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籠目の星へ願う  作者: きぬがわ
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六波羅様と出会った日

 飴城高校に通う六波羅以世は一年生の男の子です。名前が厨っぽいのが少し気になっています。ごくごく普通の高校生の以世でしたが、一つだけ人と違うところがありました。以世には幽霊のようなものが見えたのです。

 以世はその日、家にある部屋の一つで立ち尽くしていました。何故なら目の前にいきなり坊主のような格好をした頭が坊主じゃない男が現れたからです。足元が透けているので多分幽霊に類するものでしょう。

 しばらく無言で見つめ合っていた二人でしたが、先に動いたのは以世でした。おもむろに坊主もどきに背を向けると、ゆっくり部屋を出て勢いよく襖を閉めます。スパァン! いい音がしました。

「それは奴に対してあんまりではないか!!」

 坊主のようなものは閉じた襖をすり抜けて以世に迫ってきます。こういうのは無視するに限ります。全くいつも家には変なもの(幽霊とか幽霊とか文字通り表現しづらい変なもののことです)は入ってこられなかったのに一体どうなっているのでしょう。というか一人称ヤツガレってお前。

「奴を呼んだのは以世の方であろう」

 こいつ何故以世の名前を知っているのでしょう。いやな顔をして睨みつけると、坊主のようなものは宙を歩いて以世の方に移動しながら名乗りました。

「奴の名は六波羅。この六波羅家の、まあ、守り神だな。がーでぃあんというやつだ」

 確かに以世がいた部屋は家神の六波羅様を祀っている部屋でした。

 今の六波羅家当主は以世ですから、当主としてのおつとめ、朝の神事を終えたばかりだったのです。と言っても以世に詳しい作法を教える前に両親も祖父も亡くなってしまいましたから、かなりいびつな神事ともいえない出来になっているでしょう。その直後に現れた自称六波羅様。なんかやなかんじです。

「信じておらぬな以世よ。以吉、以吉はおらんのか?」

 祖父は死にました。正確には以世が小さい頃に行方不明になったまま戻らないのですが、もう死んだものと考えた方がいいでしょう。葬式も終わっています。

「死んだ? 以吉が?」

 以世達の面倒を見てくれている祖母が嫌がるので位牌は飾っていません。

 六波羅様のお部屋は仏壇も兼ねているようで、亡くなった家族の位牌が並んでいます。六波羅様がどういう宗教の神様であるとかは以世は考えたことがありませんでしたが、まあこういうものなのでしょう。位牌を改めて眺めながら六波羅様は息をつきました。

「そうか。弥生、以千代と続き以吉も逝ったか」

 ずらりとならんだ位牌。以世の知らない親戚の名の方が多いですが、中には以世の父や母の名前もありました。この坊主もどきは以世の両親の名前を知っているのですね。

「では今のところ六波羅の血を引くのはお前達二人で最後か」

 祖母日見子はお嫁さんですから、確かに六波羅家の血を受け継ぐ人間は以世と双子の壱世しかいません。ちなみにいせといよです。お伊勢さんと伊予柑のようです。

 親戚の血筋も事故で絶えてしまいましたし、六波羅家は絶える寸前でした。

「これはまたぎりぎりではないか。少し寝坊したか」

 一生寝てろ。

 少し話してみるとふざけてはいますが悪いものではなさそうです。ですが面倒くさいものには変わりありませんから以世は六波羅を無視することに決めました。

「以世よ、我が家の紋は知っているな?」

 家紋のことでしょうか。無視すると決めましたが以世は思わず六波羅様の祭壇を見ました。

 祭壇の中央には六波羅の家紋であり六波羅様の紋章であるマークが祀られています。中央にスペースのある二重丸、その中に六芒星、更にそのに真ん中に三つ巴が描かれたなんとも和洋折衷に思えるシンボルでした。

