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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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2章『識者は黙し、意図は見えず』:4

 それはアメリカでのアーク合同研究が行われていた期間での事だった。

 飛鳥達は向こうにあったシミュレーターを借りて、新たに開発したアストラル用のシステムの動作シミュレーションを行っていた。


 青い空に青い海、焼け付くような太陽と、眩しいほどに光を照り返す白い砂浜。

 これぞ観光地だと言わんばかりの『ザ・ハワイ』な風景が広がっているが――――

「これ疑似空間なんだよなぁ……」

 と、飛鳥は悲しげにつぶやく。

 そう、ここはアーク用のVRシミュレーターの空間だ。さすが以前の共同研究で東洞とアメリカ側の三社が合同で開発しただけあって、ほとんどの仕様が星印学園地下研究所にあるシミュレーターと同様だった。

 だが全くの同じではなかったようで、特にシミュレーションを行うための疑似空間のモデルのラインナップがまるで異なっていたのだ。

 星印学園の方では実機での戦闘試験を行わない分、だだっ広い海上やら荒野やらと比較的戦闘に適した空間モデルが用意されている。それに対してアメリカのシミュレーターでは、現実に存在している空間をモデルに使用しているものが多い。

 こういう疑似空間は特殊なカメラで撮影することで、直接周囲の空間を3次元モデルに落し込むことができるらしい。基本的には単なる手間の削減らしいので、人件費削減以上の意味は持たないようだが、特別戦闘に適したリアルな空間を用意する必要のないアメリカでは有効に活用されているらしい。

 ともあれアメリカ側にはそういった事情があるため、例えば隼斗とバーナードが対決したホノルル国際空港の滑走路周辺や、今飛鳥達がいるビーチのような空間モデルも用意されているのだ。

『そこはほら、この期間中はきっとバカンスなんてできないでしょうから』

 マイク越しの、ほんの少しくぐもった声が聞こえる。

 それと同時に飛鳥の視界の端に小さなウィンドウが現れる。その中には黒いカチューシャをつけた遥の顔が映っていた。

 彼女曰く、星印学園の研究所にある遥の身体モデルは必要性があったのではなく暇つぶしで作ったものらしく、この合同研究には持ってきていなかったらしい。ただ人体モデルの動作に三次元写真を重ねてテクスチャとして表示する映像加工技術を利用して、上半身だけは自身の姿を再現していた。

 そのためいつぞやのように、アストラルの目の前でふわふわと妖精のように舞うということもなく、至極まともに通信と同じ形式で声をかけてきているのだ。

 とは言っても体感時間のリンクのためにVRシステムの起動はしている。VR空間で外部からのアクセスに使用するものと同じコンソールを再現して、通信のように別空間から映像を飛ばしているのだ。

「そんなにカツカツなんすか? 休暇……ってかそういうのが全くないってよっぽどでしょ?」

『アストラルとフラッシュの戦闘は最初の予定にはなかったから、新たにコードの獲得――つまりはシステムのアクセス権限解放が行われるとは思っていなかったし、それにバースト・ドライブまで発動したとなると、新たに分かったことも多いから』

 ホントは数日でも自由な時間を用意したかったのだけれどね、と遥は苦笑する。

 アストラルはこのシミュレーター試験の数日前に、フラッシュとガチンコの勝負をして勝利した。その戦闘で飛鳥の適合レベルがAになり、バースト・ドライブという新たなシステムが解放されると共に、戦闘で勝利した結果としてFとGのコードを入手したのだ。

 そのため適合レベルの上昇とコードの獲得による管理者権限の解放、及びバースト・ドライブの発動による新たな機体特性の判明に、さらにはエタニティ企業連合がもたらしたアーク波という情報も相まって研究の余地が一気に広がってしまっていた。

 虎鉄という東洞のアーク研究者曰く、こういうチャンスは素早く活かすものだそうで、戦闘終了後に大規模な研究開発が即座に開始されたのだ。

 最初の方はパイロットである飛鳥の出番はあまりなく、せいぜい何度かアストラルの起動を行なってデータ収集に付き合った程度だった。

 しかし先日ついに、いくつかあったアストラル用の新規システムの理論やら装置の設計が完成したらしく、この度そのシミュレーション試験が行われることになったのだ。

 増設ユニットの製造はともかく、実際に導入をするにはアストラル専用の整備設備などが足りないようで、シミュレーター上での動作検証の完了をもってこの『アストラル強化計画』は一旦終了となる。

