始まり
地球歴二七九八年―
―あれから十年余か。
白い巨大なゴシック風の建物の中で身なりの良い年配の男が写真を手にし見下ろす。そこにはにかみ照れくさそうに笑んだ黒髪の少女と金髪の男、そして黒髪の女が微笑み映っていた。
男が悲しく表情を曇らせ窓から整った綺麗な庭をその先の街や遠くを見つめる。
「ラウス国王。そろそろお時間になります」
「わかった」
ラウスが写真立てを伏せ頭を下げる執事を振り向き窓から離れ部屋を出ると執事とともに歩いていく。そして、ラウスが歩くと給仕たちが通路の端へとよけ頭を下げる。いつまで続くのだろうか。ラウスがそう自分に対して頭を下げる者達の間をややいやいやと通りながら進むが。
「失礼いたします」
「ええ。ありが、あ」
老齢のメイドがそう声をだしごめんなさいねと少年へと告げ出ていくと少年がラウスを見る。ラウスが少年を見てふっと笑う。
「英明。来ていたか?」
「はい」
メイドが頭を下げ続け、英明がぺこりと頭を下げ微笑む。執事がやれやれとし、ラウスが話す。
「今日はどうした?」
「はい。頼まれていた物をお届けに参りました。大和桜の苗木です。許しは得ております」
「それは誰が?」
「申し訳ありません。内密になります。言えば怒られてしまいます」
―怒られる?
執事が疑問に思いつつ申し訳なく笑む。そしてラウスがうなずくと楽しく告げる。
「分かった。怒られるのは嫌だからな。私もそうだ」
「ふふ。はい。後、もし、よければラウス陛下に。イロハモミジの苗木を。室内観賞用の物ですのでよろしければどうぞ。お部屋の窓の近くに飾られて下さい。沢山の日を浴びれば浴びる程、12月に見事な赤に染まります」
執事がやれやれとし、ラウスが嬉しく笑みを浮かべああと英明へと返事を返した。その後先程の窓際にもみじがやれやれとする執事の手で置かれるがふと伏せられた写真立てを見て息を付、そっと邪魔にならない位置に伏せたままずらし、日光がよく当たる場所へと置きなおした後静かに部屋を去り扉を閉めた。
―うん。渡した。
「陛下にも」
『え…。え?よかったのか?』
「平気。以前も贈り物渡した事あったから。もちろん内密で」
英明が白いゴシック式の巨大な建物を背に歩きながら端末を耳に当て歩いていた。するも男のため息が響く。
『大丈夫か本当に』
「大丈夫。もし怒られるなら僕だけだよ。後、その。国政叔父さん。一輝叔父さんはまだ」
『まだ何も連絡が無いし、分からない』
英明が表情を曇らせ、そうと告げ、男の声が響く。
『あまり気に病むな。一樹が悪いんだからな。心配をさせた上に約束を破ったあいつがだ。あー、まあ、とにかく。御前は気にしないでいい。授業とか頑張れ。また一位だったんだろ?』
「えと、まあ…」
英明が照れくさそうに告げ、男が話す。
『凄いじゃないか。お坊ちゃんお嬢ちゃん達を抜いて一位だなんて』
「えと、ありがとう」
『どういたしまして。ただ、注意しとけよ。御前が通っている所もその国もだ。和国ならいいがそこは許されていない国なんだ。能力者をだ』
英明がうんとうなずき返事を返し、門番が立つ門をくぐり外へと出る。
『ああ。気を付けないと駄目だぞ。それからここの所スーベニアで多発しているんだろう?誘拐事件が。本当気をつけろよ』
そしてしばらく高い壁沿いの道を歩きバス停の前で止まりうんとうなずく。
「わかった。気を付けるよ」
『ああ』
「英明」
英明がはっとし後ろを振り向きあっと声を漏らすと後ろで微笑む男を見る。その傍に若い青年が一人いた。
『どうした?』
「あ、うん。御兄さん。叔父さんが連れてきた上司の人」
『分かった。もしかしたら知ってるんじゃないか?一樹のことだ』
「ええと。でも知らないって前からも聞いてたから……」
男がふふっと笑いバスが来るのを見ると英明がそれじゃと告げ端末を切るとおろおろとするが男がバスを指さし乗り込み、英明がそれを見て後に続き青年も乗り込んだ。そして共に席へと座り青年のみが立ちバスの手すりにつかまっていく。
「そのよかったですか。行先?こちらではないんでしょう?」
「ふふ。構わないよ。休暇中で散策していたからな。せっかく久し振りに会えたのなら話すのが優先だ」
