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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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2章『識者は黙し、意図は見えず』:1

 飛鳥がアルフレッドから唐突な電話を受けたその3日後。

「さぁて行きますか!」

 飛鳥はあえて大きな声で宣言して、軋む金属製のドアを蹴り飛ばすような勢いで押し開いた。

 そうして、課題という悪魔の呪縛から解き放たれた少年が今――――

 淀んだ空気で満たされた狭い部屋を飛び出し、まるで翼を広げるかのように澄み渡る青空の下、夏の街に吹き抜ける清々しい風と共に飛びだして――――

「って暑っつ!!」

 開口一番そう叫んだ。

 まぁやっぱり世の中こんなもので。

 こうして彼のままならない一日が今日も始まるのだった。



「あらアスカ君、久しぶりね」

「やぁアスカ、課題は終わったのかい?」

 意気揚々と研究所にやってきた飛鳥を出迎えたのは、そんな二人の声だった。

 先に声をかけてきたのは月見遥ツキミハルカだ。

 白磁のような肌と整った顔立ち、煌めく銀色の髪を腰まで伸ばし、深い瑠璃色の瞳を持つ人間離れした美貌の少女。また齢17にして、現在2機ものアークを所有する星印学園地下研究所の副所長をも務めているなど、まさしく才色兼備ここに極まれりである。

 あとから声をかけたのは、飛鳥のクラスメイトの久坂隼斗クサカハヤト

 常に人の良さそうな笑みを浮かべ、またそれに合わせて物腰も柔らか。飛鳥と同年齢ながらも比べようもないほど落ち着いた性格をしていて、クラスメイトからもよく慕われる少年だ。飛鳥にとっても親友と呼べる相手の一人である。

「お久しぶりです、遥さん、あと隼斗。課題は終わったよ。つっても、ここ1週間ぐらいほとんど家から出てないレベルでなんとか、だけど」

 ポケットから取り出したハンドタオルでべたつく汗を拭きとって、飛鳥は二人が座っていたものの横にあるソファーに腰を下ろした。

「外、暑いですよね。どうぞ、アスカくん」

「ああ、一葉さん。ありがとうございます」

 汗だくでやってきた飛鳥を見とめて、カップに紅茶を入れてやってきたのは音深一葉オトミヒトハだ。

 ダークブラウンの髪を三つ編みのおさげにして、縁なしの丸眼鏡をかけた野暮ったい容貌の少女である。背は男の飛鳥よりも高く、全体的にスタイルの良さが目立つ。気弱そうな表情も、眼鏡や髪型と言った諸々のパーツと組み合わさってどこか理知的にも見えた。

 彼女が持ってきた紅茶のカップを受け取って、ソーサーだけをテーブルの上に置きながら、カップの中身を喉に通した。飛鳥と同じ広いソファーに、一葉がそっと腰を下ろす。

 飛鳥は単純な水分補給のつもりなので味や香りなど一切気にしなかったが、茶葉は遥のチョイスで実は少々お高いものだった。

 一息に半分ぐらいを飲み干した飛鳥は「ぷはっ」と気持ちのいい息を吐いて、カップをソーサーの上に置く。

「アスカ、いい飲みっぷりだけど、紅茶ってそんな風に飲むものだっけ?」

「俺にそんなマナー期待すんなよ。この俺にかかればハンバーガーとか素手で食うものだからな」

「それは何もおかしくないわ」

 などと適当なことを言い合ったところで、飛鳥は遥が手に持っている紙の資料に目を止めた。複数枚の白い紙を束ねたそれは、恐らくアメリカでの研究に関わるアークの資料だろう。

 その中身についても、飛鳥は心当たりがあった。

「それ、向こうで構成した新システムの奴ですか?」

「ええ、具体的にはその改善案よ。今のままでは使い辛い部分もあるから、ね」

「シミュレーターでしか試してないけど、割といい感じじゃありませんでした? 実機だとまた問題出るんでしたっけ」

「ハード面は問題ないでしょう。虎鉄が調整は万全だと言っていたから、それは間違いないわ。ソフト面に関してもいくつか集まったコードのおかげで自由に弄れる領域もかなり増えていたし、そこを潜るようにシステムをインストールしたからセキュリティ上の問題は何もないの。ただ、そもそもの仕様がね……」

