怪。

 以世のその一言にモモと六波羅はぴたりと動きを止めました。

「…しゃべった?」

 何を言ったのか、ちょっと聞き取りづらかったですが。確か…変なことを…。

「…まあ妖怪ならば喋りもする」

 六波羅がそういうとモモは六波羅を馬鹿にしたように鼻で笑いました。

「ペットじゃないんだぞ」

「何を言い出すのだ」

「以世くん」

 モモはカラスを手からおろします。ニヒルな笑顔です。

「六波羅が邪魔なら家紋を外せば問題ないよ」

 やっぱり学校にいくときははずした方がいいかもしれませんね。うるさいですから。そんなことをいうモモのことを、六波羅は気に食わないといった風にじっとりとねめつけました。

「あと一つ」

 以世の足元に狐がやってきます。心配そうな顔で以世を見上げて、しっぽをふさりと揺らしました。

「君は情報がたりてない。知りたいことがあるのなら、自分で調べてみるのも手だ。そいつがいると邪魔されるかもしれないけどな」

 モモは肩をすくめていうと、窓から襖へ移動しました。あの、俺色々知りたいことがあったからついてきたんですけど…。

「ごめんな、気が変わった。自分で調べてくれ。探せばでてくるはずだ」

 和室の外へ出て行ったモモはすぐに戻って来ました。はい、とモモから洗濯された服を受け取って、以世は洗濯の早さに感心します。

 …言いたいこともありますが、六波羅を治してもらえただけで十分ですね。贅沢言ってはいけません。以世はモモにお礼を言うと、何か自分にできるお返しを考えました。…特に…思いつきませんね…。

「君は律儀だな。いいさ、こちらとしても打算ありの行動だしね」

 モモはお礼に悩む以世を笑い飛ばして不穏なことをいいました。

「でもどうしても何かしたいなら…そうだな」

 モモは少し考えるように視線を上にやると、すぐに人差し指を口元にやってウインクします。

「俺のことは内密に、な」



 ぼふっ。

 やっとのことで以世は家に帰ってきました。自分の部屋の昨夜から敷いたままの布団に飛び込むと、大きなため息をつきます。モモの家は飴城駅前と意外と近所でしたので、割とすんなり帰ってこれました。待ってる間はかなりの時間がたったように思えましたが、以世が家に帰ってきたのはお昼少し前くらいでした。

 帰ってきたとき祖母は普通に迎えてくれましたが、最近以世が六波羅様のお務めが疎かになっていることが心配みたいです。そんなに心配しなくとも六波羅様は適当だから大丈夫とつたえたいものですが…。壱世は留守で助かりましたね。

 少し部屋でのんびりして、はたと思い出しました。そういえば、御室に連絡するのを忘れていました。ケータイを見てみますと、昨日見たまま着信は一件だけでした。充電ピンチなので充電器に刺しておきましょう。

 …心配されてませんね、以世。とりあえず電話、かけましょうか。ケータイからだと高くつきますから、家電からかけることにします。二三度コールして、電話が繋がりました。

「何か用」

 思ってもいなかった電話先の冷たい声に、以世は一瞬のどが詰まってしまいました。ま、まあ、家の六波羅家の電話番号は知らないでしょうし誰だかわからないのも仕方がないっちゃ仕方がないのですが・・・。

「何、誰」

 あ、あの、以世です。六波羅…。確かに御室の声のはずですが、別人のようです。答えた後しばらく電話先は無言でしたが、次に聞こえたのは感心したようなため息でした。

「生きてたのー」

 死んだと思ってたんですか!? 以世は少々衝撃を受けました。

「だって戻ったら林燃えてるし、妖怪残ってたし、血だらけだし、道路抉れてるし連絡とれないし、あー死んだかーと」

 着信一回とか諦めるのが早すぎですから! もっとねばって!

「まあ、無事でよかったよ。何? 家電? 元気?」

 げ、元気ですが…なんか酷く微妙な気持ちですね…。そういえば、主計と錦は大丈夫だったんですか?

