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陰鬱なデート

2020.9.18

甘抹らあ様から頂いた、あざと可愛いユキのイラストを挿入致しました(*´▽`*)

 夏休み終了間近ともあって、想像以上に街は混みあっていた。

 小学生ならば安く観ることが出来るので、涼しい映画館は一際混んでいる。目当ての席は埋まっていたが、どうにか見やすい位置は確保出来た。

 四人はジュースと、定番のポップコーンを購入した。

 ケンイチはユキのジュースを持ち運ぶが、ミノルは照れ臭いので、そんなことをしなかった。

 別にアサギは気にしていないが、自分の彼氏のほうがランクが上だと、ユキはほくそ笑む。

挿絵(By みてみん)

 そんな素振りを見せず席に着き、ジュースを飲みながら他愛のない会話をする。やがて館内が暗くなり、スクリーンに映像が映し出された。

 感動ものと評判の、アニメ映画を鑑賞する。

 約二時間、暗がりで手を繋ぎたいユキと、真剣に観入っていてそれどころではないケンイチ。

 アサギとミノルは食い入るように観ていたので、手を繋ぐなど思いもしなかった。

 映画館の醍醐味と言えば、手を繋いで観る事だと思い込んでいたユキは、心底がっかりした。映画を観る気持ちが、半減した。そもそもユキは、隣りで上映されている人気美形俳優ばかりを集めた恋愛コメディが観たかった。しかし、それではケンイチとミノルが来ないかもしれないので、断腸の思いでこちらにした。

 これなら、アサギと二人でイケメン映画を観たほうが愉しかったのかもしれないと項垂れる。


「よかったね! 凄く感動したっ」

「アサギ、泣いてたね」

 

 ハンカチで涙を拭きながら、ゴミ箱に空になったポップコーンの入れ物を捨てるアサギに、ケンイチがやんわりと話し掛けた。

 実はミノルも微妙に涙を浮かべていたのだが、必死に堪え二人の後ろに続く。


「ふ、ふん。思ったより、よかった」

「あそこで主人公が飛んだのが、かっこよかったなぁ」


 少し遅いが昼食をとるため、館内にあるファーストフードを食べに行く。和気藹々と会話をしている三人を他所に、ユキは一人浮かない顔だった。上の空で映画を観ていた為、三人の会話に若干ついていけないのもあるのだが、鳥肌が立った腕を恨めしく見つめる。

 アサギの言葉を、今頃思い出した。


『おはよう、ユキ。服ね、昨日までは赤のチェックのワンピースにしていたのだけど、さっき変えてみたんだ。寒そうで』


 寒そうで。

 この言葉の意味を、理解していなかった。天気予報は晴れだと言っていた、夏だから寒くなるわけがないと思い込んでいた。しかし、エアコンの効き過ぎた映画館は予期せぬ寒さだった。アサギは今日行く場所を考え、服を決めたらしい。

 ユキは映画に集中したかったが、途中から急激に下がった気温に凍えていた。せめて手を繋いでもらえたら、と恨めしく思った。そうしたら少しは暖かかっただろうし、余裕が持てる。もしくは、ケンイチが膝掛を借りて来てくれたらと。


 ……彼氏なら、彼女の異変に気付いて欲しいな。気配りって言葉があるよね。


 呪わしい気持ちで、ケンイチを見やった。控え目に様子を窺うが、溜息しか出てこない。恋人を放置して、アサギとミノルと三人で楽しんでいる。もう、輪の中に入ることが出来ない。

 チリリ、と胸が痛む。朝は、あんなに愉快だったのに。憎しみに火がついて、燃え広がるばかり。


「アサギちゃんが、違う服を着ていればよかったのに」


 無意識の内に、そう呟いた。

 そうしたら、一緒に「映画館寒かったねー」なんて会話が出来ただろうに。腕を擦りながら、忌々しそうにユキは三人を睨む。すると、振り返ったアサギがこちらへやって来た。


「ユキ、大丈夫? 寒かったよね、あったかいの食べようか」

「うん、寒かった。映画館って冷えすぎだよね」


 睨んでいたことに気づかれたのかと一瞬狼狽えたが、違った。引き攣った笑みを浮かべ、差し出してくれたアサギの手を握る。

 立ち止まってこちらを見ているケンイチとミノルへ近づきながら、ユキは落胆した。彼氏がそこにいるのに、何故親友と手を繋いでいるのか。心の中が、ぐちゃぐちゃになる。

 ケンイチは、何も悪くない。まだ小学生だ、気がまわらなくて当然だろう。誰しもがスマートに恋人をエスコート出来るのであれば、破局の数は著しく減るだろう。それは、ユキとて承知していた。映画デートなど、四人とも初体験。失敗は当然のことであり、思い通りに行かない事のほうが多いに決まっている。

