3章『バースト・ドライブ』:5
「また派手にやったわねぇ。建物の一つ二つじゃなくて、島の一つ二つを沈める勢いじゃない」
「というか現実に島の半分が海に沈んでいるぞ。いくら人工島でもここまでなるものかね」
「その分良いデータは取れたワケだけど……。いいの? 簡易構造建築って言っても、島ごと3日で作れるようなものじゃないんでしょう?」
「建物以外に速乾性コンクリートは使えないから、島ごとは流石に無理だな。これは一体どう説明すればいいだろうか……」
「素直に実験でぶっ壊しましたと言うしかなさそうね」
他人事のようにそう言って、口元に手を当て上品に笑う遥。相談しても意味はなさそうだ、とジョージは一人がっくりと肩を落としていた。
戦闘の様子は基地内のとある施設でモニタリングされていた。
この基地を使ったアーク研究全体を総合的に管理するための施設で、大容量サーバーやら小型の量子コンピューターやらアークのシミュレーターやらと最低限の設備は整っている。
遥とジョージがいるのもその施設で、大型モニターに映されたカメラの映像を眺めていた。戦闘はとっくに終了していて、今は廃墟のようになった人工島を写す映像が映っている。彼女たちの後ろにいる隼斗とバーナードもその映像を眺めていた。
シミュレーターの内部時間減速は、こちらにあるものも星印学園地下研究所と同じようになっている。そのため彼らは本来ならまだシミュレーターで戦闘をしているはずなのだが、いろいろあってあまりにも早く終わってしまったため、こうして飛鳥達の戦いを観戦していたのだ。
遥は手元のコンソールを操作して、大型モニター横の小型モニターにグラフを表示させた。そのグラフをスクロールさせて、戦闘開始から終了までのジェネレーターの出力推移を確認した。
「しかしバースト・ドライブねぇ……。安定領域に到達した時点で通常出力の300%弱だなんて、普通に動作させただけじゃ絶対に到達しない出力だわ。それにアストラルの性能上昇も著しいし……」
「確かにそうですね」
遥のひとり言のような呟きに、同じモニターを見上げていた隼斗が答えた。遥の操作していたコンソールに後ろから手を出しながら、各部のアクチュエーター稼働率のグラフも同時に表示させた。
「アストラルは基本的に出力に不満があるような機体でもないですし、上昇した出力分はそのまま余剰扱いになっているみたいですね。その消化しきれないエネルギーが危険領域に達したとき、それを放出するために各部のリミッターを解除してエネルギー消費自体を増大させる、と」
「それがエマージェンシーモード、ね。となるとバースト・ドライブとエマージェンシーモードは別物なのでしょうね。といっても、バースト・ドライブを発動すれば強制的にエマージェンシーモードが発動させられることを考えれば、ワンセットと見てもいいのでしょうけど」
「みたいですね。……その辺りはバーニングとの違いも見られるか…………」
顎に手を当てて何かを考え込む隼斗に変わって、ジョージが横から声をかけた。
「フラッシュは多少の出力上昇と、あとは能力関連の特性強化といったところか。能力面の強化が目立つ分、単純性能はほとんど上がっていないね。この辺りはリンガーも一緒なんじゃなかったかい?」
「ああ」
バーナードはジョージの質問に、腕を組んだまま頷く。視線はモニターに映る崩壊した人口を見つめているが、何を考えているかはその目からはうかがえない。
「リンガーもバースト・ドライブを発動すれば、少しの出力上昇と能力適用空間の大幅な拡大が行われるな。その点ではフラッシュと同じだが、アストラルとはどうやら違うようだ。適合レベルAがバースト・ドライブのシステム解放条件であるのは間違いなさそうだが」
実は隼斗もなのだが、バーナードも自身のアークへの適合レベルはAである。バーナードがそう言ったことから分かる通り、彼もバースト・ドライブを解放させているのだ。
「でもやっぱりアークの適合レベルは戦闘中に上がりやすいようね。アスカ君が最初にバーニングと戦った時も、D++からBまで一気に上がったわけだし。でもそれだけじゃないのでしょうし、何かきっかけがあるのかしらね?」
そう言って遥はグラフから視線を外すと、バーナードの方にチラリと視線を送った。遥の送る視線に気づいたのか、バーナードは軽く瞑目すると誰に向けるでもなく答える。
「……意志、だろうな。どういう方法でそれを判断しているかは俺の知るところではないが、その戦いに勝つための力をアークに求めたとき、それに答えるようにアークへの適合レベルは上昇する。少なくとも俺の時はそうだった」
