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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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2章『識者は黙し、意図は見えず』:2

「海上保安庁だぁ……?」

「それにアークって……」

 突然の事態に困惑の表情を飛鳥と隼斗だったが、傍らの遥は眉をひそめただけだった。

 言葉が分からないのか首をかしげるアルフレッドと、瞑目したバーナードを横目に見て、遥はため息と共に視線を巨大なスクリーンに戻す。

「勝手に通信を開くところまでやってくれたのは見なかったことにしましょう。……理由は?」

『……英語にした方が?』

「それはそれで分からない子がいるからそのままでいいわよ。というか、機密を漏らす趣味でもあるの?」

『御冗談を』

 いやなものでも見るかのような遥の視線に、小守と名乗った男は肩をすくめると、浮かべていた苦笑を引っ込めて真剣な表情を作る。

 アメリカから戻ってすぐのタイミングではあるので、飛鳥としても心当たりはアストラルのことについてぐらいしかない。しかしアストラルは現時点では本格的な研究は始まっていない『ことになっている』し、そもそも国とアーク研究所の繋がりは海上保安庁などではなく防衛省側の管轄のはずだ。

 困惑する飛鳥をよそに、男は低い声音で続ける。

『少々、我々だけの力では対応しきれない問題に直面しておりまして』

「そのためにアークを……? つまり、アークがあれば対応できるという話ね。でも、そんな特殊な事情なんて――」

『そちらに関してはこの映像を見ていただければお早いかと』

 言うや否や、男の顔に覆いかぶさるように小さめのウィンドウが現れる。相変わらず許可も取らないどころか恐らくセキュリティでの認証すら突き破って情報を送ってくるという一方的差だ。

 だが飛鳥達は、誰ひとりとしてそんな事実に意識を向けることなどなかった。


 その映像に映っていた物が、彼らがまるで予想などしていなかったものだからだ。


「ちょっと待ってくれ。……これ、もしかしてアークか?」

「のように……見えるね……」

 そこに映っていたのは全身の各部が光を放つ、二足と二腕を備えた黒い機体。

 アーク、と。彼らの知る限り、その名を冠することが最もふさわしい姿だった。

 だが何故このタイミングでこんな映像が送られてくるのか――――それが彼らの脳裏をよぎった次の疑問だった。全員がそろって眉をひそめるなか、一人落ち着いた口調で小守が語る。

『こちらは中華人民共和国、中国人民解放軍海軍所有のアーク――アーク・ホライゾンです』

「っ! どこかで見たころがあると思ったら、中国のコードHだったのね……」

 はっとした表情で、遥がそう呟いた。首をかしげていた飛鳥は、キョトンとした表情を浮かべる。

「遥さん、知ってるんですか?」

「ええ、詳細はともかく、概要ぐらいなら。……6年ほど前に行われた大規模適正テスト後に人民解放軍に正式採用されたアークで、現状あの国が持つ3つのアークの中で、最強と言われる機体よ」

「最強の、機体……?」

 不穏な言葉を受けて、飛鳥は思わず視線を画面に向ける。

 フレームを覆う装甲は滑らかな曲線を描いているが、その外側に姿勢制御用のスラスターらしきものが数多く組み込まれ、全体を角ばった形状にしている。カラーリングは黒一色で統一され、コアと発光体の色は紫。見たところ、コア部分の色がやや青みがかっているように見える。

 機体の随所に銃器らしきものが装備されており、まさしく兵器という印象を与える姿だった。

「それで、この映像がどうしたというの?」

 ただ黒いアークがその場でホバリングしているようにしか見えない映像を視界に収めながら、遥が不思議そうな表情で尋ねる。

 小守は静かに頷くと、その問いにこう答えた。

『ご覧頂いているその映像は、日本海沖で我々が撮影しているライブ映像です』

「なっ、ライブ映像だぁ!?」

 ライブ映像ということは、今この瞬間に撮影されている映像だということである。しかしどうしてこのような映像を、海上保安庁の人間が日本海沖で撮影しているのか。

 口をあんぐりと開けた飛鳥とは対照的に、遥は険しい表情を浮かべる。

「まさか、領空侵犯……?」

『その通りです』

 小守は簡単に答えると、画面の中でひらりと手を振るう。領空侵犯という単語から相当重大な状況になっているだろうと飛鳥は予想するが、小守はあくまでも慌てた様子を見せない。