「あれこそ我が紋、あの紋のあるところに奴はいつでも現れることができる。つまりは召喚陣だ、びぎなーさもなー以世よ」

 そこはかとなく腹の立つ響きですね。以世は腹立ちついでに吐き出しました。

 ならば今まで何故毎朝お参りをしても出てこなかったのでしょう。ならば何故大変なときに助けてはくれなかったのでしょう。家の守り神なのに。

「奴とて万能ではない。我らは眠りと覚醒の周期があるのだ。寝ているときは反応できぬ」

 もっともらしいことを言われてしまいました。確かに無理に寝言で返されても困りますので寝ているときは起きるまで寝かせておくのがいいのかもしれません。ですが以世はなんとなく腑に落ちませんでした。

 ふと以世は気が付きます。我ら、ということはもしかして…?

 言葉の途中で八時の鐘がなりました。やばいです、急がなければ以世は学校に遅刻してしまいます。

 壱世も家を出るなら一声かけてくれれば良かったのに! 以世はそんなことをわめきながら家の中を走ります。家を出る際坊主もどきは以世に声をかけてきましたが、以世はそんなのは無視して学校へ急ぎました。

 家の伝統であんなことをしていますが、以世はオカルトじみたことが大嫌いです。何故ってそういうことに関わっていい目にあったことがありませんでしたから。帰ってまだいても絶対無視しようと以世は改めて心に決めるのでした。いない方が更にいいんですがね。

 なんとか学校に間に合った以世は普通に授業を受け、普通にお昼ご飯を食べようといつものお昼スポットの屋上に向かいました。意外と穴場なここでご飯を食べるのは以世の他には一人だけでした。

「ああ、きたのか」

 待っていたのは友達の主計です。高校生の割に落ち着いた雰囲気を持ったしっかり者です。身長は標準的な以世より少し高いくらいなので、まあ標準ぐらいでしょう。

 以世は周りに変なもの(それはもう表現しがたい変なもの)がいないことを確認して座りました。

「以世、何かついてる」

 え? どこに…問う前に肩の上へでこぴん一発。小さな動物のような悲鳴と共に肩が少し軽くなりました。

「気をつけろよ」

 以世は頷きました。主計は以世の初めて出会った見える友達です。幽霊や、幽霊ではない変なものを追い払う方法も詳しくとても頼りになります。

 主計は一体どこで変なものの追払い方を習うのでしょう。以世が本で調べたものは効かないものの方が多いのに。そう聞くと主計は苦笑しながら答えました。

「家で教わった。あとは、以世は追い払うタイプじゃないからあんまり効かないんだと思う」

 タイプも何もさっぱりです。

 そうだ、今朝の六波羅様のことを主計に相談してみましょう。

「…六波羅様が?」

 以世が話すと主計はしばらく考えていましたが、やがて心此処にあらずといった風に答えました。

「それは悪いものじゃないから仲良くしておいた方がいいと思う」

 会ったこともないのに断言とは大した自信です。

 そのまましばらく以世と主計は他愛のないお話ししていましたが、主計はいつもと比べると心なしかしょんぼりして見えました。

「じゃあ、俺は行くよ」

 もう行ってしまうのですか? まだ授業には時間がありますけれど。以世がそういうと主計は困ったように笑って言いました。

「ちょっと用事があって。ごめんな」

 いいえ、用事があるのなら仕方がありません。以世は食べかけのお弁当を見下ろしました。一人でご飯を食べるのは味気ないですからね。

「じゃあまた明日、ここで」

 ええ、ここで。以世は主計の後姿を見送ってから、お米の上に乗っていた梅干しを口に放りこみました。

「あれは一寸木の者か?」

 ぎゃあ!!

 いきなり背後から聞こえた声に以世は肝を冷やした上に梅干の種を飲んでしまうところでした。慌てて振り返ると、腕を組んで不思議そうな顔で首を傾げている自称六波羅様の姿があります。なんでいるんだこいつ、背後霊か?!

「がーでぃあんと言ったであろう」

 そうは言ってはいましたが…。以世ははたと思いました。まさか朝からこっそり以世についてきていたのでは…?