「アスカ君は模擬戦の許可をもらいに来た時にもなんだか切羽詰まっているように見えたし、フレッドと何かあったんだろうさ。お互い本気で勝ちたいと思っていて、それだけ思わせる理由もあったわけだ。それがこうして二人が一斉にバースト・ドライブを発動するに至らせたんだろう」
「やっぱりジョージからもそう見えるのよね……。さて何があったのかしらね」
「喧嘩でもしたんじゃないですか?」
ドアを開けてそう答えながら部屋に入ってきたのは一葉だった。手にはいくつかの書類を持っている。
遥は彼女の姿を視界の端に捉えると、そちらを振り返った。
「あら一葉、アスカ君はもう目を覚ましたの?」
「ええ。とりあえず目を覚ましたのは確認してから、ここの場所を伝えて私はこっちに来ました。それとはい、データ出力しておきましたよ」
「ありがとう、気が利くじゃない」
「念のためですよ」
遥からの礼の言葉をさらっと受け流して、一葉は持っていた書類を手渡した。彼女はついさっきまでオペレーター室で、アストラルのコックピット内の情報をモニタリングしていたのだ。その情報を紙に出力したものを持ってきていたのだ。
アストラルは戦闘終了後、フラッシュと同じ船に乗せて回収されていた。それはバースト・ドライブ発動後の出力の大幅低下もあるが、飛鳥が戦闘後に意識を失っていたというのが主な理由だ。フラッシュの方は、アルフレッドは意識を保っていたのだが、装甲の7割が消えてなくなるほどのダメージを負ってその機能を停止させていた。
施設に回収されたアストラルから引っ張り出された飛鳥は、その後医務室のベッドに寝かされた。外見的にも、回収直前のパイロットの脳波などの反応からも怪我を負ったりしていないことがわかったからだ。
アストラル回収後にデータの出力を済ませた一葉は、飛鳥のベッドの傍らで彼が目を覚ますのを待ち、目を覚ましたのを確認するとこの場所までの道を教えて一人で先に来ていたのだ。
手渡された書類をパラパラとめくって、遥は露骨に顔をしかめた。
「あら、やっぱりバースト・ドライブ中のデータは取れてないのね。確か通信が取れなくなったんだったかしら?」
「はい。普通にオペレートしている分には通信はできていたんですが、アスカくんがバースト・ドライブを発動させた時に急に通信が乱れてしまって。アストラルの回収は終わっていますし、機体自体のメモリーのデータを確認すればいいんじゃないですか?」
「それもそうね。……通信が切れたのはジェネレーター出力増大に伴う多量のエネルギー放出による各種通信の乱れでしょうね。あるいは暴走を防ぐためのシステムロックか。通信自体は手動で切られていたけど、接続を続けていても同じだったでしょう」
戦闘終了後には一葉の手によってアストラルと強制的な通信の接続が行われたものの、その時点で飛鳥は意識を失っていたし、バースト・ドライブ時のデータの取得はできなかった。
遥は書類を丸めて手に持つと、ジョージに向かってこう尋ねた。
「フラッシュはどうだったの? バースト・ドライブが原因なら、フラッシュの方も通信はダメになっていたはずだけど」
「フラッシュもほとんど同様だ、こちらは勝手に通信が切れたという感じだが。やはり発動時の瞬間的な余剰エネルギーの放出と、その後に保護システムが働いてという流れだ。アスカ君は自分で通信を切らなくても、勝手に切れたんじゃないか?」
「でしょうね。ただアーク同士の通信は出来ていたみたいだし、何かしらギミックがあるのでしょう。詳しい話はアストラルのデータを確認するか、アスカ君に聞けばいいわね。……ちょうど本人もきたことだし」
ジョージから視線を外した遥が捉えたのは、今まさにドアを開けて部屋へと入ってきた飛鳥の姿だった。
飛鳥はアルフレッド以外の全員がそろっているのを確認すると、小走りでそちらへと向かう。気絶から目を覚ましたというと初めてアストラルに乗った時も同様なのだが、その時ほど足取りに危なげは無い。
「遅くなってすいません、なんかまた気絶しちゃって。自分で言うことじゃないけど、俺なんかこういうパターン多くないですか?」
「アスカ君の場合、特に適合レベルの上がり方が急激だからあなた自身にも影響が大きいのよ。悪いとなんて思うことじゃないわ。適合レベルはきっとこれで頭打ちだしね」
バースト・ドライブ発動に関して何かを聞かれると思っていた飛鳥だったが、どうにも遥の反応は淡白だ。ただ回らない頭であれこれ思考しても仕方ないと、飛鳥は考えるのをやめた。
「そういえばAが適合レベルの最高なんでしたっけ?」
