侵略なんて御免です
最近書いてなかったのでリハビリ的な。
「覚悟しろ!魔王!」
そう男らしく声を挙げ、魔王と呼ばれた男の下にやってきたのはまだ年若い女だった。
女は勇者の証である聖剣を片手に玉座に座る自分へと視線を向けた。
「――懲りずに、人間は勇者を募ったか。しかも女とは……笑わせる」
魔王は今まで数えるのも億劫になるほど、勇者と名乗る人間を葬ってきた。だがその中に女など一人も居なかったはずである。それを考えると人間も人員不足なのか、ただ単に目の前のか弱く見える女がゴリラのごとく強いのか。人間の繁殖速度を考えると、どちらも可能性のある事だった。
「まあ。良い。相手をしてやろう」
魔王は気だるげに玉座から腰を上げ、やる気がなさそうに己の獲物を手にする。
そんな魔王をきっとにらみつけた女は聖剣を静かに構えた。
――なるほど、中々の腕をしているようだ。
だが、そんな人間腐るほど見てきた。どうせこの女もその程度なのだろう。
そう思いながら魔王は女へと静かな殺意を纏い近寄り――
今、何度目か分からぬ勇者と魔王の戦いが――
「ちょっとタンマ!!何お前強すぎ!!」
始まって五分も経たぬ間に、情けない魔王の叫び声により。今、終わった。
言い訳をさせてくれないだろうか。
魔王は、「うっかり」していたのだ。考えてみれば勇者だ。例え今までの勇者の強さが酷いものだろうが。「良くこんなので乗り込もうとしてきたな」という腕前だろうが、油断してはいけない存在だったのだ。
百数年前。一番最初に戦った勇者が、魔王の覚えている中で一番強かった勇者だ。その時は決死の想いで勝ったが、その次。その次とやってきた勇者は一番最初の勇者に比べるとどうも弱く感じられた。
魔王が強くなったというのもあるのだろう。だが、ただ単に人間が弱くなったとも思えていた。
五十年ぐらい前になって「勇者なんて恐れるに足らず」と何だか変な自信をつけてしまったのも事実だ。
鍛錬を、少しおろそかにしていたというのもあるだろう。精神力が物をいう魔法の腕は落ちずとも、剣の腕は落ちるだろうに。いや、こんな思考をしている時点で既に精神力も危ないだろう。
あれ、俺死ぬんじゃね?
そんな危機感を覚えたのは、この五分弱である。
――言い訳をさせてくれないだろうか。
「油断した!!頼む!ワンチャン!出来れば全快した後!」
そんな子供のような発言をしながらも、魔王の口からは血がどばどばと流れ出ている。
殺気も何もなくなった魔王に、勇者の女はあっけに取られたように立ち尽くした
その油断を突ければよかったのだろうが、あいにく魔王も致命傷に近い。床に這いつくばってげっほげっほと吐血している。痛みを耐えながら回復魔法で一生懸命傷を治している最中である。
「……あの、魔王さん」
若干引き気味な女が、静かに口を開く。何故か敬称がついた。
「……な、何だろうか」
「一対一の命をかけての勝負に、油断したからもう一回って言うのを聞いてやる必要が皆無に思います。あと、ワンチャンってもう聞かないです。死語に近いと思います。」
言っていることはごもっともである。必死に傷を癒しながら、困ったように女の言葉を聴いていた魔王が(え、ワンチャンって死語?)と其方を気にし出すと、目の前の女がすう、と思い切り息を吸った。
「てかっ!!世の中舐めんなっ!!!!!」
次の瞬間、魔王の身体は空を飛んでいた。
聖剣を使われたわけでも、魔法を使われたわけでもない。自分より一回り以上体格の違う人間の娘に思い切り蹴飛ばされたのである。
――俺、死ぬのかな
激痛の中で意識を飛ばしながら、魔王はそっと死を覚悟した。
「私は己に殺されにきたんじゃああああああ!!!」
そんな謎の、女の台詞を耳にしながら。
勇者は困っていた。
魔王を蹴飛ばした足を振り上げたままで、勇者は困っていたのだ。
――まさか、魔王がこんな奴だなんて!私の野望はどうしよう!!