「でも、これ終わってもあと数日ありますよね? そこで時間は取れないんですか?」

『これ一回で理論値相当のスペックが確認できるとは限らないし、終わったら終わったで他の分野への技術転用の検討をしたり開発プランを立てたりって仕事が出てくるから、やっぱり時間はないわね』

「そりゃ残念っす。……いろいろと」

 最後にぼそっと付け足した飛鳥。

 まさか本人を前にして「水着が見たかった」などとトチ狂ったことを言えるわけもなく、飛鳥は適当にごまかしておいたのだ。

 研究だなんだとキャラに合わないことをずっとやっている飛鳥だが、彼だって普通の男子高校生。思考回路にそういうノリが入る余地はいくらでもある。

 ただどうにもこういった研究の一環という状況では煩悩は仕事をしないようで、ハワイのビーチのど真ん中の映像を見せつけられても、飛鳥は実際に行ける可能性がないという事実に悔しさしか覚えなかった。

 ともあれ、である。

「とりあえずは実験に集中しようかな」

 飛鳥は正面に構成された、白地に緑のラインで彩られた機体を見てそう呟いた。

 ―――『アナザーアーク・タイプリーフ』

 一葉のために遥が設計した、アークというものの定義を満たしたオリジナルとは異なる機体だ。これはあくまでもシミュレーター用の設計モデルであって、製造には至ってはいないが。

 しかし飛鳥の記憶にあるモノとは微妙に形状が異なる。

 元は全体に丸みを帯びたフォルムをしていたが、今は機体の各部に何か箱のようなユニットが複数取り付けられている。

 最初は追加スラスターか何かかと思った飛鳥だったが、どうやらそうではないようで――

『あら、そういえば言ってなかったわね。研究で分かったことはいくつもあって、その中にはまだメカニズムの解明が出来ていないものもあるのよ。だからそういったものはアストラルの強化計画には組み込めなかったのだけど……どうせだからってことで、理論上装置として成立しうると判断されたものが、シミュレーター専用のユニットとして作られているの』

 飛鳥の注意の行き先に気付いた遥が、先んじて彼の疑問に答えた。

 合点のいった飛鳥は頷く。

「つまり、そのとりあえず作ってみたシステムなり装置なりをそのタイプリーフに搭載したってことですか?」

『はい、そういうことです』

 肯定したのは一葉の声だった。

 一葉専用機でもあるタイプリーフがこうして現れている以上、それを操っている当人もこの疑似空間にいるということでもある。

 一葉はデータだけの存在とはいえ自分の機体が強化されたのが嬉しいのか、新たに両肩に搭載されたユニットを身体をひねって眺めていた。

「でも、一葉さんの機体が強化っすか」

『アストラルも強化されるわけだから、バランスを取ってというのもあるわ。それにアルフレッド君に勝ったことも含めて、アスカ君の腕も随分上がってるみたいだしね』

「それは、まぁ……」

 素直に褒められて、照れくさくなった飛鳥はアストラルのモデルを操ったまま指先――というかマニピュレータで頬を掻いた。

 そういえば遥に純粋な結果を評価されたのは初めてかもしれない、と飛鳥は思う。これまでは評価されるのは例えば今後の成長の余地であったり、あるいは瞬間的な機転のようなものだった。

 なんだかんだ言って、彼のモチベーションが最も上がるのはこれである。

(……ははっ、我ながら現金な奴だ)

 飛鳥は心の中でだけ自嘲気味に呟いて、シミュレーターが再現しない自分自身の顔を使って苦笑してみた。

 そんな飛鳥の気を知ってか知らずか、一葉がやや弾んだ声で語りかけてくる。

『でも、もしかしたらもうアスカくんのほうが私よりもアークの操縦テクニックが高いかもしれませんね』

「いや流石にそれは……。同条件でやったら相変わらず俺がボコられるパターンですよ」

『……そうでしょうか?』

「自分のことはよくわかるんで」

 適当に答えて、飛鳥は早々にこの話題を終わらせにかかる。

 一葉はクナイ型手榴弾だけという非常に限られた武装しか持たないタイプリーフを使っても、1対1なら飛鳥にも隼斗にもだいたい勝ってしまうのだ。

飛鳥もアメリカでの共同研究を始めてから知ったことなのだが、どうやら一葉は未だにアストラルを十分に動かせ、それどころかバーニングさえそれなり以上に扱えてしまうらしい。