 遥は自分の膝に乗せた腕で頬杖をついて、テーブルの上に置いた資料を指先で軽く叩く。

「現時点では一度パイロットが下りてアーク全体の機能を停止させないと、システムの再発動すら無理だもの。制限時間は人体の限界がある以上は無くせないけど、最終的にはパイロットの意志に呼応して瞬間的な発動、また任意での即時解除と制限時間内での複数回発動を目指していくつもりよ」

「実現すれば相当ぶっ飛んでますよね」

「……でも所詮、この改善案は戦闘にしか使えない機能よ。立場上、商業的価値が見えないものに予算はかけられないから、まずはそこを見出さないと……。実現は当分先になるかもしれないわ」

「戦闘、ね……」

 ――やはりアークはその方向性へ尖ってしまうのだろうか。

 飛鳥がそういう風に思考を巡らせ、その考えを振り払おうとゆっくりと首を回したとき、遠くから並んでやってきた二人の少年を見とめた。

「アル、バーナード! お前らもう来てたのか!」

「おぉー! 兄弟、やっと課題終わったかコンチクショー!」

 ブンブンと両手を振りながら猛ダッシュでこちらへ駆け寄ってきたのはアルフレッド=マクスウェルだ。いかにも西洋人らしい金髪碧眼で、俳優のような端正な顔立ちをしている。先日飛鳥のケータイに電話をかけてきた張本人であり、飛鳥がここ数日の間、自宅に引きこもらざるを得ない状態になった原因でもあった。

 そんな彼は飛鳥の座るソファーの真後ろに来てもブレーキをかけることはせず、顔を引きつらせる飛鳥に後ろから飛びかかるような勢いで抱きついた。

「遅すぎるぞコンニャロー!」

「でぇぁあああ、離せ!! いきなりなにすんだ暑っ苦しいんだよテメー!」

 突然覆いかぶさってきたアルフレッドを振り払おうと、もがく飛鳥だったが、ほぼ手加減なしのアルフレッドががっちりホールドしてきているのからは逃れられない。

 しばらくバタバタと暴れまくっていた飛鳥だったが、突然首に掛かっていた締めつけが弱まった。

「やめろフレッド。見ているこっちが暑苦しくてかなわない」

「んだよバーニィ、オレがどれほどこの日を待ちわびたか……」

「お前は始まる前に星野飛鳥をダウンさせる気か? これからスケートをするつもりなら、今無駄に暴れてどうするんだ」

 呆れたように言ったのは、バーナード=フィリップスという少年だった。

 180cmを軽く越す長身に、まるでアスリートかという屈強な体つき。掘りの深い顔立ちに加え、短めの黒髪をオールバックにしているなど威圧感のある風貌をしていた。上は黒のタンクトップ、下は迷彩柄のカーゴパンツに大きなブーツという格好も相まって、軍人のような印象を抱かせる。

 彼は飛鳥から引き剥がすために引っ張り上げていたアルフレッドの襟を離して、もう一度わかりやすく嘆息した。アルフレッドは終始へらへらと笑っているだけだ。

 テンションの高さが見て取れるアルフレッドの首絞めから逃れた飛鳥は、大きくせき込む。涙目になりながらも後ろを振り返って、喉を押さえたままだみ声で話す。

「さ、さんきゅーバーナード……」

「礼などいらんさ。むしろこの阿呆に文句の一つでも言ってやれ」

 腕を組んで瞑目するバーナードと、その隣でアヒル口を作るアルフレッド。対象的な二人の対応に飛鳥は苦笑を浮かべることしかできなかった。

「っと、そうだ、お前らは何してたんだ?」

「さっきまでのことなら、兄弟が来るまで暇だったからこっちの研究施設を見学させてもらってたんだ。ほんといろいろあるのなここ、何する設備か説明受けても分かんない奴まであったぜ」