「以世、忘れているな。そのけーたいについているものを見てみろ」

 ケータイ? 以世は慌てて旧式の分厚いガラケーを取り出します。傷だらけのそれにくっついているのは、祖父の形見でした。家紋の根付けです。以世は今朝の六波羅みたいなものの言葉を思い出しました。ビギナーサモナー…。

「それは以吉が当主だったときに奴を呼ぶのに使っていたものだ。懐かしいな!  よく共にめいど喫茶にいったものよ!」

 祖父はサブカルが好きでしたからね。それにしても肌身はなさず持っているようにと言われた品がこんなマジックアイテムだったなんて…。

「ちなみに根付けでなくともよい。描いてあればよいのだ」

 そう言ってから六波羅様のようなものはしげしげと以世のケータイを眺めながら言いました。

「それにしてもけーたいも随分画面が大きくなったものよな」

 これはどちらかというと旧式です。世間のガラケーはもっと薄いですし、世の中の主流はスマホですよスマホ。以世が説明してやると、六波羅さまもどきは感心したように頷きました。

「ほう、買い替えはせぬのか?」

 そんなもん買い換える金があったら祖母に楽してもらえる何かを買います。以世の即答ぶりに六波羅(面倒なので以世は六波羅と呼ぶことにしました)は無念そうにかぶりを振りました。

「…我が六の家も没落したものよ」

 うるさい! 以世はぷりぷり怒ります。失礼な自称神様です。

 以世は更に言います。祖母だって家の裏山売ったり働いてくれたりなんだりですごく頑張ってくれてるのです。以世も高校生になってバイトとか始めようと思ってたのにバイトが忙しくて六波羅様のおつとめが蔑ろになってしまうかもしれないからだめって…。

「待て、今何といった?」

 お前のせいでバイトできないっていった! そう言うと六波羅は首を振って否定しました。

「そこではない。裏山を売った?」

 そうだよ! 双子は金がかかるんだよ!! 以世は割とやけっぱちです。

「それはまずい。以世、まだ山は手付かずか?」

 眉間に皺を寄せる六波羅に以世は答えました。崩してマンションを建てるのに色々計画中ときいています。今は関係者以外立ち入り禁止でしょう。

「では以世、今日は奴を裏山に連れて行け」

 話聞いてなかったのでしょうかこの生臭。

「崩される前に回収せねばならぬものがあるのだ」

 問いつめても六波羅はそれ以上語りません。時間を気にしていなかった以世はお弁当を食べきらないうちに昼休みが終わってしまい、思い切り次の授業に遅刻をしたのでした。

 その日の放課後、家で着替えてから以世は裏山に向かいました。何故六波羅の言うことをきいてやっているのか自分でもよくわかりません。どちらかというと反抗してやろうかしらと思っているのですが、なんとなく六波羅には有無を言わさぬ雰囲気があるのでした。以世は子分体質なのでしょうかね。

「その昔この山には六波羅の分家である六車が奴を祀る社を建てたのだが…」

 小さい頃祖父と遊んだ小屋みたいなのでしょうか…。

 以世は六波羅の案内で山を歩いてぽつぽつ会話をしながら、六波羅へとある疑問をぶつけようか否か悩んでいました。

「なんだ、奴がカズエとかいう以世の友人の苗字がわかったのがそんなに不思議か?」

 わかってんならさっさと答えろよ! 以世はどんぴしゃで疑問を当てられてしまい、もしかして自分ってわかりやすいのだろうかと自問しました。

 そう、彼の名前は一寸木主計。ちょっとぎかずえです。名前も苗字も珍しいし小学校低学年で習う字なのに読めない名前です。

「なに、簡単なこと。あれの胸には名札がついてあっただろう。あれでな」

 非常に単純な事情で以世は脱力しました。それなら以世でもわかります。何か神様パワーでも使ったのかと思っていましたから少し残念な気もしました。いや、別に期待なんてしてないしとふるふる首を振ってから、以世は一の家ってなんだよと六波羅に尋ねます。

