3章『彼方の瞳』:3
飛鳥が操るアストラルの放った攻撃は、ただ純粋な飛び蹴りだった。
なんのひねりもなく突き出された右の足が、ホライゾンのやや青みがかった紫のコアを蹴り飛ばしただけ。
ただしそこに加えられた速度は、音速の三倍。
大気をも粉砕する衝撃波を伴って、莫大な運動エネルギーを撃ちこまれたホライゾンが一瞬にして海面へ叩きつけられた。
派手に上がった水しぶきは、アストラルがいる海面から高さ10メートルほどの位置を軽く超える。青天を覆い隠す水のカーテンはあぶくに埋め尽くされ、白い色を宿したかのようだった。
見上げるほどの高さまで跳ね上がった海水が、今の一撃に込められた威力を如実に表していた。
「へっ、好き勝手やりやがって、ちったぁ懲りたかよ」
『さ、流石にやり過ぎでは……』
「相手も問答無用だったからこっちも同じことをしただけっすよ」
『……あのアスカくん、やっぱり何か怒ってます?』
「……まーどういうつもりかは知ったこっちゃねぇけど、こいつが余計なことをしてくれたせいで必死こいて課題片付けた意味が無くなったわけだし。これくらいはいいだろ」
プールを逆さまにしたかのような豪雨の中、アストラルは、いや飛鳥は、ニヒルな笑みを浮かべて海面を見下ろす。
「――――なぁ?」
ホライゾンはまさしくゲリラの如くすぐに消え去った豪雨の中心点で、海面を持ち上げゆっくりとその姿を現した。
睨みあう白と黒の機体。
吹きすさぶ海風と波立つ海面以外の全ての時間が凍りついたかのような、ある種異様な緊張感。
始動に、合図はなかった。
アストラルは予備動作を一切無しに、両側の足のアームからフォトンライフルを抜き放つ。
ホライゾンは右腰部にホルスターに収められたサブマシンガンのような武器を取り出した。
「おっせぇよ!」
ホライゾンが銃口をこちらに向ける前に、アストラルは即座にフォトンライフルを発射する。オミットされたヒートモードではなく、着弾衝撃が主なダメージ源となるインパクトモードの重光子弾だ。
対してホライゾンは身をひねることで攻撃を回避し、一回転したその振り向きざまにサブマシンガンを連射した。
発射されたのは青みがかった紫の重光子弾と、漆黒の実弾。
(っ、銃口が二つ!?)
その形状の違和感に気付いた飛鳥だったが、ほとんど機体が勝手に動くような勢いで一気に加速する。
逃すまいとホライゾンはサブマシンガンの上下に並んだ2つの銃口を向け直す。
アストラルの進行方向にかぶせるように撃つ偏差撃ちによって、放たれた2種の弾丸がアストラルの足を捉えようとしたとき、ほぼ垂直に白い機体が跳ね上がった。
急激な機体制動で一瞬にしてホライゾンの射線から逃れたアストラルは、
「おおおおおおおおおッ!!」
再び瞬時に進行方向を変化させ、今度はホライゾンの元へと真正面から突撃する。
尾を引く青い閃光はビームブースターが残した加速の残滓。
手には敵を切り裂くフォトンブレード。
アストラルは慣性を無視したかのような鋭角軌道と、一瞬にして亜音速に突入する加速力をもって、対応不能のタイミングでの強襲攻撃を放つ。
しかし、
「なにっ!?」
振り抜いたフォトンブレードに何の手ごたえもなかった事に、飛鳥は驚愕の表情を浮かべた。
当たるどころか、攻撃を防御すらされていない。
そもそもビームブースターを噴射したそのタイミングで、ホライゾンは既に機体を横にずらしていたのだ。まるでそれからどのような攻撃が放たれるかを、完全に把握していたかのように。
「チィッ!」
舌打ち一つ、海面近くで逆さまになった状態のままアストラルは両手をフォトンライフルに持ち替える。二つの銃口を揃え、ぐっと手に力を込める。
フルロードモード。
インパクトモードよりも遥かに大きなエネルギーを蓄えた強力な一撃を、未だこちらを振り向こうとする最中の敵に向ける。
ドッッ!! と腹に響く重い音と同時に、二つ並んだ重光子弾が銃という拘束から解き放たれた。
寄り添う二つの光弾は一つの巨大な槍のようになり、空を貫いて一瞬にしてホライゾンの元へと到達する。
直撃したかに見えた。
いや少なくとも飛鳥のイメージでは、振り返る途中のホライゾンの脇腹に抉り込むように直撃するはずだったのだ。
しかし、現実は違った。
黒い装甲ではなく青い海面に激突した光弾はその直後に形を失い、熱と衝撃をまき散らして海水を派手に吹き飛ばした。