どさり、と目の前で魔王がうつ伏せに倒れる。ぴくり、とも動かない辺り今の蹴りはとても決まっていたらしい。思わず口端を吊り上げたあとで、違う違うと首を横に振る。
殺される予定だった魔王をうっかり殺ってしまったら、それこそ私の予定は台無しである。慌てて、魔王の目の前に膝をつき回復呪文を口にした。
思ったより酷い傷を治しながら、そっとため息を吐く。
思えば、あのままでは確実に自分が勝ってしまっていた勝負なのだ。再戦なんて願ったり叶ったりじゃないか。
それでもうっかり足が出てしまったのは、この部屋に乗り込む前に色々覚悟をしてきたのがすべて魔王だというこの男のせいで粉々に砕け散ったからだろう。
死ぬ覚悟までしてきたのにこれだよっ!回復呪文を口にしながら、思わず魔王の額を叩いちゃったのは私が悪いわけではないと思う。
――死ぬ、死ぬと何度も言っているが別に勇者に自殺願望はない。
だが、魔王に勝って自分の帰りを待つ城に帰るぐらいならば、魔王に殺された方がマシだという結論が出たが故に彼女は死ぬ気満々で魔王の城に乗り込んできた。
ことのきっかけは前任の勇者が魔王の手によって亡くなり、また新たな勇者を選ぶ儀式が行われる日。
彼女はただ単に一般人として、その場に居た。もっというならば、幼馴染である男の勇者選別会の付き添いだった。
それが何故か「次の勇者はお前だ!」と名指しで呼ばれてしまい、更に女神が作った聖剣だとかを持たされあれよあれよと勇者に仕立て上げられた。
其処までは、まだ良いだろう。
彼女は、聖剣を勝手に持たされ住んでた町から追い出されるように旅立ち。
それでも彼女はその時は立派な勇者を演じるつもりであった。
例え一度も剣を握ったことない挙句、魔法なんて初歩的な回復魔法しかまともに使えなかった村娘だが成り行きだったとはいえ、頑張ろうと思ったのだ。
その時までは、の話である。
目が覚めた魔王が最初に見たものは、自分の部屋で自分の秘蔵の酒を勝手に開けて。浴びるように飲んでいる勇者の姿だった。
「なっ!?それは俺が大事に大事にとっておいて楽しみにしていた酒!!?何で勝手にあけてるんだ!」
「物色してたら出てきた。良いじゃない。大事に残したって死ぬ時の未練になるだけよ」
そういいながらグラスにどんどん注いでいく。見れば、既に三本目である。
魔王は肩を落としながら、ベッドから立ち上がる。どうやら運んでくれたのは勇者らしかった。
――感謝、したくないなあ。
この酒でチャラにしてくれないだろうか。と思いながら、勇者の向かい側に座った魔王は深々とため息を吐いた。
椅子に座った魔王を見ると、勇者はきょとん。とした後で「仕方ない。恵んでやろう」と言いながら何処からか取り出したグラスを魔王の前に置く。それに上機嫌でそのグラスに酒を注いだ後、空になった自分のグラスにも、また並々と注いだ。
「……ぷっはー!やっぱり、戦いの後には酒よねえ!」
「……そ、そうかもしれないが」
なんか、この図に疑問を抱かないのか。お前。
魔王がなんともいえない気分に陥っているというのに、目の前の勇者は程よく酔ってご機嫌だった。
のもつかの間。
「でね、聞いてよまーくん!!その人間たちったら最低でさ!もうこれは絶対まーくんに世界滅ぼしてもらおうって決めたのよ!」
「……誰がまーくんだ……。あと、頼む絡まないでくれ。というか、俺はそんな面倒くさいことしないぞ!?」
勇者は絡み酒だった。そしてめっちゃ愚痴る。そして良く泣く。
魔王が酒を注いでもらい、一時間経った後で、魔王の秘蔵の酒は残り一本となり。空になった酒瓶がごろごろと転がっている。そのほとんどは勇者が口にしているもので。魔王はまだ一本を飲んだか飲んでないかである。
普段はもっと豪快に飲むはずだが、目の前でこうも絡まれると飲む気というのは失せるものである。
何時からか、魔王から呼び名はまーくんになり。勇者は泣きながらべったべったと魔王に縋り付いてくるもので。魔王はため息をつきながら、彼女の背を撫でていた。
「まーくんは魔王だろー!!!!世界は滅ぼさなくてもいいけど人間の街の三つや四つぐらい破壊してってよー!」
「そんなことしたら全面戦争になるだろうが!!」
もともと、現魔王は争いを好まない。