「以世は六大呪家を知らぬのか?」

 ろくだいじゅけ? 何の話でしょう。

「知っていればあのような話はせぬか」

 六波羅は息をつくとどうしたもんかなとでもいうように腕を組みます。一体なんの話なのでしょう。知りたい気もしますが知ってしまったら厄介な気もします。どうしたものでしょう。以世も腕を組みたい気持ちです。

「おお、あったあった」

 そんなに長い時間登っていませんが、意外と立派なお社というかお堂というか、建築に詳しくない以世にはよくわかりませんでしたが、とりあえず何かしらの宗教が絡んでいそうなデザインの六畳ぐらいの小屋につきました。扉には鍵が掛かっているようです。

「そちらではない」

 六波羅は建物には目もくれず脇の小さな塚の方へ移動します。塚には何か文字が掘られていたようですが、風化してしまいもうなにも読めませんでした。

「六六三十六」

 九九? 六波羅が変なことを呟いた瞬間、塚を中心に水の波紋が広がったように見えました。なんだと思った瞬間、ぴちーっ! と塚の上に何かが勢いよく跳ね上がります。それはイキのいい、えーと、鯉…?

「六六鱗という。奴の可愛いぺっとよ!」

 鯉自慢されても以世にはどうしたらいいかわかりません。

 跳ね上がったそれは地面に叩きつけられるとおもいきや、まるで土が水だったみたいにとぅるんと地面に吸い込まれてしまいました。日の当たる場所を選んですいすいと地面を泳いでいます。どうなっているんでしょうこの鯉。山吹色の立派な鯉ですが…。そのうち鯉は深いところに潜ったように見えなくなりました。

「呼べばくる。いやあ、あれがなければ非常に困るところであった」

 何に使うつもりなんでしょう鯉なんて。食べるんでしょうか。以世は首を傾げました。

 六波羅はこの場にはもう用がないようで、見晴らしがいいところがあるからもっと登れと言います。なんだか反発したくもありますが暇ですからつきあってやることにします。

「以世よ、我が当主よ」

 道すがら六波羅は口を開きました。

「お前は六の家の当主だ。知らねばならぬことが山とある」

 以世はあまり知りたくありませんでしたが六波羅はかまわず続けます。

「我が六波羅家は六大呪家第六の要所を任された家だ」

 まずその六大なんとかがわかりません。以世が文句を言いますと六波羅は仕方がないと大仰にため息をついてから説明を始めました。なんだかむかつく以世でした。

「六大呪家とはこの地に陣を引くための要所を守る六つの家のことをいう。一の家一寸木、二の家二反田、三神、四郎丸、五十君、そして六波羅の家からなる」

 ちょっとぎ、にたんだ、みかみ、しろうまる、ごとき、うち。ちょっと字が想像できないのがありますね。じゃあ主計は…。

「一の家の者だろう。もとより六大呪家は足すと七になる数の家と事務的な縁がある。恐らく一の家は滅亡寸前の我が家に探りをいれていたのであろう」

 じゃあ、主計も一寸木さんちの当主で、その、六波羅みたいな神様みたいな変なのと一緒なのでしょうか。

「変なのとはなんだ変なのとは。…まあ、主計は一族のものというだけで当主は別にいるはずだな」

 主計は当主ではない。ほっとしたような残念なような以世ですが、もっと大事なことに気づきます。お前みたいなのがほかにもいるのか。

「ああ、あと六名」

 あと六人? 六波羅を入れて六人ですか? 以世は間違いかと思いました。

「いいや、奴をのぞき六名だな」

 六大呪家なのに全部で七人いるなんて変です。

 そこまで話したところで二人は高台に到着しました。開けたそこは木が生えておらず、ちょっとした崖の向こうには街の様子が一望できました。

 二人は街を見下ろします。六波羅が腕を伸ばして説明しました。

「足元に見えるのがお前の家だ。真っ直ぐ北へ目線を動かすと遠くに屋敷が見える。…二つある? もっと先、上の方に見えるのが一の家だ」

 一の家と言われた右の方に二の家、左の方に三と説明されます。足元にある以世の家、六波羅家の右の方に四、左の方に五と言われました。確かに六波羅の指すその場所には広い家が見えました。計算されたように、家は六角形の頂点になっています。見方によっては六芒星の頂点にもなりますね。不思議なものです。

「ちなみにこれはわざわざあの位置に家を建てたのであって自然にできたものではないぞ」

 えっ、と以世は驚いてしまいます。じゃあ、どうしてこんなことを?

