バンハーウボスの扉
恋愛シミュレーションゲーム世界のキャラに転生(憑依)した。そんな感じの物語。
エイプリルフール用でしたが、作者遅筆の為に大幅遅刻。
この物語には王道・お約束・テンプレ・下ネタ・エロ・TS・差別表現・夢オチが多分に含まれています。ご注意ください。
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気が付いたら転生していた。しかも恋愛シミュレーションゲームの世界に。
さすがは俺。ただの人間どころか、未来人でも超能力者でも宇宙人でもなかった。まさかのゲームキャラ。まさかの二次元――いや、VRゲームだから2.5次元か? とにもかくにも輝かしい人生のオープニングじゃないですか。俺の今世ってばちょっとハッスルし過ぎじゃない?
突然の前世終了、今世開始。死んだ覚えがまるでないからと言って、むやみに動揺し慌てたりしない。このクールさこそ俺。物語の主人公に相応しい事この上ない。まじイケてるしびれる陶酔するぅ。俺ったら素晴らし過ぎるわ、自画自賛!
そう。たとえ姿見に写る自分の姿が、先ほどまでの三十路男とは真逆の『庇護欲煽る可愛い系美少女な女子中学生』であろうと、その見た目からして『乙女ゲーで登場していたキャラ』だと理解していても、それでもなお俺の心中は至って落ち着いたものだった。
ん? 突然の乙女ゲーム転生がなんだって? TS(性転換)がどうだって? 関係ないね。あえて言うなら悟りの境地。賢者、鏡のごとき湖面の様相、心中にさざ波一つたってないぜ俺。その代わりこの美少女ボディには、さっきまで散々弄くりたおしていた部位が三カ所ほど激しく自己主張しているけどもな!
「……ふぅ」
俺は体液にまみれた手を洗って、乱した服を整えた。
やはり中学生は幼すぎていまいちだわー。二次元ならともかく、リアルではロリ過ぎて俺の趣味に合わん。
だいたい何だよこのブラジャー。
見た目こそ『清楚な白レース仕立てリボン付き』ってな妄想暴発童貞御用達な代物だったが、バストラインを整えると言う名目の堅いワイヤー入り。実用度MAXで清楚さ台無しだよ! さらに最悪なのがカップと一体化した分厚い上げ底クッション。柔らかな双山に抱く男の夢と希望に真っ向から喧嘩売ってんのか。ブラに手を突っ込んだ瞬間、心の中に健在する俺の相棒が地の底まで落ち込んだわ。半ずらし脱ぎかけ至上主義の俺の期待と背徳感を返せ!
だがスカートが短いのはいい。110デニールぐらいの艶感のある太ももまでのストッキングもいい。絶対領域が実にいい。心の底から燃える。秘めたる聖域のガードマン、おショーツ様も……ブラとお揃いの白レースが狙い過ぎのロリっぽさ満点でアレだったが、まぁいい。仕方ない。でもクロッチがきっちり2重で分厚いなのは何なの? 喧嘩売ってるの? そこは喰い込み的なエロ演出を考慮して薄っペラくあるべきでしょ!
本当にもう、俺の気持ちにちょいちょい水を差すような半端なリアリティとか誰得なんだよ。ここが乙女ゲー世界だからか? なら絶対領域的衣装とかの男受け要素関係なくね? 微妙な萌えがあるのはゲームの制作しているのがエロゲー開発会社だからなのか? ゲームならあくまでゲームで、リアルならリアルらしく、どちらかに統一しろよ。ブラにワイヤー入れるほどリアルなら、ツインテールは止めるべきだろうが。髪の毛ピンクだけども。
「まじツインテ。リアル世界でツインテが許されるのはコスプレか小学生までだよねっ」
俺は高らかに笑いつつあめ玉みたいな飾りの付いた髪ゴムをゴミ箱に投げ捨て、跡がついて浮き上がった髪を撫でつける。淫乱ピンク――間違った、淡い桜色の髪をくしで整えた。
長くしなやかな髪を櫛けずる度に、胸元で祖母から受け継いだと言う設定のペンダントが揺れて、谷間にある六芒星の痣を隠していた。
シンプルなプラチナのチェーンに通されたペンダントトップは極めて特徴的な品だ。金平糖のような星形の宝石。深い藍色。その中心では星雲を内包しているかのごとく黄金の波が絶えずさざめいている。肌に触れている時は澄んだ色を持っていたが、首から外して放置したとたんに濁った。現実ではあり得ない不思議な性質だ。
何度見ても間違いない。『バンハーウボスの扉』に登場したキーアイテムだ。この胸にある痣も――脚の付け根にもまた別の痣がある――なにひとつ違わず登場キャラの証だった。
俺は――鏡に写った時乃花音は、黄金色の瞳を歪めて眉を寄せて息を吐いている。
「しかし30過ぎのおっさんにこの状況は、ちーとばかし苦行だわー」
気が付いたら転生していた。