「あーうん、どうにかなったみたいだよ」

 心配をかけてしまってすみません。他の二人にも連絡をしておきますね。

「いや、僕から伝えておくから、君は休んどきなよー」

 でもという以世に御室はいいからいいからと軽く笑いました。

「お疲れ様。助かったよ。昨日どうしてたの?」

 御室にそうきかれて、以世はモモとの約束を思い出しました。内密…。

 …ひ、ヒーローがでまして…。声がひきつってるのが自分でもわかる以世でした。

「なにそれー。六波羅具合悪かったの関係ある? というか、六波羅生きてる?」

 だめそうでしたけど、もう大丈夫です。以世がそういうと御室は「へえ!」とおかしそうに笑ってから興味深そうにいいました。

「何があったの?」

 それは…その、困りましたね。うまく答えられません。何しろ内密ですからね!

「適当に誤魔化しておけばよいだろう、電話なのだし」

 六波羅は面倒くさそうです。まあ、色々あったんですと御室に説明すると、意外にもああそうと流してくれました。

 また何かあったら連絡します。そう言って以世は電話を切ります。…意外と追求されませんでしたね。

「…そうだな」

 六波羅はそういって黙り込みました。やっぱりまだ具合が悪いんじゃ…。以世が心配しますと、六波羅低くうむと頷きます。

「少し寝る。用があったら起こしてくれ」

 六波羅はすうっと姿を消しました。

 以世は暇になってしまいました。まだ日も高いですがもう外にでる気はしません。壱世もいませんから、リビングのパソコンで何かしましょうか…。一つしかないので使うときが重なると壱世と戦争ですからね。

 以世はモモの言葉を思い出します。情報が足りてない。自分に今できることはたかが知れているのです。手の届くところから少しずつ、調べていけたらと以世は思いました。

 …今度モモのところへ六波羅やモモの使うような術を教えてもらいましょうか…。

 リビングでネットサーフィンを始めます。

 迷惑メールばかりのメーラーをチェックして、ニュースを斜め読みして、よく行くサイトをチェックして、一通りやることが済んでからぼんやり考えます。昨日主計や錦は怪我とかしなかったでしょうかね。特に主計は家での扱いがひどいですから怪我したらちゃんと病院に連れて行ってもらえたりしてるんでしょうか。

 …そういえば病院持ってましたねあの家。主馬は社長さんだって言ってましたし…。そもそも死亡届とか、大きな家なのは確かですがあの家は主計に優しくなさすぎます。一体どういう家なのでしょう。以世はぱちぱちとキーボードを叩きました。

 …一寸木、検索。ぱっといくつもの検索結果がでてきました。

 会社の社長、理事長、弁護士から政治家まで、えらく絢爛な肩書きの人の名前がずらりとヒットしています。全国的に有名な名家のようですね。子会社も沢山持っているようで…うん? 以世は子会社の一覧の中で、見覚えのある名前を見つけました。これって…。

