衝撃の告白とドーナツの魔法
「僕は・・・・・・神様にでもなったようだ」
放課後の教室。二人だけで他には誰もいない。
唐突に言われて、私は戸惑う。
内容にではなく、発言のタイミングに。
「・・・・・・何で?」
訝しげな顔をした私に彼は続けた。
「理解したんだ。この世界の仕組み」
まるで、数学の公式でも理解したかのような言い方。こんな突拍子もない事を言われても、違和感を感じないのは彼の為人のせいだろう。
学年一、いや学校一の秀才で成績優秀。
休み時間にラテン語で書かれた本を読む彼にとって、世界の仕組みは簡単なのかも知れない。
「えっと、そうじゃなくて・・・・・・私が聞いたのは、何でこのタイミングでってことで」
さっきまで駅前に出来たドーナツ屋の話をしていたはず。うん、多分。ちょっと混乱してる。
予想外の返答だったのか、彼もきょとんとした表情を見せる。
「あぁ、なるほど。さすが、萌黄。その返しは予想外だった」
優しげな笑みを向けられ、ちょっとだけドキッとした。初めて見たな、こんな表情。
・・・・・・あれ?何かが引っ掛かる。
「まだまだ理解出来ていないことがあったんだな、この世界に」
顎に手を当て、思案する彼。
「あ・・・・・・」
分かった。違和感の正体。
何事かと小首を傾げ、私の顔を見る。
「呼び捨て・・・・・・」
彼は普段、人を呼び捨てにしない。
男子は名字+君、女子は名字+さん。
先輩は名字+先輩。まぁ、3年だから滅多に使う事はないと思うけど。
「・・・・・・気に障った?」
「そうじゃないけど・・・・・・」
何だか恥ずかしい。今日の彼の行動は普段と全然違う。
だから、余計にそう感じるのだろう。
「何で?」
問いかけに彼の視線が僅かに彷徨う。
「何でかな。理由は思いつかない。言ってみたかったんだろう」
少し他人事みたいな言い方。ちょっと残念・・・・・・って、何に考えてんだ、私。
ポン、と頭に手が乗せられる。完全な不意打ち。
「え!?あ、ちょっ!?」
動揺して言葉にならない。完全にパニクる。
「美澪奈、百面相してる。落ち着きな?」
さわさわと髪を撫でられる。ますますパニクって、状況把握出来ない。
彼氏にもこんなコトされた事ないのに・・・・・・って、彼氏自体いないけど。
んんん!?い、今・・・・・・
「い、い、い、今・・・・・・なっ、なまっ、名前・・・・・・」
「うん、言ってみた。『美澪奈』って」
心臓がドクンドクン言ってる。
これ以上はマズい。何がマズいのか分からないけど、とにかくマズい気がする。
「えっと、か、神様ってどういう意味!?」
慌てて話題を戻そうとしたけど・・・・・・ヤバい、声が裏返ってる。
私の意図を、そして動揺を汲んでくれたのか、彼の手が私の頭から離れる。
つい、目で追ってしまったのは反射だと思う事にした。
「さっきも言ったように、理解したんだ。この世界の仕組み」
言いながら彼は背を向け、窓の方へ歩く。
「高度に発達した科学は魔法に等しい・・・・・・聞いたことはある?」
「えっと、何かのゲームだっけ?」
彼が苦笑しながら振り返る。
「まぁ、何かのゲームにも引用されてるかもしれない。説明に使うと便利だからね」
「何となく分かるような・・・・・・」
「実際にやってみようか。美澪奈、駅前のドーナツ屋のドーナツ食べる?」
さっき話題にしていたドーナツ屋さん。確かに、食べたいねって話してた。
「今から買いに行くの?」
遠回りって程じゃないけど、お互いの通学路からは離れてる。まぁ、二人で買い食いってトコに興味を引かれなくもない。
「見てて。」
ポケットから財布を取り出し、100円玉を3枚掌に載せて握る。手品でもするの?