しかも乙女ゲームの世界に、主人公として。
『刀星学院奇談 バンハーウボスの扉』は、主人公の時乃花音が高校に入学してから卒業するまでの三年間を描いた乙女ゲーだ。
「三年間」とあるが、イベントをこなせば随時安定のダイジェスト化――時間がスキップされるのでそれ程長ったらしくもない。
そしてジャンルは恋愛シミュレーション。……ただし血撒き肉片飛散らかす異能バトル付き。
刀星学院は異能持ち能力者を排出する名家が集う学院だ。乙女ゲーのお約束らしく、生徒会並びに各種委員会、先生がその名家のエリート異能共になる。もちろん漏れなくイケメンであり、当然全員がヒロインのお相手役だった。
リア充どもは速やかに爆発しろ。
ヒロインの時乃花音は異能持ちでない一般家庭出身の人間だが、そこはヒロインらしくゲーム中盤で隠された能力があることが発覚する。
ヒロインの祖母がかつて失踪した名家の跡継ぎで、ヒロインにはその異能の力が隔世遺伝しているという設定なのだ。
ヒロインは秘められた力を使って、相手役のキャラと共に世界平和を脅かす大事件を、ミニマムに学院内で解決する――と言うのがストーリーだ。時乃花音ったら、まじヒロイン(英雄役子女)。
さて。そもそも何故そんな乙女ゲーを、しかもおっさんである俺が知っているかというと、『刀星学院奇談 バンハーウボスの扉』がリトルマイナスというエロゲー会社が発売したゲームだったからだ。
リトルマイナスは良質のゲームを開発しているちまたで人気の18禁ゲーム会社だ。さらにこの会社はメインのエロゲーレーベルの他に兄弟レーベルを二つ抱えている。俗にBLブルーと呼ばれる18禁BLゲームの開発ラインと、乙女レッドと呼ばれるレーディングC、15禁の乙女ゲーム開発ラインだ。
キャラゲーなら何でもござれと、一見節操のなく開発しているだけの会社に見える。だがブルー・レッドの両レーベル製品は、熱狂的なリトルマイナスファンによって立ち上げられ作成された逸話を持つ、正しくユーザーフレンドリーな成果物だった。
元々リトルマイナスはメインで制作されるエロゲー自体が『バイオレンスとグロを熱く込めたら18禁になったよ! もちろんエロもばっちりさ!』と言う『燃えもエロもあるよゲー』の制作会社だった。
考察しがいのある設定、熱く燃えるバトル、カッコ可愛いく渋いキャラクター達。バットエンドとグロ鬱展開に定評のあるシナリオライターによる練に練られたストーリー展開。18禁エロゲーであることを抜かしても実に良くできたゲームだった。
その為、この会社のゲームはエロを求めるゲーマーの他にも純粋に燃えシナリオを楽しむ事を目的としたファンが集まった。その結果、18禁エロゲーでありながら女性ユーザーの割合もすこぶる多くなったのだ。
基本的にエロゲーはファンがゲームのシリーズだけでなく、そのゲームをリリースする会社自体に付いて行く。
リトルマイナスのゲームに熱を上げた女性ユーザーは『女性ユーザー向けのリトルマイナス燃えゲー』を待ち望んだ。挙げ句ファン心を思い募らせた結果、とうとうリトルマイナスに入社する猛者まで出たのだ。そして彼女達が立ち上げたのがBLブルー・乙女レッドの二つのレーベルなのだ。
さらに、女性向けレーベルとは言えリトルマイナスの燃え系ゲームには違いないので、男性ユーザーも『次のリトルマイナスエロゲーが発売するまでの暇つぶし』との自己暗示で手に取る者も多かった。
男ユーザー曰く『女性向けでもリトルマイナスの燃えるストーリーは健在』『BLエロシーンのスキップ機能は神』、『クソイケメン共の口説きはギャグシーンとして超笑える』『乙女ゲーヒロインちゃんと親友は百合可愛い』『エロ展開に陥らせてヒロインちゃんを開発するゲー』などなど……男性ユーザーにも好評に受け入れられたようだったようだ。
そんなリトルマイナスには『バンハーウボスの扉』と言う異能力バトル物エロゲーがある。
リトルマイナスでも例の無いほどの大ヒットを飛ばしたエロゲーだったが、エロゲー追加シナリオのファンディスクの他にシリーズとして過去や後日談が垣間見える外伝が制作され、結果、エロBL乙女と3つのレーベル全てから発売されることとなったシリーズタイトルだ。
『バンハーウボスの扉』に絡む本筋の物語は18禁エロゲーで行われていたが、18禁BLゲーでも15禁乙女ゲーでも同じ世界観と登場人物や舞台を共有している。
もちろん共有してはいたところで、BLゲーで登場した主要人物が乙女ゲーでヒロインの相手役になったりエロゲーで主人公の親友になったりはしない。特にホモォな登場人物の住み分けは、細心の注意が払われて制作されていた。
