3章『彼方の瞳』:1
サブタイトルにミスがあったので修正しました。
「アストラル、目標高度、及び秒速1000mへの到達を確認。指定進路マーカーへ進行方向の調整を開始する。3……2……1……調整完了」
『進行方向合致、確認しました。アスカくん、自動飛行モードへ移行しますか?』
「んー、いやいいっすよ。10分ちょっとでしょ? それに状況がまだはっきりつかめてないし、自動に任せるようなタイミングとは思えないんですよね」
『確かに、そうですね。……こちらでは久坂君がバーニングの中で出撃準備をしているそうです』
「あいつも出るんですか?」
『いえ、有事の際に素早く対応できるように、と。言うなればスクランブルですね。とはいえ出撃しないに越したことはないとのことです』
「穏便に済んでくれりゃいいが……」
たぶん無理だろうな、と飛鳥は適当に予想する。
明確な根拠は示せないが、飛鳥には戦闘になる予感がしているのだ。ただ上空を飛行しているだけなのに、どこかピリピリとした緊張感を肌に感じる。胃に何かが重くのしかかるような感覚は、ちょうどフラッシュとの戦いのために人工島に向かっていた時と似たものだった。
むしろあの時と違って精神的な高揚が無い分、飛鳥にはその言葉にし辛い緊張感がはっきりと伝わっていた。
作為的な物を読み取ったが故の疑心暗鬼かもしれないが、いずれにせよ注意はしておくべきだと飛鳥は結論付けた。
高空を音速の3倍近いスピートで駆け抜けるアストラル。
白い綿のような雲に飛び込めば、まるでトンネルでも作っているかのように雲に綺麗な穴が開き、直後に内側から破裂して霧散する。
アークが前面に展開した不可視の力学フィールドのおかげで機体はその影響を受けないが、超音速の飛翔体は当然ながらソニックブームをあちこちにまき散らしていた。
地上に影響は出ないだろうかと不安に思う飛鳥だったが、オペレーターの一葉が何も言わない以上は問題ないのだろうと割り切っておいた。
実際アストラルは、機体の外から伺えば鼓膜を引き裂くほどの轟音を響かせているわけだが、高度が相当に高いので地上にまで大きな影響は出ていないのだ。厳密に調べれば観測はできるかもしれないが、少なくとも普通の人間が感じ取れるようなものはないだろう。
雲間を駆け抜けるアストラルの前に広がるのは、いくつかの塊になった白い雲の群れ。よく見ればそれぞれ違う形をしていることに気付くのだが、かといって新鮮味など最初の数十秒で消え去った。
似たような景色を延々と繰り返していることに飛鳥がやや退屈を感じ始めたタイミングで、外部からの通信が来たという通知が現れる。
一瞬、遥あたりからの緊急連絡かと思ったが、飛鳥はすぐに自分で否定した。そういう場合は一葉を介して伝えてくるはずだからだ。
となると、誰からなのか。
「あー、まぁいいや」
考えるのが面倒になって、発信元も確認せずに飛鳥は通信を繋ぐ。
視界の端に表示されたウィンドウに映っていたのは、先ほど研究所に通信を送ってきていた小守という男の姿だった。
「……あ? なんでアンタが?」
思わず怪訝な表情になってしまった飛鳥だったが、それも仕方がないだろう。この男は、ついさっきまで研究所の方に通信を繋いでいたところなのだ。
『あの、研究所のほうで話をしていらっしゃったのでは?』
どうやら一葉の方にも同時に通信が繋がっているようで、突然現れた小守にやや驚いた様子で、一葉はそう尋ねた。
小守は淡々とした様子で応える。
『そちらは既に要件をお伝えしましたので、今は海上自衛隊の艦船から撮影したホライゾン周辺の映像を送らせていただいています』
「ってーことはなんだ、その映像ってのをこっちにも送るつもりなのか?」
『ええ、その通りです』
いちいち一言伝えてくるあたり無駄に律義だが、断ったらどうするつもりなのだろうと飛鳥は余計なことを考える。
とはいえちょっと視界が狭くなる以外、特別彼の申し出を断る理由はない。飛鳥は黙って頷いた。
視界の右下辺りに表示されたのは、彼の言う通り海上のホライゾンを映した映像だった。リアルタイムの映像であるならば、飛鳥がこうして現場に向かっている今も、ホライゾンは身じろぎひとつせず海面近くでホバリングをしていることになる。
撮影しているカメラの倍率など飛鳥には知りようもないが、警告はしているというのだからわざわざ索敵できないほどの遠方から撮影されたものではないだろう。
とすると間違いなくホライゾンは自身が撮影されていることや、周囲に艦隊が展開していることは認識していることになる。のんきにフワフワしているのはよほど肝が据わっているのか、それともただの馬鹿なのか。
「あるいはそこまで掌の上、か……」
『何かおっしゃいましたか?』
「いーや別に」
