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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
88/259

1章『少年の夏は追われて終わる』:4

 さてそれから数日後のことである。

 夏休みの終わりまで残り1週間を切ったこの日、やはり飛鳥は未だに残った課題に追われ続けていた。

「うぅいぃ、あとちょっとぉー…………」

 ここ数日のストレスで彼の様子が大変なことになっているが、酔っ払っているわけでも二日酔いなわけでもない。強いて言えば課題酔いだが、ご覧のあり様というか、明らかに悪酔いしている状態だ。

 限界を超えたかのように非常に疲れた表情を浮かべているが、飛鳥の目の下にクマなどはなかった。

 夏休みの残り日数から1日当たりの課題量を逆算、計画を練る作業は愛に数学を手伝ってもらったその日に片づけてある。本来なら飛鳥のモチベーション維持能力的に数学だけで2日は丸ごと潰す分量だったが、愛のハイパフォーマンスな助力のおかげで、その日だけで数学と歴史の二つの教科が完全に終了していたのだ。

 筆跡が明らかに飛鳥のものではないというか、活字と見紛うほどに整ったものなのが逆にネックなのだが、贅沢を言っている余裕も書き直すやる気も彼にはなかった。

 こうしてグダグダと課題をやっている日に至っても、目が覚めたのは正午過ぎでなにげに夏休みを満喫している感じだった。

 とはいえこのペースで続けても、少なくとも起きている時間のほぼフルタイムを課題に回せば問題なく全て終わることは確実である。

 その代わりと言うか、飛鳥は当然ながら起きている時間はほとんどずっと課題をやっている状態だ。今のこのグッダグダな状態も、連日課題だけをやり続けることで溜まってしまったストレスを全く消化できていないのが原因だった。

 コチコチと時計の針がリズムを刻む中、ノンストップで飛鳥は手を動かし続ける。

 向かった最後の空欄には『このときの著者の気持ちを答えよ』というふざけた問いへの回答に、最大級の反逆心をもって『締めきりに追われて焦っていた』と適当ぶっこいてやった。

「はァーい終了ォ! へっへっへザマミロくそったれ!!!!」

 プラスチックにヒビでも入りそうなほど全力でペンを叩きつけた後、飛鳥はテーブルの上の課題を窓に向けて投げ飛ばした。

 バサッと大きな音を立てたプリントの束は、しかし2メートルと宙を舞うこともなく床に落ちる。

「うっへぇぇ~~~…………」

 それを見届けることもなく、飛鳥は椅子の背もたれに目一杯脱力した身体を押しつけ、白目をむいて疲れた息を吐いた。

 だいぶとキテいるように見えるが、これでもまだまだマシな方である。日ごとの予定の立て方が甘かったのか課題が深夜まで食い込んでしまった時など、貧乏ゆすりでテーブルの上の筆箱が踊り始めるレベルだった。

 予定ではあと5日、ちょうど夏休み最後の日に全ての課題が終わる計算だ。

 万が一の場合も想定して後半はある程度量が少なくなるように予定を立てていたので、今日の分さえなんとかなれば、あとは短時間の息抜きぐらいなら挟んでも問題は無い。

 しかしそれは今日の課題が終わってからの話だ。つまり今日一日に関しては、全力で課題を片付けなければならない。

「つっても、もうしばらくは見る気にもなんねー……」

 足元に重ねた課題の山をつま先でつついて、飛鳥は疲れた声でそう漏らした。

 寝起き早々に朝と昼の分の食事をまとめて済ませて、現国の課題の一方を終わらせて現在午後3時。あとは小論文という理系の彼にはかなりネックになる課題もあったが、今日の分はそれで終わりだ。

 できることならこのままの勢いで小論文も一気に片付けてしまいたいところだが、飛鳥自身にもそのモチベーションが続くとは思えない。

 知恵熱よろしくぼんやりと熱を持った頭ではまともな日本語が書ける気もせず、飛鳥は行儀悪く両足をテーブルの上に投げ出して大きく息を吐いた。

 両手を頭の後ろで組み、点けるのを忘れていた部屋のLEDライトに顔を向け、そのまま目を閉じる。

 考え過ぎた後の無思考な感覚に、飛鳥は張り詰めていた脳の神経を溶かした。

 規則的な息遣いが頭の中で響き、それが子守唄のように彼の意識をまどろみの方へと引っ張って行く。

 ふっ、と瞼を閉じた暗い視界がもう一回り暗転しかけ――――


 ビリリリリリリリリリリリリィィィィッッ!!!!!!