エロゲー主人公と熱い友情で繋がれて共闘していた親友が、実はBLゲーで男を口説いて掘っていたなどと言った設定はあってはならない。その熱い友情はエロゲー主人公のケツの穴目当てかと邪推し戦慄する羽目になるからだ。腐属性のない普通の男には地雷以外の何物でもない。
BLゲーは主人公を自己の写し身どうこう以前に『男同士の恋愛が展開される』と言う逆燐をぶち抜いたジャンルだ。ゲームプレイ時の心構えがそもそも異なる。
アレはモニターの向こうで勝手に展開される名伏難き何かであって、俺たちユーザーとは常に別次元に存在している。けして乙女ゲーと一緒にしてはいけないのだ。
いずれにしてもリトルマイナス開発のゲームが好きで、さらに『バンハーウボスの扉』の大ファンだった俺は、今まで門外だと関知していなかった乙女ゲーとBLゲーにも手を出した。
――というか血迷って手を出した結果がコノザマなのか? 千歩譲ったとしてもエロゲー主人公の親友ポジションに転生だろう。常識として……。
あるいは900歩余計に譲る気持ちにつけ込まれた結果がこの乙女ゲー主人公に転生なのか。
てーかね、つけ込んだのはどこのどなたですかい。神か。転生司ってる何かか。BL主人公でなかっただけマシってか? 人生の縛りプレイを強要させんな、マゾゲーマー思考も大概にしろ。
おっさんが性転換してヒロインになったあげく、クソイケメン共に口説かれるとか誰得だよ。まったく。腹の底から溜息がでるわ。
鏡の向こうから目を合わせてきた美少女、時乃花音の麗しい顔が困惑した表情に彩られている。
うーん、それにしてもほんとお肌つるっつるだわー。若ぇ女の肌はやっぱ手触りいいわぁ。シミひとつないキメ細かな肌、艶やかに輝く唇。蠱惑の赤い舌。熱に潤んだ瞳と上気した頬。
顔だけでなくスタイルも素晴らしい。なにせさっきまで夢中になって確かめちゃったぐらいだ。この娘ったら、感度の良さも持ち合わせた魅惑のバデェの持ち主なのだもの。
細く優美なラインの長い手足。引き締まったウエスト。年齢の割に成長した柔らかなバストと小さくもまろやかな尻。客観的に見て時乃花音は俺の狩猟ラインの合格点を充分越えている。
ただしいくらスタイルが良くても未成年はマジ勘弁。俺的に『幼い』とか『若い』って褒め言葉に解釈し得ないのよねー。だもんで、肌以外の要素はあと五年成長しないと俺的に成熟度がいまふたつほど足りないわー。と心底からほざける。
まぁ五年起ったとしても、それでもまだ問題があるんだけども。――この美少女が俺自身って言う大問題がな!
俺が俺自身で――主に両手を駆使して――楽しむ分には許せるが、他人が俺で楽しむのは御免被る。断固拒否する。何が悲しくて他の男と共用せにゃならんのよ。俺の人性、俺だけが楽しめたらそれでイーのよ!
いやホントにね。ゲームのシナリオ以前に外見が優れた美少女なんだもの。普通に生活していても、いきり起ったサル共が剥けかけのバナナ片手に群がって来るだろうことは間違いない。
だがそんな生活でもゲームのストーリーをなぞるよりはマシだ。
これがリトルマイナスでない別会社の全年齢層向け乙女ゲーなら、クソイケメン共の口説きは笑いをこらえて日々をやり過ごせばいいのだろう。きっとそれで無事に生活できる筈だ。それいけフラグクラッシャー、目指せ友情エンド――な作戦だ。
だがよりによって『バンハーウボスの扉』はエロゲー会社であるリトルマイナスから発売されているゲームなのだ。
バットエンドとグロ鬱展開に定評のあるシナリオライターが携わったストーリーは、たとえ乙女向けゲームだとは言えメーカーの威信をかけてレーディングC、つまり15禁に相応しい過激さで仕立て上げられている。
この場合の『過激』はバイオレンスとグロ、そしてぎりぎりなエロ描写の事だ。
一応エロに関してだけは、リトルマイナスのメインユーザーが男である故にある種の配慮がなされている。
男ユーザーからすれば主人公たる時乃花音は自分の分身ではなく娘のようなものだ。愛でる対象だ。
ヒロインちゃんがイケメン共から口説かれるのは『俺のヒロインちゃんったらモテモテ。流石ね!』といった感じでなんとか心を広く持てるのだが、これで18禁エロ展開を行われると『俺の可愛いヒロインちゃんを汚すなよ!』『傷物にしてんじゃねぇッ!』と怒り心頭になる。
そしてビッチになるので逆ハーエンドはその好意が友情と明記されていない限りはけして存在してはいけない。――これ繊細な男心にとってはとても大事なことなんだからね!