 その様子から何かを感じ取ったのか、遥は怪訝そうに尋ねる。

「……なんだか余裕そうだけど、領空侵犯されてるんじゃないの? それともついさっき見つけたばかりとかそういうことかしら?」

『いいえ、そうではありません。それに通過する程度ならわざわざそちらに協力を要請したりはしません』

「なら、どうして?」

『実はかれこれ十数分もの間このような状態なのですよ』

「…………………はぁ?」

 他人事のようにしれっと言い放った小守の言葉に、遥は意味を測りかねたかのように無表情で数秒間停止。頭のなかで文章を消化して理解に至った途端、逆に理解ができないといった顔になる。

 呆れて物も言えないらしい彼女に代わって、隼斗が引きつった表情で口を開く。

「……ということは、十数分も遠巻きに眺めていたということですか? 相手の目的は?」

『お恥かしながら、向こうが何のアクションも起こさない状態で対応のしようもなく……。通常の領空侵犯同様に警告は行っているのですが、反応はありません。ですのでホライゾン、引いては中国側の目的は今のところ不明です』

「それで困り果てて僕らのところに協力を求めに来た、と?」

『そうなります』

 なんじゃそりゃ、と飛鳥さえがくりと肩を落とす。

 しかし考えてみれば、アークが領空侵犯をしてきたときのマニュアルなどないのである。現行兵器群に対してアークが優先されるものは、アークが光学兵器に対して絶対的な耐性を持つことが主な理由であるが、それ以外にも単機が持つには大きすぎる火力などもある。何にせよ、通常軍事力に対するセオリーが通用し辛い。

 これらの事を鑑みれば、不必要に威嚇を行って反撃を受けては決して小さくない被害が出るだろう。

 その辺りの事を考えて手を出さずに警戒を続けているのならば、確かに慎重だと言えなくもないだろう。

 飛鳥がなんとか彼らの行動を正当化しようとしている中で、遥はまた違った疑問を抱いていた。

「……そもそもの話なんだけど、領空侵犯に対応するのは航空自衛隊の仕事じゃなかったかしら? どうしてあなた達海上保安庁の人間がこんな事態に対応しているの?」

『そもそも、日本領空でコードHを見つけたのが我々なのですよ。巡視中に偶然見つけてしまいまして』

「でも、それなら……。……いえ、自衛隊管轄のレーダーとかには反応はなかったの?」

『どうやらそのようです。アーク技術を利用したステルス機能が搭載されているのでは、との話ですが』

「ステルス……? アーク搭載となると、外付けの電波撹乱ユニット……、だとするとステルス戦闘機リーパーの系譜? でも、アーク用に最適化されたという話は聞いたことが無いし……」

『アメリカ製ではないでしょう。ついでに技術水準からして中国製とも考えづらい。恐らくはロシアのアーク研究機関、というかロシア軍が開発元かと』

「ロシア……、熱源探知までかいくぐるレベルのアーク用ステルスユニット、ねぇ」

『そもそもアークは排熱が少なく熱源探知には引っかかりにくいというのは売り文句の一つだったのでは?』

「どこの誰が言ってたのよそれ……。それに、反応が全くないというのは余程よ。計器の故障でもあったんじゃないの?」

『管轄外ですので、お答えしかねます』

 冗談めかしてそう言って、小守は肩をすくめる。飛鳥はそこに、どこか企んだような表情を一瞬捉える。

「………………?」

 首をかしげるが、その対面では遥が笑っているのか呆れているのか非常に微妙な表情になっていた。思いっきり口元を引きつらせているが、飛鳥には今の会話からその理由を察することはできない。

「まぁ、いいわ。とりあえず今はロシア製のステルスユニットがあったということにしておきましょう。……それで、レーダーで発見できなかったからあなた達が真っ先にホライゾンを見つけて……今は何をしているの?」

『ご覧の通り、遠方から撮影してこちらにその映像を送らせていただいています』

「……空自なり、海自なりに仕事の引き継ぎをして下がったほうがいいんじゃないの? 正直アークが出張っている状況で巡視船なんていたら危険でしょう」

『いえ、それに関しては。……こちらへ連絡する指示を受けたのも我々ですし、彼らの手を煩わせるわけにもいきませんので』

「……そう」

 釈然としない様子ではあったが、遥はそこでとりあえず頷いておいた。飛鳥の理解の範囲外で、あるいは言葉の外側で何らかの情報がやり取りされている感覚に、彼は腹が重くなってくる。

 何かを訊きたくてウズウズする感覚と、何を聞けばいいのか分からない混乱との板挟みで苛立ちを募らせていた飛鳥だったが、その隣にいた一葉がここにきて口を開いた。

「あの、遥。あの方は最初に時間が無い、とおっしゃっていたのでは……」

「……ええ、そのはずなのだけどねぇ…………」

 遥は声をひそめて呟くと、尊大に腕を組んでソファに背中を預けた。

「これ以上直接関係の無い話をしても時間の無駄でしょうし、本題に入りましょう。……私たちが持つアークの力を借りたいと言ったわよね? 具体的にどういった形での協力を求めているのかしら」