水のカーテンを背にしたホライゾンは、それには構わずアストラルにサブマシンガンの銃口を合わせる。
アストラルも無理に軌道を変えようとはせず、発射反動をいなすようにしてホライゾンから距離を取った。
(目測を誤った?…………いや)
違う、と飛鳥は即座に否定する。
ホライゾンはただ止まらなかっただけだ。アストラルの突撃を回避したホライゾンは、振り返りつつもそのまま海面を滑るように移動し続けただけのこと。
それもまた、アストラルの追撃を予測していたかのように、だ。
『アスカくん、やはりこちらの手は読まれています』
「やっぱり、そういうことだよな」
忌々しげに呟く飛鳥だったが、分かっていたことではあった。
唯一の誤算はこの高速戦闘の中にもその能力を適用させるだけの技術が相手にあったということだ。
いや、これもまた想定の範囲内ではあった。かなり悪い部類のものではあるが。
距離を取り過ぎればまた状況が不利になってしまう。近距離高速戦闘にも敵の能力は適用されるようだが、それでも中遠距離での戦闘よりは幾分かマシだ。
一瞬のやり取りではあったが、飛鳥の予想ではホライゾンに近距離戦闘に適した武装は装備されていないと判断できた。特に、格闘戦用の武器はないだろう。
それがあるならば、交差したときに回避ではなく反撃を選んでいたはずだからだ。なにしろ向こうはこちらの手が読めるときている。
(近距離は絶対的にこっちが有利。手が読まれているのを前提に、戦闘を構築していけば!)
追撃に放たれていたサブマシンガンの射撃が止むのを確かめると同時、即座に切り返したアストラルは再度フルスロットルでホライゾンへと突撃する。
顔の前でクロスさせた両腕を勢いよく後ろに払ったとき、その両手には一対のフォトンブレードが握られていた。
青い光刃を携えたアストラルが海面スレスレの位置を高速で飛翔し、風圧で巻き上げられた飛沫をも吹き飛ばしてさらに加速する。
ホライゾンの手には、やはり二つの銃口を備えたサブマシンガンが握られている。見るからに扱いやすさを徹底した武器のようだが、威力のほどは見た目からは図れない。
ただ発射時の反動がほとんど見受けられないことを考えると、実弾側はともかくとして重光子側の威力はフォトンライフルほども無いのだろう。
重光子銃もある程度は威力に比例した発射反動がある。発射時加速での重光子崩壊現象によるもので、武器の質が良ければその分発射反動、つまりは加速時に崩壊する重光子量を抑えられるのだが、それでも発射反動がほとんどないレベルにまで持って行くことは難しい。
総合的に考えて多少の被弾は許容できる、と飛鳥は考える。
こういった細かい思考まで読まれているとなるとやや面倒ではあるが、恐らくそうなのだろう。
だとしても、飛鳥のやることは変わらなかった。
「さあ、ついてこれるか?」
向けられる銃口さえ無視して、アストラルは加速を続けたまま一息に懐へ飛び込んだ。その間にも弾丸は放たれていたが、せいぜい4発程度が肩の装甲に当たった程度。無視できるレベルである。
右のフォトンブレードを左の腰のあたりから、すれ違いざまに居合の要領で振り上げる。半ば体当たりをするような勢いで放たれた一撃だったが、ホライゾンは紙一重でこれを回避した。
ギリギリだったというより、分かりきっているからこその余裕。事実、すれ違いざまに押し付けるような格好でサブマシンガンを放ってきていたのだ。
果たして思考を読まれただけでこれほど正確に回避できるかは疑問ではあるが、現実にそうなっているのだから疑いようもない。
(……中国最強とはよく言った、動きに無駄が無い。場馴れしてやがる)
しかしここも想定内。
回避される前提で、すれ違った直後にビームブースターを前方へ噴射する。強力な慣性制御システムとの併用によって瞬時に機体の速度を消化し、逆に背後にいるであろうホライゾンへ振り向きながらショルダータックル叩きこもうとする。
加速の全てを注ぎ込まれた左肩は、しかしつい先ほどまでホライゾンがいた場所を勢いよく貫いただけだった。
フォン、という空気を切る微かな音は、依然肩を突き出したままのアストラルの上方から聞こえた。
「くっ――――」
振り返るよりも先に、上下逆さまになったホライゾンが両手で構えたサブマシンガンを乱射する。
「ちっ、鬱陶しい!」
近距離でばら撒くように放たれた大量の弾丸だったが、恐ろしいことにその全てがアストラルに直撃するコースをたどっていた。