「六つの家を繋いでみろ、中央にもう一つ家があるだろう」

 六つの家が作る六角形の真ん中に、大きな家が一つ確かにありました。

「我らはあの家の…あの家に眠るものの為に陣を引いている」

 以世は苦笑しながら言いました。何か封印でもしているのですかね。漫画とかアニメみたいに。それに対して六波羅は以世の予想外にうむと頷きました。

「封じているにはいるのだが、それでは言い方が生温いな」

 本当にしているのかと以世は驚いてしまいました。まじかと目が点になります。ですが生温いとはどういうことでしょう。

 六波羅はその問いに対してさらりと答えます。

「我らはあの家を呪っているのだ」

 あまりにも軽い口調で言われたため以世はファッと間抜けな返事をしてしまいました。今、なんと?

「かの家は七楽という。あの一族の寿命を削り、子を絶やし、一族を滅亡させるために我らは現世に留まっている。俺屍のように」

 以世には最後の一言の意味がよくわかりませんでしたが、それ以前に言ったことはとんでもないということはわかります。

 何故そんなことをせねばならないのでしょう。何故…?

「七楽はその昔この世を呪い自らを神と変えてこの地に引っ越してきてな。まあ七楽が目覚めると色々やばいわけだ。あれは大体我らと変わらぬ存在だから、当主が居なければ家を離れられぬしこの世に現れることもできぬ。だから当主を眠らせる呪いをかけ七楽の身動きを封じ、更に寿命を削る呪いと人の子をなせぬ呪いをかけた。俺屍のように」

 以世にはネタがわかりませんでしたが非常にうざい気がして六波羅にイラっとしました。ですが六波羅が語る話が軽いノリの割に重いような気がするのは気のせいではないことぐらいならわかりました。

 …物騒ですからあまり言いたくはないのですが、一族郎党皆殺しにしたほうが早いのではないでしょうか。以世が言うと六波羅はうむと唸ります。

「さっさと終わると思ったのだが七楽の一族は妖しの者と交わり寿命と子孫の問題をある程度解決してなあ…。鼠算のように増えて把握ができなくなった」

 六波羅はうっかりうっかりとばかりに己の頭をぺしりと叩いて見せましたが、以世はとても笑えませんでした。

「確かなことは、七楽の名を継ぐ者は常に当主一人。複数の分家の中から一番ふさわしい者が当主となり眠りにつき、死ぬまで目覚めぬ。当主が死んだら次の当主となるべき者が眠りにつき…ということを繰り返しているということだ」

 六波羅はけろりと続けます。

「よって、七の家の当主一人殺すだけでは解決せぬ。あの屋敷は基本世話役と眠る当主以外は無人だし、例え七楽に連なる者を全員割り出したとしても今の世の中で一族郎党皆殺しは現実的ではないしな。我らは長いいたちごっこを続けているのだ」

 六波羅は相変わらず脳天気な口調でした。なんでもないことみたいに言います。あんなこと割とどうでもよさそうに告白された以世は一体どうすればいいのでしょう。

 寿命を縮める。子供をつくることができない。そんな呪いを誰かにかけている。それのせいで死んでしまった人も沢山いるでしょう。自分の家も、自分も関係している。六波羅は軽い口調でしたがなんだか嘘をついているようには見えませんでした。以世は六角形を見下ろして思います。そんなことは知りたくありませんでした。

 以世は恐ろしくなってしまいます。六大呪家のことはもちろんのこと、いつの間にか隣で以世と一緒に六波羅の話を聞いていた半透明のお兄さんのこともです。そのお兄さんは白と水色のストライプの寝巻を着ていました。なんでしょうこの人いつからいたのでしょうなんで「何の話?」とかのんびり以世に聞いてくるのでしょう。誰なのこの人!!