これらの絶妙な匙加減により、リトルマイナス乙女ゲーは18禁でなく、レーディングCの15禁に引き落とされているのだ。
もっとも、傷物にならない程度のエロ描写ならば、『ヒロインちゃんエロ可愛いよはぁはぁ』とか『モブにまで弄くられたヒロインちゃんの身体、すっかり開発されちゃって可愛そうに。……うっ』とか、大評判な背徳的微エロが楽しめた。男ユーザー的にも胸アツ股間アツ展開物語が味わえるのである。ファンアートの集大成こと薄い本も厚くなるってもんですよ。ほんともう大変!
そんなわけでリトルマイナスの乙女ゲーはもれなく『俺の可愛い可愛いヒロインちゃんを、わざと窮地に陥らせてエロ調教するゲー』と言い換える事ができた。実に素晴らしかった。――「かった」、過去形。
だって今、俺がヒロインちゃんなんだもの!
冗談抜きで俺の天まで高いプライドをかけて、これから俺ことヒロインちゃんが出逢うイベントを思い出さなければならない。男に組み敷かれるとか御免こうむる。
確か乙女ゲー版の『バンハーウボスの扉』は、時系列的にはBLゲー版から五年後、本編であるエロゲーの二年前にあたる物語だった、筈だ。
高校入学一年目の前半は、キャラ紹介も兼ねた普通の恋愛話と世界観説明で進んだ。よほどおかしな選択肢を選ばない限りバッドエンドにもならずに平和に生活できた。だが、後半にある強制イベントでヒロインの祖母の形見のペンダントの存在が公になると、『ヒロインが異能を継いでいる証』である痣を利害を持って探られ始める。
胸と脚の付け根にある六芒星の痣、あれの事ですよ、アレ。そして乙女お待ちかねなドキドキハプニング(エロイベント)の始まりはじまり――だ。
さらに二年目中盤以降はヒロインの能力が出現して公になる。
名家の跡継ぎ――異能持ちのイケメン共はもちろん、その他モブ男どもにもヒロインちゃんが公然と狙われだす。『失われた』とか『幻の』とか『唯一絶対の』とかされる異能を手に入れるため、あの手この手でヒロインを口説こうとするのだ。――もちろん肉体言語も駆使して。
ゲーム中では選択肢によっては寸止めとはいえ、かなりハードなエロ描写もあった。肌見せこそ最小限だが、却って着衣の方がエロよね、的なシーン満載だった。いや~、ほんっとチラリズムっていいですよね。他人事だったのなら至宝です。
不特定多数相手は嫌だ、相手役を物色せずに一人に絞ればまだマシなどと万歩譲って早々に相手役を決めてしまう事も出来たが、これまた別の問題が発生する。
刀星学院の兄弟校に刀天学園という男子校が存在する。
その刀天学園の今から五年前が舞台になるBLゲーでは、乙女ゲーでヒロインの相手役になるキャラの兄や従兄が多数登場していた。しかもBLゲーであるが故に、気の毒な彼らはもれなく主人公相手にホモを発病した。
さらには乙女ゲー版で、そのホモった奴らの弟どもの大半が『次期当主』になっていたのでいろんな意味でユーザーの涙を誘ったりもした。――血で異能が繋がるなら跡継ぎ大事ですね、わかります。
このBLゲーから連なる因果な設定のおかげで、二年目早々にキャラ固定ルートに入ったところで『花嫁候補』としてエロ描写は合法的に加速していくのだ。
つまり『女は16歳から結婚可能』による高校中退結婚(花嫁修業)エンドだ。なにも中退しなくてもと思うが、若ぇ方が名家のよくわからんしきたりに素直に順応し易いのだろう。――洗脳とも言うが。
相手キャラ固定ルートは一見したところ純愛で問題なさそうだが、結婚中退エンドを避けるために好感度低めで選択肢を消化して過ごそうとすると当て馬男が複数登場し、そいつらとの余剰なエロイベントが合間合間に差し込まれてしまう。
平々凡々な日常より、多少の障害があった方が恋が盛り上るって事ですな。お約束ぅ!
いずれにせよ、ゲームのシナリオ通りの目に現実に合うのは男の俺には大変キモい。野郎から口説かれると考えるだけでもマジ苦痛。ほんと無理だわー。あり得ないわ。
画面の向こうに居た時にはどんなエロイベントも『いいぞもっとやれ』とノリノリでプレイ出来たんだけれども、現実に自分が味わうとなれば話は別だ。
――え? 15禁で最後まで致さないし、気持ち良いから問題ない? せっかくTS(性転換)してんだから、男では到達できない未知の領域に踏み込んでみればいい? どの相手役も乙女ゲーらしく手練手管極まった匠だから、お前は安心して身を任せてろって?
やーだー。YOU、ちょっとヒヨりすぎじゃないですカー?
エロゲーならともかく、これ純然たる乙女ゲーですぜ。肉体的エロよりまずキスが先なんですよ。レモン味できゅんきゅんな恥じらいイベント満載なんですよ。30過ぎのおっさんにはちーとばかり難易度高すぎでない?
