4章『力の在り処』:3
「こっちじゃアーク研究は公になってんだっけ? その割にはやけにそっと出てきた感じだけど」
「それでも企業秘密だし、実際の研究とかは秘密裏に行うもんだろ。あとライセンス所有者が誰かは公になってないしな」
「そこも秘密なのか。なんで?」
「公にする必要が無いってのもあるけど、そもそも銃社会だぜ?」
「あー」
何食わぬ顔で基地を抜けだした飛鳥とアルフレッドが最初に話したのは、そんなちょっぴり物騒な話題だった。
アストラルの正式パイロットになるにあたって、飛鳥もそういった忠告は受けていた。そのため特に驚くようなことも無かったしアルフレッドの話もすんなり理解できたが、彼の口からそういう説明が出てきたこと自体に飛鳥は若干の驚きを感じていた。
さてはて、彼らがいるのは空港から少し離れたところである。
連れ立っているメンツは飛鳥にアルフレッド、隼斗と一葉そしてヘンリーだ。隼斗が一緒なのは、日本組が多い方が一葉も気楽だろうという適当な理由で、飛鳥が強引に引っ張りこんだからである。逆にバーナードが来ていないのは「目を離すとフリッカが何をやらかすかわかったもんじゃない」という理由からだった。
これに関して飛鳥がアルフレッドにぶつけた疑問は「バーナードってあれで姉のこと好きだよな?」というもので、アルフレッドの回答は黙って視線を逸らすにとどまった。沈黙は肯定というのは世界共通のようだ。
これまでずっと基地とホテルを行き来するだけの生活だったので意外に気づかなかったのだが、やはり海外というだけあって飛び交う言葉は日本語ではない。かといって英語だけでもない辺り流石は観光地といったところか。
飛鳥も日常会話程度なら英語が話せるとはいえ、訛っていても聞きとれるかと言えばそうではない。雑踏の中から漏れ聞こえてくる声の切れ端からでは、想像で補完してもそれっぽい単語を思い浮かべるのがせいぜいだった。
こうなってくると特に会話の必要が無くても少し気が滅入る。もしこれが数日間続いたらと考えるとうんざりするレベルだが、よくよく考えてみると一葉が全くその状況なのだ。
意外と根性はあるのかもしれない、などと飛鳥は失礼なことを考えていた。
5人ぞろぞろと連れ立って歩きつつ、飛鳥はふとこんなことを言ってみる。
「でも出てきたは良いけど海に行くぞー、って風にはならないんだな」
「そりゃ向こうの会議終わって少しぐらいしか時間もないしな。暇つぶしレベルだろこれ」
「暇つぶしで観光地歩きまわれる辺りアレだよなぁ……」
リッチというわけでも無いので適当な言葉が浮かばなかった飛鳥は曖昧にそう締めたが、実際貴重な体験ではあるだろう。
海に行かないのはともかくとして、これでショッピングでもするのかというとそれに足る持ち合わせは今のところない。飛鳥がポケットに突っ込んでいる財布の中には盗まれても痛くない程度の金額しか入っていないし、他もそんなものだろう。となると買い食いなんかをすることになるか、と飛鳥は予想した。
普段の放課後にでもやるのが妥当そうなことを観光地でやってしまうのもこれまた稀有な体験と、とりあえずプラスに考えておくことにした。
しかし、そもそもの疑問がある。
「っていうかこれどこ向かってんの?」
「ちょっと遠回りしてショッピングセンター、だっけ。でいいだろ? 時間も限られてるしな」
「じゃあ昼飯もそこで食うってこと?」
「どっちか悩んだけど、せっかくだしそうするか」
アルフレッドの提案に、飛鳥は頷いて返した。
遠回りは散歩がてらということか、と適当に解釈して、歩きながら振り向くと後ろを歩いていた隼斗と一葉に説明した。二人とも聞こえていたかもしれないが、隼斗はともかく一葉は言葉が分からない。