「ウェヒィ!?!?!?」

 突然響いたけたたましい音に、飛鳥の喉から変な声が出てしまう。ついでに仰け反った勢いでひっくり返りそうになって、腕をブンブンと振り回してなんとか重心を前に戻した。

 むせかえった喉を拳でバシバシと叩きながら、飛鳥は涙をにじませた瞳で音源を探る。

「で、でんわ……?」

 何度も何度もビリビリとやかましい音をリピートさせているのは、テーブルの上に置いたケータイだった。どうやら着信を知らせているようだが、それもメールではなく電話である。

 今日日メールはともかく電話を使用するなどかなり珍しい。あまりの使用頻度の低さから、飛鳥はケータイを今の物に買い替えて以後は一度たりとも着信を受けたことが無いほどだ。そのせいで電話の着信音すら聞いたことが無く、結果音量調整も行われていない初期設定の爆音が響いてしまったということだった。

 バックンバックンやかましく鼓動を刻む胸を左手で押さえながら、飛鳥は涙目で電話を取る。電話の相手は確認しなかった。

「もしもー……ヒック」

 さっき変な声を出してしまったせいで横隔膜が痙攣でも起こしたのか、一言目からしゃっくりの妨害を受けてしまう。

 そういえば電話の相手は誰なんだろうと思いながら、顔をしかめてテーブルの上に置いたグラスを掴み一気に飲み干そうとしたところで、

『いよぉー、兄弟! 元気してるか!』

「ブッフ!! けふっカはッ、ぶぇふ!……いやお前かよ!?」

 電話越しに聞こえた底抜けに明るい声に、飛鳥は驚いて茶を噴き出す。なんとか被害はグラスの中だけに収めたものの、霧状になったウーロン茶が鼻孔を侵食して嗅覚を茶の臭いで制圧してしまう。

 とりあえずグラスの中身を飲み干した後、手の甲で鼻を拭う。

『おーう? どうかしたか?』

「どうかしたっつーか、いきなりすぎてびっくりしたんだよ。まさかアルから電話掛かってくるとはさ……」

 そう、電話の相手はアル――アルフレッド=マクスウェルだった。

 世界最大のスポーツ用品メーカー『MSC』社長の息子であり、アメリカプロスケート界の新星。さらには世界で26人しかいないアークパイロットの一人でもあるというちょっとぶっ飛んだプロフィールを持つ少年だ。

 電話越しにでも伝わってくる爽やかな声で、アルフレッドはハイテンションに答える。

『ああそうそれそれ、3週間ぐらいこっちいたのにオレも兄弟も連絡先の交換とか一言も言わなかったじゃん? それをお前が帰ってすぐに気付いてさ、親父通して兄弟んとこの銀髪ねーちゃんに連絡とって教えてもらったんだよ。そんときに電話番号しか聞かなかったもんでさー』

 ちなみに彼の言う兄弟とは飛鳥のことである。もともと出会ってすぐに喧嘩した挙句アークに乗って人工島を吹き飛ばすほどのバトルを繰り広げた二人なのだが、戦いのあとで仲直りをした結果一層仲が良くなったようで、飛鳥からはアル、アルフレッドからは兄弟と互いに呼び合うようになっていた。

 飛鳥としては兄弟と呼ばれるのは流石に恥ずかしいのだが、2,3度頼んで拒否された辺りでもう諦めている。

「電話だったのはそういう……。てか銀髪ねーちゃんって遥さんのことか……? 共同研究したんだから相手グループのリーダーの名前ぐらい覚えとけよ」

『オレ人の名前覚えるの苦手だって言ったじゃん、無理無理。あ、でもお前の名前は分かるぞ、ホシノアスカだろ?』

「わお、正直お前のことだからガチでブラザーとか言い出すかと思ったよ」

『失礼な、バカにしすぎだ。というか兄弟、そんなに言うんならお前だってこっちのトップの名前ぐらい言えるんだよな? ほれほれ言ってみ』

「ジョージ=マクスウェルだろ。分かるよそれぐらい」

『………………Oh』

「オゥじゃねぇよ!!!!」

 流石としか言いようのないアルフレッドのリアクションに、飛鳥のツッコミもキレを増していた。

 この本場アメリカンな反応はアルフレッドが日本人ならギャグになるのだろうが、残念ながら彼は正真正銘のアメリカン。むしろこのリアクションは素で驚いている態度なのだ。だからこそおかしい。