俺の懐古体感はもうあるの。キラめく想い出のアルバムが既に脳裏に存在してんのよ。野郎と絡んだスチルの追加なぞいらんですよ。
せいぜ3歩譲って寸止めエロはアリでも、同性相手にマウスtoマウスなイベントは無いわー。ロシア的挨拶とか化石。ほんと有り得ない。ファーストキスがうんぬんとかいらねーわ、その味の拘り。おとなしく唐揚げにかけてこいよ。マジ戦争だろうが。
そんなわけで俺は、エロイベントどころか全てのイベントを断固拒否することにした。
幸い現在の時乃花音はまだ中学生だ。ゲームの舞台となる刀星学院にさえ入学しなければ、イベント回避も簡単だ。
ヒロインがゲーム内イベントをクリアしなければ、そののち世界的な危機が訪れると示唆されてはいたが、そんな雑事を俺は一切気にしない。
この世界に時乃花音が存在している以上、五年前のBLゲー主人公とその取り巻きがゲーム上設定された正史――ベストエンディングの時間軸で生きているだろう。それに何より二年後の本編エロゲー主人公が居る筈だ。多少事態が悪い方向に転んだところで、彼らがなんとかしてくれるだろう。大丈夫だ、問題ない。
え? 解決できるトラブルを放置して逃亡するだなんて、なんて無責任な人間だって?
――だって俺、この世界の主人公なんですもの!
俺にとって主人公とは、己の人生と命を懸けてその力の及ぶ限り、自分の望みのままに、ある種の信念――身の周りの「みんなの幸せ」なのか、自己の価値観を基準とした「局地的平和」なのかはさておき――信念をもって、世界を蹂躙していくことこそが正しい在り方だと解釈している。
その『蹂躙』が、ヒロインとして誰かの人生をシナリオ通りの予定調和で進めた結果なのか、逃亡して傍観放置した果てなのか。あるいは目立ちたくありませんから! と、カサコソ潜んで生きた先なのか。どの選択肢を取って終わろうとも主人公の自由。どれも同じ事だと俺は思いまっす。
それに乙女ゲー版の『バンハーウボスの扉』は所詮外伝。エロゲー本編前の前哨戦としてちょうどいいじゃない。なぁに、かえって予定外事故への免疫がつく。やりたい人がお好きなだけもりもりイベントこなしてくだちぃ。
そんなこんなで、やれ両親の出身校だ二人の出会った記念校だ、設備も揃っていて偏差値も高めだのとヒロインの両親に言われたが、馬の耳に念仏。俺の身に狎褻。
刀星学院じゃなきゃ学費出さないよ的な事まで言われたが、ゲームの中とはいえ日本って裕福な国よね。奨学生制度を使えばいいじゃない。え? それでも許さん? 保護者権限でもって手を回してやる?
刀星学院じゃ、あの大学の指定校推薦もこの大学の推薦も取れないんだよ、もっともらしい言い訳と資料アタック!
ヘイヘイヘーイ、資料熟読よろしく。可愛い娘の進路ですからなぁ、奥さん思い出話はちょっとだけ脇に置いて、大学から先の一番長い将来を見越して考えてみるのがオススメですぞ!
と、言うかさ。俺、あえてこの家に留まる必要ないよね。そもそもゲーム知識があるんだから、どこぞの名家に異能ごと自分を売り込みに行くのも有りだったわー。
そうね、そうだわ、お父様お母様。義務教育も終わったことですし、俺は独り立ちしたいと思います。俺の記憶にはないけど、この美少女ボディを今まで育ててくれて本当にありがとう! 俺はこのゲーム世界にフリーダムに羽ばたくことにします!
……と、言って旅立つつもりだったが、貯金を全額下ろし、パスポートを取得したところでヒロインちゃんの両親が折れた。
娘の中の人こと俺の本気を感じ取ったらしい。
思い出に水差してまっこと申し訳ないねー。あとヒロインちゃんの身体、乗っ取っちゃってホントごめんね。ま、これは不可抗力なんで。俺じゃなくて存在してるか解らん神サマ相手に文句よろしくね!
そんなわけで、俺は海外留学するため日本脱出が決定。晴れてゲームとは関係ない人生を歩むことになりました!