視界の外から放たれた攻撃に、なおかつ面を埋め尽くすような形の射撃では、意図的に肩などの装甲の厚い部分で受け止めることでダメージを軽減するという方法も使えない。
頭部だけは辛うじてクロスしたフォトンブレードで守ったものの、その他の被弾を考慮する余裕はない。
切り返しのための加速を打ち消さず、アストラルは一旦大きく距離を取った。
サブマシンガンの威力は低いだろうが、至近距離でこうもばら撒かれるとやはり攻勢に回ることはできないのだ。
遠ざかるアストラルに驚くほどの精度で送りこまれる弾丸をフォトンブレードで弾きつつ、その銃口から逃れるように機体を旋回させる。
『アスカくん、やはり手順立てた攻撃は事前に察知されています。回避方法から反撃まであらかじめ考える時間があるようなものですから、逆に危険でしょう』
「とは言っても、何も考えずに殴りかかっても迎撃される気しかしないんだけど!」
ドンッ! と空気を叩いて、ホライゾンの視界から逃れるように一気に横方向へ加速する。直後にビームブースターを照射し、眼前の敵へと回り込むように突撃した。
目一杯に腕を伸ばして高速で回転し、丸ノコのような斬撃の権化と化して亜音速で肉薄する。攻撃範囲は腕とフォトンブレードの長さの合計、その二倍。
そして高速回転しているが故に、ホライゾンがどこへ回避しようと適切なタイミングでビームブースターを噴射するだけで追跡することが可能でもある。
(――――こいつはどう出る!?)
一瞬の飛鳥の思考の最中、ホライゾンが取った行動は至極単純。
即座に身をかがめてギリギリの位置で斬撃を回避すると同時、思いきり突き出した足でアストラルの脚部を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
バランスを崩したアストラルは、一体どういうモーメントが働いたのか、錐揉み回転しながら水面に何度も叩きつけられる。
(くっそ、シミュレートせずにぶっ放しただけの攻撃じゃ、捌かれた後のリターンが――――何ッ!?)
水面を背にしてなんとか体勢を整えようとしていたアストラルの眼前に、ぴたりと寄り添うように飛行するホライゾン。飛鳥が驚愕に目を見開く中、ホライゾンは左手に握った新たな武器の銃口をアストラルのコアの中心へと向けていた。
黒光りする、流線型のやや大きな銃身。ホライゾンはただ機械的な動作でその引き金を引いた。
至近距離――――回避は不可能。
「クソッタレがッ!」
脊髄反射をも上回るスピードでとっさに構えられたフォトンブレードに、放たれた白い大型の重光子弾が直撃した。
だが、
「づぐぅあアァ!?!?」
想像をはるかに上回る絶大な衝撃は、まるで大質量の岩でも投げつけられたかのようなものだった。
武器のサイズ、発射までのラグ、発射時の反動、どれをとっても釣り合わないバカげた威力に、アストラルは体勢を維持することすらできずに水面に叩きつけられた。
アストラルがホライゾンを蹴り飛ばしたときと同じが、あるいはそれ以上に巨大な水柱が形成される。
光弾を受けとめた腕と水面に叩きつけられた背中への衝撃が一度に伝わって、飛鳥の思考が弾け一瞬だけ意識を失う。
着弾の衝撃を殺し切れずに海中へ深く沈んでいくアストラル。
コックピットの中で、飛鳥は歯を食いしばって被りを振った。
「ちぃ、なんなんだこのふざけた威力は……」
『無事ですか、アスカくん』
「肘の関節のダメージが酷い。動作にはまだ問題ないレベルだけど、同じのをもう二発も貰えば動きがかなり悪くなりそうだ。それにしても……」
両腕のフォトンブレードで受けとめたにもかかわらず、腕にはあまりにも巨大な負荷がかかっていた。武器の大きさなどせいぜいフォトンライフルより少し大きい程度だが、その威力はフォトンライフル・インパクトモードのざっと5倍はあるだろう。
『アストラルのセンサーでの解析では、重光子弾の総エネルギー量はフォトンライフルの平均出力値よりも少し大きい程度のようですが』
「でも、だったらあんな威力……」
『重光子結合の組成に何らかの細工がされているのかもしれません。指向制御弾か、あるいは高速連鎖崩壊弾か……。恐らくは後者でしょう。前者では別途リフレクターなどの制御装置が必要になりますし』
「すいません何言ってるのか分かんないです」