 当然彼女はどのアークのライセンスも持たないので実機を動かすことはできないので、シミュレーターでの話だが。

 何はともあれ、一葉はアークを操るという行為に対するセンスがずば抜けているようなのだ。これでもともとがアストラルのライセンス所有者だというのだから、飛鳥としては同条件で勝負はしたくない相手であった。

 ただ遥は軽く落ち込んだ飛鳥の様子に気付いたようで、映像のなかで小さく笑った。

『ふふ、まぁ一葉はちょっと規格外な部分があるから、あまり気にしなくてもいいんじゃないかしら』

『遥に規格外なんて言われると、ちょっとショックです』

『……ちょっと一葉、その言われ方をすると私がショックだわ』

 からかうような声音の一葉と、むくれた表情を浮かべる遥。

『遥は正真正銘の規格外だからいいじゃないですか。私はアークを動かすのがちょっと得意なだけで、あくまで普通です』

『あら、私だってちょっと学会で名前が通っていてかつアーク研究所の副所長なんかをやっているだけで、あくまで普通よ』

『それはどこの世界の普通なんですか……』

 真顔で言ってのけた遥だったが、直後に一葉に指摘されて軽く肩をすくめる。

 そこで飛鳥はふと、二人の間にあった遠慮のようなものが無くなっていることに気付いた。

 遥は一葉を強引にアークのパイロットにしようとしたせいで、彼女にトラウマを植え付けてしまい、また一葉は遥の期待を裏切ってしまったという過去がある。そのせいで二人は互いに遠慮し合って、ぎこちない関係をなんとか維持していた節があった。

 それに気付いた飛鳥が一葉を研究所に呼んだこともあって、遥との関係はかなり改善されたのだがそれでも完璧に元に戻ったわけではなかったはずだが――

(そうか、そういやこの前二人で出掛けてたな)

 理由を考えていた飛鳥は、閃いたようにその事実に思い至る。

 遥はアメリカへ向かう飛行機の中で、ノートPCでハワイにある観光名所やら何やらを細かく調べていたのだ。それは一葉と一緒に出掛けるための下調べだろう、飛鳥はそのように考え、また実際にその通りだった。

 ここでの研究期間中はモチベーションや体調に関わるからと、アークのパイロットにはできるだけ負担はかからないようにされている。でありながら、当の飛鳥でさえ割とバタバタしていたレベルなのだが、どうやら遥達は多忙な中でも無理矢理時間を見つけて二人でお出かけでもしたのだろう。

 二人の会話から、言葉を選ぶラグのようなものが無くなっている。それはやはり、二人の仲が少なからず縮まっているということだ。

(大丈夫か、ちょっと心配だったけど……。なんだかんだ言って、遥さんも器用にやってんじゃん)

 遥はこと人間関係においては、鈍いというか不器用な部分があると飛鳥は思っていたが、常にそうだとは限らないらしい。

(それともあれか、男女関係だけ……やめとこ、考えてもむなしいだけだ)

 自分のアホくさい思考を笑い飛ばして、飛鳥は前方に視線を向ける。

 そこには和やかに会話を続ける二人……ではない、一機と通信の姿があった。いや違う、通信に姿などない。

 透明人間と話しているかのような奇妙な光景に、飛鳥はカクリと首をかしげる。

 そうしてしばらく茫然としていると、視界のウィンドウの遥が何かに気付いたように顔を上げた。

『おっと、シミュレーター上の機体に問題なくシステムの適用はされてるみたいね』

「チェック、終わったんですか?」

『ええ、じゃあそろそろ始めましょうか』

「待ってました!」

 そう言って飛鳥は肩の力を入れ直し、左の掌に右の拳を叩きつけた。

『まず、新規に搭載されたシステムの概要を説明するわね』

 そう言った遥はコンソールか何かを操作して、外部から情報を送ってくる。視界に現れたのは、何かややこしい文章が書かれたウィンドウだった。

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