――と、思ったら転生した。二回目。
しかも恋愛シミュレーションゲームの世界に。これも二回目。
いや~、さすがは俺。
転生した(過去形)どころか、死んでなお転生果たしちゃうとは。もう確実にただの人間じゃないね。それどころか未来人でも超能力者でも宇宙人でもないね。完全にゲームキャラ、まさかの2.5次元固定。とにもかくにも再び輝かしい人生のオープニングを味わってるわ。
俺の今世いい加減ハッスルし過ぎ。なんてたって目前ではめぐるましく変化する走馬燈が――じゃなかった、さっきまで雲海を見下ろすフライトかつジェットコースターばりの急降下を堪能していたはずが、現在はドが付く田舎らしき日本の車窓から実況中継。いきなりどうなってんのコレ。ちょっともちつけ、ほんともちつけ。
いやー、これまさかの飛行機墜落か? 正味半年で前世終了。海外留学先に辿り着く前に死ぬとは思わなんだわ。
しかし再び今世開始だからと言って、むやみに動揺し慌てたりしない。このクールさこそ俺。
人込みを強引に掻き分け、俺のプリチーなケツを揉む手を振り切る。野郎だけが鮨詰めされた車両から素早く降りて、反対車線の電車に乗り換えた。
物語の主人公に相応しい行動この上ない判断力、まじイケてるしびれる陶酔するぅ。素晴らしい危機感。優秀な自己防衛機能、類稀なる冷静な思考力。流石は俺。
そう。たとえ今の自分が、自分撮りした写メの姿が前世とは真逆の『細マッチョな中性的美形男子高校生』であろうと、その見た目からして『BLゲーの主人公(掘られ役)』だと理解していても、それでもなお俺の心中は至って落ち、おおおおお落ち、落ち着いてるわ。落ち着いてるわッ! だからちょっと待て。ちょっと待て! 三分間俺を待ってやれ!
……うん。
何度写メ見ても、俺ってばBLゲー版『バンハーウボスの扉』の主人公、公塔響だわ。
流石ホモォの誘蛾灯。転生した直後から痴漢に遭うとは、BLのテンプレはパねぇな。恐ろし過ぎる。鏡を見る為にトイレへ突入するなんて迂闊な行動をやらないかしなくて本当に良かったわ、アー……。
ガラガラに空いた上り車両の中で俺は一人たそがれた。
一息ついた後に手荷物を確認したところ、学生鞄から刀天学園の資料が出てきた。どうやら公塔響こと俺は、既にBLゲー舞台である刀天学園に既に入学しているらしい。
携帯電話の日付から見て今日はまだ入学式ではないだろう。それでも制服を着用して学園に向かっている事から考えると、入寮日か入学説明日だと推測できる。
通り過ぎていく反対車線の車両は、今の俺と同じ制服を着用した学生で満載されている。都心に向かうこの電車ではなく、辺鄙な山間行きのアレに乗り込まなくては刀天学園には着かない。だが俺はBLゲームをリアル体感する気はないので乗り換える気は全くなかった。
入学式どころか準備日から登校拒否。――いいと思います。
家に帰ったら早速転校手続きを取るか。……てか、家がどこにあるか解らん。携帯にすらそれらしき登録記録はなかった。
そういやゲーム内でも刀天学園はBLではテンプレ通りらしい全寮制として扱われていて、主人公の自宅はもちろん家族の存在も希薄だった。
ま、それも別段問題にはならない。
帰る場所も分からないし所持金もいささか乏しいが、しかしこの美青年顔がある。問題なく生きていけるだろう。
高校入学から一転して失踪は、残された家族にとっては厳しい現実だろうが、分からないのだから仕方ない。――はい? 学園まで戻って自宅の住所を聞く? なに言っちゃってんの。そんなの強制入学フラグ、完全なヤブ蛇行為でしょうが。
だってここもう現実ですもの。わざわざ自分から18禁BLゲーの舞台に上がりに行くなんて奇特なこと、俺にはとてもとても。
てーかね。そもそも心底理解できないんだけども、18禁BL登場人物共は、どいつもコイツもそんなに自分の相棒を大便に突っ込みたいものなの? どれだけスカっとぶっぱなしたいのよ。男女共通して存在する排出口なんだから、日々の生活のためにも大切にすべきだと思うの。昨今欧州化が進んで始終イスに座ってばかりの生活なんだから!
とにかく。公塔響の家族にとっても、自分の息子と息子の息子の命運が、学園生やら先生やら理事長やらよくわからんモブやらに寄ってたかって握られた挙げくにガップリ因縁ケツ込まれるよりは、どこか遠い空の下で達者に暮らしている方がマシだろう。確実に。
しかもゲームの設定からして、主人公こと俺ったらまだ真っ白の汚れ無き身の上。それだってのになんで野郎相手にマッスルしなきゃならんのよ。
BL世界の理に導かれた結果だってか? 俺除外で存分にやっててちょーだいな。
てか、この美形顔で相棒がFNG(新兵)か……。どんな修行僧だよ主人公め。
だとしても今はもう俺だ。こうして転生したことでかつて共に歴戦を突き抜いた相棒こそ失ったが、代わりに俺はこのFNG(新兵)を手に入れた。新しい相棒を、生まれ変わった俺が磨き上げて行くことこそ、転生した俺の崇高なる使命なのだから。
そんなわけで、その初めてを捧げるに相応しい女性を捜しに、早速都会へと旅立ちたいと思いまっす!
まだ見ぬ俺こと公塔響の家族よさらば。俺はこの通りフリーダムに暮らします。あなた方の息子さんと、すっかりFNGちゃった息子さんの息子さんを鍛えながら生きて行くので、この空の下で見守っていてちょうだいね!