「ええ、確認できている範囲での適合レベルはAが最高よ。数年それでとどまっている人もいるから、恐らくそれが最高と考えていいと思うわ」
「へぇ……って、他にも適合レベルAの人いたんですか!?」
頷く遥と、それを見て驚愕の表情を浮かべる飛鳥。何の根拠もないが、飛鳥はバースト・ドライブを発動したのは自分と同時に発動したアルフレッドぐらいのものを思っていたのだ。
バースト・ドライブ発動によって現れた性能はとてつもないものだったし、これが誰でも彼でも使えるものだと思いたくない、という願望もあった。
そんな飛鳥の気持ちを知ってか知らずか、遥はキョトンとした様子で頷いた。
「ええ、そうよ。そこのバーナード君なんてかれこれ1年以上前に適合レベルはAになっていたはずだしね」
「え、と、じゃあ……バースト・ドライブも…………?」
「そうよ。バースト・ドライブは適合レベルAで解放される全アーク共通システムみたいだから、適合レベルAはすなわちバースト・ドライブを使えると考えていいんじゃないかしら」
「えー……」
飛鳥は分かりやすく肩を落として、ほんの少しだけ残っていた元気のようなものをまとめて失ってしまう。
流石にそれには気づいたのか、遥がフォロー気味にこう言った。
「前例があるとはいえバースト・ドライブにはまだ分からない部分も多いし、アストラルの反応も特徴的だったからいろいろと調べたいことも出てきたの。まだまだ研究の余地はあるわ」
「あぁ、そっすか。じゃあまぁその時は頑張るとして……。ところで今思い出したんですけど、隼斗とバーナードの勝負ってどうなったんですか? もう終わってるみたいですけど」
「それなら、記録映像があるからそれを見ればいいと思うわ。そっちのモニターに表示するわね」
壁にかかる、というか取り付けられている大型モニターを指さして、遥が手元のコンソールを操作する。バーナードが小声で「見る価値がるようなものでもないが……」と言っていたのを不思議に思いつつも、飛鳥はモニターの方に視線を移した。
移されたのは隼斗とバーナードによる戦闘シミュレーションの映像だった。
場所はだだっ広い空間滑走路のような場所だった。少し離れたところに建物があることを見た辺りで、それがホノルル空港を丸ごとコピーしたものだということに気付いた。
飛行機などは無い、単にフィールドとしての滑走路に立つ2機のアーク。
一方は隼斗の操るバーニングだ。武器はいつも通りの両腕にガトリング、ショートカノン、火炎放射器にパイルバンカーがそれぞれ一つずつ。背部も変わらず迫撃砲が装備されていた。
相対するのはバーナードの操るアーク・リンガー。全体的に丸みを帯びたフォルムをしているが、脚部が若干大きい分安定感を感じさせるとともに無骨な印象を与えている。
カラーリングはダークグリーンを基調として、オキサイドレッドのライン、サンドストーンのワンポイントで彩られている。迷彩色を意識しているのはそれだけで分かるのだが、発光体とコアの黄色い光が明らかに全てを台無しにしていた。見たところバーニングよりも光が強いのもそれに拍車をかけていた。
ただそれら以上に目を引くのは、ひざ下まで届くほどの巨大な右腕とそれに劣らないほど大きな左肩のバインダーだった。左腰には鞘におさめられた、恐らくは剣が装備されていた。
巨大な右腕に巨大な左肩に巨大な左腰の剣、そしてあとは普通のサイズ。むちゃくちゃアンバランスだなーと飛鳥が適当な感想を抱いていると、画面中央に5秒前のタイマー表示が現れた。
4,3,2……と、カウントが回る。両者の距離は20mも無い程度。数歩で詰められる距離だ。
……1,0と、画面中央のタイマーが数字を刻みきった瞬間、バーニングが一気に前へ飛び出した。
手に構えているのはパイルバンカー。双方の距離的に射撃戦に持ち込むのが難しいと判断して、奇襲気味に一気に仕掛けるつもりなのだろう。
バーニングのパイルバンカーは一撃必殺の破壊力を持つ。リンガーの武器は見たところ剣一本だけであるため、たとえ刺しあうことになってもバーニングの耐久性なら一撃は耐えられると踏んだのだろう。
二機の距離が一気に失われる。左腕を引き絞ったバーニングが、剣の柄に右腕を添えるリンガーの元へと飛び込んだ。パイルバンカーの杭がギラリと光を反射したとき、リンガーの左肩のバインダーが二つに割れる。
その途端、バーニングがブレーキをかけたように急激に低速化する。そしてそれを見越したかのように、腰を低く落としたリンガーは鞘から剣を引き抜いた。
一瞬にして赤い閃光がバーニングの胸元を一直線に駆け抜け、直後にその軌道をなぞるように機体が真っ二つに叩き斬られた。