眉を寄せた小守の言葉を軽くあしらいつつ、飛鳥は視界端のホライゾンにそれとなく注目してみる。
武器、というか銃器らしきものが腰回りを中心に数多くある。ざっと見ただけでもそれなりの大きさの武器が腰回りに3つで背中に1つの計4つ。特に背中に背負っている巨大な銃が強烈な存在感を発していた。
その隣に縦長の箱のようなものが備えられていたが、それが何なのかまでは見た目からでは窺えない。何にせよ武器の類でしかないだろうことは想像に難くない。
ごちゃごちゃと武装で身を固めてはいるが、重装備といった印象はない。装甲やスラスターが作るシルエットに綺麗に馴染んでいて、逆に細身にさえ見えるほどだった。
ただ外観から窺えるのはその程度だった。
飛鳥が気になったのは刀剣系、というか近接戦闘用の武器らしきものが見当たらなかったことだ。見えないように腕の装甲に重光子ブレードが仕込まれている可能性もあるが、機体にスラスターという分かりやすいウィークポイントが多いところを見るに、そもそも近距離戦を想定されていないとも考えられる。
(背中の大きな銃から察するに、たぶん遠距離特化。……となるとありゃ狙撃銃か? 見たところ銃身が二つ折りになってるみたいだけど、まっすぐにしたら機体の高さより長そうだな。まぁ近接で取り回しが効くレベルじゃないだろう)
適当にあたりをつけた飛鳥だったが、予想が当たっていたとすると少々面倒くさい状況だ。
なにしろ遠距離に特化しているなら普通、索敵能力もそれに準じたものになるだろう。だとすると近距離戦闘に特化したアストラルよりも遠くの相手を見つけることができるはずだ。
つまりこのまま接近すれば、アストラルよりも先にホライゾンがこちらを発見するということだ。
こちらの機体を見て引き下がるようなものなら問題ないが、ここまで大胆なことをする相手が、たった一機のアークを見ただけで尻尾を巻いて逃げるなどとは到底思えない。
(かといって遥さんが言うには、日本のアーク研究は国が直接関与していないのは対外政策のようなもんだから、中国側が……つーかホライゾンのパイロットもそう認識してるはず。だとするとアストラルが出張ってくる可能性なんて最初から考えてないんだろうけど……)
あるいは日本のアーク研究は国も多少なりとも関わっている、と中国側が疑ってかかっている可能性もあるわけだが、そこまでの腹の探り合いとなると流石に飛鳥の手には負えない。
「わっかんねぇなー」
『どうかしましたか、アスカくん?』
小守には聞こえないように設定を弄ってから発された飛鳥の言葉に、一葉は不思議そうに首をかしげる。
あまり面倒なことは考えていないのか、もしくは考えないようにしているのか、何かに悩んでいる様子は見られない。
「いや、結局ホライゾンの目的がわからないのがなーんか気持ち悪いんすよね。何か要求があるならそれこそ周りの艦隊に言ってやればいいわけですし、それも無いのに居座ってるっていうのがなんとも」
『確かにそうですけど、あまり考えても仕方ないんじゃないですか? 何も言ってないのなら目的は相手方にしかわからないわけですから』
「だからその何も言っていないっていうのが引っかかって仕方がないっていうか……。なんか出方を窺われてるみたいでいやな感じというか……」
彼自身うまく考えをまとめられていないのか、言葉も主観的で要領を得ない上に歯切れが悪い。
要するにアークによる軍事的なプレッシャーをかけたときの日本側の対応を探っているようだ――と、飛鳥はそう感じたのである。「軍事的」というのはやや主観が入っているが。
ただこれだけの時間があって、それでも何のリアクションも見せていないことを考えると、アークが出てくることまで織り込み済みなのではないかという邪推までしてしまうのだ。
『しかしどういった事情があるにせよ、今の私達がそれを気にしても仕方がないのでは? それにもし戦闘に発展したとして、余計なことを考えていると思わぬ怪我に繋がりますよ』
一葉はあくまでも飛鳥の身を案じるスタンスでそう言ったが、当の飛鳥はひとり言のように呟く。
「あーそう、それなんだよなぁ……」
『それ、とは?』
「調べても意味無いのも理由ではあるけど、今のところ俺達って、見ればわかるようなこと以外ほとんど何も分かってないじゃないですか。今から現場に向かおうってんだから、実質は当事者ですよ? なんで蚊帳の外で話が進んでんのかっていう」
『それは、確かにそうですが……』
愚痴っぽく語られてしまった一葉だったが、彼女にしたって何かを知っているわけではない。飛鳥の言っていること自体には間違いが無い分、一葉も言葉に詰まってしまう。
「あー……」
うーん、とうなり始めた一葉の声を聞いて、飛鳥は少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