これが観光と言えるのかというと微妙なところだが、飛鳥としてはあまり本格的な観光にならなくてよかったとも考えていた。どうやら遥は共同実験の期間中にタイミングを見つけて一葉と出かけるつもりのようだし、その時の選択肢を減らすようなことをしたくなかったからだ。
「そーいやさー、お前ら模擬戦闘したってホントかよ?」
ふと、アルフレッドの隣を歩いていたヘンリーが身を乗り出すようにして訪ねてきた。
事実であるし否定する理由もないので、飛鳥とアルフレッドは一緒に頷く。だがそれを見たヘンリーは、ガックリと肩を落としてしまう。
「マジかよー。そういえばバーナードもバーニングの奴と模擬戦闘したとか言ってたし、俺だけハブられてるじゃねぇかよぉ」
どよーんという擬音語が聞こえてきそうなほど分かりやすく肩を落とすヘンリー。心なしかその特徴的なドレッドヘアーもしなびて見える。やはり第一印象よろしく落ち込みやすいのだろうか。
だが飛鳥にはそれより少し気になることがあった。
「共同研究って今回が初めてじゃなくて2回目なんだよな。確か前回の共同研究でVRシミュレーターを開発したって話を聞いたんだけどさ、その時って俺はいなかったとして隼斗は参加したんだよな?」
「ああ、参加してたよ。それがどうかした?」
「いや、ハリーとは初対面なのかなと」
基地に来た最初の時、アルフレッドやジョージは隼斗とは初対面ではないだろう態度をとっていた。バーナードにしても堅苦しかったとはいえ名前を呼んでいたが、ヘンリーは隼斗のことを『バーニングの奴』と呼んでいた。
飛鳥の言いたいことは伝わったのか、隼斗は納得が行ったように何度か頷いた。
「ああ、それか。それはたぶんそっちの人に聞いてもらった方がいいんじゃないかな~……」
若干気まずそうに苦笑いを浮かべると、うなだれるヘンリーを掌で示す。飛鳥がそちらへ視線を向けると「ああ、あの時のことか」と何やら思い出した様子のアルフレッドの隣で、気づいたヘンリーはのっそりと顔を上げた。
「前回の共同研究……? あぁ…………俺参加してねぇよ?」
「……え、なんで?」
視線だけこちらに向けたヘンリーのその目は明らかに死んでいる。突然のダークな空気に気圧された飛鳥は軽く口元を引きつらせながら尋ねた。
ヘンリーは声に出さずに小さく笑うと、暗い視線を足元に向けた。
「エタニティの研究者に『お前は来なくていい』とかワケわかんないこと言われて、ガイアごと研究所にほったらかしにされたんだよ。一部研究者だけが共同研究に参加してシミュレーターとか完成させてんだぜ? やってらんねぇよ……」
「そーいやガイアも持ちこまれてなかったな、研究者だけ来てて不自然に思ったんだ。あれなんでだったんだ?」
「それな。……お前ら、エタニティのアーク研究の方法ってどんなのか知ってるか?」
エタニティの人間であるはずのヘンリーにそんなことを聞かれても、彼以上に詳しい人間はいないだろう。飛鳥はもちろん首を横に振ったし、アルフレッドも同様で一葉は言うまでもない。
だが一葉に対してさりげなく翻訳をしていた隼斗が、恐る恐るこう言った。
「以前会長に聞いたんだけど……。確か機体をバラバラに分解して、ずっとジェネレーター周りの構造とか材質を調べるとか……」
自信なさそうに答える隼斗に向かって、ヘンリーは黙ってうなずいた。
「マジかよ……」
衝撃的な内容に飛鳥の口から思わずそんな言葉が飛び出した。
アストラルやバーニングにしても、たまに機体のメンテナンスや機体の内蔵モジュールを調べるときなどに機体を軽く分解することはあるが、ずっと分解したまま調べるなどということは流石に無い。
というかアークという古代兵器のパイロットになったのに、機体がずっとバラバラで乗ることができないというのもえげつない話だろう。簡単に言えば機体を動かすのにパイロットという存在がいるから成ってもらうが、決して機体には乗らせないと言われているようなものだ。