『重光子弾は光子と重力子の結合が崩壊する際に、熱や力学エネルギーを放射するものでしょう? 端的に言えば、全ての結合が崩壊するまでの時間を短くすることで対象に与える衝撃を大きくしているのだと思います。言うなれば重光子炸裂弾、ないしは榴弾といったところでしょうか』
「つまり、重光子で出来た爆弾を発射してるようなもんか」
『少し違いますが、感覚的にはそんなものですね。ただその分射程は短いのだと思います。完全真空以外で繊細な結合を維持するのは難しいみたいですから』
一葉の言う通りならば、さっき放ってきた武器――とりあえずは重光子炸裂砲とでも呼んでおく――は近距離での迎撃用の武器なのかもしれない。
迎撃、と飛鳥が判断したのは、ホライゾンが近距離に向いた機体には見えないからだ。
凄まじい精度の超長距離狙撃をしてきた機体だが、狙撃での高い精度と接近戦での柔軟性というのは相反する要素でもある。その上でホライゾンが前者を優先しているのは、まず間違いないだろう。
ホライゾンが自らアストラルには接近せず、向かってくるアストラルをいなして反撃するというスタンスに徹しているのもその根拠だった。
思考を読まれてはいても、戦闘の流れを支配しているのはあくまでも飛鳥の選択。打開策はまだ彼の中にはないが、不思議とどうにもならないという絶望感はなかった。
しかしいつの間にやら一葉の知識が凄いことになっている。
勉強したとは言っていたが、アーク特有の技術である重光子の方面までその知識を広げていたとは、飛鳥としても驚きだ。
だと思う、というような濁した表現を使わなかったことからも、自分の認識に対する自信がうかがえる。信用に値する情報だった。
(まぁだとしても近距離戦しか選択肢が無いのも事実。サブマシンガンのダメージは受けるポイント次第では十分無視できるレベルだし、狙撃銃は近距離で取り回せるような武器じゃない。腰の武器が一つと背中のコンテナが気になるけど、目下警戒すべきはあの重光子炸裂砲一つか)
何か事情があるのか、海中にいるアストラルに対してホライゾンが攻撃を仕掛けてくることはない。あの狙撃性能を鑑みるに、センサー類はアストラルのものよりも強力なはずだ。ソナーの類をつけていないとは思えないし、熱源感知でもこちらを捉えることはできているだろう。
重光子兵器、特にその中でも射撃系の兵器は水中では極端に射程が短くなって扱い辛い。特にもともと射程の短い武器なんかは銃口付近で炸裂することもあるので実質使い物にならないのだ。
ホライゾンの武器はこれまでの行動を見るに重光子兵器がメインだろう。今はこちらの様子見に徹しているはずだ。
「ごちゃごちゃ考えるのが読まれるなら、やっぱり行きあたりばったりで行動するのが一番ダメージを少なくできる」
『しかしそれではじり貧になるでしょう。先の奇襲も悪くはなかったですが、落ち着けば簡単に対処できる攻撃でもありました』
「ああ、だからヒットアンドアウェイに徹する。反撃を受けなきゃいい、アストラルらしい戦い方さ」
『……敵の行動パターンを可能な限り暴きます。それまでダメージを受けないように』
「了解!」
海中で身をひるがえし、重力に任せて沈むだけだった機体を一気に浮上させる。途端に海上にいたホライゾンに動きがあったが、敢えて全てを無視した。
空気よりも圧倒的に重い水をかき分けて加速する。眼前から加わる圧をも押しのけ、光が差し込む海の境界へ。
海面を、突き破る。
「つーわけで、悪いがこっから先は俺のペースだ。付き合ってもらうぜ、ホライゾン!」
海水を巻き込んではるか上空へと飛翔したアストラルの中で、飛鳥はあろうことかオープン回線に設定した通信を使ってそう啖呵を切った。
『…………っ』
たった一度だけ、肩を震わせたような息遣いがアストラルのみに向けられた通信から聞こえた。
音もなく構えられたサブマシンガンと、これまで使用されなかったやや大型の重火器。見たところはリボルバータイプのグレネードランチャーか。弾数6の回転式弾倉だ。
向けられた銃口のその先でアストラルは両手を広げていた。左手にはフォトンブレード、右手にはフォトンライフル。
限界まで攻撃手段を拡張したアストラルの強襲スタイル、とでも定義しようか。
「さーてと、こいつでどこまでやれっかな?」
飛鳥としても初めての運用法。どのような戦い方をするのが効率的かは分からない。
分からないからこそ、今この状況に置いて最高の結果を示すと彼は確信していた。