 恋人とはいえ、結局は赤の他人。

 ユキは慣れたアサギの手を握り返し、その暖かさに安堵した。

 けれども。


「何食う? 女子って普段何食べてんの? 俺、ラーメン食べたい」


 ぇ? と怪訝に低い声を出したユキの隣で、アサギが嬉しそうに笑う。


「私もラーメンが食べたいな」

「そっか、寒かったもんな映画館。アサギ、大丈夫か?」

「うん、私は平気だよ。膝掛代わりにストール持ってきたから。でも、温かいもので落ち着きたいな。ラーメン好きだし」

「へぇ、意外……じゃラーメンな」


 幾つもの大型爆弾が投下され、ユキは唖然とした。

 ガサツなミノルが、アサギを気遣った。

 アサギがちゃっかり冷房対策として、膝掛を持参していた。

 こんな時こそテンションが上がる可愛いものが食べたいのに、よりにもよってラーメン。


『寒かったもんな、大丈夫か』


 望んだ言葉が、目の前で告げられた。告げられた相手は自分ではなく、アサギ。気を利かせることなど出来ないと見下していたミノルが、恋人を気遣った。

 目の前で繰り広げられる会話に、腸が煮え繰り返る。大きく瞳を開いたユキは、そっと握られていた手を離す。不思議そうに自分を見たアサギに、引き攣った笑みを浮かべた。


 ……どうして、私だけっ!


 ユキは自分だけが場違いで、空回りしているように思えた。しかも、デートでラーメンなど有り得ない。確かに身体は温まるし、値段も安くて妥当だろう。だが、ティーン向けの雑誌に『デートでラーメンはNG★ 音を立てて食べるのははしたないし、長い髪がスープに入ったら大変! ゴムで縛るといかにもガッツリ食べます女子に見えて、彼氏は幻滅だヨ』と記載があったのだ。

 大きなお世話である。

 けれども、雑誌の内容全てを信じ込み愛読しているユキにはそれが全て。フードコート内にはラーメン屋も、うどん屋も、クレープ屋も、ハンバーガー屋もある。しかし、三人がラーメンを買いに並んだのに自分だけクレープにすることが出来なかった。不本意だが、食べるしかない。

 三人は、余程腹が減っていたのだろう。美味しそうにラーメンを啜りながら、映画の内容で盛り上がっている。それを冷めた瞳で一瞥し、ユキは重苦しい溜息を吐いた。自分で計画した、自分の為のデートだったのに、よもやここまでつまらないものになるとは思いもしなかった。失敗した、しょっぱいだけの美味しくないラーメンが憂鬱な気分に拍車をかける。スープに浮かぶ油を見つめ、情けなくて唇を噛み締めた。

 ケンイチが、少し嫌いになった。思ったより子供っぽかった、と。ユキが観てきた漫画のヒーローは、女の子を大切にして、姫扱いしてくれた。それが普通だと思っていた、恋人なのだから。男は、女を護るものだと。

 反して、ミノルを少し見直した。だが、何もここでアサギの彼氏ぶりを発揮しなくてもと、疎ましさを感じた。

 アサギが、昨日よりも嫌いになった。常に、すぐに溶け込んでしまう。今も、ケンイチと愉しそうに会話している。


 ……それは私の彼氏なの、話さないで。


 遠慮しない、図々しくも愚鈍な親友。いや、狡猾な女。ユキは一本ずつ麺を啜っていたが、飽きてしまったので残した。けれども、会話はまだ続いている。退屈過ぎて、早く帰りたかった。

 ユキは、四人でいるから愉しいのだと思っている三人の気持ちになど気づけなかった。独りよがりの癇癪持ちは、自分だというのに。

 ケンイチは、純粋に嬉しかった。大人しいユキが映画に誘うのは勇気が必要だったろう、恥ずかしがり屋だから親友であるアサギを呼んだことも、可愛くて好きだと思っていた。何より二人きりだと緊張してしまうが、今はミノルもいるので普通にはしゃぐことが出来て気も楽だ。彼女のことが、一段と好きになった。

 ミノルはただ、照れていた。自分では誘えないので、共にいられる機会を作ってくれたユキに感謝した。映画を観ながら泣くアサギがとても可愛らしかったし、彼氏という立場で隣に座れたことも歯痒いくらいに嬉しかった。

 アサギはただ、幸せだった。大好きな親友と、好きな人と共に居られたのだから。

 ユキに感謝しながら、三人はラーメンを綺麗に完食した。

 キィィィ、カトン……。

 賑わうフードコートに、奇怪な音が響く。テーブルに爪を立て、ユキは唇を噛み締めたまま陰鬱な瞳で三人を見つめていた。


 ……みんな、嫌いよ。私を、無視する。

お読みいただきありがとうございます、完結が五月中だった筈なのに、どう考えても無理でした←

六月中には完結いたします、お暇があって思い出したらまた立ち寄ってくださると嬉しいです。

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