4章『力の在り処』:2
話を聞いて、飛鳥は軽く首をかしげた。
「コードG……? そういやフラッシュを撃破したとき、コードFとGの両方を手に入れたような気がするけど、ありゃどういうことだったんだ?」
「戦闘によってアークを撃破したときは、そのアークが持っていたコードを全て取得することができるんだ」
思いがけない方向から聞こえた声に飛鳥が振り向くと、そこには相変わらずの軍隊チックな服装のバーナードが立っていた。
「およ、バーニィも来てたのか」
アルフレッドがひょいと片手を上げる。
「ああ。どうやら会議が終わり次第リンガーは新しい兵器の性能試験をするようでな、先に機体のメンテナンスを済ませておいたんだ。先にアルケインフォースの研究員と一緒に会場入りしていたんだが、開始まで時間があるようだったから少し出てきたんだが……」
チラリと後ろを振り返るバーナードが見るのは、これから研究情報の交換会が行われる会場のある建物だ。普通のビジネスビルなようでもあるが、場所が場所だけに空港の管制室に見えなくもない。
「じゃあ俺が倒した時点でフラッシュはコードGを持ってたってことだよな。っていうかアルは戦ったことあるんだな」
「ん、おう。米軍と一緒に合同軍事演習とかたまにやるんだよ、その時に戦ったんだ。……まぁアイツはあんまり強くないというか、そもそもアークに乗ること自体が少ないし。それにオレだってバーニィには勝ったことが無いからな。こいつ強すぎるって」
「こっちは兵器開発を専門にやってるんだ、戦闘演習で負けるわけにはいかないからな」
つまりフラッシュを撃破した際にコードLが手に入らなかったのは、アルフレッドが一度も勝っていないからそのコードを持っていなかったということなのだろう。
バーニングを一撃で撃破したことからも、飛鳥はバーナードの強さは十分に把握していた。自慢げに腕を組んでいるその様子も、実力が裏打ちされているためか嫌みには感じなかった。
実は歳は一つしか離れていないのに風格すら感じさせるそのたたずまいに飛鳥が感心したところで、
「なーにカッコつけてのよ、弟ちゃ~ん?」
ビックゥッ!! とバーナードが飛び上がった。
音もなく彼の後ろに忍び寄った人影が、何の前触れもなくガバッと彼の肩に腕をかけたからだ。バーナードは首だけそちらに向けて相手を確認する。すぐさま首を絞める腕を掴むと、鬼気迫る表情でその腕を払いのけた。
「姉貴かっ……、ええぃ、離せ!」
「きゃっ! 相変わらずつれないわねぇ、まったく、嬉しい癖に~」
「そんなわけがないだろう! だからやめろ頬をつつくな!!」
全く反省した様子のない女性が人差し指をまっすぐバーナードの頬に近付けるものの、彼は間髪いれずに平手ではじく。
警戒心をむき出しにしながらズササササッ! と勢いよく逃げるバーナードに変わって、アルフレッドが彼女にこう声をかけた。
「そうか、フリッカも来てたんだな」
「あらフレッド~、久しぶりね。ってか相変わらずいい顔してるわねー。で、元気してたのん?」
「顔も元気も相変わらずだぜ。フリッカはいつも以上にテンション高いみてーだけど?」
「いやもうかれこれ1週間近くも愛する弟に会えなくて頭おかしくなりそうだったわ。こうして再会できた喜びで私のテンションヤバイマジヤバイ」
「相変わらず何言ってるか分かんねーけど楽しそうだな」
何か一瞬獲物を狙う肉食獣チックな目つきをした彼女だったが、アルフレッドは能天気に笑うばかりだった。むしろ遠くの方で縮こまっているバーナードの方がビビっているように見える。
さて、飛鳥もいい加減彼女が誰なのか気になって仕方ない。
「あの、あなたは……?」
「ふぇ、私? 私はフレデリカ=フィリップス。そこのバーニィの姉で、アルケインフォース社のアーク用兵器開発部門の研究員よ」