俺は閑散とした車両で、神でなく主人公の家族へと祈った。
と、思ってたら死んだわ。
またかよ。
そして転生した。はい三度目。
見覚えのある街角で一人佇む俺。どう見ても恋愛シミュレーションゲームでみたあの光景だ。
二度あったことだから三度目もあったわ、とっぴんぱらりのぷう!
俺ったら本当にもう流石すぎるわ。何という特別待遇。神サマが居るにしても、そんなに俺ばっかり贔屓しなくていいのよ?
転生した(過去形の過去形)どころか、三度も転生するとは。もうこのオープニング見飽きたし、違うパターン見せてくれないのかしらん。
「新パターンを求む!」
俺ことエロゲーメインヒロインの地月流歌ちゃんが携帯電話に向かって叫ぶ。道行くサラリーマンに何事かと目を向けられたが、キニシナイ!
しかし今度の俺ったら、よりにもよってツリ目水色髪つるぺたを極めたロリ美少女かー。本編に登場する別のヒロインみたいに「しーしー」とか付かないだけマシだけども、どうあっても世界は俺を主人公にしたいのかー。さっきの公塔響もBL的にはヒロインだったしな、主に穴な意味で!
俺がヒロインだと言うなら、エロゲ―本編ヒーローも当然別途存在してるよね。――と思ったら流石は俺、つまりはお相手役! 神懸かったタイミング。さっそく異能のエージェントを見つけちゃいました。
「これが世界の選択なのか……。ドア・ォヴ・バンハーウボス」
ヒーローがすぐそこに居やがる。シチュエーション的にも本編開始直前だな、こりゃ。
強制イベントことファーストコンタクトが成されないようバックレたいところだが、その前に事態を改めて考察してみようか。
二度目の転生に終止符を打ったのは電車脱線転覆事故が原因だ。車両が逆さになったとこまでは覚えている。一時間半で前世終了。死亡時刻から考えて、刀天学園で説明会が始まった頃合いになる。
それから、一度目の時乃花音は飛行機が日本の領空を抜けた辺りで墜落し、即死したと記憶している。
これら二度の死亡タイミングから考えて、ゲームシナリオ開始が不可能だと決定された時点で『今世』とやらが終了するのではないかと推測できるが、さて。
ぶっちゃけ、そんなにゲームと同じシナリオでやりたきゃ、前世の記憶なんていらんだろうに。なんでわざわざゲーム知識持ちを選ぶのかねぇ。――それともゲーム知識持ちが箱庭でトラブルさまを嘲笑いたいのか?
うん、笑うわ。俺でもやるわ。間違いなく存分に楽しんじゃうわ。この連続転生の原因が何かの意志ならば、そいつとは大変気が合うだろう。是非とも会ってそのツラをぶん殴りたい。
いずれにせよゲームシナリオから激しく逸脱すると死ぬならば、ある程度妥協して行動するしかない。もっとも、シナリオ通りの行動をとっても退屈この上ないので、破綻しない程度に足を踏み外してはみるが。
エロゲ―本編は、異能を使用しつつ世界の裏側で暗躍しちゃってるエージェントこと紫苑櫂が主人公の物語だ。
ヒロインこと地月流歌は異能名家のお嬢様だが、実は異能を統合する神子姫で、純潔を与えた者に世界から秘せられた力を与える事ができるという設定だった。――ようは世界を脅かす悪を倒すためにヒロインとエロエロ致せってことですよ。18禁エロゲ―ですからな!
シナリオ通りならば本編中盤頃にヒロインは神子姫としてヒーローが力を得るに相応しい男として認めて「未成年には見せられないよ!」なアレでコレをやらかす。
それ以外の部分はお互いの心を通わせ―の、ヒーローがバトルしーの、他のヒロインとエロエロしーの、と起を伏ふくやっているだけだ。ぶっちゃければ今この段階、つまり初遭遇時に力を主人公に与えておけば、このあとでヒロインが本編に出張らなくても何とかなる。――筈だ。
メインヒロインを通じて出会うキャラも何人か居たが、その辺りは自力で頑張ってフォローして頂きたい。いよっ、世界の救世主! 頼もしいね、本編主人公ッ!
んで、俺は行動した。
何をしたって? ナニしたんですよ、ナニを。
いやねー、人体って凄いねー。CGで見るだけでも凶器だったアレがコレして、この発展途上のロリボディに納まるんだもの。ホントびっくりしたわー。
もっとも、逆ナンされたのにも関わらずスマキにされて乗っかかれた主人公はもっと驚愕したのだろうが。――役得なんだから黙っとけ。スマキ状態から抜け出そうとしなかった男気だけは感謝しておくけども。
でもさー、コレ系の主人公って大抵、「何であえてその道を選ぶよ?」ってなドMルート平然と通るよね? 血まみれ満身創痍するのもお約束だよね? スプラッタシチュエーションをどうみても生き生きと楽しんでるよね?