彼が掌を広げると同時に瞬間移動の様に紙袋が現れる。
駅前のドーナツ屋さんの紙袋だ。
「・・・・・・手品?」
もちろん、手品には見えない。
でも、手品としか思えない。
「違うよ。どうぞ」
紙袋を私に手渡す。受け取った紙袋からは出来立てのドーナツの温もり。
紙袋の口を少し開けると、プレーンシュガーの香りが立ち上る。
「手品だったら、出来立てじゃないだろ?仕込まないといけないから、冷めてるはず」
確かに。教室で1時間以上話してたから、手品のタネだとしたらおかしい。
「でも、何でドーナツ?しかもプレーンシュガー」
「ほら、魔法使いはドーナツでしょ。・・・・・・なんてね」
あ、何か照れてる。理由はわからないけど。
「今のが等価交換法。手元にあるモノと等しい価値のモノを売買システムを介さずに交換する魔法。まぁ、本当は魔法ではないけれど、そう見えるって事で」
説明されてもよくわからない。お店に行かなくても買い物出来るって事なんだろうか。
「雷を落としたり、手から炎を出す方が派手で分かり易かったかな?」
「そっちの方がトリックっぽいよ」
彼の手から炎が出る・・・・・・手品やサーカスの出し物みたいだ。
思わず笑いそうになるのを堪え、紙袋を机に置く。
「それで・・・・・・」
私の問いかけの言葉は口に上る前に遮られた。
彼の顔から表情が消え、私を・・・・・・いや、私の後ろをジッと睨んでいる。
思わず振り返るが、誰もいない。
・・・・・・何故だろう。静かだ。
最終下校前なのに静か過ぎる。普段ならグラウンドの方から聞こえるはずの運動部員の声が全く聞こえない。
良くわからない不安が心に生まれ、膨らんでいく。
金縛りにでもなったかのように、動けない。
「大丈夫。心配しないで」
彼の声に身体の緊張が解ける。
思わず崩れ落ちそうになる身体が、後ろから抱きしめられるような形で回された彼の左腕で支えられた。
「ひゃっ!?えっ!?」
あり得ない事に頭が真っ白になる。
対照的に私の顔は真っ赤に染まっていく。顔が熱い。
顔から火が出ると思える程熱い。
「大丈夫だから・・・・・・、ね?」
囁くような彼の声が耳元でする。
な、何が大丈夫なんだろう。良くわからない不安と期待が入り雑じった何かが真っ白になった頭を染めていく。
中途半端に入っていた力を抜き・・・・・・じゃなくて抜けて、彼に身体を預けるような体勢になった。
ぴったりと密着状態の彼には、心臓バクバクなのはきっとバレバレだろう。
覚悟?を決め、瞳を閉じる。
あぁ、こんな事なら友達の経験をもっと聞いておけば良かった。
・・・・・・あれ?
待っても何も起こらない。
薄目を開け、首を少しだけ彼の方へと捻る。
夕日に染められた彼の表情はとても哀しそうだった。
何かを我慢するかのような憂いと迷い。
一瞬、私を抱きとめる彼の左腕に力がこもる。
緊張で思わず、コクンと小さく喉が鳴る。
しまった。彼の表情に後悔の色が加わるのが見て取れた。
「・・・・・・もう、時間だ。」
その声に反射的に顔を向ける。
彼の表情は哀しそうな笑顔。今までで一番近いはずの20cmの距離がとても遠く感じてしまう。
半ば衝動的な思いつきを実行する前に、彼の右手が二人の間に割り込んできた。
人差し指だけをピンと伸ばし、私の顔の前で円を描くような動作をする。
思わず視線を奪われる。何故だかジッと見入ってしまった。
そして、彼の指が左から右へとフリックする。
目の前に、頭の中に靄がかかったかのように、ボンヤリする。
「ま・・・・・・ほう・・・・・・?」
やっと絞りだせた言葉に彼の反応はない。
彼の指が上から下へと動き、止まる。
どうして・・・・・・そんな表情をするの?
声にならない声を理解してくれたのか、ニコリと微笑む。いつも通りの笑顔・・・・・・無理に作ってる。
「今日は楽しかった。色々話せて良かったよ。」
まるで、今日が最後みたいな言い方。
イヤ・・・・・・、何で!?
「じゃあ・・・・・・ね」
絞り出すようにかすれた彼の声。
彼の指が目の前の空間をタップする。
頭の中の靄が固まり、私の意識はそこで途切れた。