 電話越しにしたり顔が透けて見えるほどの語りから一転してこの反応なので、飛鳥も脊髄反射レベルツッコミを返すのが手いっぱいだ。

 怒鳴って乱れた呼吸を整えようと、飛鳥は2度ほど軽く深呼吸をした。

「――で、いきなり電話なんかしてどうしたんだ?」

『あー、それ言ってなかったな。ったく、兄弟が変なこと言うから忘れてたじゃねーか』

「俺のせいかよ」

 飛鳥の呆れたような声は聞こえないふりをして、アルフレッドは軽く咳ばらいをした。謎の嫌な予感に飛鳥が身構える中、『まぁいいや』とアルフレッドは続ける。

『今日本にいるから一緒にスケートやろーぜ!』

「今家にいるから一緒に課題やろうぜ!」

 ブツッ、ツーツーツーツーツー…………

「切りやがった!?」

 問答無用の会話拒否に飛鳥も思わず驚愕する。この素晴らしいレスポンスの速さは流石プロスケーターというところかもしれない。

 飛鳥の応答内容にも問題はあっただろうが、それにしたって酷い対応だ。

 げんなりする飛鳥の気持ちなど知りもせず、一定のリズムで味気ない音を鳴らし続けるケータイから耳を離したところで、またもや大音量の着信音が鳴り響いた。

 ややうんざりした表情で、飛鳥はその着信を取った。

「おかけになった電話番号はただ今使われておりませ~ん」

『じゃあ今から1分おきに60回ぐらい掛け直すわ』

「だぁぁ俺が悪かったからマジでやめ――――」

 ブツッ、ツーツーツーツーツー…………

「聞けよ!」

 怒鳴りつけた画面にはしっかり通話終了の文字が書かれており、思わず立ち上がった飛鳥は憤りと共にケータイを足元に投げつける。

 彼も大概だがアルフレッドも相当である。お互い悪ふざけが過ぎるせいでちっとも話が進まないのだ。

 床にへたりこんで「はぁ~」と大きなため息をついた飛鳥の元へ、三度アルフレッドから電話がかかってくる。先ほどの通話からきっかり一分後だった。

「いきなり切るなよせめて謝罪ぐらい聞けよもっと言えば普通に話をさせろよ」

『だったらいきなり変なこと言うなよな』

「そりゃ悪かったけどさ……」

 飛鳥はテーブルの脚にコツンと後頭部を預け、前髪を指先でいじりながら続ける。

「でもホントに課題終わってないからスケートとか無理だよ。ついこの間までアーク研究でそっちにいたせいでほとんど手つかずだったんだからな」

『課題なー。こっちはそういう文化ねーからよく分からないな』

「適当言うなよ。あるとこもあんだろアメリカにだって」

『間違えた。少なくともオレにそんな文化は無い』

「個人の話かっ!」

 アルフレッドは課題やらない派、という死ぬほどどうでもいい情報を手に入れた飛鳥はさらに脱力する。

 ただその彼のスタンスから察するに、課題をやらなければならないことを前に出しても、大方『サボれ』で片付けられてしまいそうだ。

 そこまで予測して、飛鳥はまず結論から話すことにした。

「――とりあえず、無理なものは無理だからな。課題終わらない限りは他のことはできない」

『えー、いいじゃんスケートやろーぜー!』

「だから、終わらない限り無理だって。こればっかりは勘弁してくれ」

『なんだよつまんねーよー……』

 そう言ったアルフレッドの口調はあからさまに元気が無い。いつもハイテンションな彼らしくもない態度に、なんだか妙に悪いことをしているような気分になってしまった飛鳥。

 電話越しにブーブー文句をたれるアルフレッドの顔を想像して、飛鳥はため息と共に頭をガジガジと掻きむしった。

「いつまでだ?」

『え、なんだって……』

「いつまで日本にいるのかって聞いてるんだよ」

『いつまでって、3日後の夜までだよ。その時間の飛行機に乗って帰るから。それがどうした?』

 3日後――――。

 今日の分はどうにもならないとしても、その後4日分の課題を仮に2日間で片付けられれば、最後の1日はなんとか時間が取れるかもしれない。

 厳しいが、無理ではないだろう。

「はぁ……わかったよ。だったらアルがこっちにいる最終日、それまでにはなんとか課題を片付けるよ」

『え、じゃあそれって……』

「――3日後な、スケートやろうぜ」

 気恥ずかしくなった飛鳥は頬を爪で掻きながら、それでもはっきりとそう答えた。直後――――

『おおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォ!!!! さっすが話の分かる奴だぜ兄弟!!!!!!!!』

「うっがっ……、こ、声がでけぇ!!……ともかく、これから課題一気に片付けるから、一旦電話切るぞ」

『おうおう了解! じゃあ3日後な、お前んとこの研究施設にお邪魔させてもらうよ』

「はいはい、じゃあな」

『おーう、頑張れよー』

 そう言って電話を切った二人。


 飛鳥はその場で立ち上がりつつ、通話の切れた電話をテーブルの上に放り投げ、足元の課題の山から小論文の資料と原稿用紙を手に取った。

 それをテーブルの上に広げ、紙にできたしわを掌で軽く伸ばす。

 アルフレッドのスケート好きな様子を思い出して、思わずクスリと笑みがこぼれる。

「さてまぁ、俺も気合入れていきますか」

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