男が英明の頭を撫でると英明がやや恥ずかしく顔を赤らめる。
「学校は楽しいか?」
「はい」
男がああと返事を返し手を離し膝に置くと英明がそわ付き男へと尋ねる。
「あの、本当何度も同じ質問で申し訳ないんですが…。叔父は」
「こちらも申し訳ない。分からない。あれからどうなったか。上がだまって話してくれないんだ」
英明がやや落ち込みそうですかと告げ、男がふっと笑う。
「死んだとは聞いていない。これは確かだ」
「はい」
「ああ。それと、中で何を?」
男が去りつつあるゴシック式の建物を指差しこっそりと話すと、英明が男の耳元へと声を潜め伝えていくと男がふふっと笑いうなずき離れた英明へと話す。
「その桜。同じ物はもらえないだろうか?」
「同じ物ですか?」
「ああ」
英明がうなずき考える。そして再びうなずき男を見る。
「いいですよ。それと秘密基地にあります」
「はは。秘密基地か。またいいな」
男が楽しく笑い、英明が微笑みはいと返事を返す。
「とても見通しが良くてきれいなんです。ただ、僕とマイケルだけの秘密の場所ですから、ちょっと悪いですけどお兄さんでも内緒です」
「教えてほしいな」
「だめです。教えたらマイケルが怒りますから。二回目のバス停で降りて、良かったらえーと、ロイヤルパレスホテルの中の喫茶店で待っていて下さい。取りに行きます」
男が分かったと返事を返し、英明が微笑みはいと返事を返した。そして、バス停をおりると英明が急ぎその場を離れ走る。青年がそれを見届けると楽しくホテルへと向かう男の後に続く。
「一時間後に会議ですがよろしいのですか?」
「どうせつまらないものだ」
「またうるさく言われますよ」
「構わない。お前もそうだろう?」
青年がやや息を付はいと返事を返し、男がふっと笑いああとうなずく。
「私はくだらない野望ばかりを持っている連中と付き合うよりか、下のかわいい友人を優先するよ」
男がそう告げホテルへと入ると言われた一階の喫茶の中へと入った。
―ある。あった。
「英明。それお姉ちゃん用」
英明が汗をにじませ、金髪のかわいらしい少年がもみじの若い苗木を抱きながら告げると英明が苦笑する。
「マイケル。その、ごめんって言っておいて。今度は桜と一緒に紅梅の梅も」
「梅の木?しだれ梅?それとも八重の事?」
「ううん。その通り紅梅っていう種類の梅。とても赤い花を咲かせる梅だ。良かったら悪いけど連絡しておいて。御兄さんに渡すって事も伝えて」
マイケルがええと声をだし、英明が拝むとまた行くと伝え向かい、マイケルがもうと声を出すとややいやいやとしながら通信機を前にやりモニターを広げる。するとメイドが現れ、今度は少女が現れるとマイケルが少女へと伝え、少女が‘ええ’と声をあげマイケルへと問答無用で英明を出しなさいと命令が繰り出され、マイケルがもういないよとポツリと告げはあと息をついた。
「どこに植えるのですか?」
「ああ。さてどこに植えようか」
桜の苗木をもった青年へと男が告げ考えると止まり止った青年を楽しく見る。
「私の知っている泉は駄目だな」
「怒られますよ」
男が吹きだしははっと笑いうなずきながら進み、青年が再び後に続く。
「鉢に仮に植えて考えておくよ。後、さくらか。また桜の木の下で楽しみたいものだな」
「はい」
男が面白く笑みを浮かべ、青年がはっとしやや顔を赤らめると咳き込む。
「どうして赤くなっている」
「…べ、別に」
「恥ずかしい事ではないだろう。楽しい事は又繰り返したい。そうだ」
男が懐からひび割れた古い鏡を手にし握りしめ懐かしくも悲しく視線を前へと向ける。
「それが心に残る。ずっとな」
「苦しみと共にですか?」
男がふっと笑いその手を離し、青年が話す。
「そうだな。ああ。だから、悪いのは駆除して行かないといけない。そうだろう?」
青年がうなずき、男が鳴り響いた通信機を耳にあてる。
『貴様どういう事だっ。これはあ。ひっ。来るなっ。止めろ待て待てえ!!』
男がくすりと笑いそして通信機をすっと青年の耳元へと向けた途端爆発音が響く。青年がびくっと震え男がおっとと声をだしその音を驚き聞いた周囲の者達へと申し訳ないとやや苛立つ青年を隣に手をあげた。