 席を立って祖母を探しますがいません。

 食卓の上に書き置きがありました。どうやらでかけてしまったようです。聞きたいことがあったのですが、仕方がありませんね。

 検索結果の続きを見てみましょう。以世は再びパソコンに向かいました。

 …なんだか見たところ評価がいいものばかりですが、もう少し深いところに潜るとなにやら黒い噂がちらほらと出てきました。

 …一寸木の家は憑き物筋らしい。憑き物筋…? 家神のいる家のことでしょうか。これは問題ないですね。というか一の姫がでますからね。

 …一寸木のえらい人のところからは金が不自然に消えるらしい。…脱税? ニュースにはならないんでしょうか。

 一寸木さんの不倫の話…一寸木さんのスキャンダルもろもろ…一寸木さんの功績…いろいろ書いてありますが、色々ありすぎてなんだか信憑性がないように思えます。

 リンクを辿っていきますと、一つ花事前病院のことが書いてあるサイトにたどり着きました。どうやら怖い話をまとめたサイトみたいですね。どれどれ。

 一つ花事前病院は戦前からある由緒正しい病院であるが、だからこそ怖い話がたくさんある、と言うようなことが書いてあります。

 …いわく夜、院内を歩くと人の物とは思えないうめき声が聞こえる。

 …いわく壁の奥からすすり泣く声が聞こえる。

 …いわく院内の職員の顔が行くたびに違う。

 …いわく入院患者が消える。

 以世はふと病院を案内してくれたおばあちゃんを思い出しました。また来てね、と言ってくれたおばあちゃんです。

 なんでしょう、言い知れぬ不安が以世をかきたてます。

 あとで慈善病院へ行っておばあちゃんに会ってきましょうか…。

 怖い話かあ、と以世は呟いてため息をつきました。

 そういえば、モモが語ってくれた六波羅の伝説も少しホラー入ってた気がします。よく考えると自分の家のこと何も知りませんし、何かヒットしないかと以世は検索をかけてみることにしました。

 ろ、く、は、ら。

 大量にヒットしました。ですが殆ど同じ事が書いてあります。六波羅探題、六波羅蜜寺…。歴史関係ばかりです。以世はですよねーと一人頷きました。

 おや、何か動画がヒットしたようです。そこには六波羅家とはっきり書いてありました。以世はそれに飛びつきました。もしかしたら六波羅家の秘密について調べた人がいたりいなかったりするかもしれません。

 動画の再生ボタンをクリックしてしばらくして、以世は首を傾げました。どうやらこれは以世の家のことではなくとあるゲームのプレイ動画のようでした。再生数がもの凄いことになっていまして、画面には驚きと笑いと賞賛のコメントが流れていきます。初代で朱点を倒す、俺のしかばね…? どこかで聞いたフレーズですねえ。ですが本当に以世には関係無さそうです。閉じましょうか…。

 あとパソコンで何か調べられることはないかと考えていますと、廊下から足音がします。

「ただいま以世」

 祖母が買い物から帰ってきました。以世はお帰りと返します。

「遅くなっちゃったわね」

 時計をみるともうお昼をすぎていました。確かにお昼ご飯の買いだしには少し遅くなってしまった感じがしますね。

 言ってくれれば荷物持ちに行ったのに…。以世はパソコンの前から離れていいました。

「そう? でも帰ってきたばかりだったから」

 祖母は嬉しそうにくすくす笑いながら、以世に重そうな買い物袋を渡しました。キャベツが一玉入っているようです。結構重いですね。

 俺作ろうか? 以世が言いますと祖母は一際嬉しそうに微笑みます。

「あら…大丈夫かしら」

 以世の料理の腕は人並みですから絶対祖母のご飯の方が美味しいのですが、以世はなんとなく祖母の手伝いを申し出ました。まあ、その方が話をしやすいからなのですけれど。

「じゃあ一緒に作りましょうか。久しぶりね、こういうのは」

 祖母は本当に嬉しそうです。お昼はうどんにする予定だそうでした。二人で作る必要もないでは…という己の心の声は黙殺しました。ところでキャベツは?

「夜にロールキャベツを作ってみようかと思って」

 初挑戦ですね。おいしくできますよきっと。二人分の材料を以世の持つ袋から取り出した祖母を見て、以世は首を傾げます。壱世の分は?

 祖母はうふふとひどく楽しそうにいいます。

「壱世はね、今日お弁当持ってお出かけよ」

 珍しいですね、壱世が祖母に休日お弁当つくって貰うなんて。冷蔵庫に食材をしまった後、うどんに乗せるために取り出した乾燥ワカメをつまみ食いしながら以世は言います。ですが祖母はもっとによによして言いました。

「それが違うのよ。壱世がね、お弁当作ったのよ。それも二人分」

 以世は驚きすぎて手にしていた乾燥ワカメを袋ごと水を張ったボールに落としてしまいました。

「あらいけない」

 あわてて二人で乾燥ワカメの袋をボールから救出すると、袋に水が入っていないことを確認してほっと一息つきました。食べる分だけワカメを水に戻さないと大変なことになりますからね。以世はきちんと少量だけワカメを水に戻しました。