彼女――フレデリカはファサッとその腰まで届きそうな長い髪を払って、ウィンクしながらそう言った。そのストレートの髪は燃えるような赤色で、いたずらっぽく細められた目からは深緑の瞳が覗いていた。目鼻立ちはくっきりしていて背も高い、有り体に言えば結構な美人だ。
黒タイツに濃紺のスーツの上下、その上から白衣を羽織るというビジネス的な服装なのに、その態度のせいで酷く子供っぽく見えてしまう。黙っていれば清楚な風にも見えるのに、何かと残念な女性だった。
バチリとウィンクした状態で一時停止しているフレデリカを前に、若干困惑の色を浮かべながらも飛鳥も自己紹介を返す。
「俺は星野飛鳥。アストラルのパイロットだ。よろしく」
「あら! あなたがコードAのライセンス所有者なのね、よろしく!」
もはやこっちへ来てから定番となる自己紹介をして右手を差し出すと、ピョンと飛び跳ねたフレデリカがその手を握り返した。だが彼女はそのまま腰をかがめると、飛鳥の顔を正面から覗き込んで無表情で首をかしげる。
「……地味ね?」
「初対面の相手の顔ガン見でそんなこと言うなや!!」
あまりにも失礼な発言を受けて、飛鳥はおもわず握手を交わした右手を全力で振り払ってしまった。
飛鳥は怒った様子でフレデリカを睨みつけてみるものの、彼女は全く反省した様子もなくニヤニヤしている。こちらはなまじ相手が美人な分、素直な嫌みに感じられて余計に腹立たしい。
「アンタもいい加減こっち来なさいよ~! いつまでそんなハムスターみたいな態度取ってんのよ」
飛鳥も初対面の相手に向けるものではない怒りのこもった視線をフレデリカに向けているが、彼女は早々に飛鳥から興味を失ったようだ。遠くでこちらをうかがっていたバーナードを手招きで呼び寄せる。
「だれのどこがハムスターだと…………馬鹿馬鹿しい」
悪態をつきながらも、バーナードは素直に従ってこちらへ歩み寄ってくる。バーナードは相当警戒している様子を見せているが、なんだかんだで兄弟仲はいいのかもしれない。
フレデリカから大股一歩分程の距離を離れたところで立ち止まったバーナードが、いらだった様子で彼女に向かってこう尋ねた。
「ところで姉貴、聞きたいことがある」
「なぁにぃ? 愛しい弟の質問なら何でも答えちゃうわよお姉ちゃん!」
「っ、いちいち一言多い……。まぁいい、質問はこれだ。先日シミュレーターで行なったバーニングとの模擬戦闘で、叢雲ユニットを使用するようにウチの人間に指示を出したのはフリッカ、お前だな?」
「……なんのことかしら~」
「目が泳いでるぞ。下手な嘘をつくな」
明後日の方向を見上げてすっとぼけたフレデリカに、バーナードは鋭い口調で追撃する。
リンガーはバーニングに勝ったはずだが何か不満でもあったのだろうか、と飛鳥が考えていると、やはり悪びれもせずにフレデリカはこう答えた。
「いいじゃない別にー。だって設計も終わってるし、あとは製造を待つだけなのよ? シミュレーターでぐらい使ったっていいじゃないのー」
「だから隠すつもりもないなら嘘をつくなと言っているんだ。設計上に問題点があると言っていたのはフリッカだろう。俺は覚えているぞ」
「やん、私との会話を一言一句覚えててくれるだなんて素敵!」
「茶化すな!!」
いい加減怒りすぎてバーナードの額には青筋が浮かんでいる。おそらく人生で初めて本物の殺気というものを感じた飛鳥が戦々恐々としている横で、アルフレッドは腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。やはり彼には緊張感という概念自体が無いようだ。
いや、そもそも殺気を向けられた当の本人であるフレデリカですら少し肩をすくめただけだ。どうやらここには飛鳥以外、まともな感性を持っている人間はいないらしい。