「エタニティはアークの無限エネルギーのシステム解明に必死だからな。ジェネレーターで重要な研究結果が出たとかで、今やってる情報交換会でプレゼンでもしてるんだろうけどさ。…………その重要な話っていうのを、ライセンス所有者の俺が知らないんだぜ」
「それって相当ないがしろにされてるよなー」
「あぁ、これはブルーになるわ……」
アルフレッドは他人事のように適当に流しているが、共感してしまった飛鳥はヘンリーと同じように額を押さえて顔を俯けた。後ろの隼斗と一葉もリアクションに困って苦笑いを浮かべるばかりだ。
妙な空気になったのに耐えかねたのか、隼斗がこう尋ねた。
「じゃ、じゃあヘンリーはどういう時に機体を動かすんだい?」
「ほとんどないよ、アメリカ軍との小規模な軍事演習の時だけだな。年4回ぐらい? アレにしたってアーク研究を続ける為の契約みたいなもんだし、それが終わったらすぐにまたほとんどバラバラだよ。俺はフレッドより早くからパイロットやってるけど、これでほとんど素人だぜ?」
「そういうことだったのか……」
となるとアストラルでフラッシュを撃破したときにコードGも取得したが、その時点でフラッシュがコードGを持っていたのは、それ以前の軍事演習とやらでガイアを撃破したからなのだろう。
しかしどうにもエタニティは研究の方法からして他とは大きく違うようだ。遥の話ではエネルギー関連技術においては東洞財閥の系列よりも上だというし、それならば世界トップクラスということになる。その割にはアーク研究関連以外ではほとんど名前も聞かないなど、特殊な部分が多いらしい。
「というかさ、そもそもエタニティってどういうところなんだ?」
疑問に思った飛鳥は、誰に対してというわけでもなく尋ねてみる。最初は隼斗が答えるかとも思ったがそこは内部の人間であるヘンリー、多少ハブられていても一番詳しいのだろう、おもむろに口を開いた。
「エタニティってのは元々はいくつかの民間エネルギー企業だったんだよ。それが10何年か前のエネルギー革命……あれはもどきでおわったけど、それの時に株とかが大きく落ち込んでさ、個別では企業が維持できないってことでそれぞれの技術とかを持ち寄って一つにまとまったんだ」
「だからエタニティ『企業連合』なのか」
「そういうこと。ただまとまったからって言っても経営面ではむちゃくちゃ厳しいし、そもそもエネルギー革命の影響でアメリカどころか世界中の経済がガタガタだったけどな。景気も悪かったし。だから一発逆転を掛けてアーク研究に手を出したのさ。それにしたってアメリカ政府から格安で譲り受けたって話だけど」
「なるほどなぁ……」
アストラルは星印学園地下研究所所長である御影のコネで、トルコの富豪から買い取ったというような話を聞いたことがあるが、やはりそれぞれの機体ごとに経緯があるようだ。
「元の企業たちのそもそもの規模が小さいってのもあるけど、自分達特有の技術も無かったせいで不況の時に踏ん張れなかったんだよ。それもあったから情報の機密にやたらこだわって、研究にひたすら没頭するような体質になってるんだけどな。まぁそもそも負け犬根性なんだよな。……はぁ」
「おいおい自分で説明しておいてダウナーになるなよハリー」
「無理だ、心折れた…………」
相変わらず下方向へのテンションの変化は急なヘンリーに、いい加減みんな気の毒に思うことすら面倒になったのか、誰もリアクションを返すことは無かった。
顔を見合わせる飛鳥とアルフレッド。
アルフレッドは肩をすくめると、視線を前に戻した。場所はちょうどショッピングセンターの前だ。
「まー腹が減ってたら思考もネガティブになるし、先に飯食っちまうか。時間は早いけどさ」
「そうだな」
そう言葉を交わすと、飛鳥達は揃ってショッピングセンターへと足を進めた。