「お前はどの説明を受けても全部首をかしげていただろうが。……まぁアルケインフォースには軍事開発関係の施設、設備しかなかったからな、なかなか新鮮だった」

「施設見学かぁ」

 東洞グループは複数の企業の集合であり、アーク研究によって得た技術が転用され得る分野は多岐にわたる。そのため一見無意味そうなことも含めて様々な分野について研究する必要があり、この星印学園地下研究所にはそれを可能にするための数多くの設備が存在している。

 アルフレッドが所属するマックススポーツカンパニー、通称MSCについては推進、駆動関係およびその制御系技術の研究を主にしているため、当然それに必要な設備を集中的に所有している。

 バーナードが所属するアルケインフォース社についても同様で、軍需産業の企業である以上、兵器を研究開発するための設備が主となっている。

 この辺り、東洞グループが持つ圧倒的な資金力というものが見え隠れしている。そもそもどれほどの成果を出せるかさえ未知だったアーク研究に、世界でもかなり早い段階で着手したという事実が、もともとの企業体力の大きさを物語っていると言えるだろう。

 彼らも見たことのないような施設が数多くあったようで、なかなか面白いものだったらしい。バーナードさえ口元に笑みを浮かべているぐらいなのだから、それなり以上に彼らの興味をそそったのは間違いないだろう。

「ま、オレとしてはこっちの見学よりも普通に日本の観光してた方が楽しかったけどなー」

「ったく、またお前はそう言うことを言う……」

「観光してたのか?」

「そりゃあ日本くんだりまで来たら観光の一つでもしなきゃあよ。キョウトとかー、あとはアキハバラだっけ? あっちはちょっと暑苦しくてしんどかったな」

 頭の後ろで手を組んで、カラッとした笑いを浮かべる。飛鳥は膝に肘を乗せたまま、しかめっ面をした。

「そいつはアメリカくんだりまで研究のためだけに足を運んだ俺らに対する当てつけか?」

「……兄弟なんかピリピリしてねぇ? 課題ってそんなきつかったのか?」

「お前が今日にはもう帰るからっつーから、こちとら4日掛けるつもりだった残りの課題をこの2日に無理矢理押し込んで片付けてきたんだよ! ここんところマジで家から1歩も出てなかったの! フラストレーション半端ねぇの!!」

「お前も大変なんだなー」

「くっがっ、がっ……お前ってやつはこんのクソッタレ……」

 知ったこっちゃねー、とでも言わんばかりのアルフレッドの態度に、飛鳥のボルテージが一気に上昇する。奥歯をギリギリと噛みしめて鬼の形相でアルフレッドを睨みつけていると、その後頭部をバーナードが軽くはたいた。

「ッテ!?」

「まったく、お前というやつは本当に空気が読めないんだな……」

 もう何度目か分からないバーナードのため息に、星印学園メンバーも苦笑気味だ。毒気を抜かれた飛鳥が脱力してソファーに沈み込む中、後頭部をさすりながらアルフレッドが無邪気な笑みを浮かべた。

「まぁさ、実際オレはスケート楽しみでしょうがねーし、そこは兄弟も一緒だろ?」

「……まぁ、程度はともかくとして同意するけど」

「な!……それに今日はもう夕方には日本を出なきゃならないし、あんまり時間もないんだよ」

 少し寂しそうに呟きながらも、アルフレッドは快活な笑みを浮かべる。

(……ったく。こういう奴だから、文句も言えやしないんだ)

 心の中でそう呟いて、つられたように飛鳥も笑った。

「よしっ、んじゃあ兄弟! さっそく行こうぜ!!」

「おう! そうだな――」

 と、飛鳥が腰を浮かせたその時だった。

「外部からの暗号通信……? ちょっとまって、このコードは……」

 遥が呟くのと、飛鳥達の居る場所から見える巨大モニターに人の顔が表示されたのはほぼ同時だった。

 映しだされた30過ぎに見える男は、通信の確認も取らずにこう告げる。


『私は海上保安庁、警備救難部の小守と申します。前置きをしている時間はありませんので、いきなりですが本題に入らせていただきます。……貴方がた星印学園地下研究所が所有する、古代兵器アークの力をお貸しいただきたいのです』

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