もしかしてスマキにしたことで新手のプレイと間違われてたのか知らん? お陰で俺はラク出来たけんだけども。
いずれにせよ、聞いてちょうだい。そんなこんなで俺ったら、とうとう自由の身になった筈なのよ! あとはヒーローどもに全部丸投げOKさっ。さらばヒーロー、ウェルカム俺の輝かしい未来。
素晴らしいね、この解放感! シナリオ(拘束)からの脱却。イッツ・フリー―――ダムッ! 目から鼻水どころか鼻から涙が迸ってるけども気にしないっ。正直立つのもやっとの痛みあるけど気にしない! 俺は解き放たれたッ!!
だから俺はこの痛みを癒す為に、素敵な百合の花畑を探して旅立つことにしまっす!
で、また死んだ。
どういうことなの?
まぁ? あの肉体苦行から半年経ってるんだけども? それまで充分百合百合堪能してたけれども? うっかり百合以外にも目覚めちゃったけれどもっ!
いやぁ、生まれたときからある棒は、生まれた時から存在する穴に正しく納めるべきですね。俺は性なる真理に到達しちゃいましたよ。
でもまた死ぬとは思わなんだわ。あれだけお膳立てしても転生させられるのかよ。
半年経過していたし、多少座りが変わったものの、ヒーローが無事ベストエンディングに辿り着いたと小耳に挟んでいたから、すっかり安心してたんだがなぁ……。何があったし。
しかも転生した姿が転生一度目と同じ、つまり乙女ゲーヒロインの時乃花音なんですけども。さらには刀星学院の入学案内まで手元にあるんですけども。
なんで刀星学院に入学決まちゃってんの? 前回より展開に巻きが入ってルート固定されてない? 強制スタートかよ。これはあれか、ベストエンディングを迎えない限り強制ループされるって事か。
ま、それでもイーんですけどもね。ぶっちゃけ悟りきった俺はもう、かつてモニタの向こうで楽しんでいた時と同等に時乃花音のエロ受難が愉しめちゃうのだから。――それにブン殴ってしまえば、きゅんきゅんなレモン味から死にさらせリア充な錆味にもれなく変更可能だしな。
なにより前世こと転生三度目のエロゲ―ヒロインの時には、神子姫の役目を果たしたのち本編からの逃亡が許されたのだ。今回もシナリオ曲解が可能だろう。
とにもかくにもこれが無事終わったら、その次にはきっとBLゲー主人公への転生が再び待っている筈だから、せいぜい今のうち野郎相手の寸止めアッハンうっふんに馴れとくわー。ただし、さらなる道からさらなる未知に目覚める気はないので、その点だけは注意しとかないとね!
18禁BL? なぁに、ちょっとスコップ片手に『俺が』穴掘りに逝くだけですよ。FNGな相棒どうするのって? 配属されたばかりの一兵卒が汚泥にまみれて正気で居られるわけないじゃないの。当然、雨の日も風の日も耐えられるよう、常にラテックス製の雨具持参で門に押し込みに行くことにするわー。
おっと、洗浄用のタライとホースとゴム手袋と、何より自動可動で疲れ知らずの相棒もどきな憎めないアイツを忘れないようにしないとね! メインウェポン!
そして無事ベストエンディングを向え、俺はまた転生していた。
うん、そう、またなんだ。
転生――ただし元の世界。俺にとってのリアル世界に。
さすがは俺。やはりちゃんと人間だった。2.5次元人じゃなかった。そんで未来人でも超能力者でも宇宙人でもなかった。おかえりなさい三次元、会いたかったよ俺の頼もしい相棒。強制中断された時点からの奇跡の復活。セーブデーター無事だった。おめでとう俺! よかったわ俺!
いやー、ほんとに俺の夢ってば、最後までちょっとはっちゃけ過ぎだったんじゃない? 突然の複数回転生終了、そして初世こと現世再開。死んだ覚えがまるでなかったと言って、まさかの夢オチとは恐れ入ったわ――ガッツリ痛みがあったのにな!
でもあれだ。短い間とは言え、転生だなんて思ってた時、俺ったら言葉では言い表せないトキメキみたいなものを確かに感じていたもの。いい夢見れたと思ってこの辺りで手を打つべきだろう。
とにかく「おれ転生しちゃったぜ!」とか、あういう気持ちはおっさんになっても忘れちゃ駄目だと思うね。はっちゃけてハメ外したりハメたりしてもしょうがないよね? だっておっさんの性心によるファンタジーなんだから。
だから目の前に同棲相手が物凄い形相で仁王立ちしていても、手に俺の顔からむしり取ったHMDを握り締めていても、さらにその足元に俺がひた隠していた筈のエロゲ―のパッケがぶち撒けられていても、俺はむやみに動揺したり慌てたりしない。
このクールさこそ常なる俺。30過ぎのニートなおっさんとして相応しい事この上ない態度。まじイケてるしびれる陶酔するぅ! 素晴らし過ぎるわ俺。渋すぎるわ、俺!
「やぁ、おかえり」
じゃぁ現実逃避は止めにして、出張帰りの彼女へと言い訳を吐こうか。