一葉としても飛鳥に気を使った結果として余計なことを考えないようにとしているのだから、あまり彼女を困らせるようなことを言うものではない。
飛鳥は被りを振ると、少しばかり明るい声で言った。
「ま、今更やっぱりやめたなんて言いはしないですけどね。遥さんに任せるって言われた手前、手を抜くつもりもないですし、やることはやりますよ」
『アスカくん…………そうですか』
不安そうな様子を見せてはいたものの、飛鳥の言葉を聞いてか一葉も安心した様子で頷いた。
(つーかそもそも、こういうグダグダ考えるのは好きじゃねぇんだっての……)
飛鳥はそんな身も蓋もないことを心の中で呟くが、当然ながら顔には出さないでいた。
何か踊らされているような気がして不満げな飛鳥。とはいえそんな面倒事に意識を向けるのは遥や隼斗の仕事だろう、と他人任せにしてしまう。
ひとまず、飛鳥自身に関係のあることだけ考えることにした。
「えっと、小守さんつったっけ?」
『ええ、そうです。どうかされましたか?』
「自衛隊の艦船がホライゾンの周りに展開してるんだったよな? その数とか配置ってわかる?」
『それでしたら、こちらも把握しております』
言うや否や、飛鳥の視界に縦横にグリッド線の引かれた地図らしきものが現れる。そこにドットでホライゾンや艦船の配置が記されていた。
見たところホライゾンの周囲800m程度の位置に、合計で6もの艦船が展開されていることが分かる。恐らく小守の言う海上保安庁の巡視船とやらはこの中に含まれないはずだし、単純な戦力として見てもかなりのものだ。
しかし相手はあくまでもアーク。通常戦力がどこまで通用するかは分からない。
「ここにいるの、どんな船なんだ? えーと、戦力的にっつーか」
『ここにいるのはアマテラス搭載中型ミサイル艦艇が4隻、同様の大型ミサイル艦艇が2隻です』
「アマテラス、ってなんだ?」
飛鳥もどこかで聞いたことがあるような気がするが、うまく思い出せない。そんな彼の質問に答えたのは、小守ではなく一葉だった。
『アマテラスというのは高性能の対空防衛レーザー照射装置のことですよ。DHELというのが本来の名前で、アマテラスはその愛称のようなものです。開発コードが確か……ヨコハマの光、でしたっけ。現在の全世界の対空防衛におけるスタンダードでもあるみたいです』
「なるほど……って、なんか妙に詳しくないですか?」
『アメリカで研究に関わってから、いろいろと勉強したんです』
どうやら一葉は一葉で、彼女なりに役に立てるよう努力をしていたということらしい。こういう兵器だなんだという暴力的なことは苦手だろうに、案外、肝は座っているようだ。
しかし、と飛鳥は考え込む。
「レーザーってアークには何の役にも立たないんじゃなかったっけ。これって戦力としてカウントできないんじゃ?」
『アマテラスだけでなく、名前の通り対艦ミサイルも搭載していますが……』
「当てれんの?」
『…………』
「ダメじゃん」
アークは四肢や多数の推進機構を用いた高い姿勢制御能力から、戦闘機などと違ってほぼ全方位に攻撃を行うことができる。それにより攻撃回避だけでなく、誘導兵器に対する迎撃能力も非常に高い。
飛鳥にしたって、初搭乗のアストラルでバーニングからのミサイル攻撃を全て迎撃するということをやってのけたのだし、中国最強のアークというホライゾンにそれができないとは思えない。
「多少の足止めぐらいはできるんだろうけど、戦力としてはアテにならないなぁ」
というより、下手をするとただの的になってしまう可能性だってある。何か企んでいる様子は見せていても、目の前で船が沈められるなどは流石に見たくはない。
そう思ったところで、一葉の言葉が聞こえた。
『アスカくん、目標まで残り10万メートルです』
「了解、そろそろか」
頷いて、飛鳥は気合を入れ直す。
しかしそこでふとあることに気付いた。
「つか、交戦許可とか出てんのか? いきなり攻撃していいわけじゃないんだろ?」
『こちらからの攻撃は行わないでください。……ただし、敵側からの攻撃行為があった場合は撃墜命令も出ています。そうなれば、もはや侵略行為ですので』
「つか既に侵略されてんだろ……。しかしえらく極端だな、間が無いっていうか」
とはいえ状況が簡単なのはいいことだ。
手を出されない限りは攻撃せずに、向こうから攻撃を行われれば叩き潰してやればいいということ。
「オッケー、わかった。とりあえず、戦闘状態に入ったら周囲に展開している艦船は全部下がらせてくれ。どうせ役には立たないだろうしな」
『それは……』
そう、小守が口を開こうとした時だった。
飛鳥の視界の端、そのウィンドウの中で。
ホライゾンが、背中の銃を構えた。