 以世が戦慄していますと、六波羅はやっと闖入者に気が付いたようでした。

「うん? 聞き手が増えたか?」

「あとから来たのはお二人の方ですよ」

「ほう、それは気付かなんだ」

 なんで六波羅はお兄さんと普通に会話してるんでしょう。以世はだらだら冷や汗を流します。幽霊とかかわるとろくな目にあいませんから。あ、よく考えたら六波羅とお兄さんは透けてて浮いているので親近感があるのでしょうか。だから世間話ができるんですかね。現実逃避はこのぐらいにしておいてどうやってこの場から逃げるか以世は改めて考え始めました。

「所で主はここで何を?」

 せっかく逃げる算段を立て始めたのにあっちで会話弾んでる!! 会話はずんじゃってます! どうしましょうこれ! 以世はちょっぴり泣きたくなりました。

「なんでしょうね、こう、誰かが僕を待っている気がするんですけど、誰がとかどこでとか覚えてなくって」

 えへへと頬をかくお兄さんは、町を見下ろしました。

「誰、だろうなあ」

 なんだかひどく寂しそうです。死んだときにショックで色々忘れてしまったのでしょう。以世は見ていると気の毒になってきました。どうにかなればいいのですけれど、以世にはどうにかできるような特殊能力はありません。思い出せるといいですね、なんて他人事なコメントしか送れそうにありません。

「では待ち人の所へ送ってやろうではないか、以世」

 六波羅はなにを言っているんでしょうねぇ。以世は口元がひきつりました。そんな器用なこと以世にはできません。いや、できたとしても一体どこへ送るというのでしょう。

「いや、できるさ。六六鱗、おるな?」

 ぱしゃり。六波羅の一言に反応したように日の当たる乾いた地面で水音がしました。足元の日向では鯉が泳いでいます。

「よいかな、青年」

 お兄さんはきょとんとしていましたが、おっとりと微笑んで言いました。

「じゃあ、お願いします」

「以世、奴の言葉を復唱するように」

 どうして六波羅は人の話を聞かないのでしょうか。…ああもう! なに?! なんて言えばいいんだ!? 折れた以世はやけっぱち気味で叫びました。

「せーの」

 六六転じて九九となれ!

 六波羅に言われた通りの言葉を叫びますと、突然ぴちー! っと鯉は言葉に釣られるように跳ね上がりました。かと思いますと鯉に後光が差します。みるみる鯉のシルエットが膨れ上がると、鯉は咆哮する龍に変わりました。

 な、な、なっ。以世が絶句していると、お兄さんからは「すごいねー」とぼけた感想が聞こえてきました。すごいねで済むような状況ではないような気がする以世です。なにこれ。

「知らぬか? 九九鱗だ」

 なにそれ。

「要するにどらごんだ。いやあ、少し見ぬ間に大きくなったのではないか?」

 六波羅が龍の鼻を撫でます。龍は嬉しそうです。お兄さんはお兄さんで酷く感心しています。それでいいのでしょうか?

 お兄さんは以世と六波羅にお礼をいうと、日本昔話よろしく龍に乗ってどこかへいってしまいます。これでいいの?? 本当にいいの???

 以世にはよくわからなくなってきました。いや、よくないんじゃないですかこれ。

 お兄さんは一体どこに連れて行かれてしまったのでしょう。以世はお兄さんが消えた空を指さして六波羅を見ます。うむと満足げに頷かれました。以世は六波羅が殴れたいいのにと思いました。

「これは終わりではない。すべての始まりなのだ」

 誤魔化してんじゃねーよ。

「このようにこいきんぐはぎゃらどすに」

 くたばれ!

「以世、六大呪家が恐ろしいか?」

 えらい誤魔化し方です!