自分を倒しに来た者は討つが、自分から人間を討ちに行ったことは一度もない。
面倒くさいことは嫌いなのだ。実力主義である魔族界を統治することはそんなに大変な事ではないが人間の世にまで手を出すのはどうしても気が進まなく、今はこの北の大地でのほーんと暮らしているのがすきなのである。
争いを好む魔族の中では、そんな魔王の気質には反乱が何度か置きかけたが、其処は腐っても魔王。実力で捻じ伏せ自分が魔王である間は面倒くさい争いごとを起こさないようにと告げている。
そう。別に、人間は魔王に何かされているというわけではない。
ならば何故、人間が勇者を送り込むか。魔王を倒そうとするか。魔族を目の敵にするか。
それの答えは簡単である。人は"自分とは異なるもの"を嫌うからだ。
そして、人間というのは世界を我が物顔で歩きたがる種族なのだ。
いわば、人間以外のものを見下したい。というのが確かだろう。意思疎通が出来ようが、出来なかろうが人間以外のものには冷たい。それが現実というものである。
「私は、静かに暮らしたいだけなのに傷つけられ、殺され、奴隷にされる半魔を何度も見てきたわ」
勇者が、からん。と氷の音を立てて酒を飲み干す。
半魔、というのは。人間と魔族のハーフである。身体的特徴は魔族に近いものがあるが、魔族の特殊能力は殆ど受け継がれない。見た目がちょっと異なるだけであり、身に持つ魔力も人間とそう変わらない。害という害はないというのに、この世では迫害対象にされている。
勇者は潤んだ瞳で魔王を見上げながら、ぐすっと鼻を啜った。
「そういうのを見るたびに、あれっ。何で人間なんか救わなきゃいけないんだろう。ってなってきてね。これはもういっそ、魔王が人間をコテンパンに倒してしまえば良いんじゃないかと!!思った所存です!!!」
直前まで、赤く染まった頬は色っぽかったというのに。そう告げた勇者は顔を真面目な表情にかえて、がたんっと椅子から立ち上がりテーブルに音を立てて片足を立てた。その表情は燃えている。
「幸い?女神様もいい加減力使い果たしたみたいで聖剣量産なんて出来ないみたいだし?これはもうね。魔王が残虐非道なのを期待して!魔王にるんるんと人間滅ぼしちゃおうかな、見たいな闘志を燃やしてもらおうと思ったのに!」
「……俺が百何年、侵略に対して沈黙を保ってきたと思ってんの……。そんな気零だと思わなかったの……前代の魔王倒して侵略やめさせたのは何のためだと思ってんの!俺が楽したいからだよ!!」
「そりゃちょっと!旅を勧める度にあれ、怪しいな?見たいになったけど!何で魔王さんこんな静かなんだろう?とかこの地に入って思ったけど!魔族さん皆手を出してこないで「魔王様はあちらですよ?」ってにこやかに答えてくれたりするし!」
最早勇者と魔王の会話ではない。
ついでに言うならば、魔王はだいぶ疲れてきた。
――もう寝たいんだけどなあ。
流石にこの展開で寝たらうっかり殺されたりしないだろうか。「こんな魔王いらんわー!」とか言われないだろうか、と思ったらなんとなく寝る機会を逃している。
「えっと、勇者さーん」
勇者って呼んでいいものか。目の前の勇者は、勇者にあるまじきことばかり言っているが良いのだろうか。と思いながら、取り合えずテーブルから降りてもらおうと服の裾を引っ張る。こんな情けない声を出したのは久しぶりのような気がした。
「……?なーに、まーくん」
「……そろそろ、寝ませんかね」
声色は優しいのに、目はぎらぎらと燃えている。そんな彼女に思わず敬語になってしまった魔王は目をそらしながらそう口にした。その言葉に、勇者はきょとんとした後「酒」と一言告げたので「もうありません」と返した。後一本、開封していない酒があるが流石にこれは死守させていただきたい。
そんな願いをこめて告げると、勇者は目を擦りながら「仕方あるまーい!」とえらそうに声をあげた。
人間って、やっぱ面倒くさい生き物だな。
侵略とか面倒臭くてやる気にならない自分は、正しかったのだと。そう思いながら勇者をそっと客間に通し。
翌日から勇者が魔王の周りを「人間侵略にいこーよまーくんー!」と付きまとうようになるのは。また別の話である。
ワンチャンって……聞かなくなったなあって。死語かなあ。