「まずったか」
「まずったかではありませんっ。驚かさないで下さいっ」
「そう声を荒げるな。すまないな。ついついだ」
男がポケットへと途絶えた通信機をしまい歩くと、青年がまったくとぼやき男の後に続いた。
「姫は大丈夫かな…」
パイロットスーツを着た赤髪の青年がヘルメットを膝に乗せながら、青い空を見上げポツリと告げる。それを傍にいた同じパイロットスーツを身に着けた濃い青い髪をし、赤い眼鏡をかけた女がくすりと笑う。
「ただの挨拶だけよ。相変わらずね」
「仕方がないだろ。姫は一人なんだ」
女は吹き出すとくすくすとむっとした青年の前で笑っていく。そこに、茶髪の緩いパーマをかけたような髪型をした白い軍服を着た青年が来ると、笑う女とむくれた青年を見る。
「リアン。どうかされましたか?」
「ああ。聞いてくれサイモン。俺は姫の心配をしているのに、ナミは笑ったんだ」
「だって、大丈夫かな。姫は一人なんだって。姫ももう十八よ。いつまでも子供じゃないわ」
「だとしてもだだとしても」
サイモンが軽く失笑する。
「分かりました。リアン。姫は一人で飛行機も乗れます。挨拶にも行けますし、ホテルにも泊まれますので大丈夫です。それに頼もしい相手も一緒ですから」
「一緒ですからって…」
「それより、報告とこちらの後片付けを致しましょう」
サイモンが軽く手を周りへと向ける。そこは煙が上がり、至る所に何かの爆発跡と破壊された建物が瓦礫となり崩れていた。そして、リアンの座るその足元。後ろには赤い機体が、その隣には青い機体が続いていたが赤い期待はところどころへこみ黒い焦げたような跡がついていた。リアンがはあと息を吐出しその赤い機体の焦げ跡を後ろ手で指さす。
「分かった。後サイモン。俺の機体は報告した通りだ。向こうの自爆を浴びて調子が悪い」
「分かりました」
「本当、災難だったわね。そして、ある意味潔い最後でまた消えたわね。証拠が」
リアンがああと返事を返し、サイモンがうなずく。
「そうですね。後、報告は受け付けています。今から、ドクターケンが」
その場に大きな雷撃音が三人の耳に響くと、リアンが呆れ、ナミがはあと呆れた息をつく。サイモンが後ろを見るも再びリアン達を振り向き、こほんと咳き込み呆れるリアンとやれやれとするナミへと話す。
「しばらく動けませんので、リアンの機体はそのまま整備の方達が回収します。なので、リアンは先にタルタロスに戻って報告書の提出。後艦長が呼んでいますのでそのままいかれて下さい」
「艦長が?珍しいな」
「はい。頼みごとがあるそうです」
リアンがああと返事を返し、サイモンがうなずくとナミを見る。
「ナミはこのまま瓦礫の回収の手伝いをお願いします。其の後報告です」
「ええ」
「報告報告ばかりだな」
「仕方がありません。規則ですから。それから、夜19時になりましたらミーティングルームに集まってくださいね」
それも規則か」
「はい」
リアンが了解と手をあげ返事を返し、ナミもまたうなずくと再びため息をし、音が響いた先を見る。
「マリアには悪いけど、姫もたまには魔の手から逃れるための休息が必要と思えばいいわね」
「ああ」
「そうですね。さてでは早速行動しましょう。早くやれば休める時間も増えますからね」
サイモンが楽しく手を叩くと、二人が返事を返し互いの持ち場へと戻った。
青い大空の中を白い大型旅客機が飛んでいたが徐々にその高度を緩やかに下げていく。その中では、白い長い髪。黒い瞳をさせた少女がベルトサインの指示に従いそのベルトをしていたが眠っていた。そして、間もなく到着するというアナウンスが流れると少女がその目を開けやや寝ぼけながら、すっと雲の中へと入ったその窓の景色を見るとその景色が変わり遠くに海が、そして山と徐々に近づく街並みが見えてきた。その後、飛行機が空港へとおりたち止まると、クラップが居り、旅客機に乗っていた乗客たちがわらわらとスチュワーデスに見届けられながらおり、ゲートへと向かう。少女もまたゲートへと向かい、荷を受け取るとその荷を手にし空港から外へと出る。そして、サングラスをかけるとまばゆい青空と太陽の光をサングラス越しに見上げる。
…三年ぶりか―。