「はぁ!?」
ダメージレベルを表示していた画面端のメーター、そのバーニング側のダメージが一気に限界まで振り切れる。強靭な耐久力を誇るはずのバーニングが、ただその一刀のもとに斬り伏せられたのだ。
戦闘はそれで終わり。
開始からたったの3秒程の出来事だった。
「ど、どういうことなんだ……?」
「……だから見る価値は無いと言ったんだ」
茫然と呟いた飛鳥に、額に手を当てたバーナードが苦々しくそう答えた。少し離れたところにいる隼斗もこの映像には苦笑いを浮かべていた。
「戦闘開始位置が悪すぎる。久坂のバーニングは近距離でできることはそれほど多くないだろう? それに比べてリンガーのあの装備は近距離超特化といってもいい。最初からこっちが有利だったんだよ」
「あの装備って、剣か?」
戸惑いを隠せない飛鳥の問いに、バーナードは不機嫌そうな顔で頷いた。
「鞘におさめられている剣は『デュランダル』といって、簡単に言えば物を切断するのに有効な装置を可能な限りまとめて搭載した実体剣に、電磁加速による速度を加えて攻撃する武器だ。理論上はアークをフレームごと真っ二つにすることができる」
「なっ…………そんなのありかよ……」
「だが本来なら腕にかかる負担が大きすぎて普通では扱えない。肩部能力圧縮装置と駆動強化右腕部、この二つを合わせて『叢雲ユニットType-L』というのだが、これを併用して初めて実用に耐えるゲテモノだ。そして叢雲ユニット、デュランダル共にエネルギー消費と重量が大きすぎてな、他の武器は一切使えない。だから射撃戦には全く対応できない代わりに、近距離ではリンガーの『停滞』能力も相まって絶対的な強さを持っている」
戦闘の内容自体には不満があるようだが、機体の説明をしているバーナードは少々得意げだ。隼斗もそうだという話を飛鳥も聞いたことがあるが、武装やシステムの開発に直接関わったりしているのかもしれない。
相変わらず苦笑いを浮かべている隼斗が、こう補足する。
「リンガーの能力は範囲内に存在する自分以外のあらゆる物体の速度を半分にするというものなんだ。これに叢雲ユニットの能力圧縮装置を併用すると、狭い範囲ながら速度を4分の1にまでしてしまえる」
「なんか無茶苦茶だな、それ。そりゃ勝てるわけねぇか……」
「ああ。……鞘から抜くのは見えたんだけどね、どうこうする前に負けちゃったよ。そもそも斬撃が早すぎるのもあるんだけどさ。なんにせよ僕の完敗だったね」
気にしていないように見えて少し悔しそうな表情を浮かべている隼斗だったが、バーナードは気まずそうに頭をガリガリと掻いた。
「だから戦闘開始位置が悪すぎたという話だ。もう100m離れていれば状況は変わっていただろう。それにそもそも叢雲ユニットType-Lとデュランダルは設計ができただけで、まだ動作実験はおろか実物の製造さえできてない。というか設計にも問題があったはずだが。それをシミュレーターだからと理論値だけ放り込んで模擬戦などで……。これは勝ったとは言えないぞ。シミュレーターの準備にウチの人間が混じっていたんだろう、恣意的なシチュエーション設定でもやっていたはずだ」
バーナードとしては正々堂々と戦いたかったのかもしれない、と飛鳥は彼の顔を見てそう思った。
隼斗はそれ以上戦闘の結果については言及することはなかった。語るまでもないというのが正しいだろう。
「ま、これに関しては後日再戦でも何でもすればいいわ。シミュレーターだから機体に傷も付かないわけだから。……それでアスカ君、今日はもう特に実験の予定はないから休んでいてくれてもいいわよ。疲れているでしょう?」
「それは……、一応」
遥の質問に対して曖昧に頷いた飛鳥は、しかし首を横に振った。
「でも少し、しなきゃならないことがあるんで、休むのはあとにしておきます。……アルフレッドは?」
飛鳥の視線に気づいたジョージは部屋のドアを指さしながら、どこか楽しそうな表情でこう言った。
「またスケートの練習場に行ってるよ。機体が回収されたら何も言わずにそっちへ行ってしまった。少し気になるから、ちょっと話をしてきてくれないかい?」
「……はい、わかりました」
言うや否や、飛鳥はドアの方へと駆けだしていく。それを見送るジョージは、優しげな父親の顔をしていた。遥が尋ねる。
「良かったの? 彼に行かせて」
「……アスカ君はきっと、フレッドがずっと求めていた相手なんだろう。あの子が全力になれるのは、自分に対して本気で挑んできてくれる相手に対してだけだからな」
閉じるドアを横目に見て、隼斗が一人呟く。
「ライバル、か……」