「だってぇ、そっちの問題にしたってあの人がいたら絶対解決するしー。というかそれが終わったらもう製造に入るのよ? 時間の問題だからいいじゃない。実物の性能だってそんなに変化があるわけじゃないんだから」
この期に及んで言い訳をする辺り、フレデリカに素直に謝罪する意志はなさそうだ。バーナードはうんざりしたように溜息をつくと、鋭い視線を向けてこう尋ねた。
「はぁ、まぁもう何を言っても無駄なんだろう。叢雲ユニットに関してはそれでいい」
「うんうん」
「だがあの戦闘開始位置の指定は解せないな。あれも姉貴だろう、なんのつもりだった?」
「…………あー」
毅然とした態度で詰め寄るバーナードに、フレデリカの目が泳いでいた。どうやらこちらは言い訳の余地もないらしい。数秒沈黙した後、小さな声でこう答えた。
「…………だってさ、弟には勝ってほしいわけだし……。ちょっとでも有利な状況なればなーって思ったんだもん」
「はぁ~。そんなことだろうと思ったよ。……逆に聞くがフリッカ、そうでもしなければ俺は勝てなかったか? これでもアルケインフォースのアークを預かっている身だぞ。それとも俺が信用できないか?」
「そんなことないけどさぁ…………」
こういう質問のされ方には弱いのか、フレデリカは気まずそうに人差し指をつんつんと突き合わせ、チラチラとバーナードの方を見ながらポツリと呟く。バーナードも怒鳴って少しは頭が冷えたのか、小さく嘆息すると最後にこう告げた。
「俺にとって模擬戦闘ってのは、負けたら負けたでそこから問題点を見つけるためのものだ。だから多少は不利な状況からの方が有用だと考えてる。勝ち負けだけでやっているわけじゃないんだ」
「は~い……」
冷静に諭すように締めくくったバーナードに、フレデリカは渋々といった様子で応えた。フレデリカの方が姉らしいが、この様子を見る限りどちらが年上か分かったものではない。
不思議な二人だなぁ、なんて適当に考えていると、横から小さい爺さんが現れた。
「なんじゃ、何やらやかましいと思ったら貴様か」
虎鉄だ。途端、それまで落ち込んだ表情を見せていたフレデリカがぱっと眼を輝かせる。
「きゃー! 虎鉄さまー!! お久しぶりです―――!!!!」
言うや否や、フレデリカは二回り以上も小柄な虎鉄に覆いかぶさるように抱きついた。そのまま揃って倒れそうにも見えたが、加減しているのか虎鉄の足腰がしっかりしているのか転ぶことは無かった。
しかし凄まじいテンションの落差である。子供でもここまで露骨に態度が変わることはないだろう。フレデリカは真正面から抱きついた勢いで、そのまま虎鉄の後ろに回り込んでしまう。
果たしてここに仏頂面の小柄な爺さんとそれに抱きつき満面の笑みを浮かべる妙齢の美女という奇妙な絵面が。形容しがたい情景に飛鳥が茫然としていると、当の虎鉄が呆れた様子でこう言った。
「相変わらずやかましいのぉ貴様は。何を食ったらそんな元気が出るんじゃ」
「だって虎鉄さまにお会いできたんですから元気にもなりますよー! もうこっちの連中ロマンが通じなくて最悪なんですよ。デュランダルの理論値を提示したら『刀剣なんて現実的じゃない』の一点張り! 挙句叢雲ユニットのダメ出しまでされてもう私やってられませんよ!!」
「……ほう。それは確かに一言モノ申したいところじゃな」
「でしょでしょー。……あ、そうそう。デュランダルでちょっと問題が発生してて、せっかくだから虎鉄さまに見てもらいたいなー、なんて。いいですよね?」
「よかろう。ただし会議が始まるまでじゃ。ワシも参加することになっているからな」
「やーもうお時間はとらせません! 虎鉄さまなら10秒で解決しちゃいますって」
そう怒涛の勢いでたたみかけると、後ろから虎鉄の肩を押してフレデリカは颯爽と去って行ってしまった。
その背を見送って数秒。
「虎鉄退場早くね!?」