『海上自衛隊の艦船から警告は続けられてはいるのですが、ホライゾンは今のところ何のリアクションも返していません。また、威嚇射撃は危険がありますので、できれば避けたい。ですので、そちらが持つアークにその場に立ち会っていただいて、可能な限り穏便にコードHの退去を願うつもりです』

「なんだそれ。要するに話を聞かねぇ馬鹿を追っ払うために、分かりやすい戦力を見せ付けるって、そういうことか?」

「今の話を聞く限り、アスカ君が言った通りにしか読み取れないわね。最悪、そのまま戦闘になるかもしれないということかしら」

『……否定はしません』

 やはり無表情に答える小守。

 事態はかなり深刻なはずだが、彼の態度からはまるで緊迫感が感じられない。その不気味さが飛鳥の肌にピリピリとしたいやな感覚を与えてきていた。

 ただし話の規模は大きい。国が持つ機関からの直接の依頼という状況に、飛鳥はなんと意見すればいいのか分からずに口ごもる。それは他の皆も同じだったようで、言葉の分からないアルフレッドとバーナードはともかくとして、隼斗や一葉も険しい表情を浮かべて口を閉ざしていた。

 その中で、遥はポツリと呟いた。

「……無理ね」

『……今、なんと?』

「無理だと言ったのよ。情報が足りなさすぎるし、何よりも戦闘行為に発展しない可能性が示せないわ。その上で相手が中国最強のアークなのでしょう? あまり好ましい状況ではないわね。……せめて向こうの目的ぐらい分かれば対処のしようもあるでしょうけど、現状ではアークを持ちだした時点で相手を刺激してしまうようにしか思えないわ。そうなるぐらいなら、向こうが飽きて帰るまで包囲と警告だけにとどめておく方がマシよ」

『……では、この依頼は受けていただけない、と?』

「ええ、断らせてもらうわ」

 そう遥がきっぱりと宣言したとき、離れたところから声が聞こえた。

「いや、受けるんだ」

 声のした方向に皆が一斉に顔を向ける。最初に驚いた声を上げたのは、思わずその場で立ちあがっていた遥だった。

「御影博士!?」

 そう、現れたのは御影五郎――アーク研究の第一人者であり、この星印学園地下研究所の所長でもある男だ。

 スーツの上からよれよれの白衣を羽織った彼は、いつものようにどこか覇気のない姿で飛鳥達の前に――

(――? なんだ、いつもと雰囲気が違う……?)

 飛鳥が御影と直接会ったのは一葉が研究所に復帰したその日と、あとは2,3度ほどだ。面識などほぼ無いと言っていいレベルだが、その飛鳥でさえどこか異質な雰囲気を感じ取ったのだ。

 ――表情が険しい。いつものような穏和な性格が感じられない。酷く疲労しているようにも見える。

 この中では御影との付き合いが最も長い遥は、それだけ具体的にいつもとの違いを感じ取っていた。

「……? どうかしたのかい、遥君」

 じっと彼の事を見つめる遥を視界にとらえ、御影は笑ってそう尋ねる。彼らしい柔らかな笑顔を向けられた遥は、口にしようとしていた質問を呑み込み、首を横に振った。

「――いえ、何も。……でも、この件を受けろとはどういうことですか?」

「そのままの意味だよ」

「しかし、どう考えても危険です。これは実験ではありませんし、何よりも国家間の事態に1研究機関が首を突っ込むなど――」

「いいから、受けるんだ」

「っ……」

 穏やかなはずの御影の声には、何故か有無を言わせない圧力があった。

 唇をかみしめた遥は釈然としない表情を浮かべながらも、その視線を飛鳥に向けた。

「……分かりました、受けましょう。……アスカ君、申し訳ないけど、出撃の準備に映ってくれるかしら?」

「俺が、っすか?」

「ええ、海上戦闘ではバーニングは性能を発揮できないし、最も確実なのはアストラルなの。……お願いできる?」

 不安げな遥の問いに、飛鳥は俯いてしばし沈黙する。

 状況をいったん整理し、自分は今なんと答えるべきなのかを深く考える。

 ややあって、その顔を上げた飛鳥は明るい顔でドンと胸を叩いた。

「はい、任せてください!」


 全体像など彼に分かるわけがない。

 だがそれでも、ここで迷いなく頷くことが遥の重荷を少しでも減らすことに繋がると、飛鳥はそう結論していたのだ。

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