「あまり気にするな。お前は悪くない」

 それも気になりますが今はお兄さんです。かむばーっく!!

「まあ、今の奴は七楽よりも今の世を楽しむためにここにいるのだしな! 以世、奴が気にしていないのだからお前が気に病むことはない!」

 ちょっとは気にしろこの人でなし!

「おお、よく言われるぞ」

 自慢することではありません!どうしてくれるのでしょうこの生臭坊主!

「誉めるな誉めるな」

 ほめてなーい!

「はっはっはっ」

 全く相手をしてくれませんでした。

 結局お兄さんが空に消えたまま家に帰ることになりました。一体なんだったのでしょう…。

 帰り際高台のはずれに掘り返された塚のようなものか見えました。工事には見えませんでしたが…。なんだっけあれ。何かあったような気がするのですが、以世には思い出せませんでした。思い出せないのなら大したことではないのでしょう。家に帰って、いつもの時間にお祈りです。

「さあ、好きなだけ拝むがいい」

 六波羅は六波羅様の祭壇で偉そうなポーズをとって言いました。やる気失せます。

「おお、日見子。年老いてなお、いや更に美しくなったな!」

 ご飯の時特に六波羅はうるさくてたまりません。

「こちらが壱世か。成長期だな。揉めば大きくなる!」

 やめろ。

「どうしたのよ以世、なんか変よ?」

 壱世は箸で以世をさして祖母に怒られました。なんでもねーよです。

「あっそ」

 以世と壱世は特別仲がいい訳ではありませんが、やはりいつも一緒でしたから少しの変化も気になるようです。祖母と壱世もこいつが見えたら…えらく賑やかになりそうですので見えなくてよかったかもしれません。

「二人とも、なかよくなさいね」

「はーい」

 はーい。二人にとって祖母は絶対でした。

 何しろ乳離れして程ない二人を殆ど一人で育て上げた、母よりも母親のような存在です。逆らえるわけがありませんでした。

「お前達の母の以千代は女子力が低かったからな。家事は父の弥生がやっていたぞ。母よりも母より父よりも母…いや、難しいな」

 さすが六波羅様、両親のことまで詳しいです。祖母のことについても詳しいみたいですしね。

 自分達は殆ど覚えていないのに六波羅が知っているのはなんだか不公平です。今度色々話して貰うことにしました。

 以世は食べ終わった皿を洗うと自分の部屋に引っ込みます。いつもは居間でテレビの流れですが六波羅がいると話しかけそうになってしまいますから。

 部屋に向かう途中、以世は妙なものに気がつきました。廊下の途中に小さな戸があるのです。

 その戸は廊下の壁の低いところ、正に足元の所になるべく壁に同化するように作ってあり、這い蹲らないと入れないくらい小さいです。こんなとこにこんなものあったかな。以世は屈んで小さな戸に手を伸ばしました。

 ですが唐突に六波羅が思い出したように声を出しました。

「以世、以世の部屋はやはり壱世と同じ部屋か?」

 そんなわけないです。以世は背筋を伸ばして六波羅を呆れた顔で見ました。

「そうか…奴CCさくらが読みたくてたまらないのだが以世の部屋にはないのか?」

 あるわけがない!

「では進撃とか…」

 漫画は基本立ち読みです。

「はあ、つまらぬ…」

 こいつ俗っぽいです。本当に神様なのでしょうか…。以世は六波羅が本物なのだったらと思いますと、全く徳が滲み出てこないことが少なからず残念でした。

 以世の部屋に戻ると、六波羅は「寝る」と家紋の根付けの中へ消えました。こう消えるものなんですね。

 以世は戸のことなどすっかり忘れてしまいました。それよりも考えるのは六波羅や六大呪家のことばかりです。

 あいつ明日もいるのかな。俺あいつを毎日拝まないといけないのかな。なんか嫌だな。主計も見えるんだから家でああいうのに振り回されてるのかな。ほかの家の当主ってどんな人かな…呪いかあ…。

 以世はその日、よく眠れませんでした。


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