「来てからマジで30秒ぐらいだぜ。通り過ぎたってレベルだよな。……ところであのジーさん誰よ?」
「ウチの技術者、なんだけどなぁ」
なんというか関係者と思われるのも若干はばかられる感じでどこかへ行ってしまった虎鉄のせいで、飛鳥の返答も歯切れが悪い。
「相変わらずアークに関わってる奴らは変人ばっかりなのな、ハハハハハッ!!」
「あの二人ぐらいだ、馬鹿野郎……」
他人事のように爆笑しているアルフレッドとそれをたしなめるバーナード。飛鳥の傍らで黙っていた一葉も『アークに関わっている奴ら』に同じく分類されるからか、口元を引きつらせていた。
やっと終わった怒涛のような『フレデリカ・ショック』で、アルフレッドを除く誰もが激しい疲労を感じるこの場に気の抜けた声が響いた。
「お~い、フレッドー、バーニィー」
なんだなんだ、と飛鳥がそちらを振り向くと、一人の少年がこちらに手を振りながらノロノロと小走りで駆け寄ってきていた。バーナードは額を押さえると、ため息と共に一言呟いた。
「……ハリー、やっときたのか」
「なんだ、アイツ?」
怪訝な表情を浮かべた飛鳥が小さく首をかしげると、隣にいたアルフレッドが駆けよる少年に手を振りながら答えた。
「あいつがさっき言った、コードGのラインセンス所有者さ」
言い切ると同時に、少年がすぐ近くまでやってきた。膝に手をついた少年はしばらく肩で息をしていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
大きく丸い目と団子っ鼻に厚ぼったい唇、黒い肌。そして飛鳥は実物を初めて見たドレッドヘアーという特徴的な容姿をしていた。
少年はアルフレッドとバーナードの姿を確認すると、飛鳥の前で視線を固定して首をかしげた。
「えぇっと、あんたは?」
「ああ、俺は星野飛鳥。東洞財閥アーク総合研究機関、アストラルのパイロットだ」
「おぉ、東洞ってことはあんたが日本から来たアークパイロットってやつなんだな。……っと、オレはヘンリー・レイ。コードGのライセンス所有者、アーク・ガイアのパイロットだ。ハリーって呼んでくれ、よろしく」
「ああ、俺はアスカでいい。よろしく」
差し出された右手を握り返すと、ヘンリーは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「つかハリー、えらく遅かったじゃねーの。何やってたんだ?」
「こっち来る前に運び込んだガイアのメンテナンスをするからって、今まで拘束されてたんだよ。オレだって早く来るつもりだったけどさ、フレッド」
「相変わらずエタニティは余裕がないようだな」
「バーニィもそう思うよな? 全く、やってられないよ」
うんざりした様子で首を振るヘンリー。恰好からもっとはっちゃけたキャラかと飛鳥は勝手に想像していたが、どうにも愚痴が多いタイプらしい。
と、適当に雑談を続けるアルフレッド達を眺めていると、建物の方から遥とジョージが近づいて来た。いつの間にそちらにいたのか、隼斗も一緒だった。
「遥さん、何かあったんですか?」
「いえ、これから情報交換会が始まるから、それだけ伝えておこうと思ったの。というわけで私たちはこれからしばらく拘束されるのだけど、アスカ君たちはどうする?」
「そういや俺達することねぇよな……」
呟いて、辺りをぐるりと見渡して見る。
一応会議を横からのぞかせてもらうというのもありらしいのだが、飛鳥では恐らく理解のできる内容に花いらないだろう。立ったまま眠ってしまうこと請け合いだ。この辺りは言葉の通じない一葉も同じなのか、うんうんとうなずいている。
さてどうしよう、と飛鳥はとりあえず引き続き視線を回して見る。ヘンリーは首をかしげていたが、アルフレッドは目が合うと笑みを浮かべてこう言った。
「暇ならハワイ観光でもどうだ? ライセンス所有者同士親睦を深めるって奴さ!」




