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鏡の中のユキ

 憎しみが頭に沸き返る。

 

『今日はとても楽しかったね! 誘ってくれてありがとう』


 アサギが別れ際に告げた言葉にゆっくりと微笑んだユキだったが、手を振って背を向けるとすぐにギリリと唇を噛み締めた。ケンイチと二人で出かけていたら、こんな思いをしなくて済んだだろうにと自嘲気味に嗤う。顔が引き攣る、全てが裏目に出てしまったと後悔した。

 眩しいアサギは、何処へ行っても人目を惹く。今日だけで何人の男がアサギに見惚れていただろうか、何人の女が嫉妬の混じった溜息を吐いただろうか。

 それを、漠然と見ていた。

 彼氏が劣っていたとしても、アサギ自身はそのまま普段通り際立っていた。類稀なる美貌を持つ、可愛い女の子は自分の親友。駆け足で帰宅すると、自室のドアを勢いよく閉めて頭を掻き毟りながら蹲る。優越感に浸れなかった、何処で狂った、何がいけない、と悲鳴に近い声を発した。

 数分してようやく落ち着いたので、長い髪をかき上げながら近くにあった鏡を見つめる。

 その中には、疲れきった顔が映っていた。鏡が熱で歪んだのではないか、と思い込みたくなるくらいに、酷い顔をしていた。これでも自他共に認める美少女の筈だが、妙に冴えない顔色はまるで陰険な魔女。クマも濃くなっている、寒さで血行が悪くなったのが原因か。

 朝の自分は、何処へいった。


「アサギちゃんが悪いのっ! どうして毎回毎回あんななのっ! 私を気遣ってくれてもいいでしょう!? 親友なのだからっ」


 鏡に爪を立てる。キキィ、と耳を劈き、背筋を虫が這うような嫌な音がした。

 鏡に映る自分が、一瞬揺れて微笑んだ気がした。


「私だって、私だって、私だってもっともっともっともっと見て欲しいのに! 全部アサギちゃんが持っていっちゃう! なんなのよっ、最悪っ! この私が、親友のフリをしてやっているのにっ! 施しを当然だと思ってるっ!」


 鼻息荒く、狂気じみた歪んだ顔で奇声を発した。


『あの子は、親友だと思っていないよ。私の事を見下して、嗤ってるんだよ。ねぇ、もう無視しちゃおうよ、関わらないほうがいいよ、損するだけだよ。親友の振りしているだけにしようよ、何があっても助けちゃ駄目。優しいユキ、可愛いユキ、優しい私は苦しむアサギを助けたいと願うけど、それは駄目。調子に乗るから、絶対に駄目。……駄目だよ、私』


 鏡の中の自分が、あざとく微笑んでそう囁いた。

 大きく喉を鳴らし、愛らしく微笑んでいる鏡の中の時分を見つめる。幻覚でも幻聴でもなく、これが本心だと素直に認めた。

 鏡の自分は今朝のように軽やかに回転すると、ユキの耳元に唇をあてた。そうして、愉快そうにクスクスと笑いながら囁く。


『私は、私が大事』


 ユキは虚ろな瞳で静かに頷くと、口元に笑みを浮かべる。鏡の中のユキも嗤い、二人の狂喜の声が部屋中に響き渡った。


「うん、私は私が一番可愛くて、大事」 

『そうだよ、私。絶対にあの子を助けないで、手を差し伸べてきてもその手を取らないで』

「取るわけないよ、私。だって私、あの子から何も貰っていないもの、あげるだけだもの。そんなの、おかしいよね。親友って対等な立場だよね」

『そうだよ、私。賢い私、良い子の私、あの子なんてもう知らない。それで良いよ』

「うん、そうする」


 二人の会話が始まる。ユキは鏡にぴったりと顔を寄せると、うっとりと微笑んだ。鏡に映る自分は、自分にはない魅力を持っている気がしてとても綺麗だった。それは、普段の自分よりも勝気な表情と仕草のせいだと悟る。


『大丈夫、私は可愛い。アサギの影に隠れてなくて大丈夫、もっと自信を持って前に出て。光を浴びよう! 足りないのは自分を愛し、尊敬することだよ』

「そうだよね、そうだよね、そうだよねぇっ!」


 カーテンを閉め忘れていた部屋の窓から、月の光が差し込む。空には曇が浮かんでおらず、満月に近い月がユキを照らす。

 月の周囲には、肉眼では見えない遠くて小さな宇宙の光が無数に存在し、ゆらぁりゆらりと、光を放つ。

 

『思い出して、忘れないで。屈辱を晴らす時が来たの』

「うん、解ってる。もう、失敗しない、負けない、私は勝つから!」

『うん、頑張ろうね』


 一階で、母親が「夕飯よ」と声をかけていた。だが気付くことなく、ユキは鏡の中の自分と対話し続けた。本音を吐露し合った、蟠りなく素直な気持ちで、心から分かり合えている親友の様に。

 部屋に、風が舞う。

 壁に貼り付けてあったアサギとユキの映る写真が、ひらりと宙に舞った。写真の二人は身体を寄せ合い、笑顔で手を繋いでいる。

 勉強机の片隅に置いてある硝子細工のペンギンは、アサギから土産で貰った物。

 机の引き出しを開けば、アサギと交換日記をしている黄色いノートが顔を出す。出遭った四年生の頃から書き綴っており、六冊目だ。

 お揃いの筆記用具、色違いのシュシュ、出かける度に二人で何かしら購入してきた。


「私、嫌いだったのずっと」


 ユキは奇怪な笑い声を止めると、急に冷めた口調になり真顔で呟く。


 ……ずっと、嫌いだった。

 ――うん、嫌いだったね。ずっと、昔から。


 風が窓を叩くので、アサギは勉強机から離れると不思議そうに窓を開いた。ふぅわりと風が入ってきて、頬を撫でる。


「……なんだろ?」


 小首を傾げて、夜空を見上げる。星が瞬く、月光が降り注ぐ。優しい光に瞳を閉じたアサギは、口元に笑みを浮かべると呟いた。


「今日もとても楽しかったです、一日ありがとうございました。ミノルと一緒に映画に行きました、大親友のユキが気を利かせてくれたからです、とても優しくて素敵な子に出会えてよかったです。また、この四人で一緒に出かけられたらいいな」


 呟いたアサギは頬を朱に染め嬉しそうに微笑むと、机の上に飾ってあるユキとの写真を見つめる。自慢の親友とは、大人になっても一緒にいるのだと信じている。

 アサギは今、日記を書いていた。思い立った時に書いているもので、一行の時もあれば三ページ使用する時もある。毎日綴っているわけではない、本当に“心の声”を綴るだけのもの。

『今日はとても楽しかった! たくさん楽しいことがあったけど、一言で表すとユキに大感謝! の日でした。ミノルはラーメンが大好きだっていうのも、分かったよ』

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