 …それにしても、壱世って料理は苦手じゃ…ありませんでしたけど、お弁当作るようなタマでしたっけ…。どちらかというと、先輩後輩の女子生徒からお弁当をわんさか貰ってそうなイメージなんですが…。

 壱世の通っている学校はここら辺でも有名な進学校の県立司馬女子高校です。シックなデザインと長いスカートの制服がトレードマークです。お嬢様学校と巷では噂されていますが、その実中身は奇人変人のデパートだと以世は聞かされていました。まあ以世は壱世が通ってる時点で司馬女子がお淑やかなお嬢様学校なんて都市伝説みたいなものなんだろうなと思っていたのですが。

 壱世って無駄に男前ですから、中学のころから男子ではなく無駄に女子にモテていたのです。以世よりもバレンタインのチョコ貰ってたくらいですからね。コンチクショウ。

 ですが、その壱世が、自分で、お弁当を、しかも二人分? 祖母に手伝ってもらって?

 …それって、二人とも結構早起きだったのではと以世は内心冷や汗をかきました。もしかして外泊ばれてるんじゃ…。

 祖母はそんな以世の心を知らずにまたうふふと笑いました。

「以千代が学生の頃を思い出すわねぇ」

 ぽわーんとお湯を沸かす祖母の周りに花が飛んでいます。以世はわけがわからないという風にその花を眺めながら、なんで? と尋ねました。

「以千代もね、弥生さんと仲良くなってしばらくしてからね、弥生さんに自分でお弁当を作って持っていくんだーって言ってきかなかったことがあるのよ。あの子、不器用で本当に家事が苦手だったのにね…」

 …ということは、なんというか、その、今日は、壱世は、その…。

「デートねっ! 彼氏ね!」

 きゃーっと嬉しそうな声を上げる祖母と対照的に、以世はたらりと汗をたらしました。

 …あの壱世が本当に誰かを好きになるなんて…。以世はガタブル肩を震わせました。壱世、かなり強気で自信家ですからね…。相手が心配だ…。

「ねぇ以世、以世はその…どうなの?」

 わくわくしながらうどんをゆでる祖母の顔がひどく心にちくちくと刺さる心地がしました。以世にはそういう浮ついた話はありません。ええ、全く、全然。悲しくなるくらいに。

 以世は、あーとかうーとか唸りながら祖母が用意した野菜を洗って適当な大きさに切り始めます。

 その、友達と仲良くやってるので、今はそういうのはいいのです。以世が祖母にそういうと、祖母は「あらー、いいわねー」と本当にうらやましそうに言いました。

「学生のときにできた友達は一生ものっていうわ。よかったら、今度うちに呼んでご飯でもご馳走しましょうか!」

 機会があったらそうしましょう。以世は祖母にそういいます。祖母も、きっと主計を気に入るに違いありません。何しろ主計は歳に似合わず礼儀正しいですし、しっかりしていますからね。

 さあ、手軽に濃縮つゆでスープをどうにかして、野菜をゆでたりなんだりしてうどんが完成です。二人でいただきます、と唱えてからぞるぞるうどんを食べ始めてから以世は「あ」と思い出しました。聞きたいことがあったから手伝いを申し出たんでした。

 ねえと祖母に声をかけると、祖母は「あちあち」と口元を抑えたところでした。大丈夫? と聞くと祖母は素早く何回もこくこくと無言でうなずきました。あんまり大丈夫じゃなさそうです。

「ど、どうしたの?」

 大したことではないのですがと以世は続けます。裏山を売ったのって、どこの会社でしたっけ。

 祖母は突然の質問にきょとんとした表情をしましたが、やがて首をかしげて言いました。

「一之江不動産さんよ。…それが、どうかしたの?」

 一之江不動産。先ほどネットで見た一寸木の子会社の名前と同じです。

 ついでに思い出しましたがそういえば前に主計が使っていたタオルに印刷してあったような気もします。なにやらどんどん主計が不憫に思えてきて仕方がありませんでした。

 以世は祖母に大したことではないのですとそれだけいうとうどんをすすり上げました。

 熱さで口の中に大ダメージを受けたのは秘密です。


2014.10.20 工事完了

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